2021年3月31日水曜日

メアリー・シェリー作「フランケンシュタイン、或いは、現代のプロメテウス」<グラフィックノベル版>(Frankenstein; or, the Modern Prometheus. by Mary Shelley

米国の出版社である Dover Publications, Inc. から
「Dover Graphic Novel Classics」シリーズの一つとして、
2014年に刊行されているグラフィックノベル版「フランケンシュタイン」の表紙


英国の小説家メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley:1797年ー1851年)が執筆し、フランケンシュタインの怪物が登場する「フランケンシュタイン、或いは、現代のプロメテウス(Frankenstein; or, the Modern Prometheus. → 2021年3月24日付ブログで紹介済)」(1818年)のグラフィックノベル版が、米国の出版社である Dover Publications, Inc. から、「Dover Graphic Novel Classics」シリーズの一つとして、2014年に刊行されている。なお、オリジナル版は、2010年に出版されている。


本グラフィックノベル版のイラストレーターは、ロンドンをベースとするジョン・グリーン(John Green)で、1983年以降、様々なグラフィックノベルを手掛けている。「Dover Graphic Novel Classics」シリーズにおいて、彼は、「フランケンシュタイン」以外に、アイルランド人の小説家であるブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1912年)が執筆したゴシック小説 / ホラー小説「吸血鬼ドラキュラ(Draculaー2017年12月24日付ブログと同年12月26日付ブログで紹介済)」(1897年)やサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)によるシャーロック・ホームズシリーズ長編第3作目に該る「バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskervilles)」(1901年ー1902年)等のグラフィックノベルも担当している。

米国の出版社である Dover Publications, Inc. から
「Dover Graphic Novel Classics」シリーズの一つとして、
2014年に刊行されているグラフィックノベル版「フランケンシュタイン」の裏表紙

本グラフィックノベル版は、メアリー・シェリーによる原作通り、英国人で、北極探検隊の隊長であるロバート・ウォルトン(Robert Walton)が乗る北極探検船が北極点へと向かう途中、北極海において、衰弱した男性を発見して、その男性を救助するところから始まる。救助された男性の名前は、ヴィクター・フランケンシュタイン(Victor Frankenstein)で、船室において目覚めた彼は、ロバート・ウォルトンに対して、自身の恐るべき体験談を語り始めるのであった。


厳密に言うと、メアリー・シェリーによる原作では、ヴィクター・フランケンシュタインは、スイスの名家出身である父母(Alphonse and Caroline Frankenstein)の下、ナポリに出生した後、両親、弟のウィリアム(William)、養女のエリザベス(Elizabeth → 後に、彼の妻となる)、そして、親友のヘンリー・クラーヴァル(Henry Clerval)に囲まれ、スイスのジュネーヴにおいて、幸せな幼少期 / 少年期を過ごすが、本グラフィックノベル版では、彼は、ナポリではなく、ジュネーヴで生まれ、そのまま、そこで幼少期 / 少年期を過ごす形に簡略化されている。


本グラフィックノベル版の対象年齢は8歳上の子供向けではあるが、46ページの中に、メアリー・シェリーによる原作の内容が、手堅くまとめられている。


本小説の場合、映画による影響があまりにも強いため、ホラー小説的な扱いを受けることが多分にあるものの、実際のところ、ヴィクター・フランケンシュタインが想像したのは、孤独の中、自己の存在に悩む怪物で、自分の醜さゆえに、子供が川で溺れかけているのを救ったにもかかわらず、人間達から忌み嫌われた上に、迫害を受ける。怪物は、自分の創造主であるヴィクター・フランケンシュタインに対して、自分の伴侶となり得る異性の怪物を一人造るよう、強く要求するが、最終的には、創造主にも裏切られ、大きな絶望を味わう。その結果、怪物は、自分の創造主であるヴィクター・フランケンシュタインに対する復讐のため、弟のウィリアム、親友のヘンリー・クラーヴァル、そして、妻のエリザベスと、創造主の大切な人間を次々と殺害していく。そういったフランケンシュタインの怪物の悲哀についても、本グラフィックノベル版では、しっかりと描かれている。


本グラフィックノベル版の場合、カラー版ではなく、白黒版であるものの、メアリー・シェリーによる原作の内容を考慮すると、色彩が付くよりも、白黒版のままの方が、よりしっくりくるように思える。


2021年3月28日日曜日

アガサ・クリスティー作「死との約束」<英国 TV ドラマ版>(Appointment with Death by Agatha Christie

第61話「死との約束」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 7 の表紙


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「死との約束(Appointment with Death → 2021年3月13ひ

付ブログで紹介済)」(1938年)の TV ドラマ版が、英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Poirot」の第61話(第11シリーズ)として、2009年12月25日に放送されている。英国の俳優であるサー・デイヴィッド・スーシェ(Sir David Suchet:1946年ー)が、名探偵エルキュール・ポワロを演じている。ちなみに、日本における最初の放送日は、2010年9月16日である。


