2015年4月4日土曜日

ロンドン ブルックストリート(Brook Street)


サー・アーサー・コナン・ドイル作「入院患者(The Resident Patient)」では、10月の蒸し暑い雨の晩、フリートストリート(Fleet Street)やストランド通り(Strand)の散策に出かけたシャーロック・ホームズとジョン・ワトスンは午後10時過ぎにベーカーストリート221Bに戻って来た。すると、一台のブルーム型馬車(一頭立四輪箱馬車)が戸口のところに停まっており、ランプに照らされた馬車の内に吊るされた枝編み細工の籠に入っている医療道具から、ホームズは医者、それも開業医が事件の依頼にやって来たと推測する。彼らが部屋に入ると、30代半ば位の、やつれた表情で不健康そうな顔色をした男性が暖炉の側の椅子から立ち上がった。

ヘンデルハウス博物館(左から2番目の焦茶色の建物)を含むブルックストリート沿いの街並み

「こんばんわ、先生。」と、ホームズは快活に言った。「それ程長くはお待たせしなかったようなので、良かったです。」
「それでは、下に居る御者と話をされたのですか?」
「いいえ、サイドテーブルの上にあるロウソクを見れば判りますよ。どうぞおかけになって、私がどういったお役にたてるのかお話願えますか?」
「私は医師のパーシー・トレヴェリアンと申します。」と、訪問者は言った。
「ブルックストリート403番地に住んでいます。」
「未解明の神経障害に関する論文をお書きになられていませんか?」と、私は尋ねた。
私が彼の業績を知っていると判って、彼は青白い頬を喜びで赤く染めた。
「その研究のことはめったに耳にしないので、もう完全に忘れ去られたものと思っていました。」と、彼は言った。「私の出版社は、私の論文の売れ行きが全く芳しくないと話していました。推測するに、あなたも医学関係の方ですか?」
「退役軍医です。」
「私の本業はずっと神経障害です。この分野を専門に進めていきたいと思っていますが、もちろん、最初はできることをするしかないですね。しかしながら、これは私が御相談したい件とはズレています。シャーロック・ホームズさん、あなたのお時間が貴重なことは充分承知しております。御相談したいことなのですが、最近、ブルックストリートの私の自宅で非常に奇妙な出来事が連続して発生したのです。今晩、それが遂にピークに達したため、私としましては、一刻でも早く、あなたの助言と助力をお願いしたい気持ちで一杯なのです。」
シャーロック・ホームズは腰を下ろして、パイプに火をつけた。「両方とも大歓迎です。」と、彼は言った。「どういった状況にあなたが困っているのかについて、詳しい話をお聞かせ願います。」

ブルックストリートからグローヴナースクエア方面(西側)を望む

'Good-evening, doctor,' said Holmes cheerily. 'I am glad to see that you have only been waiting a very few minutes.'
'You spoke to my coachman, then?'
'No, it was the candle on the side-table that told me. Pray, resume your seat and let me know how I can serve you.'
'My name is Doctor Percy Trevelyan,' said our visitor, 'and I live at 403 Brook Street.'
'Are you not the author of a monograph upon obscure nervous lesions?' I asked.
His pale cheeks flushed with pleasure at hearing that his work was known to me.
'I so seldom hear of the work that I thought it was quite dead,' said he. 'My publishers gave me a most discouraging account of its sale. You are yourself, I presume, a medical man?'
'A retired army surgeon.'
'My own hobby has always been nervous disease. I should wish to make it an absolute speciality, but, of course, a man must take what he can get at first. This, however, is beside the question. Mr Sherlock Holmes, and I quite appreciated how valuable your time is. The fact is that a very singular train of events has occurred recently at my house in Brook Street, and tonight they came to such a head that I felt it was quite impossible fro me to wait another hour before asking for your advice and assistance.'
Sherlock Holmes sat down and lit his pipe. 'You are very welcome to both,' said he. 'Pray let me have a detailed account of what the circumstances are which have disturbed you.'

米国人のミュージシャン/シンガーであるジミ・ヘンドリックスが
ブルックストリート23番地に住んでいたことを示すブループラーク
ドイツ人の作曲家であるゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルが
ブルックストリート25番地に住んでいたことを示すブループラーク

ブルックストリート(Brook Street)は、ロンドン中心部のメイフェア地区(Mayfair)内にある通りで、東側は「独身の貴族(The Noble Bachelor)」で紹介したハノーヴァースクエア(Hanover Square)から始まり、西側はこれも「独身の貴族」で紹介したグローヴナースクエア(Grosvenor Square)まで続いている。オックスフォードサーカス(Oxford Circus)とマーブルアーチ(Marble Arch)を結ぶ幹線道路であるオックスフォードストリート(Oxford Street)から南へ少し下ったところを、ブルックストリートは走っている。
この通りは18世紀前半に開発され、その名前は近くにあったパブ「タイバーン・ブルック(Tyburn Brook)」に由来している、とのこと。
ブルックストリート沿いには、前述の通り、「独身の貴族」の舞台となったハノーヴァースクエアとグローヴナースクエアが、また、「ソア橋の謎(The Problem of Thor Bridge)」の舞台となったホテルのクラリッジズ(Claridge's)等がある。
ハノーヴァースクエアの近くには、米国人のミュージシャン/シンガーであるジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix:1942年ー1970年→なお、本名はジェイムズ・マーシャル・ヘンドリックス(James Marshall Hendrix))が住んでいた「ブルックストリート23番地」とドイツ人(後に英国に帰化)の作曲家であるゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Handel:1685年ー1759年)が住んでいた「ブルックストリート25番地」が隣り合っている。ちなみに、「ブルックストリート25番地」は、現在、ヘンデルハウス博物館(Handel House Museum)となっているが、ブルックストリート側ではなく、建物の裏側から入館する扱いである。

ジミ・ヘンドリックスのブループラークの青色と
ヘンデルハウス博物館の旗の赤色が建物の外壁にうまくマッチしている

なお、パーシー・トレヴェリアンが開業していたブルックストリート403番地は、実際の住所としては存在しておらず、架空の住所である。

0 件のコメント:

コメントを投稿