2022年11月13日日曜日

アガサ・クリスティー作「アクロイド殺し」<英国 TV ドラマ版>(The Murder of Roger Ackroyd by Agatha Christie )- その2

第46話「アクロイド殺し」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 5 の裏表紙

英国の TV 会社 ITV 社が「Agatha Christie’s Poirot」の第46話(第7シリーズ)として制作したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd)」(1926年)の TV ドラマ版は、アガサ・クリスティーの原作と比べると、物語の構成が大きく異なっている。


物語の冒頭、エルキュール・ポワロが、銀行の貸金庫室に入って来るシーンから始まる。ポワロが契約している貸金庫の中には、ジェイムズ・シェパード医師(Dr. James Sheppard - キングスアボット村(King’s Abbot)の医師)の日記帳(Journal)が入っている。そして、ポワロは、その日記帳を読み始めると、物語の舞台は、キングスアボット村へと移る。

アガサ・クリスティーの原作は、シェパード医師の独白(モノローグ)から始まるし、ポワロが登場するのは、物語の冒頭からではなく、中盤からである。


舞台がキングスアボット村へと移った後、同村に移住したポワロが、うまく育てられなかったカボチャを投げ捨てていると、そこにジェイムズ・シェパード医師とジョン・パーカー(John Parker - アクロイド家の執事)が登場する。ジョン・パーカーは、ポワロをロジャー・アクロイド(Roger Ackroyd - 化学工場の経営者)が経営する化学工場へと連れて行く約束だった。

英国 TV ドラマ版では、物語の冒頭から、ポワロは、ジェイムズ・シェパード医師やロジャー・アクロイドと既に知り合いになっているが、アガサ・クリスティーの原作では、ポワロがジェイムズ・シェパード医師と知り合いになるのは、物語の中盤の上、ポワロが登場する段階で、ロジャー・アクロイドは既に殺害されていたので、二人の間に面識はなかったものと思われる。

また、英国 TV ドラマ版の場合、ロジャー・アクロイドは、化学工場の経営者という設定になっているが、アガサ・クリスティーの原作の場合、ロジャー・アクロイドは、キングスアボット村に住む大富豪という設定が為されているのみである。


化学工場内の見学が終わったポワロが辞去するのと入れ替わりに、ラルフ・ペイトン(Ralph Paton - ロジャー・アクロイドの義子)が、ロジャー・アクロイドの元を訪れる。ラルフ・ペイトンの訪問中に、ドロシー・フェラーズ夫人(Mrs. Dorothy Ferrars - キングスパドック荘の未亡人)からの電話が、ロジャー・アクロイドに掛かってくる。

電話の後、その夜、ロジャー・アクロイド宛に手紙を出してから、ドロシー・フェラーズ夫人は、睡眠薬を過剰摂取して、自殺する。

アガサ・クリスティーの原作の場合、物語の開始時点で、ドロシー・フェラーズ夫人は、既に自殺を遂げており、それが、キングスアボット村における大きな噂を呼んでいたという風に異なっている。


デイヴィス警部(Inspector Davis - キングスアボット警察の警察官)から呼び出されて、ジェイムズ・シェパード医師は、検視のため、ドロシー・フェラーズ夫人のキングスパドック荘をやって来る。検視が終わって、ジェイムズ・シェパード医師がキングスパドック荘を出ようとする際、そこへロジャー・アクロイドが車で駆け付けて来て、ジェパード医師に対して、「今日の午後7時半に、フェルンリーパーク(Fernly Park - ロジャー・アクロイドの屋敷)へ来てくれ!」と頼まれる。

アガサ・クリスティーの原作の場合、ジェイムズ・シェパード医師が、ロジャー・アクロイドから、フェルンリーパークでの食事に誘われるのは、キングスアボット村のハイストリートにおいてである。


ジェイムズ・シェパード医師が自宅に戻ったところ、そこにポワロが訪れて、シェパード医師に対して、時計の修理を依頼する。

アガサ・クリスティーの原作の場合、このような場面はないが、原作の内容をよく判っていると、非常に意味深な場面が挿入されていると言える。


ジェイムズ・シェパード医師よりも前に、ポワロがフェルンリーパークに呼び出されていて、ロジャー・アクロイドから、「自分は、数年間にわたって、ドロシー・フェラーズ夫人と恋愛関係にあった。昨日、彼女から電話があり、驚くべきことを聞かされた。彼女は、1年前に、夫のアシュリー(Ashley)を毒殺したことを告白した。そのことが誰かに知られて、巨額なお金を脅し取られていた。」という話を聞かされる。

アガサ・クリスティーの原作の場合、ロジャー・アクロイドから、この話を聞かされるのは、ポワロではなく、ジェイムズ・シェパード医師である。また、この話を聞かされるタイミングは、フェルンリーパークでの食事が終わった後で、場所は、ロジャー・アクロイドの書斎である。


ジェイムズ・シェパード医師がフェルンリーパークに到着した際、ポワロが、丁度、辞去するところで、時刻は、午後7時36分だった。

(1)ロジャー・アクロイド、(2)ヴェラ・アクロイド夫人(Mrs. Vera Ackroyd - ロジャー・アクロイドの義妹)、(3)フローラ・アクロイド(Flora Ackroyd - ヴェラ・アクロイド夫人の娘)、(4)ジェフリー・レイモンド(Geoffrey Raymond - ロジャー・アクロイドの秘書)と(5)ジェイムズ・シェパード医師の5人での食事が始まる。

