2020年1月26日日曜日

カーター・ディクスン作「第三の銃弾」(The Third Bullet by Carter Dickson)–その4

早川書房が出版するハヤカワ文庫「第三の銃弾〔完全版〕」に
掲載されているモートレイク元判事が射殺された
離れの書斎の平面図

ロンドン北西部のハムステッド地区(Hampstead→2018年8月26日付ブログで紹介済)内にあるチャールズ・モートレイク元判事邸の離れの書斎において発生した同判事の殺害現場に居合わせたロンドン警視庁(スコットランドヤード)のジョン・ペイジ警部が容疑者であるゲイブリエル・ホワイトを尋問すると、ホワイト本人は、「モートレイク元判事に対して、拳銃を一発しか撃っていない。」と主張する。

一方、ペイジ警部の部下であるボーデン部長刑事が、モートレイク元判事が射殺された書斎のうち、西側の窓際(大きな黄色い陶器の花瓶が二つ、その両側に置かれていた)を調べたところ、北西の隅にある花瓶の近くに使用済の薬莢が落ちていたのを見つける。ボーデン部長刑事は、一瞬、その薬莢がホワイトが所持していたアイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァーから発射されたものではないかと思ったが、一目見て、それはブローニング32口径オートマティックから発射されたものであることが判った。
そして、実際、近くにあった花瓶の底に、ブローニング32口径オートマティック拳銃が隠されているのが発見された。そのブローニング32口径オートマティックの銃身には、匂いが残っていて、発射まだ間もないことが明らかだった。その上、弾倉から一発だけ発射されていることが判った。

ペイジ警部は、マーキス大佐に対して、

(1)射殺されたモートレイク元判事の後ろの壁にめり込んでいた弾丸は、多少欠けているものの、ホワイトが所持していたアイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァーから発射されたものと思われること

(2)従って、射殺されたモートレイク元判事の体内にある弾丸は、花瓶の底から見つかったブローニング32口径オートマティックから発射されたものと予想されること

(3)ただし、問題のブローニング32口径オートマティックについて、ホワイトは「自分の拳銃ではなく、誰が撃ったのか判らない。」と主張していること

(4)書斎の西側にある二つの窓は、両方とも、内側から鍵がかけられた上に、分厚い木製の鎧戸が閉められていて、その鎧戸も内側から鍵がかけられていたこと

(5)書斎の南側にある二つの窓のうち、西側に近い窓も、内側から鍵がかけられた上に、鎧戸も閉められていたこと

(6)書斎の南側にある二つの窓のうち、もう一つの窓については、ペイジ警部が外からよじ登った場所で、常に彼の監視下にあったこと

(7)更に、書斎の出入口である廊下に面したドアに関しては、ホワイトが書斎内へ走り込んで、内側から鍵をかけた瞬間から、ボーデン部長刑事の監視下にあったこと

(8)つまり、書斎は「密閉された箱」のような状態にあり、射殺されたモートレイク元判事を除くと、ホワイト以外の第三者が書斎内に居たとは考えられないこと

が報告される。

それにもかかわらず、司法解剖を終えた警察医であるギャラティン医師から、驚くべき報告が入ったのである。射殺されたモートレイク元判事の体内から取り出された弾丸は、ホワイトが所持していたアイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァーから発射されたものでも、また、花瓶の底から見つかったブローニング32口径オートマティックから発射されたものでもなかった。その弾丸は、何と、エルクマンの空気銃から発射されたことが判明したのである。

ここに、「第三の銃弾(The Third Bullet)」が登場したのであった。「密閉された箱」のような状態にあった書斎内で、「第三の銃弾」を発射したエルクマンの空気銃は、誰がどのように撃って、モートレイク元判事を殺害した後、どこへ消え失せたのだろうか?

