2022年10月31日月曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<小説版>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その2

日本の早川書房から、クリスティー文庫として、2011年に出版されている
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の表紙


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1930年に発表したミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズの長編第1作目である「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」(1930年)は、ある意味で、彼女が1920年に発表したエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot)シリーズの長編第1作目である「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affairs at Styles)」(1920年)と、真犯人の隠し方が非常に似通っていると言える。


日本の東京創元社から、創元推理文庫として、2022年に出版されている
アガサ・クリスティー作「ミス・マープル最初の事件 牧師館の殺人」の表紙


「牧師館の殺人」は、(書籍として出版された順番で言うと、)ミス・マープルの初登場作品であるため、東京創元社が出版する創元推理文庫では、「ミス・マープル最初の事件」という訳題が付されている。

ただし、厳密に言うと、「火曜(ナイト)クラブ(The Tuesday Night Club)」を皮切りに、1927年12月から雑誌「スケッチ誌」に掲載された短編の方が、ミス・マープルの初登場作品であるが、「牧師館の殺人」に遅れること、2年後の1932年に短編集「The Thirteen Problems(ミス・マープルと13の謎)<米題: The Tuesday Club Murders(火曜クラブ)>」として出版されている。


「牧師館の殺人」において初登場したミス・マープルは、長編に限ると、


・「書斎の死体(The Body in the Library)」(1942年)


アガサ・クリスティー没後40周年として、彼女の誕生日である(2016年)9月15日に
発行された記念切手6種類の一つである「書斎の死体」 -
絞殺された若い女性の死体が運び出された後の書斎のシーンが描かれている。
帽子、老眼鏡とピンク色の紐が、ミス・ジェーン・マープルの顔を形作っている。
また、書斎の奥にある本棚には、「書斎の死体」に至るまでのエルキュール・ポワロシリーズを除く
アガサ・クリスティーの作品が並んでいる。


・「動く指(The Moving Finger)」(1942年)

・「予告殺人(A Murder is Announced)」(1950年)


アガサ・クリスティー没後40周年として、彼女の誕生日である(2016年)9月15日に
発行された記念切手6種類の一つである「予告殺人」 -
リトルパドックス館内の明かりが突然消えて、部屋の扉が開き、
懐中電灯を持った謎の男(ルディー・シャーツ)が部屋に侵入して来た場面が描かれている。
銃声が響き、明かりが灯ると、何故か、床には謎の男自身の死体が横たわっていたのである。


・「魔術の殺人(They Do It with Mirrors)」(1952年)

・「ポケットにライ麦を(A Pocket Full of Rye)」(1953年)

・「パディントン発4時50分(4:50 from Paddington)」(1957年)

・「鏡は横にひび割れて(Mirror Crack’d from Side to Side)」(1962年)

・「カリブ海の秘密(A Caribbean Mystery)」(1964年)

・「バートラムホテルにて(At Bertram’s Hotel)」(1965年)

・「復讐の女神(Nemesis)」(1971年)

・「スリーピングマーダー(Sleeping Murder)」(1976年)


において、探偵役を務める。


2022年10月30日日曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<小説版>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その1

日本の早川書房から、ハヤカワ・ミステリ文庫として、
1978年に出版されている
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の表紙 -
真鍋博氏(1932年ー2000年)が担当している
カバーイラストが、日本の出版社が発行しているものでは、
個人的には、一番良いと思っている。

「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」(1930年)は、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が執筆した長編としては、第10作目に該り、ミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズに属する長編のうち、第1作目に該っている。


なお、エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot)は、アガサ・クリスティーが執筆した長編第1作目の「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affairs at Styles)」(1920年)に、また、トーマス・ベレズフォード(Thomas Beresford - 愛称:トミー(Tommy))とプルーデンス・カウリー(Prudence Cowley - 愛称:タペンス(Tuppence)のコンビは、アガサ・クリスティーが執筆した長編第2作目の「秘密機関(The Secret Adversary)」(1922年)に既に登場済で、数年が経過しているので、ミス・マープルの初登場は、やや遅めと言える。


日本の早川書房から、クリスティー文庫として、2003年に出版されている
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の表紙


本作品の語り手を務めるのは、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)という小さな村にある教会の司祭(vicar)であるレナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement)。

ある水曜日の午後、牧師館において、クレメント牧師は、若き妻のグリゼルダ(Griselda)と甥のデニス(Dennis)と一緒に、昼食をとっていたが、その際、彼らの話題は、ルシアス・プロズロウ大佐(Colonel Lucius Protheroe)のことでもちきりだった。プロズロウ大佐は、セントメアリーミード村の教区委員で、次の日の午後、牧師館にやって来て、教会の献金袋から盗まれた1ポンド紙幣の件について、クレメント牧師と話し合うことになっていた。なお、牧師補のホーズ(Hawes)が、問題の1ポンド紙幣を盗んだ犯人だと疑われていた。

プロズロウ大佐は、クレメント牧師を困らせることを何よりも至上の楽しみにしていたので、昼食の席上、クレメント牧師は、思わず、「誰でもいいから、プロズロウ大佐をあの世へ送ってくれたら、世の中は随分と良くなるだろう。」と口走ってしまう。


昼食後、クレメント牧師は、セントメアリーミードに滞在中の肖像画家であるローレンス・レディング(Lawrence Redding)のアトリエへと出向く。牧師館の庭の一画に小屋があり、彼は、この小屋をアトリエとして使用していた。

クレメント牧師は、このアトリエ内でローレンス・レディングとプロズロウ大佐の妻であるアン・プロズロウ(Anne Protheroe)の二人が情熱的なキスを交わしている現場を、偶然見かけてしまう。クレメント牧師の跡を追って、牧師館の書斎まで追いかけてきたアン・プロズロウに対して、クレメント牧師は、軽はずみな関係はできる限り早く終わらせるよう、諭す。


その夜、ローレンス・レディングは、牧師館の夕食に招かれていた。

夕食後、牧師館の書斎において、クレメント牧師は、ローレンス・レディングに対して、厳しく叱責するとともに、できるだけ早く村を立ち去るよう、忠告する。ところが、ローレンス・レディングは、クレメント牧師の忠告を全く受け入れず、「プロズロウ大佐が死んでくれれば、いい厄介払いになる。」とうそぶくと、「自分は、25口径のモーゼル銃を持っている。」と、恐ろしいことを口にする。


