2025年11月30日日曜日

エドガー・アラン・ポー作「赤死病の仮面」<小説版>(The Masque of the Red Death by Edgar Allan Poe )- その2

英国の Penguin Books Ltd. から2008年に出版された
Penguin Readers シリーズの1冊である
エドガー・アラン・ポー作
黒猫とその他の物語(The Black Cat and Other Stories)」の表紙
Cover illustration by Julian De Narvaez


米国の小説家/詩人で、かつ、雑誌編集者で、名探偵の C・オーギュスト・デュパン(C. Auguste Dupin → 2017年12月4日付ブログで紹介済)を生み出していたエドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe → 2022年12月31日付ブログで紹介済)作短編「赤死病の仮面The Masque of the Red Death)」は、米国の雑誌である「グラハムズ マガジン(Graham's Magazine)」の1842年5月号に、「The Mask of the Red Death: A Fantasy」と言うタイトルで発表された。

その後、「ブロードウェイ ジャーナル(Broadway Journal)」の1845年7月号に、改訂版が掲載され、タイトルが「The Masque of the Red Death」へ変更されている。


エドガー・アラン・ポー作短編「赤死病の仮面」の場合、ある国において、「赤死病(Red Death)」と呼ばれる疫病が至るところで蔓延している状況から、その物語が始まる。

ひとたび「赤死病」に罹患すると、まず最初に、胃に焼けるような痛みを感じ、続いて、眩暈が起こり、最後には、全身から血が吹き出して、死に至ると言う非常に恐ろしい疫病で、長い間、人々を苦しめていた。


「赤死病」により国内の半分の人々が亡くなると、勇敢で賢明な国王プロスペロウ(Prince Prospero)は、疫病の魔の手から逃れるために、健康な臣下達と友人達の千人を引き連れて、都市を離れると、森の中に所在する城砦の奥に立て籠もる。

国王プロスペロウ達が立て籠もったのは、巨大で美しい城砦で、周囲を高くて強固な城壁が取り巻いていた。城内と城外を結ぶ城門は、ただ一つしかなく、国王プロスペロウは、この唯一の城門を厳重に閉じさせると、城門に鍵をかけた。そして、国王プロスペロウは、城壁越しに、この鍵を城砦の外にある湖へと投げ込んだ。


英国の Penguin Books Ltd. から2008年に出版された
Penguin Readers シリーズの1冊である
エドガー・アラン・ポー作「黒猫とその他の物語」のうち、
「赤死病の仮面」に付された挿絵(その1)
Illustration by David Cuzik -
千人の臣下達 / 友人達を引き連れて、
森の中にある城砦内に立て籠もった国王プロスペロウは、
城外と城内を結ぶ唯一の城門を厳重に閉じさせ、鍵をかけると、
その鍵を城壁越しに外の湖へと投げ込んだのである。


城門を開ける鍵は、先程、国王プロスペロウが湖へ投げ込んだものしかないため、これで、何者と言えども、外部から城砦内へと入ることはできないと言えた。「赤死病」も同様だった。

城砦内には、国王プロスペロウ達が立て籠もったとしても、1年は保つ程、充分な食料が蓄えられていた。


城砦外では、疫病が引き続き猛威を振るうのを余所に、城砦内では、完全に安心しきった国王プロスペロウと友人達は、踊り子や音楽家を呼んで、ワインを飲み、食事を楽しみ、饗宴の日々を送る。

彼らが饗宴に耽る中、5ヶ月が経過したが、城砦外では、あいかわらず、「赤死病」が蔓延したままだった。


饗宴の日々を送る国王プロスペロウは、彼の友人達のために、仮面舞踏会(masquerade ball)を開催することを思い付いた。

しかし、この仮面舞踏会の当日、城砦内に立て籠もって、饗宴に耽る国王プロスペロウと友人達にとって、非常に恐ろしいことが降り掛かるのであった。


2025年11月29日土曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その15A

英国の Harper Collins Publishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「青列車の謎」の
ペーパーバック版の表紙


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている「エルキュール・ポワロの世界(The World of Hercule Poirot)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているエルキュール・ポワロシリーズの登場人物や各作品に関連した112個の手掛かりについて、引き続き、紹介したい。

