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ケンサルグリーン墓地内にある 英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネルの墓(その1) <筆者撮影> |
ケンサルグリーン墓地(Kensal Green Cemetery → 2023年12月15日付ブログで紹介済)の場合、その大部分がロンドンの特別区の一つであるケンジント&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)のノースケンジントン地区(North Kensington)の北端ケンサルグリーン(Kensal Green)内にあり、西側の一部がロンドンの特別区の一つであるハマースミス&フラム区(London Borough of Hammersmith and Fulham)内にある。
ケンサルグリーン墓地は、北側のハーロウロード(Harrow Road)と南側のグランドユニオンカナル(Grand Union Canal)と言う運河に挟まれたエリア内にある広大な共同墓地(約29ヘクタール)である。
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「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ケンサルグリーン墓地周辺の地図を抜粋。- 英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネルの墓は、 画面右下の四角マークの辺りにある。
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ケンサルグリーン墓地は、英国の弁護士、雑誌編集者で、実業家でもあったジョージ・フレデリック・カーデン(George Frederick Carden:1798年ー1874年)が出資者となり、1833年にオープンした。
ケンサルグリーン墓地は、ハイゲイト墓地(Highgate Cemetery:1839年にオープン → 2018年11月4日 / 11月11日付ブログで紹介済)やブロンプトン墓地(Brompton Cemetery :1840年にオープン → 2015年9月6日付ブログで紹介済)と同じように、ロンドンの「7大墓地(Magnificent Seven)」の一つであるが、7大墓地の中で、一番最初に出来た共同墓地である。
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初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓を センターアヴェニューから見たところ <筆者撮影>
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ケンサルグリーン墓地内に埋葬されている故人の中で、最も地位が高い人物は、ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)と王妃であるソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ(Sophia Charlotte of Mecklenburg- Strelitz:1744年ー1818年)の第6王子で、ケンジントン宮殿(Kensington Palace)において逝去した初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子(Prince Augustus Frederick, 1st Duke of Sussex:1773年ー1843年 → 2026年8月31日付ブログで紹介済)であるが、最も有名な人物は、英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネル(Isambard Kingdom Brunel:1806年ー1859年)である。
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テムズ河北岸のヴィクトリアエンバンクメント通り (Victoria Embankment → 2018年12月9日付ブログで紹介済)沿いに設置されている 英国の技師であるイザムバード・キングダム・ブルネルのブロンズ像 (Sculptor : Baron Carlo Marochetti + Pedestal & Surround : Norman Shaw / Bronze / 1877) <筆者撮影> |
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イザムバード・キングダム・ブルネルは、 パディントン駅を初めとするグレイトウェスタン鉄道の施設や車輌等を設計したことで有名である。 <筆者撮影> |
イザムバード・キングダム・ブルネルは、1806年4月9日、フランス生まれの技術者であるサー・マーク・イザムバード・ブルネル(Marc Isambard Brunel:1769年ー1849年)の長男として、英国のハンプシャー州(Hampshire)ポーツマス(Portsmouth → 2016年9月17日付ブログで紹介済)に出生。彼は第3子で、上に姉が2人居た。
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ブルネル博物館内に展示されている サー・マーク・イザムバード・ブルネルの肖像画 <筆者撮影> |
フランスで教育を受けたイザムバード・キングダム・ブルネルは、1823年、父サー・マーク・イザムバード・ブルネルが計画したテムズ河(River Thames)を横断する河底トンネルである「テムズトンネル(Thames Tunnell)」の建設プロジェクトに参加して、1827年1月に、僅か20歳の若さで建設プロジェクトの Resident Engineer に任命された。
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サー・マーク・イザムバード・ブルネル自身が描いた 「テムズトンネル(The Thames Tunnel)」(1835年) <筆者撮影>
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当時、トンネルを建設する場合、「開削工法(地面から溝のような穴を掘り、その底にトンネルを建設した後に、埋め戻す工法)」が採られていた。
「テムズトンネル」の建設プロジェクトの場合、イザムバード・キングダム・ブルネルは、「シールド工法」を考案した。
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ブルネル博物館内の壁に描かれている 「ブルネルエンジンハウス」と「立杭(シャフト)」の構造図 <筆者撮影> |
「シールド工法」とは、「シールド」と呼ばれる筒で切羽(トンネル掘削の最前線)を支え、掘り進めながら、後方でトンネルの壁を構築していく工法で、イメージとしては、モグラのように地下を掘り進めつつ、その後方にトンネルの壁を造っていく方法と言える。
「シールド工法」の場合、地面から「立杭(シャフト)」と呼ばれる垂直の穴を掘り、そこから横方向へ掘り進めるため、「開削工法」に比べると、地表に与える影響が少ないと言う特徴があり、現在、都市部を通る鉄道、道路、上下水道や地下河川等のトンネルを建設する際、「シールドマシン」と呼ばれる機械を使用した「シールド工法」がよく使用されている。