翌朝、セントメアリーミードのハイストリートにおいて、クレメント牧師は、プロズロウ大佐と偶然出会った際、耳が遠くなりかけている人にありがちで、自分以外の人間も耳が遠いと思い込んでいるプロズロウ大佐は、当日の午後の約束を大声で念押ししつつ、約束の時間も午後6時15分へと変更された。

クレメント牧師が牧師館に戻ると、ローレンス・レディングが立ち寄って、「(プロズロウ大佐の妻である)アンとの不倫関係を清算して、明日、村を去るつもりだ。」と、クレメント牧師に告げる。


その日の午後5時半頃、クレメント牧師は電話を受け、「ロウアーファーム(Lower Farm)のアボット氏(Mr. Abbott)が危篤状態なので、側に居てほしい。」と頼まれる。クレメント牧師は、今からロウアーファームまで出かけると、プロズロウ大佐との約束の午後6時15分までに牧師館へ戻ることは難しいと判断して、プロズロウ大佐には書斎で待っていてもらうよう、メイドに頼むと、急いでロウアーファームへと向かった。


クレメント牧師がロウアーファームのアボット氏の元を訪れると、驚くことに、本人は全くピンピンとしていて、先程の電話は悪戯であったことが判明する。

午後7時頃、クレメント牧師が牧師館へと戻った際、非常に取り乱した様子のローレンス・レディングが大慌てで牧師館から立ち去るところだった。不思議に思ったクレメント牧師が書斎に入ると、プロズロウ大佐が拳銃で後頭部を撃たれて、牧師の書き物机の上に突っ伏してたまま、息絶えているのを発見したのである。


メルチェット大佐(Colonel Melchett)とスラック警部(Inspector Slack)が率いる地元警察が捜査を進める中、ローレンス・レディングとアン・プロズロウの二人がそれぞれに、プロズロウ大佐の殺害を自供した。

ところが、ローレンス・レディングは、正確ではない犯行時刻を主張する一方、アン・プロズロウの場合、犯行時刻の頃、彼女が牧師館を訪れるのを、隣りに住むミス・マープルが見かけており、アン・プロズロウは、拳銃のような大きさのものが入ったバッグ等を持っていなかったと、ミス・マープルは明言する。

地元警察は、不倫関係のため、プロズロウ大佐の殺害動機があると疑われたローレンス・レディングとアン・プロズロウの二人が、お互いに庇い合っているものと考えて、一旦、二人を無罪放免とし、他に容疑者を求めることになった。


果たして、クレメント牧師の牧師館の書斎において、プロズロウ大佐の後頭部を拳銃で撃って、彼を殺害した犯人は、一体、誰なのか? 


2022年10月29日土曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<グラフィックノベル版>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その2

翌朝、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)のハイストリートにおいて、教会の司祭(vicar)を務めるレナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement)は、セントメアリーミード村の教区委員であるルシアス・プロズロウ大佐(Colonel Lucius Protheroe)と偶然出会った際、耳が遠くなりかけている人にありがちで、自分以外の人間も耳が遠いと思い込んでいるプロズロウ大佐は、当日の午後の約束を大声で念押ししつつ、約束の時間も午後6時15分へと変更された。


クレメント牧師が牧師館に戻ると、セントメアリーミード村に滞在している肖像画家のローレンス・レディング(Lawrence Redding)が立ち寄って、「(プロズロウ大佐の妻である)アン・プロズロウ(Anne Protheore)との不倫関係を清算して、明日、村を去るつもりだ。」と、クレメント牧師に告げる。


緊急の電話を受けたレナード・クレメント牧師は、
ロウアーファームのアボット氏の元へと向かう。

その日の午後5時半頃、クレメント牧師は電話を受け、「ロウアーファーム(Lower Farm)のアボット氏(Mr. Abbott)が危篤状態なので、側に居てほしい。」と頼まれる。クレメント牧師は、今からロウアーファームまで出かけると、プロズロウ大佐との約束の午後6時15分までに牧師館へ戻ることは難しいと判断して、プロズロウ大佐には書斎で待っていてもらうよう、メイドに頼むと、急いでロウアーファームへと向かった。

クレメント牧師がロウアーファームのアボット氏の元を訪れると、驚くことに、本人は全くピンピンとしていて、先程の電話は悪戯であったことが判明する。


レナード・クレメント牧師が、ロウアファームから牧師館へと戻ると、
肖像画家のローレンス・レディングが、非常に取り乱した様子で、
牧師館から立ち去るところだった。


午後7時頃、クレメント牧師が牧師館へと戻った際、非常に取り乱した様子のローレンス・レディングが大慌てで牧師館から立ち去るところだった。

不思議に思ったクレメント牧師が書斎に入ると、プロズロウ大佐が拳銃で撃たれて、牧師の書き物机の上に突っ伏してたまま、息絶えているのを発見したのである。


レナード・クレメント牧師が書斎に入ると、
そこには、拳銃で撃たれて息絶えたルシアス・プロズロウ大佐の姿があった。

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」(1930年)のグラフィックノベル版は、全体を通して、丁寧にまとめられていると思う。

今回、探偵役を務めるミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)のキャラクターについても、個人的には、割合とイメージに近い。


ミス・ジェーン・マープルが初登場する場面


ただ、希望を言えば、クレメント牧師の妻であるグリゼルダ・クレメント(Griselda Clement)とプロズロウ大佐の妻であるアン・プロズロウの二人が、髪型を除くと、やや似た絵柄になっていて、見分けが難しい時があるので、もう少しうまく描き分けてほしかった。


レナード・クレメント牧師の妻である
グリゼルダ・クレメント
ルシアス・プロズロウ大佐の妻であるアン・プロズロウ


また、細かいことを言うと、物語の冒頭、レナード・クレメント牧師、妻のグリゼルダと甥のデニス(Dennis)の三人が昼食をとっている場面において、当初、クレメント牧師は、グリゼルダの隣りで、デニスの真向かいに座っていたにもかかわらず、最後には、グリゼルダの真向かいで、デニスの隣りに座っていると言う作画上のミスがある。


