2020年5月31日日曜日

F・W・クロフツ作「クロイドン発12時30分」(The 12:30 from Croydon by Freeman Wills Crofts)

大英図書館(British Library)が発行する
British Library Crime Classics の一つに加えられている
F・W・クロフツ作「クロイドン発12時30分」の表紙

「クロイドン発12時30分(The 12:30 from Croydon)」は、英国の推理作家であるフリーマン・ウィルス・クロフツ(Freeman Wills Crofts:1879年ー1957年)が1934年に発表した推理小説で、スコットランドヤードのジョーゼフ・フレンチ警部(Inspector Joseph French)(後に、主席警部→警視→主席警視に昇進)が登場するシリーズ11作目の長編に該る。

英国のヨークシャー州(Yorkshire)に住むローズ・モーリーは、祖父のアンドリュー・クラウザー(Andrew Crowtherー引退した富豪)、父のピーター・モーリー(農場経営者)とジョン・ウェザラップ(祖父の世話係兼執事)の3人と一緒に、ロンドンのヴィクトリア駅(Victoria Station)近くにある空港バス乗り場から、クロイドン空港へと向かった。昨夜、母のエルシー・モーリーが、パリにおいて、タクシーにはねられて重傷を負ったという恐ろしい知らせが届いたのである。ローズ・モーリーは、交通事故に遭った母親に対して、胸の潰れる思いを持つ一方、生まれて初めて飛行機に乗るため、感情を昂らせていた。その後、彼女には、もっと恐ろしいことが起きるのであった。

12時30分クロイドン発パリ行きの旅客機がボーヴェ空港に着陸した時、ローズ・モーリーに帯同していたアンドリュー老人は、座席に座ったまま、既に死亡していた。検視の結果、彼が服用していた消化不良用の薬に、青酸カリが混入されており、その中毒死だったのである。

ここで、物語は過去に戻り、クラウザー電動機製作所の社長であるチャールズ・スウィンバーン(Charles Swinburn)によるアンドリュー老人の殺害計画が綴られていく。

同じく、ヨークシャー州に住むチャールズ・スウィンバーンは、亡くなった父と引退した叔父(アンドリュー老人)から、クラウザー電動機製作所を受け継いだが、1929年に米国から始まった世界恐慌(Great Depression)による経済不況のあおりを受けて、会社の資金繰りに四苦八苦していた。チャールズが想いを寄せるユナ・メラー(Una Mellor)は、落ちぶれた男を相手にはしてくれそうもなかった。チャールズは、叔父のアンドリュー老人に対して、会社への資金援助を要請するものの、ダメな甥の烙印を押されて、資金援助は望めそうもなかった。正に、チャールズは、四面楚歌の状況だった。

老い先短い叔父のアンドリュー老人の命をとるか、それとも、自分と会社の従業員の命をとるか、2つの選択肢に迫られたチャールズは、自分の身の安全を図りつつ、叔父の遺産を受け取って、会社を再建するために、叔父の殺害計画を練り、計画を実行に移すのであった。

叔父のアンドリュー老人殺害計画は無事に遂行され、チャールズが快哉を叫んだのもつかの間、彼の前に、スコットランドヤードのフレンチ警部が姿を現した。チャールズは、不安に駆られる。自分の計画は、どので破綻したのか、と。


作者のフリーマン・ウィルス・クロフツは、1879年にアイルランド島のダブリンに出生。英国陸軍の軍医だった地父親の死後、母親の再婚相手が住むアイルランド島の北東部アルスター地方ダウン州で育つ。
その後、F・W・クロフツは、当地で鉄道義姉となるが、40歳(1919年)の時に病で入院。その療養中に構想した処女作「樽(The Cask)」を1920年に発表、好評を博して、推理作家への仲間入りを果たしたである。「樽」は、F・W・クロフツの処女作であるとともに、彼の代表作の一つである推理小説となっている。また、同作は、推理小説におけるアリバイ崩しを確立させたとも評されている。
F・W・クロフツは、5作目の長編「フレンチ警部最大の事件(Inspector French’s Greatest Case)」(1925年)から、シリーズ探偵として、フレンチ警部を起用し、以降の全長編にフレンチ警部が登場する。

「クロイドン発12時30分」は、フランシス・アイルズ(Francis Iles:1893年ー1971年 なお、彼は、本名のアントニー・バークリー・コックス(Anthony Berkeley Cox)でも、推理小説を執筆している)作「殺意(A Story of a Commonplace Crime)」(1931年)やリチャード・ハル(Richard Hull:1896年ー1973年)作「伯母殺人事件(The Murder of My Aunt)」(1934年)と並び、倒叙推理小説の三大傑作の一つに数えられている。
ただし、「クロイドン発12時30分」の場合、フレンチ警部が登場するのが、物語の終盤である上に、犯人であるチャールズ・スウィンバーンの逮捕がやや唐突であること等、「犯罪が遂行された後、探偵役が登場して、犯人が犯した失敗を突き止めて、犯人を追い込んでいく」という倒叙推理小説の典型的なストーリーラインには必ずしも合致していないので、本作を純粋な意味での倒叙推理小説の代表作と言えるかは、微妙なところである。

