2022年5月23日月曜日

イーデン・フィルポッツ作「闇からの声」(A Voice from the Dark by Eden Phillpotts) - その1

東京創元社から、創元推理文庫として出版されている
イーデン・フィルポッツ作「闇からの声」(新カバー版)の表紙
       カバーイラスト: 松本 圭以子 氏
カバーデザイン: 中村 聡 氏

「闇からの声(A Voice from the Dark)」は、主にデヴォン州(Devon)を舞台にした田園小説、戯曲や詩作で既に名を成した英国の作家であるイーデン・ヘンリー・フィルポッツ(Eden Henry Phillpotts:1862年ー1960年 → 2022年2月6日 / 2月13日付ブログで紹介済)が1925年に発表した推理小説である。


旧領主邸(Old Manor House)ホテルは、英国海峡を望む英国南部のドーセット州(Dorset)南端にあるポートランド岬の断崖の上に、ぽつりと建っていた。ホテルの周囲は、吹きさらしの荒涼とした地帯で、狩猟客や近在の馴染み客のおかげで、経営が成り立っていた。


ある年の11月の晩、一台の自動車がホテルの玄関前に横付けになり、一人の旅行客が石畳のポーチの上に降り立った。彼は、引退した名刑事のジョン・リングローズ(John Ringrose:55歳)だった。ジョン・リングローズは、ホテルの主人であるジェーコブ・ブレントの出迎えを受ける。


主人のジェーコブ・ブレントは、妻に先立たれており、一人息子が居た。その一人息子が、ヨーヴィルに私営銀行に勤めていたのだが、二人組の悪人に利用されて、昨年、無実の罪で告発されたのである。ジョン・リングローズが、ジェーコブ・ブレントの一人息子の完全無罪を立証の上、二人組の悪人を刑に服させた。父親であるジェーコブ・ブレントは、感謝等という言葉では表せない程に嬉しがり、ジョン・リングローズに対して、いつでも好きなだけホテルに逗留してほしいと、ずっと前から申し出ていたのである。


刑事から引退したジョン・リングローズは、総監のジェイムズ・リッジウェイ卿の勧めもあり、刑事生活の回想録を執筆するべく、今回、ジェーコブ・ブレントの招待を受けて、旧領主邸ホテルへとやって来たのである。

ジェーコブ・ブレントによると、ジョン・リングローズの他には、ベレアズ夫人(84歳)と付添いのスーザン・マンリイの長逗留の客が居るだけだった。ベレアズ夫人は、50年前頃に、旧領主邸ホテルにおいて蜜月を過ごしたことがあり、ここが気に入ったため、最初は数週間の予定で保養にきたのだが、結局のところ、ここで余生を過ごすことに決めた、とのこと。

夕食の際、ジョン・リングローズは、ベレアズ夫人と顔を会わせた。ベレアズ夫人は、中風のため、脚が麻痺していて、人前では車椅子をかかせなかったが、暖かみのある朗らかな人柄で、頭もよく、世事にも広く通じていた。


夕食後、サロンにおいて、ベレアズ夫人と1時間ばかり話をしてから、バーにおいて、寝酒の水割りウイスキーを飲むと、ジョン・リングローズは、早めに寝室へと引き上げた。彼は、堅いベッドでないと、気持ちよく眠れないたちだったが、羽毛布団の中に潜り込むと、直ぐに眠り込み、熟睡した。


その夜中(午前3時)、彼の耳に、闇をつん裂くような幼児の悲鳴、恐怖のドン底に慄く、いたいけな叫び声が聞こえてきたのである。

「お願いーお願いーいい子になるからーいい子になるからーねえ、ビットンさん!そいつに僕を見させないーそばへ来させないでーお願いーお願いだから!」(創元推理文庫 橋本 福夫 氏 訳)


すっかりと眠気が吹っ飛んでしまったジョン・リングローズは、ベッド横の壁のボタンを押して、電灯を点けたが、彼の部屋の中には、誰も居なかった。その後、彼は、戸口へと向かい、ドアを開けてみたが、外の廊下にも、人影は全く見当たらなかった。更に、彼は窓へ駆け寄ったが、カーテンはひいたままの上、窓の掛け金もかかったままだった。小さい子供であっても、身をひそめらるのが難しい吊り箪笥の中も調べたが、そこには彼の衣類が入っているだけで、室内には、隠れ場所はどこにもなかったのである。


ジョン・リングローズが聞いた幼児の悲鳴 / 叫び声は、一体、なんだったのだろうか?


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