自宅に戻ったポワロであったが、ロジャー・アクロイドのことが心配になり、フェルンリーパークに電話を掛けるが、執事のジョン・パーカーに「彼は、現在、食事中です。」と言われたので、折り返しの電話を頼む。

食事後、夕方の便で届いた手紙5通を、ジョン・パーカーがロジャー・アクロイドに渡す。その中に、ドロシー・フェラーズ夫人からの手紙も入っていた。

ジェイムズ・シェパード医師は、ヴェラ・アクロイド夫人とフローラ・アクロイドの二人にいとまを告げると、フェルンリーパークを出る。時刻は、午後9時だった。

ロジャー・アクロイドからの折り返しの電話がないため、不安になったポワロは、自宅を出て、歩いてフェルンリーパークへと向かう。

ジェフリー・レイモンドがロジャー・アクロイドの書斎をノックしようとすると、中から話し声が聞こえたので、止める。時刻は、午後9時半。

ジョン・パーカーが、ロジャー・アクロイドに飲み物を持って来るが、彼の書斎から出て来たフローラ・アクロイドが、邪魔しないようにと伝える。時刻は、午後10時10分。

自宅に戻ったジェイムズ・シェパード医師に電話があり、姉のキャロライン・シェパードに対して、「フェルンリーパークのジョン・パーカーから、「ロジャー・アクロイドが殺された。」という連絡だった。」と伝える。時刻は、午後10時15分。

フェルンリーパークに駆け付けたジェイムズ・シェパード医師は、「そんな電話を掛けた覚えはない。」と主張するジョン・パーカーと一緒に、書斎内で刺殺されたロジャー・アクロイドを発見する。そして、そこにポワロも到着するのである。

英国 TV ドラマ版の場合、フェルンリーパークでの出来事は、概ね、アガサ・クリスティーの原作通りであるが、原作とは大きく異なって、ロジャー・アクロイドが刺殺される前から、ポワロが事件に関与している。

アガサ・クリスティーの原作には、他に、


*ヘクター・ブラント少佐(Major Hector Blunt - ロジャー・アクロイドの旧友)

*エリザベス・ラッセル(Elizabeth Russell - アクロイド家の家政婦)

*チャールズ・ケント(Charles Kent - 事件当日、アクロイド家を訪ねて来た正体不明の男で、後に、カナダから来たエリザベス・ラッセルの息子で、薬物中毒者であることが判明)


等の登場人物が居るが、英国 TV ドラマ版では、時間の関係上、物語の本筋にはあまり関係ないとの判断で、割愛されたものと思われる。


その後、フローラ・アクロイドが、ポワロの元を訪れて、「窓の外に残されていた靴跡が一致したため、警察は、婚約者のラルフ・ペイトンが、叔父を殺したものと疑っている。」と伝えると、事件の捜査を依頼する。

そこで、ポワロがデイヴィス警部の元を訪れる。デイヴィス警部は、元々、ポワロのことは全く評価しておらず、ポワロの捜査協力には否定的だったが、そこにジャップ主任警部(Chief Inspector Japp - スコットランドヤードの警察官)が登場して、助けに入る。

アガサ・クリスティーの原作の場合、ジャップ主任警部は登場しないが、英国 TV ドラマ版では、レギュラーとして登場。その代わりに、原作に登場する州警察本部長(Chief Constable)のメルローズ大佐(Colonel Melrose)は、英国 TV ドラマ版には登場しない。


(1)ロジャー・アクロイド宛に夕方の便で届いた手紙5通のうち、4通しか、殺害現場に残っていないこと

(2)ロジャー・アクロイドの刺殺体を発見した時点と検視の時点で、書斎内の椅子が動かされていること


の2点について、ジョン・パーカーは証言するが、これに危険を感じた犯人は、パーカーがパブで飲んで、酔っ払って帰る途中、車で轢き殺す手段に及ぶ。

アガサ・クリスティーの原作の場合、ジョン・パーカーが殺害されることはない。


物語の終盤、ポワロは、事件の謎解きを、化学工場内のロジャー・アクロイドの部屋で行う。その後、逃亡しようする犯人とジャップ主任警部の間で、銃撃戦となる。


アガサ・クリスティーは、物語の中で、読者に対して、あるトリックを仕掛けているが、トリックの内容故に、映画、TV やグラフィックノベル等の「視覚化」が、非常に困難である。

従って、英国 TV ドラマ版の場合も、丁寧には制作しているとは思うが、残念ながら、本当の意味でのアガサ・クリスティーの原作の面白さを体現できておらず、普通の推理ドラマになっているという感じが、個人的にはする。

また、最後、犯人は、残った拳銃の1発を、自分の頭に向けて撃ち、自殺を遂げるが、ある人物(=犯人が、自分が犯人であることを隠し通したかった人物)が、その場面を目撃してしまう。

アガサ・クリスティーの原作の場合、犯人が、自白の上、今までの内容を記録に残すことを条件として、ポワロや警察は、ある人物に対して、その事実を秘匿するが、やはり、原作通りの方が、物語上、しっくりくるように思える。英国 TV ドラマ版だと、最後が、普通の犯罪ドラマのようになってしまっていて、少し残念である。


0 件のコメント:

コメントを投稿