2022年4月30日土曜日

ボニー・マクバード作「シャーロック・ホームズの冒険 / 芸術家の血」(A Sherlock Holmes Adventure / Art in the Blood by Bonnie MacBird) - その3

株式会社ハーパーコリンズ・ジャパンから
2016年に出版されている文庫版
「シャーロック・ホームズの事件録 芸術家の血」の表紙
   表紙イラスト: 竹中
    ブックデザイン: albireo
→ 出版社としては、日本国内で本が売れることを狙って、
英国の BBC ドラマ「シャーロック(Sherlock)」のノベライズ本のような
表紙イラストにしているのかもしれないが、
個人的には、英国のオリジナル版のように、
オーソドックスなホームズのブックデザインで進めて欲しかった。  


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆半(2.5)


パリのナイトクラブの花形シャンソン歌手エムリーヌ・ラ・ヴィクトワール(Emmeline La Victoire)の息子であるエミール(Emil)の失踪事件と「マルセイユのニケ(Marseilles Nike)」像の盗難事件の2つを軸にして、物語が進が、舞台がパリから英国のペリンガム伯爵(Earl of Pellingham)の地所へ移ってから、更に、殺人事件が2件発生する。ページ数の割には、話を詰め込み過ぎのきらいがある。最終的には、失踪事件と盗難事件よりも、殺人事件の方が物語のメインになってしまい、当初の主題だった2つの話があっさりと処理されてしまい、やや拍子抜けの感じを否めない。


(2)物語の展開について ☆☆半(2.5)


前半の舞台はパリで、後半はペリンガム伯爵の地所へと舞台を移し、物語は割合とテンポ良くは進む。

前半にフランス人探偵のジャン・ヴィドック(Jean Vidocq)が登場するので、物語の後半、エミールの失踪事件と「マルセイユのニケ」像の盗難事件をめぐって、シャーロック・ホームズとヴィドックの戦いがあるものと予想したが、物語の後半になると、ホームズとジョン・H・ワトスンの2人を除く登場人物がほぼ入れ替わってしまい、ヴィドックが登場する場面はほとんどなく、予想したホームズとヴィドックの戦いも、当然のことながら、全くない。

物語の前半におけるメインとなるエムリーヌ・ラ・ヴィクトワールを含め、物語の前半の登場人物を、後半部分において、うまく生かし切れていない。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆半(1.5)


本作品では、ホームズが打つ手は全て後手後手にまわり、彼が後悔する通り、最悪の結果ばかりを招く。

また、ホームズの不手際も多く、物語の後半、ホームズがある人物に変装して、ワトスンと一緒に、ペリンガム伯爵の屋敷へ潜入することに成功するものの、朝食に発生したあることを通して、屋敷の人達、それも執事に、変装を簡単に見破られてしまうという失態を演じている。

物語全体を通じて、ホームズによる推理の冴えもほとんど見られず、名探偵として、目立った活躍を全くできていない。


(4)総合評価 ☆☆半(2.5)


基本的には、限られた物語の分量(約300ページ)の中に、作者(ボニー・マクバード(Bonnie MacBird))が、自分が書きたいことというか、事件を詰め込み過ぎている上に、物語の前半と後半で登場人物がほぼ入れ替わってしまい、後半において、前半の登場人物をうまく生かしきれていないという難点がある。

当初、話の軸だった2つの事件(失踪事件+盗難事件)に特化して、物語を進めた方が、もっとスッキリした内容になったのではないかと思う。

2022年4月27日水曜日

ピーター・シェーファー作「衣裳戸棚の女」(The Woman in The Wardrobe by Peter) - その2

「トレント最後の事件(Trent's Last Case)」(1913年)等で有名な
英国の推理作家であるエドムンド・クレリヒュー・ベントリー
(Edmund Clerihew Bentley:1875年ー1956年)の次男で、
イラストレーターであるニコラス・クレリヒュー・ベントリー
(Nicolas Clerihew Bentley:1907年ー1978年)が、
登場人物の挿絵を担当している。

大英図書館(British Library)から、Crime Classics シリーズの1冊として、2020年に出版された「衣裳戸棚の女(The Woman in The Wardrobe)」(1951年)の作者名は「ピーター・シェーファー(Peter Shaffer)」となっているが、厳密に言うと、作者名は、「ピーター・アントニー(Peter Antony)」、または、「アンソニー&ピーター・シェーファー(Anthony & Peter Shaffer)」で、アンソニー・ジョシュア・シーファー(Anthony Joshua Shaffer:1926年ー2001年)とピーター・レヴィン・シェーファー(Peter Levin Shaffer:1926年-2016年)の双子の劇作家兄弟による合作のペンネームである。




長身巨漢のヴェリティー氏(Mr Verity - 66歳)は、古美術蒐集家で、かつ、スコットランドヤードからも一目置かれる素人名探偵でもあった。彼は、サセックス州(Sussex)のアムネスティー(Amnestie - 架空の場所で、海沿いのリゾート地として有名)という小さな町の郊外にある丘の上に建つ「ペルセポリス(Persepolis)」と呼ばれる別荘に住んでいた。


7月のある朝(午前8時前)、ヴェリティー氏が、海でひと泳ぎしようと考え、丘を下って行くと、「The Charter」というホテルの横を通りかかったところで、おかしな光景に遭遇して、歩みを止めることとなった。ホテルの2階(first-floor)にある一室の窓から、男性(パクストン氏(Mr Paxton))が姿を現わして、隣室の窓へと忍び込んで行ったのだ。

怪しげな行動を目撃したヴェリティー氏が、道路を横切り、ホテルの中に入ると、ホテルの支配人(Miss Framer)に対して、御注進に及んでいると、当の不審人物が階段を駆け下りて来て、「マクスウェル氏(Mr Maxwell)が殺されている。」と言うと、その場にへたり込んだ。

ヴェリティー氏は、ホテルの電話を使い、地元警察(Inspector Jackson)に連絡をとった。



パクストン氏の話を聞いて、ショックを受けているホテルの支配人をその場に残すと、ヴェリティー氏は、パクストン氏を連れて、問題の部屋(マクスウェル氏の部屋)がある2階へと向かう。

