2015年1月23日金曜日

トーキー(Torquay) ロイヤル トアベイ ヨットクラブ(Royal Torbay Yacht Club)

ロイヤル トアベイ ヨットクラブの建物

アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)において、エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉が宿泊したマジェスティックホテル(Majestic Hotel)のモデルとなったインペリアルホテル(Imperial Hotel)からプリンセスピア(Princess Pier)と呼ばれる桟橋に囲まれたヨットハーバーへ向かって、岬の中腹をビーコンヒル通り(Beaconhill)に沿って下って行くと、湾に向かう道の右側に「ロイヤル トアベイ ヨットクラブ(Royal Torbay Yacht Club)」が建っている。

ヨットクラブが建つ土台の外壁に架けられている
アガサ・クリスティー・マイル

1900年代初め、アガサ・クリスティーの父親フレデリック・アルヴァ・ミラー(Frederick Alvah Millerーアメリカ人の資産家)がこのヨットクラブのメンバーであった。そのため、インペリアルホテルの玄関ホール内にも架けられていた「アガサ・クリスティー・マイル(Agatha Christie Mile)ートーキー(Torquay)におけるアガサ・クリスティーゆかりの場所を紹介するプレート)」がヨットクラブが建つ土台の外壁にも架けられている。

プリンセスピアと呼ばれる桟橋に囲まれたヨットハーバー内に停泊するヨット

ヨットクラブの始まりは1863年(8月9日)にまで遡る。「トアベイ アンド サウスデヴォン クラブ(Torbay and South Devon Club)」が前身となっているが、創設当時はどちらかと言うと社交クラブとしての意味合いが強かった。当クラブの創設時に、現在の土地および建物を購入した、とのこと。
その後、本来のヨットクラブとしての「トーキー ヨットクラブ(Torquay Yacht Club)」が1875年に創設され、当時のヴィクトリア女王(Queen Victoria:1819年ー1901年<在位期間:1837年ー1901年>)からロイヤルの称号を得て、「ロイヤル トーキー ヨットクラブ(Royal Torquay Yacht Club)」となった。そして、「トアベイ アンド サウスデヴォン クラブ」と「ロイヤル トーキー ヨットクラブ」が統合して、1885年に現在の「ロイヤル トアベイ ヨットクラブ」が出来上がった。上記の統合後、当ヨットクラブは1887年から130年近くにわたって毎年「トアベイ ロイヤル レガッタ(Torbay Royal Regatta)」というヨットレースを開催している。建物の外観をみた限りでは判らないが、由緒と伝統があるヨットクラブなのである。

ヨットハーバーの向こうに沈む夕陽

なお、アガサ・クリスティー(旧姓 アガサ・メアリー・クラリッサ・ミラー(Agatha Mary Clarissa Miller):1890年9月15日ー1976年1月12日)の父フレデリックは働かないことを旨とする紳士階級に属しており、祖父が遺した遺産を投資家に預けて運用させていた。ところが、投資の失敗により、父は破産、更には、奇しくもヴィクトリア女王が死去した同じ年の1901年11月に心臓麻痺で亡くなってしまった(享年55歳)。当時、アガサ・クリスティーはまだ11歳であったが、後のインタビューにおいて、彼女は「自分の子供時代は、この時に終わった。」と語っている。

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