前回に引き続き、各作品に出てくる登場人物、建物や手掛かり等が、その対象となる。


ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の完成形
<筆者撮影>


(27)ルビー「炎の心臓」(Heart of Fire ruby)



ジグソーパズルの下段中央の左手にあるテーブルの右端に、ルビー「炎の心臓」が置かれている。


(28) 青列車(blue train)



ジグソーパズルの下段中央の右手にある床の上に、青列車の車輌模型が置かれている。

なお、青列車の車輌模型の下側にあるのは、オリエント急行(Orient Express)の機関車模型である。


(29)シガレットケース(cigarette case)



ジグソーパズルの下段中央の左手にあるテーブルの右端に、シガレットケースが、ルビー「炎の心臓」と一緒に置かれている。


これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1928年に発表した「青列車の謎(The Mystery of the Blue Train → 2022年11月19日付ブログで紹介済)」である。

「青列車の謎」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第8作目に、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第5作目に該っている。


「青列車の謎」は、1926年の失踪事件後、アガサ・クリスティーが精神的に不安定な時期に執筆した作品で、既に短編として週刊誌の「ザ・スケッチ(The Sketch)」(1923年4月4日号)誌上に掲載された「プリマス行き急行列車(The Plymouth Express)」を長編用に焼き直したものとして知られている。

なお、「ザ・スケッチ」誌上に発表した際のタイトルは、「The Mystery of the Plymouth Express」だった。

同短編は、1924年1月に米国の月刊誌である「Blue Magazine / Volume 38 / No. 3」誌上に掲載された際には、「The Plymouth Express Affair」と言うタイトルが使用されている。


アガサ・クリスティー自身、本作品を全く気に入っておらず、「アガサ・クリスティー自伝」において、「この時が、私にとって、アマチュアからプロへと転じた瞬間であった。プロの重荷を、私は身に付けたのである。それは、書きたくない時にも、書くこと、あまり気に入っていないものでも、書くこと、そして、特によく書けていないものでも、書くことだった。私は、「青列車の謎」がずーっと嫌で堪らなかったが、書かねばならなかった。そして、私は出版社へ届けた。「青列車の謎」は、この前の本と同じ位によく売れたのである。そのことで、私は満足しなければならなかった。そうは言っても、あまり自慢できるような話はない。」と回想している。


英国の Harper Collins Publishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「アクロイド殺し」の
ペーパーバック版の表紙


上記の通り、「青列車の謎」について、作者であるアガサ・クリスティー本人による評価は、あまり高くないが、実際のところ、「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd → 2022年11月7日 / 2023年9月25日 / 2023年10月2日付ブログで紹介済)」(1926年)よりも、よく売れたのである。


            

2025年11月28日金曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その14B

英国の Harper Collins Publishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作「ビッグ4」の
ペーパーバック版の表紙 -
こちらに背を向けて立っている赤いドレスの女性の背後から
何者か(「ビッグ4」のナンバーフォーに該る破壊者)が忍び寄る場面が、
チェスの駒の形に切り取られている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1927年に発表した「ビッグ4(The Big Four - アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第7作目に、そして、エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)シリーズの長編としては、第4作目に該っている)の場合、エルキュール・ポワロの友人で、相棒でもあるアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings → 2025年10月12日付ブログで紹介済)は、妻と一緒に暮らす牧場があるアルゼンチンから、一年半ぶりに英国へと戻って来たところから、その物語が始まる。


Harper Collins Publishers 社から出ている

アガサ・クリスティー作「ビッグ4」の
グラフィックノベル版(→ 2020年12月日付ブログで紹介済)から抜粋。


突然の来訪でポワロを驚かせようと思っていたヘイスティングス大尉であったが、ポワロのフラットを訪れてみると、奇妙な偶然の一致と言うか、ポワロは南米へと出発しようとしていたところだった。


Harper Collins Publishers 社から出ている

アガサ・クリスティー作「ビッグ4」のグラフィックノベル版から抜粋。


驚くヘイスティングス大尉に対して、ポワロは、「生涯で初めて、お金の誘惑に負けて、世界一の富豪で、「米国の石鹸王」と呼ばれるエイブ・ライランド(Abe Ryland)からの依頼を受け、ブラジルのリオへと向かうのだ。」と説明する。ポワロによると、南米における調査は、彼が最近興味を持つようになった「ビッグ4(Big Four)」と呼ばれる国際的な犯罪集団が関与しているらしい。


