2022年11月30日水曜日

アガサ・クリスティー作「ゴルフ場殺人事件」<英国 TV ドラマ版>(The Murder on the Links by Agatha Christie )- その3

第44話「ゴルフ場殺人事件」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 4 の裏表紙(部分)

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「ゴルフ場殺人事件(The Murder on the Links → 2022年11月14日付ブログで紹介済)」(1923年)に基づいて、英国の TV 会社 ITV 社が「Agatha Christie’s Poirot」の第44話(第6シリーズ)として制作した TV ドラマ版は、引き続き、アガサ・クリスティーの原作とは異なる展開を行う。


英国 TV ドラマ版の場合、ノルマンディー海岸のドーヴィル(Deauville → 港、別荘、カジノやホテル等を擁するリゾートで、実在の町)のホテル「Hotel du Golf」の玄関口で、ジュネヴィエーヴ荘(Villa Genevieve)の主人で、南米で富を築いた大富豪であるポール・ルノー(Paul Renauld)と彼の秘書であるガブリエル・ストーナー(Gabriel Stonor)は、エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)を見かける。

ポワロを見かけたポール・ルノーは、その日の夜、ディナー後、ホテルのホールで寛いでいるポワロとヘイスティングス大尉の元を訪れて、「自分には、命の危険が迫っている。(I believe I am in danger of my life.)」と相談する。そして、ポール・ルノーは、ポワロに対して、翌日、ジュネヴィエーヴ荘への来訪を依頼するとともに、そこまでの行き方も伝えた。


その後、ポール・ルノーがジュネヴィエーヴ荘に帰宅する場面、また、ポール・ルノーの指示に基づき、南米のサンティアゴ(Santiago)へ商用で向かうため、シェーブール(Cherbourg)へと出発したジャック・ルノー(Jack Renauld - ポール・ルノーの義子で、エロイーズ・ルノーの実子 → アガサ・クリスティーの原作では、ポール・ルノーの実子)が、午後11時40分頃、列車でドーヴィル駅に戻って来て、駅員に目撃される場面が描かれている。


翌朝、メイドのレオニー・オーラード(Leonie Oulard)によって、ポール・ルノーの妻であるエロイーズ・ルノー(Eloise Renauld)が縛り上げられているのが発見される。夫人によると、午前2時頃、南米人と思われる二人組の賊が侵入して来て、自分は縛られ、そして、夫は彼らに連れ去られた、とのこと。


そんな騒動の最中、ポール・ルノーに依頼された通り、ポワロがジュネヴィエーヴ荘を訪れる。

この時点で、リュシアン・ベー(Lucien Bex - 地元警察の署長)とジロー(Monsieur Giraud - 名刑事の呼び声が高いパリ警察の刑事)が、既にジュネヴィエーヴ荘へと駆け付け、捜査を始めていた。


アガサ・クリスティーの原作の場合、ジロー刑事の登場は、もう少し後で、捜査に同席していた予審判事であるオート氏(Monsieur Hautet)の要請に基づいて、パリ警察から派遣されるのである。ところが、英国 TV ドラマ版の場合、事件発生時から、ジロー刑事は、地元警察と一緒に、既に現場に姿を現している。

なお、英国 TV ドラマ版の場合、予審判事のオート氏は、登場人物を整理するためか、出てこないが、その代わりに、警察医という役割で出てくるものの、登場するのは、検視の場面に限られ、出番は極めて少ない。


アガサ・クリスティーの原作の場合、ルノー夫人が縛り上げられているのを、メイドが発見した後、ジュネヴィエーヴ荘の使用人達が、二人組の賊に連れ去られたポール・ルノーの行方を探した結果、ジュネヴィエーヴ荘に隣接するゴルフ場予定地において、彼の刺殺死体を見つける展開となっている。

一方、英国 TV ドラマ版の場合、ポワロと一緒に、ジュネヴィエーヴ荘を来訪するのではなく、ヘイスティングス大尉は、ホテルが運営するゴルフ場において、他の宿泊者達と一緒にプレイしていた。そして、ヘイスティングス大尉は、自分が打ったボールを探している最中に、ペーパーナイフが背中に刺さったポール・ルノーの刺殺体を発見するのである。


斯くして、ポワロとジロー刑事による推理合戦の火蓋が切って落とされた。

英国 TV ドラマ版では、ポワロとジロー刑事は、ある賭けをする。ポワロがポール・ルノーの殺害犯人を先に見つけた場合、ポワロは、ジロー刑事のトレードマークであるパイプをもらう一方、ジロー刑事がポール・ルノーの殺害犯人を先に見つけた場合、ポワロは、自分のトレードマークである髭を剃るという約束だった。


英国 TV ドラマ版の場合、前夜、ポール・ルノーがポワロの元を訪れる前、ディナー後、ホテルのホールにおいて、ポワロとヘイスティングス大尉が寛いでいると、司会者に紹介された歌手であるベラ・デュヴィーン(Bella Duveen - ジャック・ルノーの元恋人)が登場する。ベラ・デュヴィーンを見たヘイスティングス大尉は、彼女に一目惚れしてしまう。


アガサ・クリスティーの原作の場合、ヘイスティングス大尉が恋心を抱く相手は、双子姉妹のうち、シンデレラ(Cinderella)と自称するダルシー・デュヴィーン(Dulcie Duveen)であるが、英国 TV ドラマ版の場合、その相手は、もう一人のベラ・デュヴィーンに変更されている。

また、アガサ・クリスティーの原作の場合、ベラ・デュヴィーン(事件当夜、ルノー家を訪れたと思しき謎の女性)とダルシー・デュヴィーン(ヘイスティングス大尉が恋心を抱く相手)の双子の姉妹という設定になっていたが、英国 TV ドラマ版の場合、双子の姉妹という設定は全くなくなり、二人の設定が一人に集約され、ベラ・デュヴィーンのみが残り、ジャック・ルノーの元恋人で、かつ、ヘイスティングス大尉が恋心を抱く相手という設定になっている。


ベラ・デュヴィーン / ダルシー・デュヴィーンにかかる点を除くと、その後、英国 TV ドラマ版は、概ね、アガサ・クリスティーの原作と同じように進む。


勿論、推理合戦に関しては、最終的に、ポワロが勝利を収めるが、負けたジロー刑事に対して、粋な計らいをして、仲直りをするのである。


2022年11月29日火曜日

ボニー・マクバード作「シャーロック・ホームズの冒険 / 不穏な蒸留酒」(A Sherlock Holmes Adventure / Unquiet Spirits by Bonnie MacBird) - その4

英国の HarperCollinsPublishers 社から
Collins Crime Club シリーズの1冊として
2018年に出版されたボニー・マクバード作
「シャーロック・ホームズの冒険 / 不穏な蒸留酒」(ペーパーバック版)の裏表紙
Cover Design : HarperCollinsPublishers Ltd.
Cover Images (Figures) : Bonnie MacBird
Cover Images (Map) : Antiqua Print Gallery / Alamy Stock Photo
Cover Images (Textures) : Shutterstock.com

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)


