2016年1月1日金曜日

ロンドン チャーターハウススクエア(Charerhouse Square)― ザクセン-コーブルクスクエア(Saxe-Coburg Square)の候補地

「ザクセン–コーブルクスクエア」の候補地であるチャーターハウススクエア

サー・アーサー・コナン・ドイル作「赤毛組合(The Red-Headed League)」において、質屋(pawnbroker)のジェイベス・ウィルスン(Jabez Wilson)は、「シティー近くのザクセン-コーブルクスクエアに店を開いています。(I have a small pawnbroker's business at Saxe-Coburg Square, near the City.)」と、シャーロック・ホームズとジョン・ワトスンに説明している。
それでは、ザクセン-コーブルクスクエアとは、一体どこにあるのか?残念ながら、現在の住所表記上、ザクセン-コーブルクスクエアは存在していないので、コナン・ドイルは架空の住所を使用したものと思われる。

シティー近辺で、ザクセン-コーブルクスクエアの候補地として、以下の3つが挙げられる。

(1)チャーターハウススクエア(Charterhouse Square)→地下鉄バービカン駅(Barbican Tube Station)/ファリンドン駅(Farringdon Tube Station)の近くに所在。

チャーターハウススクエア内にある駐車スペース
チャーターハウススクエアの奥に建つチャーターハウス(Charterhouse)

(2)ウェストスミスフィールド(West Smithfield)→近くには、セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew's Hospital → 2014年6月14日付ブログで紹介済)やスミスフィールドマーケット(Smithfield Market)が所在。

ウェストスミスフィールドを囲む通りと建物
右手奥にはセントバーソロミュー病院があり、
遠方にはシティー内に建つビルが見える

(3)ニューストリートスクエア(New Street Square)→シティー内にギリギリ属しているものの、地理的にはテンプル(Temple)に近接している。3つの候補地の中では、ストランド通り(Strand)/フリートストリート(Fleet Street)に一番近い。

ニューストリートスクエアへ至る道―
高層ビル群に囲まれている
英国の不動産開発会社大手 Land Securities がニューストリートスクエアを再開発―
大手監査法人 Deloitte LLP 等が入居している

上記のうち、どれが候補地となりうるのかについては、ドイルの原作から読み解く必要がある。

まず最初の条件であるが、ホームズとワトスンはアルダースゲート駅(Aldersgate Tube Station)まで地下鉄に乗って、そこから少し歩くと、ザクセン-コーブルクスクエアに着いた(We travelled by the Underground as far as Aldersgate; and a short walk took us to Saxe-Coburg Square, …)、という記述が原作にある。
ちなみに、アルダースゲート駅は、現在の地下鉄バービカン駅である。ホームズとワトスンは、ザクセン-コーブルクスクエア経由、ストランド通りを通って、ピカデリー(Piccadilly)のセントジェ―ムズホール(St. James's Hall)まで歩いているので、ザクセン-コーブルクスクエアは、アルダースゲート駅(=現在のバービカン駅)からみて、ストランド通り方面、つまり、南西方向にあり、かつ、アルダースゲート駅の近くにあると言える。

第二の条件として、ジェイベス・ウィルスンの質屋の前で、質屋で働いているヴィンセント・スポールディング(Vincent Spaulding)にホームズがストランド通りへの行き方を尋ねたところ、「3つ目の通りを右へ、そして、4つ目の通りを左へ。(Third right, fourth left)」と、ヴィンセント・スポールディングは答えている。
また、ジェイベス・ウィルスンの質屋があるザクセン-コーブルクスクエア自体はみすぼらしいところであるが、通りの角を一つ曲がると、そこはシティーから北や西へとつながる大通りの一つで、多くの行き交う人で賑わっているとも、コナン・ドイルは述べている。

第三の条件として、同じ日の夜、ホームズとワトスンは、スコットランドヤードのピーター・ジョーンズ警部(Inspector Peter Jones)と銀行の頭取であるメリーウェザー氏(Mr. Merryweather)と一緒に、二台の馬車でザクセン-コーブルクスクエア方面へ向かう際、ファリントンストリート(Farrington Street)まで来た時に、ホームズは「もうすぐ近くだ。」と述べている。(… we emerged into Farrinton Street. 'We are close there now', my friend (= Holmes) remarked.)
現在の住所表記上、ファリントンストリートは存在していないが、地下鉄ファリンドン駅近辺にファリンドンストリート(Farringdon Street)はあるので、コナン・ドイルはこの通りを参照していると思われる。