Harper Collins Publishers 社から出ている

アガサ・クリスティー作「ビッグ4」のグラフィックノベル版から抜粋。


ポワロとヘイスティングス大尉がそんな会話をしているところへ、全身泥だらけの男性が突然転がり込んできて、意識を失ってしまう。

二人が男性にブランディーを少し飲ませると、男性は少し意識を取り戻すが、何らかのショックを受けているようで、ポワロの名前と住所を繰り返すだけだった。更に、二人が男性に紙と鉛筆を渡すと、男性は「4」という数字をいくつも書き始めると、次のようなことを早口で捲し立てた。


(1)リー・チャン・エン(Li Chang Yen)は、「ビッグ4」の頭脳で、ナンバーワンである。

(2)ナンバーツーは、米国人で、ドルのマークで表される。

(3)ナンバースリーは、フランス人女性であるが、それ以外は不明。

(4)そして、ナンバーフォーは、破壊者(Destroyer)である。

そう言うと、男性は、再度、意識を失ってしまった。


Harper Collins Publishers 社から出ている

アガサ・クリスティー作「ビッグ4」のグラフィックノベル版から抜粋。


汽船連絡列車に乗って、南米へと向かわなければならないポワロは、意識を失った男性の世話を家政婦のピアスン夫人(Mrs. Pearson)に任せると、ヘイスティングス大尉を伴い、急いで駅へと出発する。

汽船連絡列車に乗車したものの、フラットに突然転がり込んできた男性のことが気になって落ち着かないポワロは、ヘイスティングス大尉を促して、一時停車した列車から飛び降りると、ロンドンへと急いで引き返した。


Harper Collins Publishers 社から出ている

アガサ・クリスティー作「ビッグ4」のグラフィックノベル版から抜粋。


フラットへと戻って来た二人であったが、驚くべきことに、謎の訪問客である男性は、既に死亡していた。

こうして、ポワロとヘイスティングス大尉の二人にとって、「ビッグ4」との長い対決の幕が、切って落とされたのである。


Harper Collins Publishers 社から出ている

アガサ・クリスティー作「ビッグ4」のグラフィックノベル版から抜粋。


(23)チェスボード(chessboard)



ロシアのチェス王者であるサヴァロノフ博士(Dr. Savaronoff)は、ロンドンのウェストミンスター(Westminster)にある自宅(フラット)において、米国青年であるギルモア・ウィルスン(Gilmour Wilson)からの挑戦を受けた。

サヴァロノフ博士は、エマヌエル・ラスカー(ドイツ出身で、1894年から1921年までの四半世紀以上、チェスの世界王座に君臨 / 実在の人物)に次ぐ名人と言われており、数年前にアキバ・ルビンシュタイン(ポーランド出身 / 実在の人物)を破って、世界王者の座に就いていた。一方、ギルモア・ウィルスンは、ホセ・ラウル・カパブランカ(キューバ出身 / 実在の人物)の再来と評されていた。

チェスの対戦中、挑戦者のギルモア・ウィルスンが急死。心臓麻痺が死因と思われた。

2人が対戦に使用したチェスボードは、見事な象眼が施され、銀と黒の正方形が並ぶもので、数週間前にサヴァロノフ博士へ贈り物として送られてきたのだった。

ポワロは、このチェスボードに注目し、ギルモア・ウィルスンの急死は、自然死ではなく、他殺だと考えたのである。


(24) 翡翠の人形(jade figurines)



ダートムーア(Dartmoor)のホッパートン村(Hoppaton)にあるグラニットバンガロー(Granite Bungalow)に住むジョナサン・ホェイリー(Jonathan Whalley:元船乗り)が、居間の床の上で惨殺された。彼の頭部には打撲傷があり、更に、喉が大きく掻き切られていた。

ポワロとヘイスティングス大尉が訪ねたジョン・イングルズ(John Ingles:中国通の退職公務員)によると、ジョナサン・ホェイリーは「ビッグ4」の魔の手から逃れるために必要なお金の融通を彼に頼んでいた、とのこと。

