2015年10月10日土曜日

ロンドン ライムストリート(Lime Street)

ライムストリートの中間辺りから北側を望む

サー・アーサー・コナン・ドイル作「マザリンの宝石(The Mazarin Stone)」では、ある夏の晩7時頃、ジョン・ワトスンがベーカーストリート221Bのシャーロック・ホームズの元を訪れるところから、物語が始まる。
給仕のビリー(Billy)によると、ホームズは現在ある事件にかかりきりだと言う。ホームズは、昨日、職探しの職人に、そして、今日は老婆に変装して出かけた、とのこと。ビリーがワトスンにこっそり教えてくれたところでは、「マザリンの宝石(Mazarin Stone)」という10万ポンドもする王冠のダイヤモンド盗難事件のためのようだ。また、窓辺には、(「空き家の冒険(The Empty House)」でも使われた)ホームズの蝋人形が置かれていた。一体何のために?


その時、寝室のドアが開いて、ホームズが姿を見せる。ホームズ曰く、「『マザリンの宝石』を盗んだのは、ネグレット・シルヴィウス伯爵(Count Negretto Sylvius)で、彼と彼の部下のサム・マートン(Sam Merton)が自分の命を付け狙っている。」と言う。
そこへ、一味の首領であるシルヴィウス伯爵がホームズの部屋にやって来る。ホームズはワトスンをスコットランドヤードへ送り出して、シルヴィウス伯爵と直接話をつけようとする。ホームズはシルヴィウス伯爵と後から合流したサム・マートンに対して、「ホワイトホール(Whitehall)から盗んだ『マザリンの宝石』を黙って渡せば、盗難事件のこと自体は見逃す。」と持ちかけるのであった。そして、二人だけで相談させるべく、席を外したホームズは寝室へ入り、ヴァイオリンを弾き始める。

ライムストリートの中間辺りから南側を望む—
奥に見えるのが、フェンチャーチストリート沿いに建つ
20 Fenchurch Street ビル

窓の方からかすかな音がしたように思えた。そのため、二人は慌てて辺りを見回したが、静まり返ったままだった。窓辺の椅子に座る奇妙な人形以外、部屋の内には確かに人気がなかった。
「通りの音か!」と、マートンが言った。「親分、いいですかい、あんたは頭がきれる。きっと、この状況を切り抜ける何か良い策を思いつけるに違いない。もし腕力が通用しないのなら、あんたの範疇だ。」
「俺はあいつ(=ホームズ)よりも頭が良い奴を何人も騙してきた。」と、伯爵は答えた。「例の宝石は、俺の隠しポケットの中に入っている。これを置いていくようなことはできない。今夜にも、宝石を英国から持ち出して、日曜日までにアムステルダムで四つに切るんだ。あいつはヴァン・セダのことを何も知らない。」
「ヴァン・セダは来週アムステルダムへ行く予定だったのでは?」
「その通りだ。しかし、こうなったら、ヴァン・セダは次の船でアムステルダムへ行く必要がある。俺達のどちらかがこの宝石をライムストリートまで持って行って、彼に連絡しなければならない。」
「しかし、二重底はまだ出来上がっていないのでは?」
「ヴァン・セダは一か八かそのまま持って行かざるを得ない。一刻も無駄にはできないからな。」
もう一度、狩猟家の本能である危険を察知する感覚を研ぎ澄まして、彼は話を止め、窓辺をじーっと見つめた。あのかすかな音は、間違いなく、通りから来ているようだ。

ライムストリートの北端近辺—
左側にはロイズ保険会社のビルが、
右側には保険ブローカーのウィリスが入居するビルが建つ
また、奥に見えるのが、ガーキンビル(The Gherkin - 30 St. Mary Axe)

There was a vague sound which seemed to come form the window. Both men sprang round, but all was quiet. Save for the one strange figure seated in the chair, the room was certainly empty.
'Something in the street,' said Merton. 'Now look here, guv'nor, you've got the brains. Surely you can think a way out of it. If slugging is no use then it's up to you.'
'I've fooled better men than he,' the Count answered. 'The stone is here in my secret pocket. I take no chances leaving it about. It can be out of England tonight and cut into four pieces in Amsterdam before Sunday. He knows nothing of Van Seddar.'
'I thought Van Seddar was going next week.'
'He was. But now he must get off by the next boat. One or other of us must slip round with the stone to Lime Street and tell him.'
'But the false bottom ain't ready.'
'Well, he must take it as it is and chance it. There's not a moment to lose.'
Again, with the sense of danger which becomes an instinct with the sportsman, he paused and looked hard at the window. Yes, it was surely from the street that the faint sound had come.

保険ブローカーのウィリスが入居するビルを
ライムストリートから見上げる

シルヴィウス伯爵とサム・マートンの仲間であるヴァン・セダが居るライムストリート(Lime Street)は、ロンドンの経済活動の中心地であるシティー(City)内に位置していて、地下鉄バンク駅(Bank Tube Station)から東へ向かって延びるレドンホールストリート(Leadenhall Streetー「花婿失踪事件(A Case of Identity)」で紹介済)とフェンチャーチストリート(Fenchurch Streetー同じく、「花婿失踪事件」で紹介済)を南北に結ぶ細い通りである。
ライムストリートの名前は、建築資材用に石灰(=ライム)を販売していた石灰業者がここで営業していたことに由来する。

保険ブローカーのウィリスが入居するビルの入口近くに
設置されているオブジェ

レドンホールストリート側から始まるライムストリートの西側にはロイズ保険会社(Lloyd's of London)のビルが、また、東側には被保険者と保険者の間を仲介する保険ブローカー大手のウィリス(Willis)本社が入居するビルが建っているため、日中でも両方の高層ビルの谷間になっていて、通りはやや暗い。
以前、この通り沿いでは石灰業者が営業していたが、現在は、ロイズ保険会社やウィリスが所在しているため、他の保険会社や保険ブローカーが数多く集中する通りとなっている。この辺りのポストコードは「EC2」、あるいは「EC4」となっていて、保険関係の会社の場合、どちらかのポストコードを有していないと(=このエリア内にオフィスを有していないと)、一流の会社とは見做されないという暗黙の了解が存在している。

2012年ロンドンオリンピックのマラソンコースに使用された
レドンホールマーケット

ライムストリートの西側には、レドンホールマーケット(Leadenhall Market)があり、このマーケットとライムストリートの南側は、2012年ロンドンオリンピックにおいて、マラソンコースの一部として使用された。

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