「死との約束」が収録されている
ITV 社制作「Agatha Christie's Poirot」の DVD 版の裏表紙

アガサ・クリスティーによる原作では、エルサレム(Jersalem)にあるキングソロモンホテル(King Solomon Hotel)とヨルダン(Jordan)の古都ペトラ(Petra)にある遺跡が、物語の舞台となっている。英国 TV ドラマ版では、シリア(Syria)にあるホテルコンスタンティン(Hotel Constantine)と遺跡発掘現場が、物語の舞台に変更されている。


英国 TV ドラマ版における主な登場人物(エルキュール・ポワロとカーバリー大佐(Colonel Carbury)を除く)は、以下の通り。


(1)グレヴィル・ボイントン卿(Lord Greville Boynton)

(2)セオドラ・ボイントン卿夫人(Lady Theodora Boynton)

(3)レオナルド・ボイントン(Leonard Boynton): ボイントン卿の長男

(4)レイモンド・ボイントン(Raymond Boynton): ボイントン卿夫人の(義理の)次男

(5)キャロル・ボイントン(Carol Boynton): ボイントン卿夫人の(義理の)長女

(6)ジネヴラ・ボイントン(Ginevra Boynton): ボイントン卿夫人の(義理の)次女

(7)ジェファーソン・コープ(Jefferson Cope): ボイントン卿夫人の養子だった人物

(8)サラ・キング(Sarah King): 女医

(9)テオドール・ジェラール(Theodore Gerard): 麻酔科医

(10)セリア・ウエストホルム(Dame Celia Westholme): 紀行作家

(11)シスター アグニエスカ(Sister Agnieszka): 修道女

(12)ナニー テイラー(Nanny Taylor): 保母


(1)ボイントン卿は、英国 TV ドラマ版用のキャラクターで、アガサ・クリスティーの原作には登場しない。彼は、シリアにおいて、遺跡の発掘調査を行っている。

(2)ボイントン卿夫人は、英国 TV ドラマ版において、ボイントン卿の後妻で、米国で上場している大企業を経営しており、夫であるボイントン卿の遺跡発掘調査に多額の資金を援助している。夫との間に子供ができなかった彼女は、レイモンド、キャロルやジネヴラを養子としたものの、彼らの幼少期から、ナニー テイラーと一緒になって、虐待を繰り返していた。

(3)レオナルド・ボイントンは、ボイントン卿の先妻の子で、ボイントン卿夫人の実子ではない。通常は、ドーセット州(Dorset)に所在する屋敷の管理をしているが、今回、父親であるボイントン卿の遺跡発掘調査を手伝っている。アガサ・クリスティーの原作では、レノックス・ボイントン(Lennox Boynton)となっているが、英国 TV ドラマ版では、名前が変更されている。また、原作では、結婚しているが、英国 TV ドラマ版では、結婚しておらず、そのため、原作のネイディーン・ボイントン(Nadine Boynton)は、登場しない。

(6)ジネヴラ・ボイントンは、アガサ・クリスティーの原作では、ボイントン夫人の実子であるが、英国 TV ドラマ版では、ボイントン卿夫人の養子の上、彼女から虐待を受けていた設定に変更されている。

(7)ジェファーソン・コープは、アガサ・クリスティーの原作では、ネイディーン・ボイントンの友人である米国人という設定であったが、英国 TV ドラマ版では、ネイディーン・ボイントンが登場しないため、別の役割が与えられ、ボイントン卿夫人の養子だった過去があり、彼も彼女から虐待を受けていたことから、彼女へ復讐すべく、経済的な損害を与える計画をしている。

(9)テオドール・ジェラールは、アガサ・クリスティーの原作では、フランス人の精神科医という設定であったが、英国 TV ドラマ版では、スコットランド出身の麻酔科医という設定に変更されている。

(10)セリア・ウエストホルムは、アガサ・クリスティーの原作では、ウエストホルム卿夫人(Lady Westholme)という英国下院議員という設定であったが、英国 TV ドラマ版では、紀行作家という設定に変更されている。

(11)シスター アグニエスカは、英国 TV ドラマ版用のキャラクターで、実は、中東において、白人女性の人身売買を生業とする裏の顔を有している。

(12)ナニー テイラー(Nanny Taylor)も、英国 TV ドラマ版用のキャラクターであるが、アガサ・クリスティーの原作における保母のアマベル・ピアス(Amabel Pierce)に相当するものと思われる。ただし、英国 TV ドラマ版では、ボイントン卿夫人と一緒になって、彼女の養子であるレイモンド、キャロルやジネヴラ達を虐待していた過去がある設定となっている。


カーバリー大佐は、アガサ・クリスティーの原作では、現地の警察署長という設定であるが、英国 TV ドラマ版では、中東における白人女性の人身売買組織を捜査および壊滅するために、現地へとやって来ている。


また、ボイントン卿夫人を殺害する犯人は、アガサ・クリスティーの原作通りであるが、殺害動機については、自分の過去(犯罪歴)がボイントン夫人によって暴露されることを防ぐためという原作とは異なり、英国 TV ドラマ版では、物語性を強めるためか、ボイントン卿夫人やナニー テイラーによって虐待されていた実子を守るための復讐という内容へと大きく変更されている。それもあって、犯人には、もう一人の親である人物が、共犯者として加わっているが、これも、アガサ・クリスティーの原作とは、大きく異なる点である。


