2023年1月5日木曜日

コナン・ドイル作「孤独な自転車乗り」<小説版>(The Solitary Cyclist by Conan Doyle )- その3

英国で出版された「ストランドマガジン」
1904年1月号に掲載された挿絵(その3) -
1895年4月26日(火)の朝、
ヴァイオレット・スミス嬢からの手紙を受け取った
シャーロック・ホームズは、一人でサリー州のファーナムへと向かい、
パブにおいて、口の軽い主人から
チャーリントン屋敷の賃借人であるウィリアムスン氏の情報を
いろいろと聞き込んだ。
その際、近くでビールを飲んでいたウッドリー氏が、
威圧的な態度で近寄って来て、ホームズを罵った後、突然、殴り掛かってきた。
最終的には、パブをリングにしたホームズとウッドリー氏による
ボクシング試合が展開されたのである。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget 1860年 - 1908年)

1895年4月23日(土)、音楽の家庭教師をしているヴァイオレット・スミス嬢(Miss Violet Smith)が、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のシャーロック・ホームズの元を相談に訪れた。


彼女の父親で、旧帝国劇場(Imperial Theatre)において、オーケストラの指揮者を務めていたジェイムズ・スミス(James Smith)が亡くなったため、彼女と彼女の母親は、身寄りのない上に、非常に貧しい状態となった。

昨年(1894年)12月のある日、彼女達は、タイムズ紙上に自分達の所在を尋ねる広告が掲載されているのを見て、直ぐに弁護士のところへと出かけたところ、そこで、南アフリカから英国へと戻ったカラザース氏(Mr. Carruthers)とウッドリー氏(Mr. Woodley)に会った。彼らは、25年前にアフリカへ行き、それ以降、消息不明のままだった叔父のラルフ・スミス(Ralph Smith)の友人で、数ヶ月前に、ラルフ叔父は、ヨハネスブルグにおいて、貧しいまま亡くなったが、その際、ラルフ叔父から、「親類(=彼女達のこと)を探し出して、面倒をみてやってほしい。」と頼まれた、とのことだった。

自分に対して色目を使うウッドリー氏に対して、ヴァイオレット・スミス嬢は、非常な嫌悪感を抱いたが、年長のカラザース氏は、感じのよい人物で、好印象だった。


彼女達の懐状況を知ると、妻に先立たれていたカラザース氏は、ヴァイオレット・スミス嬢に対して、サリー州(Surrey)ファーナム(Farnham)から約6マイルのところにあるチルタン屋敷(Chiltern Grange)に住み込んで、彼の一人娘(10歳)に音楽を教えてほしいと提案してきた。

「母親を一人にはしたくない。」と言うヴァイオレット・スミス嬢に対して、カラザース氏は、(1)毎週末、家へ戻ること、そして、(2)年に100ポンドを払うことを申し出た結果、ヴァイオレット・スミス嬢は、その素晴らしい申し出を了承した。


早速、ヴァイオレット・スミス嬢は、チルタン屋敷に住み込んで、カラザース氏の一人娘に音楽を教えるとともに、毎週土曜日、住み込みの屋敷からロンドンの母親の元へ帰り、翌週の月曜日に屋敷へ戻って来る生活を始めた。彼女が住み込みの音楽の家庭教師を始めてから、数ヶ月が経過したが、基本的には、問題はなかった。


ただし、ヴァイオレット・スミス嬢には、気にかかることが、2つあった。

一つは、カラザース氏は申し分のない紳士であったが、チルタン屋敷に客人としてやって来るウッドリー氏は、下品な男の上に、彼女に対して、露骨に色目を使ってくるので、非常に不快であった。

もう一つは、彼女は、毎週土曜日の午前中、12時22分発の上り列車に乗るために、チルタン屋敷からファーナム駅(Farnham Station)まで、自転車で向かい、翌週の月曜日に、ファーナム駅からチルタン屋敷まで、自転車で戻って来ることを繰り返していたが、彼女は、駅までの行き帰り、短い顎鬚を生やした黒ずくめの男が、自転車で彼女の後をつけていることに気付き、非常に不安だった。と言うのも、チルタン屋敷からファーナム駅までの行き帰りは、寂しい道で、片側がチャーリントン荒野(Charlington Heath)で、もう一方の側のチャーリントン屋敷(Charlington Hall)を森が取り囲む場所は、1マイル以上続く特に寂しいところだったからである。


ヴァイオレット・スミス嬢が辞去した後、ホームズは、ジョン・H・ワトスンに対して、捜査すべき点を列挙する。


(1)チャーリントン屋敷には、誰が住んでいるのか?

(2)カラザース氏とウッドリー氏の二人は、どういった関係なのか?何故、二人は懸命になってラルフ・スミスの親類を探し出そうとしたのか?

(3)カラザース氏は、住み込みの音楽の家庭教師に対して、相場の2倍の給金を支払うことができるにもかかわらず、駅から6マイルも離れた屋敷に住みながら、馬や馬車を持っていないのは、何故か?


生憎と、別の大事な調査を抱えているホームズは、本件が単なる恋愛事件である可能性も考慮して、ワトスンに現地のサリー州へ行ってもらうことにした。

ホームズの依頼に応じて、翌週の月曜日の朝、ワトスンは、ヴァイオレット・スミス嬢が乗る列車よりも前の列車を捕まえ、ファーナム駅に到着し、チャーリントン荒野の近くに隠れて、ヴァイオレット・スミス嬢が乗る自転車と短い顎鬚を生やした黒ずくめの男が乗る自転車の追跡劇を観察した。また、不動産屋から、チャーリントン屋敷の賃借人(初老のウィリアムスン氏(Mr. Williamson))の情報も得ることができた。


ベーカーストリート221Bへと戻り、調査の結果を報告するワトスンに対して、ホームズの反応は芳しくなく、ワトスンの努力を誉めるどころか、「判ったことは、ヴァイオレット・スミス嬢の話が本当だったことだけだ。」と、手厳しい評価だった。


翌日(火曜日)の朝、ヴァイオレット・スミス嬢からの手紙が届いた。

その手紙によると、カラザース氏から求婚されたが、彼女には、既に婚約者(コヴェントリー(Coventry)で電気技師をしているシリル・モートン(Cyril Morton))が居るため、彼の申し出を断ったことで、屋敷での立場が微妙になった、とのことだった。


ヴァイオレット・スミス嬢の手紙を読んだホームズは、その日の午後、一人でサリー州へ出かけると、夜遅く、唇が切れ、額に変色した瘤(コブ)ができた顔をして、ベーカーストリート221Bへと戻って来たのである。

驚くワトスンに対して、ホームズは、自分の冒険について、愉快そうに笑いながら話し出した。

ファーナム駅に着いたホームズは、パブへ入り、口の軽い主人から、チャーリントン屋敷の賃借人であるウィリアムスン氏について、望むことを全て語ってもらった。そこへ、近くでビールを飲んでいたウッドリー氏が、威圧的な態度で近寄って来て、ホームズを罵った後、突然、殴り掛かってきた。その結果、パブをリングにして、ホームズの左ストレートとウッドリー氏の強打によるボクシング試合となったのである。 


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