スコットランド(Scotland)のハイランド(Highland - スコットランド北部にある地方行政区画)に所在するブレーデルン城(Braedern Castle)を所有する大地主で、ウイスキー蒸留所を経営する大実業家であるサー・ロバート・マクラーレン(Sir Robert McLaren)の義理の娘イスラ・マクラーレン(Isla McLaren)によるシャーロック・ホームズ訪問(彼女達が居住するブレーデルン城に、サー・ロバート・マクラーレンの亡くなった妻であるレディーマクラーレン(Lady McLaren)の幽霊が出没する件とメイドのフィオナ・ペイズリー(Fiona Paisley)が失踪した件を相談)、ホームズがスコットランドのキャムフォード(Camford)にある高校に寄宿していた際の同級生オーヴィル・セント・ジョン(Orville St. John)による度重なるホームズ襲撃、そして、マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)からの依頼(フランスのブドウ園に寄生虫がばら撒かれたため、フランスにおけるワインの生産が75%落ち込んでおり、その容疑者として、スコットランドのウイスキー蒸留元3箇所を挙げられていることの調査)の3つの事件が物語の序盤に発生し、それらのどれもが、ホームズとジョン・H・ワトスンの二人を、スコットランドのブレーデルン城へと誘っていく。そして、3つの事件は、最終的に、一つに集約され、その根幹には、ホームズがスコットランドのキャムフォードにある高校に寄宿していた際に起きたある事件が横たわっている。ホームズは、彼の過去の悪夢と対峙することになる。


(2)物語の展開について ☆☆半(2.5)


序盤(約50ページ)を経ると、物語の舞台は、南フランスのニース(Nice)へ移るが、150ページ目辺りから、マクラーレン一家が住むスコットランドのブレーデルン城へと、更に移る。

序盤やニースにおける話は、それなりに進展し、マクラーレン一家が宿泊するニースの「Grand Hotel du Cap」での夕食会の際、デザートのプレートに、先日、スコットランドのブレーデルン城から姿を消したメイドのフィオナ・ペイズリーの冷凍された首が供されていたというショッキングな事件が発生した時点で、ある意味、本作品のクライマックスを迎えたと言える。

本作品は、全体で約500ページあるが、物語の舞台がスコットランドのブレーデルン城へと移った後、事件の解決に至るまでの約300ページにわたり、ある理由のため、ホームズの推理力が冴えないこともあり、事件の捜査が遅々として進まず、また、更なる大事件が発生する訳でもないので、300ページを読み進めるには、非常に歯痒い。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆☆(3.0)


物語の序盤より、ある理由のため、ホームズが膜(=彼の過去の悪夢)に覆われてしまい、物語の全般を通して、鋭敏な推理力に

冴えが全く見られない。理由は判るものの、推理力が冴えないホームズをずーっと読まされるのは、全然面白くない。

物語の終盤、相棒のワトスンが、一旦、ブレーデルン城を出るが、ホームズの過去の悪夢を突き止め、再度、ブレーデルン城へと戻り、ホームズが過去の悪夢を払拭する手助けをする。

本来であれば、3点よりも低いが、ワトスンによるホームズへの友情を考慮して、3点とした。


(4)総合評価 ☆☆☆(3.0)


作者の第1作目である「シャーロック・ホームズの冒険 / 芸術家の血(A Sherlock Holmes Adventure / Art in the Blood → 2022年4月17日 / 4月23日 / 4月30日付ブログで紹介済)」(2015年)において、ホームズのライバルとなるフランス人探偵のジャン・ヴィドック(Jean Vidocq)が登場するが、単なる顔見せ程度の悪役という役割しか、果たしていない。第1作目での出番はかなり多かったが、第2作目では、いきなり、単なる顔見せ程度という格下げを受けている。今回のメインテーマは、ホームズが彼の過去の悪夢と対峙する話なので、ライバルの登場は余計なのかもしれない。第3作目以降も、ジャン・ヴィドックは登場するが、どんどん出番は減って行き、第4作目では、一切登場しない。第1作目で登場させたものの、役柄的に、ホームズの推理力に対抗するような人物ではないので、扱いづらいのだろう。

上記の通り、本作品は、ホームズが彼の過去の悪夢と対峙する話である一方、ある理由により、ホームズの推理力が全く冴えを見せず、500ページを読み通すのは、正直ベース、なかなか大変であった。 



2022年11月28日月曜日

アガサ・クリスティー マープル 2023年カレンダー(Agatha Christie - Marple - Calendar 2023)- 「動く指(The Moving Finger)」

ビル・ブラッグ氏が描く
ミス・マープルシリーズの長編第3作目「動く指」の一場面

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の作品を出版している英国の Harper Collins Publishers 社から出ているミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズのペーパーバック版の表紙を使った2023年カレンダーのうち、3番目を紹介したい。


(3)「動く指(The Moving Finger)」


「動く指」は、1942年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第3作目である。


戦時中の飛行機事故によって重傷を負ったジェリー・バートン(Jerry Burton)は、医者の勧めを受けて、妹のジョアナ(Joanna Burton)の介護の下、ロンドンからリムストック(Lymstock)へ静養にやって来て、丘の上の家を借りた。

それは、丘の上の家の静かな佇まいが二人の気に入ったこともあるが、二人とも、リムストックに来たのが初めてで、近所に知り合いが居ないことも、プラス要因だった。


ジェリーとジョアナの二人が丘の上の家に落ち着いて、まもなく、


(1)大家である老齢のエミリー・バートン(Miss Emily Barton)

(2)弁護士であるリチャード・シミントン(Mr. Richard Symmington)の妻のモナ・シミントン(Mrs. Mona Symmington)

(3)医師であるオーウェン・グリフィス(Dr. Owen Griffith)の妹のエメ・グリフィス(Aimee Griffith)

(4)牧師であるケイレブ・デイン・カルスロップ(Reverend Caleb Dane Calthrop)の妻のモード・デイン・カルスロップ(Mrs. Maud Dane Calthrop)

(5)修道院長の末裔であるパイ氏(Mr. Pye)


といった面々が、ジェリーとジョアナの二人の元を次々と訪れる。


彼らの訪問から1週間程が経った頃、ジェリーとジョアナの二人は、差出人不明の手

紙を受け取った。その手紙には、「ジェリーとジョアナは、本当の兄妹ではない。」

という内容が、下品な表現で書かれていた。所謂、誹謗中傷の手紙だった。

手紙の内容を読んだジョアナは、一旦は憤慨するものの、結局は面白がった。一方、

ジェリーは、馬鹿馬鹿しいと思い、手紙を暖炉にくべた。ジェリーは、表面上は、平

然とした風を装っていたが、内心は穏やかではなかった。

そこで、ジェリーは、オーウェン・グリフィス医師が往診に来た際、彼に匿名の手紙

ことを打ち明ける。ジェリーから話を聞いたグリフィス医師によると、リムストッ

ク内では、以前から住民を誹謗中傷する怪文書が出回っている、とのことだった。

グリフィス医師も、その怪文書の被害者だったし、シミントン弁護士も、その中に含

まれていた。


そして、匿名の怪文書は、新たなる悲劇を引き起こす。リムストックの住民達が恐れ

いたことが、遂に、手紙の受取人の自殺という形で、現実のものとなったのであ

る。

シミントン弁護士の妻であるモナが、服毒死を遂げたのだ。



カレンダーには、何者かが、誹謗中傷の怪文書を、リムストックの住民の家に投函す
る場面が描かれている。

Harper Collins Publishers 社から出版されている「動く指」のペーパーバック版の表紙には、ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)によるイラストが、家の玄関の鍵穴の形に切り取られているものが使用されている。