この非常に不可思議かつ不可解な謎に対して、マーキス大佐が挑むことになる。

2020年1月25日土曜日

キム・ニューマン作「モリアーティ秘録」(’Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles’ by Kim Newman)–その2

2011年9月に Titan Books から出版された
「Professor Moriarty : The Hound of the D'Ubervilles
(モリアーティ教授:ダーバヴィル家の犬)」の表紙

英国のファンタジー作家、映画批評家で、かつ、ジャーナリストでもあるキム・ニューマン(Kim Newman:1959年ー)が執筆した「モリアーティ秘録(Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles)」は、1869年に創立された一族経営の民間銀行で、ムーアゲイト(Moorgate)、ジブラルタルとバミューダに支店を有するボックス・ブラザーズ銀行(Box Brothers)が、最高経営責任者(Chief Executive Officer)であるディム・フィラミーラ・ボックス(Dame Philomela Box)が不正取引の容疑で対欲されたことに伴い、経営破綻の上、倒産したところから、その物語が始まる。

彼女の甥であるコリン・ボックス(Colin Box)に対しても逮捕状が出されたが、間もなく、エセックス州(Essex)のヘイヴンゴア島(Havengore Island)において、燃え尽きたボルボのトランク内から、頭部を切り落とされた彼の死体が発見され、それから6週間の間に、ボックス・ブラザーズ銀行の役員2名が謎の死を遂げる。ただし、彼らの殺害について、誰も告発を受けることはなかった。
実は、ボックス・ブラザーズ銀行は、創立当初から、大物小物を問わず、犯罪者に対して、金融サービスを提供していたのである。

そして、2009年7月、ボックス・ブラザーズ銀行の貸金庫の中から、20世紀前半に預けられた後、80年間の間、手付かずのまま放置されていた謎の回廊録が出てきた。
回想録の執筆者は、ロンドンのコンジット街(Conduit Street→2015年7月18日付ブログで紹介済)に住むバンガロール第一工兵隊のセバスチャン・モラン大佐(Colonel Sebastian Moran)で、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティ教授(Professor James Moriarty)の右腕として活躍した人物であった。
この回想録には、犯罪商会の首魁として、様々な犯罪者に対して、計画や助言等を与えるコンサルティング業務を営むモリアーティ教授と彼のサポートを行うモラン大佐の二人が遭遇する奇妙な事件の数々が書き残されていたのである。

ディム・フィラミーラ・ボックスから回想録を渡されたロンドンのバークバックカレッジ(Birkbeck College)歴史・古典・考古学部(Department of History, Classics and Archaeology)社会科学・歴史・哲学研究所(School of Social Sciences, History and Philosophy)のクリスティーナ・テンプル教授(Professor Christina Temple)は、これが本物かどうかの分析を行うのであった。

2020年1月19日日曜日

アントニー・ゴームリー:イン・フォーメーション(Antony Gormley : In Formation)–その2

「ホワイトキューブ・メイソンズヤード」において開催されていた
「アントニー・ゴームリー:イン・フォーメーション」のうち、
地下階に展示されている作品群

ロンドンのシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)セントジェイムズ地区(St. James’s)にあるメーソンズヤード(Mason’s Yard)内の真ん中に建つ「ホワイトキューブ・メイソンズヤード(White Cube Mason’s Yard)」において、大きな翼を持つ天使をモチーフにした「The Angel of the North」等で有名な英国の彫刻家であるサー・アントニー・マーク・デイヴィッド・ゴームリー(Sir Antony Mark David Gormley:1950年ー)のエキシビション「アントニー・ゴームリー:イン・フォーメーション(Antony Gormley : In Formation)」が、2020年1月18日(土)まで開催されていた。

エキシビションでは、鉄を溶解させた後、抽出したブロック型の鋳鉄製の作品群が並んでいる。

「ホワイトキューブ・メイソンズヤード」の
地上階から地下階へと階段を降りたところ

今回は、先週紹介した地上階(Ground Floor)に展示されている作品群に加えて、地下階(Lower Ground Floor)に展示されている作品群を紹介する。

地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品1
(PIT / 2018 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品2
(HOLD / 2018 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品3
(FALL II / 2018 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品4
(STACK / 2018 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品5
(FOUND / 2018 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品6
(FALL / 2018 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品7
(SEIZE / 2019 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品8
(GUT / 2019 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品9
(PACK / 2019 / Cast iron)
地下階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品10
(STEM / 2019 / Cast iron)

