2024年4月26日金曜日

横溝正史作「犬神家の一族」(The Inugami Curse by Seishi Yokomizo)- その1

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2020年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

横溝正史作「犬神家の一族」の表紙
(Cover design by Anna Morrison)


「犬神家の一族(The Inugami Curse)」は、日本の推理作家である横溝正史(Seishi Yokomizo:1902年ー1981年)による長編推理小説で、金田一耕助(Kosuke Kindaichi)シリーズの一つである。


「犬神家の一族」は、1950年(昭和25年)1月から1951年(昭和26年)5月にかけて、雑誌「キング」に連載された。

作者の横溝正史は、雑誌「キング」の編集サイドから、「(1947年(昭和22年)1月から1948年(昭和23年)10月にかけて、雑誌「宝石」に連載された)金田一耕助シリーズの第2作目に該る「獄門島(Death on Gokumon Island → 2024年3月4日 / 3月6日 / 3月8日 / 3月10日付ブログで紹介済)」のように、物語中に起きる殺人事件に意味を付与して欲しい。」との注文を受け、犬神家の3つの家宝に該る「斧(よき)」、「琴(こと)」、そして、「菊(きく)」による見立て殺人を考案した。


雑誌「キング」に掲載された「犬神家の一族」の連載前の予告によると、犬神家は、東京、信州と瀬戸内海の孤島に分かれていると設定されていたが、実際の連載では、信州のみが事件の舞台となった。


「犬神家の一族」の初回を読んだ後、激賞した雑誌「キング」の編集長から、横溝正史は、「本作品を3年間続けてほしい。」と要望されたが、それ程の大長編を執筆するだけの準備をできていなかったため、実際の連載は、約1年半で完結している。


雑誌「キング」に連載された後、1951年5月に講談社から単行本化された「犬神家の一族」は、当初、通俗長編であると見做されて、専門家による評価はあまり高くなかった。

その後、1976年に角川春樹事務所による第1回映像作品として映画化(監督:市川崑(1915年ー2008年)/ 主演:石坂浩二(1941年ー))され、また、1977年に毎日放送(MBS テレビ)と角川春樹事務所による共同企画に基づき、横溝正史シリーズの第1作(主演:古谷一行(1944年ー2022年))としてテレビドラマ化されたことで、「犬神家の一族」の人気は、一気に上がり、横溝正史作品、また、金田一耕助作品と言えば、「犬神家の一族」と言われる程までになった。

「犬神家の一族」の場合、現在、3本の映画と8本のテレビドラマが制作されており、横溝正史作品としては、最も映像化回数が多い。特に、市川崑が監督した1976年に公開された映画版は、「日本映画の金字塔」とよく称されている。


2024年4月25日木曜日

高木彬光作「刺青殺人事件」(The Tattoo Murder by Akimitsu Takagi)- その3

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2022年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

高木彬光作「刺青殺人事件」の内扉
(Cover design by Jo Walker)


第二次世界大戦(1939年ー1945年)/ 太平洋戦争(1941年-1945年)が終わり、1年が経過した1946年(昭和21年)8月20日、東亜医大の医学博士で、刺青の研究家でもある早川平四郎博士(Dr. Heishiro Hayakawa)に誘われて、「江戸彫勇会(Edo Tattoo Society)」が主催する刺青競艶会を見学にやって来た東京帝国大学医学部法医学教室の研究員である松下研三(Kenzo Matsushita - 29歳)は、そこで、中学時代の先輩である最上久(Hisashi Mogami)と再会する。その後、彼は、刺青競艶会において、背中に見事に彫られた「大蛇丸(Orochimaru)」の刺青を以って、審査員、参加者および観客の全員の目を奪い、場を圧倒した野村絹枝(Kinue Nomura)と知り合い、彼女の圧倒的な魅力に惹かれて、彼女と関係を持ってしまう。


「兄で、父親の野村彫安(Horiyasu Nomura)と同じ刺青師である野村常太郎(Tsunetaro Nomura)の背中に彫られた(1)「児雷也(Jiraiya - 蝦蟇)」・(2)「自分の背中に彫られた大蛇丸(蛇)」・(3)「双子の妹である野村珠枝(Tamae Nomura)の背中に彫られた綱出姫(Tsunedahime - 蛞蝓)」の三すくみの呪いにより、自分は殺されるかもしれない。実際、正体不明の人物から、「お前の命は、間もなく終わる。」と告げる手紙を受け取った。」と、不安を感じる野村絹枝との約束に基づき、松下研三は、下北沢(Shimokitazawa)にある彼女の自宅を訪ねた。松下研三は、同じように、彼女の自宅を訪ねて来た早川平四郎博士と、偶然、一緒になる。

