2020年8月9日日曜日

ケル・リチャーズ作「地下室の死体」(The Corpse in the Cellar by Kel Richards)

2015年に Marylebone House から出版された
ケル・リチャーズ作「地下室の殺人」(2013年)の表紙−
徒歩旅行中、財布を誤って暖炉の中に落とし、黒焦げにしてしまい、
手持ちの全財産を失くした主人公のジャック達3人が向かった
マーケットプランプトン(架空の場所)が描かれていると思われる。

1933年の夏、以下の3人が徒歩での旅行をしていた。

(1)クライブ・ステープルス・ルイス(Clive Staples Lewis:1898年ー1963年)
オックスフォード大学(モードリン学寮)の特別研究員で、英文学を担当。幼少時に愛犬ジャクシー(Jacksie)を交通事故で喪った直後から、自らをジャクシーと名乗り始め、現在はジャック(Jack)と皆に呼ばれている。

(2)ウォレン・ハミルトン・ルイス(Warren Hamilton Lewis:1895年ー1973年)
C・S・ルイス(ジャック)の3歳上の兄。元英国陸軍少佐。探偵小説好き。愛称はウォーニー(Warnie)。

(3)トム・モリス(Tom Morris)
ジャックとウォーニーの若い友人で、ジャックの元教え子。

旅の途中で立ち寄ったパブで休息した際、ウォーニーはジャックの財布を暖炉の中に誤って落とし、財布を黒焦げにしてしまう。持っていた全財産を失って、意味消沈するウォーニーとトムに対して、ジャックは「ここから歩いて2時間位のところに、マーケットプランプトン(Market Plumpton)という町があり、そこに自分の取引銀行キャピタル&カウンティーズ銀行(Capital and Conties Bank)の支店があるので、そこで口座から現金を引き出すから大丈夫。昨年も他の友人と一緒に徒歩旅行した際、その視点に立ち寄ったことがある。」と言って、他の二人を安心させる。

彼らの話を聞いていたパブの主人が、次のような話を彼らに語る。
「現在、その銀行が入っている建物は、以前、住宅で、80年程前にサー・ラファエル・ブラック(Sir Rafael Black)という主人が住んでいた。彼は羊毛を扱う商人であったが、酒に酔っては、妻に暴力をふるう乱暴者であった。夫の家庭内暴力に恐れをなしたレディー・パメラ(Lady Pamela)は、若い従僕のボリス(Boris)と密通するようになった。それに気付いた主人は、地下室でボリスを殺害し、床に穴を掘って、彼の死体を埋めた。その後、主人の言い付けで執事が地下室へ降りたところ、そこにはボリスの幽霊が居て、自分の死体が埋められている場所を指差した。それが契機となり、主人の悪事が明るみに出て、殺人罪で処刑された。その地下室は、現在、銀行の金庫室となっていて、今もボリスの幽霊が現れるという噂です。」と。

マーケットプランプトンに到着した3人は、早速、ジャックの取引銀行の支店へと向かった。
ジャックの対応をした支店の行員フランクリン・グリム(Franklin Grimm)は、彼に対して身分証明書の提示を求めるが、残念ながら、身分証明書は財布と一緒に黒焦げになっていて、後の祭りだった。ジャックはフランクリンに対して、「昨年、自分はこの支店を訪問しており、その際、支店長のエドムント・レーヴェンスウッド氏(Mr. Edmund Ravenswood)に会っているので、彼であれば、自分のことを確認できる筈だ。」と告げる。そこで、フランクリンはジャックを地下の金庫室内で作業していたレーヴェンスウッド氏のところへ案内する。ウォーニーとトムも、彼らの後に続いて、地下の金庫室へと降りて行く。