2022年11月27日日曜日

アガサ・クリスティー作「ゴルフ場殺人事件」<英国 TV ドラマ版>(The Murder on the Links by Agatha Christie )- その2

第44話「ゴルフ場殺人事件」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 4 の裏表紙

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「ゴルフ場殺人事件(The Murder on the Links → 2022年11月14日付ブログで紹介済)」(1923年)に基づいて、英国の TV 会社 ITV 社が「Agatha Christie’s Poirot」の第44話(第6シリーズ)として制作した TV ドラマ版は、アガサ・クリスティーの原作とは異なり、ニュース映画の録音場面から始まる。

そのニュース映画では、アーノルド・ベロルディー氏(Mr. Arnold Beroldy)殺害の罪で、妻のジャンヌ・ベロルディー(Jeanne Beroldy - 後に、マルグリット荘(Villa Marguerite)の主人であるベルナデッテ・ドーブルーユ(Bernadette Daubreuil)として登場)が逮捕されて、裁判に掛けられる経緯が語られる。また、共犯者であるジョージ・コナー(George Connor - 後に、ジュネヴィエーヴ荘(Villa Genevieve)の主人で、南米で富を築いた大富豪であるポール・ルノー(Paul Renauld)として登場)は、逮捕を逃れて、国外(南米)へ逃亡したことも追加される。


アガサ・クリスティーの原作の場合、ポール・ルノーがベロルディー氏の殺害に関与したのは、22年前になっているが、英国 TV ドラマ版の場合、10年前に変更されている。また、ポール・ルノーの正体について、アガサ・クリスティーの原作の場合、フランス風の「Georges Conneau」となっているが、英国 TV ドラマ版の場合、英国風の「George Connor」へと変更されている。更に、マルト・ドーブルーユ(Marthe Daubreuil - ドーブルーユ夫人の娘)が、母親の裁判に出廷している設定も追加されている。


アガサ・クリスティーの原作の場合、事件の舞台は、ノルマンディー海岸のメルランヴィル(Merlinville-sur-Mer → 架空の町)に設定されているが、英国 TV ドラマ版の場合、ノルマンディー海岸のドーヴィル(Deauville → 港、別荘、カジノやホテル等を擁するリゾートで、実在の町)へと変更されている。


英国 TV ドラマ版では、(1936年、)エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)は、ドーヴィル駅に到着すると、タクシーでホテルへと向かう。タクシーを降りて、「Hotel du Golf」というホテル名を見たポワロは、ゴルフバックを抱えたヘイスティングス大尉が、何故、このホテルに決めたのかを即座に理解して、「ゴルフは嫌いだ!」と不平を漏らす。ポワロの不平を聞いたヘイスティングス大尉は、「どこのホテルも予約で一杯で、ここしか空いていなかったんだ。」と、嘯くのであった。


ホテルの玄関口で、ポール・ルノーと彼の秘書であるガブリエル・ストーナー(Gabriel Stonor)は、ポワロとヘイスティングス大尉を見かける。

ポワロを見かけたポール・ルノーは、その日の夜、ディナー後、ホテルのホールで寛いでいるポワロの元を訪れて、「自分には、命の危険が迫っている。(I believe I am in danger of my life.)」と相談する。ポール・ルノーは、ポワロとヘイスティングス大尉に対して、「このホテルとゴルフコースも、私が所有している。」と付け加えた。そして、ポール・ルノーは、ポワロに対して、翌日、ジュネヴィエーヴ荘への来訪を依頼するとともに、そこまでの行き方も伝えた。


英国 TV ドラマ版の場合、事件の依頼は、ポール・ルノーからポワロに対して、事件の舞台となるドーヴィルにおいて、直接、口頭で行われているが、アガサ・クリスティーの原作の場合、事件の依頼は、直接ではなく、手紙で行われており、彼からの手紙をポワロはロンドンのフラットにおいて読んでいる。ポワロとヘイスティングス大尉が、事件の舞台となるメルランヴィルに駆け付けた時点で、残念ながら、ポール・ルノーは既に殺害された後であり、従って、ポワロは、生前のポール・ルノーには会っていない。


英国 TV ドラマ版の場合、ポール・ルノーがポワロの元を訪れる前、ディナー後、ホテルのホールにおいて、ポワロとヘイスティングス大尉が寛いでいると、司会者に紹介された歌手であるベラ・デュヴィーン(Bella Duveen - ジャック・ルノー(Jack Renauld - ポール・ルノーの義子で、エロイーズ・ルノーの実子)の元恋人)が登場する。ベラ・デュヴィーンを見たヘイスティングス大尉は、彼女に一目惚れしてしまう。


アガサ・クリスティーの原作の場合、ヘイスティングス大尉が恋心を抱く相手は、双子姉妹のうち、シンデレラ(Cinderella)と自称するダルシー・デュヴィーン(Dulcie Duveen)であるが、英国 TV ドラマ版の場合、その相手は、もう一人のベラ・デュヴィーンに変更されている。

また、アガサ・クリスティーの原作の場合、ベラ・デュヴィーン(事件当夜、ルノー家を訪れたと思しき謎の女性)とダルシー・デュヴィーン(ヘイスティングス大尉が恋心を抱く相手)の双子の姉妹という設定になっていたが、英国 TV ドラマ版の場合、双子の姉妹という設定は全くなくなり、二人の設定が一人に集約され、ベラ・デュヴィーンのみが残り、ジャック・ルノーの元恋人で、かつ、ヘイスティングス大尉が恋心を抱く相手という設定になっている。

更に、アガサ・クリスティーの原作の場合、ジャック・ルノーは、ポール・ルノーの実子になっているが、英国 TV ドラマ版の場合、ポール・ルノーがベロルディー氏の殺害に関与したのが、22年前ではなく、10年前に変更されている関係上、ジャック・ルノーは、エロイーズ・ルノーの実子ではあるものの、ポール・ルノーの義子に変更されている。


2022年11月26日土曜日

アガサ・クリスティー マープル 2023年カレンダー(Agatha Christie - Marple - Calendar 2023)- 「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)

ビル・ブラッグ氏が描く
ミス・マープルシリーズの長編第1作目「牧師館の殺人」の一場面


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の作品を出版している英国の Harper Collins Publishers 社から出ているミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズのペーパーバック版の表紙を使った2023年カレンダーのうち、2番目を紹介したい。


(2)「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage)」


「牧師館の殺人」は、1930年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第1作目である。


本作品の語り手を務めるのは、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)という小さな村にある教会の司祭(vicar)であるレナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement)。

ある水曜日の午後、牧師館において、クレメント牧師は、若き妻のグリゼルダ(Griselda)と甥のデニス(Dennis)と一緒に、昼食をとっていたが、その際、彼らの話題は、ルシアス・プロズロウ大佐(Colonel Lucius Protheroe)のことでもちきりだった。プロズロウ大佐は、セントメアリーミード村の教区委員で、次の日の午後、牧師館にやって来て、教会の献金袋から盗まれた1ポンド紙幣の件について、クレメント牧師と話し合うことになっていた。なお、牧師補のホーズ(Hawes)が、問題の1ポンド紙幣を盗んだ犯人だと疑われていた。

