2021年8月31日火曜日

バリー・ロバーツ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 地獄から来た男」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Man from Hell by Barrie Roberts) - その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2010年に出版された
バリー・ロバーツ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 地獄から来た男」の表紙


本作品「地獄から来た男(The Man from Hell)」は、英国の作家であるバリー・ロバーツ(Barrie Roberts:1939年ー2007年)によって、1997年に発表された。なお、作者のバリー・ロバーツは、フォーク歌手、フリーランスのジャーナリストの他に、刑事弁護士でもあった。


それは、1886年初夏のある朝だった。いつになく早起きをして朝食を済ませたシャーロック・ホームズは、朝刊を眺めていた。同じく、新聞を読んでいたジョン・H・ワトスンが、バックウォーター卿(Lord Backwater)のジェイムズ・ライル・バックウォーター氏(James Lisle Backwater)が殺されたことを知らせる記事を見つける。残念ながら、事件の詳細は載っていなかった。

ちょうどそこへ、父親から爵位を引き継いだバックウォーター子爵(Viscount Backwater)のパトリック・バックウォーター氏(Patrick Backwater)と彼の弁護士であるプレッジ氏(Mr Predge)の二人が訪ねて来る。バックウォーター子爵は、ホームズに対して、「(自分の)父親の死の真相を明らかにしてほしい。」と依頼するのであった。


バックウォーター子爵によると、父親の前バックウォーター卿は、昨日の午後4時前に外出した、とのこと。何の理由もないまま、夕食時までに戻らなかったため、使用人達に付近を捜索させたところ、屋敷の南側にあるブナの森の中で、撲殺された父親の死体が発見されたのである。

バックウォーター子爵自身は、その日の午後、父親には会っていなかったが、子爵の妹パトリシア(Patricia)によると、父親の様子はいたって普通で、特に気分がすぐれなかったりとか、悩んでいる様子はなかった、とのこと。また、ブナの森は、父親が好む散歩コースの一つだと言う。


更に、バックウォーター子爵は、ホームズに対して、「(自分の)父親は何十万ポンドもチャリティー団体へ寄附しており、誰かに恨まれるようなことは考えられない。」と説明するが、その一方で、父親宛に届けられた謎の手紙を見せるのであった。その手紙は、バックウォーターホール(Backwater Hall)のバックウォーター卿宛になっており、封はされていたが、切手は貼られていなかった。

ホームズがバックウォーター子爵からその手紙を受け取り、封を破ってみると、中の紙には、「地獄の門から来た男が、(午後)6時に古き場所で待つ。(The man from the Gates of Hell will be at the old place at six.)」と書かれてあった。バックウォーター子爵によると、この手紙は、事件当日の午後、屋敷に届けられたようである。

この手紙に書かれた「地獄の門」や「古き場所」とは、一体、何を意味しているのだろうか?


バックウォーター子爵は、自分の父親が、事件当日の午後を含め、ブナの森を散歩する際、屋敷の敷地内に放していた番犬を必ず繋がせていたことを思い出す。ホームズは、そのことから、前バックウォーター卿は、定期的に、犬を嫌う人物、もしくは、犬を恐れる人物と、ブナの森で会っていたものと考える。ただし、前バックウォーター卿の様子から察するに、彼がその人物をよく知っており、恐れてはいなかった筈だと、ホームズはバックウォーター子爵に説明する。

ホームズは、バックウォーター子爵とプレッジ氏の二人に対して、「前バックウォーター卿は、オーストラリア / ニュージーランド(The Antipodes)と何か関係があるか?」と急に尋ねるが、二人は「前バックウォーター卿は、米国、カナダ、南アメリカや南アフリカ等で事業を展開していたが、オーストラリア / ニュージーランドとの繋がりは特にない。」と答えた。

ホームズが突然訪ねた奇妙な質問の意図は、何を意味するのか?



2021年8月29日日曜日

コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」<小説版>(The Sussex Vampire by Conan Doyle ) - その2

「ストランドマガジン」の1924年1月号 に掲載された
コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」の挿絵(その2)
<ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年 - 1952年)によるイラスト> -
モリスン、モリスン&ドッド法律事務所経由、
調査依頼を行ったロバート・ファーガスン(画面右端)が、
翌日の午前10時にベーカーストリート221Bを訪れ、
ホームズ(画面左端)に対して詳細の説明を行っている場面が描かれている。
なお、画面中央の人物は、ワトスン。


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が発表した短編小説「サセックスの吸血鬼(The Sussex Vampire)」(英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1924年1月号に、また、米国では、「ハーツ インターナショナル(Heart’s International)」の1924年1月号に掲載)の冒頭、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズの元に、モリスン、モリスン&ドッド法律事務所(Morrison, Morrison & Dodd)から、「吸血鬼(Vampires)」に関する調査依頼が持ち込まれる。事件の依頼人は、同法律事務所の顧客で、紅茶仲買商であるファーガスン&ミューアヘッド社(Ferguson and Muirhead)のロバート・ファーガスン(Robert Ferguson)氏で、彼からの手紙も同封されていた。


ジョン・H・ワトスンは、学生時代、Blackheath チームの一員として、ラグビーの試合に出ていたが、ファーガスン氏は、相手チームの Richmond でプレーしており、奇しくも、二人は旧知の間柄だったのである。


ファーガスン氏は、商用で知り合ったペルー人の娘と5年前に再婚して、現在、サセックス州に居を構えていた。

彼には、15歳になるジャック(Jack)という名前の前妻との息子が居るが、ここのところ、再婚した妻と息子の仲はあまり良くなく、彼女がジャックに体罰を加えている現場を2度見かけた。一度は、彼女による体罰のあまり、ジャックの腕に酷いミミズ腫れが残る程であった。ジャックは、子供の頃の事故により、身体が不自由になっており、その分、父親であるファーガスン氏は、息子を溺愛しているようだった。