なお、「クロイドン発12時30分」は、1959年に東京創元社の創元推理文庫から初版が発行されているが、2019年に同社から新訳版が出ている。

2020年5月30日土曜日

ロンドン ブラックウォール(Blackwall)–その1



グリニッジにある快走帆船カティーサーク号(Cutty Sark)の甲板から、テムズ河越しに、
ドッグ島内にあるカナリーワーフ(Canary Whard)に建つ高層ビル群を望む–
なお、ブラックウォール地区は、カナリーワーフの右側に位置している

サー・アーサー・コナン・ドイル作「四つの署名(The Sign of the Four)」(1890年)において、独自の捜査により、バーソロミュー・ショルト(Bartholomew Sholto)を殺害した犯人達の居場所を見つけ出したシャーロック・ホームズは、ベーカーストリート221Bへスコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones)を呼び出す。ホームズは、呼び出したアセルニー・ジョーンズ警部に対して、バーソロミュー・ショルトの殺害犯人達を捕えるべく、午後7時にウェストミンスター船着き場(Westminster Stairs / Wharf→2018年3月31日 / 4月7日付ブログで紹介済)に巡視艇を手配するよう、依頼するのであった。

巡視艇がウェストミンスター船着き場を離れると、ホームズはアセルニー・ジョーンズ警部に対して、巡視艇をロンドン塔(Tower of London→2018年4月8日 / 4月15日 / 4月22日付ブログで紹介済)方面へと向かわせ、テムズ河(River Thames)の南岸にあるジェイコブソン修理ドック(Jacobson’s Yard)の反対側に船を停泊するよう、指示した。ホームズによると、バーソロミュー・ショルトを殺害した犯人達は、オーロラ号をジェイコブソン修理ドック内に隠している、とのことだった。
ホームズ達を乗せた巡視艇が、ロンドン塔近くのハシケの列に隠れて、ジェイコブソン修理ドックの様子を見張っていると、捜していたオーロラ号が修理ドックの入口を抜けて、物凄い速度でテムズ河の下流へと向かった。そうして、巡視艇によるオーロラ号の追跡が始まったのである。

グリニッジで、私達が乗った巡視艇は、犯人達が乗ったオーロラ号の300ペース分(1ペース=2歩分の長さ=約1.5m)後ろとなった。ブラックウォールでは、250ペース分以下となった。私は、波乱に富んだ人生の中で、様々な国において、いろいろな獲物を追った。しかしながら、どんな狩りでも、テムズ河を下るこの狂ったようにすっ飛ばしていく犯人追跡程、激しい高揚感を感じたことはなかった。1ヤード毎、私達の巡視艇は、オーロラ号を着実に追って行ったのである。

At Greenwich we were about three hundred paces behind them. At Blackwall we could not have been more than two hundred and fifty. I have coursed many creatures in many countries during my chequered career, but never did sport give me such a wild thrill as this mad, flying manhunt down the Thames. Steadily we drew in upon them, yard by yard.

グリニッジ(Greenwich→2018年1月27日付ブログで紹介済)において、ホームズ、ジョン・H・ワトスンやスコットランドヤードのジョーンズ警部達を乗せた巡視艇とオーロラ号の間は、300ペース分離されていたが、その距離が250ペース分以下まで詰められた場所であるブラックウォール(Blackwall)は、ロンドンの経済活動の中心地シティー・オブ・ロンドン(City of London→2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)の東隣りの特別区であるロンドン・タワーハムレッツ区(London Borough of Tower Hamlets)内に所在しており、テムズ河(River Thames)の北岸ドック島(Isle of Dogs→2020年5月2日 / 5月9日付ブログで紹介済)の北東角にある地区である。


2020年5月24日日曜日

キャサリン・ハーカップ作「アガサ・クリスティーと14の毒薬」(A is for Arsenic - The Poisons of Agatha Christie by Kathryn Harkup)–その2

早川書房から出版されているハヤカワ文庫版
アガサ・クリスティー作「エッジウェア卿の死」の表紙
なお、カバー画は、真鍋 博氏(1932年ー2000年)

英国の化学者で、サイエンスライターであるキャサリン・ハーカップ(Kathryn Harkup)が執筆した「アガサ・クリスティーと14の毒薬(A is for Arsenic - The Poisons of Agatha Christie)」では、「ミステリーの女王」と呼ばれるアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年 旧姓:ミラー(Miller))が彼女の推理小説中で使用した以下の14の毒薬について、固有の特徴やエピソード等を含め、紹介されている。