セントバーソロミュー病院内の中庭
セントバーソロミュー病院の敷地内にある噴水

まず、二番目の候補地であるウェストスミスフィールドであるが、アルダースゲート駅から徒歩圏内にあるものの、北側を肉市場であるスミスフィールドマーケットに、そして、南側をセントバーソロミュー病院に囲まれた広場であり、当時、ザクセン-コーブルクスクエアのようなみすぼらしい場所ではなかったと推測されるので、候補地としては妥当でないと思われる。その他の条件については、概ね充足していると言える。

スミスフィールドマーケットの全景
スミスフィールドマーケット内に架けられている沿革を示す看板

三番目の候補地であるニューストリートスクエアの場合、少し南下すると、フリートストリートに出られる立地条件にあるものの、厳密には、シティーと言うよりは、ウェストミンスター(Westminster)とシティーの中間地であるテンプルの方に近いと言える。また、アルダースゲート駅から歩いて来るには、やや距離があるため、コナン・ドイルの記述には適さないと思われる。

画面真ん中から奥へ延びる通りがフリートストリート―
右手奥にニューストリートスクエアが、
左手奥にテンプルが所在している

そういった意味では、一番目の候補地であるチャーターハウススクエアがザクセン-コーブルクスクエアとして一番適していると言える。
チャーターハウススクエアは、スミスフィールドマーケットの裏手に該る広場で、現在のバービカン駅からも徒歩圏内にある。また、広場の角を曲がれば、スミスフィールドフィールドに面するチャーターハウスストリート(Charterhouse Street)へ出られ、この通り経由、シティーから北方面と西方面へと向かうことが可能である。その上、チャーターハウススクエアは、ファリンドンストリートからも近いところにある。
ただし、ヴィンセント・スポールディングがホームズに説明したストランド通りへの行き方だけがうまく合致しないが、架空の場所なので仕方がないと言える。

チャーターハウススクエアから
スミスフィールドマーケット(正面奥)を望む

ハノーヴァー朝のウィリアム4世(William Ⅳ:1765年ー1837年 在位期間:1830年ー1837年)の後を継いで、18歳の若さで即位したヴィクトリア女王(Queen Victoria:1819年ー1901年 在位期間:1837年ー1901年)は、ドイツ中部のザクセン-コーブルク&ゴータ(Saxe-Coburg & Gotha)公国の君主の家系出身であるアルバート公(Albert, Prince Consort:1819年ー1861年)と1840年に結婚する。
英国ハノーヴァー朝の国王を輩出したドイツのハノーヴァー選定侯家では、女性の跡継ぎを認めていないため、ヴィクトリア女王はハノーヴァー朝を名乗り続けることが許されなくなっていた。そのため、ヴィクトリア女王は、アルバート公の出身元であるザクセン-コーブルク&ゴータ公国の名前にちなんで、王室名をザクセン-コーブルク&ゴータ朝に変更することを決めた(正式に、英国王室が当該名を名乗るのは、ヴィクトリア女王の長男であるエドワード7世(Edward Ⅶ:1865年ー1910年 在位期間:1901年ー1910年)の代からである)。
ジェイベス・ウィルスンが質屋を営む場所名として、コナン・ドイルはこの新しい王室名から「ザクセン-コーブルク」だけを拝借したものと推測される。

ポワロが住む「ホワイトへイヴンマンション」として
撮影に使用された「フローリンコート」―
チャーターハウススクエアに面して建っている

また、英国のTV会社 ITV1 で製作されたエルキュール・ポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」では、ポワロが住む「ホワイトへイヴンマンション(Whitehaven Mansion)」として、「フローリンコート(Florin Court)」が撮影に使用されている。この「フローリンコート」の住所は「チャーターハウススクエア6−9番地(6 - 9 Charterhouse Square)」で、ザクセン-コーブルクスクエアとして一番適していると思われるチャーターハウススクエアに面して建っており、なかなかの奇遇と言える。


(島田荘司作「新しい十五匹のネズミのフライ―ジョン・H・ワトソンの冒険」
(New 15 Fried Rats - The Adventure of John H. Watson)は、
「赤毛組合」事件に別の視点から切り込んでおり、その後日譚が書かれている)

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