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| メイダヴェール地区の東端を南北に延びるメイダヴェール通り - 画面左奥に見えるのが、アバコーンプレイス通り(Abercorn Place)で、 セントジョンズウッド地区へと入る。 <筆者撮影> |
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| 東京創元社が発行する創元推理文庫「爬虫類館の殺人」の表紙 カバーイラスト:ヤマモト マサアキ カバーデザイン:折原 若緒 カバーフォーマット:本山 木犀 |
ケンジントンガーデンズ(Kensington Gardens → 2026年1月31日付ブログで紹介済)内にあるロイヤルアルバート動物園(Royal Albert Zoological Gardens)は、世界の蛇、蜥蜴や毒蜘蛛等を集めた爬虫類館で人気を集めていた。ところが、ドイツ軍の爆撃による空襲の脅威下、国家安全保証省(Department of Home Secuirty)からの要請により、閉園の危機を迎える。
園長のエドワード・ベントン(Edward Benton)は、なんとかして、ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を乗り越えようといろいろと手を尽くしたものの、閉園の撤回は非常に難しい状況だった。
ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を迎えて、気落ちする父エドワード・ベントンを元気づけるため、娘のルイーズ・ベントンは、曾祖父の代から対立している2つの奇術師一家の若き後継者であるケアリー・クイント(Carey Quint - 奇術師の青年)とマッジ・パリサー(Madge Palliser - 奇術師の女性)の2人に手品を披露してもらうべく、1940年9月6日(金)の夕食会に招待した。また、陸軍省の御意見番で、手品を得意とするヘンリー・メリヴェール卿も、同じく招待されたのである。
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| メイダヴェール通りの南側から北方面を見たところ <筆者撮影> |
空襲警報が鳴り響く中、ケアリー・クイント、マッジ・パリサーとヘンリー・メリヴェール卿の3人は、午後8時半頃、ロイヤルアルバート動物園内にある園長の家に到着。
玄関のドアには、鍵がかかっておらず、廊下の突き当たりにある園長エドワード・ベントンの書斎のドアには、「入室無用」の札が掛かっていた。また、ドアは閉じたままで、その下から光は漏れていなかった。
廊下の突き当たりにある園長の書斎を除くと、右の部屋も左の部屋も、ドアが開けっ放しで、夕食会の用意が為されていたものの、誰もいなかった。
ヘンリー・メリヴェール卿とマッジ・パリサーが、夕食を焦がしている臭いを嗅ぎつけると、3人は食堂へと急いだ。食堂内の閉じたオーブンの中では、ロースト料理が焦げていた。誰かが、全部のガスを全開にしていたのである。
慌ててオーブンのスイッチを切る3人であったが、何故か、食堂から廊下へ通じるドアに、鍵がかかっていた。3人以外に、園長の家内に居る誰かに、彼らは食堂内に閉じ込められてしまったのだ。
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| メイダヴェール通りの南側からアバコーンプレイス通りを見たところ <筆者撮影> |
ケアリー・クイントが奇術用の小道具を使い、ドアの鍵を解錠して、廊下へ出ると、丁度、飼育員のマイク・パーソンズとセントバーソロミュー病院(St. Bartholomew's Hospital → 2014年6月14日付ブログで紹介済)の医師で、ルイーズ・ベントンの恋人のジャック・リヴァーズが玄関のドアから入って来た。
ジャック・リヴァーズによると、午後7時に、園長のエドワード・ベントン本人から、「夕食会は中止になった」旨の電話連絡があった、とのこと。園長の声の様子に不自然さを感じたジャック・リヴァーズは、病院から駆け付けたのであった。
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| メイダヴェール通りの横断歩道の中間点から北方面を見たところ <筆者撮影> |
ヘンリー・メリヴェール卿を含めた5人は、廊下の突き当たりにある園長の書斎のドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。また、中から鍵穴に何かが貼り付けてあるようだった。
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| メイダヴェール通りの北側からエルギンアベニュー(Elgin Avenue)を見たところ - エルギンアベニューは、メイダヴェール地区内を横断して、 西側のメイダヒル地区まで延びている。 <筆者撮影> |
廊下に面したドアは、全て、同じ鍵を使っていることを知っているジャック・リヴァーズは、食堂のドアから鍵を抜くと、ヘンリー・メリヴェール卿に手渡した。
ヘンリー・メリヴェール卿が書斎の鍵を解錠して、ドアを開けると、園長のエドワード・ベントンが、一匹の蛇と一緒に、ガス中毒により死亡しているのを発見する。
