2023年7月13日木曜日

ティム・メージャー作「シャーロック・ホームズ / 背中合わせの殺人」(Sherlock Holmes / The Back to Front Murder by Tim Major) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2021年に出版された
ティム・メージャー作
「シャーロック・ホームズ / 背中合わせの殺人」の裏表紙
(Image : Shutterstock)


1898年5月のある日、ジョン・H・ワトスンが外出から戻ると、シャーロック・ホームズが、アビゲイル・ムーン(Miss Abigail Moone)と言う35歳前後の女性と話をしているところだった。


アビゲイル・ムーンの職業は、推理作家で、「ダミアン・コリンボーン(Damien Collinbourne)」と言う男性のペンネームを用いて、推理小説を執筆していた。

午前中、戸外で人間観察をし(to watch people)、その中から被害者として最適の人物を選び出して(to select a likely looking victim)、その人物を殺害する手段を考え出す(to conjure a method of killing them)作業を行うと、自宅へと戻り、午後、執筆作業に集中する(to work at my desk)と言う毎日が、彼女の習慣だった。


アビゲイル・ムーンは、最近、National Gallery of British Art <テイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)>を人間観察を行う場所として使っていて、彼女が今回の被害者役として選んだのは、ロナルド・バイザウッド(Ronald Bythewood)と言う60代の男性だった。

彼女曰く、ロナルド・バイザウッドは、月曜日から木曜日の午前10時15分頃、National Gallery of British Art を訪れ、いくつかの部屋に展示された絵画を観てまわると、美術館を出ると言うパターンを繰り返した。そして、彼は、美術館の南側の入口の前にある水飲み場において、毎日、水を飲むのだが、彼女が観察していた限りでは、彼以外に、水飲み場を利用するような人は居なかった。水を飲み終わると、彼は、ヴォクスホール橋(Vauxhall Bridge → 2017年9月16日付ブログで紹介済)を渡り、テムズ河(River Thames)の南岸にあるヴォクスホール公園(Vauxall Park)まで歩いて行くのであった。


アビゲイル・ムーンは、次回作のために、National Gallery of British Art の南側の入口の前にある水飲み場を使って、ロナルド・バイザウッドを毒殺する実験を思い付く。勿論、本当の毒を使用する訳ではない。彼女は、友人の夫で、薬剤師であるカールステン・レイン(Carsten Laine)に頼んで、何も入っていない空のカプセルをつくってもらった。


木曜日が到来した。

ロナルド・バイザウッドが、National Gallery of British Art の南側の入口から出て来て、水飲み場の方へとやって来た。アビゲイル・ムーンは、水飲み場を利用する人が他に居ないことを確認した上で、薬剤師のカールステン・レインにつくってもらった空のカプセルを水飲み場へと流した。水飲み場へとやって来たロナルド・バイザウッドは、それとは気付かず、彼女が流した空のカプセルを、水と一緒に、飲んでしまった。彼女の実験は、非常にうまく行ったのだ。

水を飲み終わったロナルド・バイザウッドを、アビゲイル・ムーンは、それまでのように、ヴォクスホール公園まで後をつけて行った。ヴォクスホール公園に着いたロナルド・バイザウッドは、暫くすると、急に倒れて、亡くなってしまった。

警察がロナルド・バイザウッドの遺体を調べると、石炭酸(phenol = carbolic acid)の嚥下が死因だったのである。


アビゲイル・ムーンが辞去してから1時間も経たないうちに、スコットランドヤードのレストレード警部(Inspector Lestrade)が、ロナルド・バイザウッドの件で、ホームズの元を訪れる。

レストレード警部によると、何者かに毒殺されたロナルド・バイザウッドは、「D C DID IT.」と書かれたメモを手の中に握っていた、とのこと。それを聞いたホームズとワトスンの2人は、顔を見合わせる。「D C」とは、事件の依頼人で、推理作家のアビゲイル・ムーンのペンネームである「ダミアン・コリンボーン」のイニシャルを意味しているのであろうか?


翌日の午後2時に、ホームズとワトスンの2人は、National Gallery of British Art の南側の入口の前で、アビゲイル・ムーンと落ち合った。

彼女によると、家から出る際、玄関のドアを施錠しようと振り返っていたところ、玄関のドアの横に置いてあった彼女の推理小説のネタ帳が入った鞄が紛失していた、とのことだった。彼女は、自分の周囲には、誰もおらず、何も見ていない、と証言した。


果たして、ロナルド・バイザウッドは、アビゲイル・ムーンを除くと、近くには誰も居ない水飲み場において、どのような手段で毒殺されたのであろうか?

それとも、アビゲイル・ムーンがホームズに対して説明した内容とは異なり、実際には、彼女は、空のカプセルではなく、毒薬が入ったカプセルを水飲み場へと流したのだろうか?

謎は深まるばかりであった。


0 件のコメント:

コメントを投稿