再婚した妻によるジャックへの体罰は、ファーガスン氏にとっては、まだ些細な出来事に過ぎず、彼女は、自分が生んだ1歳になる赤ん坊の首に噛み付いて、血を吸っているような現場を、ナースによって目撃されたのであった。彼女は、ナースにお金を渡すと、この件は内密にするよう、強く言い含める以外、キチンとした説明は何もなかったのある。その後、彼女は、寝室に閉じ籠ったまま、外へ出てこようとしなかった。


事件の依頼を受けたホームズとワトスンの二人は、霧深い晩、ファーガスン氏の屋敷を訪問する。屋敷内には、数多くの装飾品が飾られており、彼が再婚した妻が南米から持ってきた道具や武器が壁に架けられていた。ホームズはそれらを注意深く眺めると、考え込む仕草をした。

更に、ホームズは、飼い犬のスパニエルの動きに目を止めた。ファーガスン氏によると、4ヶ月程前から後ろ足に麻痺症状が出ているが、原因時ついては判っていないとのことだった。


ファーガスン氏の妻は、未だに寝室に閉じ籠ったままで、夫であるファーガスン氏が入ることも良しとしなかったが、医者であるワトスンだけは、室内に入れることを許容した。ワトスンの問いに、彼女は、「夫は自分を愛しているし、自分も夫を愛している。」と語るものの、ジャックに対する体罰や赤ん坊への吸血について、その理由を説明することは、頑なに拒否するのであった。


一方、ジャックはファーガスン氏の帰宅を歓迎したが、父親から紹介されたホームズとワトスンに対して、何故か、敵意のこもった鋭い視線を向けるのであった。


ホームズは、傷口を調べるべく、赤ん坊を呼ぶよう、ファーガスン氏に請うと、ナースが赤ん坊を連れて来た。ファーガスン氏が赤ん坊を抱き抱えてあやし始めると、ホームズが庭に面した窓に視線を向けて、真剣な表情をしていることに、ワトスンは気付いた。この時、ホームズは、事件の真相を全て見抜いたのである。


コナン・ドイルは、ゴシック小説 / ホラー小説「吸血鬼ドラキュラ(Dracula → 2017年12月24日 / 12月26日付ブログで紹介済)」(1897年)を発表したアイルランド人の小説家であるブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1912年)と親交があった。コナン・ドイルが本作品「サセックスの吸血鬼」を執筆したのは、「吸血鬼ドラキュラ」の存在が念頭にあったのではないかと語る有識者が居る。


一方でコナン・ドイルが「サセックスの吸血鬼」を発表した頃、精霊や妖精について、彼が熱心に講演をしたり執筆したりしていた時期に符合する。

ところが、本作品の冒頭部分で、コナン・ドイルは、ホームズからワトスンに対して、「This Agency stands flatfooted upon the ground, and there it must remain. The world is big enough for us. No ghosts need apply. (我が探偵局は、しっかりと足を地につけて建っているし、いつまでもそうあるべきだ。この世は、我々にとって、広大過ぎて、幽霊なぞに関わってはいられない。)」というセリフを言わせており、心霊研究家という顔と(推理)作家という顔をうまくバランスさせていると言える。


2021年8月28日土曜日

フレッド・トーマス・セイバーヘーゲン作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 吸血鬼を呼び出す降霊術の会」(The further adventures of Sherlock Holmes / Seance for a Vampire by Fred Thomas Saberhagen) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2010年に出版された
フレッド・トーマス・セイバーヘーゲン作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 吸血鬼を呼び出す降霊術の会」の表紙


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆(2.0)

降霊術の会において、ボート転覆事故で亡くなったアムブローズ・アルタモン氏(Mr. Ambrose Altamont)の長女ルイーザ・アルタモン(Louisa Altamont)を呼び出したところ、彼女が吸血鬼として復活したというのが、フレッド・トーマス・セイバーヘーゲン(Fred Thomas Saberhagen:1930年ー2007年)作「吸血鬼を呼び出す降霊術の会(Seance for a Vampire)」(1994年)の本筋に該る。この事件に、シャーロック・ホームズ、ジョン・H・ワトスンの他に、ホームズの従兄弟であるドラキュラ伯爵(Count Dracula)が関与する。本作品の前に、作者による物語が何作かあるようで、いきなり本作品を読むと、ドラキュラ伯爵がホームズの従兄弟である設定がよく判らず、物語にやや入り難い。


(2)物語の展開について ☆☆(2.0)

降霊術の会の後、ホームズが何者かによって連れさらわれたため、ワトスンはホームズの従兄弟であるドラキュラ伯爵に助けを求める。降霊術の会が始まるまでは、普通の展開スピードであったが、ワトスンがドラキュラ伯爵に助けを求めた後、物語の展開が急に遅くなり、話がなかなか進まない。ワトスンから助けを求められたドラキュラ伯爵は、個人的には、あまり役に立っていないように感じられた。


(3)ホームズ / ワトスン / ドラキュラ伯爵の活躍について ☆半(1.5)

降霊術の会の後、何者かによって連れさらわれるという憂き目に遭ったことに加えて、物語全般を通して、残念ながら、ホームズは主だった活躍をできていないし、推理の煌めきも見せられていない。

