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ハムステッド地区内のホーリーヒル通り(南側)の坂を下っているところ - 画面左手には、ホーリーヒルガーデン(Holly Hill Garden)が整備されている。 |
米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第5作目に該る「死時計(Death-Watch → 2025年4月30日 / 5月4日付ブログで紹介済)」の場合、9月4日、風が吹くひんやりした夜の12時近く、ギディオン・フェル博士とメルスン教授(Professor Melson - 歴史学者で、ギディオン・フェル博士の友人)が、ホルボーン通り(Holborn → 2025年5月6日付ブログで紹介済)を歩いていところから、その物語が始まる。
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ホルボーン通りの西端(ホルボーン通りは、左手(東方面)からここまで延びている)- ここがシティー・オブ・ロンドンの北西の境界線に該り、 この交差点を過ぎると、ハイホルボーン通りとなり、 ロンドンの特別区の一つであるロンドン・カムデン区ホルボーン地区内へ入る。 |
2人は、劇場で映画を観た帰りで、メルスン教授が宿泊する予定のリンカーンズ・イン・フィールズ(Lincoln’s Inn Fileds → 2016年7月3日付ブログで紹介済)へと向かっていた。メルスン教授は、当初、ブルームズベリー地区(Bloomsbury)に宿泊しようとしたが、生憎と、どこも満員だったため、居心地が悪そうではあったものの、リンカーンズ・イン・フィールズ15番地(15 Lincoln’s Inn Fields → 2025年6月17日付ブログで紹介済)に寝室兼居間を見つけていた。
その日の午後、メルスン教授は、フォイルズ書店(Foyles → 2025年5月7日 / 5月9日付ブログで紹介済)において、中世ラテン語の写本辞書を見つけており、これは正真正銘の掘り出し物のため、ギディオン・フェル博士は、メルスン教授の宿でそれを見せてもらおうと考えていたのである。
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現在、チャリングクロスロード107番地(107 Charing Cross Road)に所在する フォイルズ書店(本店)の外観 |
リンカーンズ・イン・フィールズ15番地へ向かう途中、ギディオン・フェル博士から、
(1)1週間程前にガムリッジデパートの貴金属宝石売場において発生した事件(女性の万引き犯による売場監督の殺害+懐中時計の盗難)のこと
(2)万引き犯の女性がガムリッジデパートの貴金属宝石売場から盗んだ懐中時計は、有名な時計師(clockmaker)であるジョハナス・カーヴァー(Johannus Carver)が所蔵していたものであること / ガムリッジデパートは、ギルドホールアートギャラリー (Guildhall Art Gallery → 2025年5月13日付ブログで紹介済)からも借り出していたこと
(3)時計師のジョハナス・カーヴァーは、リンカーンズ・イン・フィールズ16番地(16 Lincoln’s Inn Fields → 2025年6月22日付ブログで紹介済)に住んでおり、それは、メルスン教授の宿であるリンカーンズ・イン・フィールズ15番地の隣りの建物であること
を知らされたメルスン教授は、言葉を失う。
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ギルドホールアートギャラリーの建物正面外壁 |
我に戻ったメルスン教授は、ギディオン・フェル博士に対して、今朝の出来事を話し出す。
メルスン教授は、朝食後の午前9時頃、外へ出ると、ベンチに腰かけて、タバコをふかしていた。
すると、ジョハナス・カーヴァーの家のドアが開いて、家政婦のミセス・ゴースンが怖い顔をして階段を降りて来ると、舗道を歩いて来た警官に対して、泥棒に押し入れられたと訴えた。
ミセス・ゴースンによると、ジョハナス・カーヴァーは、個人的な知り合いである貴族からの依頼を受けて、田舎の本邸の塔にはめ込む大時計を製作している最中、とのこと。昨夜、その時計が漸く出来上がったので、ジョハナス・カーヴァーが塗料を塗り、乾かすために、奥の部屋に置いたのだが、何者かが家に押し入り、その時計の針を外して、盗み去ったのである。
後から、ジョハナス・カーヴァーの養女であるエリナー・カーヴァー(Eleanor Carver)が出て来た。そして、「多分、悪戯だろう。」と言って、ミセス・ゴースンを宥めると、エリナー・カーヴァーは彼女を連れて、家の中へ戻って行った。なお、ジョハナス・カーヴァー本人は、姿を見せなかった。
リンカーンズ・イン・フィールズ内の広場 |
ギディオン・フェル博士とメルスン教授の2人は、リンカーンズ・イン・フィールズの北側へ出た。
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リンカーンズ・イン・フィールズ12番地の建物 - サー・ジョン・ソーンズ博物館の一棟 |
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リンカーンズ・イン・フィールズ13番地の建物 - サー・ジョン・ソーンズ博物館の一棟 |
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リンカーンズ・イン・フィールズ14番地の建物 - サー・ジョン・ソーンズ博物館の一棟 |
2人がサー・ジョン・ソーン博物館(Sir John Soane’s Museum - 現在の住所:リンカーンズ・イン・フィールズ12-14番地 / 12 - 14 Linclon’s Inn Fields → 2025年5月22日 / 5月30日 / 6月3日 / 6月13日付ブログで紹介済)の手前まで歩いて来ると、その隣りは、メルスン教授の宿であるリンカーンズ・イン・フィールズ15番地で、更にその向こうは、時計師のジョハナス・カーヴァーの家であるリンカーンズ・イン・フィールズ16番地だった。
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左側から、リンカーンズ・イン・フィールズ12番地 / 13番地 / 14番地 (サー・ジョン・ソーンズ博物館)、 リンカーンズ・イン・フィールズ15番地(メルスン教授の宿泊先)、そして、 リンカーンズ・イン・フィールズ16番地(時計師であるジョハナス・カーヴァーの住居)。 |