2020年1月18日土曜日

キム・ニューマン作「モリアーティ秘録」(’Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles’ by Kim Newman)–その1

創元推理文庫「ドラキュラ紀元」の表紙
表紙のオブジェは、松野光洋氏が造形。

「モリアーティ秘録(Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles)」は、2018年12月に東京創元社から創元推理文庫として出版された。なお、原作(英語版)は、2011年に Titan Publishing Group Ltd. から「Professor Moriarty : The Hound of the D’Ubervilles(モリアーティー教授:ダーバヴィル家の犬)」というタイトルで刊行されている。

創元推理文庫「ドラキュラ戦記」の表紙
表紙のオブジェは、松野光洋氏が造形。

著者のキム・ニューマン(Kim Newman:1959年ー)は、英国のファンタジー作家、映画批評家で、かつ、ジャーナリストでもある。
キム・ニューマンの場合、アイルランド人の小説家であるブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1912年)が執筆したゴシック小説 / ホラー小説「吸血鬼ドラキュラ(Dracula → 2017年12月24日 / 12月26日付ブログで紹介済)」にあるように、吸血鬼のドラキュラ伯爵(Count Dracula)がアムステルダム大学の名誉教授であるエイブラハム・ヴァン・ヘルシング(Abraham Van Helsing → 2017年12月31日付ブログで紹介済)達に敗れて滅ぼされるのではなく、逆に、ドラキュラ伯爵がヴァン・ヘルシング教授達に打ち勝って、彼らを殺害したところから、物語を始めて、長編3部作を執筆している。

(1)長編第1作「ドラキュラ紀元(Anno Dracula → 2018年1月7日付ブログで紹介済)」(1992年10月に発表
(2)長編第2作「ドラキュラ戦記(The Bloody Red Baron - Anno Dracula 1918 → 2018年1月14日付ブログで紹介済)」(1995年11月に発表)
(3)長編第3作「ドラキュラ崩御(Judgement of Tears - Anno Dracula 1959 → 2018年1月21日付けブログで紹介済)」(1998年11月に発表)

創元推理文庫「ドラキュラ崩御」の表紙
表紙のオブジェは、松野光洋氏が造形。

訳者の北原尚彦氏(1962年ー)は、日本のミステリー/SF/ホラー小説家、翻訳家で、古書研究家でもある。
北原尚彦氏は、日本シャーロック・ホームズクラブの会員で、世界中のシャーロック・ホームズ関連の書籍収集でも有名な日本有数のシャーロキアンである。また、彼は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作品やホームズ関連のアンソロジーを数多く編纂 / 翻訳している。
ちなみに、北原尚彦氏が執筆したホームズのパスティーシュ(連作短編集)である「シャーロック・ホームズの蒐集(The Collection of Sherlock Holmes → 2019年12月8日 / 12月14日付ブログで紹介済)」は、2014年11月に東京創元社から刊行され、2015年に第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)の候補となり、2018年3月に文庫化されている。

2020年1月12日日曜日

アントニー・ゴームリー:イン・フォーメーション(Antony Gormley : In Formation)–その1

メーソンズヤードの中央に建つ「ホワイトキューブ・メーソンズヤード」

大きな翼を持つ天使をモチーフにした「The Angel of the North」等で有名な英国の彫刻家であるサー・アントニー・マーク・デイヴィッド・ゴームリー(Sir Antony Mark David Gormley:1950年ー)のエキシビションが、現在、ロンドンで開催されている。

デュークストリートからメーソンズヤード内へ入ったところ

地下鉄ピカデリーサーカス駅(Piccadilly Circus Tube Station)から地下鉄グリーンパーク駅(Green Park Tube Station)へと向かって、ピカデリー通り(Piccadilly)を西へ進み、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ(Royal Academy of Arts)が入居しているバーリントンハウス(The Burlington House)やバーリントンアーケード(Burlington Arcade→2016年5月20日付ブログで紹介済)の反対側にあるフォートナム&メイソンが建つ角で、ピカデリー通りを左折。