また、ホームズの従兄弟に該るドラキュラ伯爵は、ワトスンの求めに応じて、物語の中盤から姿を見せるものの、彼も、ホームズの救出や事件の解決等を含めて、正直なところ、あまり大きな貢献をできていない。


(4)総合評価 ☆☆(2.0)

本作品は、ホームズとドラキュラ伯爵が共演するシリーズの一つという位置付けであるが、(今回だけなのか、それとも、他の作品もそうなのか不明なるも、)彼らの共演が、物語に対して、プラス効果を全く与えていないように感じられる。

ホームズが単独で事件を捜査する物語の前半部分、ドラキュラ伯爵がワトスンに助力してホームズを救出する物語の中盤部分、そして、ホームズ、ワトスンとドラキュラ伯爵が協力して事件を解決する物語の終盤部分と、ストーリー自体に大きな盛り上がりが感じられず、やや面白味に欠ける。


2021年8月22日日曜日

H・G・ウェルズ作「モロー博士の島」<小説版>(The Island of Dr. Moreau by Herbert George Wells


英国出身で、俳優やコメディアンとして活躍した後、規則的な生活を求めて、作家業へ転身したガイ・アダムス(Guy Adams:1976年ー)が2012年に発表した「シャーロック・ホームズ / モロー博士の軍団(Sherlock Holmes / The Army of Dr. Moreau → 2021年7月21日 / 7月31日 / 8月9日付ブログで紹介済)」の元ネタとなったのは、「モロー博士の島(The Island of Dr. Moreau)」で、英国の作家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells:1866年ー1946年 → 2020年2月10日 / 2月22日付ブログで紹介済)である。彼の場合、日本において、フルネームではなく、H・G・ウェルズと表記されることが多い。


「モロー博士の島」において、エドワード・プレンディック(Edward Prendick)という青年が、語り手を務める。


1887年2月、南太平洋において、帆船レディーヴェイン号(Lady Vain)が漂流船と衝突事故を起こして沈没。帆船レディーヴェイン号に乗り込んでいたエドワード・プレンディックは、沈没の際、小型ボートで脱出する。

後に、彼は別の船に救助されて、命が助かるが、その船には、動物が多数積まれている上に、異様な外見をした人間も乗船しており、何か怪しい雰囲気が漂っていた。

その後、プレンディックは、その船の船長と衝突した結果、船の目的地である孤島で下船されられてしまった。


その島において、プレンディックは、白髪の男性に出会うことになる。

生物学を学んだ経験があるプレンディックは、その白髪の男性が、英国で高名な学者だったモロー博士(Dr. Moreau)で、残酷な動物実験を行ったとの理由で、学界を追放され、英国からその姿を消した人物であることに気付くのであった。


モロー博士は、プレンディックに対して、「この島は、生物学研究所のようなものだ。」と告げる。モンゴメリー(Montgomery)という男性が、モロー博士の助手を務めていた。

なんと、モロー博士は、この島において、様々な動物を人間のように改造した上、彼ら獣人に知性を与える実験を行っていたのである。島には、


(1)ムリング(M’ling)

(2)犬男(Dog-man)

(3)銀毛の男(grey Sayer)

(4)豹男(Leopard-man)

(5)ハイエナと豚の男(Hyena-swine)


等、多数の獣人が存在していて、人間を模範とする掟を遵守しながら、生活をしていたが、プレンディックは、島内に散らばる斬殺された動物の死骸等から、モロー博士から課せられた掟を破った獣人が居ることに気付くのだった。


そして、ある事件を経て、獣人達は、人間らしい知性を失い、獣と化していく。更に、獣人達との酒宴を最後のキッカケにして、非常に恐ろしい事態へと陥るのであった。


作者のH・G・ウェルズは、1866年にケント州(Kent)のブロムリー(Bromley → 現在のブロムリー・ロンドン自治区(London Borough of Bromley))内の商人の家に生まれた。

彼は奨学金を得て、サウスケンジントン(South Kensington)の科学師範学校(National School of Science→現在のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London))に入学し、生物学を学んだ。また、彼は学生誌「サイエンス スクール ジャーナル(Science School Journal)」に寄稿したりして、将来「SF(空想科学小説)の父」と呼ばれるようになる基礎を同学校に置いて築いたのである。


科学師範学校を卒業した後、彼は当初教員を目指すものの、教育界が非常に保守的な体質であること、また、当時肺を患っていたこと等が原因で、教員への道が閉ざされたため、ジャーナリストとなり、文筆活動へと進むことになった。そして、彼は1890年代から1900年代にかけて、


(1)「タイムマシン(The Time Machine)」(1896年)

(2)「モロー博士の島」(1896年)

(3)「透明人間(The Invisible Man)」(1897年)

(4)「宇宙戦争(The War of the Worlds)」(1898年)

(5)「月世界旅行(The First Man in the Moon)」(1901年)


等、科学師範学校時代に得た科学知識に裏打ちされた SF 小説を次々と発表して、成功を納めた。これらの作品群は、現在においても、非常に有名なものばかりで、今も映像化されたりして、後世に大きな影響を与えている。


2021年8月21日土曜日

フレッド・トーマス・セイバーヘーゲン作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 吸血鬼を呼び出す降霊術の会」(The further adventures of Sherlock Holmes / Seance for a Vampire by Fred Thomas Saberhagen) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2010年に出版された
フレッド・トーマス・セイバーヘーゲン作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 吸血鬼を呼び出す降霊術の会」の裏表紙