金庫室内での作業が終わり、外に出て来た支店長のレーヴェンスウッド氏は、フランクリンがジャック達を立入禁止区域内へと連れて来たことは、銀行内の規則に反すると咎める。丁度その時、銀行から貸付を受けていた農場主のニコラス・プラウッドフット(Nicholas Proudfoot)が勝手に地下室に降りて来た。プラウドフット青年は、非常に激怒していて、銀行からの借入の件で、何か揉めているようである。プラウドフット青年は、レーヴェンスウッド氏を金庫室内に閉じ込めると、扉のダイヤルを回して、地下室から出て行ってしまった。扉のダイヤルの暗証番号を知っているのは、支店内では支店長のレーヴェンスウッド氏一人であり、彼を金庫室内から助け出すには、銀行の本店から暗証番号を知っている行員を派遣してもらうことが必要だった。

地下室から地上階へと戻ったフランクリンは、銀行の本店に対して、暗証番号を知っている行員を支店に至急派遣するよう要請を行うと、レーヴェンスウッド氏の身を案じたフランクリンは、再び地下室へと戻る。暫くして、フランクリンの叫び声を聞いたジャック達が地下室へ降りてみると、フランクリンが首の後ろを刺され、地下室の床の上に横たわって死んでいたのである。フランクリンを刺した凶器は彼の周囲にはなく、また、彼の死体以外は、誰も居なかった。支店長のレーヴェンスウッド氏は、金庫室内に閉じ込められたままだ。地下室へと通じる地上会には、ジャック達が居たので、犯人はそこから逃げることはできなかった。正に、「密室状態」だった。

犯人は、一体どうやって、地下室へと侵入し、フランクリンを殺害したのか?それとも、ボリスの幽霊による仕業なのだろうか?

(1)背景の設定について
後に「ナルニア国物語(The Chronicles of Narnia)」(1950年ー1956年)の作者として知られるC・S・ルイス(愛称:ジャック)が主人公となっている。また、彼の兄(愛称:ウォーニー)が英国陸軍を退役した年(1932年12月)の翌年の夏に、時代が設定されている。物語中、英国の探偵小説黄金期を支えたアガサ・クリスティー(Agatha Christie:1890年ー1976年)、ドロシー・L・セイヤーズ(Dorothy Leigh Sayers:1893年ー1957年)、フリーマン・ウィルス・クロフツ(Freeman Wills Crofts:1879年ー1957年)やマージェリー・ルイーズ・アリンガム(Margery Louise Allingham:1904年ー1966年)等が引用されたり、彼らが生み出した探偵達が言及されている。

(2)物語の展開について
「密室状態」となった銀行の地下室で殺人事件が発生するという非常に魅力的な謎が提示されるが、何故か、ホームズ役のジャックやワトスン役のウォーニーとトムが真正面からこの謎には取り組まず、後に起きる第2の殺人を含めた事件関係者に話を聞いたりするだけに終始して、物語の終盤になり、急に事件が解決するという流れで、展開としては、あまり面白くない。密室の謎の解明プロセスをもっと正攻法で進めて欲しかった。
探偵小説好きのウォーニーにジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)の第1作で、密室状況での殺人を扱う「夜歩く(It Walks by Night)」(1930年)を持たせる等、設定に凝った割りには、呆気ない。
正直、慣れた読者には、犯人も殺害方法も即座に判ってしまうので、密室の謎の解明に重きを置くと、話が直ぐに終わってしまうかもしれない。

(3)ホームズ役 / ワトスン役の活躍について
ホームズ役のジャックは、本来、学者であり、物語中、元教え子のトムとの間で、キリスト教信仰に関する談議を行う場面が何度も出てきて、それにかなりのページが割かれているが、それが物語の主題に関係している訳ではない。C・S・ルイスのことを知るには良いかもしれないが、物語としては、オマケというか、ページかせぎと思えてしまうのが、逆に興醒めである。また、ワトスン役のウォーニーとトムは、物語を通して、あまり深く考えておらず、殺人事件が発生してものんびりしており、話を面白くする潤滑油になっていない。

(4)総合評価
密室状態における殺人事件という探偵小説好きが欲する謎に幽霊事件を紐付けて、折角うまく提示したにもかかわらず、その設定をうまく生かし切れず、違うところでウロウロするという展開で、残念ながら、読後の感想としては、あまり良くない。
また、物語全体を通して、のんびりとしたムードが漂っており、これが密室殺人という主題とうまく合致していない。

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