「ホワイトキューブ・メーソンズヤード」の入口

ピカデリー通りを左折した後、デュークストリート(Duke Street)をそのまま南下し、交差するジャーミンストリート(Jermyn Street→2016年7月24日付ブログで紹介済)を過ぎ、次に左手に見えるメーソンズヤード(Mason’s Yard)へと入る。

地上階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品1
(BATTEN / 2019 / Cast iron)

メーソンズヤード内の真ん中に建つ「ホワイトキューブ・メイソンズヤード(White Cube Mason’s Yard)」において、アントニー・ゴームリーのエキシビション「アントニー・ゴームリー:イン・フォーメーション(Antony Gormley : In Formation)」が、2020年1月18日(土)まで開催されている。

地上階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品2
(LEAVE / 2019 / Cast iron)

エキシビションでは、鉄を溶解させた後、抽出したブロック型の鋳鉄製の作品群が並んでいる。

地上階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品3
(SLACK / 2019 / Cast iron)

今回紹介するのは、地上階(Ground Floor)に展示されている作品群のみで、地下階(Lower Ground Floor)に展示されている作品群については、次回、紹介する予定。

地上階に展示されているアントニー・ゴームリーの作品4
(BRACE / 2019 / Cast iron)

なお、アントニー・ゴームリーの作品に関しては、バルダートンストリート(Balderton Street→2015年5月31日付ブログで紹介済)沿いに建つボーモントホテル(The Beaumont Hotel→2015年5月31日付ブログで紹介済)の上層階に、3階建ての高さのオブジェが設置されている。

バルダートンストリート沿いに建つボーモントホテルの上層階に設置されている
アントニー・ゴームリー作のオブジェ

2020年1月11日土曜日

北原尚彦編訳「シャーロック・ホームズの栄冠」(’The Glories of Sherlock Holmes’ edited by Naohiko Kitahara)–その2



東京創元社から出版されている創元推理文庫
「シャーロック・ホームズの栄冠」の表紙
カバーイラスト: 鈴木 康士 氏
カバーデザイン: 柳川 貴代 氏 + Fragment

第Ⅲ部:語られざる事件編
(15)アラン・ウィルスン(1923年ー?)作「疲弊した船長の事件(The Adventure of the Tired Captain)」(1958年 / 1959年)
(16)オーガスト・ダーレス(1909年-1971年)作「調教された鵜の事件(The Adventure of the Trained Cormorant)」(1953年)
(17)ギャヴィン・ブレンド作「コンク - シングルトン偽造事件(The Conk-Singleton Forgery Case)」(1953年)
(18)S・C・ロバーツ(1887年ー1966年)作「トスカ枢機卿事件(The Death of Cardinal Tosca)」

第Ⅳ部:対決編
(19)アーサー・チャップマン(1873年ー1935年)作「シャーロック・ホームズ対デュパン(The Unmasking of Sherlock Holmes)」(1905年)
(20)作者不詳「シャーロック・ホームズ対勇者ジェラール(Sherlock Holmes and Brigadier Gerard)」(1903年)
(21)ドナルド・スタンリー(1925年ー?)作「シャーロック・ホームズ対007(Holmes Meets 007)」(1964年)

第Ⅴ部:異色編
(22)キャロリン・ウェルズ(1869年ー1942年)作「犯罪者捕獲法奇譚(Sure Way to Catch Every Criminal. Ha! Ha!)」(1912年)
(23)ロバート・ブロック(1917年ー1994年)作「小惑星の力学(The Dynamics of an Asteroid)」(1953年)
(24)ベイジル・ラスボーン(1892年ー1967年)作「サセックスの白日夢(Daydream)」(1947年)
(25)ビル・プロンジーニ(1943年ー)作「シャーロック・ホームズなんか恐くない(Who’s Afraid of Sherlock Holmes)」(1968年)

「シャーロック・ホームズの栄冠(The Glories of Sherlock Holmes)」の編訳者で、日本のミステリー/SF/ホラー小説家、翻訳家で、古書研究家でもある北原尚彦氏(1962年ー)によると、本作品に収録されている全25篇のうち、19篇が本邦初訳で、残りの6篇についても、雑誌やムック等に一度訳されただけで、日本では単行本化されていないもの、とのこと。