当初、レナード・クレメント牧師は、
妻のグリゼルダの隣りで、甥のデニスの真向かいに座っていた。
最後には、レナード・クレメント牧師は、
妻のグリゼルダの真向かいで、甥のデニスの隣りに座っている。


更に、プロズロウ大佐の娘であるレティス・プロズロウ(Lettice Protheroe)がクレメント牧師の元を訪れた際、クレメント牧師の書斎の書き物机が何度か描かれているが、


(1)卓上ランプの後ろにある引出しと書き物棚の位置が途中で入れ替わってしまうこと

(2)卓上ランプの後ろにある一番上の棚(3つに分かれている)の一番左側には、何も入っていなかったにもかかわらず、途中で何かが入っていたり、真ん中と一番右側に入っているものが、途中で違うものに変わっているように見えること

(3)書き物机の真ん中にある棚の中にある時計が、当初、午後4時を指していたのに、最後には、午後3時35分を指していること


ルシアス・プロズロウ大佐の娘であるレティス・プロズロウが、
牧師館の書斎において、
レナード・クレメント牧師と話をする最初の場面
レティス・プロズロウがレナード・クレメント牧師の元を去る場面 -
牧師の書き物机の上に関して、
作画上のミスがとても多い。


等、物語の出だし部分において、作画上のミスが多く、物語の本筋とは全く関係ないものの、非常に気になって仕方がないので、できれば、修正してほしい。


2022年10月28日金曜日

島田荘司作「新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトソンの冒険」(’New 15 Fried Rats The Adventures of John H. Watson’ by Soji Shimada)- その1

日本の新潮社から2015年に出版された
島田荘司作「新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトスンの冒険」
(ハードカバー版)のカバー表紙
(装幀:新潮社装幀室)-
コナンドイル作「バスカヴィル家の犬
(The Hound of the Baskervilles)」において、
ジョン・H・ワトスンが、
サー・ヘンリー・バスカヴィル(Sir Henry Baskerville)と
ジェイムズ・モーティーマー医師(Dr. James Mortimer)に帯同して、
バスカヴィル館(Baskerville Hall)へと馬車で向かう場面を描いた
シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget 1860年 - 1908年)の挿絵が使用されている。

新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトソンの冒険(New 15 Fried Rats The Adventures of John H. Watson)」は、日本の推理小説家 / 小説家である島田荘司氏(1948年ー)が2015年に発表した長編推理小説で、シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が発表した短編「赤毛組合(The Red-Headed League → 2022年9月25日 / 10月9日 / 10月11日 / 10月16日付ブログで紹介済)」をベースにしたホームズのパスティーシュ作品である。


なお、「赤毛組合」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、2番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1891年8月号にに掲載された。そして、ホームズシリーズの第1短編集である「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録されている。


ホームズ関係で言うと、島田荘司氏は、他にも、1984年に長編推理小説「漱石と倫敦ミイラ殺人事件(A Study in 61 : Soseki and the Mummy Murder Case in London → 2019年9月22日 / 9月29日 / 11月7日 / 12月7日付ブログで紹介済)」というパスティーシュ作品を発表しており、当該作品内において、島田荘司氏は、コナン・ドイルが生み出したホームズという架空のキャラクターの世界に、日本の小説家 / 評論家 / 英文学者である夏目漱石(本名:夏目金之助 / 1867年ー1916年)という実在の人物を客演させている。


島田荘司氏作「新しい十五匹のネズミのフライ ジョン・H・ワトソンの冒険」の冒頭は、コナン・ドイルの原作とは全く異なり、非常に不思議な始まり方をする。


ロンドンの経済活動の中心地であるシティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)近くにあるザクセンーコーブルクスクエア(Saxe-Coburg Square → 2016年1月1日付ブログで紹介済)において、燃えるような赤毛の初老の男性ジェイベス・ウィルスン(Jabez Wilson)が営む質屋(pawnbroker)に、質屋の裏手にある City and Suburban Bank の頭取であるメリーウェザー氏(Mr Merryweather)が訪れる。


メリーウェザー氏によると、現在、銀行の地下金庫室内には、インド金貨3万枚が預けられている、とのこと。

インド北部のパンジャーブに、ルディヤーナーという藩王国があり、藩王は、王室財産である3万枚のインド金貨を、王宮の地下の床下に隠して、厳重に保管していた。長年の戦乱に乗じて、藩民が藩王を追放した際、藩民は。床下に隠された王室財産を発見することができなかった。その後、セポイの反乱を制圧するグレイト・マスカット将軍率いる平定軍が、王宮に入り、インド金貨3万名を発見の上、接収したのである。


英国に戻ったグレイト・マスカット将軍は、側近十数名を引き連れて、City and Suburban Bank のメリーウェザー氏の元を訪れ、「国家機密」として、インド金貨3万枚の保管を依頼したのであった。インド金貨は、2千枚ずつ鉛の薄板に挟んで、木箱に入れられ、全部で15箱が、地下金庫室の壁際に、天井まで積まれていた。


ただし、表向き、メリーウェザー氏は、City and Suburban Bank 内の他の人達には、銀行内の銀行の資金強化のために、フランス銀行から3万枚のナポレオン金貨を秘密裏に借り入れたということにしてあった。


そして、メリーウェザー氏は、ジェイベス・ウィルスンに対して、このインド金貨3万枚の強奪計画を持ち掛けた。

メリーウェザー氏の計画は、次の通りだった。他の銀行員達に対しては、「地下金庫室の拡張と内装の工事のため」と偽って、実際には、銀行の地下金庫室の床下から、裏手にあるジェイベス・ウィルスンの質屋の床下まで、トンネルを掘り、重量的に、15箱全てを持ち出すのは無理なので、3箱程、自分達のものにする予定なのだ。メリーウェザー氏としては、インド金貨3万枚は表に出せない財宝なので、たとえ3箱が盗まれたとしても、グレイト・マスカット将軍は何も言えないという腹づもりであった。


強奪計画の話に渋るジェイベス・ウィルスンに対して、メリーウェザー氏は、


(1)ジェイベス・ウィルスンの確固たるアリバイを確保するために、毎日 Pope’s Court へ通勤して、午前中、そこで勤務仕事をする状況を作り出す。

(2)ジェイベス・ウィルスンの質屋に店員として入り込んだ小悪党が、彼の留守を利用して、こっそりトンネルを掘ったという話で押し通す。

(3)この計画を成功させるために、スコットランドヤードの信頼が厚いベーカーストリート221B(221B Baker Street)のホームズのところへ相談に行って、彼に「道化役」を演じてもらう。


と断言した。


その話の中で、メリーウェザー氏は、ジェイベス・ウィルスンに対して、「新しい十五匹のネズミのフライ(New 15 Fried Rats)」という謎の言葉を発した。

「新しい十五匹のネズミのフライ」とは、一体、何のことだろうか?