通いの料理人であるベッツィー・アンドルーズによると、ジョナサン・ホェイリーは、小さな翡翠の人形を大切にしており、「大変な値打ち物だ。」と常々言っていたが、その翡翠の人形が紛失していた。

地元の警察がジョナサン・ホェイリーのバンガロー内を捜索したところ、彼に雇われていたロバート・グラントの部屋にあった旅行鞄の中から、紛失した翡翠の人形が出てきた。しかも、ロバート・グラントと言う名前は偽名で、本名はエイブラハム・ビックス、5年前に住居侵入と強盗の罪に問われたことが判明し、彼がジョナサン・ホェイリーの殺害犯として疑われることになった。


(25)迷路(labyrinth)



イタリアのラーゴ・ディ・カレッツァ(Largo di Carrezza)は、海抜4千フィートのドロミテ(Dolomites)アルプスの中心にある有名な景勝地で、ここに「ビッグ4」の本拠地(世界支配のための命令を次々に発する秘密の地下要塞)が所在していた。

そこは、「フェルゼンラビリンス(岩の迷路)」と呼ばれ、大岩が幾重にも積み重なり、ちょっとした奇観となっており、一筋の小道がその間を縫って続いていた。


(26) 骨付きの羊肉(frozen leg of lamb)



ダートムーアのホッパートン村にあるグラニットバンガローの居間の床の上で惨殺されたジョナサン・ホェイリー(元船乗り)の貯蔵室には、ニュージーランドから輸入された骨付きの羊肉があった。

このことから、「ビッグ4」のナンバーフォーに該る破壊者は、料理人のベッツィー・アンドルーズと使用人のロバート・グラントの不在中に、肉屋の馬車でバンガローに乗り付けて、ジョナサン・ホェイリーを殺害したものと、ポワロは推理したのである。


2025年11月27日木曜日

「そして誰もいなくなった」の世界 <ジグソーパズル>(The World of ‘And Then There Were None’ )- その18

英国の Orion Publishing Group Ltd. から2025年に発行されている「「そして誰もいなくなった」の世界(The World of ‘And Then There Were None’)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているアガサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「そして誰もいなくなった(And Then There Were None)」(1939年)の登場人物や同作品に関連した47個にわたる手掛かりについて、引き続き、紹介したい。


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2025年に出ている
ジグソーパズル「「そして誰もいなくなった」の世界」(1000ピース)


(27)缶詰が並んだ棚(Shelves of tinned food)


兵隊島に建つ邸宅の地下にある食料品室内の棚の上に、
食べ物の缶詰が並んでいる。
<筆者撮影>


アンソニー・ジェイムズ・マーストン(Anthony James Marston / 遊び好きの上、生意気な青年 → 2025年11月1日付ブログで紹介済)、エセル・ロジャーズ(Ethel Rogers / 料理人 → 2025年11月4日付ブログで紹介済)、ジョン・ゴードン・マッカーサー(John Gordon MacArthur / 退役した老将軍(General)→ 2025年10月30日付ブログで紹介済)、トマス・ロジャーズ(Thomas Rogers / 執事 → 2025年11月3日付ブログで紹介済)、そして、エミリー・キャロライン・ブレント(Emily Caroline Brent / 信仰心の厚い老婦人 → 2025年10月29日付ブログで紹介済)の5人が、童謡「10人の子供の兵隊」(nursery rhyme → 2025年11月15日付ブログで紹介済)の調べにのって殺された後、残された5人が昼食をとる場面において、缶詰が並んだ棚が言及される。


兵隊島に建つ邸宅の2階にある
ヴェラ・エリザベス・クレイソーンの部屋の壁(画面左側)には、
童謡「10人の子供の兵隊」が書かれた額が掛けられている。
アガサ・クリスティーの原作によると、厳密には、
童謡「10人の子供の兵隊」が書かれた額は、
暖炉の上に置かれた熊の形をした大理石の時計の上の壁に掛けられているのが正しい。
<筆者撮影>


昼食の時間になると、いつものとおりにとった - ただし、普通の食事のしきたりは、抜きだった。五人は、そろって台所に行った。食料品室には缶詰がずらりと並んでいる。牛タンの缶詰一個と果物の缶詰を二個出して、開けた。台所のテーブルのまわりに立って食べ、終わると五人まとまって、また応接間にもどった - そしてそこに座って - たがいにじっと目を光らせていた。

