2017年4月16日日曜日

<第300回> ロンドン ラットランドプレイス(Rutland Place)

ウィラビー研究所の外観として撮影に使用された建物が
ラットランドプレイス沿いに建っている

アガサ・クリスティー作「象は忘れない(Elephants can remember)」は1972年に発表された作品であるが、1975年に刊行されたエルキュール・ポワロ最後の事件となる「カーテン(Curtain)」が第二次世界大戦(1939年ー1945年)中の1943年に予め執筆されていることを考えると、執筆順では、本作品が最後のポワロ譚と言える。


推理作家のアリアドニ・オリヴァー(Ariadne Oliver)は、文学者昼食会において、バートン=コックス夫人(Mrs Burton-Cox)と名乗る婦人から奇妙なことを尋ねられる。それは、オリヴァー夫人が名付け親となったシーリア・レイヴンズクロフト(Celia Ravenscroft)という娘の両親が十数年前に起こした心中事件のことだった。バートン=コックス夫人がオリヴァー夫人に発した問いは、「あの娘の母親が父親を殺したんでしょうか?それとも、父親が母親を殺したんでしょうか?」だった。自分の名付け子すら満足に思い出せないオリヴァー夫人にとって、謎めいた心中事件のことなど、何も覚えていなかったのである。

チャーターハウススクエアに面して建つフローリンコート―
ポワロが住むホワイトへイヴンマンションズの外観として撮影に使用されている。
なお、ラットランドプレイスは、画面左奥にある

バートン=コックス夫人から尋ねられたことが非常に気になったオリヴァー夫人は、名付け子であるシーリアに連絡をとり、ひさしぶりに再会する。シーリアによると、彼女はバートン=コックス夫人の息子デズモンド(Desmond)と婚約中で、バートン=コックス夫人としては、シーリアの両親のどちらが相手を殺したのかが、シーリアとデズモンドが結婚した場合、遺伝的に好ましいのかどうかという問題に関わってくるらしい。


シーリアの説明によると、亡くなる数年前にインドで退役したアリステア・レイヴンズクロフト将軍(General Alistair Ravenscroft)は、妻のマーガレット(Margaret Ravenscroft)と一緒に、英国南西部のコンウォール州(Cornwall)にある海辺の家へと移って、静かな生活を送っていた。ある日、いつも通り、レイヴンズクロフト夫妻は飼い犬を連れて散歩に出かけたが、その後、レイヴンズクロフト将軍が保有する銃で二人とも撃たれて死亡しているのが発見された。
警察はレイヴンズクロフト夫妻の死を心中と見做したが、心中に至る動機は遂に見つからなかった。夫妻が経済的に困っていた様子はない上に、夫婦仲もよく、彼らを殺害しようと考える敵等は居なかったからである。
当時、シーリアは12歳で、スイスの学校へ行っていて、コンウォール州にある海辺の家には住んでいなかった。その頃、海辺の家に居たのは、家政婦、シーリアの元家庭教師、それにシーリアの伯母だけであった。彼らにも、夫妻を殺すような動機は見当たらなかったである。


オリヴァー夫人から相談を受けたポワロは、レイヴンズクロフト夫妻と関わりがあった人達を訪ねて、心中事件の前後のことを象のように詳細に記憶している人を捜すよう、彼女にアドバイスを送る。
一方で、ポワロは独自に真相の究明に乗り出し、旧友のスペンス元警視(ex Superintendent Spence)に依頼して、当時の事件担当者だったギャロウェイ元警視(ex Superintendent Garroway)を紹介してもらい、事件の調査内容を尋ねるのであった。

ウィラビー研究所の玄関口として撮影に使用された

英国のTV会社 ITV1 で放映されたポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の「象は忘れない」(2013年)の回では、文学者昼食会において、バートン=コックス夫人から奇妙なこと(名付け親となったシーリア・レイヴンズクロフトの両親が十数年前に起こした心中事件のこと)を尋ねられた推理作家のオリヴァー夫人は、ホワイトへイヴンマンションズ(Whitehaven Mansions)に住むポワロの元を相談に訪れる。オリヴァー夫人がポワロに詳しい説明をしていると、突然の電話に彼らの話は中断される。電話は、ポワロの知り合いである精神科医のデイヴィッド・ウィラビー(Dr. David Willoughby)からで、自分と同じ精神科医である父親がウィラビー研究所(Willoughby Institute)の地下の元治療室にあるバスタブの中で死亡しているのが発見されたと言う。事態を重く見たポワロは中座すると、タクシーを捕まえて、ウィラビー研究所へと急行する。