松下研三と早川平四郎博士の2人は、野村絹枝の自宅内を搜索するものの、彼女の姿を発見することはできなかった。更に、野村絹枝の自宅内の搜索を続ける彼らは、内側から鍵がかかった浴室内において、女性の死体を発見するのであった。

浴室内の死体には、首と両手両足しかなく、胴体はなかった。松下研三と早川平四郎博士の2人は、首を見て、野村絹枝の死体と判断した。


背中に「大蛇丸」が彫られた野村絹枝の胴体は、一体、どこに消えてしまったのか?

そもそも、野村絹枝を殺害した犯人は、彼女の胴体を持って、鍵がかかった浴室内から、一体、どのような方法で抜け出すことができたのか?


野村絹枝の愛人で、最上久の兄である最上竹蔵(Takezo Mogami)も、大阪への出張した後、行方不明になっていたが、その後、彼が社長を務める土建屋「最上組(Mogami Group)」の倉庫(三鷹(Mitaka)に所在)において、死体で発見された。

最上竹蔵自身が、愛人である野村絹枝を殺害した後、拳銃自殺を遂げたように思えたが、他殺の可能性も否定できなかった。


松下研三の兄で、警視庁捜査一課長である松下英一郎警部(Detective Chief Inspector Eiichiro Matsushita → 英訳版の場合、何故か、Daiyu Matsushita となっている)が指揮する捜査は、非常に難航する。

そんな最中、松下研三は、野村絹枝の兄である野村常太郎を、偶然、捜し当てる。野村常太郎は、今回の事件の核心を知っているようで、松下研三に対して、「今回の件は、暫く自分に任せてほしい。」と頼む。松下研三は、野村常太郎の言葉を信じて、暫く待つことにしたが、そうこうするうちに、野村常太郎も、何者かによって、背中に彫られた「児雷也」の刺青を皮ごと剥がされた上に、殺されてしまったのである。


事件の重要な関係者を殺されてしまったため、松下研三は、兄である松下英一郎警部から、激しく叱責される。

責任を感じた松下研三は、事態をなんとか打開しようと模索する中、第一高等学校時代の友人である神津恭介(Kyosuke Kamizu)と再会する。神津恭介は、一高時代に整数論の論文を書き上げて、「神津の前に神津なく、神津の後に神津なし。」と評価された天才であった。

神津恭介との再会を喜んだ松下研三は、神津恭介に対して、今回の謎を解き明かすように依頼した。


「刺青殺人事件(The Tattoo Murder)」は、日本の推理作家である高木彬光(Akimitsu Takagi:1920年ー1995年)によるデビュー長編推理小説で、神津恭介(Kyosuke Kamizu)シリーズの第1作目に該る「刺青殺人事件(The Tattoo Murder)」(1948年)は、「週刊文春」が推理作家や推理小説の愛好者へのアンケートに基づいて選出した「東西ミステリーベスト100」の国内編において、上位に選ばれている(1985年版ー10位 / 2012年版ー32位)。


2024年4月24日水曜日

恐竜の時代(The Age of the Dinosaurs)記念切手 - その3

2024年3月12日に、英国のロイヤルメール(Royal Mail)から、恐竜の時代(The Age of the Dinosaurs)に関する12種類の記念切手が発行されたので、前々回と前回に引き続き、御紹介したい。 


Mary Anning(メアリー・アニング:1799年ー1847年)-
英国の初期の化石採集者(fossil hunter)で、
古生物学者
< National History Museum, London / Designed by The Chase >

Ichthyosaur(イクチオサウルス / 魚竜 - 中生代の海生爬虫類)-
1810年に父親を結核で亡くしたメアリー・アニングは、兄のジョセフと一緒に、
英国南部ドーセット州(Dorset)の
ライムレジス(Lyme Regis)村沿岸の崖において、化石を採集し、
観光客に売ることで生計を立てていたが、
1811年に
イクチオサウルスの骨格の化石を発見した。
発見当時、メアリー・アニングは12歳で、
イクチオサウルスの全身化石が発見されたのは、最初であった。
< National History Museum, London / Designed by The Chase >

Dapedium - Extinct genus of primitive neopterygian ray-finned fish
< Oxford University Museum of Natural History / Designed by The Chase >

Plesiosaur(プレシオサウルス / 長頚竜・首長竜 - 海生爬虫類
< National History Museum, London / Designed by The Chase >