(青木 久惠訳)


(28)ビスケットが入った缶(A biscuit tin)


兵隊島に建つ邸宅の地下にある台所のカウンターの上に、
ビスケットが入った赤い缶が置かれている。
<筆者撮影>


アンソニー・ジェイムズ・マーストンとエセル・ロジャーズの2人が殺された翌朝、エドワード・ジョージ・アームストロング(Edward George Armstrong / 医師 → 2025年10月31日付ブログで紹介済)、ウィリアム・ヘンリー・ブロア(William Henry Blore / 元警部(Detective Inspector)→ 2025年11月2日付ブログで紹介済 )とフィリップ・ロンバード(Philip Lombard / 元陸軍中尉 → 2025年10月28日付ブログで紹介済)の3人が兵隊島(Soldier Island → 2025年10月19日付ブログで紹介済)を徹底的に捜索したものの、島には自分達8人以外に、人間は誰も居ないことを確認したに過ぎなかった。


兵隊島は、
ジグソーパズル「「そして誰もいなくなった」の世界」の左下の角に描かれている。
<筆者撮影>


ダイニングルームのドアのそばに、ロジャーズが立っていた。三人が階段を下りていくと、ロジャーズは一、二歩前に出て、不安げな低い声で言った。

「お気に召していただけますか。冷製のハムと牛タン、それにジャガイモを少々ゆでておきました。ほかにはチーズとビスケット、缶詰の果物です」

「けっこうじゃないか。じゃあ、食料のたくわえは充分なんだな?」と、ロンバードがきいた。

「はい、たっぷりございます - 缶詰がいろいろと。食料品室にすらりと並んでおります。島は本土と、かなりの間行き来できなくなることがございます。そのときのための備えなんでしょう」

(青木 久惠訳)


(29)銀食器を入れる箱(A silver chest)


兵隊島に建つ邸宅の地下にある食料品室内の床の上に、
銀食器を入れる灰色の箱が置かれている
<筆者撮影>


アンソニー・ジェイムズ・マーストン、エセル・ロジャーズ、ジョン・ゴードン・マッカーサー、トマス・ロジャーズ、そして、エミリー・キャロライン・ブレントの5人が殺された後、残された5人は、一人一人、身体検査と持ち物の検査を行った。


判事が言った。

「さて、これで一つ確かになった。われわれ五人の誰も、命をおびやかす武器も薬品も持っていない。その点は安心できるじゃないか。さて、薬を安全な場所にしまおう。たしか食器室に、銀食器を入れる箱があったと思ったが、違ったかな」

「そいつは名案ですよ。でも、箱のキーは、誰が持つんですか。判事さん、あんたですか」と。ブロアが言った。

判事は答えなかった。

彼は食器室に下りていった。ほかの四人も、あとに続いた。銀のナイフやフォーク、皿などを入れる小さな箱があった。判事の指図で薬が箱の中に納められ、カギがかけられた。次に、やはり判事の指示で箱が食器棚に入れられて、食器棚にも同じようにカギがかけられた。カギをかけ終わったところで、判事は箱のキーをフィリップ・ロンバードに渡し、食器棚のキーをブロアに渡した。

「きみたちは二人とも、がっちりした体格をしている。相手からキーを奪おうとしても、容易ではないだろう。われわれ三人には、とても無理だ。食器棚 - あるいは銀食器の箱を壊そうとしても、大きな音をたててしまうし、厄介な仕事だ。誰にも気づかれずに壊すことは、まず、不可能だろうね」

(青木 久惠訳)


(38)銅鑼(A dinner gong)


兵隊島に建つ邸宅の1階にある食堂内の隅に、
食事の準備が整ったことを知らせる銅鑼が置かれている
<筆者撮影>


食事の準備が整ったことを知らせる銅鑼については、アガサ・クリスティーの原作上、何回か言及されている。


<招待客の8人が兵隊島に到着した日の夕食前の場面>

夕食を知らせるドラが鳴り、フィリップ・ロンバードは部屋を出て、階段の降り口まで歩いた。彼はヒョウのように、しなやかに、足音をたてずに動く。頭のてっぺんからつま先まで、いかにもヒョウだ。餌食を追う猛獣 - 見てる分にはわくわくする。ロンバードは、フッと一人笑いを浮かべた。

一週間だって?