BBC 制作「シャーロック」において、
シャーロック・ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズを演じたマーク・ゲイティス(画面右端)が、
ボイントン卿の長男であるレオナルド・ボイントン役で出演してる。

「シャーロック(Sherlock)」<サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)原作のシャーロック・ホームズシリーズを翻案して、舞台をヴィクトリア朝時代のロンドンから21世紀のロンドンに置き換え、自称「コンサルタント探偵」のシャーロック・ホームズが、同居人かつ相棒であるジョン・ヘイミッシュ・ワトスンと一緒に、スマートフォンやインターネット等の最新機器を駆使して、事件を解決する様を描くTVドラマで、英国 BBC が制作の上、2010年7月から BBC1 で放映>において、シャーロック・ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)を演じている英国の俳優かつ脚本家で、小説家でもあるマーク・ゲイティス(Mark Gatis:1966年ー)が、レオナルド・ボイントンを担当している。


2021年3月24日水曜日

メアリー・シェリー作「フランケンシュタイン、或いは、現代のプロメテウス」<小説版>(Frankenstein; or, the Modern Prometheus. by Mary Shelley

東京創元社から刊行されている
メアリー・シェリー作「フランケンシュタイン」(創元推理文庫)の表紙 -
表紙のデザインは、松野光洋氏が担当 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci:1452年 - 1519年)が
1485年 - 1490年頃に描いた「ウィトルウィウス的人体図(Uomo vitruviano)」が、
デザインのベースになっていると思われる。


フランケンシュタインの怪物を創造したのは、英国の小説家メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley:1797年ー1851年)である。

彼女(当時の名前は、まだメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン)は、1813年頃、英国のロマン派詩人であるパーシー・ビッシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley:1792年ー1822年)と出会い、付き合うようになる。ただ、当時、パーシー・シェリーは妻帯者だったため、彼との恋愛について、彼女の父親であるウィリアム・ゴドウィンは大反対をし、その結果、彼女は、パーシー・シェリーと一緒に、欧州大陸へ駆け落ちをすることになる。

彼ら二人は、一旦、欧州大陸から英国に帰国するものの、パーシー・シェリーの友人で、英国のロマン派詩人である第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron, 6th Baron Byron:1788年ー1824年)に誘われて、1816年5月、バイロン卿、彼の愛人であるクレア・クレモント(Claire Clairmont:1798年ー1879年 / メアリー・シェリーの義姉妹)、パーシー・シェリーと彼女の4人は、スイス / ジュネーヴ近郊のレマン湖畔にあるディオダディ荘(Villa Diodati)に滞在した。

ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロンの肖像画の葉書
(Richard Westall
 / 1813年 / Oil on panel
914 mm x 711 mm) 


同年7月、長く降り続く雨のため、屋内に閉じ込められていた折、バイロン卿は、「皆で一つずつ怪奇譚を書こう。(We will write a ghost story.)」と、他の3人に提案した。このディオダディ荘での怪奇談議を切っ掛けに、彼女は、フランケンシュタインの怪物の着想を得て、小説の執筆に取りかかった。


メアリー・シェリーは、ディオダディ荘での怪奇談議を切っ掛けに着想を得たフランケンシュタインの怪物の話を1817年5月に脱稿し、翌年の1818年1月に匿名で出版した。このゴシック小説の正式なタイトルが、「フランケンシュタイン、或いは、現代のプロメテウス(Frankenstein; or, the Modern Prometheus.)」である。当作品の出版により、後に、彼女は SF の先駆者と見做されるようになる。

1818年3月には、夫である英国のロマン派詩人パーシー・ビッシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley:1792年ー1822年)の序文を付けて、再度、匿名で同作品を出版した。

現在、一般に流布している版は、1831年に出版された第3版(改訂版)がベースとなっている。


小説は、英国人で、北極探検隊の隊長であるロバート・ウォルトン(Robert Walton)が、彼の姉であるマーガレット(Margaret)宛に書いた手紙という形式を採っている。


ロバート・ウォルトンが乗る北極探検船が北極点へと向かう途中、北極海において、衰弱した男性を発見して、その男性を救助することになる。救助された男性の名前は、ヴィクター・フランケンシュタイン(Victor Frankenstein)で、船室において目覚めた彼は、ロバート・ウォルトンに対して、自身の恐るべき体験談を語り始めるのであった。


ヴィクター・フランケンシュタインは、スイスの名家出身である父母(Alphonse and Caroline Frankenstein)の下、ナポリに出生した。彼は、両親、弟のウィリアム(William)、養女のエリザベス(Elizabeth → 後に、彼の妻となる)、そして、親友のヘンリー・クラーヴァル(Henry Clerval)に囲まれ、スイスのジュネーヴにおいて、幸せな幼少期 / 少年期を過ごす。ある日、彼は、落雷が大樹に落ちたのを見て、科学に興味を抱き、科学者を志す。


不幸なことに、17歳の時、彼は、母親を猩紅熱(scarlet fever)により失くすが、両親の元々の勧めに従い、故郷のジュネーヴを離れて、ドイツのバイエルン地方の名門であるインゴルシュタット大学(University of Ingolstadt)において自然科学を学ぶこととなった。

