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| クロムウェルロードの北側に建つ自然史博物館を囲む柵のアップ <筆者撮影> |
アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1931年に発表した「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)」は、彼女が執筆した長編としては、第11作目に該り、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である。
海軍のジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐(Captain Joseph Arthur Trevelyan)は、10年前に退役した後、デヴォン州(Devon)ダートムーア(Dartmoor)の周辺部に所在するシタフォード(Sittaford)と言う小さな村に退き、シタフォード荘(Sittaford House)と言う屋敷を建てて、そこに住んでいたが、ある年の10月の終わり頃、不動産エージェント経由、冬の間、シタフォード荘を借りたいと言う依頼があり、先方が提示した家賃の額も非常に良かったため、彼はシタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン(Exhampton)と言う村に所在するヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を借りて、転居した。
そして、南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)の2人がシタフォード荘に入居して、約2ヶ月が経過する。
12月のある金曜日の午後(午後3時半)、ウィレット母娘の2人は、シタフォード荘の周りに住む
*1号コテージ:ジョン・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby - ジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐の友人)
*3号コテージ:ライクロフト氏(Mr. Rycroft - 心霊研究会(Psychical Research Society)会員)
*4号コテージ:ロナルド・ガーフィールド(Ronald Garfield - キャロライン・パーシハウス(Miss Caroline Percehouse - 未婚の婦人)の甥 / 愛称:ロニー(Ronnie))
*6号コテージ:デューク氏(Mr. Duke - 最近、シタフォード村に越して来た人物)
の4人をシタフォード荘のお茶会に招待する。4日間にわたって、雪が英国中で降り続き、シタフォード村でも、数フィートの雪が積もっていた。
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| クロムウェルロードの北側(その1)- 自然史博物館の建物をを見上げたところ <筆者撮影> |
お茶会の後、ロナルド・ガーフィールドが、他の5人に対して、テーブルターニング(table-turning / 降霊術会)を提案する。
テーブルターニングの最中、驚くことに、霊が「トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げた。霊のお告げを見たジョン・バーナビー少佐は、長年の友人であるジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を気遣う。
残念なことに、シタフォード荘には、電話がなく、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に連絡をとることができない。また、今日までの降雪のため、道路は車が通れない状況だった。更に、これから大雪になると言う予報がが出ていた。
ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を心配するジョン・バーナビー少佐は、シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村まで歩いて行くことを宣言すると、シタフォード荘を出て行った。
そして、2時間半後(午後8時前)、吹雪の中、ジョン・バーナビー少佐は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に到着。
ジョン・バーナビー少佐はヘイゼルムーア荘のベルを鳴らしたが、不思議なことに、屋内からは誰の応答もなかった。
不測の事態に困ったジョン・バーナビー少佐は、ヘイゼルムーア荘の近くにある派出所のグレイヴス巡査(Constable Graves)と派出所の直ぐ隣に住んでいるウォーレン医師(Dr. Warren)を呼んで、ヘイゼルムーア荘へと戻る。
そして、3人がヘイゼルムーア荘の書斎の窓から家の中に入ったところ、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が床の上に横たわっているのを発見する。残念ながら、彼は既に死亡していた。
ウォーレン医師がジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の死体を調べた結果、頭蓋骨の骨折が死因であり、凶器は死体の傍らに落ちていた砂が入った緑色の袋だった。
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| クロムウェルロードの南側(その1)- 画面奥に見えるのは、フランス人学校の建物。 <筆者撮影> |
ジョン・バーナビー少佐が懸念していた通り、シタフォード荘で催されたテーブルターニングの最中、霊が告げた内容が本当のことになったのである。
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| クロムウェルロードの南側(その2) <筆者撮影> |
エクスハンプトン村から汽車で30分の場所にあるエクセター(Exeter)のナラコット警部(Inspector Narracott)が、捜査を担当する。
ウォルターズ&カークウッド(Walters & Kirkwood)弁護士事務所の弁護士フレデリック・カークウッド(Frederick Kirkwood)によると、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の遺言に基づき、大佐の財産は、
(1)ジェニファー・ガードナー(Jennifer Gardner)- 大佐の妹 / エクセターのローレル荘(The Laurels)に在住 / 夫のロバート・ガードナー(Robert Gardner)は、戦争の後遺症のため、寝たきりの状態。
大佐のもう一人の妹であるメアリー・ピアスン(Mary Pearson)は既に死去していた関係上、
(2)ジェイムズ・ピアスン(James Pearson:28歳)- メアリーの長男(大佐の甥)/ ロンドンの保険会社に勤務
(3)シルヴィア・デリング(Sylvia Dering:25歳)- メアリーの長女(大佐の姪)/ ウィンブルドン(Wimbledon)のヌック荘(The Nook)に在住 / 夫のウィリアム・マーティン・デリング(William Martin Dering)は小説家
(4)ブライアン・ピアスン(Brian Pearson)- メアリーの次男(大佐の甥)/ オーストラリア(Australia)のニューサウスウェールズ(New South Wales)に在住
の4人で等分することになっていた。
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| クロムウェルロードの北側(その2)- 自然史博物館の建物をを振り返って見たところ <筆者撮影> |
エクセターのローレル荘に住むジェニファー・ガードナーの元を訪れたナラコット警部は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の親族のことを尋ねる。
‘Do you know how many relatives living your brother has besides yourself?’
‘Of near relation, only the Pearsons. My sister Mary’s children.’
‘And they are?’
‘James, Sylvia and Brian.’
‘James?’
‘He is the eldest. He works in an insurance office.’
‘What age is he?’
‘Twenty-eight.’
‘Is he married?’
‘No, but he is engaged - to a very nice girl, I believe. I’ve not yet met her.’
‘And his address?’
’21 Cromwell Street, S.W.3.’
The inspector noted it down.
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| クロムウェルロードの南側(その3) <筆者撮影> |
ジェニファー・ガードナーの妹メアリー・ピアスンの長男であるジェイムズ・ピアスンの住所は、「クロムウェルストリート21番地」となっているが、現在の住所表記上、ポストコード(日本の郵便番号に該当)「SW3(ロンドンの特別区の一つである「ケンジントン&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)」のチェルシー地区(Chelsea))」内に、クロムウェルストリートは存在していない。
従って、ジェイムズ・ピアスンの住所「クロムウェルストリート21番地」は、架空の住所だと言える。
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| クロムウェルロードの東側から西方面を見たところ <筆者撮影> |
「ケンジントン&チェルシー王立区」内に、「クロムウェルストリート」ではなく、「クロムウェルロード(Cromwell Road)」は存在している。
クロムウェルロードは、ポストコード「SW7」のブロンプトン地区(Brompton)内にある自然史博物館(National History Museum)の前から西の方へ延びる通りで、ポストコード「SW5」のアールズコート地区(Earl’s Court)内にある地下鉄アールズコート駅(Earl’s Court Tube Station)の前を南北に延びるアールズコートロード(Earl’s Court Road)と交差すると、ウェストクロムウェルロード(West Cromwell Road)へと名前を変え、更に西進する。
クロムウェルロード / ウェストクロムウェルロードは、ヒースロー空港(Heathrow Airport)へと至る幹線道路なので、昼夜を問わず、車の往来は激しい。


