楽しい一週間に鳴りそうだ。

(青木 久惠訳)


<アンソニー・ジェイムズ・マーストンとエセル・ロジャーズの2人が殺された翌朝の場面>

朝食を知らせるドラが、九時に鳴った。全員がすでに起きて、ドラの音を待っていた。

マッカーサー将軍と判事は、外のテラスをぶらつきながら、とりとめのない政治談義をしていた。

ヴェラ・クレイソーンとフィリップ・ロンバードは、屋敷の裏手にある、島の最頂部にのぼった。丘の頂上にのぼり着くと、ウィリアム・ヘンリー・ブロアが本土をじっと見つめて、立っていた。

「モーターボートはまだ来ませんよ。さっきから見張っているんだけどね」と、ブロアは言った。

(青木 久惠訳)


<アンソニー・ジェイムズ・マーストンとエセル・ロジャーズの2人が殺された翌朝、エドワード・ジョージ・アームストロング、ウィリアム・ヘンリー・ブロアとフィリップ・ロンバードの3人が兵隊島を徹底的に捜索したものの、島には自分達8人以外に、人間は誰も居ないことを確認したに過ぎなかった後の場面>

彼(フィリップ・ロンバード)は続けて、ゆっくり言った。

「どうしてそう思うか。われわれは今まさにそのワナの中にいるからですよ - 絶対に間違いない! ロジャーズのかみさんが死に、アンソニー・マーストンも死んだ! ダイニングテーブルの上の兵隊の人形が、一つずつ消えた。ほら、オーエンの手がはっきり見えるじゃないですか - しかし、オーエンその人はいったいどこにいるんだ」

階段の下から、昼食を知らせるドラの音が厳かに響いてきた。

(青木 久惠訳)


2025年11月26日水曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その14A

英国の Harper Collins Publishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「ビッグ4」の
ペーパーバック版の表紙


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている「エルキュール・ポワロの世界(The World of Hercule Poirot)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているエルキュール・ポワロシリーズの登場人物や各作品に関連した112個の手掛かりについて、引き続き、紹介したい。

前回に引き続き、各作品に出てくる登場人物、建物や手掛かり等が、その対象となる。


ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の完成形
<筆者撮影>


(23)チェスボード(chessboard)



ジグソーパズルの左下の角にあるテーブルの上に、チェスボードが置かれている。


(24) 翡翠の人形(jade figurines)



ジグソーパズルの下段中央の右手にあるテーブルの上段の中央に、翡翠の人形3体が置かれている。


(25)迷路(labyrinth)



エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)が立ってる背後にある柱に、額に入った迷路の図が掛けられている。


(26) 骨付きの羊肉(frozen leg of lamb)



ジグソーパズルの上段中央のやや右手にあるフランス窓の外に、骨付きの羊肉が置かれている。


これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1927年に発表した「ビッグ4(The Big Four)」である。

「ビッグ4」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第7作目に、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第4作目に該っている。


本作品の場合、元々、1924年1月2日から同年3月19日にかけて、週刊誌の「ザ・スケッチ(The Sketch)」誌上に掲載された12の短編が一つに構成され、1927年に1冊の書籍として刊行された。


*「The Unexpected Guest」(The Sketch 1614 - 1924年1月2日)

*「The Adventure of the Dartmoor Bungalow」(The Sketch 1615 - 1924年1月9日)

*「The Lady on the Stairs」(The Sketch 1616 - 1924年1月16日)

*「The Radium Thieves」(The Sketch 1617 - 1924年1月23日)

*「In the House of the Enemy」(The Sketch 1618 - 1924年1月30日)

*「The Yellow Jasmine」(The Sketch 1619 - 1924年2月6日)

*「A Chess Problem」(The Sketch 1620 - 1924年2月13日)

*「The Baited Trap」(The Sketch 1621 - 1924年2月20日)

*「The Adventure of the Peroxide Blonde」(The Sketch 1622 - 1924年2月27日)