自然科学を学んでいたヴィクター・フランケンシュタインであったが、ある時を境にして、生命の謎を解き明かしたいという野心に取り憑かれた。そして、彼は、その研究に打ち込んだ末に、「理想の人間」の設計図を遂に完成させた。これから行う内容が神に背く行為であることを自覚しつつも、彼は自分の計画を実行する段階へと移った。彼は、自ら墓を暴いて、計画の実行に必要な人間の死体の部位を集めると、それらを繋ぎ合わせる作業に入った。

そして、11月のある夜、彼は「理想の人間」の創造に成功した。それが、フランケンシュタインの怪物であった。


本小説の場合、映画による影響があまりにも強いため、ホラー小説的な扱いを受けることが多分にあるものの、実際のところ、ヴィクター・フランケンシュタインが想像したのは、孤独の中、自己の存在に悩む怪物で、自分の醜さゆえに、子供が川で溺れかけているのを救ったにもかかわらず、人間達から忌み嫌われた上に、迫害を受ける。怪物は、自分の創造主であるヴィクター・フランケンシュタインに対して、自分の伴侶となり得る異性の怪物を一人造るよう、強く要求するが、最終的には、創造主にも裏切られ、大きな絶望を味わう。その結果、怪物は、自分の創造主であるヴィクター・フランケンシュタインに対する復讐のため、弟のウィリアム、親友のヘンリー・クラーヴァル、そして、妻のエリザベスと、創造主の大切な人間を次々と殺害していく。憎悪に燃えるヴィクター・フランケンシュタインは、怪物の行方を追跡する。


物語の最後は、ヴィクター・フランケンシュタインにとって、また、彼が創造した怪物にとっても、悲劇的なラストであり、ホラー小説的な扱いだけでは決して終わらない深く、かつ、重い余韻を残す作品なので、是非、原作を御一読願いたい。


2021年3月21日日曜日

アガサ・クリスティー作「死との約束」<戯曲版>(Appointment with Death by Agatha Christie

2011年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「The Mousetrap and Other Plays」の表紙
(Cover Design : HarperCollinsPublishers 2011)

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1938年に発表した長編で、「エルキュール・ポワロシリーズの第16作目に該る「死との約束(Appointment with Death → 2021年3月13日付ブログで紹介済)」は、彼女の手により戯曲版となって、1945年3月31日にロンドンのピカデリー劇場(Piccadilly Theatre)において初演された。


2011年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「The Mousetrap and Other Plays」の裏表紙
(Cover Design : HarperCollinsPublishers 2011)-
「死との約束」の戯曲版も含まれている。


アガサ・クリスティーの小説版は、2部構成になっており、第1部については、ボイントン夫人が殺害されるまでが、そして、第2部においては、ボイントン夫人が殺害された後の顛末が描かれている。

彼女の戯曲版は、以下の通り、3幕構成となっている。


・第1幕 - 日時:ある日の午後 場所:エルサレム(Jerusalem)にあるキングソロモンホテル(King Solomon Hotel)のラウンジ

・第2幕

 シーン1 - 日時:1週間後の午後 場所:ヨルダン(Jordan)の古都ペトラ(Petra)にあるキャンプ地

 シーン2 - 日時:同日の午後(3時間後) 場所:同上

・第3幕 

   シーン1 - 日時:翌日の午前 場所:同上

 シーン2 - 日時:同日の午後 場所:同上


第2幕のシーン2の最後で、ボイントン夫人が死体となって発見され、第3幕のシーン1から、現地の警察署長であるカーバリー大佐(Colonel Carbury)が登場する。


アガサ・クリスティーは、自伝の中で、「ホロー荘の殺人(The Hollow)」(1946年)に関連して、「いつも思っていたことだったが、『ホロー荘の殺人』では、ポワロを登場させたことが失敗だった。私は自分の小説にポワロを出すことに慣れっこになっていたので、当然、この小説にも彼が入ってきたが、ここでは、それが失敗だった。」と述べているが、ファンの立場からいうと、非常に残念なことに、彼女は、処女作である「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles)」(1920年)に登場させたベルギー人の名探偵であるエルキュール・ポワロをあまり好いていなかった。

そのため、戯曲版には、ポワロは登場せず、代わりに、カーバリー大佐が探偵役を務める。

1945年3月31日にロンドンのピカデリー劇場において初演された
戯曲版「死との約束」の配役表

カーバリー大佐を除く戯曲版における主な登場人物は、以下の通り。


(1)ボイントン夫人: 一家を支配する金持ちの老婦人

(2)レノックス・ボイントン(Lennox Boynton): ボイントン夫人の(義理の)長男

(3)ネイディーン・ボイントン(Nadine Boynton): レノックスの妻

(4)レイモンド・ボイントン(Raymond Boynton): ボイントン夫人の(義理の)次男

(5)ジネヴラ・ボイントン(Ginevra Boynton): ボイントン夫人の(義理の)長女

(6)ジェファーソン・コープ(Jefferson Cope): ネイディーンの友人(米国人)

(7)サラ・キング(Sarah King): 女医

(8)テオドール・ジェラール(Theodore Gerard): 心理学者(フランス人)

(9)ウエストホルム卿夫人(Lady Westholme): 英国保守党の元議員

(10)ミス・プライス(Miss Pryce)