依頼人であるアムブローズ・アルタモン氏(Mr. Ambrose Altamont)が住むバッキンガムシャー州(Buckinghamshire)アムバリー(Amberley)のノーバートンハウス(Norberton House)に到着したシャーロック・ホームズは、早速、ボート事故で亡くなった彼の長女ルイーザ・アルタモン(Louisa Altamont)の婚約者である米国人ジャーナリストのマーティン・アームストロング(Martin Armstrong)に、転覆したボートの保管場所への案内を請うた。

ホームズがボートを詳細に調べたところ、ボートの舳先に何かの引っ掻き傷があることが判った。ボートが転覆した際にできた傷なのだろうか?ちょうどそこへ、アルタモン氏の次女レベッカ・アルタモン(Rebecca Altamont)が通りかかった。レベッカの説明によると、事故の際、ボートの下からまるで海の海獣に強烈な力で突き上げられたような衝撃があったと言う。マーティン・アームストロングと同様に、ボートが急に転覆するまでは、何も異常なことはなかったということで一致していた。


ホームズ達が屋敷に戻ると、夕食が始まり、亡くなったルイーザ・アルタモンを呼び出す降霊術の会は、今夜行うことに決まった。そして、予定の午後11時が近づくと、降霊術の会が行われる図書室には、アムブローズとマデリーン(Madeline)のアルタモン夫妻、レベッカ、マーティン、降霊術師のサラとエイブラハムのキーカルディー姉弟(Sarah Kirkaldy / Abraham Kirkaldy)、そして、ホームズとジョン・H・ワトスンの8人が集まり、降霊術の会が始まったのである。


降霊術の会が進むと、彼らの前に白い人影が現れ、やがてルイーザの姿となる。

どのようにしてイカサマが行われているのかを探ろうとするワトスンがエイブラハム・キーカルディーの方をみると、彼の様子がどうもおかしい。降霊術師の姉弟の予定にないことが起きているのか、それとも、彼らが全く関知していないことが起きているようだった。

驚くアルタモン夫妻と会話を交わした後、ルイーザは「盗まれたものは返却しなければならない。(What was stolen should be return.)」という謎の言葉を残して、姿を消す。皆がフランス窓を開けて外のテラスへ出てみると、そこにルイーザが立っていた。

エイブラハム・キーカルディーが、姿の見えない誰かに頭部を殴られたように、突然、テラスに倒れ伏す。ルイーザが彼に近寄って彼にキスをしたように見えたが、彼女の口元は彼の血で真っ赤だった。なんと、彼女は、吸血鬼として、死の淵から蘇ったのである。

何が起きているのか全く判らずに騒ぐ他の人達を鎮めようとしていたホームズであったが、彼も姿の見えない何かに捕まえられ、突然、空中へと連れ攫われてしまった。それとともに、ルイーザも、再度、姿を消してしまう。

後には、何もできないまま、とり残されて、驚愕するワトスン達であった。


事件現場には、地元の警察だけではなく、ホームズとワトスンの知り合いであるスコットランドヤードのメルヴェール警部(Inspector Mervale)もかけつける。メルヴェール警部は、部下達を指揮して、ホームズの行方を捜索す流が、大きな進展はなかった。

メルヴェール警部に経緯を説明した後、ワトスンは、一旦、ロンドンへ一人で戻ることにする。ワトスンには、ある考えがあった。ホームズの従兄弟であるドラキュラ伯爵(Count Dracula)に対して、助けを求めようとしていたのだ。


2021年8月15日日曜日

コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」<小説版>(The Sussex Vampire by Conan Doyle ) - その1

「ストランドマガジン」の1924年1月号 に掲載された
コナン・ドイル作「サセックスの吸血鬼」の挿絵(その1)
<ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年 - 1952年)によるイラスト> -
モリスン、モリスン&ドッド法律事務所経由、
ロバート・ファーガスンから調査の依頼を受けたシャーロック・ホームズ(画面左側)が、
自分の資料を用いて、吸血鬼のことを調べている場面が描かれている。
画面右側の人物は、ワトスン。

米国の作家であるリチャード・ルイス・ボイヤー(Richard Lewis Boyer:1943年ー2021年)が1976年に発表した「スマトラ島の巨大ネズミ(The Giant Rat of Sumatra → 2021年7月14日 / 7月18日 / 7月25日付ブログで紹介済)」は、元々、シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が発表した短編小説「サセックスの吸血鬼(The Sussex Vampire)」において言及されている「語られざる事件」をベースにしている。


「サセックスの吸血鬼」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、48番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1924年1月号に、また、米国でも、「ハーツ インターナショナル(Heart’s International)」の1924年1月号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録された。


「語られざる事件」である「スマトラ島の大ネズミ」事件こと、「マチルダブリッグス号(Matilda Briggs)」事件は、「サセックスの吸血鬼」の冒頭で語られている。


Holmes had read carefully a note which the last post had brought him. Then, with the dry chuckle which was his nearest approach to a laugh, he tossed it over to me.

‘For a mixture of the modern and the medieval, of the practical and of the wildly fanciful, I think this is surely the limit,’ said he. ‘What do you make of it, Watson?’

I read as follows:


46 Old Jewry, November 19th


Re Vampires

SIR - Our client, Mr Robert Ferguson, of Ferguson and Muirhead, tea brokers, of Mincing Lane, has made some enquiry from us in a communication of even date concerning vampires. As our firm specialises entirely upon the assessment of machinery the matter hardly comes within our purview, and we have therefore recommended Mr Ferguson to call upon you and lay the matter before you. We have not forgotten your successful action in the case of Matilda Briggs.

We are, sir, faithfully yours,


MORRISON, MORRISON & DODD

per E.J.C.