(1)「ヒ素:殺人は容易だ(ノンシリーズ長編)」
   (A is for Arsenic - Murder is Easy)
(2)「ベラドンナ:ヘラクレスの冒険(エルキュール・ポワロシリーズ短編集)」
   (B is for Belladonna - The Labours of Hercules)
(3)「青酸カリ:忘れられぬ死(ノンシリーズ長編)」
   (C is for Cyanide - Sparkling Cyanide)
(4)「ジギタリス:死との約束(エルキュール・ポワロシリーズ長編)」
   (D is for Digitalis - Appointment with Death)
(5)「エゼリン:ねじれた家(ノンシリーズ長編)」
   (E is for Eserine - Crooked House)
(6)「ドクニンジン:五匹の子豚(エルキュール・ポワロシリーズ長編)」
   (H is for Hemlock - Five Little Pigs)
(7)「トリカブト:パディントン発4時50分(ミスマープルシリーズ長編)」
   (M is for Monkshood - 4:50 from Paddington)
(8)「ニコチン:三幕の悲劇(エルキュール・ポワロシリーズ長編)」
   (N is for Nicotine - Three Act Tragedy)
(9)「アヘン:杉の柩(エルキュール・ポワロシリーズ長編)」
   (O is for Opium - Sad Cypress)
(10)「リン:もの言えぬ証人(エルキュール・ポワロシリーズ長編)」
      (P is for Phosphorus - Dumb Witness)
(11)「リシン:おしどり探偵(トミー&タペンスシリーズ短編集)」
      (R is for Ricin - Partners in Crime)
(12)「ストリキニーネ:スタイルズ荘の怪事件(エルキュール・ポワロシリーズ長編)」
    (S is for Strychnine - The Mysterious Affair at Styles)
(13)「タリウム:蒼ざめた馬(ノンシリーズ長編)」
      (T is for Thallium - The Pale Horse)
(14)「ベロナール:エッジウェア卿の死(エルキュール・ポワロシリーズ長編)」
      (V is for Veronal - Lord Edgware Dies)

「アガサ・クリスティーと14の毒薬」には、付録として、

(1)アガサ・クリスティーによる全作品(推理小説のみ)における殺害方法(毒殺を含む)
(2)本作で紹介した毒薬の化学構造式

が添付されている。

2020年5月23日土曜日

ジョン・ディクスン・カー作「三つの棺」(The Three Coffins by John Dickson Carr)–その3

シャルル・ヴェルネ・グリモー教授邸の最上階(3階)の見取り図

2月9日(土)の晩、テッド・ランポール(Ted Ramploe)経由、彼の友人で、新聞記者であるボイド・マンガン(Boyd Mangan)の話を聞き、その話にただならぬ事態を予感したギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)は、その場に居合わせたテッド・ランポールとスコットランドヤード犯罪捜査課(CID)のハドリー警視(Superintendent Hadley)を伴い、ラッセルスクエア(Russell Square)の西側に所在するシャルル・ヴェルネ・グリモー教授(Professor Charles Vernet Gromaud)の邸へと急行するが、時既に遅く、恐ろしい事件が発生した直後であった。

時計の針を当日の少し前に戻すとする。

午後7時半に夕食を済ませると、土曜日の晩の日課通り、シャルル・グリモー教授は、仕事のために、最上階(3階)にある書斎(Study)へひきこもった。その際、いつものように、教授は、秘書のステュアート・ミルズ(Stuart Mills)に対して、午後11時まで邪魔をしないよう、指示をした。それに加え、教授は秘書に、「午後9時半頃、自分を訪ねて来る来客がある予定だ。」とも伝えた。更に、教授は秘書に、「午後9時半になったら、最上階にある自分の仕事部屋へ上がって、部屋の入口の扉を開けたまま、書斎を見張ってほしい。」と依頼したのである。

午後9時半になると、シャルル・グリモー教授の依頼通り、スチュアート・ミルズは、最上階へと上がり、ホール(Hall)を挟んで、教授の書斎とは反対側にある自分の仕事部屋(Workroom)へと入って、自分の机を書斎の方へと向けると、入口の扉を開け放したまま、書斎の見張りについたのである。

午後9時45分に、シャルル・グリモー教授の話通り、グリモー邸の玄関のベルが、来客を告げた。
グリモー家の家政婦であるエルネスチーヌ・デュモン(Ernestine Dumont)が玄関の扉を開けると、そこには、コートの襟を立て、帽子を目深に被り、顔に仮面を付けた謎の男が立っていたのである。家政婦は、謎の男から名刺を受け取ると、彼に対して、一旦、玄関の外で待つように伝えると、玄関の扉を閉めた。
謎の男から受け取った名刺を持って、家政婦が教授の書斎のある最上階まで上がって来ると、何故か、彼女の背後には、玄関の外で待っているべき男が付いて来ていた。家政婦は、「確かに、玄関の扉の鍵をかけた筈だ。」と、後に断言した。