パクストン氏のポケットに、拳銃が入っているのを見つけたヴェリティー氏は、その拳銃を自分に渡すよう、パクストン氏に告げた。パクストン氏から受け取った拳銃を、ヴェリティー氏が調べてみると、拳銃は全弾充填されており、直近で使用された形跡はなかった。

問題の部屋に駆け付けてみると、部屋のドアには、鍵がかかっていた。パクストン氏は、「自分は、ドアに鍵をかけた覚えはない。」と断言した。

その時、ホテルの外で、格闘の声があがる。問題の部屋の窓から逃げ出そうとした男性(カニンガム氏(Mr Cunningham))が、ヴェリティー氏の連絡を受けて、現場に駆け付けて来た警察に捕らえられたのである。


問題の部屋のドアを開けられないヴェリティー氏は、止むを得ず、1階へとって返すと、ホテルの支配人に対して、マスターのことを尋ねるが、ホテルの支配人の回答はハッキリとせず、「昨夜は、確かに、鍵掛けにあったが、今は、どこにも見当たらない。」と、困り顔だった。

仕方がないため、警察の立会いの下、ヴェリティー氏が、パクストン氏の拳銃を使って、ドアの鍵を壊して、問題の部屋の中へと入った。

ドアを開けてみると、ドアと衣裳戸棚の間の床の上に、射殺されたマクスウェル氏の死体が倒れていたのである。部屋のドアも窓も、内側からしっかりと鍵がかけられている完全な「密室」状態だった。

更に驚くことには、衣裳戸棚の中から、手足を縛られ、気絶していたホテルのメイド(アリス・バートン(Alice Burton))が見つかった。



マクスウェル氏の部屋を出入りした2人の男性であるパクストン氏とカニンガム氏。パクストン氏は、「窓から部屋に侵入して、ドアから出た。」と言い、カニンガム氏は、「ドアから部屋に侵入して、窓から出た。」と言う。そして、「密室」状態の部屋の中で、射殺されたマクスウェル氏と一緒に居たホテルのメイド(アリス・バートン)。更に、警察による捜査に対して、何故か、要領を得ないホテルの支配人。

被害者のマクスウェル氏は、強請りを専門としていたことが判明し、事件の関係者達は、皆、マクスウェル氏に強請られていたようである。つまり、事件の関係者全員が、彼を殺害したい動機を持っていた。


素人名探偵であるヴェリティー氏は、この謎をどのように紐解くのか?



双子の劇作家兄弟が共同執筆しているだけあって、台詞が軽妙な上、話のテンポもよく、とても演劇的で、まるで、舞台の上で殺人事件が進行しているような印象を受ける。また、ヴェリティー氏による推理が二転三転し、最後には、まさかの真相へと辿り着く。


本作品は、「戦後最高の密室ミステリー」と激賞する人も居るようであるが、個人的には、それ程の作品だとは思えなかった。

確かに、密室のトリックは衝撃的と言うか、奇抜であるが、そうであればあるほど、トリックの必然性やそれを見破るための伏線等がしっかりしていることが、作品上、求められる。であるが、本作品の場合、トリックの必然性は十分ではないし、それを見破るための伏線も、キチンと張られていない。ヴェリティー氏が、パクストン氏の拳銃を使って、ドアの鍵を壊して、問題の部屋の中へと入るという何気無い場面展開が、密室のトリックとして、非常にうまく活用されているが、その分、非常に勿体無いと言える。


2022年4月24日日曜日

トラファルガーの海戦(Battle of Trafalgar) - その2

「トラファルガーの海戦」(1805年10月21日)の200周年を記念して、
英国のロイヤルメール(Royal Mail)が、2005年10月18日に発行した
記念切手に付いている海戦図

英国本土上陸作戦の中止を決断したフランス第一帝政の皇帝であるナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte:1769年ー1821年 在位期間:1804年-1814年+1815年)、すなわち、ナポレオン1世は、次の手として、オーストリアへの侵攻を計画し、その支援のため、スペインのフィニステレ岬(Cape Finisterre)の沖で行われたフィニステレ岬の海戦(Battle of Cape Finisterre - 1805年7月22日に、英国艦隊とフランス / スペイン連合艦隊の間で行われた海戦)から撤退して、スペインのカディス(Cadiz:スペイン南西部に位置し、大西洋に面する港湾都市)に入り、整備を行っていたフランス / スペイン連合艦隊を率いる提督(トゥーロン駐留艦隊司令官)のピエール=シャルル=ジャン=バティスト=シルヴェストル・ド・ヴィルヌーヴ伯爵(Pierre-Charles-Jean-Baptiste-Silvestre de Villeneuve:1763年ー1806年)に対して、命令を下した。ナポレオン1世からの命令を受けたド・ヴィルヌーヴ提督は、1805年10月19日から20日にかけて、フランス / スペイン連合艦隊をカディスから出撃させた。一方、地中海艦隊司令長官(Commander-in-Chief of the Mediterranean  Fleet)であったホレーショ・ネルソン(Horatio Nelson:1758年ー1805年)が率いる英国地中海艦隊は、出撃したフランス / スペイン連合艦隊をカディス沖で監視していた。


そして、カディス沖に布陣していた英国地中海艦隊とカディスを出撃したフランス / スペイン連合艦隊は、翌日の1805年10月21日に、スペインのトラファルガー岬(Cape of Trafalgar)の沖において、相見えることになる。


トラファルガースクエア(Trafalgar Sqaure)の近くにある
地下鉄チャリングクロス駅(Charing Cross Tube Station)の改札口へと向かう地下通路の壁に描かれている
タイル画(その1) -
「トラファルガーの海戦」を前にして、作戦を練るネルソン提督

英国地中海艦隊とフランス / スペイン連合艦隊の指揮官と戦力は、以下の通り。


<英国艦隊>

(指揮官)

ホレーショ・ネルソン(階級:1804年に白色艦隊中将(Vice-Admiral of the White)へ昇進) → 英国側の旗艦である「ビクトリー(HMS Victory → 2022年1月16日付ブログで紹介済)」に乗艦