2022年10月27日木曜日

サム・シチリアーノ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 尊い虎」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Venerable Tiger by Sam Siciliano)- その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2020年に出版された
サム・シチリアーノ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 尊い虎」の表紙

本作品「尊い虎(The Venerable Tiger)」は、米国ユタ州ソルトレークシティー出身の作家であるサム・シチリアーノ(Sam Siciliano:1947年ー)によって、2020年に発表された。

本作品は、(1)1994年に発表された「オペラ座の天使(The Angel of the Opera → 2015年1月24日付ブログで紹介済)」、(2)2012年に発表された「陰謀の糸を紡ぐ者(The Web Weaver → 2016年11月13日付ブログで紹介済)」、(3)2013年に発表された「グリムスウェルの呪い(The Grimswell Curse → 2021年9月12日 / 9月19日 / 9月26日付ブログで紹介済))」、(4)2016年に発表された「白蛇伝説(The White Worm → 2021年10月17日 / 10月21日付ブログで紹介済))」および(5)2017年に発表された「月長石の呪い(The Moonstone’s Curse → 2022年8月28日 / 9月28日 / 10月1日付ブログで紹介済)」の続編に該り、シャーロック・ホームズの相棒を務めるのは、彼の従兄弟で、友人でもあるヘンリー・ヴェルニール医師(Dr. Henry Vernier)で、本来の事件記録者であるジョン・H・ワトスンは、前5作と同様に、本作品には登場しない。


ある年の4月の火曜日の朝、ヘンリー・ヴェルニール医師が、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)に住む従兄弟のシャーロック・ホームズの元を訪れたところ、玄関口に立っていた小柄ながら、美しい若い女性が、突然、気を失ってしまう現場に遭遇する。近くに居た人に玄関のベルを鳴らしてもらうと、ヘンリー・ヴェルニール医師は、その女性を建物の中へ運び込んだ。

ヘンリー・ヴェルニール医師が、ホームズの居間のソファーの上に、女性を横たえ、診察しようとして、彼女の左手首をとると、彼女の白い手首には、まだ新しい青痣があった。それを見たホームズが、眉を顰める。「彼女は、虐待されているな。」

気がついた女性は、イザベル・ストーン(Isabel Stone:21歳)と名乗り、ホームズのところに相談に訪れた、とのこと。ホームズが気付け用にブランデーのグラスを渡して、飲ませると、彼女の青白い顔に、色みが戻ってきた。

そして、イザベル・ストーンは、自分の身の上話を始めた。


彼女は、ヒューバート・ストーン少佐(Major Hubert Stone)を父に、メーベル・ストーン(Mabel Stone)を母にして、インドで出生。

父親のヒューバート・ストーン少佐は、インドに20年程駐在していたが、次第に健康を害して、娘のイザベルが5歳の時に、この世を去ってしまう。そのため、母親のメーベルと娘のイザベルは、英国へと戻ることになった。


母親のメーベルと娘のイザベルは、ロンドンに住むメーベルの両親の下に身を寄せたが、そこへグリムボルド・プラット大尉(Captain Grimbold Pratt)が訪ねて来る。

グリムボルド・プラット大尉は、ヒューバート・ストーン少佐と一緒に、1857年にインドで起きたセポイの乱(Sepoy Rebellion)を戦った同僚であった。二人は、性格は正反対だったにもかかわらず、仲の良い友人だった。ただし、グリムボルド・プラット大尉は、酒、喧嘩、ギャンブルや女性に目が無い人物で、そのために、ヒューバート・ストーン少佐程には昇進できなかった。

グリムボルド・プラット大尉は、メーベル・ストーンに対して、数年前に、インドのボンベイにおいて、妻のアラベラ(Arabella)と娘のスーザン(Susan)の二人をコレラで亡くした、と告げる。

不思議なことに、妻と娘を亡くしたグリムボルド・プラット大尉と夫を亡くしたメーベル・ストーンの二人は、後に再婚することになる。


グリムボルド・プラット大尉は、年老いた父親が亡くなると、妻のメーベルと義理の娘のイザベルを連れて、ロンドンから列車で1時間位のところにあるサリー州(Surrey)レザーヘッド(Leatherhead)の近くのストークロイヤル(Stoke Royal)の地所へと引っ越した。

グリムボルド・プラット大尉は、年とともに、短気が激しくなってきた。また、彼は、自分の地所において、猿、鸚鵡や孔雀等のインドに生息する動物を飼い始めた。更に、彼は、虎(名前:ルドラ(Rudra))と狼(名前:カンハ(Kanha))も飼っていて、虎と狼が周辺に放牧されている羊達を狙ったため、地元の住民達との間で、大きなトラブルの種となっていたのである。


2022年10月26日水曜日

セオドア・ルーズヴェルト(Theodore Roosevelt)- その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2010年に出版された
H・ポール・ジェファーズ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 不屈の仲間(The Stalwart Companions →
2022年10月2日 / 10月4日 / 10月17日付ブログで紹介済)」の表紙(部分)


ウィリアム・マッキンリー第25代大統領(William McKinley:1843年ー1901年 任期:1897年3月4日ー1901年9月14日)の第25代副大統領(1901年3月4日ー1901年9月14日)に選任された米国の軍人 / 政治家であるセオドア・ルーズヴェルト(Theodore Roosevelt:1858年ー1919年)は、ウィリアム・マッキンリー大統領が暗殺されたことに伴い、1901年9月14日に、42歳という若さで、第26代大統領(1901年9月14日ー1909年3月4日)に就任した。米国史上最年少の大統領の誕生であった。