Mary Anning Miniature Sheet
< Designed by The Chase >

2024年4月23日火曜日

高木彬光作「刺青殺人事件」(The Tattoo Murder by Akimitsu Takagi)- その2

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2022年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

高木彬光作「刺青殺人事件」の裏表紙
(Cover design by Jo Walker)


日本の推理作家である高木彬光(Akimitsu Takagi:1920年ー1995年)によるデビュー長編推理小説で、神津恭介(Kyosuke Kamizu)シリーズの第1作目に該る「刺青殺人事件(The Tattoo Murder)」は、第二次世界大戦(1939年ー1945年)/ 太平洋戦争(1941年-1945年)が終わり、1年が経過した1946年(昭和21年)8月20日、東京帝国大学医学部法医学教室の研究員である松下研三(Kenzo Matsushita - 29歳)が、東亜医大の医学博士で、刺青の研究家でもある早川平四郎博士(Dr. Heishiro Hayakawa)に誘われて、「江戸彫勇会(Edo Tattoo Society)」が主催する刺青競艶会を見学にやって来たところから、物語が始まる。

松下研三は、そこで、中学時代の先輩である最上久(Hisashi Mogami)と再会する。なんと、早川平四郎博士と最上久は、叔父と甥の関係にあった。


その後、刺青競艶会において、審査員、参加者および観客の全員の目を奪い、場を圧倒したのは、野村絹枝(Kinue Nomura)で、彼女の背中に見事に彫られた「大蛇丸(Orochimaru)」の刺青だった。彼女は、女性部門の優勝を掻っ攫ったのである。

野村絹枝は、最上久の兄で、土建屋「最上組(Mogami Group)」の社長である最上竹蔵(Takezo Mogami)の愛人となっていた。


野村絹枝本人と彼女の見事な刺青の圧倒的な魅力に惹かれた松下研三は、後日、彼女を訪ねた際に、彼女から背中の刺青の由来を聞かされるとともに、彼女と関係を持ってしまう。


彼女の父で、刺青師である野村彫安(Horiyasu Nomura)は、


(1)野村常太郎(Tsunetaro Nomura - 野村絹枝の兄で、父親と同じ刺青師)に「自来也 / 児雷也(Jiraiya - 蝦蟇の妖術を使う)」を、

(2)野村絹枝に「大蛇丸(蛇の妖術を使う)」を、

そして、

(3)野村珠枝(Tamae Nomura - 野村絹枝の双子の妹)に「綱出姫(Tsunedahime - 蛞蝓の妖術を使う)」を


彫り分けたのである。


「自来也 / 児雷也」、「大蛇丸」と「綱出姫」は、感和亭鬼武が江戸時代の文化3年(1806年)に刊行した読本「自来也説話」が設定の基礎となり、戯作者である美図垣笑顔、一筆庵(浮世絵師の渓斎英泉)、柳下亭種員、そして、柳下亭種清の順で書き継がれて、江戸時代後期の天保10年(1839年)から明治元年(1868年)にかけて刊行されたものの、残念ながら、未完に終わった43編から成る長編の合巻作品である「児雷也豪傑譚」に登場する人物である。

「児雷也豪傑譚」の主人公は、蝦蟇を操る「児雷也」であるが、一筆庵が作を担当した頃から、蛞蝓を操る「綱出姫(後に、「児雷也」の妻となる)と蛇を操る「大蛇丸(「児雷也」の宿敵)」も登場して、「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみを配した関係が設定され、物語の幅が拡大された。その後、彼らは、三すくみの争いを繰り広げて行く。


従って、「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみを1人の身体に彫った場合、3人が争い合った末に、刺青を彫られた本人が死んでしまうため、タブーとされていた。

刺青師である野村彫安は、「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみを、1人の身体にではなく、自分の子供3人の背中に彫ったのである。


「「児雷也(蝦蟇)」・「大蛇丸(蛇)」・「綱出姫(蛞蝓)」の三すくみの呪いにより、自分は殺されるかもしれない。実際、正体不明の人物から、「お前の命は、間もなく終わる。」と告げる手紙を受け取った。」と、不安を感じる野村絹枝との約束に基づき、松下研三は、下北沢(Shimokitazawa)にある彼女の自宅を訪ねた。松下研三は、同じように、彼女の自宅を訪ねて来た早川平四郎博士と、偶然、一緒になる。

松下研三と早川平四郎博士の2人は、野村絹枝の自宅内を搜索するものの、彼女の姿を発見することはできなかった。更に、野村絹枝の自宅内の搜索を続ける彼らは、内側から鍵がかかった浴室内において、女性の死体を発見する。

浴室内の死体には、首と両手両足しかなく、胴体はなかった。松下研三と早川平四郎博士の2人は、首を見て、野村絹枝の死体と判断した。


背中に「大蛇丸」が彫られた野村絹枝の胴体は、一体、どこに消えてしまったのか?

