2015年1月4日日曜日

ロンドン パディントン地区(Paddington district)

パディントン駅前のプレイドストリートー
画面の建物は、パディントン駅に隣接したホテル

サー・アーサー・コナン・ドイル作「株式仲買店員(The Stockbroker's Clerk)」は、ジョン・ワトスンの近況から始まる。彼は「四つの署名(The Sign of the Fourー事件発生年月:1888年9月)」で知り合った事件の依頼人メアリー・モースタン(Mary Morstan)と結婚し、ベーカーストリート221Bを出て、パディントン地区(Paddington district)に移り住んでいたのである。

ワトスンが開業した医院があった場所の候補地の一つー
「イーストボーンテラス」
画面右手でクロスレールプロジェクトによる工事が進んでいる

「結婚から程なくして、私はパディントン地区にある医院を買い取った。医院の売り手は、ファーカー氏という老人で、かつては非常に優れた開業医であったが、寄る年波と舞踏病(=筋肉の不規則痙攣)の症状に悩まされていたこともあり、近年患者の数もめっきりと減ってしまったのである。世間一般の人々にとっては無理もない話であるが、他人の病を治す医者はまず自分自身が健康であることが必要で、自分の薬で自分の病も治せないような医者の腕前には疑いの目が向けられるものだ。それ故に、ファーカー医師が衰えていくに従って、医院の業績も傾いていき、私が彼から医院を買い取った際には、彼の年収も年1,200ポンドから年300ポンド少々にまで落ち込んでいた。しかし、私は自分の若さと体力に自信があったので、2~3年もあれば、以前のように医院を繁盛させることができると確信していた。

Shortly after my marriage I had bought a connection in the Paddington district. Old Mr Farquhar, from whom I purchased it, had at one time an excellent general practice; but his age, and an affliction of the nature of St Vitus's dance from which he suffered, had very much thinned it. The public not unnaturally goes on the principle that he who would heal others must himself be whole, and looks askance at the curative powers of the man whose own case is beyond the reach of his drugs. Thus as my predecessor weakened his practice declined, until when I purchased it from him it had sunk from twelve hundred to little more three hundred a year. I had confidence, however, in my own youth and energy, and was convinced that in a very few years the concern would be as flourishing as ever.」

ワトスンが開業した医院があった場所の候補地の一つー
「スプリングストリート」

ワトスンが開業した医院があった場所の候補地の一つー
「ロンドンストリート」

残念ながら、コナン・ドイルの原作では、ワトスンがパディントン地区のどこに医院を開業したのかは特定されていない。ただし、識者の間では、候補地がいくつか挙げられている。

ワトスンが開業した医院があった場所の候補地の一つー
「ノーフォークスクエア」

一つ目は、パディントン駅(Paddington Station)のすぐ西側にあり、北側のビショップス ブリッジロード(Bishops Bridge Road)と南側のプレイドストリート(Praed Street)を結ぶイーストボーンテラス(Eastbourne Terrace)である。後に風紀が乱れた通りに一時転落したものの、シャーロック・ホームズとワトスンが活躍した当時は上品な地域であった、とのこと。ただし、パディントン駅に近いため、非常に騒がしかったと思われる。実際、イーストボーンテラスでは、ロンドンの東部と西部を地下トンネルで結ぶクロスレールプロジェクト(Crossrail Project)の工事が進行中である。

ノーフォークスクエアの真ん中には中庭があり、
パディントン駅前の騒音は届かない

パディントン駅に近いこともあり、
小ホテルが多数軒を連ねている

他の候補地として、識者は、プレイドストリートを渡った先にあるスプリングストリート(Spring Street)、ロンドンストリート(London Street)やノーフォークスクエア(Norfolk Square)等を挙げている。実際、ノーフォークスクエアであれば、パディントン駅前を通るプレイドストリートから2ブロック程離れたところにあり、パディントン駅前の騒音も届かず静かであったと思われる。また、ノーフォークスクエア内には中庭があり、これも利点だったと言える。そういった意味では、イーストボーンテラスよりも、ノーフォークスクエアの方がより候補地に近いのではないだろうか?ノーフォークスクエアはパディントン駅に近いこともあり、現在、英国の地方や海外からの観光客をターゲットにした小ホテルが多数軒を並べている。 

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