ウィリアム・マッキンリーは、暗殺された米国大統領4人のうちの3人目である。

ウィリアム・マッキンリーが暗殺された後、米国連邦議会は、シークレットサービスに対して、非公式に大統領の身辺警護を行うように求め、これに基づき、シークレット・サービスは、セオドア・ルーズヴェルト大統領の24時間警護を始めた。なお、シークレット・サービスを大統領の身辺警護を行う機関として指定する法律が連邦議会を正式に通ったのは、1906年になってからである。


セオドア・ルーズヴェルトは、国内政策として、「スクエアディール(Square Deal)」を推進して、一般市民が公平な扱いを受けられるよう、当時、鉄道を支配していたモルガン財閥を規制し、独占禁止法の制定や企業規制を進めた。また、アウトドアスポーツ愛好家 / 自然主義者として、自然保護運動を支援して、国定公園(national parks)等の創設も行った。


一方、外国政策として、「Speak softly and carry a big stick.(穏やかに話をし、大きな棍棒を振るう。)」という「棍棒外交」を推進して、


(1)日露戦争(Russo-Japan War:1904年ー1905年)の停戦を仲介

(2)1907年から1909年にかけて、米国海軍大西洋艦隊(名称:グレート・ホワイト・フリート(Great White Fleet))に世界一周航海を行わせ、米国の海軍力を世界中に誇示

(3)パナマ運河(Panama Canal)の完成を後ろ盾(なお、開通自体は、1914年)


等の実績を挙げた。

セオドア・ルーズヴェルトは、日露戦争の停戦を仲介した功績に基づき、1906年にノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)を受賞した。彼は、ノーベル賞を受賞した最初の米国人となった。


セオドア・ルーズヴェルトは、1904年に再選された後、1909年まで大統領を務めたが、1908年の大統領選に再出馬することはせず、公職を退いた後、アフリカを探検したり、欧州を旅行したりした。

帰国後、彼の親友かつ後継者である第27代大統領であるウィリアム・ハワード・タフト(William Howard Taft:1857年ー1930年 在任期間:1909年-1913年)との間に大きな亀裂を生じさせ、1912年の大統領選において、彼から共和党候補の指名を取得することに失敗すると、「進歩党(Progressive Party)」を結成する。そして、セオドア・ルーズヴェルトは、第3党の候補として、選挙戦を戦い、第2位となり、共和党候補であるウィリアム・ハワード・タフトに勝利するものの、民主党候補であるウッドロウ・ウィルスン(Woodrow Wilson:1856年ー1924年 在任期間:1913年ー1921年)が第1位となり、第28代大統領に就任した。


1912年の大統領選敗北後、セオドア・ルーズヴェルトは、2年間にわたり、南米アマゾン河流域への探検を行った。その際、彼が探検した川の一つが、「ルーズヴェルト川」という名を冠している。


第一次世界大戦(1914年ー1918年)中、セオドア・ルーズヴェルトは、米国が参戦しないことについて、ウッドロウ・ウィルスン大統領の批判を展開し、フランスへの義勇軍派兵を進めようとしたが、成功には至らなかった。

彼は、1920年の大統領選への出馬を考えていたが、1919年1月6日、ニューヨーク州オイスターベイにおいて、60歳の生涯を終えている。


セオドア・ルーズヴェルトは、「カウボーイ」的な男性らしさでよく知られており、有名な人形「テディベア」の名前は、彼のミドルネームである「テディ」に由来している。

また、彼は、歴代の米国大統領のランキングにおいて、現在でも、偉大な大統領の一人として格付けされている。


2022年10月25日火曜日

コナン・ドイル作「赤毛組合」<英国 TV ドラマ版>(The Red-Headed League by Conan Doyle )- その3

英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年8月号に掲載された挿絵(その9) -

フランス金貨を強奪するために、
ジェイベス・ウィルスンが営む質屋の地下室から掘ったトンネルを通って、
City and Suburban Bank のコーブルク支店の地下金庫室へと侵入した
ヴィンセント・スポールディングこと、ジョン・クレイを
待ち構えていたシャーロック・ホームズが捕らえる。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget 1860年 - 1908年)

ロンドンの経済活動の中心地であるシティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)近くにあるザクセンーコーブルクスクエア(Saxe-Coburg Square → 2016年1月1日付ブログで紹介済)において質屋(pawnbroker)を営む赤毛の初老の男性ジェイベス・ウィルスン(Jabez Wilson)が、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの二人に対して、「赤毛組合(The Red-Headed League)」に纏わる非常に奇妙な体験を話して、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)を辞去した後の話の流れであるが、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化された「赤毛組合」は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「赤毛組合(The Red-Headed League → 2022年9月25日 / 10月9日 / 10月11日付ブログで紹介済)」と、基本的に同じで、


(1)ホームズは、ワトスンに対して、「この問題を解き明かすには、優に三服分は必要だ。だから、50分は、僕に話し掛けないでほしい。」と頼むと、痩せた両膝を鷹のような鼻に近づけるように、椅子の上で身体を丸め、目を閉じ、黒いクレーパイプをある種の奇妙な鳥の嘴のように突き出して、ジェイベス・ウィルスンから聞いた奇妙な話について、考えをめぐらせる。


(2)その後、ホームズはワトスンを誘って、ジェイベス・ウィルスンが営む質屋へと向かった。ホームズは質屋のドアをノックし、応対に出て来た店員のヴィンセント・スポールディング(Vincent Spaulding)に対して、ストランド通り(Strand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)への道を尋ねると、その場を立ち去る。その際、ホームズは、質屋の前の敷石をステッキで数回叩き、そして、ヴィンセント・スポールディングの膝の汚れを確認する。


(3)更に、セントジェイムズホール(St. James's Hallー2014年10月4日付ブログで紹介済)でサラサーテ(パブロ・マルティン・メリトン・デ・サラサーテ・イ・ナバスクエス Pablo Martin Meliton de Sarasate y Navascuez:1844年ー1908年 スペイン出身の作曲家兼ヴァイオリン奏者 → 2022年10月19日付ブログで紹介済)の演奏会を楽しむ。


という場面が描かれる。


そして、物語は、City and Suburban Bank のコーブルク支店(Coburg branch)地下金庫における捕り物へと移る。


コナン・ドイルの原作の場合、捕り物のために、ベーカーストリート221Bに集まった面々は、ホームズとワトスンの他には、(1)スコットランドヤードの警察官(official police agent / なお、階級は不明)であるピーター・ジョーンズ(Peter Jones)と(2)City and Suburban Bank の頭取であるメリーウェザー氏(Mr Merryweather)の2人だった。