そもそも、野村絹枝を殺害した犯人は、彼女の胴体を持って、鍵がかかった浴室内から、一体、どのような方法で抜け出すことができたのか?


2024年4月21日日曜日

高木彬光作「刺青殺人事件」(The Tattoo Murder by Akimitsu Takagi)- その1

英国のプーシキン出版(Pushkin Press)から
2022年に刊行されている
 Pushkin Vertigo シリーズの一つである

高木彬光作「刺青殺人事件」の表紙
(Cover design by Jo Walker)


「刺青殺人事件(The Tattoo Murder)」は、日本の推理作家である高木彬光(Akimitsu Takagi:1920年ー1995年)によるデビュー長編推理小説で、神津恭介(Kyosuke Kamizu)シリーズの第1作目に該る。


青森県青森市の4代続いた医者の家系に生まれた高木彬光(本名:高木誠一)は、幼少時に母親と死別。その後、旧制青森中学校を経て、第一高等学校理科乙類に入学した。ところが、第一高等学校入学の年に父親が亡くなったため、家が破産の上、一家は離散したので、親族の援助で学業を続けた。

東京帝国大学理学部化学科の受験に失敗したため、京都帝国大学へ進み、工学部治金学科を卒業。

卒業後、高木彬光は、中島飛行機に就職したものの、第二次世界大戦(1939年ー1945年)/ 太平洋戦争(1941年ー1945年)の終結により、職を失ってしまう。


職を失った高木彬光は、骨相師の勧めを受け、小説家を志して、「刺青殺人事件」を執筆。


高木彬光は、日本の推理作家である横溝正史(Seishi Yokomizo:1902年ー1981年)による長編推理小説で、金田一耕助(Kosuke Kindaichi)シリーズの第1作目に該る「本陣殺人事件(The Honjin Murders → 2024年3月16日 / 3月21日 / 3月26日 / 3月30日付ブログで紹介済)」(1946年)を読んで、同作において使用されている密室トリックに大きな感銘を受けた一方で、犯行現場となった離れが純日本的構造を必要としていないことに不満を感じた、とのこと。そこで、高木彬光は、純日本的な建築家屋の中で唯一完全に閉鎖的な空間である上に、鍵がかかる浴室を使って、密室トリックを完成させることに挑んだのである。


こうして出来上がった「刺青殺人事件」は、第二次世界大戦 / 太平洋戦争後間もない戦後混乱期の社会情勢を背景としており、妖艶な刺青である自雷也 / 大蛇丸 / 綱出姫の三すくみによる呪い、日本家屋の浴室内における密室殺人や胴体のない死体等、怪奇趣味に彩られた本格推理小説となっている。


その後、「刺青殺人事件」は、1947年に、明智小五郎シリーズ等で有名な日本の推理作家である江戸川乱歩(1894年ー1965年)に激賞されて、出版の運びとなり、翌年の1948年に、岩谷書店から「宝石選書」の第1篇として刊行され、高木彬光は、推理作家としてデビューした。


「刺青殺人事件」は、1953年に日本探偵全集(春陽堂書店)に収録される際に、作者による大幅な改稿が加えられて、約2倍の分量となる大作となっている。

また、その際に、東京帝国大学医学部法医学教室の研究員で、物語の約 2/3 の辺りまで主人公となる松下研三(Kenzo Matsushita)による一人称形式から現在の三人称形式に改められている。


2024年4月20日土曜日

恐竜の時代(The Age of the Dinosaurs)記念切手 - その2

2024年3月12日に、英国のロイヤルメール(Royal Mail)から、恐竜の時代(The Age of the Dinosaurs)に関する12種類の記念切手が発行されたので、前回に引き続き、御紹介したい。


Stegosaurus(ステゴサウルス / 剣竜 - 草食恐竜) is one of the most recognisable dinosaurs,
although we know relatively little about it as remains are rare.  
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

Diplodocus(ディプロドクス - 草食性大形四つ足恐竜) reached up to 27 metres in length 
and lived 150 million years ago at the end of the Jurassic  Period(ジュラ紀).
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

Megalosaurus(メガロサウルス - 二足歩行の巨大食肉竜) roamed what is now England
between 170 and 155 million years ago.
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