(11)オルダーマン・ヒグス(Alderman Higgs)


小説版と比べると、以下のような変更が為されている。


(1)ボイントン夫人: 小説版の場合、明記されていないが、戯曲版の場合、アダ・キャロライン・ボイントン(Ada Caroline Boynton)というフルネームが与えられている上に、年齢は62歳と設定されている。

(5)ジネヴラ・ボイントン: 小説版の場合、ボイントン夫人の実子で、次女という設定であったが、戯曲版の場合、登場人物を整理するためか、ボイントン夫人の義理の長女という設定に変えられている。その結果、小説版に登場するキャロル・ボイントン(Carol Boynton - ボイントン夫人の(義理の)長女)は、戯曲版には、登場していない。

(9)ウエストホルム卿夫人: 小説版の場合、現職の議員であったが、戯曲版の場合、元議員という立場に変わっている。

(10)ミス・プライス: 小説版の場合、アマベル・ピアス(Amabel Pierce)という名前であったが、戯曲版の場合、名前が変更されている。小説版の場合、彼女は完全な脇役であったが、戯曲版の場合、第3幕シーン2の終盤、探偵役のカーバリー大佐に対して、非常に重要な証言を行う役を割り振られている。

(11)オルダーマン・ヒグス: 戯曲版における新キャラクターであり、小説版には登場していない。エルサレムのキングソロモンホテルに滞在していた際、後から到着したウエストホルム卿夫人が上階の部屋を嫌がったため、ホテルの要請により、彼女に対して、1st Floor(2階)にある自分の部屋を明け渡さざるを得ず、不満を抱いていた。物語の最後、ある選挙区の議員が死去したことに伴い、ウエストホルム卿夫人は、保守党の候補として、補欠選挙に出馬すべく、急遽、英国へ戻ることになった。その際、彼は、彼女に対して、「その選挙区における対立候補は自分である」ことを明かす。戯曲版の最後のセリフは、彼のもので、「Ah’ll tell yer ‘is name - it’s Alderman ‘Iggs - and if I can keep you out of the first floor in Jerusalem - by gum - I’ll keep yer out of the ground floor in Westminster.」という彼女に対する皮肉を含んだ戦いの宣言となっている。


戯曲版の場合、ボイントン夫人は、小説版と同様に、注射器による多量のジギトキシンの投与により、死亡しているのが発見されるが、小説版における「殺人」ではなく、ミス・プライスによる重要な証言に基づく捜査の結果、「事故(→ ボイントン夫人は、元々、薬物中毒で、携帯していた杖の中に隠してあった注射器を用いて、ジギトキシンを自分に注射したところ、心臓が弱かったこともあり、急死したもの)」であることが、最終的に判明する。

従って、小説版にあった非常に重要なセリフである(1)物語の冒頭、キングソロモンホテルに滞在していたポワロが偶然聞きつけたある人物(→ 後に、レイモンド・ボイントンと判明)が発した「You do see, don’t you, that she’s got to be killed ?」や(2)ボイントン夫人がある人物を見ながら発した「I’ve never forgotten anything - not an action, not a name, not a face.」は、戯曲版には出てこない。


2021年3月16日火曜日

ロンドン チェスタースクエア24番地(24 Chester Square, Belgravia, London SW1W 9HS) - その2

メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーは、
1846年から亡くなる1851年までの間、
ロンドン市内のチェスタースクエア24番地に住んでいた。

メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley:1797年ー1851年)は、スイス / ジュネーヴ近郊のレマン湖畔にあるディオダディ荘(Villa Diodati)での怪奇談議を切っ掛けに着想を得たフランケンシュタインの怪物の話を1817年5月に脱稿し、翌年の1818年1月に匿名で出版した。このゴシック小説の正式なタイトルが、「フランケンシュタイン、或いは、現代のプロメテウス(Frankenstein; or, the Modern Prometheus.)」である。当作品の出版により、後に、彼女は SF の先駆者と見做されるようになる。

1818年3月には、夫である英国のロマン派詩人パーシー・ビッシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley:1792年ー1822年)の序文を付けて、再度、匿名で同作品を出版した。

現在、一般に流布している版は、1831年に出版された第3版(改訂版)がベースとなっている。


チェスタースクエア24番地の2階(1st Floor)と3階(2nd Floor)の間にある外壁に、
メアリー・シェリーがここに住んでいたことを示すブループラークが掲げられている。


彼女は、1815年に長女を生後間もなくして亡くした後、1818年9月に次女のクレアラ(1817年ー1818年)を赤痢で、そして、1819年6月に長男のウィリアム(1816年ー1819年)をマラリアで、それぞれを幼少期に亡くし、1822年7月には夫のパーシー・ビッシュ・シェリーを突然の暴風雨による帆船沈没事故で亡くすという波瀾の人生を送っている。


メアリー・シェリーがフランケンシュタインの怪物を生み出す切っ掛けを与えてくれた
英国のロマン派詩人である第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン


ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロンの肖像画の葉書
(Richard Westall
 / 1813年 / Oil on panel
914 mm x 711 mm) 