謎の男は、コートの襟を下げると、頭から帽子を取り、コートのポケットに入れて、書斎の扉へと向かった。エルネスチーヌ・デュモンが慌てて書斎の扉を開けると、シャルル・グリモー教授が戸口に姿を見せた。
謎の男は、書斎の戸口において、教授との間で押し問答をしていたが、結局、家政婦を外に残したまま、書斎の中へと入って行った。
スチュアート・ミルズは、教授の依頼通り、ホールを間に挟んで、書斎の反対側にある自分の仕事部屋から、これら一連の動きを全て目撃していた。

午後10時10分頃、シャルル・グリモー教授の書斎から、銃声が聞こえた。
グリモー邸へと駆け付けたギディオン・フェル博士一行は、1階の客間(Drawing Room)内に閉じ込められていた教授の娘であるロゼット・グリモー(Rosette Grimaud)と新聞記者のボイド・マンガンを助け出した後、ハドリー警視とテッド・ランポールの二人が、3階へと階段を駆け上がった。
教授の書斎の扉の前には、秘書のスチュアート・ミルズが居た。書斎の扉は、内側から鍵がかかっていて、中へと入れないのだった。
二人が書斎の扉を破って中へ入ると、絨毯の上には、拳銃で胸を撃たれて、瀕死の教授が倒れていたのである。しかも、密室状態の書斎から、仮面を付けた謎の男の姿が、完全に消え失せていた。書斎は3階にある上に、グリモー邸の周囲には、午後9時半頃に降り止んだ雪が積もっていたが、雪の上には、謎の男が逃げた足跡は、全くなかった。

果たして、謎の男は、シャルル・グリモー教授に瀕死の重傷を負わせた後、どこへ、そして、どのように姿を消したのだろうか?
また、この謎の男は、パブ「ウォーリックタヴァーン(Warwick Tavern)」において、教授を脅した奇術師のピエール・フレイ(Pierre Fley)なのか?

2020年5月17日日曜日

キャサリン・ハーカップ作「アガサ・クリスティーと14の毒薬」(A is for Arsenic - The Poisons of Agatha Christie by Kathryn Harkup)–その1

Bloomsbury Publishing Plc から出版された
キャサリン・ハーカップ作「アガサ・クリスティーと14の毒薬
(A is for Arsenic - The Poisons of Agatha Christie)」の
ペーパーバック版
(カバーデザイン: Mr. Neil Stevens)

英国の化学者で、サイエンスライターでもあるキャサリン・ハーカップ(Kathryn Harkup)が執筆した「アガサ・クリスティーと十四の毒薬(A is for Arsenic - The Poisons of Agatha Christie)」では、「ミステリーの女王」と呼ばれるアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年 旧姓:ミラー(Miller))が彼女の推理小説の中で使用した14の毒薬について、キャサリン・ハーカップが取り上げ、それらの毒薬に関する固有の特徴やエピソード等を紹介している。

「アガサ・クリスティーと14の毒薬」は、キャサリン・ハーカップにとって初めての著作であったが、2015年に Bloomsbury Publishing Plc からハードカバー版が出版されると、直ぐに国際的なベストセラーとなり、2016年には同社からペーパーバック版が刊行された。
日本では、2016年9月に、岩波書店から長野きよみ氏による翻訳版が出ている。

アガサ・クリスティーは、1890年、英国デヴォン州(Devon)のトーキー(Torquay→2015年1月10日 / 1月23日 / 2月1日 / 2月8日付ブログで紹介済)に、3人姉弟の末っ子として出生。
1901年、父親のフレデリック・アルヴァ・ミラー(Frederick Alvah Miller)が死去した頃から、彼女は、詩や短編小説を書き始める。
1909年、彼女が自身初の長編小説「砂漠の雪」を執筆した際、当時隣家に住んでいた英国の作家であるイーデン・フィルポッツ(Eden Phillpotts:1862年ー1960年)から助言や指導等を受けた。なお、イーデン・フィルポッツは、日本において、「灰色の部屋(The Grey Room)」(1921年)、「赤毛のレドメイン家(The Red Redmaynes)」(1922年)や「闇からの声(A Voice from the Dark)」等の推理小説で知られている。

アガサ・クリスティーは、1914年に当時大尉だったアーチボルド・クリスティー(Archibald Christie:1889年ー1962年)と結婚した後、第一次世界大戦(1914年ー1918年)中、薬剤師の助手として勤務して、そこで毒薬の知識を得た。

薬剤師の助手として得た毒薬の知識をベースにして、彼女は、エルキュール・ポワロを主人公にした推理小説「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles)」を執筆。数々の出版社で不採用になった後、1920年に漸く出版にこぎつけ、推理作家としてのデビューを飾った。ちなみに、「スタイルズ荘の怪事件」において、早速、毒薬として、「ストリキニーネ(Strychnine)」が使用されている。

2020年5月16日土曜日

ジョン・ディクスン・カー作「三つの棺」(The Three Coffins by John Dickson Carr)–その2

モンタギュープレイス(Montague Place)から見たラッセルスクエア(画面の左側)