・カスバート・コリングウッド(Cuthbert Collingwood:1748年ー1810年)(階級:1805年に赤色艦隊中将(Vice-Admiral of the Red)へ昇進) → 「ロイヤルソブリン(HMS Royal Sovereign)」に乗艦

(戦力)

・戦列艦: 27隻

・フリゲート艦: 4隻

・その他: 2隻


<フランス / スペイン連合艦隊>

(指揮官)

・フランス: ピエール=シャルル=ジャン=バティスト=シルヴェストル・ド・ヴィルヌーヴ伯爵(階級:海軍中将) → フランス側の旗艦である「ビューサントル(Bucentaure)」に乗艦

・スペイン: ドン・フェデリコ・カルロス・グラビーナ・イ・ナポリ(Don Federico Carlos Gravina y Napoli:1756年ー1806年)(階級:大将(Admiral)) → スペイン側の旗艦である「プリンシペ・デ・アストゥリアス(Principe de Asturias)」に乗艦

(戦力)

・戦列艦: 33隻(フランス:18隻+スペイン:15隻)

・フリゲート艦: 5隻

・その他: 2隻


フランス / スペイン連合艦隊を率いるド・ヴィルヌーヴ提督は、当初、艦隊を三日月型の陣形にしていた。そこで、英国艦隊を率いるネルソン提督は、フランス / スペイン連合艦隊の隊列を分断するために、2列の縦列で相手に突っ込むネルソンタッチという戦法を使用する。


トラファルガースクエアの近くにある
地下鉄チャリングクロス駅の改札口へと向かう地下通路の壁に描かれているタイル画(その2) -
三日月型の陣形を採るフランス / スペイン連合艦隊に対して、
2列の縦列で突っ込む英国艦隊
(風上の列は、ネルソン提督が乗艦する旗艦「ビクトリー」が先導し、
風下の列は、コリングウッド提督が乗艦する「ロイヤルソブリン」が先導)


午前11時45分に、戦いの火蓋は切って落とされ、ネルソン提督は、各艦に対して、「英国は、各員が自身の義務を果たすことを期待する。(England expects that every man will do his duty.)」という有名な信号旗を送信した。

その際、フランス / スペイン連合艦隊は、北方向へカーブした陣形を採っていたが、ネルソン提督の戦法通り、ネルソン提督が乗艦する旗艦の「ビクトリー」が風上の縦列で、そして、コリングウッド提督が乗艦する「ロイヤルソブリン」が風下の縦列で、フランス / スペイン連合艦隊へと向かった。


フランス / スペイン連合艦隊は、英国艦隊よりも、数的には優位であったが、フランス海軍艦にスペイン海軍艦が混在していたため、指揮系統が複雑だったことに加え、士気や練度も低かった。一方、英国艦隊の方は、士気や練度も高かった。また、フランス / スペイン連合艦隊の艦載砲の射速(3分に1発)は、英国艦隊(1分30秒に1発)に比べると、かなり劣っていた。


大激戦の末、フランス / スペイン連合艦隊は、


大破: 1隻

拿捕: 21隻

戦死: 約4,500名

戦傷: 約2,500名

捕虜: 約7,000名


という被害を受けた上に、フランス / スペイン連合艦隊を率いるド・ヴィルヌーヴ提督も捕虜となった。ドン・フェデリコ・カルロス・グラビーナ・イ・ナポリ提督は負傷し、スペインへと戻った後も、負傷が癒えず、数ヶ月後に世を去った。


一方、英国艦隊は、


大破: 0隻

拿捕: 0隻

戦死: 約450名

戦傷: 約1,200名


という被害で済んだが、英国艦隊を率いたネルソン提督が、フランス艦「ルドゥタブル(Redoutable)」の狙撃兵による銃弾に倒れ、「神に感謝する。私は、義務を果たした。(Thank God. I have done my duty.)」と言い残して、息を引き取ったのである。


トラファルガースクエアの近くにある
地下鉄チャリングクロス駅の改札口へと向かう地下通路の壁に描かれているタイル画(その3) -
英国艦隊を率いたネルソン提督は、フランス艦「ルドゥタブル」の狙撃兵による銃弾に倒れ、
息を引き取ってしまう


ネルソン提督が死亡したため、コリングウッド提督が、英国艦隊の最高指揮官となった。嵐の接近を予測したネルソン提督は、「錨を下ろせ。」と遺言したが、コリングウッド提督は、これを無視した。その結果、トラファルガー岬の沖合いに発生した嵐により、英国艦隊は、せっかく拿捕した艦の多くを失うことになったのである。

トラファルガースクエアの近くにある
地下鉄チャリングクロス駅のプラットフォームに描かれている壁画 -
「トラファルガーの海戦」における英国艦隊の勝利とネルソン提督の死を伝える新聞記事と
ネルソン提督の肖像画


ネルソン提督の遺体は、腐敗を防ぐために、当時最高級のコニャックの樽に入れられ、旗艦「ビクトリー」が曳航された先のジブラルタルにおいて、ワインを蒸留したスピリッツで満たされた棺へと移された後、鉛で密封の上、英国本国まで運ばれた。そして、翌年の1806年、君主以外では初となる国葬として、セントポール大聖堂(St. Paul’s Cathedral → 2018年8月18日 / 8月25日 / 9月1日付ブログで紹介済)に葬られたのである。
 

2022年4月23日土曜日

ボニー・マクバード作「シャーロック・ホームズの冒険 / 芸術家の血」(A Sherlock Holmes Adventure / Art in the Blood by Bonnie MacBird) - その2

英国の HarperCollinsPublishers 社から
Collins Crime Club シリーズの1冊として
2015年に出版されたボニー・マクバード作
「シャーロック・ホームズの冒険 / 芸術家の血」(ハードカバー版)の裏表紙
Jacket Layout Design : HarperCollinsPublishers Ltd.
Jacket Images : Shutterstock.com


