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| グローヴナースクエアから北へ延びる ノースオードリーストリート(North Audley Street)の対岸から見た グローヴナースクエア22番地の建物全景 <筆者撮影> |
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| ナショナルポートレイトギャラリー(National Portrait Gallery)に所蔵 / 展示されている ジョージ・ロムニー作の自画像(Self-portrait)(1784年) <筆者撮影> |
そのジョージ・ロムニーに多大な芸術的霊感を与えてくれる女神(muse)とも言える存在となったエマ・ハート(Emma Hart:1765年ー1815年)は、英国の絵画モデル / 舞踏家 / 女優である。
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| ナショナルポートレイトギャラリーに所蔵 / 展示されている ジョージ・ロムニー作のエマ・ハートの肖像画(1785年頃) <筆者撮影> |
英国の外交官で、ナポリ公使として駐在していたサー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトン(Sir William Douglas Hamilton:1730年ー1803年)の愛人を経て、1791年9月6日の結婚後、彼の正式な妻、即ち、ナポリ公使夫人となったレディー・エマ・ハミルトンは、1793年9月の初対面の5年後の1798年9月に再会した後に英国海軍提督となる初代ネルソン子爵ホレーショ・ネルソン(Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson:1758年ー1805年)と恋愛関係になる。
前述の通り、エマ・ハミルトンは、1791年にサー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトンと結婚して、ナポリ公使夫人と言う立場にあり、また、ホレーショ・ネルソンも、1787年にフランシス・ハーバート・ウールワード(Frances Herbert Woolward:1758年ー1831年)と結婚していたため、2人とも不倫だった訳である。
2人の不倫関係は、何故か、周囲から寛大に見られており、エマ・ハミルトンの夫であるサー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトンも、そうであった。サー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトンとしては、ホレーショ・ネルソンを英国にとって必要不可欠な人物であると見做して、エマ・ハミルトンとホレーショ・ネルソンの不倫関係を黙認する一方、ホレーショ・ネルソンとの友情関係も維持していた、とのこと。
ただ、エマ・ハミルトンとホレーショ・ネルソンの不倫関係は、ナポリから本国である英国へと伝わり、新聞報道を経て、公となってしまった。
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| ナショナルポートレイトギャラリーに所蔵 / 展示されている Sir William Beechey 作のホレーショ・ネルソンの肖像画(1800年) <筆者撮影> |
ホレーショ・ネルソンの英国への召喚と時を同じくして、サー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトンもナポリ公使の任を解かれた。
エマ・ハミルトンは、少なくとも、1800年4月の時点で、ホレーショ・ネルソンの子を懐妊していたと推測される。
エマ・ハミルトンは、母メアリー・キッド(Mary Kidd)、夫サー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトンや愛人ホレーショ・ネルソンと一緒に、中央ヨーロッパ経由で、1800年11月6日に英国へ帰国。
妊娠しているエマ・ハミルトンを見たホレーショ・ネルソンの妻フランシス・ハーバート・ウールワードは、不快な表情を見せたため、これがまた新聞の恰好なネタとなり、エマ・ハミルトンとホレーショ・ネルソンの不倫関係は、再度世間を騒がせた。サー・ウィリアム・ダグラス・ハミルトンとは異なり、フランシス・ハーバート・ウールワードは、エマ・ハミルトンとホレーショ・ネルソンの不倫関係を最後まで認めなかった。
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| グローヴナースクエアから北へ延びる ノースオードリーストリート(North Audley Street)の対岸から見た グローヴナースクエア22番地の建物外壁 <筆者撮影> |
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から メイフェア地区の地図を抜粋。 |
ウィリアム・トマス・ベックフォードの邸宅があったロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級住宅街メイフェア地区(Mayfair)内に所在している。
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| グローヴナースクエアから西へ延びる アッパーブルックストリートの対岸から見た グローヴナースクエア22番地の建物全景 <筆者撮影> |
グローヴナースクエア22番地は、グローヴナースクエア(Grosvenor Square → 2015年2月22日付ブログで紹介済)の北西の角に位置している。
同建物には、現在、「The Twenty Two Restaurant」と言うモダンヨーロッパ料理店が入居、営業中。
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| 米国大使館からホテルへと改装された 「The Chancery Rosewood」の外観(その1)- 画面右下に建っているのは、 共和党出身の第34代米国大統領ドワイト・ディヴィッド・アイゼンハワー (Dwight David Eisenhower:1890年ー1969年)のブロンズ像。 <筆者撮影> |
一方、2009年10月に、イングランド内にある城や邸宅等の保存を目的とするイングリッシュヘリテージ(English Heritage)の推奨を受けて、米国大使館が入居していた建物は「グレードⅡ(Grade Ⅱ)」の認定を受けたことに伴い、法令上、建物の所有者は建物の外観を変更することが許されなくなった。現在の建物を建て替える場合、外観についてはそのまま残して、建物の内部のみが建替え可能となった。建物の正面屋上に鷲の像が設置されているが、建替えの際には、これも撤去できなくなった。
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| 米国大使館からホテルへと改装された 「The Chancery Rosewood」の外観(その2) <筆者撮影> |
2009年11月に、米国大使館が入居していた建物は、カタール系投資グループに売却され、米国大使館の移転後、建物の外観をそのまま残して、内部をホテルに改装。近年、「The Chancery Rosewood」と言う5つ星ホテルが正式にオープンした。
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| 再オープン前のグローヴナースクエアの内部(その1) <筆者撮影> |
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| 再オープン前のグローヴナースクエアの内部(その2) <筆者撮影> |















































