2019年8月3日土曜日

ジョン・ディクスン・カー作「緑のカプセルの謎」(The Problem of the Green Capsule by John Dickson Carr)–その1

東京創元社が発行する創元推理文庫「緑のカプセルの謎」の表紙−
カバーイラスト:榊原 一樹氏
カバーデザイン:折原 若緒氏
  カバーフォーマット:本山 木犀氏

「緑のカプセルの謎(The Problem of the Green Capsule)」は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が1939年に発表した推理小説で、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)シリーズの長編第10作目に該る。

物語は、ポンペイ(Pompeii)の廃墟の場面から始まる。

ロンドン警視庁犯罪捜査部(スコットランドヤード CID)のアンドルー・マッカンドルー・エリオット警部(Inspector Andrew MacAndrew Elliot)は、公務でイタリアのナポリに一週間滞在した。9月19日(日)の午後になって、漸く時間が空いたエリオット警部は、夕刻、ローマ、そして、パリを経由して、ロンドンへと戻る前に、観光を兼ね、ポンペイの廃墟を訪れた。ひたすら暑く、静まり返ったその日の午後のことは、彼にとって、忘れられない出来事となったのである。

太陽が照りつけて、一日の中でも気だるくなる時間帯、エリオット警部は、ポンペイを囲む壁の外にある墓場通りに立っていた。彼は墓場通りを進み、町の果てに辿り着くと、霊廟の間に、ポンペイ繁栄の絶頂期に建てられた貴族の別荘が見えた。興味を持った彼が中に入ってみると、仄暗く、湿っぽい匂いがする大広間の先には、列柱廊に囲まれた庭があり、日光が燦々と降り注いでいた。庭には夾竹桃(きょうちくとう)が満開で、赤松に囲まれた崩れた噴水の横には、旅行者一行が居て、英語の会話がエリオット警部の耳に聞こえてきた。

旅行者一行は、同年の6月17日(金)にバース(Bath)に近いソドベリークロス村(Sodbury Cross)にある煙草店兼菓子店において、その店頭で売られていたチョコレート・ボンボンに猛毒のストリキニーネが混入され、それを食べた子供達の一人(フランキー・デール(Frankie Dale))が亡くなった事件を話題にしていたのである。

エリオット警部が偶然遭遇した旅行者一行は、以下の6名。
(1)マーカス・チェズニー(Marcus Chesney): 桃栽培を営む実業家で、資産家
(2)マージョリー・ウィルズ(Marjorie Wills): マーカス・チェズニーの姪
(3)ジョーゼフ(ジョー)・チェズニー(Dr. Joseph (Joe) Chesney): マーカス・チェズニーの弟で、医師
(4)ウィルバー・エメット(Wilbur Emmet): チェズニー家の果樹園の責任者
(5)ギルバート・イングラム(Professor Gilbert Ingram): マーカス・チェズニーの友人で、引退した大学教授
(6)ジョージ・ハーディング(George Harding): マージョリー・チェズニーの婚約者で、化学者

最初の5人はソドベリークロス村に住んでいるが、事件を巡って村人が疑心暗鬼になっていることに加えて、亡くなった子供(フランキー)はマージョリー・ウィルズが特に可愛がっていた子であり、彼女が精神的にまいってしまったため、事件後、3ヶ月間の休暇を取って、療養を兼ね、皆で海外へと出ていたのである。その旅行中、マージョリー・ウィルズは、ジョージ・ハーディングと知り合ったのであった。

他の者に「ここは誰の家なのか?」と尋ねられたジョージ・ハーディングは、手にしたガイドブックを見て、答えた。「アウルス・レピドュス館。別名は、毒殺者の家です。」と。

沈黙が支配する旅行者一行をその場に残して、エリオット警部は、毒殺者アウルス・レピドュスの館を後にした。

それから半月後の10月3日、エリオット警部は、上司のハドリー警視(Superintendent Hadley)から、ソドベリークロス村での毒殺事件の捜査を地元警察から引き継ぐよう命じられ、宿命のようなものを感じながら、愛車でロンドンを出発して、ソドベリークロス村へと向かったのである。

0 件のコメント:

コメントを投稿