2016年5月29日日曜日

ロンドン ハーリーストリート84番地/クイーンシャーロットストリート58番地(84 Harley Street / 58 Queen Charlotte Street)

歯科医ヘンリー・モーリーの診療室として撮影に使用されたハーリーストリート84番地の入口

アガサ・クリスティー作「愛国殺人(→英国での原題は、「One, Two, Buckle My Shoe」(いち、にい、私の靴の留め金を締めて)であるが、日本でのタイトルは米国版「The Patriotic Murders」をベースにしている)」(1940年)は、エルキュール・ポワロがクイーンシャーロットストリート58番地(58 Queen Charlotte Street)にある歯科医ヘンリー・モーリー(Henry Morley)の待合室に居るところから、物語が始まる。
流石の名探偵ポワロであっても、半年に一回の定期検診のために、歯科医の待合室で診療を待つのは、自分の自尊心を大いに傷つけられるのであった。ようやく診療を終えて、建物の外に出たポワロは、そこで女性の患者とすれ違った際、彼女が落とした靴の留め金(バックル)を拾って渡した。そして、フラットに戻ったポワロを待っていたのは、ついさっき自分を診療したモーリー歯科医が診療室で拳銃自殺をしたとのスコットランドヤードのジャップ主任警部(Chief Inspector Japp)からの連絡であった。


ポワロの後に、モーリー歯科医の待合室にやって来た患者は、以下の3名であることが判る。
(1)マーティン・アリステア・ブラント(Martin Alistair Blunt)/銀行頭取
(2)アムバライオティス氏(Mr Amberiotis)/インドから帰国したばかりのギリシア人→モーリー歯科医の患者で、元内務省官僚のレジナルド・バーンズ(Reginald Barnes)は、アムバライオティスがスパイである上に、恐喝者だとポワロに告げる。
(3)メイベル・セインズベリー・シール(Mabelle Sainsbury Seale)/アムバライオティス氏と同じく、インド帰りの元女優

ハーリーストリート84番地の建物全景

モーリー歯科医の死が自殺ではなく、他殺の可能性もあると考えて、捜査を開始したポワロであったが、その後、アムバライオティス氏が歯科医が使用する麻酔剤の過剰投与により死亡しているのが発見される。モーリー歯科医は、アムバライオティス氏の診療ミス(=注射する薬品量の間違い)を苦にして、拳銃自殺を遂げたのだろうか?
続いて、メイベル・セインズベリー・シールが行方不明となり、アルバート・チャップマン夫人(Mrs Albert Chapman)という女性のフラットにおいて、彼女の死体が発見される、しかも、彼女の顔は見分けがつかない程の有り様だった。チャップマン夫人がメイベル・セインズベリー・シールを殺害の上、逃亡したのだろうか?ところが、モーリー歯科医の診療記録によると、発見された死体はメイベル・セインズベリー・シールではなく、チャップマン夫人であることが判明する。
ポワロが診療を終えて去った後、モーリー歯科医の診療室において、一体何があったのであろうか?ポワロの灰色の脳細胞がフル回転し始める。

ハーリーストリートを南側から北側へ見たところ―
右側中央にある白い建物がハーリーストリート84番地

英国のTV会社 ITV1 が放映したポワロシリーズ「Agatha Christie's Poirot」の「愛国殺人」(1992年)の回において、モーリー歯科医の診療室の住所は、原作通りのクイーンシャーロットストリート58番地ではなく、ハーリーストリート168番地(168 Harley Street)として設定されているが、実際には、ハーリーストリート84番地(84 Harley Street)の建物が撮影に使用されている。なお、ロンドン市内には、クイーンシャーロットストリートは存在しておらず、スコットランドのエディンバラ(Edinburgh)や英国西部のブリストル(Bristol)等にはある。

ハーリーストリート84番地の1階(日本でいう2階)ベランダに設置されている植栽

ハーリーストリート(Harley Street→2015年4月11日付ブログで紹介済)の場合、南側はキャヴェンディッシュスクエア(Cavendish Squareーデパートのジョン・ルイス(John Lewis)の裏手に該る→2015年4月5日付ブログで紹介済)から始まり、北側は地下鉄ベーカーストリート駅(Baker Street Tube Station)の前を通るマリルボーンロード(Marylebone Road)へと至る約800mの通りで、18世紀前半にこの一帯を開発した第2代オックスフォード伯爵エドワード・ハーリー(Edward Harley, 2nd Earl of Oxford:1689年ー1741年)の名前に因んでいる。
19世紀以降、ハーリーストリート沿い、および、その周辺に医院、病院や医療機関等が集まるようになり、その数は1860年の20箇所から1914年の200箇所へと劇的に増加した。元々、医者は大きな駅の近くに開業する傾向があり、最初はパディントン駅(Paddinton Station)、キングスクロス駅(King's Cross Station)、セントパンクラス駅(St. Pancras Station)やユーストン駅(Euston Station)近辺が主流であったが、その後、マリルボーン駅(Marylebone Station)に比較的近いハーリーストリートが人気になったものと思われる。今は、ハーリーストリート沿い、および、その周辺には、フラットがかなり増えているものの、相変わらず、医療機関が入居している建物が非常に多い。

ハーリーストリート84番地の反対側に建つ建物―
右側から2つ目の建物がハーリーストリート87番地

ドラマの撮影時、建物(ハーリーストリート84番地)の玄関ドアの右脇にある番地表示の「84」の上に「Mr. H. Morley」の表札をかぶせたり、玄関ドア自体に番地表示の「168」を追加したりと、配慮が行われている。ただ、ポワロや他の患者がモーリー歯科医を訪ねて来る場面で、通りの反対側に85番地や87番地の表示が見えるため、ハーリーストリート84番地が撮影に使用されていることが判る。なお、ハーリーストリート168番地は、現在の住所表記上、存在していない。
なお、玄関ドアの脇に何も表示がないため、現在、ハーリーストリート84番地の建物が医療機関として使用されているのか、あるいは、フラットとして使用されているのか、外観からは窺い知ることはできないものの、ドラマの撮影時に比べると、建物外壁は白く綺麗に清掃されている。

ハーリーストリート84番地の建物全景(その2)

英国での原題「いち、にい、私の靴の留め金を締めて」は、米国版の「愛国殺人」とともに、アガサ・クリスティーの原作の重要な部分を良く捉えているが、ポワロが真犯人を突き止めるための非常に大事な手掛かりとなった点を考えると、個人的には、英国での原題の方に軍配を挙げたいと思う。元々、原題はマザーグース童謡の一節であり、日本ではあまり馴染みがなかったこと、また、日本語訳上、タイトルがやや長くなる上に、推理小説だとは判ってもらえない可能性があったこと等を考慮すると、米国版の「愛国殺人」が日本語版のタイトルとなったのはやむを得ないところである。

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