翌朝、ハドスン夫人が、パリから届いた1通の手紙をシャーロック・ホームズに渡す。

差出人は、ナイトクラブの花形シャンソン歌手で、「シェリ・スリーズ(Cherie Cerise)」と呼ばれるエムリーヌ・ラ・ヴィクトワール(Emmeline La Victoire)で、英国のペリンガム伯爵(Earl of Pellingham)との間にできた10歳になる息子のエミール(Emil)が、父親の地所から姿を消して、行方不明になっていると言う。誘拐、あるいは、それ以上の恐ろしいことになっている可能性に怯える彼女は、失踪した息子を捜してほしいという切羽詰まった訴えを、手紙に記していた。

彼女は、年に一度、クリスマスの時季に限って、ロンドンでエミールに面会することが許されていた。ところが、1週間前、彼女のところに手紙が届き、今年の面会は中止になる上、今後もずーっと会えなくなる可能性が示唆されていた。早速、彼女がペリンガム伯爵宛に照会の電報を打ったところ、翌日、彼女が通りを歩いていた時、凶暴そうなゴロツキが彼女に近付いて来て、「これ以上、余計なことをするな!」と脅した、とのこと。

彼女から届いた二重仕掛けの手紙の文面にひどく興味をそそられたホームズは、相棒のジョン・H・ワトスンを伴って、早速、パリへ赴くことを決める。


ペリンガム伯爵とは、英国でも最上級に裕福な貴族で、貴族院において、絶大な権力を有しており、慈善家で、かつ、膨大な美術品のコレクターとして、広く世間に知られていた。

ヴィクトリア駅(Victoria Station)からドーヴァー(Dover)行きの列車の中で、ホームズは、ワトスンに対して、「兄マイクロフト(Mycroft)からの手紙は、ペリンガム伯爵、つまり、「E/P (= Earl of Pellingham)」を名指ししている。」と話し始めた。ホームズによると、兄マイクロフトは、ペリンガム伯爵がマトモではない手段で美術品を蒐集していると疑っている、とのこと。


今回、ペリンガム伯爵が大きくクローズアップされている理由は、今年の初めに発掘されたギリシアの像「マルセイユのニケ(Marseilles Nike)」の盗難に彼が深く関与しているのではないかという疑いがかけられているからである。

「マルセイユのニケ」は、「エルギン・マーブル(Elgin Marbles)」以来の重大な発見で、美しさでは「サモトラケのニケ(Winged Victory)」を凌ぐと言われていた。

(1)「マルセイユのニケ」を発掘したのは、英国人貴族であること、(2)フランスが発掘資金を提供したこと、そして、(3)発掘現場がギリシアであることから、少なくとも、3つの国家(英国、フランスとギリシア)が「マルセイユのニケ」の所有権を争ったが、最終決着がつかないまま、とりあえず、像はルーヴル美術館(Louvre)へと運ばれることになった。

ところが、ギリシアからルーヴル美術館へと運ばれる途中のマルセイユにおいて、像は、跡形もなく、突然、消え失せてしまったのである。それが、今から3ヶ月前のことだった。

像の盗難に際して、4人の男性が残酷な手口で殺害されていた。英国、フランスとギリシアの各政府は、大金を投入して、「マルセイユのニケ」の行方を捜索するとともに、殺人事件の犯人を捕らえようとしたが、全てが無駄に終わり、現在に至っている。


マイクロフト・ホームズは、ペリンガム伯爵を覆う厚いカーテンを取り払って、彼への捜査を可能とする理由を必要としていた。そこへ、エムリーヌ・ラ・ヴィクトワールからの手紙が届いた。

シャーロック・ホームズとしては、パリで彼女に会うことで、ペリンガム伯爵の内情に近付くことができるのではないかと期待していた。それで、彼女からの依頼を受けたのだと言う。


果たして、光の都パリにおいて、ホームズとワトスンの2人を、一体、何が待ち構えているのだろうか?


2022年4月20日水曜日

ピーター・シェーファー作「衣裳戸棚の女」(The Woman in The Wardrobe by Peter Shaffer) - その1

大英図書館から2020年に出版された
ピーター・シェーファー作「衣裳戸棚の女」の表紙
(Front cover : NRM / Pictorial Collection / Science Picture Library)

今回は、ピーター・シェーファー(Peter Shaffer)作「衣裳戸棚の女(The Woman in The Wardrobe)」(1951年)を御紹介したい。 

大英図書館(British Library)から Crime Classics シリーズの1冊として出版されている本作品の作者名は「ピーター・シェーファー」となっているが、厳密に言うと、作者名は、「ピーター・アントニー(Peter Antony)」、または、「アンソニー&ピーター・シェーファー(Anthony & Peter Shaffer)」で、アンソニー・ジョシュア・シーファー(Anthony Joshua Shaffer:1926年ー2001年)とピーター・レヴィン・シェーファー(Peter Levin Shaffer:1926年-2016年)の双子の劇作家兄弟による合作のペンネームである。


双子の兄であるアンソニー・ジョシュア・シーファーは、1926年5月15日にリヴァプール(Liverpool)で出生し、ロンドンのセントポール学校(St. Paul’s School)を経て、ケンブリッジ(Cambridge)のトリニティーカレッジ(Trinity College)に入学、法学を学ぶ。

大学卒業後、弁護士や新聞記者として働き、その後、戯曲を書き始めた。

アンソニー・ジョシュア・シーファーを劇作家として有名にしたのは、1970年初演の戯曲「探偵スルース(Sleuth)」で、大評判を呼んだため、1972年には、本人による脚本で映画化された。彼は、「探偵スルース」により、米国探偵作家クラブ(MWA)から、1971年にエドガー賞の演劇賞を、また、1973年に同映画賞を受賞した。


アンソニー・ジョシュア・シーファーは、「探偵スルース」以外にも、以下の映画脚本を担当している。


(1)1972年 「フレンジー(Frenzy)」(監督:サー・アルフレッド・ジョーゼフ・ヒッチコック(Sir Alfred Joseph Hitchcock:1899年ー1980年))