*「The Terrible Catastrophe」(The Sketch 1623 - 1924年3月5日)

*「The Dying Chinaman」(The Sketch 1624 - 1924年3月12日)

*「The Crag in the Dolomites」(The Sketch 1625 - 1924年3月19日)


長編第6作目に該る「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd → 2023年9月25日 / 10月2日付ブログで紹介済)」(1926年)のフェア・アンフェア論争により、アガサ・クリスティーの知名度は大きく高まり、ベストセラー作家の仲間入りを果たした。


英国の Harper Collins Publishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「アクロイド殺し」の
ペーパーバック版の表紙


一方で、同年、アガサ・クリスティーは、最愛の母親を亡くしたことに加えて、夫であるアーチボルド・クリスティー(Archibald Christie:1889年ー1962年)に、別に恋人が居ることが判明して、精神的に不安定な状態にあった。

当時、ロンドン近郊の田園都市であるサニングデール(Sunningdale)に住んでいたアガサ・クリスティーは、同年(1926年)12月3日、住み込みのメイドに対して、行き先を告げず、「外出する。」と伝えると、当時珍しかった自動車を自分で運転して、自宅を出たまま、行方不明となってしまう。

「アクロイド殺し」がベストセラー化したことにより、有名人となった彼女の失踪事件は、世間の興味を非常に掻き立てた。警察は、彼女の行方を探すとともに、彼女が事件に巻き込まれた可能性も視野に入れて、捜査を進め、夫のアーチボルドも疑われることになった。マスコミは格好のネタに飛び付き、シャーロック・ホームズシリーズの作者であるサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-193年)やピーター・デス・ブリードン・ウィムジイ卿(Lord Peter Death Bredon Wimsey)シリーズの作者であるドロシー・L・セイヤーズ(Dorothy Leigh Sayers:1893年ー1957年)等が、マスコミから求められて、コメントを出している。

11日後、彼女は、保養地(Harrogate)のホテル(The Swan Hydropathic Hotel)に別人(夫アーチボルドの愛人であるナンシー・ニール(Nancy Neele)と同じ姓のテレサ・ニール(Teresa Neele))の名義で宿泊していたことが判り、保護された。


上記の通り、1926年に、アガサ・クリスティーは、キャリア面において、ベストセラー作家の仲間入りを果たすとともに、プライベート面においても、失踪事件を起こして、世間からの脚光を浴びてしまうことになった。


その結果、「ビッグ4」が発表された1927年当時、アガサ・クリスティーは、ずーっと一語も書けない状況が続いていたが、一方で、この年に本を出す予定になっていた。

夫のアーチボルド・クリスティーの兄キャンベル・クリスティーが彼女のことを心配して提案された通り、アガサ・クリスティーは、1924年に「ザ・スケッチ」誌上に掲載した12の短編を一つにまとめて、「4だった男(The Man Who Was No. 4)」というタイトルで出版した。それが、現在の「ビッグ4」で、かなりの成功を収めた、とのこと。


2025年11月25日火曜日

エドガー・アラン・ポー作「赤死病の仮面」<小説版>(The Masque of the Red Death by Edgar Allan Poe )- その1

パリ・オペラ座であるガルニエ宮で仮面舞踏劇が行われた際、
「オペラ座の怪人」と呼ばれるエリック(Erik)が、髑髏の仮面に赤い衣装を纏い、
皆の前に姿を見せた場面 -

JET によるガストン・ルルー作「オペラ座の怪人」の
グラフィックノベル版から抜粋。


ゴシック小説「オペラ座の怪人(Le Fantome de l’Opera → 2025年10月18日 / 10月22日 / 11月20日付ブログで紹介済)」は、フランスの小説家 / 新聞記者であるガストン・ルイス・アルフレッド・ルルー(Gaston Louis Alfred Leroux:1868年ー1927年 → 2017年9月10日付ブログで紹介済)により、1909年9月23日から1910年1月8日まで日刊紙「ル・ゴロワ(Le Gaulois)」に連載された後、1910年3月にピエール・ラフィット社(Pierre Lafitte)から出版された。