ポワロがウィラビー研究所に着くと、そこにはデイヴィッド・ウィラビー博士の他に、スコットランドヤードのビール警部(Inspector Beale)が彼を待っていた。二人に案内されて、研究所の地下室へと降りたポワロは、デイヴィッド・ウィラビー博士からの連絡通り、元治療室のバスタブの中に彼の父親の遺体が沈んでいるのを確認する。彼の父親は縛られて、身動きができない状態で、ビール警部の説明によると、まず最初に何かで頭を殴られて気絶した後、縛られたままの状態で溺死させられた、とのこと。デイヴィッド・ウィラビー博士によれば、彼の父親は、自分の研究を続けるため、引き続き、地下にある元治療室をそのままの状態に保っていたらしいが、精神科医としては、かなり以前に隠退しており、殺害の動機を持つ人物に検討がつかない、とのことだった。

ラットランドプレイスの突き当たりは、
セントバーソロミュー・メディカルカレッジの入口になっている

アガサ・クリスティーの原作では、過去の事件だけで、現代の事件は発生しないが、TV版の場合、約90分間、過去の事件だけで視聴者の興味を繋ぎ止めるのは難しいと製作者側が判断して、現代の事件を追加したものと思われる。


ポワロがオリヴァー夫人との話を中座して駆け付けたウィラビー研究所は、TV版では明確に言及されていないものの、医療関係者が多く開業するハーリーストリート(Harley Streetー2015年4月11日付ブログで紹介済)沿いにある設定と推測される。ただし、実際には、ウィラビー研究所の建物外観は、ハーリーストリートではなく、ラットランドプレイス(Rutland Place)沿いに建つ建物を使用して撮影されている。


ラットランドプレイスは、シティー・オブ・ロンドン(City of London)の北側に位置するロンドン・イズリントン区(London Borough of Islington)内に所在している。具体的には、肉市場であるセントラルマーケッツ(Central Markets→シティー・オブ・ロンドンに属する)とは、チャーターハウスストリート(Charterhouse Streetー2017年1月14日付ブログで紹介済→大部分がシティー・オブ・ロンドンに属する)を間に挟んで、反対側にあるチャーターハウススクエア(Charterhouse Squareー2016年1月1日付ブログで紹介済→ロンドン・イズリントン区に属する)から北へ向かって延びる約20m程の短い通りが、ラットランドプレイスである。ラットランドプレイスの北側は、セントバーソロミュー・メディカルカレッジ(St. Bartholomew's Medical College)のキャンパス入口へと通じている。

ラットランドプレイスからチャーターハウススクエアを見たところ―
TV版の物語後半、シーリア・レイヴンズクロフトが
ウィラビー研究所を訪れた際、
この角度でそのシーンが撮影されている

チャーターハウススクエアから見て右側に建つ手前の建物の外観が、ウィラビー研究所として撮影に使用されている。
実は、ポワロが住むホワイトへイヴンマンションズの外観として撮影に使用されているフローリンコート(Florin Court, 6 - 9 Charterhouse Squareー2014年6月29日付ブログで紹介済)はチャーターハウススクエアに面しており、フローリンコートから左側へ少し移動すると、そこはウィラビー研究所の外観に使用された建物で、ほとんど目と鼻の先という位の近さである。TV版では、ポワロはタクシーに乗って駆け付けるような流れになっているが、実際の撮影は近距離で行われているのである。

チャーターハウススクエア内からフローリンコートを望む

TV画面上、ポワロがウィラビー研究所を何回か訪れた際、ウィラビー研究所の玄関ドアや玄関口辺りが映るのみで、建物全体を映さないだけではなく、ホワイトへイヴンマンションズに該るフローリンコートが映り込まないよう、細心の注意が払われている。
また、物語の後半、シーリア・レイヴンズクロフトが、彼女の母親であるマーガレットの双子で、彼女の伯母に該る土ロシアの治療記録を見せてもらうため、ウィラビー研究所を訪れるシーンがあるが、このシーンはセントバーソロミュー・メディカルカレッジのキャンパス入口側からチャーターハウススクエアへ向かって撮影されているが、左手に建つフローリンコートが画面上に映らないような角度にTVカメラが向けられているという注意の入れようである。

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