また、フランケンシュタインの怪物を生み出す切っ掛けを与えてくれた英国のロマン派詩人である第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron, 6th Baron Byron:1788年ー1824年)も、1824年4月、ギリシア独立戦争に参戦中、熱病に罹患して、同地で死去している。


チェスタースクエア24番地の建物の前にある
チェスタースクエアガーデンズ


メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーが当時住んでいた家が、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のベルグレーヴィア地区(Belgravia)内にある。具体的な住所は、チェスタースクエア24番地(24 Chester Square)で、地下鉄ヴィクトリア駅(Victoria Tube Station → 2017年7月2日付ブログで紹介済)の西側、そして、地下鉄スローンスクエア駅(Sloane Square Tube Station)の北側に位置している。両駅の周辺は、人混みで賑わっているが、チェスタースクエア24番地は、両駅から離れている上に、主要な幹線道路から少し奥に入ったところにあるため、日中でも非常に閑静な場所である。また、建物は庭園(Chester Square Gardens)にも面しているので、住環境としては申し分ない。


2021年3月13日土曜日

アガサ・クリスティー作「死との約束」<小説版>(Appointment with Death by Agatha Christie

英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている
アガサ・クリスティー作エルキュール・ポワロシリーズ
「死との約束」のペーパーバック版表紙


「死との約束(Appointment with Death)」(1938年)は、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が執筆した長編としては、第23作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第16作目に該っている。また、本作品は、「メソポタミアの殺人(Murder in Mesopotamia → 2020年11月8日付ブログで紹介済)」(1936年)と「ナイルに死す(Death on the Nile → 2020年10月4日付ブログで紹介済)」(1937年)に続く中近東を舞台にした長編第3作目でもある。


本作品の場合、小説版、戯曲版、TVドラマ版および映画版により、登場人物を含めて、内容が異なるので、順番に紹介して行きたい。


エルキュール・ポワロは、休暇を兼ねて、エルサレム(Jerusalem)のキングソロモンホテル(King Solomon Hotel)に滞在していた。エルサレムは、三大宗教にとっての聖地であり、ユダヤ教文化、キリスト教文化、そして、イスラム教文化が入り混じる魅惑の地であった。


「いいかい、彼女を殺してしまわなきゃいけないんだよ。(You do see, don’t you, that she’s got to be killed ?)」

ポワロがホテルに宿泊した最初の晩、開け放った窓から、夜の静けさをぬって、男女の危険な囁き声をポワロは耳にした。どこへ行こうとも、彼には、犯罪が付いて回るのだろうか?


同じホテルに滞在しているボイントン一家は、行く先々で皆の注目を集めていた。家族の行動は、全て、母親であるボイントン夫人(Mrs. Boynton)中心に回っていて、全ての面において、彼女は家族の行動を監視するとともに、厳しい批判を行っていた。ボイントン夫人は、残酷な仕打ちそのものに非常な喜びを見出す精神的なサディストであり、可哀想なことに、彼女の家族全員がそのはけ口となっていたのである。


ヨルダン(Jordan)の古都ペトラ(Petra)にある遺跡等を見物するため、ボイントン一家が旅行に出かけた際、彼らが滞在しているキャンプ地において、殺人事件が発生する。家族が見物に行かせて、キャンプ地に一人残ったボイントン夫人が、洞窟の入口近くで、多量のジギトキシンを注射器で投与され、殺害されているのが見つかったのである。


現地の警察署長で、ポワロの旧友でもあるカーバリー大佐(Colonel Carbury)は、偶然にも、現地に居合わせたポワロに助力を求める。


エルキュール・ポワロとカーバリー大佐を除く主な登場人物は、以下の通り。


(1)ボイントン夫人: 一家を支配する金持ちの老婦人

(2)レノックス・ボイントン(Lennox Boynton): ボイントン夫人の(義理の)長男

(3)ネイディーン・ボイントン(Nadine Boynton): レノックスの妻

(4)レイモンド・ボイントン(Raymond Boynton): ボイントン夫人の(義理の)次男

(5)キャロル・ボイントン(Carol Boynton): ボイントン夫人の(義理の)長女

(6)ジネヴラ・ボイントン(Ginevra Boynton): ボイントン夫人の次女

(7)ジェファーソン・コープ(Jefferson Cope): ネイディーンの友人(米国人)

(8)サラ・キング(Sarah King): 女医

(9)テオドール・ジェラール(Theodore Gerard): 心理学者(フランス人)

(10)ウエストホルム卿夫人(Lady Westholme): 英国下院議員

(11)アマベル・ピアス(Amabel Pierce): 保母


アガサ・クリスティーの小説版は、2部構成になっており、第一部については、ボイントン夫人が殺害されるまでが、そして、第2部においては、ボイントン夫人が殺害された後の顛末が描かれている。ポワロは、全編にわたって登場する訳ではなく、キングソロモンホテルにおいて男女の危険な囁き声を耳にするプロローグと第2部のみである。 


2021年3月9日火曜日

ロンドン チェスタースクエア24番地(24 Chester Square, Belgravia, London SW1W 9HS) - その1

フランケンシュタインの怪物を創造した英国の小説家である
メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーが住んでいた家が、
シティー・オブ・ウエストミンスター区(City of Westminster)の
ベルグレーヴィア地区(Belgravia)内にある。