‘Matilda Briggs was not the name of a young woman, Watson,’ said Holmes, in a reminiscent voice. ‘It was a ship which is associated with the giant rat of Sumatra, a story for which the world is not yet prepared. …’ 


ホームズは、先程の郵便で届いた手紙に入念に目を通した。それから。ホームズは、彼の中では最も笑い声に近い乾いた含み笑いをして、私にその手紙を投げて寄越したのである。

「現代と中世の混合、現実と全くの空想の混合、これは、正にその極致だね。」と、彼は言った。「ワトスン、君はどう思うかい?」

その手紙には、次のようなことが書かれていた。


オールドジュー通り46番地

11月19日


吸血鬼の件


拝啓

弊法律事務所の顧客で、ミンシングレーンの紅茶仲買商であるファーガスン&ミューアヘッド社のロバート・ファーガスン氏が、本日の手紙で、私どもに対して、吸血鬼に関する調査の依頼をされました。私どもは、機械設備 / 装置の評価を専門にしており、生憎と、本件は、私どもの業務範疇に入っておりません。従って、私どもは、ファーガスン氏に、貴殿を訪問して、本件を依頼するよう、推薦致しました。私どもは、マチルダ・ブリッグスの件で、貴殿が活躍されたことをよく覚えております。

敬具


モリスン、モリスン&ドッド法律事務所

E・J・Cより


「ワトスン、マチルダ・ブリッグスと言うのは、若い女性の名前じゃない。」と、ホームズは、昔を思い出すように言った。「スマトラ島の大ネズミ事件に関連した船の名前なんだ。この事件の話を世間に公表するには、まだ機が熟していないがね。」 


2021年8月14日土曜日

フレッド・トーマス・セイバーヘーゲン作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 吸血鬼を呼び出す降霊術の会」(The further adventures of Sherlock Holmes / Seance for a Vampire by Fred Thomas Saberhagen) - その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2010年に出版された
フレッド・トーマス・セイバーヘーゲン作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 吸血鬼を呼び出す降霊術の会」の表紙

作者のフレッド・トーマス・セイバーヘーゲン(Fred Thomas Saberhagen:1930年ー2007年)は、米国イリノイ州シカゴ出身の SF 作家 / ファンタジー作家で、人類と自律機械の戦いを描いた「ベーサーカー(Berserker)」シリーズが、彼の代表作となっている。彼は、また、ドラキュラ(Dracula)等の吸血鬼を主人公としたシリーズも執筆している。

なお、本作品「吸血鬼を呼び出す降霊術の会(Seance for a Vampire)」は、1994年に発表されている。


1903年7月初旬の蒸した日であった。ワトスン夫人は、親類を訪ねるために、ロンドンを離れていた。その期間を利用して、ジョン・H・ワトスンは、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズの元を訪れていた。


ワトスンが朝食を食べに階下へ降りて来ると、ホームズが、ワトスンに対して、「バッキンガムシャー州(Buckinghamshire)アムバリー(Amberley)のノーバートンハウス(Norberton House)に住むアムブローズ・アルタモン氏(Mr. Ambrose Altamont)が、相談のために、これからやって来るところだ。」と告げる。

訪問者の名前を聞いたワトスンは、先月(6月)20日に発生した事故のことを思い出す。アムブローズ・アルタモン氏の長女ルイーザ・アルタモン(Louisa Altamont)、次女レベッカ・アルタモン(Rebecca Altamont)とルイーザの婚約者である米国人ジャーナリストのマーティン・アームストロング(Martin Armstrong)の3人がボート遊びをしていた際、ボートが転覆し、レベッカとマーティンの2人は無事だったが、ルイーザだけが溺れ死んでしまったのである。


約束の時間キッカリにやって来たアムブローズ・アルタモンは、早速用件に入った。彼によると、長女のルイーザが亡くなってから、まだ2週間程しか立っていないが、既に数多くの詐欺師 / ペテン師がアルタモン家に群がって来ている、とのこと。その中には、降霊術で亡くなったルイーザを呼び出して、妻のマデリーン・アルタモン(Madeline Altamont)に会わせたサラ・キーカルディー(Sarah Kirkaldy)とエイブラハム・キーカルディー(Abraham Kirkaldy)の姉弟も含まれていた。アムブローズ・アルタモンは、ホームズに対して、キーカルディー姉弟が行う降霊術のいかさまを暴いてほしいと依頼するのだった。

アムブローズ・アルタモンからの依頼を受諾したホームズは、1週間後、ワトスン、そして、マーティン・アームストロングの2人を伴って、ヴィクトリア駅(Victoria Station)からバッキンガムシャー州アムバリーへと向かった。


現地の駅に到着したホームズ達は、アムブローズ・アルタモン一家が住むノーバートンハウスへと向かう途中、ルイーザ・アルタモン達が乗っていたボートが転覆した現場に立ち寄った。

ホームズが調べたところ、現場の川底はそれ程深くなく、また、川の流れもそれ程早くなかった。マーティン・アームストロングの説明によると、事故発生当時、オールを漕いでいた彼を含め、3人ともボートに座った状態で、誰も立ち上がっていなかった。また、誰もボートの片側に大きく身体を傾けるようなこともしておらず、ボートが不安定な状態だった訳でもなかった。

それにもかかわらず、彼によると、ボートが突然大きく揺れ出して、転覆したと言う。その上、川の流れはそれ程早くもないにもかかわらず、ルイーザ・アルタモンの遺体は、転覆現場から1マイルも川下で見つかったのである。

今のところ、ホームズにとっても、ボート転覆の原因は、ハッキリとしなかった。


2021年8月9日月曜日

ガイ・アダムス作「シャーロック・ホームズ / モロー博士の軍団」(Sherlock Holmes / The Army of Dr. Moreau) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2012年に出版された
ガイ・アダムス作「シャーロック・ホームズ / モロー博士の軍団」の表紙
Cover Design : Amazing15.com