プロズロウ大佐は、クレメント牧師を困らせることを何よりも至上の楽しみにしていたので、昼食の席上、クレメント牧師は、思わず、「誰でもいいから、プロズロウ大佐をあの世へ送ってくれたら、世の中は随分と良くなるだろう。」と口走ってしまう。


昼食後、クレメント牧師は、セントメアリーミードに滞在中の肖像画家であるローレンス・レディング(Lawrence Redding)のアトリエへと出向く。牧師館の庭の一画に小屋があり、彼は、この小屋をアトリエとして使用していた。

クレメント牧師は、このアトリエ内でローレンス・レディングとプロズロウ大佐の妻であるアン・プロズロウ(Anne Protheroe)の二人が情熱的なキスを交わしている現場を、偶然見かけてしまう。クレメント牧師の跡を追って、牧師館の書斎まで追いかけてきたアン・プロズロウに対して、クレメント牧師は、軽はずみな関係はできる限り早く終わらせるよう、諭す。


その夜、ローレンス・レディングは、牧師館の夕食に招かれていた。

夕食後、牧師館の書斎において、クレメント牧師は、ローレンス・レディングに対して、厳しく叱責するとともに、できるだけ早く村を立ち去るよう、忠告する。ところが、ローレンス・レディングは、クレメント牧師の忠告を全く受け入れず、「プロズロウ大佐が死んでくれれば、いい厄介払いになる。」とうそぶくと、「自分は、25口径のモーゼル銃を持っている。」と、恐ろしいことを口にする。


翌朝、セントメアリーミードのハイストリートにおいて、クレメント牧師は、プロズロウ大佐と偶然出会った際、耳が遠くなりかけている人にありがちで、自分以外の人間も耳が遠いと思い込んでいるプロズロウ大佐は、当日の午後の約束を大声で念押ししつつ、約束の時間も午後6時15分へと変更された。

クレメント牧師が牧師館に戻ると、ローレンス・レディングが立ち寄って、「(プロズロウ大佐の妻である)アンとの不倫関係を清算して、明日、村を去るつもりだ。」と、クレメント牧師に告げる。


その日の午後5時半頃、クレメント牧師は電話を受け、「ロウアーファーム(Lower Farm)のアボット氏(Mr. Abbott)が危篤状態なので、側に居てほしい。」と頼まれる。クレメント牧師は、今からロウアーファームまで出かけると、プロズロウ大佐との約束の午後6時15分までに牧師館へ戻ることは難しいと判断して、プロズロウ大佐には書斎で待っていてもらうよう、メイドに頼むと、急いでロウアーファームへと向かった。


クレメント牧師がロウアーファームのアボット氏の元を訪れると、驚くことに、本人は全くピンピンとしていて、先程の電話は悪戯であったことが判明する。

午後7時頃、クレメント牧師が牧師館へと戻った際、非常に取り乱した様子のローレンス・レディングが大慌てで牧師館から立ち去るところだった。不思議に思ったクレメント牧師が書斎に入ると、プロズロウ大佐が拳銃で後頭部を撃たれて、牧師の書き物机の上に突っ伏してたまま、息絶えているのを発見したのである。


メルチェット大佐(Colonel Melchett)とスラック警部(Inspector Slack)が率いる地元警察が捜査を進める中、ローレンス・レディングとアン・プロズロウの二人がそれぞれに、プロズロウ大佐の殺害を自供した。

ところが、ローレンス・レディングは、正確ではない犯行時刻を主張する一方、アン・プロズロウの場合、犯行時刻の頃、彼女が牧師館を訪れるのを、隣りに住むミス・マープルが見かけており、アン・プロズロウは、拳銃のような大きさのものが入ったバッグ等を持っていなかったと、ミス・マープルは明言する。

地元警察は、不倫関係のため、プロズロウ大佐の殺害動機があると疑われたローレンス・レディングとアン・プロズロウの二人が、お互いに庇い合っているものと考えて、一旦、二人を無罪放免とし、他に容疑者を求めることになった。


果たして、クレメント牧師の牧師館の書斎において、プロズロウ大佐の後頭部を拳銃で撃って、彼を殺害した犯人は、一体、誰なのか?



カレンダーには、レナード・クレメント牧師が司祭を務める牧師館の書斎において、何者かに後頭部を拳銃で撃たれて殺害されたルシアス・プロズロウ大佐から流れ出た血が、クレメント牧師の机の上に広がり、そして、床へと滴り落ちる場面が描かれている。

背後の窓の右側の壁には、ミス・マープルと思われる人物の影が映っている。それとも、プロズロウ大佐を殺害した真犯人の影であろうか?


Harper Collins Publishers 社から出版されている「牧師館の殺人」のペーパーバック版の表紙には、ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)によるイラストが、プロズロウ大佐の殺害に使用された拳銃の形に切り取られているものが使用されている。


2022年11月25日金曜日

ロバート・ルイス・スティーヴンスン作「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件」<グラフィックノベル版>(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde by Robert Louis Stevenson )- その1

英国の Metro Media Ltd. から、
Self Made Hero シリーズの一つとして、2009年に出版されている
ロバート・ルイス・スティーヴンスン作
「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件」のグラフィックノベル版の表紙

日本の推理小説家 / 小説家である島田荘司氏(1948年ー)が2015年に発表した長編推理小説「新しい十五匹のネズミのフライ- ジョン・H・ワトソンの冒険(New 15 Fried Rats - The Adventures of John H. Watson → 2022年10月28日 / 11月2日 / 11月5日 / 11月8日付ブログで紹介済)の「第三章 狂った探偵」では、「赤毛組合」事件が解決した後、興味を持てる事件が無くなってしまったシャーロック・ホームズは、再度、麻薬を皮下注射する悪癖に溺れていく。そして、事件解決後の二日目の深夜、遂に薬物中毒になってしまったホームズが、居間の中で暴れ始めて、家具や実験器具等を粉々にするとともに、暖炉の石炭をペルシャ絨毯の上にばら撒いて、火をつける。止めに入ったジョン・H・ワトスンは、ホームズとの大格闘の末、彼をなんとか取り押さえることに成功したが、左足の太ももに、ガラス片が深々と突き刺さり、大怪我を負ってしまう。また、家主のハドスン夫人も、怪我を負った。大怪我を負ったワトスンは、ロンドンの軍病院に収容されて、1ヶ月間、ベッドから動くことができなかった。一方、薬物中毒になったホームズは、コンウォール州(Cornwall)ランズエンド( Land’s End)にあるモーティーマー・トリジェニス精神病院へと送られてしまった。


「第四章 這う人」において、なんとかロンドンの軍病院から退院したワトスンは、「スイフトマガジン」編集部の担当者であるサミュエル・ディッシャーから、「約束していた短編を10日以内に仕上げてくれないと、私と家族は、この下の歩道で物乞いをしていることになる。」と督促され、大いに困った末、机の奥に立ててあるロバート・ルイス・スティーヴンスン作「ジキル博士とハイド氏」に目を止め、それに着想を得て、「這う人」を書き始める。