(2)1974年 「オリエント急行殺人事件(Murder on the Orient Express)」

(3)1978年 「ナイル殺人事件(Death on the Nile)」

(4)1982年 「地中海殺人事件(Evil Under the Sun)」

(5)1988年 「死海殺人事件(Appointment With Death)」


よく御存知の通り、上記(2)ー(5)の原作者は、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Dame Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)である。


大英図書館から2020年に出版された
ピーター・シェーファー作「衣裳戸棚の女」の裏表紙


一方、双子の弟であるピーター・レヴィン・シーファーは、1926年5月15日にリヴァプールで出生し、ロンドンのセントポール学校を経て、ケンブリッジのトリニティーカレッジに入学、歴史を学ぶ。

大学卒業後、炭鉱夫、本屋の店員、ニューヨーク公立図書館の収集係員や音楽出版社勤務等として働き、その後、戯曲を書き始めた。

アンソニー・ジョシュア・シーファーを劇作家として有名にしたのは、1979年初演の戯曲「アマデウス(Amadeus)」(宮廷作曲家であるアントニオ・サリエリ(Antonio Salieri:1750年ー1825年)が、才能への嫉妬から、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart:1756年ー1791年)を破滅させる話)で、大評判を呼んだため、1981年に最優秀作品に該るトニー賞を受賞。その後、1984年に映画化されて、作品賞や脚色賞を含む8つのアカデミー賞を受賞している。

彼は、2016年にエリザベス2世(Elizabeth II:1926年ー 在位期間:1952年ー)からナイト(Knight)の称号を授与されている。



アンソニー・ジョシュア・シーファーとピーター・レヴィン・シェーファーの二人は、劇作家として有名になる前に、合作のペンネームを使って、以下のミステリー長編3作を発表している。


(1)「The Woman in the Wardrobe」(1951年)

(2)「How Doth the Little Crocodile ?」(1952年)

(3)「Withered Murder」(1955年)


2022年4月18日月曜日

トラファルガーの海戦(Battle of Trafalgar) - その1

「トラファルガーの海戦」の200周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2018年10月5日に発行した記念切手(その1)

「トラファルガーの海戦(Battle of Trafalgar)」の200周年を記念して、英国のロイヤルメール(Royal Mail)が2018年10月5日に6種類の切手を発行してしているので、今回、それらについて紹介したい。

これらの記念切手は、英国の芸術家で、自分を「肖像画と軍の画家(portrait & military painter)」と称したウィリアム・ヒース(William Heath:1794年ー1840年)による「Panorama of the Battle of Trafalgar」がベースとなっている。


トラファルガーの海戦は、1805年10月21日にスペインのトラファルガー岬(Cape Trafalgar)の沖で行われたナポレオン戦争(Napoleonic Wars:1803年ー1815年)における最大の海戦で、英国艦隊は、フランス / スペインの連合艦隊(当時、スペインは、フランスによる支配下にあった)を打ち破った。この海戦における勝利によって、英国は、フランス第一帝政の皇帝であるナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte:1769年ー1821年 在位期間:1804年-1814年+1815年)が計画した英国本土上陸の野望を粉砕したのである。

なお、以前紹介した英国海軍艦である「ビクトリー(HMS Victory → 2022年1月16日付ブログで紹介済)」は、トラファルガーの海戦において、英国海軍提督の初代ネルソン子爵ホレーショ・ネルソン(Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson:1758年ー1805年)が座乗して、旗艦となっている。


「トラファルガーの海戦」の200周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2018年10月5日に発行した記念切手(その2)


1805年当時、欧州大陸は、1804年に皇帝に即位したナポレオン・ボナパルトが率いるフランス帝国による支配下におかれていたが、海上は、英国による支配権の下にあった。英国は、海上封鎖を行うことで、フランスの海軍行動を抑止して、英国本土への侵攻を防いでいたのである。当時、地中海艦隊司令長官であったホレーショ・ネルソンが率いる英国地中海艦隊は、トゥーロン(Touloon:フランス南東部に位置し、地中海に面する都市)の沖で、海上封鎖を行っていた。


そのため、ナポレオン1世(ナポレオン・ボナパルト)は、フランス陸軍による英国本土上陸作戦を援護させるべく、フランス海軍に対して、英国海軍による海上封鎖の突破を命令した

ところが、トゥーロン艦隊司令長官であるラゥーシュ・トレヴィル(Louis-Rene-Madeleine de Latouche-Treville:1745年ー1804年)の病死、荒天やスペインのフィニステレ岬(Cape Finisterre)の沖で行われたフィニステレ岬の海戦(Battle of Cape Finisterre - 1805年7月22日に、英国艦隊とフランス / スペイン連合艦隊の間で行われた海戦)における敗戦等により、ナポレオン1世は、英国本土上陸作戦を中止せざるを得ない状況に追い込まれた。

「トラファルガーの海戦」の200周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2018年10月5日に発行した記念切手(その3)


英国本土上陸作戦の中止を決断したナポレオン1世は、次の計画として、オーストリアへの侵攻を準備していた。そして、ナポレオン1世は、フィニステレ岬の海戦から撤退して、スペインのカディス(Cadiz:スペイン南西部に位置し、大西洋に面する港湾都市)に入り、整備を行っていたフランス / スペイン連合艦隊を率いる提督のピエール=シャルル=ジャン=バティスト=シルヴェストル・ド・ヴィルヌーヴ伯爵(Pierre-Charles-Jean-Baptiste-Silvestre de Villeneuve:1763年ー1806年 - ラゥーシュ・トレヴィルの病死後、ゥーロン艦隊司令長官となった)に対して、命令を下した。

ナポレオン1世からの命令を受けたド・ヴィルヌーヴ提督は、1805年10月19日から20日にかけて、フランス / スペイン連合艦隊をカディスから出撃させた。一方、ホレーショ・ネルソンが率いる英国地中海艦隊は、出撃したフランス / スペイン連合艦隊をカディス沖で監視していた。


そして、カディス沖に布陣していた英国地中海艦隊とカディスを出撃したフランス / スペイン連合艦隊は、翌日の1805年10月21日に、スペインのトラファルガー岬の沖において、相見えることになる。


