2022年10月18日火曜日

グレアム・ムーア作「シャーロック・ホームズ殺人事件」(The Holmes Affairs by Graham Moore)- その1

Arrow Books から2011年に出版されている
グレアム・ムーア作「シャーロック・ホームズ殺人事件」の表紙
(Cover image : Arcangel Images)

アンドリュー・ホッジスによる伝記「Alan Turing:The Enigma」を基にして、第二次世界大戦(1939年ー1945年)中、ブレッチリーパーク(Bletchley Park)にある英国の暗号解読センターの政府暗号学校において、ドイツ軍が使用したエニグマ暗号機による通信の解読に成功した英国の数学者、論理学者、暗号解読者兼コンピューター科学者であるアラン・マシソン・チューリング(Alan Mathison Turing:1912年ー1954年)を主人公にした歴史ドラマ映画「イミテーションゲーム / エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)」が、2014年に公開された。なお、主人公のアラン・マシソン・チューリングを、BBC1 で放映された推理ドラマ「シャーロック(Sherlock)」(2010年ー)において、シャーロック・ホームズを演じた英国の俳優であるベネディクト・ティモシー・カールトン・カンバーバッチ(Benedict Timothy Carlton Cumberbatch:1976年ー)が演じている。

「イミテーションゲーム / エニグマと天才数学者の秘密」で第87回アカデミー脚色賞を受賞した米国の脚本家 / 作家であるグレアム・ムーア(Graham Moore)が、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)を主人公の一人に据えた小説「シャーロック・ホームズ殺人事件(The Holmes Affairs)」を2011年に発表している。

サー・アーサー・コナン・ドイルが
「ストランドマガジン」の1893年12月号に発表した
「最後の事件」


アーサー・コナン・ドイルは、毎月シャーロック・ホームズシリーズの読み切り連載を続けるのに、非常に苦労していた。元々、長編歴史小説の分野で身を立て、名を上げようとしていた彼にとって、ホームズシリーズは、あくまでも副業であった。

ホームズシリーズの原稿締め切りに追いまくられた彼は、遂に「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1893年12月号に掲載した「最後の事件(The Final Problem → 2022年5月1日 / 5月8日 / 5月11日付ブログで紹介済)」において、ホームズを、「犯罪界のナポレオン(Napoleon of crime)」と呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と一緒に、スイスのマイリンゲン(Meiringen)にあるライヘンバッハの滝壺(Reichenbach Falls)に葬ってしまった。「ストランドマガジン」を読んだロンドンの読者は、大騒ぎに陥った。


ストランド通りに面しているチャリングクロス駅の正面


12月のある日、コナン・ドイルがチャリングクロス駅(Charing Cross Station → 2014年9月20日付ブログで紹介済)を出て、ストランド通り(Strand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)を歩いていると、タイムズ紙の見出しには、ホームズの死を伝える記事が踊っていた。

彼は、突然、60歳位の老婦人に、彼女が持っていたバッグで、力一杯殴られる。老婦人は、彼に告げる。「あなたが、シャーロック・ホームズを殺した。」と。

2ヶ月前に父親のチャールズ・ドイル(Charles Doyle)を亡くし、また、妻の肺の病気が治癒する可能性がないことを最近知ったコナン・ドイルにとっては、重荷でしかなかったホームズの死に対して、世間がこれ程の反応をするとは、とても思えなかった。警官が二人の仲裁に入るまで、彼は茫然とするしかなかったのである。


ストランド通り沿いに建つストランドパレスホテル


ホームズの死から約7年が経過した1900年10月中旬、コナン・ドイルが、自宅の書斎において、朝届いた郵便物を開封していた際、ある小包に入っていた爆発物によって、彼の書斎机が粉々になってしまう。危うく難を逃れ、命拾いをしたコナン・ドイルであった。

ホームズを殺したため、作者のコナン・ドイルを恨む者が、彼宛に爆発物を入れた郵便を送ってきたのだろうか?


ポートレートギャラリー(Portrait Gallery)の横の広場に設置されている
サー・ヘンリー・アーヴィングのブロンズ像


スコットランドヤードを訪れたコナン・ドイルであったが、埒が明かないため、彼は友人のブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1912年)に相談する。ブラム・ストーカーは、俳優ヘンリー・アーヴィング(Henry Irving)が監督に就任したライシアム劇場(Lyceum Theatre → 2014年7月12日付ブログで紹介済)において、彼の劇団の秘書を務めていた。


ライシアム劇場の外壁(裏手)に刻まれている
ブラム・ストーカーの名前


コナン・ドイル宛に送られてきた爆発物の下には、封筒が入っていて、その表面には「初歩的(Elementary)」とのみ記されていた。彼が封筒を開けると、その中には、手紙ではなく、2週間前のタイムズ紙に載っていた新聞記事が入っていた。

その記事は、ロンドンのイーストエンド(East End)のステップニー地区(Stepney)にあるサルモンストリート(Salmon Street)沿いに建つある家の浴室において、若い女性が溺死しているのが見つかったことを伝えるものだった。女性の遺体の横には、ウェディングドレスが置かれていた。女性の身元や彼女の結婚相手等、手掛かりとなるものは、全くなかった。女性の遺体に彫られた三つの頭を持つ黒い鴉(カラス)のタトゥー以外は。


コナン・ドイルは、友人のブラム・ストーカーをワトスン役にして、この新聞記事となった殺人事件と思われる詳細を調査し始める。それは、コナン・ドイルとブラム・ストーカーの二人を、悪夢のような連続殺人事件への捜査へと導いていくのであった・・・ 


0 件のコメント:

コメントを投稿