2007年に論創社から刊行された際、「シャーロック・ホームズの栄冠」には全部で24篇が収録されていたが、2017年11月に東京創元社から創元推理文庫として出版された際に、「シャーロック・ホームズと<ボーダーの橋>バザー(”Sherlock Holmes.” Discovering the Border Burghs, and, by Deduction, the Brig Bazaar)」が追加されている。2015年2月に発掘された時、「サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作の未発表のシャーロック・ホームズ短編ではないか?」と言われたが、最終的には、コナン・ドイル作であるとは確認されなかった。

「シャーロック・ホームズの栄冠」には、「陸橋殺人事件(The Viaduct Murder)」(1925年)や「密室の行者(Solved by Ivspection)」(1931年)等の著者であるロナルド・ノックス(Ronald Knox:1888年ー1957年)、「トレント最後の事件(Trent’s Last Case)」(1913年)等の著者であるエドマンド・クレリヒュー・ベントリー(Edmund Clerihew Bentley:1875年ー1956年)、「ピカデリーの殺人(The Piccadilly Murder)」(1929年)、「毒入りチョコレート事件(The Poisoned Chocolate)」(1929年)や「第二の銃声(The Second Shot)」(1930年)等の著者であるアントニイ・バークリー(Anthony Berkley:1893年ー1971年)および「赤い館の秘密(The Red House Mystery)」(1921年)や「クマのプーさん(Winnie the Pooh)」(1926年)等の著者であるアラン・アレクサンダー・ミルン(Alan Alexander Milne:1882年-1956年)といった英国を代表する推理作家による作品が含まれているが、5つのカテゴリーに分かれているものの、全体的にパロディー作品が非常に多い上に、内容的に今日一つで、正直ベース、個人的な趣味にはあまり合わなかった。また、楽しみにしていた「第Ⅲ部:語られざる事件編」についても、「調教された鵜の事件」を覗くと、あまり大したことはなく、残念ながら、期待外れに終わってしまった。

「シャーロック・ホームズの栄冠」に収録されている全25篇の後に、編訳者の北原尚彦氏が、「註 七パーセントの注釈」と「解説 編訳者最後の挨拶」を、創元推理文庫版で約60ページ分付け加えているが、申し訳ないものの、全25篇よりも、こちらの方が遥かに興味深かった。


2020年1月5日日曜日

北原尚彦編訳「シャーロック・ホームズの栄冠」(’The Glories of Sherlock Holmes’ edited by Naohiko Kitahara)–その1

東京創元社から出版されている創元推理文庫
「シャーロック・ホームズの栄冠」の表紙
カバーイラスト: 鈴木 康士 氏
カバーデザイン: 柳川 貴代 氏 + Fragment

「シャーロック・ホームズの栄冠(The Glories of Sherlock Holmes)」は、日本のミステリー/SF/ホラー小説家、翻訳家で、古書研究家でもある北原尚彦氏(1962年ー)が編んだシャーロック・ホームズのパロディー&パスティーシュ集である。
北原尚彦氏は、日本シャーロック・ホームズクラブの会員で、世界中のシャーロック・ホームズ関連の書籍収集でも有名な日本有数のシャーロキアンである。また、彼は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作品やホームズ関連のアンソロジーを数多く編纂/翻訳している。
なお、「シャーロック・ホームズの栄冠」は、2007年に論創社から刊行され、2017年11月に東京創元社から創元推理文庫として出版されている。