大英博物館(British Museum)の近くにあるパブ「ウォーリックタヴァーン(Warwick Tavern)」で、不可解な出来事があった日の3日後に該る2月9日(土)の晩、ロンドン中心部のストランド地区(Strand)内に所在するアデルフィテラス1番地(1 Adelphi Terrace→2018年11月25日付ブログで紹介済)のギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)邸において、妻のドロシー・ランポール(Dorothy Rampole)を伴って、米国からやって来たテッド・ランポール(Ted Rampole)は、ギディオン・フェル博士とスコットランドヤード犯罪捜査課(CID)のハドリー警視(Superintendent Hardley)の二人と旧交をあたためていた。
なお、テッド・ランポールは、「魔女の隠れ家(Hag’s Nook→2020年3月8日 / 3月15日 / 3月22日 / 3月29日付ブログで紹介済)」や「帽子収集狂事件(The Mad Hatter Mystery→2018年4月29日 / 5月5日付ブログで紹介済)」等に登場。

ストランド地区内に建つアデルフィビル(Adelphi Building)–
ギディオン・フェル博士邸があったアデルフィテラス1番地は、
このビルの裏側の通り

テッド・ランポールは、二人に対して、彼の友人で、新聞記者のボイド・マンガン(Boyd Mangan)から聞いたパブ「ウォーリックタヴァーン」での出来事を話す。
ボイド・マンガンによると、シャルル・ヴェルネ・グリモー教授(Professor Charles Vernet Grimaud)が彼に電話してきて、「2月9日の夜、グリモー邸を訪れると脅かす人物が居るので、当日、グリモー邸に来てほしい。」と頼んできた。ボイド・マンガンは、シャルル・グリモー教授に対して、警察に連絡するように進言するものの、残念ながら、教授は、聞く耳を持たなかっった。その代わり、シャルル・グリモー教授は、ボイド・マンガンに対して、「用心の為に、大きな絵画を買った。」と、意味深なことを告げるのであった。
テッド・ランポールがボイド・マンガンから聞いた話によれば、シャルル・グリモー教授が購入した絵画は、樹々と墓石が描かれた風景画で、教授の友人であるジェローム・バーナビー(Jerome Burnaby)による作品、とのこと。
一体、その風景画が、何の用心となるのだろうか?シャルル・グリモー教授は、何故、急にそんな絵画を購入したのか?

ラッセルスクエアの西側の歩道

テッド・ランポール経由、ボイド・マンガンの話を聞いたギディオン・フェル博士は、ボイド・マンガンの話にただならぬものを感じ、何か事件が起きるのではないかと予感して、その場に居たテッド・ランポールとハドリー警視を伴い、ブルームズベリー地区(Bloomsbury)内のラッセルスクエア(Russel Square)の西側に建つグリモー邸へと急行する。
ハドリー警視が運転する車は、雪が降り止んだストランド通り(Strand→2015年3月29日付ブログで紹介済)を駆け抜ける。時刻は、午後10時5分過ぎだった。

グリモー邸に駆け付け、玄関口へと向かって、石段を上がる三人であったが、時既に遅く、ギディオン・フェル博士が予感した通り、恐ろしい事件が発生した直後であった。

2020年5月10日日曜日

グラフィックノベル「ベーカーストリート不正規隊4人組」(The Baker Street Four)–その1

米国の Insight Editions 社から出版されている
「ベーカーストリート不正規隊4人組 - Volume 2」の表紙–
画面左側から、トム、ノラ猫のワトスン、ビリー。そして、チャーリーが並んでいる。
ちなみに、ビリーが手にしている新聞には、
シャーロック・ホームズがスイスのライヘンバッハの滝で亡くなったことが告げられている。

「ベーカーストリート不正規隊4人組(The Baker Street Four)」は、シャーロック・ホームズの手足となって、捜査に協力する「ベーカーストリート不正規隊(Baker Street Irregulars)」と呼ばれるストリートチルドレンを主人公にしたグラフィックノベルである。

ベーカーストリート不正規隊は、ホームズから日当をもらい、スコットランドヤードの警官やホームズが入り込めない場所へ潜入し、警官やホームズでは聞き出すことが難しい有益な情報を得ることによって、彼らの真価を発揮する。
サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)による原作において、ホームズは、ベーカーストリート不正規隊につき、「スコットランドヤードの警官1ダースよりも、彼ら一人の方が有用だ。」と高く評価している。

「ベーカーストリート不正規隊4人組」と名付けてはいるものの、実際には、3人のストリートチルドレンと1匹のノラ猫で、メンバーが構成されている。

(1)ビリー(Billy 本名:ウィリアム・フレッチャー(William Fletcher))→幼くして母親を亡くし、ストリートチルドレンになった。心の底では、ホームズを父のように慕っている。
(2)チャーリー(Charlie 本名:シャーロット(Charlotte))→彼女の母親は、現在、ベドラム(Bedlam)にある精神病院に入院している。
(3)トム(Tom)→ロンドンのキルバーン地区(Kilburn)出身。アイルランド系で、髪の毛が黒いことから、「Black Tom」と呼ばれている。彼の叔父、叔母や従兄弟達は、コソ泥をしている。
(4)ワトスン(Watson the cat)→ノラ猫で、チャーリーがいつも可愛がっている。ホームズの相棒であるジョン・H・ワトスンに因んで、ワトスンと名付けられているが、物語の途中まで、ワトスンは、そのことを知らない。