Cryptoclidus(クリプトクリドゥス / 首長竜) was a plesiosaur and
is described as looking like a 'snake threaded through a turtle'.
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

2024年4月19日金曜日

江戸川乱歩作「三角館の恐怖」- その3


イヴリン・ペイジ(Evelyn Page:1902年ー1977年)とドロシー・ブレア(Drothy Blair:1903年ー1976年)と言う女性2人のペンネームである米国の推理作家ロジャー・スカーレット(Roger Scarlett)による第4作目の長編推理小説「エンジェル家の殺人(Murder Among the Angells → 2024年4月2日 / 4月5日 / 4月8日付ブログで紹介済)」(1932年)を、明智小五郎シリーズ等で有名な日本の推理作家である江戸川乱歩(Rampo Edogawa:1894年ー1965年)が翻案した「三角館の恐怖」(1951年)の場合、基本的に、「エンジェル家の殺人」と同じように、物語が展開する。



「三角館の恐怖」は、大きく分けると、


*森川 五郎弁護士による右三角館に住む蛭峰 健作の訪問

*亡き父が残した遺言の変更を巡る双子の兄である蛭峰 健作と双子の弟である蛭峰 康造の話し合い

*第1の殺人(被害者:蛭峰 康造)

*第2の殺人(被害者:蛭峰 健作)- エレベーター内の不可能犯罪

*深夜の犯人待ち伏せ


と続いていく。





「エンジェル家の殺人」と同様に、「三角館の恐怖」は、


*物語最後の深夜の犯人待ち伏せ場面のサスペンス

*明かされる犯人の意外性

*犯人による蛭峰 康造 / 蛭峰 健作の殺害動機の設定

*犯人を推理するための鍵となるトリック


等、長所は多い。




江戸川乱歩は、「エンジェル家の殺人」にかなり惚れ込んだようで、推理作家として、


(1)正攻法での物語展開

(2)邸の見取図の使用

(3)蛭峰 健作が被害者となる邸に設置されているエレベーター内の不可能犯罪

(4)読者に対する必要なデータの開示

(5)読者への挑戦状


を行なっている。

「エンジェル家の殺人」の場合、見取図が出てくるのは、かなり後であるが、「三角館の恐怖」の場合、物語の展開に沿う形で、物語の冒頭から、効果的に挿入されている。


ただ、警視庁捜査一課の名探偵と呼ばれる篠警部を初めとする登場人物達には、やや生彩がなく、迫力に欠けている。

筆者が小学生の時、学校の図書館で借りて読んだポプラ社が刊行した少年探偵団シリーズの最終巻に該る「三角館の恐怖」では、シリーズ探偵の明智小五郎が、篠警部に代わって、探偵役を務めており、明智小五郎が登場すると、やはり、物語全体が活気を呈してくると言える。


2024年4月18日木曜日

アガサ・クリスティーの世界<ジグソーパズル>(The World of Agatha Christie )- その43

(90)ドクニンジン(Hemlock)


ドクニンジンの化学式(構造式)-
Bloomsbury Publishing Plc から出版された
キャサリン・ハーカップ作「アガサ・クリスティーと14の毒薬
(A is for Arsenic - The Poisons of Agatha Christie by Kathryn Harkup)」の
ペーパーバック版から抜粋。

目:セリ目(Apiales)

科:セリ科(Apiaceae)

属:ドクニンジン属(Conium)


ドクニンジンは、古代ギリシアの哲学者であるソクラテス(Socrates:紀元前470年頃ー紀元前399年)の処刑の際、毒薬として使用されたと言われており、そのため、欧州において、茎にある紫紅色の斑点が、「ソクラテスの血」と呼ばれたりする。


