2019年9月7日土曜日

ダフニ・デュ・モーリエ作「いま見てはいけない」(Don’t Look Now by Dame Daphne du Maurier)–その1

東京創元社が発行する創元推理文庫
デュ・モーリア傑作集「いま見てはいけない」の表紙−
カバーイラスト:浅野 信二氏
カバーデザイン:柳川 貴代氏 + Fragment

「いま見てはいけない(Don’t Look Now)」は、英国の小説家であるディム・ダフニ・デュ・モーリエ(Dame Daphne du Maurier:1907年ー1989年)が執筆した短編で、1971年に発売された短編集「Don’t Look Now and Other Stories」に収録されている。

物語は、イタリアのヴェネツィア(Venice)において、幕を開ける。

「ねえ、いま見ちゃいけないよ。(Don’t look now.)」と、ジョン(John)は妻のローラ(Laura)に話しかけた。二つ向こうのテーブルに居る二人連れの老女が、ジョンとローラの方を凝視していたのだ。

最近、ジョンとローラは、5歳の娘クリスティン(Christine)を重い髄膜炎で亡くし、娘に夢中だったローラは、精神的にまいってしまったため、クリスティンの兄であるジョニー(Johnnie)を寄宿学校に残したまま、療養を兼ねて、休暇をとり、二人でヴェネツィアまで旅行に来ていたのである。今日は、ボートでヴェネツィアからトルチェロ島(Torcello)まで観光に来て、レストランでランチをしているところだった。

ジョンとローラの方を凝視する老女二人の正体を探るため、トイレに発った老女の一人に続いて、ローラが面白半分に後を追った。漸くトイレから戻って来たローラは、ほとんどショック状態で、ジョンが居るテーブルによろよろと歩み寄ると、椅子に座り込んだ。心配するジョンであったが、ローラの顔には、恍惚感に近いものが浮かんでいた。

ローラによると、トイレ内で後をつけた老女から急に話しかけられた、と言う。老女二人は、スコットランドのエディンバラ(Edinburgh)出身で、世界一周旅行の途中だった。トイレに発った方は、引退した医者で、妹。そして、テーブルに残っていた方が姉で、数年前に視力を失っている、とのこと。姉の方は、昔からオカルト研究をしていて、霊感が強く、視力を失って以来、霊媒みたいにいろいろと見えるようになり、今回、ジョンとローラの間に、小さな娘(クリスティン)が座って笑っているところを見た、と言うことだった。娘クリスティンが今も自分達と一緒に居ることを告げられたローラは、言葉に言い表せない位の喜びで、感激していた。

大運河(Grand Canal)に程近いホテルへと戻り、一休みした後、歩いて食欲をかきたてるため、ジョンとローラは、サン・ザッカリア教会(Church of San Zaccaria)辺りにあるレストランへと徒歩で向かった。途中、二人は道に迷ってしまい、狭い路地に出てしまった。狭い路地に沿って走る水路も狭く、両岸の家々がすぐ側まで迫っているように感じられた。
突然、対岸の家のどれかから、悲鳴が聞こえた。「酔っ払いか何かだろう。」と答えるジョンであったが、実際には、誰かが首を絞められ、その苦悶の叫びが喉を締め付けられるうちに鎮まったという感じだった。気味が悪くなったローラは、路地を足早に進み出した。
その時、ジョンの目が、小さな人影を捉えた。5~6歳位の女の子が、突然、対岸の家の地下室の入り口から出て来て、すぐ下の細長いボートへと飛び乗ったのである。その女の子は、小さなスカートを履いて、短いコートを纏っていた。そして、頭には、トンガリ頭巾を被っていた。狭い水路には、4隻のボートが互いにロープで繋がれて浮かんでいたが、その女の子は、驚くべき敏捷さでボートからボートへと飛び移り、水路の反対岸にある別の地下室の入り口へと姿を消した。

ジョンが目撃したあの女の子は、一体、何者だったのだろうか?

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