2022年4月17日日曜日

ボニー・マクバード作「シャーロック・ホームズの冒険 / 芸術家の血」(A Sherlock Holmes Adventure / Art in the Blood by Bonnie MacBird) - その1

英国の HarperCollinsPublishers 社から
Collins Crime Club シリーズの1冊として
2015年に出版されたボニー・マクバード作
「シャーロック・ホームズの冒険 / 芸術家の血」(ハードカバー版)の表紙
Jacket Layout Design : HarperCollinsPublishers Ltd.
Jacket Images : Shutterstock.com


本作品「シャーロック・ホームズの冒険 / 芸術家の血(A Sherlock Holmes Adventure / Art in the Blood)」は、米国の小説家であるボニー・マクバード(Bonnie MacBird)が2015年に発表したものである。


サンフランシスコ(San Francisco)出身のボニー・マクバードは、スタンフォード大学(Stanford University)において、音楽の学士号と映画の修士号を取得した後、ハリウッド(Hollywood)において、脚本家およびプロデューサーとして、長らく活躍し、エミー賞(Emmy Awards)を3回、そしてmCine Golden Eagles 賞を11回受賞。また、彼女は、SF 映画「トロン(TRON)」(1982年)の原案・原作者としても知られている。

なお、本作品は、小説家としての処女作に該る。


物語は、ロンドンのイーストエンド(East End)において発生した切り裂きジャック(Jack the Ripper)による連続娼婦殺害事件(1888年8月31日ー同年11月9日)が世間をまだ騒がせていた1888年11月末から始まる。


ジョン・H・ワトスンは、「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」事件を通じて知り合ったメアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚して、シャーロック・ホームズと共同生活を送っていたベーカーストリート221B(221B Baker Street)を離れ、新婚生活を送っていた。

そんなある日の夕方、息を切らしたメッセンジャーが、ワトスンの元へ、ハドスン夫人(Mrs. Hudson)からの緊急の手紙を届ける。手紙を開封したワトスンの目に、「あの方(シャーロック・ホームズ)が、部屋に火を点けました。」というハドスン夫人の文面が飛び込んできた。

馬車でベーカーストリート221Bへと急行するワトスン。ワトスンを出迎えたハドスン夫人によると、ホームズは、暫くの間、拘置所に入れられていた、とのこと。

幸いにも、221Bの部屋の家事は、ぼや騒ぎで済んだが、部屋の中には、睡眠不足と栄養失調のため、顔面蒼白となったホームズが居た。ワトスンがホームズの身体を調べると、火事による怪我はないものの、打撲傷と切り傷がいくつもあった。更に、ワトスンを憂慮させたのは、ホームズの細い腕には、コカインを注射した跡が見つかったのである。


これは、後に判ったことであるが、切り裂きジャック事件に関して、ホームズは真相に肉薄していたものの、英国政府の上層部にとって非常に都合が悪いことがあり、彼としては、秘密を守らざるを得なかった。そのため、ホームズは、犯人を逮捕するための証拠を隠したとの理由で、警察に訴えられ、拘置所に入れられたのである。彼の兄であるマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)も、当初、弟の居所が判らず、各方面に手を尽くして、なんとか釈放させたのであった。ただし、そのために、彼は、ひどい鬱状態になった上に、再びコカインに手を出し、更に、部屋に火を点けてしまうという悪循環に陥ったのだった。


ワトスンが寝ずの番でホームズの様子を注視している際、ふとサイドテーブルの上にもみくちゃになった手紙が載っているのに気付く。手紙の差出人は、シャーロック・ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズからで、E/P の件で直ぐに自分のところへ来るよう、要請していた。「E/P」とは、一体、何のことだろうか?

ワトスンがホームズに手紙のことを持ち出すと、ホームズは、ワトスンに対して、「燃やせ!」と鋭い口調で答えたのである。


2022年4月16日土曜日

マイルズ・バートン作「ハイエルダーシャムの秘密」(The Secret of High Eldersham by Miles Burton)

大英図書館(British Library)から2016年に出版された
マイルズ・バートン作「ハイエルダーシャムの秘密」の表紙
(Front cover : NRM / Pictorial Collection / Science Picture Library)

「ハイエルダーシャムの秘密(The Secret of High Eldersham)」は、英国の作家であるセシル・ジョン・チャールズ・ストリート(Cecil John Charles Street:1884年ー1964年)が1930年にマイルズ・バートン(Miles Burton)名義で発表した推理小説である。


1884年5月3日にジブラルタルで出生したセシル・ジョン・チャールズ・ストリートは、英国陸軍の砲兵将校(artillery officer)として、軍のキャリアを始めた後、第一次世界大戦(World War I:1914年-1918年)等における活躍が評価されて、「武功十字章(MC)」や「大英帝国勲章(OBE)」を受賞している。

その後、1920年代から作家活動に入り、「ジョン・ロード(John Rhode)」名義で、プリーストリー医師(Dr. Priestley)を主人公にした推理小説シリーズを、1925年から1961年にかけて発表するとともに、「マイルズ・バートン」名義で、デズモンド・メリオン(Desmond Merrion)を主人公にした推理小説シリーズを、1930年から1960年にかけて発表した。セシル・ジョン・チャールズ・ストリートは、35年以上の間に、約140作に上る推理小説を執筆している。


「ハイエルダーシャムの秘密」は、アマチュア探偵であるデズモンド・メリオンが初登場するシリーズ第1作に該る。

デズモンド・メリオンは、元海軍士官(ex naval officer)で、第一次世界大戦において大怪我を負ったため、海軍省(Admiralty)の情報部(intelligence branch)へと異動。非常に富裕で、現在、メイフェア地区(Mayfair - ロンドンの高級住宅街)に住む。また、彼には、忠誠心が高い部下のニューポート(Newport)が、常に付き従っている、

1930年に英国で出版された「ハイエルダーシャムの秘密」が、1931年に米国で出版される際に、「The Mystery of High Eldersham」に改題されている。