原産:欧州(特に、地中海沿岸)を原産とする「Conium maculatum」と北アフリカを原産とする「C. chaerophylloides」の2種類がある。


最近では、かつては自生していなかった日本(北海道や東日本)、アジア各地、北アメリカやオーストラリア等に持ち込まれて、帰化植物となっている。


多年生草木


茎:高さは2m位 / 毛がなく、つるつるした緑色 / 下半分には、紫紅色の斑点があり、生長すると、暗紫色に変わる。

根:肉色をしており、枝分かれしていない。

葉:三角形をしており、レース状に分かれている。

花:小さな白い花が密集して、多く咲く。


ドクニンジンは、植物全体が臭気を放っていることが特徴で、この臭いが、食用植物と区別する基準となる。


ドクニンジンは、全草、特に、果実に猛毒成分を含んでいる。

ただし、用法や用量を守って使用する限り、有用であり、鎮静剤や痙攣止め等の用途に使われてきた。


ドクニンジンを誤食した場合や大量に摂取した場合の副作用として、コニイン(Coniine - 神経毒)を初めとする各種の毒性アルカロイドにより、


*嘔吐

*下痢

*呼吸困難

*麻痺

*言語障害


等を引き起こし、最悪の場合には、死に至るので、取扱いに注意が必要。


2024年4月17日水曜日

恐竜の時代(The Age of the Dinosaurs)記念切手 - その1

2024年3月12日に、英国のロイヤルメール(Royal Mail)から、恐竜の時代(The Age of the Dinosaurs)に関する12種類の記念切手が発行されたので、3回に分けて御紹介したい。


Tyrannosaurus(ティラノサウルス / 暴君竜 - 肉食恐竜) lived
during the Late Cretaceous period(白亜紀後期)
between 68 and 66 million years ago.
The first known specimen was discovered n 1900  in Wyoming, USA.
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

Triceratops(トリケラトプス / 三角竜) lived around 68 million years ago
during the Late Cretaceous period.
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

Coloborhynchus(コロボリンクス - 翼竜) was one of the earliest pterosaurs to be discovered.
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

Iguanodon(イグアノドン - 草食恐竜) lived during the Early Cretaceous period(白亜紀前期)
between 125 and 110 million years ago.
< Designed by The Chase & Illustration by Joshua Dunlop >

2024年4月16日火曜日

江戸川乱歩作「三角館の恐怖」- その2

講談社から江戸川乱歩推理文庫の1冊(第25巻)として
1989年に第1刷が発行された
江戸川乱歩作「三角館の恐怖」内に付されている
「三角館の見取図」


イヴリン・ペイジ(Evelyn Page:1902年ー1977年)とドロシー・ブレア(Drothy Blair:1903年ー1976年)と言う女性2人のペンネームである米国の推理作家ロジャー・スカーレット(Roger Scarlett)による第4作目の長編推理小説「エンジェル家の殺人(Murder Among the Angells → 2024年4月2日 / 4月5日 / 4月8日付ブログで紹介済)」(1932年)と、明智小五郎シリーズ等で有名な日本の推理作家である江戸川乱歩(Rampo Edogawa:1894年ー1965年)が翻案した「三角館の恐怖」(1951年)の間には、以下の差異がある。


1.事件発生時期

(原作)3月初旬の火曜日の朝

(翻案)1月下旬の雪上がりのある午後


2.事件発生場所

(原作)原作上、明記されていないが、作者のイヴリン・ペイジとドロシー・ブレアの2人は、大学卒業後、マサチューセッツ州(Commonwealth of Massachusetts)ボストン(Boston)にあるホートンミフリンハーコート(Houghton Mifflin Harcourt)と言う出版社で、編集者として働いている時に出会い、共同生活を始め、ロジャー・スカーレットと言うペンネームを使い、僅か4年の間に、長編推理小説を5作発表しているので、おそらく、事件発生場所は、「ボストン」を想定しているものと思われる。

(翻案)「東京中央区の隅田川寄り、築地付近」と言及されている。


3.事件が発生する邸の名前

(原作)「エンジェル邸」と言及されている。

(翻案)「三角館」と名付けられている。


講談社から江戸川乱歩推理文庫の1冊(第25巻)として
1989年に第1刷が発行された
江戸川乱歩作「三角館の恐怖」内に付されている
「三角館1階の平面図」

4.主要な登場人物

(原作)

<ダライアス家の住人>

(1)ダライアス・エンジェル(Darius Angell):双子の兄

(2)ピーター・エンジェル(Peter Angell):ダライアスの長男

(3)ディヴィッド・エンジェル(David Angell):ダライアスの次男

(4)スーザン・コッドマン(Susan Codman):ダライアスの義理の妹

<キャロラス家の住人>

(5)キャロラス・エンジェル(Carolus Angell):双子の弟

(6)カール・エンジェル(Carl Angell):キャロラスの養子

(7)カレン・アダムズ(Karen Adams):キャロラスの養女

(8)ホイットニー・アダムズ(Whitney Adams):カレンの夫

(9)ブラード:キャロラス家の執事

<捜査関係者>

(10)ノートン・ケイン(Norton Kane):犯罪捜査部の警部(Inspector)

(11)アンダーウッド(Underwood):弁護士


講談社から江戸川乱歩推理文庫の1冊(第25巻)として
1989年に第1刷が発行された
江戸川乱歩作「三角館の恐怖」内に付されている
「三角館各階の居住者」

(翻案)