その時、ギディオン・フェル博士が、ジョハナス・カーヴァーの家の玄関のドアが空いているのに気付いた。また、メルスン教授は、家の真ん前の木の下に、ひときわ黒い影を見てとった。問題の家から呻き叫ぶ声が聞こえると、木の下の人影がその場を離れると、家の玄関前の石段を上がって行った。その人物の頭に、警官のヘルメットが黒く浮かび上がるのを見て、メルスン教授は思わずホッとした。
ギディオン・フェル博士が、その警官に追い付くと、彼は、スコットランドヤードのディヴィッド・ハドリー主任警部(Chief Inspector David Hadley)の部下であるピアスだった。
ギディオン・フェル博士、メルスン教授とピアス警官の3人が、ジョハナス・カーヴァーの家の玄関ホールに入ると、奥に一続きの階段があり、2階から射している明かりが階段下まで届いていた。3人が階段を上がり、2階の奥にある両開きのドアへと向かった。
その部屋では、2人の人間が入口の敷居を見つめており、もう一人は椅子に座って両手で頭をかかえていた。更に、その敷居のところには、一人の男が右脇をやや下にして仰向けに倒れていた。
最初の2人は、ジョハナス・カーヴァーの養女であるエリナー・カーヴァーとカーヴァー家の同居人であるカルヴィン・ボスコーム(Calvin Boscombe)で、カルヴィン・ボスコームは手にピストルを持っていた。
椅子に座って両手で頭をかかえていたのは、カルヴィン・ボスコームの友人で、スコットランドヤード犯罪捜査部(CID)の元主任警部(former Chief Inspector)であるピーター・E・スタンリー(Peter E. Stanley)だった。
そして、敷居のところに倒れていた男は、ピストルで撃たれた訳ではなく、背後から喉を貫き、胸の中へ突き刺されて殺されていた。被害者の体から突き出ている凶器を見たギディオン・フェル博士は、ジョハナス・カーヴァーがある貴族のために製作していた大時計から盗まれた長針だと推測する。
更に、驚くことに、後に判明した被害者の身元は、なんと、ガムリッジデパートの貴金属宝石売場において発生した事件を担当していたジョージ・フィンリー・エイムズ警部(Detecive-Inspector George Finley Ames)だったのである。
非常に不可思議な事件だと言えた。
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ホーリーヒルガーデン内に設置されている木の彫刻 |
ふいにピアスがボスコームのほうを向いて、
「このホトケさんは、ひょっとしてあなたの親戚の人じゃありませんか?」
ボスコームは心底びっくりした。いささかショックを受けたらしい。
「とんでもない! わたしの親戚だなんて! いったい - いったいどうしてそんなことを?」
彼はためらい、そわそわした。こいつは殺人の嫌疑と同じくらいカルヴィン・ボスコームを狼狽させたらしい、とメルスンは思った。「お巡りさん、事態はますますとっぴょうしもないものになってきたようですな! わたしは知りませんよ、この男が何者だか。どんなことがあったのか知りたいんですか? なにもありゃしませんでしたよ! つまり、正確に言うと、わたしは友人と…」と、身じろぎもせず立っている大男のほうへ顎をしゃくって、「わたしは友人と居間で腰をおろして話していたんです。二人で寝酒をやって、友人が帰ろうとして帽子を手にしたときー」
「ちょっと待ってください」警官はさっと手帳を構えて、「あなたの名前は?」
「ピーター・スタンレー」と、大男は答えた。なにか奇妙な記憶が心のなかでうごめいたかのような、重苦しい沈んだ声だった。「ピーター・E・スタンレー」意地悪く教え諭してでもいるように、白目を見せて、「ハムステッドのヴァレー・エッジ通り二一一番地。わたしは - えー - この家の住人じゃありません。それに、わたしもホトケさんを知りません」
(吉田 誠一訳)
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ホーリーヒル通り(南側)の坂の中腹から ホーリーヒル通り(北側)の家並みを望む(その1)。 |
殺人現場に居合わせることになったスコットランドヤード犯罪捜査部の元主任警部であるピーター・E・スタンリーは、警官のピアスに対して、「自分の住所は、ハムステッド地区(Hampstead → 2018年8月26日付ブログで紹介済)のヴァレー・エッジ通り211番地(211 Valley Edge)だ。」と答えている。
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ホーリーヒル通り(南側)の坂の中腹から ホーリーヒル通り(北側)の家並みを望む(その2)。 |
ハムステッド地区は、ロンドンの特別区の一つであるロンドン・カムデン区(London Borough of Camden)内にある地区で、ハムステッドヒース(Hampstead Heath → 2015年4月25日付ブログで紹介済)とハムステッドハイストリート(Hampstead High Street)を中心とした緑が非常に多い場所である。また、古くから文化人が多く住んでいて、現在は高級住宅街の一つとして知られている。
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ホーリーヒル通り(南側)の坂から 坂下を見たところ - 地下鉄ハムステッド駅は、画面中央奥に見える車がある場所を 左へ曲がった位置に所在している。 |
ただし、現在の住所表記上、ハムステッド地区には、ヴァレー・エッジ通り211番地は存在しておらず、架空の住所である。
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ホーリーヒル通り(南側)の坂の麓から ホーリーヒル通りを見上げたところ |
スコットランドヤード犯罪捜査部の元主任警部であるピーター・E・スタンリーが住むヴァレー・エッジ通り211番地は架空の住所のため、地下鉄ハムステッド駅(Hampstead Tube Station)に近いホーリーヒル通り(Holly Hill)が坂になっていることに加えて、通りの両側にかなりの高低差があり、「谷(Valley)」のようになっているので、そこで撮影した写真を使用している。

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