大英図書館から2016年に出版された
マイルズ・バートン作「ハイエルダーシャムの秘密」の裏表紙

「ハイエルダーシャムの秘密」は、イングランド東部のイーストアングリア地方(East Anglia)にある2つのパブの話から始まる。


ジィッピングフォード(Gippingford)という町にあるパブ「Tower of London」は非常に繁盛していたが、そこから離れたハイエルダーシャム(High Eldersham)という村にあるパブ「Rose and Crown」には、閑古鳥が鳴いていた。商売に行き詰まったパブ「Rose and Crown」の持ち主は、より良い場所を求めて、ハイエルダーシャム村を去ることになったが、空いたパブは、引退した元警察官であるサミュエル・ホワイトヘッド(Samuel Whitehead)が引き継いだのである。

サミュエル・ホワイトヘッドがパブ「Rose and Crown」の営業を引き継いでから、約4年半が経過したある夜、地元警察の警官が、夜間パトロール中に、パブにおいて、サミュエル・ホワイトヘッドが刺殺されているのを発見した。


地元警察からの要請を受けて、スコットランドヤードのヤング主任警部( Chief Inspector Young)が、現地へと派遣された。ハイエルダーシャム村は、絵に描いたように静かな村であったが、ヤング主任警部は、非常に謎が多い場所のように思えた。村の住民でない部外者は、村の住民達から激しい敵意を向けられるのである。サミュエル・ホワイトヘッドの殺害犯と思われる容疑者が現れるものの、何故か、鉄壁のアリバイが供される。


ハイエルダーシャム村には、何か表沙汰にできない秘密が隠されていると感じたヤング主任警部は、友人であるデズモンド・メリオンに対して、助けを求める。

ヤング主任警部からの依頼を受けたデズモンド・メリオンは、ハイエルダーシャム村に宿泊して、住民の動向を注視する。そして、彼は、ハイエルダーシャム村の背後に隠されている秘密を明らかにするのであった。


本作品は、全体で約250ページ強の分量であるが、非常に読みやすく、割合とどんどん読み進められる。

ただ、ハイエルダーシャム村の背後に隠されている秘密、また、パブ「Rose and Crown」の新オーナーであるサミュエル・ホワイトヘッドの殺害動機については、英国の推理作家で、プロデューサー、劇作家や脚本家でもあったアラン・メルヴィル(Alan Merville:1910年-1983年)作「アントンの死(Death of Anton → 2022年4月6日付ブログで紹介済)」(1936年)の場合と同様であり、本格推理小説を期待している読者としては、急に現実に引き戻されたような気がして、少し興醒めな感じだった。


2022年4月15日金曜日

アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」(Moriarty by Anthony Horowitz) - その3

英国のグラナダテレビから出ている
「シャーロック・ホームズの冒険」(上巻)の内表紙 -
画面左手前には、ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)が演じるホームズが、
また、画面右手奥には、スイスのマイリンゲンにある
ライヘンバッハの滝壺へと落ちていくホームズと
ジェイムズ・モリアーティー教授(演:Eric Porter)が載っている。

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)


3年間(1891年5月ー1894年4月)の大空位時代を生み出したサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)作「最後の事件(The Final Problem)」直後のスイスのマイリンゲン(Meiringen)にあるライヘンバッハの滝(Reichenbach Falls)から、物語が始まる。

シャーロック・ホームズが居ないロンドンを舞台にして、米国のピンカートン探偵社(Pinkerton Detective Agency)に所属するフレデリック・チェイス(Frederick Chase)とスコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones - コナン・ドイル作「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」に登場)が、ホームズの宿敵で、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と手を組もうとしていた米国の犯罪組織の首領で、正体不明のクラレンス・ドゥヴルー(Clarence Devereux)を捕らえるべく、二人での戦いを続ける設定。


(2)物語の展開について ☆☆☆☆(4.0)


フレデリック・チェイスが謎の少年につけ狙われたり、アセルニー・ジョーンズ警部の娘が誘拐されたり、また、スコットランドヤードが爆破されたりと、様々な困難に接するも、チェイスとジョーンズ警部の二人は、それらを乗り越えて、徐々にドゥヴルー一味に迫っていく。前作の「絹の家(The House of Silk → 2022年1月29日 / 2月5日 / 2月12日付ブログで紹介済)」(2011年)と同様に、テンポ良く話が進み、読みやすい。


(3)フレデリック・チェイス / アセルニー・ジョーンズ警部の活躍について ☆☆☆(3.0)


ホームズを敬い、ホームズの捜査方法を模倣するアセルニー・ジョーンズ警部であるが、ホームズ張りの推理が見られるのは、物語の初めの方だけで、米国の犯罪組織の首領を追いつめるという物語の性格上、話がややハードボイルド風になり過ぎている点は否めず、残念。

一方、本作品の主人公に該るフレデリック・チェイスは、部下の復讐に燃えているものの、自分のホームグラウンドではないロンドンという点は考慮するが、ジョーンズ警部に付き従っているだけのように感じられてしまい、惜しい。ただし、物語の結末における驚くべき仕掛けのためにはやむを得ない点はあるが…


(4)総合評価 ☆☆☆半(3.5)


物語の大部分は、ややハードボイルド風で展開していくが、物語の結末には、驚くべき仕掛けが用意されていて、これによって、最後、物語の様相が一変する。仕掛けとしては、非常に面白いが、コナン・ドイル作「最後の事件」におけるモリアーティー教授の人物設定を考えると、全員が納得できるかと言うと、少し疑問である。



2022年4月13日水曜日

チャールズ・キングストン作「ピカデリーの殺人」(Murder in Piccadilly by Charles Kingston)

大英図書館(British Library)から2015年に出版された
チャールズ・キングストン作「ピカデリーの殺人」の表紙
(Front cover : NRM / Pictorial Collection / Science Picture Library)


「ピカデリーの殺人(Murder in Piccadilly)は、アイルランドのコーク州(County Cork)ミッチェルズタウン(Mitchelstown)出身のジャーナリスト兼作家であるチャールズ・キングストン・オマホニー(Charles Kingston O’Mahony:1884年ー1944年)が1936年に発表した推理小説である。

