2021年3月21日日曜日

アガサ・クリスティー作「死との約束」<戯曲版>(Appointment with Death by Agatha Christie

2011年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「The Mousetrap and Other Plays」の表紙
(Cover Design : HarperCollinsPublishers 2011)

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1938年に発表した長編で、「エルキュール・ポワロシリーズの第16作目に該る「死との約束(Appointment with Death → 2021年3月13日付ブログで紹介済)」は、彼女の手により戯曲版となって、1945年3月31日にロンドンのピカデリー劇場(Piccadilly Theatre)において初演された。


2011年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「The Mousetrap and Other Plays」の裏表紙
(Cover Design : HarperCollinsPublishers 2011)-
「死との約束」の戯曲版も含まれている。


アガサ・クリスティーの小説版は、2部構成になっており、第1部については、ボイントン夫人が殺害されるまでが、そして、第2部においては、ボイントン夫人が殺害された後の顛末が描かれている。

彼女の戯曲版は、以下の通り、3幕構成となっている。


・第1幕 - 日時:ある日の午後 場所:エルサレム(Jerusalem)にあるキングソロモンホテル(King Solomon Hotel)のラウンジ

・第2幕

 シーン1 - 日時:1週間後の午後 場所:ヨルダン(Jordan)の古都ペトラ(Petra)にあるキャンプ地

 シーン2 - 日時:同日の午後(3時間後) 場所:同上

・第3幕 

   シーン1 - 日時:翌日の午前 場所:同上

 シーン2 - 日時:同日の午後 場所:同上


第2幕のシーン2の最後で、ボイントン夫人が死体となって発見され、第3幕のシーン1から、現地の警察署長であるカーバリー大佐(Colonel Carbury)が登場する。


アガサ・クリスティーは、自伝の中で、「ホロー荘の殺人(The Hollow)」(1946年)に関連して、「いつも思っていたことだったが、『ホロー荘の殺人』では、ポワロを登場させたことが失敗だった。私は自分の小説にポワロを出すことに慣れっこになっていたので、当然、この小説にも彼が入ってきたが、ここでは、それが失敗だった。」と述べているが、ファンの立場からいうと、非常に残念なことに、彼女は、処女作である「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles)」(1920年)に登場させたベルギー人の名探偵であるエルキュール・ポワロをあまり好いていなかった。

そのため、戯曲版には、ポワロは登場せず、代わりに、カーバリー大佐が探偵役を務める。

1945年3月31日にロンドンのピカデリー劇場において初演された
戯曲版「死との約束」の配役表

カーバリー大佐を除く戯曲版における主な登場人物は、以下の通り。


(1)ボイントン夫人: 一家を支配する金持ちの老婦人

(2)レノックス・ボイントン(Lennox Boynton): ボイントン夫人の(義理の)長男

(3)ネイディーン・ボイントン(Nadine Boynton): レノックスの妻

(4)レイモンド・ボイントン(Raymond Boynton): ボイントン夫人の(義理の)次男

(5)ジネヴラ・ボイントン(Ginevra Boynton): ボイントン夫人の(義理の)長女

(6)ジェファーソン・コープ(Jefferson Cope): ネイディーンの友人(米国人)

(7)サラ・キング(Sarah King): 女医

(8)テオドール・ジェラール(Theodore Gerard): 心理学者(フランス人)

(9)ウエストホルム卿夫人(Lady Westholme): 英国保守党の元議員

(10)ミス・プライス(Miss Pryce)

(11)オルダーマン・ヒグス(Alderman Higgs)


小説版と比べると、以下のような変更が為されている。


(1)ボイントン夫人: 小説版の場合、明記されていないが、戯曲版の場合、アダ・キャロライン・ボイントン(Ada Caroline Boynton)というフルネームが与えられている上に、年齢は62歳と設定されている。

(5)ジネヴラ・ボイントン: 小説版の場合、ボイントン夫人の実子で、次女という設定であったが、戯曲版の場合、登場人物を整理するためか、ボイントン夫人の義理の長女という設定に変えられている。その結果、小説版に登場するキャロル・ボイントン(Carol Boynton - ボイントン夫人の(義理の)長女)は、戯曲版には、登場していない。

(9)ウエストホルム卿夫人: 小説版の場合、現職の議員であったが、戯曲版の場合、元議員という立場に変わっている。

(10)ミス・プライス: 小説版の場合、アマベル・ピアス(Amabel Pierce)という名前であったが、戯曲版の場合、名前が変更されている。小説版の場合、彼女は完全な脇役であったが、戯曲版の場合、第3幕シーン2の終盤、探偵役のカーバリー大佐に対して、非常に重要な証言を行う役を割り振られている。

(11)オルダーマン・ヒグス: 戯曲版における新キャラクターであり、小説版には登場していない。エルサレムのキングソロモンホテルに滞在していた際、後から到着したウエストホルム卿夫人が上階の部屋を嫌がったため、ホテルの要請により、彼女に対して、1st Floor(2階)にある自分の部屋を明け渡さざるを得ず、不満を抱いていた。物語の最後、ある選挙区の議員が死去したことに伴い、ウエストホルム卿夫人は、保守党の候補として、補欠選挙に出馬すべく、急遽、英国へ戻ることになった。その際、彼は、彼女に対して、「その選挙区における対立候補は自分である」ことを明かす。戯曲版の最後のセリフは、彼のもので、「Ah’ll tell yer ‘is name - it’s Alderman ‘Iggs - and if I can keep you out of the first floor in Jerusalem - by gum - I’ll keep yer out of the ground floor in Westminster.」という彼女に対する皮肉を含んだ戦いの宣言となっている。


戯曲版の場合、ボイントン夫人は、小説版と同様に、注射器による多量のジギトキシンの投与により、死亡しているのが発見されるが、小説版における「殺人」ではなく、ミス・プライスによる重要な証言に基づく捜査の結果、「事故(→ ボイントン夫人は、元々、薬物中毒で、携帯していた杖の中に隠してあった注射器を用いて、ジギトキシンを自分に注射したところ、心臓が弱かったこともあり、急死したもの)」であることが、最終的に判明する。

従って、小説版にあった非常に重要なセリフである(1)物語の冒頭、キングソロモンホテルに滞在していたポワロが偶然聞きつけたある人物(→ 後に、レイモンド・ボイントンと判明)が発した「You do see, don’t you, that she’s got to be killed ?」や(2)ボイントン夫人がある人物を見ながら発した「I’ve never forgotten anything - not an action, not a name, not a face.」は、戯曲版には出てこない。


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