キャヴァン・スコット(Cavan Scott)作「シャーロック・ホームズ 継ぎ接ぎ細工の悪魔(Sherlock Holmes The Patchwork Devil)」(2016年)にも登場したフランケンシュタインの怪物を創造したのは、英国の小説家メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley:1797年ー1851年)である。


メアリー・シェリーは、1797年8月30日、無神論者でアナーキズムの先駆者である父ウィリアム・ゴドウィンとフェミニズムの先駆者である母メアリー・ウルストンクラフトの元に出生したが、10日程後に母は産褥熱のため死去してしまった。


メアリー・シェリーが住んでいた家は、
チェスタースクエア24番地の建物である。


彼女(当時の名前は、まだメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン)は、1813年頃、英国のロマン派詩人であるパーシー・ビッシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley:1792年ー1822年)と出会い、付き合うようになる。ただ、当時、パーシー・シェリーは、妻帯者だったため、彼との恋愛に父親であるウィリアム・ゴドウィンは大反対をし、その結果、彼女は、パーシー・シェリーと一緒に、欧州大陸へ駆け落ちをするのであった。

チェスタースクエア24番地の建物は、
訪れた際、生憎と、改装工事中だった。


一旦、欧州大陸から英国に帰国するものの、パーシー・シェリーの友人で、英国のロマン派詩人である第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron, 6th Baron Byron:1788年ー1824年)に誘われて、1816年5月、バイロン卿、彼の愛人であるクレア・クレモント(Claire Clairmont:1798年−1879年 / メアリー・シェリーの義姉妹)、パーシー・シェリーと彼女の4人は、スイス / ジュネーヴ近郊のレマン湖畔にあるディオダディ荘(Villa Diodati)に滞在した。

ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロンの肖像画の葉書
(Richard Westall
 / 1813年 / Oil on panel
914 mm x 711 mm) 

同年7月、長く降り続く雨のため、屋内に閉じ込められていた折、バイロン卿は、「皆で一つずつ怪奇譚を書こう。(We will write a ghost story.)」と、他の3人に提案した。このディオダディ荘での怪奇談議を切っ掛けに、彼女は、フランケンシュタインの怪物の着想を得て、小説の執筆に取りかかった。

チェスタースクエア24番地の建物の前にある庭園は、
周りの住民のみが使用可能。


同年9月、彼ら4人が英国に帰国した後、同年12月にパーシー・シェリーの妻ハリエット・シェリー(Harriet Shelley:1795年ー1816年)がハイドパーク(Hyde Park → 2015年3月14日付ブログで紹介済)のサーペンタイン湖(Serpentine → 2015年3月15日付ブログで紹介済)で入水自殺したため、メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィンは、パーシー・シェリーと正式に結婚して、メアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリーとなったのである。

2021年3月7日日曜日

キャヴァン・スコット作「シャーロック・ホームズ 継ぎ接ぎ細工の悪魔」(Sherlock Holmes The Patchwork Devil by Cavan Scott) - その3

レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci:1452年ー1519年)の没後500周年を記念して、
2019年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された記念切手(その1)


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆☆半(4.5)

19世紀の英国で発表されたロバート・ルイス・スティーヴンソン(Robert Louis Stevenson:1850年ー1894年)作「ジキル博士とハイド氏(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde)」(1886年)やブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1902年)作「吸血鬼ドラキュラ(Dracula → 2017年12月24日 / 12月26日付ブログで紹介済)」(1897年)と並ぶメアリー・シェリー(Mary Shelley:1797年ー1851年)作「フランケンシュタイン、或いは現代のプロメテウス(Frankenstein; or, the Modern Prometheus.)」(1818年)に登場する人造人間(そのものではないが)が登場し、物語の中盤から終盤にかけて、大きく関与してくる。これに、第一次世界大戦(1914年ー1918年)に端を発する国家の思惑とそれに利用された研究者の狂気がうまく融合して、物語の悲劇度を増している。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci:1452年ー1519年)の没後500年を記念して、
2019年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された記念切手(その2)


(2)物語の展開について ☆☆☆半(3.5)

全く無関係ではないものの、前振りの事件の話にページ数が大きく割かれてしまい、なかなか物語の本筋が始まらず、その分、重要な物語の終盤にページ数があまり割かれていないことになり、やや残念。本筋の展開自体は面白いので、前振りの事件を全面的にカットして、物語を再構成し、終盤の話をうまい具合に膨らませてくれれば、もっと良かったと思う。


(3)ホームズ/ワトスンの活躍について ☆☆☆☆(4.0)

兄マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)の忠告にもかかわらず、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンの二人は、テムズ河(River Thames)岸で発見された人間の手首から始めて、最後には英国政府 / ドイツ政府による戦争犯罪を明らかにし、フランケンシュタインの人造人間による手助けもあり、更なる悲劇を未然に防ぐ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci:1452年ー1519年)の没後500年を記念して、
2019年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された記念切手(その3)


(4)総合評価 ☆☆☆☆(4.0)

