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| 英国の著名な批評家 / 歴史家である父サー・レスリー・スティーヴンが 1904年2月22日に亡くなった後、 ハイドパークゲイト通り22番地の家を売却して、 ヴァージニア・ウルフ達が引っ越したゴードンスクエア46番地の建物全景 <筆者撮影> |
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| ナショナルポートレイトギャラリー (National Portrait Gallery)で販売されている ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書 (by George Charles Beresford / 1902年7月 / platinum print / 152 mm x 108 mm) |
ヴァージニア・ウルフは、文学に造詣が深く、豊かな人脈を知己に持つ両親の下で育った。更に、スティーヴン家の書斎には、膨大な蔵書があり、彼女は、姉のヴァネッサ(Vanessa Bell:1879年ー1961年 → 後に英国の画家 / インテリアデザイナーとなる)と一緒に、古典や英国文学を書物から学んだ。
一方、長男のトビー(Thoby:1880年ー1906年)と次男のエイドリアン(Adrian:1883年ー1948年)は、正規の教育を受けて、ケンブリッジ大学(University of Cambridge)へ進学しており、ヴァージニア・ウルフは、当時の男女不平等な慣習に対して、非常に悔しい思いを抱いていた。
ヴァージニア・ウルフが13歳になった1895年に、母親のジュリアが48歳で急死し、ヴァージニア・ウルフが15歳になった1897年に、異父姉ステラ(Stella:1869年ー1897年)が亡くなったことに伴い、彼女は神経衰弱を発病した。
更に、不幸は続き、父親のレスリーが1904年2月22日に72歳でなくなり、ヴァージニア・ウルフは、2度目の神経衰弱に陥った。
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| ヴァージニア・ウルフが生まれた ハイドパークゲイト通り22番地の建物全景 <筆者撮影> |
姉のヴァネッサ、長男のトビーと次男のエイドリアンは、ハイドパークゲイト通り22番地の家を売却して、ゴードンスクエア46番地(46 Gordon Square)に家を購入した。
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ブルームズベリー地区近辺の地図を抜粋。 |
ゴードンスクエア46番地は、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内に所在している。位置的には、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン(University College London → 2015年8月16日付ブログで紹介済)の東側で、ロンドン大学(University of London → 2016年8月6日付ブログで紹介済)の北側に該り、タヴィトンストリート(Taviton Street)とゴードンストリート(Gordon Street)に東西を挟まれている。
| ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドンの入口から見た 主要校舎ウィルキンスビル(Wilkins Building) <筆者撮影> |
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| ロンドン大学の本部が置かれている セナトハウス(Senate House → 2017年1月15日付ブログで紹介済) <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフの両親は共に再婚で、スティーヴン一家には、3つの婚姻による8人の子供が居た。
<サー・レスリー・スティーヴンと前妻ハリエット・マリアン・サッカレー(Harriet Marian Thackeray:1840年ー1875年)の子供>
(1)ローラ・メイクピース・スティーヴン(Laura Makepeace Stephen:1870年ー1945年)
<ジュリア・プリンセップ・ジャクスンと前夫ハーバート・ダックワース(Herbert Duckworth:?ー1870年)の子供>
(2)ジョージ(George:1868年ー1934年)
(3)ステラ(Stella:1869年ー1897年)
(4)ジェラルド(Gerald:1870年-1937年)
<サー・レスリー・スティーヴンとジュリア・プリンセップ・ジャクスンの子供>
(5)ヴァネッサ(1879年ー1961年)
(6)トビー(1880年ー1906年)
(7)ヴァージニア(1882年ー1941年)
(8)エイドリアン(1883年ー1948年)
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| ゴードンスクエア46番地の建物前から南側を見たところ - 画面奥の建物の更に向こう側に、ロンドン大学がある。 <筆者撮影> |



