「ベーカーストリート不正規隊4人組」の原題は、「Les Quatre de Baker Street」で、

・ストーリー: J. B. Djian + Olivier Legrand
・作画: David Etien

のメンバーにより、グラフィックノベルは出来上がり、フランスの Editions Glenat 社から出版され、米国の Insight Editions 社により英訳されている。

フランスにおいて、「ベーカーストリート不正規隊4人組」は、

(1)「Les Quatre de Baker Street - Tome 01 : L’Affaire du rideau bleu」(2009年)
(2)「Les Quatre de Baker Street - Tome 02 : Le Dossier Raboukine」(2010年)
(3)「Les Quatre de Baker Street - Tome 03 : Le Rossignol de Stepney」(2011年)
(4)「Les Quatre de Baker Street - Tome 04 : Les Orphelins de Londres」(2012年)

の4冊が出版された後、米国において、

(1)「The Baker Street Four - Vol. 1」(2017年)
(2)「The Baker Street Four - Vol. 2」(2017年)

の2冊にまとめられている。

その後、フランスでは、2013年に、エピソード0(ゼロ)に該る「Le Monde des Quatre de Baker Street」が刊行された後、

(5)「Les Quatre de Baker Street - Tome 05 : La Succession Moriarty」
(6)「Les Quatre de Baker Street - Tome 06 : L’homme du yard」
(7)「Les Quatre de Baker Street - Tome 07 : L’Affaire Moran」

と、シリーズが続いている。

2020年5月9日土曜日

ロンドン ドッグ島(Isle of Dogs)–その2

ドッグ島内にあるミルウォール内ドック(Millwall Inner Dock)ーその1

ドッグ島(Isle of Dogs)は、元々、湿地帯(沼地)であることに加えて、三方をテムズ河(River Thames)に囲まれている関係上、テムズ河の氾濫による洪水に昔から悩まされてきた歴史がある。
17世紀にオランダ人技師の協力の下、排水作業が行われた後、地域の開発が始まる。
ドッグ島の西側は、以前、「Marsh Wall(湿地帯の壁)」と呼ばれていたファ、排水作業のため、数多くの風車小屋(Windmill)が建てられたことに伴い、「Millwall(風車小屋の壁)」と呼ばれるようになった。

ドッグ島内にあるミルウォール内ドックーその2

ドッグ島の近代化は、19世紀に入ってから、具体化される。
1802年、ドッグ島の北側に「西インドドック(West India Dock→2020年3月28日 / 4月4日付ブログで紹介済)」が、そして、1806年に「東インドドック(East India Dock)」が建設された後、1868年、ドッグ島の中央に「ミルウォールドック(Millwall Dock)」が建設されると、造船所 / 修理ドックで働く労働者が集まるようになる。サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Cona Doyle:1859年-1930年)が1890年に発表したシャーロック・ホームズシリーズ長編第2作目の「四つの署名(The Sign of the Four)」事件が発生したのは、1888年なので、ミルウォールドックが建設された20年後に該る。

ドッグ島内にあるミルウォール内ドック
ーその3

ただ、デットフォード水域(Deptford Reach→2020年4月11日 / 4月25日付ブログで紹介済)においても述べたように、

(1)デットフォード(Deptford)で造られた大型の船がテムズ河を航行することが困難であったこと
(2)デットフォードに対抗する造船所 / 修理ドックが英国南岸のプリマス(Plymouth)やポーツマス(Portsmouth)等に建設されたこと
(3)1815年に対ナポレオン戦争(Napoleonic Wars)が終わり、戦艦を造船したり、修理する必要性が少なくなったこと

等から、ドッグ島の対岸にあるデットフォードにおける造船業が既に衰退を迎えつつあった頃で、1869年に王立造船所 / 修理ドック(Deptford Dockyard / 1st Royal Navy Dockyard)が閉鎖されてしまう。
1909年にロンドン港湾局(Port of London Authority)が、西インドドック、東インドドックとミルウォールドックの3つを管理下に置くが、時代の流れには勝てなかった。

ミルウォーク内ドックの近くにある劇場ーその1
ミルウォーク内ドックの近くにある劇場ーその2

第二次世界大戦(1939年ー1945年)中、ドイツ空軍による重度の空襲を受けて、造船所 / 修理ドックや倉庫群は大きく破壊され、甚大な被害を蒙った。
第二次世界大戦後に復興するものの、港湾産業自体が衰退し始めていた。その当時、海運業では、コンテナ輸送が中心となっており、ロンドン中心部に近い港湾施設の重要性が下がっていたのである。その結果、この地域における造船所 / 修理ドックは、1970年代に次々と閉鎖され、残った西インドドックとミルウォールドックについても、1980年代に遂に閉鎖されてしまう。

