2025年9月6日土曜日

ロンドン ロザーハイズ地区(Rotherhithe)- その2

ロザーハイズ地区の河原からテムズ河の上流を見たところ -
画面中央奥に「シャード(Shard)」を望むことができる。
<筆者撮影>

サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)作が、シャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、43番目に発表された作品である「瀕死の探偵(The Dying Detective → 2025年5月5日 / 5月21日付ブログで紹介済)」に出てくるロザーハイズ地区(Rotherhithe)は、ロンドンの特別区の一つであるサザーク区(London Borough of Southwark)内にある地区で、テムズ河(River Thames)の南岸にあり、テムズ河へ半島のように突き出している場所にある関係上、北側、東側と西側の三方はテムズ河に囲まれている。

ロザーハイズ地区の遊歩道からテムズ河の対岸(北岸)を見たところ
<筆者撮影>

なお、「瀕死の探偵」の場合、ジョン・H・ワトスンが結婚し、シャーロック・ホームズとの共同生活を解消してから、2年が経過していた。

11月の霧がかかって薄暗い午後、ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)の家主であるハドスン夫人(Mrs. Hudson)が、ワトスンの家を訪れる。

ハドスン夫人曰く、ホームズが何か訳の分からない病に罹患して、「ここ3日間でどんどん衰弱して、瀕死の状態なのだ(’He’s dying, Dr Watson.’)。」と言う。ハドスン夫人によると、ホームズは、ある事件のため、テムズ河南岸のロザーハイズへ出かけ、そこで病気を移されて、帰って来たらしい。そして、ホームズは、水曜日の午後から寝たきりで、この3日間、食事も飲み物もとっていない、とのことだった。


ロザーハイズ地区の河原からテムズ河の下流を見たところ
<筆者撮影>

ロザーハイズ地区の名前は、アングロサクソン語の「家畜の放牧場所」を意味する「Hrȳðer-hȳð」を語源としており、「Rederheia」や「Redriff(e)」と呼ばれていた。


ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
エリザベス1世の肖像画の葉書
(Unknown English artist / 1600年頃 / Oil on panel
1273 mm x 997 mm) -
エリザベス1世は、王族しか着れない
イタチ科オコジョの毛皮をその身に纏っている。
オコジョの白い冬毛は、「純血」を意味しており、
実際、エリザベス1世は、英国の安定のために、
生涯、誰とも結婚しなかったので、「処女女王」と呼ばれた。
エリザベス1世の」赤毛」と「白塗りの化粧」は、
当時流行したものである。


イングランドとアイルランドの女王で、テューダー朝(House of Tudor)の第5代かつ最後の君主であるエリザベス1世(Elizabeth I:1533年ー1603年 在位期間:1558年-1603年)の統治時代に、ロザーハイズ地区は造船所や波止場として発展。


テムズ河北岸のヴィクトリアエンバンクメント通り
(Victoria Embankment → 2018年12月9日付ブログで紹介済)沿いに設置されている
英国の技師であるイザムバード・キングダム・ブルネル
(1806年ー1859年)のブロンズ像
<筆者撮影>


イザムバード・キングダム・ブルネルは、
パディントン駅(Paddington Station → 2014年8月3日付ブログで紹介済)を初めとする
グレイトウェスタン鉄道の施設や車輌等を設計したことで有名である。
<筆者撮影>


18世紀中頃に、フランス生まれの技術者であるマーク・イザムバード・ブルネル(Marc Isambard Brunel:1769年ー1849年)と彼の息子で、英国の技師であるイザムバード・キングダム・ブルネル(Isambard Kingdom Brunel:1806年ー1959年)がテムズ河トンネル(Thames Tunnell)を完成させたことにより、テムズ河の北岸(ワッピング地区)と南岸(ロザーハイズ地区)が接続。


テムズ河沿いに現れた河原から
遊歩道沿いに建つフラット群を見上げたところ。

<筆者撮影>

ロザーハイズストリート(Rotherhithe Street)沿いに建つフラット群(その1)
<筆者撮影>


エリザベス1世の統治時代から発展してきた造船所や波止場は、1970年代までに衰退してしまったが、1980年代に入り、テムズ河沿いのエリアが再開発されて、テムズ河沿いに数多く建っていた倉庫群が住居へと改装。


ロザーハイズストリート沿いに建つフラット群(その2)
<筆者撮影>

ロザーハイズストリート沿いに建つ案内標識
<筆者撮影>

また、地下鉄ジュビリーライン(Jubliee Line)が東方面に延長した結果、1999年にバーモンジー駅(Bermonsey Tube Station)とカナダウォーター駅(Canada Water Tube Station)が開設。ロザーハイズ地区は、元々、テムズ河へ半島のように突き出している場所にある関係上、北側、東側と西側の三方はテムズ河に囲まれており、「陸の孤島」と化していたが、これにより、ウェストエンド(West End)やカナリーワーフ(Canary Wharf)へ容易にアクセスできるようになった。


「Rotherhithe - History, art and the Mayflower」の冊子から抜粋した
ロザーハイズ地区とその周辺地図 


更に、カナダウォーター駅から、ロザーハイズ駅経由、シティー・オブ・ロンドン(City of London → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)の東側に位置するホワイトチャペル駅(Whitechapel Station)へと至る路線も整備された結果、シティー・オブ・ロンドンへの通勤圏ともなり、住民が増加。


ブルネルロード(Brunel Road)沿いにあるロザーハイズ駅(Rotherhithe Station)
<筆者撮影>


その結果、ロザーハイズ地区は、現在、再開発が進んでいる地域と言える。


ロザーハイズ地区のテムズ河沿いの遊歩道には、ピルグリムファーザーズの記念碑
<筆者撮影>

上記の記念碑の右横に設置されている
ブロンズ像「Sunshine Weekly and The Pilgrims Pocket」
<筆者撮影>


「メイフラワー号(Mayflower)」は、ピューリタン(清教徒)であるピルグリムファーザーズ(Pilgrim Fathers)が、英国ステュアート朝(House of Stuart)のジェイムズ1世(James I:1566年ー1625年 在位期間:1603年ー1625年)による宗教弾圧を恐れて、1620年に米国へ渡った際に乗船した船である。

「メイフラワー号」は、英国デヴォン州(Devon)プリマス(Plymouth → 2023年9月8日付ブログで紹介済)から出て、新天地である米国(現在のマサチューセッツ州(Commonwealth of Massachusettes)プリマス(Plymouth))に辿り着いているが、一番最初の出航地は、ロザーハイズ地区で、プリマスに着く前に、サザンプトン(Southampton)に寄港している。

従って、ロザーハイズ地区のテムズ河沿いの遊歩道には、ピルグリムファーザーズの記念碑が立っている。

これについては、次回、紹介したい。


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