補整を施した上で、
1995年に株式会社角川書店から出版された
JET によるガストン・ルルー作「オペラ座の怪人」の
グラフィックノベル版のカバー表紙


ガストン・ルルー作「オペラ座の怪人」のグラフィックノベル版(→ 2025年11月21日 / 11月22日付ブログで紹介済)は、日本の女性漫画家である JET(本名:門脇 佳代 / 年齢不詳 / 1985年にデビュー)により、「ハロウィン」の1990年9月号に発表されている。

なお、JET によるガストン・ルルー作「オペラ座の怪人」のグラフィックノベル版は、日本の出版社である株式会社t東京創元社から出ている創元推理文庫「オペラ座の怪人」(三輪 秀彦訳)をベースにしている。


ガストン・ルルー作「オペラ座の怪人」の後半、パリ・オペラ座であるガルニエ宮(Palais Garnier)において、仮面舞踏劇が行われた際、「オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera / Opera Ghost)」と呼ばれる謎の怪人は、髑髏の仮面に赤い衣装を纏い、皆の前に姿を見せた。

この「オペラ座の怪人」の姿は、エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe → 2022年12月31日付ブログで紹介済)作短編「赤死病の仮面The Masque of the Red Death)」を想起させる。


ジグソーパズル「シャーロック・ホームズの世界(The World of Sherlock Holmes)」において、
レストレイド警部(Inspector Lestrade)が乗る巡視艇の近くに架かっている橋の上に、
エドガー・アラン・ポーが立っている。
<筆者撮影>


エドガー・アラン・ポーは、米国の小説家/詩人で、かつ、雑誌編集者で、名探偵の C・オーギュスト・デュパン(C. Auguste Dupin → 2017年12月4日付ブログで紹介済)を生み出している。


Vintage Books から出版されている
エドガー・アラン・ポー作「モルグ街の殺人」の表紙 -
「マリー・ロジェの謎」と「盗まれた手紙」も含まれている。


デュパンが初登場した世界初の推理小説である「モルグ街の殺人(The Murders in the Rue Morgue)」は、ポー自身が編集主筆を務めていた「グラハムズ マガジン(Graham's Magazine)」の1841年4月号に掲載された。

「グラハムズ・マガジン」は、米国フィラデルフィア(Philadelphia)のジョージ・レックス・グラハム(George Rex Graham:1813年ー1894年)によって1841年に創刊され、ポーが初代の編集主筆を勤めたが、残念ながら、1858年に廃刊となった。


フランスで出版されている
エドガー・アラン・ポー作「モルグ街の殺人」のグラフィックノベル版の表紙 -
フランスでのタイトルは、
「Double assassinat dans la Rue Morgue(モルグ街の二重殺人)」


フランスで出版されている
エドガー・アラン・ポー作「モルグ街の殺人」のグラフィックノベル版の裏表紙 -
左側の人物が C・オーギュスト・デュパンで、
右側の人物が語り手である「私」。


デュパンが活躍するのは、他には、以下の短編小説の2編。

(1)「マリー・ロジェの謎(The Mystery of Marie Roget)」(1842年ー1843年)

(2)「盗まれた手紙(The Purloined Letter)」(1844年)

ポーが執筆して、これら3作品に登場させたデュパンは、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が半世紀後に生み出したシャーロック・ホームズの原型となったのである。ただし、「緋色の研究(A Study in Scarlet → 2016年7月30日付ブログで紹介済)」事件において、ホームズは、デュパンのことを酷評している。


カナダで出版されたエドガー・アラン・ポー作の詩「大鴉(The Raven)」
(Ryan Price のイラスト付き)


上記の3作品に加えて、エドガー・アラン・ポーは、ゴシック風の恐怖小説である「アッシャー家の崩壊(The Fall of the House of Usher)」(1839年)や「黒猫(The Black Cat)」(1843年)、暗号小説の草分けである「黄金虫(The Gold-Bug)」、そして、詩「大鴉(The Raven)」(1845年)等の作者として非常に有名である。


なお、「赤死病の仮面」は、「グラハムズ マガジン」の1842年5月号に、「The Mask of the Red Death: A Fantasy」と言うタイトルで発表された。

その後、「ブロードウェイ ジャーナル(Broadway Journal)」の1845年7月号に、改訂版が掲載され、タイトルが「The Masque of the Red Death」へ変更されている。