カナリーワーフとして再発展している西インドドックーその1
カナリーワーフとして再発展している西インドドックーその2

その後、この地域は廃墟と化していたが、保守党初の女性党首(在任期間:1975年ー1990年)で、英国初の女性首相(在任期間:1979年ー1990年)となるサッチャー女男爵マーガレット・ヒルダ・サッチャー(Margaret Hilda Thatcher, Baroness Thatcher)が率いる保守党政権によって、この地域を再活性化する計画が発足され、西インドドックがあった一帯に、シティー・オブ・ロンドン(City of London→2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)に対抗する金融センターとして、「カナリーワーフ(Canary Wharf)」が構築された。そして、ミルウォールドックがあった場所では、カナリーワーフで働く人々のための住宅街としての整備が進められた。以前、造船所 / 修理ドックとして発展したドック島は、今、カナリーワーフとして、大規模なウォーターフロント再開発地域として再発展しているのである。

2020年5月3日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「三つの棺」(The Three Coffins by John Dickson Carr)–その1

英国の Orion Books 社から出版されている
ジョン・ディクスン・カー作「三つの棺」の表紙
(Cover design & illustration : obroberts)

「三つの棺(The Three Coffins 英題: The Hollow Man)」は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1935年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が登場するシリーズ第6作目に該る。本先品は、彼による数ある密室ミステリーの中でも、最高峰と評されている不朽の名作である。

シャルル・ヴェルネ・グリモー(Charles Vernet Grimaud)が英国で暮らし始めて、約30年が経っていた。彼は、大学の教授を務めた後、現在は、大英博物館(British Museum)において、無給のポストに着いていた。彼は、フランスから英国にやって来た時点で、既に充分裕福な状態だったので、生活に困ることはなかったのである。ただし、英国へとやって来る前の彼の経歴は、ハッキリとしていなかった。

シャルル・グリモー教授は、大英博物館が所在するロンドンのブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にあるラッセルスクエア(Russell Square)の西側に建つ住宅に居を定めていた。シャルル・グリモー教授邸には、他に以下の人物が同居していた。

(1)ロゼット・グリモー(Rosette Grimaud): シャルル・グリモー教授の娘
(2)エルネスチーヌ・デュモン(Ernestine Dumont): グリモー家の家政婦
(3)ステュアート・ミルズ(Stuart Mills): シャルル・グリモー教授の秘書
(4)ヒューバート・ドレイマン(Hubert Drayman): 元教師で、グリモー家の居候
(5)アニー(Annie): グリモー家のメイド

毎週、土曜日と日曜日を除くほぼ毎晩、シャルル・グリモー教授は、大英博物館の近くのミュージーアムストリート(Museum Street)沿いにあるパブ「ウォーリックタヴァーン(Warwick Tavern)」へと出かけて、私的な集まりで語らうことを日課にしていた。この私的な集まりには、シャルル・グリモー教授を除くと、以下の人物が恒常的に参加していた。

(1)ステュアート・ミルズ
(2)アンソニー・ペチス(Anthony Pettis): 怪談蒐集家
(3)ボイド・マンガン(Boyd Mangan): 新聞記者
(4)ジェローム・バーナビー(Jerome Burnaby): 芸術家

2月6日(水)の晩、いつものように、パブ「ウォーリックタヴァーン」において、シャルル・グリモー教授達が吸血鬼について語り合っていると、突然、一人の男がその話に割り込んできたのである。その男は、シャルル・グリモー教授に対して、「棺の中から抜け出すことができる人間がいる。自分もその一人だ。自分の弟は、それ以上のことができる上に、教授にとって、非常に危険な存在である。自分の弟は、教授の命を狙っていて、近々、教授を訪問する予定だ。」と話すと、それに加えて、「三つの棺(Three Coffins)」という謎の言葉を告げた。そして、その男はシャルル・グリモー教授に名刺を渡すと、パブを去って行った。その名刺には、「カリオストロストリート2B(2B Cagliostro Street)に住む奇術師(illusionist)のピエール・フレイ(Pierre Fley)」と書かれていた。

シャルル・グリモー教授達の話に突然割り込んできたピエール・フレイという人物は、一体何者で、どういった目的があったのだろうか?

