2018年12月26日水曜日

ジョン・ディクスン・カー作「皇帝のかぎ煙草入れ」(The Emperor’s Snuff-Box by John Dickson Carr)–その3

創元推理文庫「皇帝のかぎ煙草入れ」の旧訳版の表紙
(カバー装画: 山田 雅史氏)

通りを挟んだ真向かいのボヌール荘の書斎に居るかもしれないサー・モーリス・ローズが、ミラマール荘の方を見て、寝室に前夫のネッド・アトウッドが入り込んでいることに気付くことを、イヴ・ニールは心配した。そして、寝室のカーテンの隙間から向かいの家を覗き見るネッド・アトウッドにイヴ・ニールが尋ねると、「起きてるよ。だが、こちらのことには、全く興味がないらしい。拡大鏡を手に、かぎ煙草入れみたいなものを熱心に御鑑賞中だからね。」、そして、「おやっ!」と声を上げると、「他にもう一人居るぞ。誰だかちょっと判らないが,,,」と答える。
ちょうど、そこにトビイ・ローズからイヴ・ニールに電話がかかってくる。トビイ・ローズからの電話が終わった後、ネッド・アトウッドが寝室のカーテンを開け放った際、イヴ・ニールは、誰かが2階の廊下に通じる書斎のドアをそっと閉めようとするところを目撃する。書斎から出て行こうとする人物は、閉まりかけたドアの陰から茶色の手袋をはめた手を伸ばして、ドアの脇にあるスイッチを押し下げ、書斎内の天井中央で煌々と灯っていたシャンデリアが消されたのである。

サー・モーリス・ローズが何者かによって殺害された時点で、イヴ・ニールは、自宅ミラマール荘の寝室に居たにも関わらず、状況証拠(サー・モーリス・ローズが火搔き棒で後頭部を殴打の上、殺害された際、一緒に粉々になったかぎ煙草入れの破片が、イヴ・ニールが事件当夜に着ていたパジャマに付着していたこと)に基づき、彼女にサー・モーリス・ローズ殺害の嫌疑がかかる。しかしながら、事件当夜、前夫のネッド・アトウッドが自分の寝室内に居たことを、婚約者のトビイ・ローズを含むローズ家の人達に対して言えないイヴ・ニールは、自分の身の証を立てることができず、窮地に陥る。その上、運が悪いことに、彼女の証人となってくれる筈の前夫のネッド・アトウッドは、イヴ・ニールにミラマール荘から追い出される際に、謝って階段から転落して、ホテルに戻った後、脳挫傷が原因で、意識不明の重体に陥り、入院していたのである。

果たして、サー・モーリス・ローズの頭を火搔き棒でめった打ちにして殺害した犯人は、一体誰なのか?

明智小五郎シリーズ等で有名な日本の推理作家である江戸川乱歩(1894年ー1965年)は、「別冊宝石」(1950年8月)で行った「カー問答」の中で、「『皇帝のかぎ煙草入れ(The Emperor's Snuff-Box)』は、物理的に絶対に為し得ないような不可能を不思議な技巧によって成し遂げている。これは、カーが処女作から12年経っても、トリック小説に少しも飽きず、旺盛な創作欲を持ち続けていたことを証する傑作だよ。」と非常に高く評価しており、実際のところ、本作品において、ジョン・ディクスン・カーは、綱渡り的な手法で、トリックを完成させているのである。

更に、江戸川乱歩は、「カー問答」の中で、カー作品を第1グループ(最も評価が高い作品群)から第4グループ(最もつまらない作品群)までグループ分けしていて、「皇帝のかぎ煙草入れ」は、第1グループ6作品のうち、3番目に挙げられている。

ちなみに、1番目はギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が探偵役を務める「帽子収集狂事件(The Mad Hatter Mystery→2018年4月29日 / 5月5日付ブログで紹介済)」、2番目はヘンリー・メリヴェール卿(Sir Henry Merrivale)が探偵役を務める「黒死荘の殺人(The Plague Court Mystery→2018年5月6日 / 5月12日付ブログで紹介済)」で、5番目が同じくヘンリー・メリヴェール卿が活躍する「ユダの窓(The Judas Window→2018年7月22日 / 7月29日付ブログで紹介済)」である。

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