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テムズ河の河底に建設中の「テムズトンネル」の模型(その1) <筆者撮影> |
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テムズ河の河底に建設中の「テムズトンネル」の模型(その2) <筆者撮影> |
しかしながら、当時、「シールドマシン」のような機械はなかったため、「テムズトンネル」の建設は、全て、人力で行われた。
「テムズトンネル」の建設作業を進める中、トンネル内にテムズ河の水が流入して、イザムバード・キングダム・ブルネルは命の危機に瀕する経験をし、負傷の上、「テムズトンネル」の建設プロジェクトから離れた。
イザムバード・キングダム・ブルネルが「テムズトンネル」の建設プロジェクトから離れた後、父サー・マーク・イザムバード・ブルネルが、世界で初めて「シールド工法」を使用して建設されたトンネルとして、「テムズトンネル」を完成し、1843年3月にオープンを迎えた。これにより、テムズ河の北岸にあるワッピング地区(Wapping)と南岸にあるロザーハイズ地区(Rotherhithe → 2025年8月31日 / 9月6日付ブログで紹介済)が接続されたのである。
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「Rotherhithe - History, art and the Mayflower」の冊子から抜粋した ロザーハイズ地区とその周辺地図
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オープン当初は、人や馬車が通る歩道として使用されたが、今は地下鉄の一部として使われており、電車がテムズ河の河底を通っている。
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レイルウェイアヴェニュー(Railway Avenue)から見た 「ブルネル博物館」の一部を成す「ブルネルエンジンハウス」 <筆者撮影>
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「ブルネルエンジンハウス」に掛けられているプラーク <筆者撮影> |
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ロザーハイズ駅(Rotherhithe Station)からブルネル博物館へと至る レイルウェイアヴェニューに掛けられたブルネル博物館の案内垂れ幕 <筆者撮影> |
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世界最初の海底トンネルに該る「テムズ河トンネル」を完成させた イザムバード・キングダム・ブルネルを称えるブループラークが、 ブルネル博物館の壁に掛けられている。 <筆者撮影> |
サー・マーク・イザムバード・ブルネルがトンネルから水を吸い出すための蒸気駆動ポンプを設計の上、設置した「ブルネルエンジンハウス(Brunel Engine House)」は、現在、「ブルネル博物館(Brunel Museum → 2025年9月25日 / 10月16日 / 11月14日付ブログで紹介済)」としてオープンしている。
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パディントン駅コンコース上のガラス屋根 <筆者撮影> |
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パディントン駅コンコース上に設置されている イザムバード・キングダム・ブルネルのブロンズ像 (Sculptor : John Doubleday /Bronze / 1982) <筆者撮影> |
「テムズトンネル」の建設プロジェクトから離れた後、イザムバード・キングダム・ブルネルは、パディントン駅(Paddington Station → 2014年8月3日付ブログで紹介済)を初めとして、ロンドンとブリストル(Bristol)を結ぶグレイトウェスタン鉄道(Great Western Railway)の橋梁、トンネル、駅舎や車輌等を設計 / 監督。
また、大西洋横断のために、1837年に当時世界最大の蒸気船「グレイトウェスタン(Great Western)」、1843年、に鋼製の船体の蒸気船「グレイトブリテン(Great Britain)」、更に1852年に2万トンを超える巨大な「グレイトイースタン(Great Eastern)」を建造している。
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ケンサルグリーン墓地内にある 英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネルの墓(その2) <筆者撮影> |
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ケンサルグリーン墓地内にある 英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネルの墓(その3) <筆者撮影> |
ケンサルグリーン墓地には、2つの出入口があり、東側は、ハーロウロードとラドブロークグローヴ通り(Ladbroke Grove)が交差する辺りにあり、こちらがメインゲイト(Main (East) Gate)となっている。
一方、西側は、ケンサルグリーン駅(Kensal Green Station)を出て、ハーロウロード沿いに少し西へ進んだところにあるアルマプレイス(Alma Place)から、墓地内へ入ることができ、こちらがウェストゲイト(West Gate)となっている。
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ケンサルグリーン墓地内にある 英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネルの墓(その4) <筆者撮影> |
イザムバード・キングダム・ブルネルの墓は、メインゲイト側からケンサルグリーン墓地へと入り、真っ直ぐに南下して、センターアヴェニュー(Centre Avenue)に至ったところで右折。ケンサルグリーン墓地の中央に建つ英国国教徒用の礼拝堂(Anglican Chapel)へと向かって、センターアヴェニューを西進。
センターアヴェニューがノースブランチアヴェニュー(North Branch Avenue)、センターアヴェニューとサウスブランチアヴェニュー(South Branch Avenue)の3本に枝分かれする手前で、小道へと左折。
センターアヴェニューとサウスアヴェニュー(South Avenue)の中間辺りの進行方向左手に、イザムバード・キングダム・ブルネルの墓は所在している。
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ケンサルグリーン墓地内にある 英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネルの墓(その5) <筆者撮影> |
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ケンサルグリーン墓地内にある 英国の技師イザムバード・キングダム・ブルネルの墓(その6) <筆者撮影> |
イザムバード・キングダム・ブルネルの墓には、本人以外に、彼の両親、彼の妻と子供達も眠っている。
最近では、彼の孫娘が2009年に埋葬されている。
