2016年5月20日金曜日

ロンドン バーリントンアーケード(Burlington Arcade)

ピカデリー通り側のバーリントンアーケードの出入口

アガサ・クリスティー作「エッジウェア卿の死(Lord Edgware Dies)」(1933年)は、エルキュール・ポワロとアルゼンチンから一時帰国したヘイスティングス大尉が、米国からロンドン/パリ公演ツアーに来ている女芸人カーロッタ・アダムズ(Carlotta Adams)の舞台を観たところから、その物語が始まる。背景や衣装等を必要としない彼女の「人物模写演技」は完璧で、一瞬で顔つきや声音等を変えて、その人自身になりきるのであった。男爵であるエッジウェア卿(Lord Edgware)と結婚している米国出身の舞台女優ジェーン・ウィルキンソン(Jane Wilkinson)の物真似に関しても見事の一言で、ポワロは深く感銘を受ける。

バーリントンアーケード内に太陽光が降り注ぐ

その夜、ポワロの元をジェーン・ウィルキンソン本人が訪れる。彼女から「離婚話に応じない夫を説得してもらいたい。」という依頼を受けたポワロがエッジウェア卿を訪問したところ、彼は「6ヶ月も前に、離婚に同意する旨を彼女宛に手紙で既に伝えた。」と答えるのであった。話のくい違いに納得がいかないポワロであったが、そのまま帰宅せざるを得なかった。

夕方のバーリントンアーケード内

その後、エッジウェア卿が自宅において何者かに鋭利な刃物で刺され、他殺体となって発見される。事件当夜、犯行現場の屋敷で姿を目撃されたジェーン・ウィルキンソンが有力な容疑者となるが、その犯行時刻、彼女は離れた場所で行われていた晩餐会に出席しており、犯行現場に行く時間がないという鉄壁のアリバイがあった。非常に難解な謎に、ポワロの灰色の脳細胞が挑む。

バーリントンガーデンズ側のバーリントンアーケードの出入口

英国のTV会社 ITV1 で放映されたポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の「エッジウェア卿の死」(2000年)の回において、ポワロの秘書を務めるミス・フェリシティー・レモン(Miss Felicity Lemon)が、ポワロの指示にに基づき、物語の途中で死亡し、エッジウェア卿を殺害した犯人と目されているカーロッタ・アダムズが所持していた宝石の出所を調べるため、ロンドン市内の宝石店を訪れる場面が、バーリントンアーケード(Burlington Arcade)で撮影されている。アガサ・クリスティーの原作では、ミス・レモンは登場しないが、TV版では、登場人物として迎えられている。

イースターシーズンには、
著名人がペイントしたイースターエッグが
バーリントンアーケードを含むロンドン市内に
展示される

バーリントンアーケードは、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級地区メイフェア(Mayfair)内にあるショッピングアーケードで、南側はピカデリーサーカス(Piccadilly Circus)から地下鉄グリーンパーク駅(Green Park Tube Station)の前を通って、ハイドパークコーナー(Hyde Park Corner)へと西に延びるピカデリー通り(Piccadilly)に、そして、北側はバーリントンガーデンズ(Burlington Gardens)に挟まれている。

現在、王立芸術院が入居しているバーリントンハウス

バーリントンアーケードは、初代バーリントン伯爵ジョージ・オーガスタス・ヘンリー・キャヴェンディッシュ(George Augustus Henry Cavendish, 1st Earl of Burlington:1754年ー1834年)の命に基づき、英国の建築家サミュエル・ウェア(Samuel Ware:1781年ー1860年)によって建設された。初代バーリントン伯爵ジョージ・オーガスタス・ヘンリー・キャヴェンディッシュは、第4代デヴォンシャー公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュ(William Cavendish, 4th Duke of Devonshire:1720年ー1764年)の三男で、現在、王立芸術院(Royal Academy of Arts)が入居しているバーリントンハウス(Burlington House)を相続したのであるが、屋敷の横を通る一般人が壁越しに牡蠣の貝殻やゴミ等を屋敷内に投げ込むことに閉口していた。そこで、屋敷の横にあった庭園部分にショッピングアーケードを建設することで、彼は一般人が自分の屋敷内にゴミを投げ込むことを防ごうとしたのである。

バーリントンアーケード内の左右には、
2階建ての店舗ユニットが並んでいる

バーリントンアーケードは、1819年にオープンした。オープン当初は、全面ガラス張りの屋根の下、アーケードの左右に合計で72個に及ぶ2階建ての店舗ユニットが並び、「バーリントンアーケード廷士(Burlington Arcade Beadles)」と呼ばれる警備員がアーケードの両側の出入口に立つとともに、アーケード内を巡回している。警備員はトップハットを冠り、フロックコートを着た伝統的な服装をしており、初代バーリントン伯爵ジョージ・オーガスタス・ヘンリー・キャヴェンディッシュが率いた連隊に所属していた兵士から採用された。その後、店舗ユニットがいくつか統合された結果、その数は40近くまで減っている。また、ピカデリー通り側に面したアーケードで入口の外観は、20世紀初めに追加された。

バーリントンアーケード内の天井に吊り下げられている装飾

現在、バーリントンアーケードのテナントとして、仕立、服飾、靴、アクセサリー、宝飾、絵画、アンティークや銀製品等を取り扱う店舗が入っていて、変化に富んでいる。快晴の日には、全面ガラス張りの屋根を通じて、太陽光が通路まで降り注ぎ、アーケード内が明るさに満たされる。そんな時は、バーリントンアーケード内を、買い物のためではなく、単に近道のために通るだけであっても、楽しい気分になる。

クリスマスシーズンのバーリントンアーケード内

バーリントンアーケードは、ショッピングアーケードの中では、非常に成功した例で、後にベルギー(ブリュッセル)、ロシア(セントペテルスブルグ)やイタリア(ナポリやミラノ)等のアーケードにも大きな影響を与えた、とのこと。

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