「シャーロック・ホームズの栄冠」には、全部で25篇が収録されていて、内容に応じ、5つのカテゴリーに分けられている。

第I部:王道編
(1)ロナルド・A・ノックス(1888年ー1957年)作「一等車の秘密(The Adventure of the First-Class Carriage)」(1947年)
(2)E・C・ベントリー(1875年ー1956年)作「ワトスン博士の友人(Dr. Watson’s Friend)」(?年)
(3)アントニー・バウチャー(1911年ー1968年)作「おばけオオカミ事件(The Adventure of the Bogle-Wolf)」(1949年)
(4)アントニイ・バークリー(1893年ー1971年)作「ボー・ピープのヒツジ失踪事件(The Tale of “Little Bo-Peep” as Conan Doyle Would Have Written It)」(1925年)
(5)A・A・ミルン(1882年ー1956年)作「シャーロックの強奪(The Rape of Sherlock Being the Only True Version of Holmes’s Adventures)」(1903年)
(6)ロード・ワトスン(E・F・ベンスン(1867年ー1940年)とユースタス・H・マイルズ(1868年ー1948年)の合作)作「真説シャーロック・ホームズの生還(The Return of Sherlock Holmes)」(1903年)
(7)ロバート・バー(1850年ー1912年)作「第二の収穫(The Adventure of the Second Swaig)」(1904年)
(8)作者不詳「シャーロック・ホームズと<ボーダーの橋>バザー(”Sherlock Holmes.” Discovering the Border Burghs, and, by Deduction, the Brig Bazaar)」(1902年)

第Ⅱ部:もどき編
(9)ロス・マクドナルド(1915年ー1983年)作「南洋スープ会社事件(The South Sea Soup Co.)」(1931年)
(10)アーサー・ポージス(1915年ー2006年)作「ステイトリー・ホームズの冒険(Her Last Bow, or An Adventure of Stately Homes)」(1957年)
(11)アーサー・ポージス作「ステイトリー・ホームズの新冒険(Another Adventure of Stately Homes)」(1964年)
(12)アーサー・ポージス作「ステイトリー・ホームズと金属箱事件(Stately Homes…and the Box)」(1965年)
(13)ピーター・トッド(1876年ー1961年)作「まだらの手(The Freckled Hand)」
(14)ピーター・トッド作「四十四のサイン(The Sign of Forty Four)」

2020年1月4日土曜日

カーター・ディクスン作「第三の銃弾」(The Third Bullet by Carter Dickson)–その3

ハムステッド地区内に所在するハムステッドヒース(Hampstead Heath)

強盗傷害罪で、15回の鞭打ちと18ヶ月間の重労働という刑罰を言い渡された青年ゲイブリエル・ホワイトは、仮釈放で刑務所から出所した後、先般退官したチャールズ・モートレイク元判事を殺害しようと考え、質屋で拳銃(アイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァー)を購入し、ロンドン北西部のハムステッド地区(Hampstead→2018年8月26日付ブログで紹介済)内にあるモートレイク邸へと侵入した。
質屋からの電話連絡を受けたロンドン警視庁(スコットランドヤード)のジョン・ペイジ警部とボーデン部長刑事の二人は、モートレイク邸へと急行したものの、タッチの差でホワイトを捕まえることができず、ホワイトはモートレイク元判事が居た四阿(離れ)の書斎の中へ飛び込み、内側からドアの鍵を閉めてしまった。
そして、最初の銃声が聞こえたのである。

ハムステッドヒース内にある池(その1)

ボーデン部長刑事から遅れて、四阿に駆け寄ったペイジ警部は、半開きになった窓越しに、外から書斎の中を覗くと、窓から少し離れた左手にある書きもの机の上に、モートレイク元判事が突っ伏しており、書斎の真ん中には、例の拳銃(アイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァー)を手にしたホワイトが、呆けたような顔をして、立っているのが見えた。

ハムステッドヒース内にある池(その2)

ペイジ警部は、窓枠を乗り越えて、窓から書斎の中に入り、ホワイトに近付くと、彼の手から拳銃(アイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァー)を取り上げた。そして、書斎のドアの鍵を開け、廊下に居て、ドアを叩き続けて居たボーデン部長刑事を書斎の中へと入れた。
ペイジ警部とボーデン部長刑事がモートレイク元判事の死体を調べたところ、至近距離から心臓を撃ち抜かれていて、即死だったと思われた。銃弾は、全部で2発撃たれたようで、1発はモートレイク元判事の心臓に命中し、もう1発は、モートレイク元判事が突っ伏している書きもの机の左側にある口述録音機から垂れ下がった送話管の先端のガラス製口当てを砕いた後、元判事の後ろの壁にめり込んでいた。

