2015年5月17日日曜日

ロンドン フレミングス メイフェア ホテル(Flemings Mayfair Hotel)


アガサ・クリスティー作「バートラムホテルにて(At Bertram's Hotel)」(1965年)の舞台となるバートラムホテル(Bertram's Hotel)は架空のホテルで、ロンドン市内には実在していない。ただし、ロンドンの高級地区メイフェア(Mayfair)内にあり、作者のアガサ・クリスティーがロンドン滞在の際の宿としていたブラウンズホテル(Brown's Hotel)がそのモデルであったと一般的に言われている。


一方で、遺族公認の伝記「アガサ・クリスティーの生涯(Agatha Christie : A biography)」を執筆したジャネット・モーガン(Janet Morgan)が、バートラムホテルのモデルになったのは、ブラウンズホテルではなく、フレミングス メイフェア ホテル(Flemings Mayfair Hotel)であると主張しており、現在、2説に分かれている。アガサ・クリスティーはブラウンズホテルとフレミングス メイフェア ホテルの両方に宿泊したことがあるようなので、バートラムホテルのモデルとなったのが本当はどちらなのかは定かではない。また、ジャネット・モーガンはフレミングス メイフェア ホテルを推す理由についても、今のところ明らかになっていない。


フレミングス メイフェア ホテルも、ブラウンズホテルと同じように、ロンドンの高級地区メイフェア内で営業している。
ピカデリーサーカス(Piccadilly Circus)からハイドパーク(Hyde Park)へ向かって西に延びるピカデリー通り(Piccadilly)を、地下鉄グリーンパーク駅(Green Park Tube Station)の辺りで曲がって北上すると、そこはハーフムーンストリート(Half Moon Street)と呼ばれる通りである。この通りの角にあったパブにちなんで、通り名がつけられている、とのこと。ピカデリー通り側からみて、ハーフムーンストリートの右手中間辺りに、フレミングス メイフェア ホテルが建っている。


フレミングス メイフェア ホテルは、1851年にロバート・フレミング(Robert Fleming)によって創業された。1820年生まれのロバート・フレミングはエンジェルシー侯爵/侯爵夫人(Marquis and Marchioness of Angelsey)の従者として仕えて、高級ホテルを運営する極意を会得した上での創業であった。ロバート・フレミングがホテルを創業したハーフムーンストリート沿いには、貴族、外科医、内科医や弁護士等が住んでおり、高級ホテルを始めるにはうってつけの場所だったと言える。
黄土色したホテルの外壁(2階と3階の間)には、「FLEMINGS MAYFAIR」というサインが架けられ、また、1階正面入口の上や脇は植栽で飾られ、今も宿泊客を迎えているのである。

フレミングス メイフェア ホテルが面しているハーフムーンストリート―
フレミングス メイフェア ホテルの向かい側には、現在、ヒルトンホテルが建っている
ヒルトンホテルの前から
ハーフムーンストリートの北側(カーゾンストリート方面)を望む
カーゾンストリートから望むハーフムーンストリート全景―
突き当たりにあるのは、ピカデリー通り

ハーフムーンストリートは、南側のピカデリー通りから北側のカーゾンストリート(Curzon Street)への一方通行で、ピカデリー通りからバークレースクエア(Berkeley Square)やグローヴナースクエア(Grosvenor Square)経由、マーブルアーチ(Marble Arch)へと至るショートカットになっている。そのため、フレミングス メイフェア ホテルが面するハーフムーンストリートをタクシー等が頻繁に走り抜けて行く。

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