チャールズ・キングストン・オマホニーは、1912年にチャールズ・オマホニー(Charles O’Mahony)名義で「アイルランドの総督達(The Viceroys of Ireland)」を発表した後、執筆名義をチャールズ・キングストン(Charles Kingston)に変えて、ノンフィクションの作品を数多く世に出した。

その後、彼は推理作家へと転じて、1921年から亡くなる1944年までの約四半世紀の間に、20作を超える推理小説を発表している。


「ピカデリーの殺人」には、スコットランドヤードのハリー・ウェイク主任警部(Chief Inspector Harry Wake)が初登場し、以降、本作品を含めて、7作で活躍する。


大英図書館から2015年に出版された
チャールズ・キングストン作「ピカデリーの殺人」の裏表紙

若きロバート・チェルドン(Robert Cheldon  通称:ボビー(Bobbie))は、母親のルビー・チェルドン(Ruby Cheldon)と二人暮らしで、亡くなった父方の伯父である大富豪のマッシー・チェルドン(Massy Cheldon)から生活の援助を受けていた。


怠惰で、あまり聡明でもないボビーは、ソーホー地区(Soho)にある行きつけのナイトクラブ「Frosen Fang」のダンサーであるナンシー・カーゾン(Nancy Curzon)に首ったけとなり、生活の糧がないにもかかわらず、彼女との結婚を夢見るようになる。ナンシーも、ボビーに対して興味を示すが、彼女が本当に興味があったのは、ボビー本人ではなく、ボビーが伯父から相続する遺産の方だった。


ボビーからナンシーの話を聞いた伯父のマッシー・チェルドンは、ボビーとナンシーの結婚に、大反対の意を表明した。ボビーがナンシーと結婚するのであれば、「生活の援助を打ち切る上に、自分の遺産相続人からも外す。」と、マッシー・チェルドンは、ボビーに対して、通告する。

一方、ボビー経由、マッシー・シェルドンの話を聞いたナンシーとしては、伯父から遺産を相続できないボビーには、全く興味がなかった。

ナンシーと伯父のマッシー・シェルドンの間で、ボビーは膠着状態に陥ってしまった。

そんなボビーに対して、ナイトクラブ「Frosen Fang」を取り仕切る強欲なノーシー・ルスリン(Nosey Ruslin)は、自分の懐を肥やすべく、ある計画を吹き込むのであった。


そして、ある日、大富豪のマッシー・チェルドンが、地下鉄の構内において、心臓を刺されて死亡しているのが発見された。

捜査のため、スコットランドヤードのハリー・ウェイク主任警部が派遣される。


本作品は、全体で300ページ強であるが、ボビーの伯父で、大富豪であるマッシー・シェルドンが心臓を刺されて死亡するのが、半分を過ぎた辺りである。話自体は割合と読みやすいものの、前半の約150ページの間、ナンシーと伯父のマッシー・シェルドンの間で膠着状態に陥ってしまったボビーが、ナイトクラブ「Frosen Fang」のノーシー・ルスリンからある計画を吹き込まれ、どうするべきか迷う話がずーっと続く。物語のプロセスとして必要なことは分かるが、正直ベース、やや長過ぎるように感じた。


また、マッシー・チェルドンが心臓を刺されて死亡しているのが発見された後、スコットランドヤードのハリー・ウェイク主任警部が派遣され、捜査が始まるが、具体的な決め手に欠けて、捜査があまり進展しない。

物語の終盤、急転直下、事件は解決するが、事件の真相としては、こちらも、正直ベース、本格推理小説ファンには、今一つという感じである。


2022年4月10日日曜日

アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」(Moriarty by Anthony Horowitz) - その2

英国の The Orion Publishing Group 社から2015年に出版された
アンソニー・ホロヴィッツ作「モリアーティー」の裏表紙(ペーパーバック版)
(Cover design and letterings by Mr. Patrick Knowles)

(1)英国からスイスまで、犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)を追跡してきたスコットランドヤードのアセルニー・ジョーンズ警部(Inspector Athelney Jones - サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」に登場)と(2)米国から英国まで、米国の犯罪組織の首領であるクラレンス・ドゥヴルー(Clarence Devereux)を追ってきた米国のピンカートン探偵社(Pinkerton Detective Agency)に所属するフレデリック・チェイス(Frederick Chase)の二人は、情報交換の末、英国へと戻り、ロンドン内に潜伏しているドゥヴルー一味を捕らえるべく、共同戦線を張ることとなった。

ジェイムズ・モリアーティー教授亡き今、彼と手を結ぶために、ロンドンまで出向いてきたクラレンス・ドゥヴルーは、これからロンドンで何をしようと企んでいるのだろうか?


チェイスとジョーンズ警部の二人が行動を共にする中、シャーロック・ホームズを信奉して、ホームズの推理方式を自分の捜査方法に取り入れるジョーンズ警部の活躍もあって、二人はドゥヴルー一味を明らかにし、その背後に潜むクラレンス・ドゥヴルーの正体に徐々に迫っていくが、予想もできない結末が待ち受けていたのである。


ホームズとモリアーティー教授の二人がスイスのライヘンバッハの滝壺(Reichenbach Falls)に姿を消した「最後の事件(The Final Problem)」において、その背後で、一体、何が起きたのか?ライヘンバッハの滝壺から発見された溺死体は、本当にモリアーティー教授の死体だったのか?


また、ロンドンに戻ったフレデリック・チェイスとアセルニー・ジョーンズ警部の二人の前に姿を見せて、チェイスをつけ狙おうとする少年は、一体、何者なのか?クラレンス・ドゥヴルーがチェイスに向けて放った殺し屋なのか?


そして、チェイス / ジョーンズ警部とドゥヴルー一味との攻防、その中で発生するスコットランドヤードでの爆弾騒ぎ。ドゥヴルー一味は、遂にロンドンでのテロ活動に手を染めたのか?


物語の冒頭から、ジェイムズ・モリアーティー教授自身は、彼と思われる溺死体しか出てこないが、本作品のタイトルである「モリアーティー(Moriarty)」が、物語の結末において、非常に重要な意味を持ってくるのである。