ハムステッドヒース内にある池(その3)

書斎の中には、射殺されたモートレイク元判事とホワイト以外に、誰も隠れていなかったため、ペイジ警部とボーデン部長刑事にとって、ホワイトが所持していた拳銃(アイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァー)で2発撃って、そのうちの1発がモートレイク元判事を殺害して、残りのもう1発は的である元判事を外して、彼の後ろの壁にめり込んだというストーリーしか考えられなかった。
念の為、ペイジ警部が先程ホワイトから取り上げた拳銃(アイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァー)を開けて、弾倉を覗いてみたところ、驚くべきことに、ホワイトが所持していた拳銃(アイヴァー・ジョンソン38口径リヴォルヴァー)から、弾丸は1発しか発射されていないことが判ったのである。

それでは、もう1発の弾丸は、どこから発射されたのか?

2020年1月1日水曜日

山本周五郎作「シャーロック・ホームズ」–その4

ヴィクトリア女王の生誕200周年を記念して、
昨年(2019年)、ロイヤルメール(Royal Mail)から発行された切手(その1)

シャーロック・ホームズが、相棒のジョン・H・ワトスンと一緒に、ロンドンで活躍したヴィクトリア朝時代(「緋色の研究(A Study in Scarlet)」<事件発生年月;1881年3月>ー「這う男(The Creeping Man)」<事件発生年月:1903年9月>)、即ち、原作者のサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)がホームズシリーズを発表した期間(「緋色の研究(A Study in Scarlet)」<1887年11月>ー「ショスコム・オールド・プレイス(Shoscombe Old Place)」<1927年4月>)は、ヴィクトリア女王(Queen Victoria:1819年ー1901年 在位期間:1837年ー1901年)の統治下、英国の帝国主義が最盛期に達した時期である。

ヴィクトリア女王の生誕200周年を記念して、
昨年(2019年)、ロイヤルメール(Royal Mail)から発行された切手(その2)

あくまでも、個人的な感想ではあるが、「樅の木は残った」(1954年ー1958年)、「赤ひげ診療譚」(1958年)、「五辯の椿」(1959年)、「青べか物語」(1960年)や「季節のない街」(1962年)等の作品(特に、時代小説ー市井に生きる庶民や名もなき流れ者を書いた作品)で知られる日本の小説家である山本周五郎(本名:清水三十六 1903年ー1967年)が、「新少年」の1935年12月別冊附録に発表したホームズのパスティーシュである「シャーロック・ホームズ」を読んでいると、意図的なのか、それとも、無意識なのかは分らないものの、所々、国粋主義的な雰囲気が若干漂っているように感じられる。

勿論、本作品は、少年向けに執筆されているため、本作品を読む少年達の気持ちを高揚させる / 物語を楽しませる目的しかないのかもしれないが、ストーリー的に、また、時代背景的に、そう思えてしまう部分がある。

ヴィクトリア女王の生誕200周年を記念して、
昨年(2019年)、ロイヤルメール(Royal Mail)から発行された切手(その3)

本作品が発表されたのは、1935年12月であるが、当時、日本は、

・1931年ー満州事変勃発
・1932年ー傀儡政権である満州国の建国
・1933年ー国際連盟(League of Nations)からの脱退

というように、第二次世界大戦(1939年ー1945年) / 太平洋戦争(1941年ー1945年)へと向かって、帝国主義的な野望を露わにしていた時期であり、無意識に、そういった時代背景が本作品の雰囲気に影響を与えているのかもしれない。あるいは、作者の山本周五郎が、そういった時代背景を踏まえて、意図的に切り取り、本作品へ反映させているのかもしれない。

ヴィクトリア朝時代の1891年に発行された切手–
ヴィクトリア女王の横顔が描かれている

ちなみに、本作品のラストには、ホームズファン全員が衝撃を受ける驚愕の展開が待ち受けている。