<右三角館の住人>

(1)蛭峰 健作(70歳):双子の兄

(2)蛭峰 健一(36歳):健作の長男 / 独身

(3)蛭峰 丈二(32歳):健作の二男 / 独身

(4)穴山 弓子(58歳):健作の亡妻の妹

<左三角館の住人>

(5)蛭峰 康造(70歳):双子の弟

(6)蛭峰 良助(33歳):康造の養子 / 独身

(7)鳩野 桂子(26歳):康造の養女 / 結婚して、夫の姓を名乗る

(8)鳩野 芳夫(38歳):桂子の夫 / 桂子の希望で、蛭峰家に同居している

(9)猿田老人(60歳):先代から住みつきの執事

<捜査関係者>

(10)篠警部:警視庁捜査一課の名探偵

(11)森川 五郎:弁護士


2024年4月15日月曜日

ジョン・ディクスン・カー作「緑のカプセルの謎」(The Problem of the Green Capsule by John Dickson Carr)- その4

大英図書館(British Library)から2023年に出版された
ジョン・ディクスン・カー作「黒眼鏡(英国版タイトル)/
緑のカプセルの謎(米国版タイトル)」の表紙
(Front cover image : NRM / Pictorial Collection / Science & Society Picture Library)


「緑のカプセルの謎(The Problem of the Green Capsule → 2019年8月3日 / 8月17日 / 8月28日付ブログで紹介済)」は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1939年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)シリーズの長編第10作目に該る。


本作品の場合、ソドベリークロス(Sodbury Cross - 架空の場所)と言う村に3軒ある煙草店兼菓子店のうち、ミセス・テリー(Mrs. Terry)が営む一番人気の店において、何者かにより、菓子の中に毒入りチョコレート・ボンボンが混ぜられ、メイドの少女と子供3人に被害が出て、更に、子供の1人が亡くなると言う惨事が発生する。

続いて、村に住む桃栽培の実業家であるマーカス・チェズニー(Marcus Chesney)が、自宅において行った心理学的なテストの最中に殺害されると言う事件も起きる。彼は、フランス窓から室内へと入って来た「透明人間(The Invisible Man)」のような風体の人物によって、緑のカプセルを飲まされると言う寸劇において、緑のカプセルの中に入っていた青酸カリで殺されたのである。

ロンドン警視庁犯罪捜査部(スコットランドヤード CID)の上司であるハドリー警視(Superintendent Hadley)から命じられて、現地へと派遣されたアンドルー・マッカンドルー・エリオット警部(Inspector Andrew MacAndrew Elliot)は、対処に困り、バース(Bath)に滞在していた知り合いのギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)に助力を求めるのであった。


大英図書館(British Library)から2023年に出版された
ジョン・ディクスン・カー作「黒眼鏡(英国版タイトル)/
緑のカプセルの謎(米国版タイトル)」の裏表紙
(Front cover image : NRM / Pictorial Collection / Science & Society Picture Library)

作者のジョン・ディクスン・カーは、当初、本作品のタイトルを「黒眼鏡(The Black Spectacles)」とした。英国の出版社であるハーミッシュ・ハミルトン社(Hamish Hamilton)は、作者のタイトルをそのまま受け入れて、同タイトルで出版した。一方、米国の出版社であるハーパー社(Harper)の場合、「The Black Spectacles」では、推理小説のタイトルとして判りづらいと考えて、マーカス・チェズニーの殺害に使用された青酸カリ入れの緑のカプセルに焦点を絞り、タイトルを「緑のカプセルの謎(The Problem of the Green Capsule)」へと変更した。日本においては、米国版のタイトルがベースとなっている。


大英図書館(British Library → 2014年5月31日付ブログで紹介済)が2023年に本作品を復刊した際、作者のジョン・ディクスン・カーが付けた「The Black Spectacles」を使用している。

また、本の表紙には、ケント州(Kent)にあるロイヤルタンブリッジウェルズ(Royal Tunbridge Wells → 2023年6月18日付ブログで紹介済)のハイストリートのポスターが使われている。これは、毒入りチョコレート・ボンボン事件が発生したミセス・テリーが営む煙草店兼菓子店が所在するソドベリークロス村のハイストリートを念頭に置いているからではないかと思われる。


2024年4月14日日曜日

英国にあるヴァイキングの遺跡(Viking Britain)記念切手 - その2

2024年2月20日に、英国のロイヤルメール(Royal Mail)から、英国にあるヴァイキングの遺跡(Viking Britain)に関する8種類の記念切手が発行されたので、前回に引き続き、御紹介したい。