筆が早いと言われるワトスンとしても、1日半という驚異的な速さで「這う人」を書き上げるも、編集者のサミュエル・ディッシャーから、「これは、暫くの間、発表しない方がよい。ストックとして、当面、寝かせておく方が得策。」と言われるような出来だった。


島田荘司氏作「新しい十五匹のネズミのフライ - ジョン・H・ワトソンの冒険」において、ワトスンが「這う人(The Creeping Man → 2022年11月6日 / 11月18日 / 11月23日付ブログで紹介済)」を執筆する着想を得た「ジキル博士とハイド氏」とは、エディンバラ(Edinburgh)生まれの英国の小説家、詩人で、かつ、エッセイストであるロバート・ルイス・スティーヴンスン(Robert Louis Stevenson:1850年ー1894年)作「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde)」(1886年)のことである。


英国の Metro Media Ltd. から、
Self Made Hero シリーズの一つとして、2009年に出版されている
ロバート・ルイス・スティーヴンスン作
「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件」のグラフィックノベル版の裏表紙


「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件」のグラフィックノベル版が、サー・アーサー・イグナティス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)作「緋色の研究(A Study in Scarlet → 2016年7月30日付ブログで紹介済)」のグラフィックノベル版(→ 2021年5月11日 / 5月19日付ブログで紹介済)やオスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド(Oscar Fingal O’Flahertie Wills Wilde:1854年ー1900年)作「ドリアン・グレイの肖像(The Picture of Dorian Gray → 2022年9月18日 / 10月8日付ブログで紹介済)」のグラフィックノベル版(→ 2022年10月10日付ブログで紹介済)と同じように、英国の Metro Media Ltd. から、Self Made Hero シリーズの一つとして、2009年に出版されている。

本作品のグラフィックノベル版は、Andrzej Klimowski (Mr.)と Danusia Schejbal (Ms.) の両名が、構成と作画を担当している。

両名の紹介によると、Andrzej Klimowski (Mr.)は、Saint Martins School of Art(ロンドン)と Warsaw Academy of Fine Arts で学んだ後、ポーランドにおいて、劇場や映画のポスターを、また、英国において、ほ本のカバーや雑誌のイラストを担当。現在、ロンドンにある Royal College of Art の教授、とのこと。

また、ロンドン出身の Danusia Schejbal (Ms.) は、Ealing School of Art(ロンドン)と Warsaw Academy of Fine Arts で学んだ後、ポーランドにおいて、大手劇場の作品を担当し、その後、英国へ戻り、画家として、英国や欧州において、展覧会を開催している、とのこと。


2022年11月24日木曜日

アガサ・クリスティー作「チムニーズ館の秘密」<グラフィックノベル版>(The Secret of Chimneys by Agatha Christie )- その1

HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「チムニーズ館の秘密」の
グラフィックノベル版の表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-
事件の舞台となるチムニーズ館と
画面の左上には、ジェイムズ・マグラスより、
アンソニー・ケイドが預かった
ヴァージニア・レヴェル本人宛に返す手紙が描かれている。


19番目に紹介するアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)による長編作品のグラフィックノベル版は、「チムニーズ館の秘密(The Secret of Chimneys)」(1925年)である。


本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第5作目に該るが、シリーズ探偵のエルキュール・ポワロ、トーマス・ベレズフォード(Thomas Beresford - 愛称:トミー(Tommy))/ プルーデンス・カウリー(Prudence Cowley - 愛称:タペンス(Tuppence)やミス・ジェーン・マープル等は登場しない。所謂、ノンシリーズの長編としては、「茶色の服の男(The Man in the Brown Suit)」(1924年)に続く作品である。


本作品のグラフィックノベル版は、元々、フランスの作家であるフランソワ・リヴィエール(Francois Riviere:1949年ー)が構成を、そして、スイスの SF 作家兼グラフィックアーティストであるローレンス・スーナー(Laurence Suhner:1968年ー)が作画を担当して、2002年にフランスの Heupe SARL から「Le Secret de Chimneys」というタイトルで出版された後、2007年に英国の HarperCollinsPublishers から英訳版が発行されている。


HarperCollinsPublishers から出ている
アガサ・クリスティー作「チムニーズ館の秘密」の
グラフィックノベル版の裏表紙
(Cover Design and Illustration by Ms. Nina Tara)-
事件の舞台となるチムニーズ館のどこかに隠されている
宝石が描かれている。


南アフリカの町ブラワヨ(Bulawayo - 現在のジンバブエ共和国南西部に所在する都市)にある旅行社に案内役として勤務しているアンソニー・ケイド(Anthony Cade - 愛称:トニー(Tony))は、旧友のジェイムズ・マグラス(James McGrath - 愛称:ジミー(Jimmy))に、偶然、再会する。その際、アンソニー・ケイドは、ジェイムズ・マグラスから、2つの依頼を受けた。


南アフリカの町ブラワヨにある旅行社に案内役として勤務するアンソニー・ケイドは、
旧友のジェイムズ・マグラスに、偶然、再会した。

(1)

4年前、ジェイムズ・マグラスが、パリの人気のない辺りを一人で歩いていた際、無力な老紳士が暴漢達に襲われている現場に出くわした。ジェイムズは、老紳士を助けるべく、暴漢達を叩きのめして、追い払った。

その後、ジェイムズが助けた老紳士が、ヘルツォスロヴァキア(Herzoslovakia)の元総理であるスティルプティッチ伯爵(Count Stylptitch)であることが判明する。スティルプティッチ伯爵は、偉大な外交家の上、影の実力者で、「バルカンの長老」と呼ばれている人物であった。

ヘルツォスロヴァキアは、バルカン半島にある小国で、7年前に、国王のニコライ4世(King Nicholas IV)が、パリの演劇場に芸人として出ていた素性の知れない女性であるアンジェル・モリー(Angele Mory)をロマノフ王朝の末裔であると、国民に信じ込ませ、彼女と結婚して、ヴァラガ女王(Queen Varaga)として公布した。このニコライ4世による国民への策略が契機となり、革命が起こり、国王夫妻は王座から追われただけでなく、宮殿の階段において暗殺され、共和制へと移行したが、最近、王政復古の機運が高まっていた。また、同国内において、油田が発見されたという噂がありその情報の真偽について、英国政府も注目していた。

ジェイムズは、2週間前に、スティルプティッチ伯爵がパリで死去したという新聞記事を読んだが、その直後、伯爵の回顧録の入った小包が彼宛に送られてきた。同封されていた手紙によると、ロンドンのある出版社に、伯爵の回顧録を届ければ、1千ポンドの報酬を支払うという提案が為されていたのである。

ジェイムズは、アンソニーに対して、「スティルプティッチ伯爵の話によると、彼を襲っていた暴漢達は、有名な宝石泥棒であるキングヴィクター(King Victor)が雇った手先だ。なお、キングヴィクターは、パリ警視庁に逮捕されて、数年間、刑務所に入っていたが、最近出所したらしい。」と語るとともに、「自分の代わりに、伯爵の回顧録をロンドンの出版社に届けてほしい。」と頼むのであった。


アンソニー・ケイドは、旧友のジェイムス・マグラスより、
パリにおいて暴漢達から助けた
ヘルツォスロヴァキアの元総理であるスティルプティッチ伯爵から、
彼の死後、託された彼の回顧録をロンドンのある出版社に届けると、
1千ポンドの報酬が得られる話を聞かされる。