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)

作者のガイ・アダムス(Guy Adams:1976年ー)は、英国の作家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells:1866年-1946年 → 2020年2月10日 / 2月22日付ブログで紹介済)が1896年に発表した「モロー博士の島(The Island of Dr. Moreau)」を物語の初めに設定として置いて、うまく物語をスタートさせている。同じ原作者であっても、「宇宙戦争(The War of the World)」(1898年)をシャーロック・ホームズとリンクさせるのは、正直ベース、やや荒唐無稽過ぎるが、「モロー博士の島」であれば、ドラキュラ伯爵(Count Dracula)やジキル博士 / ハイド氏(Mr. Jekyll and Mr. Hyde)等と同様に、許容範囲内におさまっていると思う。


(2)物語の展開について ☆☆☆(3.0)

マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)がシャーロック・ホームズやジョン・H・ワトスンに対して「モロー博士の島」の話を語る物語の冒頭から、物語の最後まで、個人的には、割合と面白く読めた。ホームズとワトスンの他に、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)による「失われた世界(The Lost World)」(1912年)に登場したチャレンジャー教授(Professor Challenger)達も物語の主要人物として加わっているものの、今一つ大きな活躍の場を与えられておらず、少し可哀相であった。また、物語の終盤、ホームズ、ワトスンやチャレンジャー教授達が獣人達と闘いを繰り広げるが、ややあっさりとしている気がする。そう言った意味では、物語全般、特に、終盤について、ストーリーを練り直したり、もう少しストーリーを膨らませる等の習性が必要かと考える。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆☆(3.0)

物語の終盤、ホームズは獣人達の一手二手先を読んだ策を張りめぐらす等、ホームズやワトスン達はそれなりに活躍してはいるが、物語の性格上、冒険活劇の要素だけが強いまま、物語が終わってしまった感が強い。ホームズ作品であれば、個人的には、推理小説の要素も多分に入れてほしかった。ホームズが登場しさえすれば良いという訳ではないと思う。


(4)総合評価 ☆☆☆(3.0)

ガイ・アダムス作「シャーロック・ホームズ / 神の息吹(Sherlock Holmes / The Breath of God)」(2011年)に比べると、同作「シャーロック・ホームズ / モロー博士の軍団(Sherlock Holmes / The Army of Dr. Moreau)」(2012年)の方が遥かに楽しめたが、「船頭多くして船山に登る」ではないものの、登場人物をもう少し整理して、ストーリーを練り直す必要があるものと考える。チャレンジャー教授のような重要なキャラクターを出すのであれば、それなりに活躍の場を与えないと、物語に広がりが出てこない。また、ホームズ作品であるので、冒険活劇のままで終わらせないで、ある程度、推理小説の要素も入れた上で、ストーリーを進めてほしかった。



2021年8月7日土曜日

コナン・ドイル作「三破風館」<英国 TV ドラマ版>(The Three Gables by Conan Doyle ) - その2

「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1926年10月号 に掲載された
コナン・ドイル作「三破風館」の挿絵
<ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年ー1952年)によるイラスト> -
ワトスンと一緒に、メイバリー夫人の話を聞いていたホームズは急に立ち上がると、
ドアの外で立ち聞きしていたメイドのスーザンを素手で捕まえて、室内へ引き入れる場面

サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「三破風館(The Three Gables)」は、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化された。具体的には、第6シリーズ(The Memoirs of Sherlock Holmes)の第1エピソード(通算では第36話)として、英国では、1994年3月7日に放送されている。


TV ドラマ版のストーリーは、概ね、コナン・ドイルによる原作と同様であるが、以下のような相違点がある。


(1)

小説版の場合、ジョン・H・ワトスンが、数日振りにベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズの元を訪れたところ、朝から珍しく機嫌のよいホームズが、ワトスンに対して、現在自分のところに来ている依頼のことを話そうとした際、大柄で、黒人のボクサーであるスティーヴ・ディクシー(Steve Dixie)が、ホームズの元へいきなり押しかけて来るという場面で、「三破風館」の幕が開ける。

TV ドラマ版の場合、バーニー・ストックデイル(Burney Stickdale)経由、イサドラ・クライン(Isadora Klein)の指示を受けて、スティーヴ・ディクシー達が、ダグラス・メイバリー(Douglas Maberley)をイサドラ・クラインの屋敷から外へ連れ出すと、路上で殴る蹴るの暴行を加える場面から、物語が始まる。その際、ダグラス・メイバリーのモノローグとして、彼が執筆した小説の中の重要なセリフである「正に、この瞬間、愛が死に絶えて、憎悪が生まれたのだった。(It was at that moment that love died and hate was born.)」が語られる。その後、小説版と同じ場面へと繋がっていく。


(2)

物語の冒頭、ベーカーストリート221Bにいきなり現れたボクサーのスティーヴが、ホームズに対して脅しをかけた際、小説版の場合、ワトスンは既にその場に同席していたが、TV ドラマ版の場合、ワトスンがホームズの元を訪ねたところ、スティーヴがホームズを窓から突き落とそうとしている現場に遭遇するという流れに変更されている。


(3)

物語の冒頭、ベーカーストリート221Bにいきなり現れて、脅しをかけてきたスティーヴに対して、ホームズが人種差別的な発言をする描写が、小説版にはある。当然のことながら、TV ドラマ版の場合、スティーヴに対してホームズが発する人種差別的な発言は全てカットされ、ホームズはスティーヴに対して紳士的な対応をしている。