一方、グラナダテレビ版の場合、メリーウェザー氏は同じものの、スコットランドヤードからやって来たのは、アセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones)だった。なお、アセルニー・ジョーンズ警部は、コナン・ドイルの「四つの署名(The Sign of the Four)」に登場する人物である。


ホームズ達4人は、ベーカーストリートからザクセンーコーブルクスクエアの質屋の裏側にある銀行へと向かうが、コナン・ドイルの原作の場合、時刻は夜だったが、グラナダテレビ版の場合、まだ昼間だった


コナン・ドイルの原作の場合、メリーウェザー氏は、銀行の地下金庫室内で、ホームズ達に対して、「We had occasion some months ago to strengthen our resources and borrowed for that purpose thirty thousand napoleons from the Bank of France. … The crate upon which I sit contains two thousand napoleons packed between layers of lead foil.(弊行は、数ヶ月前に、資産を強化する必要があり、そのために、フランス銀行から3万枚のナポレオン金貨を借り入れました。… 私が腰掛けている木箱の中には、鉛の薄板に挟まれた2000枚のナポレオン金貨が詰まっています。)」と説明した。

一方、グラナダテレビ版の場合、City and Suburban Bank フランス銀行から借り入れたナポレオン金貨の枚数が、3万枚から6万枚へと増えている。そのうちの3万枚のナポレオン金貨が、City and Suburban Bank のコーブルク支店の地下金庫室内に保管されている設定に変更されている。


英国 TV ドラマ版の場合、ホームズは、アセルニー・ジョーンズ警部に対して、City and Suburban Bank のコーブルク支店の地下金庫室からナポレオン金貨を強奪する計画を立案した人物は、ヴィンセント・スポールディングこと、ジョン・クレイ(John Clay)ではなく、「犯罪界のナポレオン(Napoleon of crime)」と呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)だと説明するが、コナン・ドイルの原作では、勿論、このような場面は存在しない。また、アセルニー・ジョーンズ警部は、モリアーティー教授の名前だけは知っているという設定となっている。


英国 TV ドラマ版の場合、地下金庫室内に侵入して来たジョン・クレイは、ホームズに捕らえられるが、ジョン・クレイの相棒であるアーチー(Archie)は、地下通路を通って、逃亡しようとする。そして、ジェイベス・ウィルスンの質屋へと這い出たアーチーは、警官との格闘により、店の中をメチャクチャにしてしまう場面も追加されている。


そして、物語の終盤、ワトスンがジェイベス・ウィルスンの質屋を訪れ、ホームズが City and Suburban Bank から事件解決の報酬として受け取ったソブリン金貨50枚を渡す。ジョン・クレイの相棒であるアーチーによって、店の中をメチャクチャにされた迷惑料の意味合いである。

ソブリン金貨50枚を受け取って喜ぶジェイベス・ウィルスンに対して、ワトスンは、ホームズからのアドバイスを伝える。「Next time you engage an assistant, pay him the proper wage.(次から店員を雇う際には、必ず正当な賃金を支払った方がよい。)」と。


物語の最後、ベーカーストリート221Bの向かい側にある本屋の入口の前で、ホームズは、ワトスンに対して、事件の解説を行う。コナン・ドイルの原作の場合、ホームズが事件の解説をするのは、City and Suburban Bank のコーブルク支店の地下金庫室から出て来た時である。

英国 TV ドラマ版は、事件の解説を終えたホームズとワトスンの二人がベーカーストリート221Bへと入って行くのを、ナポレオン金貨の強奪を妨害されたモリアーティー教授が遠くから睨みつけている場面で終わり、次作の「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月15日付ブログで紹介済)」へと続いていく。


2022年10月24日月曜日

キャロル・ブッゲ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / トーア寺院に出没する幽霊」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Haunting of Torre Abbey)- その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2018年に出版された
キャロル・ブッゲ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / トーア寺院に出没する幽霊」の表紙

本作品「トーア寺院に出没する幽霊(The Haunting of Torre Abbey)」は、米国出身の推理作家であるキャロル・ブッゲ(Carole Bugge:1953年ー)によって、2000年に発表された。

上記以外にも、彼女によって、シャーロック・ホームズのパスティーシュ作品である「インドの星(The Star of India → 2022年6月19日 / 7月13日 / 9月22日付ブログで紹介済)」が、1997年に発表されている。


「Watson, do you believe in ghosts?(ワトスン、君は幽霊の存在を信じるかい?)」と言うシャーロック・ホームズのセリフから、この物語は始まる。

霧が深い10月のある晩のことだった。ベーカーストリート221B(221B Baker Street)の居間の燃えさかる暖炉の火を前にしたホームズからジョン・H・ワトスンへの質問だった。


ホームズは、ワトスンに対して、デヴォン州(Devon)トーキー(Torquay)に所在する元修道院だったトーア寺院(Torre Abbey)に住むチャールズ・ケアリー卿(Lord Charles Cary)から受け取った手紙を見せる。


チャールズ・ケアリー卿は、現在、オックスフォード(Oxford)において、医学を学んでいるのだが、緊急の電報を受け取り、10月7日(金)の夜、急いで実家のトーア寺院へと戻った。

ケアリー家は、既に2世紀にわたり、トーア寺院に住んでおり、先代のケアリー卿であるヴィクター・ケアリー(Victor Cary - チャールズの父親)が最近亡くなったため、長男であるチャールズ・ケアリーが爵位を継いでいた。先代のヴィクター・ケアリー卿は、トーア湾(Torre Bay)への泳ぎに出かけたが、海で溺死したものと思われていた。彼の衣服については、海岸で見つかったものの、彼の遺体に関しては、残念ながら、発見されなかったのである。

そのため、ケアリー家には、現在、チャールズ・ケアリー卿しか、男性は居らず、彼がトーア寺院に戻ると、母親のレディー・マリオン・ケアリー(Lady Marion Cary)と妹のエリザベス・ケアリー(Elizabeth Cary)の二人は、今にも気を失いそうな状態だった。