< Norse settlement remains, Jarlshof, Shetland >


< Antler comb and case, Coppergate, York >

< Gilded bronze brooch, Pitney, Somerset >

< Hogback gravestone, Govan Old, Glasgow >

2024年4月13日土曜日

江戸川乱歩作「三角館の恐怖」- その1

講談社から江戸川乱歩推理文庫の1冊(第25巻)として
1989年に第1刷が発行された
江戸川乱歩作「三角館の恐怖」の表紙
<装画:天野 喜孝
  装幀:安彦 勝博>

イヴリン・ペイジ(Evelyn Page:1902年ー1977年)とドロシー・ブレア(Drothy Blair:1903年ー1976年)と言う女性2人のペンネームである米国の推理作家ロジャー・スカーレット(Roger Scarlett)による第4作目の長編推理小説「エンジェル家の殺人(Murder Among the Angells → 2024年4月2日 / 4月5日 / 4月8日付ブログで紹介済)」(1932年)について、明智小五郎シリーズ等で有名な日本の推理作家である江戸川乱歩(Rampo Edogawa:1894年ー1965年)が、同作品を「三角館の恐怖」(1951年)として翻案している。


「エンジェル家の殺人」を読んだ江戸川乱歩は、翻訳家で研究家の井上良夫に宛てた第二次世界大戦(1939年ー1945年)/ 太平洋戦争(1941年-1945年)中の昭和18年(1943年)2月10日付の手紙の中で、同作品に「感歎したる次第」を、原稿用紙14枚程の長さで述べている。


「一月以来の初読をひっくるめて、巻をおく能わざる興味と興奮を覚えたのは、『僧正(僧正殺人事件(The Bishop Murder Case → 2024年2月7日 / 2月11日 / 2月15日 / 2月19日付ブログで紹介済))』『赤毛(赤毛のレドメイン家(The Red Redmaynes)』『黄色(黄色い部屋の謎(Le Mystere de la chambre jaune))』『Y(Y の悲劇(The Tragedy of Y))』の四作でしたが、『エンジェル』にやはり同じ興奮を感じたのです。この点だけでもベストに入れないわけにはいきません。この作は小生のいわゆる不可能興味が偉大なわけでもなく、他人の悪念が深刻なわけでもなく、『僧正』『Y』『赤毛』などの病的異常性があるわけでもなく、そういう点では感歎するほどではありませんが、筋の運び方、謎の解いて行き方、サスペンスの強度、などに他の作にないような妙味があり、書き方そのものが小生の嗜好にピッタリ一致するのです。(中略)アアなるほどその通りその通り、それこそ私の一番好きな書き方だと、一行ごとにそう感じてよむというわけです。

もっとも初め百七八十頁まではそうはいきません。あとにどんなにいいものが隠れているか全く分らないのですから、その辺までは半信半疑でよみます。靴の包みが川に投込まれる出発点などは、余り好きではなく、ひょっとしたらこれはフレッチャー流じゃないかという疑が去りません。(中略)

第二のエレベーターの殺人から、俄然不可能興味が濃厚になります。サスペンスの出し方の巧みさには感歎し、この辺から巻をおく能わざる興味を生じて来ます。丁度そこまで読んだ頃はもう夜更けすぎだったので、明日にして寝るつもりだったところ、もうとても中途でよせなくなり、夜明けまでかかって全部読み終り、しばらくは感歎の反芻のために眠ることが出来なかったという次第です。(後略)」


講談社から江戸川乱歩推理文庫の1冊(第25巻)として
1989年に第1刷が発行された
江戸川乱歩作「三角館の恐怖」の裏表紙
<装幀:安彦 勝博>

江戸川乱歩は、昭和21年(1946年)に「エンジェル家の殺人」を再読して、本作が大きな独創性に欠けていること、また、作者の文章が良くないことを理由に、ベストテンに準ずると、当初の評価を改めている。


それでも、昭和18年(1943年)の初読時の印象が非常に深かったためか、江戸川乱歩は、「エンジェル家の殺人」のプロットとトリックを借りて、自分の文章による翻案を試みた。

そして、「エンジェル家の殺人」を翻案した「三角館の恐怖」は、昭和26年(1951年)1月から同年12月にかけて、「面白俱楽部」(第4巻第1号ー第12号)に連載された。その後、昭和27年(1952年)9月に、文芸図書出版社から単行本として刊行された。その際、扉裏に、「ロジャー・スカーレット『エンジェル家の殺人事件』に拠る」と記されたのである。