2023年5月1日月曜日

薔薇の花を愛でるシャーロック・ホームズ

英国で出版された「ストランドマガジン」
1893年10月号に掲載された挿絵 -
ジョン・H・ワトスンの旧友で、
外務省において責任ある職に就いている
パーシー・フェルプスから、
事件の詳細な説明を受けた
シャーロック・ホームズは、
開いた窓のところへ行くと、
薔薇を指の間に挟んだまま、
瞑想に耽っていた。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット
(Sidney Edward Paget:1860年 - 1908年)


サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)が執筆したシャーロック・ホームズシリーズにおいて、薔薇の花を愛でるシャーロック・ホームズの挿絵について、紹介したい。


ホームズが薔薇の花を愛でる姿が描かれるのは、短編「海軍条約文書(The Naval Treaty)」においてである。

「海軍条約文書」は、ホームズシリーズの短編小説56作のうち、23番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1893年10月号 / 11月号に、また、米国でも、「ハーパーズ ウィークリー(Harper’s Weekly)」の1893年10月14日 / 10月21日号に掲載された。

同作品は、1893年に発行されたホームズシリーズの第2短編集である「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」に収録されている。


「海軍条約文書」事件は、ジョン・H・ワトスンの結婚直直後の7月に発生したと記されている。

その日、ワトスンの元に、彼の旧友で、名門の出自であるパーシー・フェルプス(Percy Phelps)からの手紙が届いた。その手紙には、「極めて重大な事件が起きたので、ホームズ氏を連れて、ウォーキング(Woking)まで来てほしい。」という切実な依頼が認められていた。

パーシー・フェルプスは、母方の伯父で、外務大臣を務めるホールドハースト卿(Lord Holdhurst)の後ろ盾もあって、外務省(Foreign Office)において、責任ある職に就いていると、ワトスンは、彼から聞いていた。


ワトスンは、早速、ベーカーストリート221B(221B Baker Street)のホームズの元を訪れた。ワトスンから渡された手紙を読んだホームズは、彼と一緒に、ウォーキングへと向かった。

手紙に記されたブライアブレイ(Briarbrae)屋敷に到着したホームズとワトスンの2人は、ジョセフ・ハリスン(Joseph Harrison)と名乗る男性に出迎えられる。彼は、パーシー・フェルプスの婚約者であるアニー・ハリスン(Annie Harrison)の兄とのことだった。

部屋に案内されると、そこには、やつれ果てたパーシー・フェルプスと彼の婚約者であるアニー・ハリスンが、彼らを待っていた。

ホームズとワトスンの到着を首を長くして待っていたパーシー・フェルプスは、彼らに対して、事件の内容を詳しく話し始めたのである。


英国で出版された「ストランドマガジン」1893年10月号に掲載された挿絵 -
ジョン・H・ワトスンと一緒に、
ウォーキングのブライアブレイ屋敷を訪れたシャーロック・ホームズは、
アニー・ハリスンの同席の下、
外務省において責任ある職に就いているパーシー・フェルプスから、事件の詳細な説明を受ける。
画面左側から、ホームズ、ワトスン、アニー・ハリスン、そして、パーシー・フェルプス。
挿絵:シドニー・エドワード・パジェット(1860年 - 1908年)

パーシー・フェルプスから長い説明を聞いたホームズは、薔薇の花について、語り出す。


「薔薇は、素晴らしいものですね!」

ホームズは、長椅子を通り過ぎると、開かれた窓のところへ行き、モスローズの垂れ下がった枝を持ち上げ、深紅と緑の優美な調和を見下ろした。その時、私(ワトスン)は、彼の性格の新たな一面を見たような気がした。と言うのも、彼が自然の事物に対して興味を示すことを、今までに見たことがなかったからである。

「宗教以上に、演繹が必要なものはありません。」と、ホームズは、雨戸に寄り掛かりながら、言った。「それは、理論家によって、正確な科学として構成しうるのです。神の摂理の最高の確かさが、これらの薔薇に宿っているように、僕には思えます。それ以外のもの、つまり、知力 /体力、願望や食べ物、こういったものは、全て、最初から我々の生存にとって不可欠なものなのです。しかし、この薔薇は、余剰なものです。薔薇の芳香と色彩は、人生の前提条件ではなく、装飾と言えます。この余剰を我々に与えたのは、神のみであり、それ故に、これらの薔薇から多くの希望が得られると、僕は繰り返し申し上げたいのです。」

ホームズが上記の論証を行なっている間、パーシー・フェルプスと彼の看護人は、驚きと大いなる失望を顔に浮かべて、彼を見つめていた。一方、肝心のホームズは、モスローズを指の間に挟んだまま、瞑想に耽っていたのである。


‘What a lovely thing a rose is!’

He walked past the couch to the open window, and held up the drooping stalk of a moss-rose, looking down at the dainty blend of crimson and green. It was a new phase of his character to me, for I had never before seen him show any keen interest in natural objects.

‘There is nothing in which deduction is so necessary as in religion,’ said he, leaning with his back against the shutters. ‘It can be built up as an exact science by the reasoner. Our highest assurance of the goodness of Providence seems to me to rest in the flowers. All other things, our powers, our desires, our food, are all really necessary for our existence in the first instance. But this rose is an extra. Its smell and its colour are an embellishment of life, not a condition of it. It is only goodness which gives extras, and so I say again that we have much to hope from the flowers.’

Percy Phelps and his nurse looked at Holmes during this demonstration with surprise and a good deal of disappointment written upon their faces. He had fallen into a reverie, with the moss-rose between his fingers. 


一旦、事件に取り組み始めると、ホームズは、事件のことしか、頭になく、事件以外のことには、一切興味を失くしてしまう傾向が強いが、ワトスンが記述している通り、今回は、非常に稀なケースと言える。


なお、薔薇の花を愛でるホームズについては、ホームズシリーズの第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)、第2短編集「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」(1893年)、第3長編「バスカヴィル家の犬(The Hound of the Baskervilles)」1901年8月ー1902年4月)、そして、第3短編集「シャーロック・ホームズの帰還(The Return of Sherlock Holmes)」(1905年)まで挿絵を担当していた挿絵画家であるシドニー・エドワード・パジェット(1860年ー1908年)が描いている。


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