話は、14世紀後半に遡る。

トーア修道院長(Abbot of Torre)であるウィリアム・ノートン(William Norton)は、修道士(monk)の一人であるシモン・ヘイスティーリッジェス(Symon Hastyriges)を殺害したものと疑われていた。ウィリアム・ノートン修道院長は、被害者であるシモン・ヘイスティーリッジェスによく似た人物を仕立て上げて、疑惑を逃れようとしたが、周囲の人間は、ウィリアム・ノートン修道院長が、首を切断したシモン・ヘイスティーリッジェスの遺体を、教会付属の墓地に隠しているのだと考えていた。

ウィリアム・ノートン修道院長に対する疑惑は、遂に明らかにされなかったが、それ以来、トーア修道院のホールで、首のない修道士が彷徨い歩いているのを見かけたという報告が相次ぐ。更に、トーア修道院へと続く道を、幽霊の馬に乗った首のない修道士が駆けているのを見かけたという人達まで現れたのである。


トーア寺院に戻ったチャールズ・ケアリー卿の問い掛けに対して、母親と妹は、驚くべき話をする。

2日前の10月5日(水)の夜、妹のエリザベスが、自分の寝室で眠っていると、ホールでネズミが走り回る音を聞いたように感じた。ベッドから降りた彼女は、火をつけたロウソクを持って、ホールへ出たところ、そこに、首のない修道士の姿を見かけたのである。この修道士は、一体、どこから現れたのだろうか?首のない修道士の姿を見た彼女は、直ぐに気を失ってしまい、気がついた時には、その姿はどこにもなかった。しかし、彼女は、建物の外で、馬の蹄の音を聞いたと断言した。

娘から話を聞いた母親のレディー・マリオン・ケアリーは、息子のチャールズ・ケアリー卿宛に、緊急の電報を打ったのであった。


軽い夕食をとったチャールズ・ケアリー卿は、塔の3階(3rd Floor)にある自室へと下がった。そこからは、かつて僧院の裏庭で、現在は、ケアリー家の中庭となっている場所を見下ろせる部屋だった。

ある音を聞いて、チャールズ・ケアリー卿が、窓のカーテンを開けて、中庭を見下ろすと、そこには、首のない修道士が立っていたのである。チャールズ・ケアリー卿が階段を駆け降りて、中庭まで出てみると、残念ながら、修道士の姿は既に掻き消えていた。


チャールズ・ケアリー卿は、ホームズとワトスンの二人に、デヴォン州トーキーのトーア寺院まで来て、首のない修道士が現れた件について、捜査してほしいと、手紙で依頼してきたのである。


2022年10月23日日曜日

コナン・ドイル作「赤毛組合」<英国 TV ドラマ版>(The Red-Headed League by Conan Doyle )- その2

英国で出版された「ストランドマガジン」
1891年8月号に掲載された挿絵(その8) -

City and Suburban Bank の頭取である
メリーウェザー氏(Mr. Merryweather)は、
シャーロック・ホームズ、ジョン・H・ワトスンと
スコットランドヤードのピーター・ジョーンズ(Peter Jones)を、
フランス金貨が保管されている地下金庫室へと案内する。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget 1860年 - 1908年)

英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化され、第2シリーズ(The Adventures of Sherlock Holmes)の第5エピソード(通算では第12話)として、英国で1985年9月22日に放映された「赤毛組合(The Red-Headed League)」の場合、City and Suburban Bank の映像から始まる。

銀行を狙う一味の一人(後に、ジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)の部下の一人だと判明)が、銀行を見張っている。ちょうどその時、馬車が銀行の裏口へと向かい、あるもの(後に、フランス金貨だと判明)が、そこから銀行内へと運び込まれる。

サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の原作には、そのような場面は描かれていない。

また、原作のタイトルは、「The Red-Headed League」となっているが、英国 TV ドラマ版のタイトルは、「The Red Headed League」となっており、「Red」と「Headed」の間には、「-(ハイフン)」がない。


そして、映像は、ジョン・H・ワトスンが外出から帰って来ると、シャーロック・ホームズが、ロンドンの経済活動の中心地であるシティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)近くにあるザクセンーコーブルクスクエア(Saxe-Coburg Square → 2016年1月1日付ブログで紹介済)において質屋(pawnbroker)を営む赤毛の初老の男性ジェイベス・ウィルスン(Jabez Wilson)から相談を受けている最中という場面へと変わる。

コナン・ドイルの原作の冒頭、ワトスンが「I had called upon my friend Mr Sherlock Holmes one day in the afternoon of last year and …(昨年の秋、友人のシャーロック・ホームズのフラットを訪ねた時のことだ。)」と言っているように、事件発生時の1890年10月時点で、結婚しているかどうかは明確ではないものの、ワトスンは、ホームズと同居していたベーカーストリート221B(221B Baker Street)を出て、彼とは別に生活しているように考えられる。

一方、英国 TV ドラマ版の場合、ワトスンは、ベーカーストリート221Bにおいて、ホームズと同居している。


英国 TV ドラマ版のホームズが、ジェイベス・ウィルスンの容貌や服装から、彼の経歴(特に、中国へ行ったこと)について、推理を披露する流れは、概ね、コナン・ドイルの原作に準拠している。


ジェイベス・ウィルスンがホームズとワトスンの二人に対して見せた「赤毛組合の新規会員募集」にかかる広告が掲載されている新聞について、コナン・ドイルの原作では、「Morning Chronicle」紙(実在の新聞であるが、実際には、この時点で既に廃刊済)であるが、英国 TV ドラマ版では、「Evening Standard」紙(現在も、実在の新聞)という差異がある。


また、「赤毛組合の新規会員募集」にかかる広告が新聞紙上に掲載された日付については、コナン・ドイルの原作も、また、英国 TV ドラマ版も、「1890年4月27日」となっている。

一方、赤毛組合が解散となった日付に関しては、コナン・ドイルの原作の場合、「1890年10月9日」となっていて、「1890年4月27日」付の新聞を見たワトスンの「Just two months ago.(ちょうど2ヶ月前だ。)」と言う発言や、赤毛組合の新規会員として採用された後、ジェイベス・ウィルスンが赤毛組合の事務所で8週間しか働いていないこと等を考慮すると、日付の整合性がとれていないが、英国 TV ドラマ版の場合、「1890年6月28日」となっていて、日付の不整合が解消されている。


