2023年8月13日日曜日

ティム・メージャー作「シャーロック・ホームズ / 背中合わせの殺人」(Sherlock Holmes / The Back to Front Murder by Tim Major) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2021年に出版された
ティム・メージャー作「シャーロック・ホームズ / 背中合わせの殺人」の表紙(部分)
(Image : Shutterstock) -
背景に見えるのは、テイト・ブリテン美術館で、
手前の左側の人物は、事件の被害者であるロナルド・バイザウッド、
そして、手前の右側の万年筆は、
事件の依頼人である女性推理作家のアビゲイル・ムーンが使用しているものだと思われる。

読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)


英国のヨーク(York)出身の作家で、フリーランスの編集者でもあるティム・メージャー(Tim Major)が2021年に発表したされた「背中合わせの殺人(The Back to Front Murder)」の場合、National Gallery of British Art <テイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)>の南側入口前にある水飲み場の水を飲んだロナルド・バイザウッド(Ronald Bythewood)と言う60代の男性が、不可解な状況で毒殺されると言う事件が取り扱われている。そして、彼の殺害犯人として、「ダミアン・コリンボーン(Damien Collinbourne)」と言う男性のペンネームを用いて、推理小説を執筆している女性推理作家のアビゲイル・ムーン(Miss Abigail Moone)が、スコットランドヤードに疑われるのである。本作品では、この不可解な状況における毒殺トリックについて、シャーロック・ホームズが解明することが、物語の中心となる。


また、本作品によると、事件は1898年5月に発生したことが記述されている。

シャーロック・ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Casebook of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録されている「隠居絵具屋(The Retired Coluorman)」(1927年)も、同じ1898年に発生している。

なお、ホームズシリーズの第3短編集である「シャーロック・ホームズの帰還(The  Return of Sherlock Holmes)」(1905年)に収録されている「踊る人形(The Dancing Men)」(1903年)についても、1898年に発生しているとする説がある。事件の依頼人であるノーフォーク州(Norfolk)一番の旧家で、リドリングソープ屋敷(Ridling Thorpe Manor)に住むヒルトン・キュービット氏(Hilton Cubitt)がベーカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)のホームズの元を訪れた際、「昨年、即位記念式典を見物するために、ロンドンまで出て来た。(Last year I came up to London for the Jubilee)」と発言している。ホームズの活躍時期における英国の国王は、ハノーヴァー朝(House of Hanover)の第6代女王で、かつ、初代インド女帝であるヴィクトリア女王(Queen Victoria:1819年ー1901年 在位期間:1837年ー1901年 → 2017年12月10日 / 12月17日付ブログで紹介済)である。ジョン・H・ワトスンと知り合ったホームズが「緋色の研究(A Study in Scarlt → 2016年7月30日付ブログで紹介済)」事件を解決した1881年3月以降に行われたヴィクトリア女王の即位記念式典は、1887年(即位50周年)と1897年(即位60周年)の2度あるため、厳密に言うと、「踊る人形」事件が発生した時期としては、1888年と1898年の2種類が考えられるが、どちらなのかを明確に特定できる根拠はない。


(2)物語の展開について ☆☆半(2.5)


ロナルド・バイザウッドの毒殺犯人として、スコットランドヤードに疑われている女性推理作家のアビゲイル・ムーンをベーカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)を匿いながら、ホームズとジョン・H・ワトスンの2人が、如何にして、彼女の無罪を晴らすのかと言う展開が、本来であれば、本作品のメインとなるものと考えていた。ところが、本作品のヒロインであるアビゲイル・ムーンは、全体の 3/5 辺りで、ある女性と一緒に、ボートを使って、霧が立ち込めるテムズ河(River Thames)へ逃亡してしまい、その後、物語には一切登場しない。無罪を主張するアビゲイル・ムーンが物語の終盤に登場しないため、ホームズが彼女の無罪を証明したとしても、ちゃんとしたカタルシスを得ることができず、かなりの「肩透かし」である。


また、ロナルド・バイザウッドが毒殺されることになった動機は、彼の過去の経緯、つまり、彼が以前住んでいたパリでの出来事に、端を発する。これについては、アビゲイル・ムーンが姿を消した以降、残りの 2/5 (約100ページ)のうち、約30ページを費やして語られるが、彼の殺害動機を推理することは不可能であり、いろいろと不満が残る。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆半(2.5)


ロナルド・バイザウッドの毒殺犯人として疑われている女性推理作家のアビゲイル・ムーンをベーカーストリート221Bを匿いつつ、ホームズとワトスンの2人が、彼女の無罪を晴らそうとするが、なかなか話が進展しない上に、アビゲイル・ムーン本人が、ホームズ達に事件の依頼をしておきながら、途中で姿を消してしまい、以降、全く登場せず、物語の最後まで、スッキリしない展開が続く。

また、ロナルド・バイザウッドが毒殺されたのが、不可解な状況めいているものの、実際のところ、彼の毒殺トリックは、あまり大したものではなく、これも、ホームズ達の活躍を高く評価できない要因となっている。


(4)総合評価 ☆☆半(2.5)


本作品の場合、物語が始まった時点で、つまり、ワトスンが外出先からベーカーストリート221Bへと戻って来た段階で、事件の依頼人であるアビゲイル・ムーンが、ホームズの元を既に訪れており、事件の経緯について、最初の約20ページで全て語られてしまう。そして、残りの約230ページを使って、ロナルド・バイザウッドを毒殺した犯人を捜す場面が展開する。不可解な状況めいているものの、実際のところ、あまり大したことがない毒殺トリックだけを以って、残りの約230ページを保たせるのは、正直ベース、結構難しいのではないかと思われる。前振りの話を入れて、事件の依頼人であるアビゲイル・ムーンが事件の経緯を語る部分をもう少し後にした方が良かったように感じる。

一番良くないのは、本作品のヒロインであるアビゲイル・ムーンを、全体の 3/5 辺りで途中退場させ、以降、物語の終盤に登場させないことにより、物語のカタルシスを奪っていることである。



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