また、小説版の場合、スティーヴは、親分であるバーニー・ストックデイルの言いなりになっている軽薄な人物として描かれているが、TV ドラマ版のスティーヴは、それなりに頭が良い人物として描かれており、どちらかと言うと、仕事と割り切って、ストックデイルに従っているように見受けられる。


(4)

小説版の場合、ハローウィールド(Harrow Weald)の「三破風館(The Three Gables)」に住む年配のメアリー・メイバリー(Mary Maberley)は、夫のモーティマー(Mortimer Maberley)を既に亡くしている上に、1ヶ月程前に、息子のダグラスが、肺炎のため、ローマで世を去っていた。

TV ドラマ版の場合、ダグラスは、メイバリー夫人の息子ではなく、孫という設定に変更されている。ダグラスの両親(メイバリー夫人の息子が父親)は、ダグラスが2歳の時に、スノードニア(Snowdonia)の登山中、事故死しており、それ以降、メイバリー夫人が、親代わりに、ダグラスを育てている。


(5)

小説版の場合、ダグラス・メイバリーは、肺炎のため、大使館員として赴任していたローマで死去していた。

TV ドラマ版の場合、ダグラスは、小説版と同様に、大使館員としてローマに赴任していたが、亡くなった場所は、ローマから戻って来た後、実家の三破風館である。また、スティーヴ達から受けた暴行が、ダグラスの肺炎を引き起こした要因であるという設定が付け加えられている。


(6)

小説版の場合、理由は特に明記されていないものの、ダグラス・メイバリーは、ホームズを含めたロンドン中が知っている有名な人物として述べられている。

TV ドラマ版の場合、それでは不十分と考えたのか、ワトスンに「He plays rugby for my old club Blackheath.」と言わせ、ダグラスがラグビー選手として有名だったという設定にしている。


(7)

小説版の場合、メイバリー夫人に対して、三破風館を高く買い取りたいという申し出をしてきた競売人 / 査定士(Auctioneer / Valuer)であるヘインズ・ジョンスン(Haines-Johnson)について、バーニー・ストックデイルが送った手先という程度の言及しか為されていないが、TV ドラマ版の場合、イサドラ・クラインに仕える Miguel という人物が、ヘインズ・ジョンスンに扮して、メイバリー夫人に接触している。


(8)

小説版の場合、ホームズとワトスンの二人がメイバリー夫人の話を聞いていたが、ホームズは急に立ち上がると、ドアの外で立ち聞きしていたメイドのスーザン(Susan:バーニー・ストックデイルの手先)を素手で捕まえて、室内へ引き入れるが、TV ドラマ版の場合、ホームズは、素手ではなく、杖を使用している。


(9)

小説版の場合、親分のバーニー・ストックデイルが逮捕されているような記述はないが、TV ドラマ版の場合、彼は、現在、刑務所で服役中という設定になっている。


(10)

小説版の場合、メイバリー夫人の話を聞いたホームズは、更に情報を得るべく、「世間の醜聞全般についての生き字引」と呼ばれるラングデイル・パイク(Langdale Pike → 2021年7月17日付ブログで紹介済)を、彼がメンバーとなっているセントジェイムズストリート(St. James’s Street → 2021年7月24日付ブログで紹介済)にあるクラブに訪ねている。TV ドラマ版の場合、ラングデイル・パイクは、ホームズの大学時代の友人という設定が付け加えられている。

また、小説版の場合、ラングデイル・パイクがメンバーになっているクラブは、セントジェイムズストリート沿いにあると述べられているが、TV ドラマ版の場合、彼のクラブの表側、もしくは、裏側が公園に面しており、セントジェイムズストリートの西側にあるグリーンパーク(Green Park)だとすると、クラブ自体の建物があまりにも巨大になってしまうので、小説版の設定とは異なると言える。

小説版の場合、ラングデイル・パイクに会いに出かけたのは、ホームズ一人のみだったこともあり、彼について、記述者であるワトスンによる簡単な言及程度しかない。

一方、TV ドラマ版の場合、ラングデイル・パイクの出番は、結構多く、情報収集のため、ホームズが彼をクラブに訪ねる場面、ホームズと一緒に、イサドラ・クラインが主催するパーティー(仮面舞踏会)に出席する場面、更に、物語の最後、クラブの窓越しに、建物内に居るラングデイル・パイクと外の公園に居るホームズの二人が、事件を回想する場面等に登場している。


(11)

小説版の場合、ラングデイル・パイクと会ったホームズが次の行動を起こす前に、三破風館に強盗達が侵入して、メイバリー夫人が襲われる。ホームズから「弁護士のスートロ氏(Mr. Sutro)に屋敷に泊まってもらった方が良い。」と言われたにもかかわらず、メイバリー夫人はそうしないで、強盗達が三破風館に侵入した際、屋敷内に居たのは、メイバリー夫人とスーザンではないもう一人のメイドだけだった。

TV ドラマ版の場合、ワトスンが寝ずの番を志願するが、三破風館に侵入したスティーヴ達を追った際、スティーヴとの格闘(ボクシング)となり、スティーヴにこてんぱんにされて、怪我を負ってしまう。


(12)

小説版の場合、三破風館に強盗達が侵入した際、屋敷内に居たのは、メイバリー夫人とスーザンではないもう一人のメイドで、彼女の名前は、メイバリー夫人と同じメアリー(Mary)だった。

TV ドラマ版の場合、それでは紛らわしいと考えたのか、もう一人のメイドの名前をドーラ(Dora)に変更している。


(13)