2020年5月2日土曜日

ロンドン ドッグ島(Isle of Dogs)–その1

ドッグ島内にあるミルウォール内ドック(Millwall Inner Dock)ーその1

サー・アーサー・コナン・ドイル作「四つの署名(The Sign of the Four)」(1890年)において、独自の捜査により、バーソロミュー・ショルト(Bartholomew Sholto)を殺害した犯人達の居場所を見つけ出したシャーロック・ホームズは、ベーカーストリート221Bへスコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones)を呼び出す。ホームズは、呼び出したアセルニー・ジョーンズ警部に対して、バーソロミュー・ショルトの殺害犯人達を捕えるべく、午後7時にウェストミンスター船着き場(Westminster Stairs / Wharf→2018年3月31日 / 4月7日付ブログで紹介済)に巡視艇を手配するよう、依頼するのであった。

巡視艇がウェストミンスター船着き場を離れると、ホームズはアセルニー・ジョーンズ警部に対して、巡視艇をロンドン塔(Tower of London→2018年4月8日 / 4月15日 / 4月22日付ブログで紹介済)方面へと向かわせ、テムズ河(River Thames)の南岸にあるジェイコブソン修理ドック(Jacobson’s Yard)の反対側に船を停泊するよう、指示した。ホームズによると、バーソロミュー・ショルトを殺害した犯人達は、オーロラ号をジェイコブソン修理ドック内に隠している、とのことだった。
ホームズ達を乗せた巡視艇が、ロンドン塔近くのハシケの列に隠れて、ジェイコブソン修理ドックの様子を見張っていると、捜していたオーロラ号が修理ドックの入口を抜けて、物凄い速度でテムズ河の下流へと向かった。そうして、巡視艇によるオーロラ号の追跡が始まったのである。

ドッグ島内にあるミルウォール内ドックーその2

「石炭をくべろ!おい、もっとくべるんだ!」と、巡視艇の機関室を覗き込みながら、ホームズが叫んだ。彼の必死で鷲のような顔を、石炭の炎が発する凄まじい光が下から照らしていた。「ありったけの蒸気を出すんだ!」
「少し差が縮まったようだ。」と、オーロラ号に目をやって、ジョーンズ警部は言った。
「間違いない。」と、私も言った。「もう少しで、オーロラ号に追い付くぞ。」
しかし、その瞬間、運が悪いことに、三艘のはしけを引いたタグボートが、私達の間に入り込んできた。舵を激しく下手に切って、巡視艇はなんとか衝突を回避したが、タグボートを回り込んで、元の航路に戻った時には、オーロラ号は既に200ヤードを稼いでいた。しかし、オーロラ号は、視界の中にまだ捉えることができた。そして、暗くて、ぼんやりとした夕暮れは、くっきりと星が光る夜空へと変わりつつあった。私達が乗った巡視艇のボイラーは、極限でフル回転で、脆い外殻は巡視艇を推進させる凄まじいエネルギーで振動して、軋んだ。巡視艇は、淀みを突っ切ると、西インドドックを過ぎ、長いデットフォード水域を下り、そして、ドッグ島を回り込んで、また、テムズ河を北上した。私達の前にあった不鮮明なものは、今や、優美なオーロラ号の姿へとハッキリと変わったのである。

ドッグ島内にあるミルウォール内ドックーその3

‘Pile it on, men, pile it on!’ cried Holmes, looking down into the engine-room, while the fierce glow from below beat upon his eager, aquiline face. ‘Get every pound of steam you can!’
‘I think we gain a little,’ said Jones, with his eyes on the Aurora.
‘I am sure of it,’ said I. ‘We shall be up with her in a very few minutes.’
At that moment, however, as our evil fate would have it, a tug with three barges in tow blundered in between us. It was only by putting our helm hard down that we avoided a collision and before we would round them and recover our way the Aurora had gained a good two hundred yards. She was still, however, well in view, and the murky, uncertain twilight was setting into a clear starlit night. Our boilers were strained to their utmost, and the frail shell vibrated and creaked with the fierce energy which was driving us along. We had shot through the Pool, past the West India Docks, down the long Deptford Reach, and up again after rounding the Isle of Dogs, The dull blur in front of us resolved itself now clearly enough into the dainty Aurora.

ドッグ島内にあるミルウォール内ドックーその4
手前の建物は、中華料理レストラン

ホームズ、ワトスンとスコットランドヤードのジョーンズ警部達が乗った巡視艇が、バーソロミュー・ショルトを殺害した犯人達が乗ったオーロラ号を追跡して、西インドドック(West India Docks→2020年3月28日 / 4月4日付ボログで紹介済)を通り、デットフォード水域(Deptford Reach→2020年4月11日 / 4月25日付ブログで紹介済)を下った後、曲がり込んだドッグ島(Isle of Dogs)は、シティー・オブ・ロンドン(City of London→2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)の東隣りにある特別区のロンドン・タワーハムレッツ区(London Borough of Tower Hamlets)内に所在するテムズ河沿いの地域を指す。

テムズ河は、北岸に位置するシティー・オブ・ロンドンを過ぎた後、ロンドン・タワーハムレッツ区やロンドン橋(London Bridge)を抜けると、南へと向かって、大きな弓のように曲がり始める。そして、南岸に位置するグリニッジ(Greenwich→2018年1月27日付ブログで紹介済)を過ぎると、今度は北へと向かって曲がり、下流へと進んでいく。ドッグ島は、テムズ河に西側、南側と東側の三方を囲まれた半島のような地域にあり、北側には、西インドドックが位置している。