(2)

それに加えて、ジェイムズは、アンソニーに対して、ヴァージニア・レヴェル(Virginia Revel)という女性に、彼女自身のスキャンダル絡みの手紙を返してほしいと依頼する。その手紙は、ジェイムズがウガンダに居た頃に助けた人物が持っていたもので、彼の死に際に渡されたもの、とのことだった。


更に、事情を訪ねるアンソニーであったが、ジェイムズは、「信頼すべき情報に基づいて、アフリカ奥地のある地域へ金鉱探しに出かける。金鉱に比べたら、1千ポンド等、取るに足らない。ただ、うまみのある話をみすみす失うのは、勿体無い気がするので、アンソニーに自分の代わりを務めてほしい。」との返事であった。


1千ポンドの報酬のうち、250ポンドの分け前をもらう条件で、
旧友のジェイムズ・マグラスからの依頼を引き受けた
アンソニー・ケイドは、ロンドンへと旅立つ。

アンソニーとしては、伯爵の回顧録が入った小包をパリからロンドンへと送るのに、何故、わざわざアフリカを経由するのか、疑問を感じたが、ジェイムズに劣らぬ冒険家であった彼は、ジェイムズの申し出には、興味を唆られるだけの謎を秘めていたので、取引に応じることに決めた。

1千ポンドの報酬のうち、250ポンドの分け前をもらう条件で、ジェイムズからの依頼を引き受けたアンソニーは、ロンドンへと向かい、旅立ったのである。 


2022年11月23日水曜日

コナン・ドイル作「這う男」<英国 TV ドラマ版>(The Creeping Man by Conan Doyle )- その2

英国で出版された「ストランドマガジン」
1923年3月号に掲載された挿絵(その5) -
プレスベリー教授の屋敷の厩舎の近くで、
首輪がスッポリと抜けたウルフハウンド犬のロイが、
プレスベリー教授の喉元に噛み付く場面が描かれている。
画面後方の人物は、左側から、
トレヴァー・ベネット、シャーロック・ホームズ、
そして、ジョン・H・ワトスンである。


英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、第5シリーズ(The Casebook of Sherlock Holmes)の第6エピソード(通算では第32話)として TV ドラマ化されたサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「這う男(The Creeping Man → 2022年11月6日 / 11月18日 / 11月20日付ブログで紹介済)」は、コナン・ドイルの原作とは異なり、類人猿の売買業者であるウィルコックス(Wilcox)とジェンキンス(Jenkins)、そして、類人猿の場面から始まる。


続いて、ある日の深夜、ケンフォード大学(Camford University)の生理学者(physiologist)であるプレスベリー教授(Professor Presbury)の娘エディス(Edith Presbury)が寝室で眠っていると、何者かが彼女の寝室の窓に張り付く場面へと移る。窓の外に何者かの影を認めたエディスは、気絶してしまう。

翌朝、エディスが、プレスベリー教授の助手で、彼女の婚約者でもあるトレヴァー・ベネット(Trevor Bennett)に対して、昨夜のことを話した結果、トレヴァーが、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズのところへ事件の相談を持ち込むことに繋がって行く。

コナン・ドイルの原作の場合、トレヴァー・ベネットは、プレスベリー教授にかかる奇行の数々を心配して、ホームズの元に事件の相談を持ち込んだ後、何者かがエディスの寝室の窓の外に張り付く事件が発生するが、英国 TV ドラマ版の場合、順番が逆になっている。

また、コナン・ドイルの原作の場合、エディスの寝室の窓の外に張り付いたのが、彼女の父親であるプレスベリー教授であることが判明しているが、英国 TV ドラマ版の場合、エディスの寝室の窓の外に張り付いたのが、何者であるかについては、この時点において、ハッキリしていない。


その後、コナン・ドイルの原作通り、ジョン・H・ワトスンが、ホームズからの電報を受け取り、ベーカーストリート221Bへと呼び出される場面へとなる。

ただし、コナン・ドイルの原作の場合、ワトスンは、ホームズからの電報を受け取った後、文句の一つも言わず、ベーカーストリート221Bへと駆け付けているが、英国 TV ドラマ版の場合、ワトスンは、ベーカーストリート221Bへとやって来るが、ホームズに対して、「ホームズ、私には、非常に重要な手術をあるんだ。(I have a full surgery, Holmes.)」と、不平を漏らしている。


コナン・ドイルの原作の場合、トレヴァー・ベネットとエディス・プレスベリーの依頼に基づき、ホームズとワトスンは、直接、プレスベリー教授に面会を申し入れて、追い返されているが、英国 TV ドラマ版の場合、トレヴァー・ベネットとエディス・プレスベリーの依頼に基づき、ホームズとワトスンは、プレスベリー教授の外出中に、エディスの寝室を調べていると、教授が戻って来て、追い返されるという展開になっている。


コナン・ドイルの原作の場合、プレスベリー教授が飼っている忠実なウルフハウンド犬のロイが、教授に噛み付いた日付は、「7月2日」、「7月11日」および「7月20日」となっているが、英国 TV ドラマ版の場合、ホームズとトレヴァー・ベネットの間の会話からすると、「9月2日」と「9月15日(「1回目から13日後。」と、ホームズが話している)」となっており、日付がかなり異なっている。


コナン・ドイルの原作の場合、スコットランドヤードのレストレード警部(Inspector Lestrade)は登場しないが、英国 TV ドラマ版の場合、ホームズとワトスンが本件に関与することを好まないプレスベリー教授からの要請を受けて、レストレード警部が、ベーカーストリート221Bを訪れて、ホームズに対して、本件から手を引くよう、要請を行う。


英国 TV ドラマ版では、その後、トレヴァー・ベネットは、深夜、プレスベリー教授の屋敷の階段において、黒い影を見かけるが、何者であるかについては、判らなかった。

コナン・ドイルの原作の場合、トレヴァーは、深夜、教授が這うようにして廊下を歩き、そして、トレヴァーと一悶着あった後、階段を降りて行ったので、この点についても、異なっている。また、この場面に関しては、コナン・ドイルの原作の場合、トレヴァーがホームズに事件の相談を持ち込む前の出来事であるが、英国 TV ドラマ版の場合、トレヴァーがホームズに事件の相談を持ち込んだ後の出来事へと変更されている。


コナン・ドイルの原作にはないが、(1)ホームズが、新聞で類人猿盗難事件の記事を見つける場面、(2)プレスベリー教授の同僚で、比較解剖学の議長を務めるモーフィー教授(Professor Morphy)の娘で、プレスベリー教授の婚約者であるアリス・モーフィー(Alice Morphy)が、プレスベリー教授の元を訪れて、年齢差を理由に、婚約指輪を返す場面、そして、(3)ホームズとワトスンの2人が、コマーシャルロード(Commercial Road)にあるA・ドーラック(A. Dorak)の店へ侵入する場面が、ここで追加されている。


