2021年12月12日日曜日

ブラム・ストーカー作「白蛇の巣」<小説版>(The Lair of the White Worm by Bram Stoker < Novel Version >)

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2016年に出版された
サム・シチリアーノ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 白蛇伝説」の表紙


米国ユタ州ソルトレークシティー出身の作家であるサム・シチリアーノ(Sam Siciliano:1947年ー)が2016年に発表した「白蛇伝説(The White Worm → 2017年10月17日 / 10月21日付ブログで紹介済)」は、アイルランド人の小説家であるブラム・ストーカー(Bram Stoker)こと、エイブラハム・ストーカー(Abraham Stoker:1847年ー1912年)が執筆したホラー小説「白蛇の巣(The Lair of the White Worm)」(1911年)をベースにしているとのこと。


本作品「白蛇の巣」の主人公は、オーストラリア人のアダム・サルトン(Adam Salton)で、オーストラリアにおいて、既に十分な富を成していた。

1860年に、彼は、彼の大叔父(elderly great-uncle)で、英国ダービーシャー州(Derbyshire)レッサーヒル(Lesser Hill)の大地主でもあるリチャード・サルトン(Richard Salton)から、手紙を受け取る。リチャード・サルトンには、家族が居らず、唯一の肉親であるアダム・サルトンに対して、一度、英国へ遊びに来るよう、誘っていた。大叔父からの誘いを受けて、アダム・サルトンは、オーストラリアから英国へと、船旅で向かった。


英国サザンプトン(Southampton)に着いたアダム・サルトンは、出迎えに来ていた大叔父リチャード・サルトンと会うと、二人は直ぐに親しくなった。すると、リチャード・サルトンは、アダム・サルトンに対して、「彼(アダム)を、自分(リチャード)の地所を含む財産の相続人にしたい。」という話を明らかにする。


その後、アダム・サルトンは、ダービーシャー州レッサーヒルへと向かうが、彼の案内人で、かつ、リチャード・サルトンの友人でもあるサー・ナサニエル・デ・サリス(Sir Nathaniel de Salis)と一緒に、不可思議な出来事に遭遇するのであった。

彼は、大叔父の地所内に、大量の黒蛇が生息しているのを発見する。その上、地所内に住む子供の一人が、蛇に首を咬まれて、死にかけているのを見つける。地所内では、既に、別の子供が蛇に襲われて死亡しており、また、多くの動物達が、原因不明の理由で、死んでいるのが判った。

地所内には、白蛇(White Worm)の伝説が伝わっていたのである。


サム・シチリアーノ作「白蛇伝説」において、英国北部ヨークシャー州(Yorkshire)の港町ウィットビー(Whitby)に住むアダム・セルトン(Adam Selton)という先月21歳になったばかりの青年が、彼の恋人であるダイアナ・マーシュ(Diana Marsh)のことで、シャーロック・ホームズの元を相談に訪れる。

ブラム・ストーカー作「白蛇の巣」の主人公はアダム・サルトンなので、サム・シチリアーノは、この主人公の名前を少しだけ変えて、自分の作品に事件の相談者として使っていると言える。


また、ブラム・ストーカー作「白蛇の巣」において、ダイアナズグローヴ(Diana’s Grove)と呼ばれている土地に住むアラベラ・マーチ(Arabella March)という女性が出てくるが、サム・シチリアーノ作「白蛇伝説」では、アダム・セルトンの恋人であるダイアナ・マーシュが住む場所の名前として使用されている。


ただし、事件の舞台について、ブラム・ストーカー作「白蛇の巣」では、ダービーシャー州のレッサーヒルに設定されているのに対して、サム・シチリアーノ作「白蛇伝説」では、ヨークシャー州の港町ウィットビーへと変えられている。ウィットビーとは、ブラム・ストーカー作「吸血鬼ドラキュラ(Dracula → 2017年12月24日 / 12月26日付ブログで紹介済)」(1897年)において、欧州大陸から渡って来たドラキュラ伯爵(Count Dracula)が最初に上陸する英国の場所である。何故、サム・シチリアーノは、ブラム・ストーカーによるオリジナル版から、わざわざ事件の舞台を変更したのだろうか?


なお、サム・シチリアーノ作「白蛇伝説」において、古語の「Worm(虫)」は、「Serpent(蛇)」や「Dragon(龍)」を意味するのだと、シャーロック・ホームズは、事件の相談者であるアダム・セルトンに対して、説明している。


ブラム・ストーカー作「白蛇の巣」は、彼が亡くなる1年前の1911年に発表されているが、1925年の改定版が出版された際、不幸なことに、オリジナル版の40章が28章へと大幅に削られ、100ページ以上がカットされてしまった。特に、後半の11章が5章へと削減されたことにより、非常に唐突な結末になるという憂き目に遭っている。そのために、「白蛇の巣」は、ブラム・ストーカーが発表した作品の中で、一番出来が悪い作品という評価を受けてしまっている。


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