英国 BBC が制作した TV ドラマ「シャーロック(Sherlock)」の
放映10周年を記念して発行された6種類の切手に加えて、
4種類のシャーロック・ホームズシリーズの記念切手が、
2020年8月18日に発行された。
そのうちの一つが、「赤毛組合」。


コナン・ドイルの原作において、突然の赤毛組合解散に驚いたジェイベス・ウィルスンは、赤毛組合が入居していた建物の家主(ー同じ建物の1階に住む会計士)のところへ行き、赤毛組合に何が起きたのかを尋ねた。ところが、家主は、ジェイベス・ウィルスンに対して、「赤毛組合については何も知らないし、赤毛組合を管理していたダンカン・ロス(Duncan Ross)という名前も初めて聞く名前だ。」と告げる。その上、家主は「(赤毛組合が入居していた)問題の部屋を借りていたのは、事務弁護士(solicitor)のウィリアム・モリス(William Morris)で、新しいオフィスが出来るまでの一時的な賃借だ。」と付け加えた。家主からウィリアム・モリスの移転先(17 King Edward Street near St. Paul's → 2014年9月28日付ブログで紹介済)を聞いたジェイベス・ウィルスンが早速そこを訪ねてみると、そこは膝当ての製造工場(manufactory of artificial kneecaps)で、ウィリアム・モリスのオフィスはどこにもなかったのである。

英国 TV ドラマ版では、膝当ての製造工場について、映像上、「BIRKETT and SON」と言う名前まで表示している。


ジェイベス・ウィルスンの話に興味を覚えたホームズは、彼が質屋の店員として雇っているヴィンセント・スポールディング(Vincent Spaulding)のことについて質問した。彼の説明を聞いたホームズには、何か思い当たる節があるようだった。

コナン・ドイルの原作の場合、ホームズの「Thus assistant of yours who first called your attention to the advertisement - how long had he been with you?(貴方がその新聞広告に興味を持つ最初の切っ掛けをつくった店員ですが、どの位の期間、貴方のところで働いているのですか?)」とジェイベス・ウィルスンの「About a month then.(その時点で、1ヶ月位です。」という会話から考えると、ヴィンセント・スポールディングは、現時点で、3ヶ月間、ジェイベス・ウィルスンの質屋で働いていることになる。

一方、英国 TV ドラマ版では、ジェイベス・ウィルスンは、「彼は、2ヶ月前に来た。」と発言しているので、ヴィンセント・スポールディングは、新聞広告が掲載される少し前から、ジェイベス・ウィルスンの質屋で働き始めたことになり、原作とは、やや異なっている。


コナン・ドイルの原作の場合、ベーカーストリート221Bから辞去した後、ジェイベス・ウィルスンは、物語の最後まで、全く登場しない。

一方、英国 TV ドラマ版では、店員のヴィンセント・スポールディングの勧めに従い、ジェイベス・ウィルスンは、バーキング(Barking)に住む妹のところで、週末を過ごすことになっており、一旦、物語から退場するが、事件が解決した後に、再登場することになる。


2022年10月22日土曜日

グレアム・ムーア作「シャーロック・ホームズ殺人事件」(The Holmes Affairs by Graham Moore)- その3

Arrow Books から2011年に出版されている
グレアム・ムーア作「シャーロック・ホームズ殺人事件」の表紙(部分)
(Cover image : Arcangel Images)

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆半(2.5)


本作品は、2つのストーリーが並行して進む構造となっている。

一つは、「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月1日 / 5月8日 / 5月11日付ブログで紹介済)」を発表した後、シャーロック・ホームズシリーズを再会するまでのホームズ不在時期に、アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)が、友人のブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1912年)と一緒に、ロンドンのイーストエンド(East End)で発生した若い女性の連続殺人事件を独自に捜査する話で、コナン・ドイルとブラム・ストーカーの二人は実在の人物の上、実際、二人は友人同士であったが、事件自体は実際の話ではない。

もう一つは、現代(2010年)の話で、行方不明であったコナン・ドイルの日記帳(ちょうど上記の頃が対象)と、それに纏わる事件を解明しようとするシャーロキアンであるハロルド・ホワイト(Harold White)の捜査が、主体となっている。勿論、ハロルド・ホワイトは架空の人物であるが、実は、事件自体は、ロンドンで実際にあった話(未解決)がモデルとなっている。筆者も、本編を読み終わった後、巻末にある作者であるグレアム・ムーア(Graham Moore)の後書きで知ったのだが、本件自体の内容に納得できなかったこともあり、余計に後味が悪かった。


(2)物語の展開について ☆☆☆(3.0)


二つのストーリーが、短いページで入れ替わっていて、ある意味で読み易いが、一方では、あまり話が進展しないうちに、もう一つのストーリーへ移行してしまうため、読んでいて、もどかしい気持ちが強くなる。


(3)コナン・ドイル / ブラム・ストーカーとハロルド・ホワイトの活躍について ☆☆半(2.5)


コナン・ドイルとブラム・ストーカーのペアにしろ、ハロルド・ホワイトにしろ、当然のことながら、事件捜査のプロではないので、ホームズ並みの華々しい活躍をするまでには、残念ながら、至っていない。

両方のストーリーで描かれる事件自体が、なんとなく、気色が悪い感じが強く、それが前面に出てしまっていて、正直ベース、ほとんど楽しめなかった。

また、二つのストーリーが交互に入れ替わるのが早く、それも良い印象に繋がっていない。


(4)総合評価 ☆☆半(2.5)


コナン・ドイル / ブラム・ストーカーが主人公となるストーリーについて言うと、読み終わった後、あまり後味が良くなかった。また、事件的に、その内容を記した日記帳が、コナン・ドイルにとって、どうしても他人の目に触れないように処分したくなる程なのか、やや疑問である。

一方、シャーロキアンであるハロルド・ホワイトが主人公となるストーリーに関しては、上記の事件にかかる記述がある日記帳を巡る事件が主体となるが、ロンドンで起きた実際の事件(未解決)をモデルにしていることもあるのかもしれないが、スッキリとしない結末になっていて、「そのために、数百ページを費やしているのか?」と思う位、納得し難いものがある。このようなストーリーでは、ホームズの研究を行う世界的な団体「ベーカーストリート不正規隊(The Baker Street Irregulars)」の有名人であるアレックス・ケール(Alex Cale)の死に対する説明に、合理性がないと言える