コナン・ドイルの原作の場合、事件のクライマックスは、プレスベリー教授の屋敷の厩舎の近くで、ウルフハウンド犬のロイは、首輪がスッポリと抜けた後、教授の喉元に喰らいつく場面に訪れるが、英国 TV ドラマ版の場合、プレスベリー教授が、元婚約者となってしまったアリスの部屋へと侵入して、彼女を襲おうとするが、放たれたウルフハウンド犬のロイが、教授に襲い掛かるという場面に変更されている。


コナン・ドイルの原作の場合、事件のクライマックスの日付について、明確に特定されていないものの、(1903年)9月の中旬から下旬にかけての日付だと思われるが、英国 TV ドラマ版の場合、「10月21日」と言及されている。


コナン・ドイルの原作の場合、事件のクライマックスの後、プレスベリー教授の書斎において、ホームズは、ワトスンとトレヴァー・ベネットに対して、事件の真相を語るが、英国 TV ドラマ版の場合、ベーカーストリート221Bにおいて、ホームズは、ワトスンとレストレード警部に対して、事件の真相を語る。レストレード警部が辞去した後、ワトスンは、ホームズに対して、「If I may say so, you went too far in allowing Lestrade all the credit.」と言って、事件解決の手柄をレストレード警部に譲ることに異を唱えるが、ホームズは、「Not at all, Watson. You can file it away in our archives. One day, the entire truth can be fold.」と返事して、意に介さなかったのである。


2022年11月22日火曜日

アガサ・クリスティー マープル 2023年カレンダー(Agatha Christie - Marple - Calendar 2023)- 「書斎の死体(The Body in the Library)」

ビル・ブラッグ氏が描く
ミス・マープルシリーズの長編第2作目「書斎の死体」の一場面

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の作品を出版している英国の Harper Collins Publishers 社から、ミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズのペーパーバック版の表紙を使った2023年カレンダーが出ているので、順番に紹介したい。


2023年カレンダーに使用されているミス・マープルシリーズのペーパーバック版の表紙は、英国のイラストレーターであるビル・ブラッグ(Bill Bragg)氏が担当している。


なお、カレンダーの順番は、長編・短編集を含めて、ミス・マープルシリーズの発表順にはなっていない。


(1)「書斎の死体(The Body in the Library)」


「書斎の死体」は、1942年に発表されたミス・マープルシリーズの長編第2作目である。


「奥様、奥様!書斎に死体があります!」

メイドのメアリーが発するヒステリックな第一声で、ドリー・バントリー(Dolly Bantry)は目を覚ますと、退役軍人である夫のアーサー・バントリー大佐(Colonel Arthur Bantry)を起こす。こうして、邸宅ゴシントンホール(Gossington Hall)における平和で穏やかな秋の朝は、メイドの叫び声で打ち破られるのであった。


バントリー大佐が書斎に駆け付けてみると、暖炉の前の敷物の上に、銀色のスパンコールを散りばめたイヴニングドレス姿の、背の高いプラチナブロンドの若い女性の絞殺死体が横たわっていた。ところが、大佐には、殺されている女性の身元に心当たりがなかった。

バントリー大佐は、直ぐに警察に連絡を行い、メルチェット大佐(Colonel Melchett)とスラック警部(Inspector Slack)が派遣されてくる。

一方、妻のバントリー夫人は、人間の本質を鋭く見抜く眼力を持つ旧友のミス・マープルに、助けを求める。


何故、閑静な屋敷に、それも、書斎に、若い女性の死体が突然現れたのか?彼女の身元は?何故、彼女は絞殺されることになったのか?そして、彼女は、どこからここまでやって来たのか?

様々な噂や憶測が、セントメアリーミード村(St. Mary Mead)の中を駆け巡るのであった。



カレンダーには、邸宅ゴシントンホールに住むアーサー・バントリー大佐が、書斎の暖炉の前の敷物の上に、若い女性の絞殺死体が横たわっているのを発見する場面が描かれている。あるいは、ある人物が、酔っ払って真夜中に帰宅した際、自宅の部屋の敷物の上で発見した女性の死体を、以前から気に入らないバントリー大佐の邸宅へと運び、書斎の暖炉の前の敷物の上に放置した場面だろうか?


Harper Collins Publishers 社から出版されている「書斎の死体」のペーパーバック版の表紙には、ビル・ブラッグ氏によるイラストが、卓上ランプの形に切り取られているものが使用されている。


2022年11月21日月曜日

コナン・ドイル作「這う男」<英国 TV ドラマ版>(The Creeping Man by Conan Doyle )- その1

英国のグラナダテレビが制作した「シャーロック・ホームズの冒険」として放映された
「這う男」の一場面 -
画面左側から、エドワード・ハードウィックが演じるジョン・H・ワトスン、
コリン・ジェボンズが演じるスコットランドヤードレストレード警部、
そして、ジェレミー・ブレットが演じるシャーロック・ホームズ。

サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「這う男(The Creeping Man → 2022年11月6日 / 11月18日 / 11月20日付ブログで紹介済)」は、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、47番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1923年3月号に、また、米国では、「ハースイ インターナショナル」の1923年3月号に掲載された。

また、同作品は、1927年に発行されたホームズシリーズの第5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」に収録された。


本作品は、英国のグラナダテレビ(Granada Television Limited)が制作した「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1984年ー1994年)において、TV ドラマとして映像化された。具体的には、第5シリーズ(The Casebook of Sherlock Holmes)の第6エピソード(通算では第32話)として、英国では、1991年に放映されている。


配役は、以下の通り。


(1)シャーロック・ホームズ → ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett:1933年ー1995年)

(2)ジョン・ワトスン → エドワード・ハードウィック(Edward Hardwicke:1932年ー2011年)


(3)プレスベリー教授(Professor Presbury:ケンフォード大学(Camford University)の生理学者(physiologist))→ Charles Kay

(4)トレヴァー・ベネット(Trevor Bennett:プレスベリー教授の助手で、教授の娘エディスの婚約者)→ Adrian Lukis

(5)エディス・プレスベリー(Edith Presbury:プレスベリー教授の娘で、トレヴァー・ベネットの婚約者)→ Sarah Woodward

(6)アリス・モーフィー(Alice Morphy:プレスベリー教授の同僚で、比較解剖学の議長を務めるモーフィー教授( Professor Morphy)の娘で、プレスベリー教授の婚約者)→ Anna Mazzotti

(7)マクフェイル(Macphail:プレスベリー家の御者)→ James Tomlinson

(8)ウィルコックス(Wilcox:類人猿の売買業者)→ Peter Guinness

(9)ジェンキンス(Jenkins:類人猿の売買業者)→ Steve Swinscoe

(10)レストレード警部(Inspector Lestrade:スコットランドヤードの警部)→ Colin Jeavons

(11)動物学協会の秘書(Secretary of the Zoological Society:固有名詞はなし)→ Anthony Havering

(12)類人猿(Great Ape)→ Peter Elliott


(4)

コナン・ドイルの原作上、トレヴァー・ベネットが正式名であるが、婚約者のエディスが「Jack」と愛称で呼び掛けていることもあり、英国 TV ドラマ版の場合、物語の終わりに出る役名は、「ジャック・ベネット(Jack Bennett)」となっている。


(7)・(8)

