2015年7月4日土曜日

ロンドン チャーチストリート(Church Street)

エッジウェアロード側にある
チャーチストリートの入口

シャーロック・ホームズが犯罪界のナポレオンと呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)と一緒に、スイスにあるライヘンバッハの滝壺にその姿を消してから、既に3年が経過していた。サー・アーサー・コナン・ドイル作「空き家の冒険(The Empty House)」は、そこから始まるのである。


1894年の春、メイヌース伯爵(Earkl of Maynooth)の次男である青年貴族ロナルド・アデア(Ronald Adair)がパークレーン427番地(427 Park Lane)の自宅で殺害された事件のニュースで、ロンドンは大騒ぎだった。彼は内側から扉に鍵がかけられた部屋で撃たれて亡くなっていたのだが、部屋の内には拳銃の類いは発見されなかったため、これが事件最大の謎であった。
ある晩、ケンジントン地区(Kensington)の自宅からハイドパーク(Hyde Park)へ散策に出かけたジョン・ワトスンは、そのついでに事件現場に立ち寄った。人混みの中で、ワトスンは本蒐集家と思われる背中の曲がった老人にうっかりぶつかってしまい、老人が持っていた本を数冊地面に落としてしまった。ぶつかったことを謝ろうとしたワトスンであったが、老人が不服そうな声を上げ、背を向けると、野次馬の中に姿を消してしまう。
ケンジントンの自宅に帰ったワトスンの元を、先程パークレーンでぶつかった本蒐集家の老人が訪ねて来た。

チャーチストリートとリッソングローブ通りの角に建つ住居

「私が訪ねて来たので、さぞかしびっくりされたでしょう。」と、老人は奇妙なしわがれ声で言った。
私はその通りだと認めた。
「良心の呵責でして、あなたがこの家に入るのを空前目にしましたので、あなたの後をつけて来たんです。少しばかり家にあがらさせていただき、親切な紳士に会って、私がちょっとばかしつっけんどんな態度をとったとしても、全く他意はなく、本を拾ってもらって、逆に非常に感謝していると言おうと考えたのです。」
「あんな些細なことで感謝していただく必要はないですよ。」と、私は言った。「ところで、どうして私のことを知っていらっしゃるのですか?」
「こんなことを申し上げて失礼でなければよいのですが、私はあなたの近くに住んでいるのです。というのも、チャーチストリートの角で小さな本屋を営んでおります。あなたにお会いできて、非常に光栄です。あなたも本を収集されているとお見受けしました。「英国の鳥」、「カトゥルス(ガイウス・ヴァレリウス・カトゥルス:Gaius Valerius Catullusー共和政ローマ期の抒情詩人)」、そして、「聖戦」。どれも廉価版ですな。5冊あれば、2番目の棚の隙間をちょうど埋められますよ。少しばかり乱雑じゃないですか?」
私は後ろにある本棚を見るために振り返った。私がもう一度顔を前に戻した時、私の書斎テーブルの向こう側には、笑顔のシャーロック・ホームズが立っていたのである。思わず、私は立ち上がり、呆然自失の状態で数秒間彼を見つめた。そして、その後、私は生涯で後にも先にも一度きりの失神をしてしまったようである。

リッソングローブ通り側から見たチャーチストリート

'You're surprised to see me, sir,' said he, in a strange, croaking voice.
I acknowledged that I was.
'Well, I've a conscience, sir, and when I chanced to see you go into this house, as I came hobbling after you, I thought to myself, I'll just step in and see that kind gentleman, and tell him that if I was a bit gruff in my manner there was not any harm meant, and that I am much obliged to him for picking up my books.'
'You make too much of a trifle,' said I. 'May I ask how you knew who I was?'
'Well, sir, if it isn't too great a liberty, I am a neighbor of yours, for you'll find my little bookshop at the corner of Church Street, and very happy to see you, I am sure. Maybe you collect yourself, sir; here's British Birds and Catullus and the Holy War - a bargain every one of them. With five volumes you could just fill that gap on that second shelf. It looks untidy, does it not, sir?'
I moved my head to look at the cabinet behind me. When I turned again Sherlock Holmes was standing smiling at me across my study table. I rose to my feet, stared at him for some seconds in utter amazement, and then it appears that I must have fainted for the first and the last time in my life.

リッソングローブ通りの近くに建つ建物(その1)
リッソングローブ通りの近くに建つ建物(その2)

ワトスンの家を訪ねて来た本蒐集家の老人(実際は、ホームズによる変装)が本屋を営んでいると言ったチャーチストリート(Church Street)は、現在の表記上、マリルボーン地区(Marylebone)内にある。マーブルアーチ(Marble Arch)から始まり、北へ延びるエッジウェアロード(Edgware Road)を上がって行き、地下鉄ベーカーストリート(Baker Street Tube Station)前を通るマリルボーンロード(Marylebone Road)を横切って、少し進み、右へ折れたところに、チャーチストリートは位置している。マリルボーン駅(Marylebone Station)の西側で、マーブルアーチ方面とメイダヴェール(Maida Vale)方面を結ぶエッジウェアロードとマリルボーン方面とセントジョンズウッド(St. John's Wood)方面を結ぶリッソングローブ通り(Lisson Grove)の間にある通りが、チャーチストリートである。ちなみに、エッジウェアロードとリッソングローブ通りは、バスが通る幹線道路となっている。

チャーチストリートの中間辺りにある広場

チャーチストリートを含むエッジウェアロード周辺には、中東関係の店舗が数多く軒を連ねており、エッジウェアロードに入った瞬間、中東色が非常に強くなる。
チャーチストリートでは、連日、チャーチマーケット(Church Street Market)が開かれていて、朝から夕方まで買物客で賑わっている。ただ、マーケットが終わり、出店が閉店した後に残るゴミの量はかなりのもので、ロンドン清掃局による掃除が大変である。

エッジウェアロード側から見た
チャーチストリートマーケットが終わった後
出店の後片付け作業とロンドン清掃局による清掃作業が
慌ただしく行われている

本蒐集家の老人は、ワトスンに対して、「自分が住んでいるチャーチストリートは、ワトスンの家の近くだ。」と言っているが、「空き家の冒険」事件の頃、ワトスンはケンジントン地区に住んでいた訳なので、ハイドパークを間にして正反対のところであり、正直、とても近くとは言えない。「最後の事件(The Final Problem)」ホームズとワトスンが住んでいたベーカーストリート221Bであれば、徒歩で10分位しか離れていないため、近くと言っても差し支えない。ホームズがその老人に変装した上で、話した戯言なので、実際にはチャーチストリートに住んでいた訳ではなく、結局のところ、あまり意味はないかもしれない。
ちなみに、ケンジントン地区内にチャーチストリートは実在していないが、ケンジントンチャーチストリート(Kensington Church Street)であれば、実在している。ケンジントンチャーチストリートは、北側の地下鉄ノッティグヒルゲート駅(Notting Hill Gate Tube Station)と南側の地下鉄ハイストリートケンジントン駅(High Street Kensington Tube Station)を南北につなぐ通りである。本蒐集家の老人が言ったチャーチストリートとは、本当はケンジントンチャーチストリートのことを指していた可能性がある。

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