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| ナショナルギャラリー内に所蔵 / 展示されている ヨハネス・フェルメール作「ヴァージナルの前に立つ女」 (1671年ー1674年)<その1> 51.8 cm x 45.2 cm / Oil on canvas <筆者撮影> |
今回は、「ヴァージナルの前に立つ女」(A Lady Standing at the Virginal)について、紹介したい。
「ヴァージナルの前に立つ女」も、「ギターを弾く女の晩年」と同じく、ヨハネス・フェルメール晩年(1671年ー1674年)の作品である。
多くのヨハネス・フェルメール作品のように、室内に女性が一人で立っていて、左手の窓から光が射していると言う彼独特の構図ではあるが、他の作品と異なるのは、
(1)左手の窓から射している光に対して、女性が背を向けていること
(2)左手の窓から射している光が強いため、画面全体が明るいこと
が挙げられる。
ヴァージナル(virginal)と言うのは、チェンバロに似た楽器で、当時のオランダの家庭にはよく置かれていたものと思われる。
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| ナショナルギャラリー内に所蔵 / 展示されている ヨハネス・フェルメール作「ヴァージナルの前に立つ女」(左側の絵画)と 「ヴァージナルの前に座る女」(右側の絵画) <筆者撮影> |
女性の後ろの壁に掛けられている画中画に描かれている「キューピッド」は、左手に何も記されていないカードを掲げている。
この絵は、「愛のエンブレム集」(絵画に描かれている図像がどのような意味を有しているのかを解説した寓意図像解説書)に出てくる「1」と言う数字が描かれたカードを掲げているキューピッドを下敷きに、ヨハネス・フェルメールは描いたものと考えられている。
識者によると、「愛は一人に捧げてこそ」と言う意味で、「ヴァージナルの前に立つ女」の場合、キューピッドが掲げているカードに数字が入っていないのは、「1が描かれていると、寓意があまりにも明確で、作品の外観を損なうから。」と推測されている。
また、壁に掛かっている風景画とヴァージナルの蓋に描かれている風景画に関して、元ワシントンナショナルギャラリー学芸員のアーサー・K・ウィーロック・ジュニア(Arthur K. Wheelock Jr.:1943年ー)は、両方とも自然の美しさで女性の純潔を表現したものと考えている。
一方、元メトロポリタン美術館学芸員のウォルター・リトケ(Walter Liedtke:1945年ー2015年)は、岐路に立つヘラクレスと言う有名な主題(岩山:美徳 / なだらかな道:悪徳)を引き合いに出して、岩山の風景画(ヴァージナルの蓋)と牧歌的な風景画(壁)は、女性が美徳と快楽のどちらを選択するのかを突き付けられている比喩だと解釈している。
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| ナショナルギャラリー内に所蔵 / 展示されている ヨハネス・フェルメール作「ヴァージナルの前に立つ女」 (1671年ー1674年)<その2> 51.8 cm x 45.2 cm / Oil on canvas <筆者撮影> |
「ヴァージナルの前に立つ女」は、次回に紹介する「ヴァージナルの前に座る女(A Lady Seated at the Virginal)」と一緒に、当初、アントウェルペンのデュアルトの元にあったようで、流転の末にフランス人のテオフィル・トレ=ビュルガー(Théophile Thoré-Bürger:1807年ー1869年)によって所有された。
彼は、美術ジャーナリストである「テオフィル・トレ」と美術史家である「ウィリアム・ビュルガー」と言う2つの顔を持ち、画商を生業としており、ヨハネス・フェルメール作品を再発見した人物として知られている。
彼の死後、画商を通じて、ナショナルギャラリーが1892年に同作品を購入して、現在に至っている。












