全く無関係ではないものの、やや長過ぎる前振りの事件をうまく整理して、物語の中盤、そして、特に終盤にページ数を割いて、うまく展開してくれれば、もっと面白かったのでないかと考える。メアリー・シェリーによる原作では、主人公のヴィクター・フランケンシュタイン(Victor Frankenstein)は、生命の謎を明らかにしたいという意図の下、人造人間を創り出したが、今回、フランケンシュタインを崇拝するある人物を、戦争に勝利したい英国 / ドイツの両政府がうまく利用しようとしており、原作のストーリーラインに戦争をうまく絡ませることで、物語に更なる厚みを加えるとともに、悲劇性を増している。



2021年3月2日火曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<グラフィックノベル版>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その1

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」のグラフィックノベル版の表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

ルシアス・プロズロウ大佐が殺害された場所の牧師館と
その凶器の拳銃が描かれている。

15番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)によるグラフィックノベル版は、「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」(1930年)である。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第10作目に該り、ミス・ジェーン・マープルシリーズに属する長編のうち、第1作目に該っている。


HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」のグラフィックノベル版の裏表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-

ルシアス・プロズロウ大佐が殺害された時刻である
午後6時20分を表示する時計が描かれている。


本作品のグラフィックノベル版は、元々、アルジェリア出身のイラストレーターである Norma (Norbert Morandiere:1956年ー)が作画を担当して、2005年にフランスの Heupe SARL から「L’Affaire Protheroe」というタイトルで出版された後、2008年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。

物語は、ある水曜日の午後、セントメアリーミード村に住む
レナード・クレメント牧師、妻のグリゼルダと甥のデニスによる昼食の席から始まる

レナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement)は、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)という小さな村にある教会の司祭(vicar)を務めていた。

ある水曜日の午後、牧師館において、レナード・クレメント牧師は、若き妻のグリゼルダ(Griselda)と甥のデニス(Dennis)と一緒に、昼食をとっていた。昼食の席における彼らの話題は、ルシアス・プロズロウ大佐(Colonel Lucius Protheroe)のことでもちきりだった。プロズロウ大佐は、セントメアリーミード村の教区委員で、次の日の午後、牧師館にやって来て、教会の献金袋から盗まれた1ポンド紙幣の件について、クレメント牧師と話し合いをもつことになっていたのである。牧師補のホーズ(Hawes)が、問題の1ポンド紙幣を盗んだと疑われていた。


セントメアリーミード村の教区委員を務めるルシアス・プロズロウ大佐は、
教会の献金袋から1ポンド紙幣が盗まれた件を問題にしていた。


プロズロウ大佐は、クレメント牧師を困らせることを何より楽しみにしていたため、昼食の席上、クレメント牧師は、思わず、「誰でもいいから、プロズロウ大佐をあの世へ送ってくれたら、世の中は随分と良くなるだろう。」と口走るのだった。

昼食後、ルシアス・プロズロウ大佐の娘であるレティス・プロズロウが、
レナード・クレメント牧師の元を訪れる。


程なくして、プロズロウ大佐の娘であるレティス(Lettice)が、牧師館を訪れる。

彼女によると、セントメアリーミード村に滞在している肖像画家のローレンス・レディング(Lawrence Redding)に対して、父親のプロズロウ大佐は、プロズロウ家の地所であるオールドホール(Old Hall)への出入りを禁じた、とのこと。何故ならば、辺りにプール等がないにもかかわらず、水着姿になっているレティスをモデルにして、ローレンス・レディングが絵を描いている現場を、プロズロウ大佐が偶然見つけたからである。

レティスは、口うるさく、何事にも理解がない父親のプロズロウ大佐について、辟易していた。


アトリエ内でローレンス・レディングと情熱的なキスを交わしていた
ルシアス・プロズロウ大佐の妻であるアン・プロズロウに対して、
レナード・クレメント牧師は、軽はずみな関係はできる限り早く終わらせるよう、諭す。


レティス・プロズロウが帰った後、クレメント牧師は、ローレンス・レディングのアトリエまで歩いて行く。牧師館の庭の一画に小屋があり、ローレンス・レディングは、セントメアリーミード村に滞在中、この小屋をアトリエとして使用していた。

クレメント牧師は、アトリエ内でローレンス・レディングとプロズロウ大佐の妻であるアン(Anne)の二人が情熱的なキスを交わしている現場を、偶然見かけてしまう。

クレメント牧師の跡を追って、牧師館の書斎まで追いかけてきたアン・プロズロウに対して、クレメント牧師は、軽はずみな関係はできる限り早く終わらせるよう、諭すのであった。


アトリエ内でアン・プロズロウと情熱的なキスを交わしていたローレンス・レディングに対しても、
レナード・クレメント牧師は忠告を与えるが、ローレンスはクレメント牧師の忠告を全く聞き入れなかった。


全く偶然だが、ローレンス・レディングは、その夜、牧師館の夕食に招かれていた。

夕食後、牧師館の書斎において、クレメント牧師は、ローレンス・レディングに対して、厳しく叱責するとともに、できるだけ早く村を立ち去るよう、忠告する。ところが、ローレンス・レディングは、クレメント牧師の忠告を全く受け入れず、「プロズロウ大佐が死んでくれれば、いい厄介払いになる。」とうそぶくと、「自分は、25口径のモーゼル銃を持っている。」と、恐ろしいことを口にするのだった。