コナン・ドイルの原作の場合、H・ローウェンスタイン(H. Lowenstein:プラハ在住の生理学者)とA・ドーラック(A. Dorak:ロンドンにおけるH・ローウェンスタインの代理人)が出てくるが、英国 TV ドラマ版の場合、H・ローウェンスタインについては、名前の言及を含めて、全く登場しない。また、A・ドーラックに関しては、原作と同様に、名前だけが言及されるのみで、画面上には、姿を見せない。彼らの代わりに、類人猿の売買業者であるウィルコックスとジェンキンスの2人が登場する。


(10)

コナン・ドイルの原作の場合、レストレード警部は登場しないが、英国 TV ドラマ版の場合、ホームズとワトスンが本件に関与することを好まないプレスベリー教授からの要請を受けて、レストレード警部が、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)を訪れて、ホームズに対して、本件から手を引くよう、要請を行う。


(11)

英国 TV ドラマ版のみのキャラクターであり、コナン・ドイルの原作には、登場しない。


(12)

物語の冒頭や途中に出てくる類人猿(ゴリラ?)は、多分、人間が着ぐるみを着て演じているものと思われる。


2022年11月20日日曜日

コナン・ドイル作「這う男」<小説版>(The Creeping Man by Conan Doyle )- その3

英国で出版された「ストランドマガジン」
1923年3月号に掲載された挿絵(その4) -
プレスベリー教授の助手であるトレヴァー・ベネットの依頼に基づいて、
教授の屋敷を訪れたシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンであったが、
話をしている間に、
教授は、途方も無い敵意を顔に浮かべて、
甲高い悲鳴のような声で叫ぶと、怒り狂ったように、両手を振った。
更に、教授は、顔を痙攣させ、歯を剥き出しにすると、
ホームズとワトスンの二人に対して、訳の分からない言葉を発した。
助手のトレヴァー・ベネットが、慌てて間に入らざるを得なかった。

1903年9月のある日曜日(→後のホームズの発言から、9月6日であることが判る)の晩、ジョン・H・ワトスンは、シャーロック・ホームズからの電報を受け取り、急いでベーカーストリート221B(221B Baker Street)へと駆け付ける。

丁度、そこへ、事件の依頼人であるトレヴァー・ベネット(Trevor Bennett)が、ホームズの元を訪れ、ホームズとワトスンの二人に対して、自分が助手を務めるプレスベリー教授(Professor Presbury)にかかる驚くべき話を始めるのであった。


プレスベリー教授(Professor Presbury)は、ケンフォード大学(Camford University)の生理学者(physiologist)で、欧州中で名声を獲得しており、醜聞の欠片もない人物だった。夫人に先立たれたプレスベリー教授は、現在、61歳で、娘のエディス(Edith Presbury)と暮らしていた。そして、教授の助手であるトレヴァー・ベネットは、教授の家に同居して、教授をサポートする一方、彼の娘であるエディスと婚約していた。


そのような静かで、学究の生活を送ってきたプレスベリー教授が、2、3ヶ月前に、同じ大学の同僚で、比較解剖学の議長を務めるモーフィー教授(Professor Morphy)の娘で、親と子程の年齢差があるアリス(Alice Morphy)と婚約下のを契機に、教授の行動におかしなことが起き始めた。

プレスベリー教授は、突然、行き先を誰にも告げないまま、2週間の間、家を空けたのである。そして、彼は、げっそりと疲れた様子で、戻って来たが、どこへ行っていたのかについては、全く言及しなかった。


プレスベリー教授が旅行から戻って来てから、彼の奇行が更に激しくなる。


・トレヴァーに対して、ロンドンから届く手紙のうち、切手の下に十字の印が付いているものは、開封しないまま、別途、そのまま保管しておくよう、指示をした。

・旅先から持ち帰った木の小箱に、トレヴァーが偶然触れだだけで、恐ろしい勢いで激怒した。(7月2日)

・教授が飼っている忠実なウルフハウンド犬のロイが、時折、教授に噛み付くようになった。(7月2日、7月11日および7月20日)

・真夜中、四つん這いではないものの、這うようにして、教授が廊下を歩いている現場を、トレヴァーは目撃した。(一昨日(9月4日)の夜)

・教授は、61歳という年齢にもかかわらず、トレヴァーが知っている限り、以前よりも若々しく、かつ、壮健になってきた。


上記のような不可解な話の数々をトレヴァーがホームズとワトスンに対してしていると、プレスベリー教授の娘で、トレヴァーの婚約者であるエディスがホームズの元を訪れて、更に驚くような話をし始めた。


彼女が、昨夜(9月5日)、屋敷の3階にある自室で眠っていた際、非常にけたたましく吠える犬の声に目を覚まして、窓の方を見ると、窓の外に父親であるプレスベリー教授が居て、窓ガラスに顔を押し付け、そして、片手を上げ、窓を押し上げようとしているように見えた。

屋敷の庭に、長い梯子等はないため、誰であっても、3階にある彼女の部屋の窓まで登ることは不可能だった。

驚きと恐怖でほとんど死にそうになった彼女は、窓の外をそれ以上見ることができず、朝が明けるまで、寒気に震えていた。


そして、彼女は、ロンドンへ出る口実をつくると、大急ぎでここまでやって来た、と言うのであった。


トレヴァー・ベネットとエディス・プレスベリーからの話を聞いたホームズは、翌日の月曜日(9月7日)の朝、ワトスンを伴い、ケンフォードへと向かい、「チェッカーズ(Chequers)」という宿に旅行鞄を預けると、プレスベリー教授の調査を開始する。

ホームズとワトスンは、午前11時の講義が終わって、屋敷で休憩するプレスベリー教授を訪問した。「私は、別の人物を通じて、ケンフォード大学のプレスベリー教授が、私の手助けを必要としていると伺いました。(I heard through a second person that Professor Presbury of Camford had need of my services.)」と語るホームズに対して、教授は、途方も無い敵意を顔に浮かべて、甲高い悲鳴のような声で叫び、怒り狂ったように、両手を振った。更に、教授は、顔を痙攣させ、歯を剥き出しにすると、後先を考えない怒りの下、ホームズとワトスンの二人に対して、訳の分からない言葉を発した。助手のトレヴァー・ベネットが間に入らなければ、一騒動が起きるところだった。


プレスベリー教授の屋敷から退散したホームズ達であったが、ホームズは、教授の奇行が激しくなる日付から、9日間毎に、教授が何か非常に強い薬物を摂取していると推理する。更に、教授の指関節、ウルフハウンド犬のロイ、そして、屋敷の壁の蔦から、この謎を解明するのであった。


本作品「這う男」は、非常に怪奇色が強い物語で、プレスベリー教授の奇行は、エディンバラ(Edinburgh)生まれの英国の小説家、詩人で、かつ、エッセイストであるロバート・ルイス・スティーヴンスン(Robert Louis Stevenson:1850年ー1894年)作「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件(The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde)」(1886年)を彷彿とさせる。


ホームズが解き明かした事件の真相については、現代の医学 / 科学の観点からすると、首を捻らざるを得ない部分があるが、ジキル博士とハイド氏、吸血鬼ドラキュラ、フランケンシュタイン、宇宙戦争、タイムマシンや透明人間等の傑作が相次いで、小説のジャンルの境目が明確でなかったヴィクトリア朝時代を生きたホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sire Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の空想性が生んだ一編と見る他はないと言える。