小説版の場合、三破風館に侵入した強盗達は、ダグラスがローマから送ってきた荷物を持ち去ってしまった。その際、強盗達がメイバリー夫人と揉み合った拍子に、小説の最後の1ページと思われるものを、彼らは落としており、これを読んだホームズは、事件の内容を全て理解したという流れになっている。

ところが、TV ドラマ版の場合、ダグラスは、赴任先のローマから戻り、三破風館で小説の執筆中に、暴行を受けた怪我が要因となった肺炎で亡くなっている。そのため、メイバリー夫人は、孫であるダグラスが残した小説の内容を既に読んでおり、ホームズに対して、事件を依頼する前から、何故、三破風館が狙われているのかを判っていたことになっている。


ストランドマガジン」の1926年10月号 に掲載された
コナン・ドイル作「三破風館」の挿絵
<ハワード・ケッピー・エルコック(Howard Keppie Elcock:1886年ー1952年)によるイラスト> -
ワトスンと一緒に、グローヴナースクエアにあるイサドラ・クラインの屋敷を訪れたホームズであったが、
事件のことについて、白を切り通す彼女に対して、「それならば、警察へ行く!」と言って、
その場を立ち去ろうとする場面

(14)

小説版の場合、事件の決着をつけるべく、ホームズは、グローヴナースクエア(Grosvenor Square → 2015年2月22日付ブログで紹介済)に住むイサドラ・クラインの屋敷を訪れるが、その際、ワトスンも同行して、イサドラ・クラインに会っている。

ところが、TV ドラマ版の場合、ワトスンは、イサドラ・クラインの屋敷の前までは同行するものの、屋敷内へ入って、イサドラ・クラインと対決するのは、ホームズ一人のみという流れに変更されている。ホームズがイサドラ・クラインの屋敷内に入る際、外で待つワトスンのモノローグとして、「Just remeber, Holmes, the female can be more deadly than the male.」というセリフが流れるが、これは、「ボヘミアの醜聞(A Scandal in Bohemia)」に登場するアイリーン・アドラー(Irene Adler)を念頭に置いていると思われる。


(15)

小説版の場合、イサドラ・クラインと対決したホームズは、メイバリー夫人が世界一周旅行をできる費用に十分な5千ポンドの小切手を、イサドラ・クラインが発行することで、事件を口外しないまま、穏便に決着させている。

TV ドラマ版の場合も、物語の決着の仕方としては、小説版と同様ではあるが、更に、ホームズは、イサドラ・クラインに対して、身の振り方について、厳しく律しており、その結果、彼女は、英国を去り、母国のスペインへ帰国したことが、物語の最後に語られる。実際、ホームズは、イサドラ・クラインと対決した際、彼女に対して、「You are the bastard child of a gypsy in Andalusia.」というかなり侮辱的な発言もしている。ある意味、これも、人種差別的な発言に近いのではないか、と思ってしまう。


2021年8月1日日曜日

コナン・ドイル作「三破風館」<英国 TV ドラマ版>(The Three Gables by Conan Doyle ) - その1

英国のグラナダテレビから出ている
「シャーロック・ホームズの冒険」(下巻)の内表紙 -
画面右手前には、ジェレミー・ブレットが演じるホームズが、
また、画面左手奥には、
ダグラス・メイバリー(演:Gary Cady)と
メアリー・メイバリー(演:Mary Ellis)が載っている。
なお、コナン・ドイルの原作において、彼らは親子となっているが、
TV ドラマ版では、ダグラスは、メアリー・メイバリーの孫という設定に
変更されている。


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「三破風館(The Three Gables)」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、51番目に発表された作品で、米国では、「リバティー(Liberty)」の1926年9月18日号に、また、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1926年10月号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録された。


本作品は、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化された。具体的には、第6シリーズ(The Memoirs of Sherlock Holmes)の第1エピソード(通算では第36話)として、英国では、1994年3月7日に放送されている。


配役は、以下の通り。


(1)シャーロック・ホームズ → ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett:1933年ー1995年)

(2)ジョン・H・ワトスン → エドワード・ハードウィック(Edward Hardwicke:1932年ー2011年)

(3)ハドスン夫人(Mrs. Hudson) → Rosalie Williams


(4)イサドラ・クライン(Isadora Klein:スペイン出身で、ドイツ砂糖王の未亡人) → Claudine Auger

(5)ダグラス・メイバリー(Douglas Maberley:イサドラ・クラインの元恋人) → Gary Cady

(6)ローモンド公爵(Duke of Lomond:イサドラ・クラインの婚約者) → Benjamin Pullen

(7)ローモンド公爵の母親(Dowager Duchess) → Caroline Blakiston

(8)メアリー・メイバリー(Mary Maberley:本事件の依頼人) → Mary Ellis

(9)ラングデイル・パイク(Langdale Pike:ゴシップ屋) → Peter Wyngarde

(10)ヘインズ・ジョンスン(Haines-Johnson:競売人 / 査定士) → John Gill

(11)スティーヴ・ディクシー(Steve Dixie:ボクサー) → Steve Toussaint

(12)スーザン(Susan:メアリー・メイバリーのメイドであるが、実際には、バーニー・ストックデイル(Barney Stockdale)の手先) → Barbara Young

(13)スートロ氏(Mr. Sutro:メアリー・メイバリーの弁護士) → John Gill

(14)ドーラ(Dora:メアリー・メイバリーのもう一人のメイド) → Emma Hardwicke


TV ドラマ版のストーリーは、概ね、コナン・ドイルによる原作と同様であるが、細かい点で、いろいろと相違点があるので、次回の分で紹介したい。