書斎のドアと窓の全てが内側から厳重に目張りされた「密室(sealed room)」状態で、状況的には、ロイヤルアルバート動物園の閉園を苦にしての自殺としか思えなかった。
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| メイダヴェール通りの南側からエルギンアベニューを見たところ <筆者撮影> |
ホーレス・ベントン(Horace Benton / エドワード・ベントンの弟)が、理髪店でさっぱりした様子で、極上の葉巻を吸いながら、正面の芝生を歩いてきた。ずんぐりとした体は、今は上品な黒衣に包まれ、玄関ドアから朝日を遮っている。彼は陽気にあいさつしようとしたが、死者が出たことを思い出したらしく咳払いして、よりふさわしいおごそかな面持ちと、静かな足取りで近づいてきた。
「伝言があります」彼は告げた。「ふたりとも、爬虫類館へ来てほしいとのことです」
「爬虫類館?」マッジが繰り返した。「どうして爬虫類館へ?」
ホーレスは首を振った。
「それはいえないのです。だが、メリヴェールがいます。ジャック・リヴァーズも。それに」彼は口ごもった。「警察官も」
「ゆうべ来た、所轄の警部ですか?今朝、、全員にここへ来るようにいった?」
「それも取りやめになったのですよ」ホーレスは自分でも自信なげな、弱々しい笑みを浮かべていった。「来ているのは所轄の警部ではありません。新しい人です。首席警部ですよ。ロンドン警視庁の」
ケアリは口笛を吹いた。
「その人の名前は」彼は尋ねた。「マスターズ主席警部では?」
「そのような感じでしたな」ホーレスは認めた。
彼はかぐわしい葉巻の煙を吸い込んだが、前より楽しんではいなそうだった。首は興奮した七面鳥のように赤く、しわが寄っている。一瞬、苛立った巡回セールスマンのようだとケアリは思った。やがて、彼は大きな笑い声をあげ、ふたりを驚かせた。
「主席警部は」彼は続けた。「大胆にも、このわたしにあれこれ質問しましたよ。いつカナダから帰ったのか? 二か月前です。なぜ? 戦時の仕事のためです。カナダでの事業は成功していたのか? いいえ。人をすぐ信じてしまうものですから。ゆうべ八時半から九時の間に、何をしていた?」
またしてもホーレスは大笑いした。
「わたしは喜んで答えましたよ。ゆうべの八時半から九時の間は、メイダ・ヴェールの自分のフラット、ハンマースレイ・マンションにいました。数人がそれを証明してくれます。そんなところです。ではさようなら。幸運を祈ります、という具合にね」
煙が目に入り、まばたきしながら、ホーレスは快活に手を振って退散した様子を伝えた。それから前へ出て、ざっくばらんな兄のように、マッジの腕に軽く触れた。
「とにかく」彼はいった。「ふたりとも爬虫類館に来て、メリヴェールに会ってください。ルイーズは霊安室へ行っているので、わたしがここで目を光らせておくことにします」
(白須 清美訳)
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| メイダヴェール通り(画面右斜め奥から画面左手前に延びる通り)と エルギンアベニュー(画面右側へ延びる通り)の交差点から南方面を見たところ(その1) <筆者撮影> |
ロイヤルアルバート動物園内にある家において、「密室」状態で亡くなったエドワード・ベントン園長の弟であるホーレス・ベントンが住んでいるメイダヴェール地区(Maida Vale)は、ロンドンの中心部であるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)内に所在する地区の一つである。
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| メイダヴェール通り(画面右奥へ延びる通り)と アバコーンプレイス通り(画面手前を左右に延びる通り)の交差点から南方面を見たところ <筆者撮影> |
メイダヴェール地区は、
東側: メイダヴェール通り(Maida Vale)
南側: リージェンツ運河(Regent’s Canal)
西側: シルランドロード(Shirland Road)
北側: キルバーンパークロード(Kilburn Park Road)
に囲まれたあまりに広くない地区である。
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| メイダヴェール通りとエルギンアベニューの交差点から南方面を見たところ(その2) <筆者撮影> |
また、メイダヴェール地区は、
東側: セントジョンズウッド地区(St. John’s Wood → 2014年8月17日付ブログで紹介済)/ リッソングローヴ地区(Lisson Grove)
南側: パディントン地区(Paddington → 2015年1月4日付ブログで紹介済)
西側: メイダヒル地区(Maida Hill)
北側: サウスハムステッド地区(South Hampstead)
と隣り合っている。
なお、メイダヴェール地区と隣り合う東側、南側と西側は、シティー・オブ・ウェストミンスター区に属しているが、北側は、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)に属している。

























