2026年2月12日木曜日

ロンドン サザンプトンストリート(Southampton Street)

サザンプトンストリートのストランド通り側(南側)入口
<筆者撮影>


米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が、カーター・ディクスン(Carter Dickson)という別名義で1944年に発表した推理小説で、ヘンリー・メリヴェール卿(Sir Henry Merrivale)シリーズの長編第14作目に該る「爬虫類館の殺人He Wouldn’t Kill Patience → 2025年11月17日 / 11月19日付ブログで紹介済)」の舞台は、第2次世界大戦(1939年-1945年)下の首都ロンドンである。


京創元社が発行する創元推理文庫「爬虫類館の殺人」の表紙
    カバーイラスト:ヤマモト マサアキ
カバーデザイン:折原 若緒
  カバーフォーマット:本山 木犀


ケンジントンガーデンズ(Kensington Gardens → 2026年1月31日付ブログで紹介済)内にあるロイヤルアルバート動物園(Royal Albert Zoological Gardens)は、世界の蛇、蜥蜴や毒蜘蛛等を集めた爬虫類館で人気を集めていた。ところが、ドイツ軍の爆撃による空襲の脅威下、国家安全保証省(Department of Home Secuirty)からの要請により、閉園の危機を迎える。



園長のエドワード・ベントン(Edward Benton)は、なんとかして、ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を乗り越えようといろいろと手を尽くしたものの、閉園の撤回は非常に難しい状況だった。


サザンプトンストリートの南側から北方面を見たところ
<筆者撮影>

ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を迎えて、気落ちする父エドワード・ベントンを元気づけるため、娘のルイーズ・ベントンは、曾祖父の代から対立している2つの奇術師一家の若き後継者であるケアリー・クイント(Carey Quint - 奇術師の青年)とマッジ・パリサー(Madge Palliser - 奇術師の女性)の2人に手品を披露してもらうべく、1940年9月6日(金)の夕食会に招待した。また、陸軍省の御意見番で、手品を得意とするヘンリー・メリヴェール卿も、同じく招待されたのである。


ドイツ生まれの英国の科学者であるアンブローズ・ゴドフリー
(Ambrose Godfrey:1660年ー1741年)は、
火災消火器を発明したことで知られている。
<筆者撮影>


アンブローズ・ゴドフリーが1706年から1741年にかけて住んでいた
サザンプトンストリート31番地の建物(サザンプトンストリートの西側)の外壁には、
彼がここに住んでいたことを示すプラークが掛けられている。
<筆者撮影>

空襲警報が鳴り響く中、ケアリー・クイント、マッジ・パリサーとヘンリー・メリヴェール卿の3人は、午後8時半頃、ロイヤルアルバート動物園内にある園長の家に到着。

玄関のドアには、鍵がかかっておらず、廊下の突き当たりにある園長エドワード・ベントンの書斎のドアには、「入室無用」の札が掛かっていた。また、ドアは閉じたままで、その下から光は漏れていなかった。

ヘンリー・メリヴェール卿達は、廊下の突き当たりにある園長の書斎のドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。また、中から鍵穴に何かが貼り付けてあるようだった。


サザンプトンストリートの中間辺りから南方面(ストランド通り)を見たところ(その1)
<筆者撮影>

廊下に面したドアは、全て、同じ鍵を使っていることを知っているジャック・リヴァーズ(セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew's Hospital → 2014年6月14日付ブログで紹介済)の医師で、ルイーズ・ベントンの恋人)は、食堂のドアから鍵を抜くと、ヘンリー・メリヴェール卿に手渡した。

ヘンリー・メリヴェール卿が書斎の鍵を解錠して、ドアを開けると、園長のエドワード・ベントンが、一匹の蛇と一緒に、ガス中毒により死亡しているのを発見する。

書斎のドアと窓の全てが内側から厳重に目張りされた「密室(sealed room)」状態で、状況的には、ロイヤルアルバート動物園の閉園を苦にしての自殺としか思えなかった。


サザンプトンストリートの中間辺りから南方面(ストランド通り)を見たところ(その2)
<筆者撮影>


その後、自宅に居たケアリー・クイントのところに、動物捕獲輸入業者であるキャプテン・ノーブルの妻アグネス・ノーブルから電話があった。


サザンプトンストリートとタヴィストックストリート(Tavistock Street)が交差する南東の角に建つビル
<筆者撮影>


ミセス・ノーブルはすぐさまいった。「でしたら、どうか、わたしの弁護士の事務所に来てくださいます? マクドナルド・マクドナルド・アンド・フィッシャーマン事務所に、十一時頃に」

「何のために?」

「来ていただかないと」ミセス・ノーブルは続けた。「後でとても不愉快なことになるかもしれません。住所を書き留めてくださいます?」

「ぼくにどうしろというんです?」

ミセス・ノーブルが、結んだ唇に勝利の笑みを浮かべているのが目に見えるようだった。

「住所は」彼女はいった。「WC二、サウサンプトン通り八七二です。書き留めておいてください。WC二、サウサンプトン通り八七二です。それから、どうか、時間通りに来てくださいね?」

(白須 清美訳)


「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
ストランド地区の地図を抜粋。


アグネス・ノーブルの弁護士事務所であるマクドナルド・マクドナルド・アンド・フィッシャーマン事務所が所在するサザンプトン通り(Southampton Street)は、ロンドンの中心部であるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のストランド地区(Strand)内にある。


ストランド通り沿いに建つストランドパレスホテル(Strand Palace Hotel)
<筆者撮影>


サザンプトンストリートとメイデンレーン(Maiden Lane)が交差する北西の角に建つ建物
<筆者撮影>


サザンプトン通りの南側は、ストランド通り(Strand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)から始まり、その北側は、コヴェントガーデンマーケット(Covent Garden Market)に突き当たって、終わっている。


サザンプトンストリート沿いの建物壁面に掛けられている
「コヴェントガーデンマーケット」の看板
<筆者撮影>


サザンプトンストリートの中間辺りから北方面(コヴェントガーデンマーケット)を見たところ
<筆者撮影>


サザンプトン通りは、それ程長くないので、カーター・ディクスン作「爬虫類館の殺人」で言及されているような872番地は、現在の住所表記上、存在していない。


2026年2月11日水曜日

アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー(Agatha Christie Official Calendar 2026)- その13

2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー」のうち、
2026年11月のカレンダーに描かれている
エルキュール・ポワロシリーズの長編第24作目「マギンティー夫人は死んだ」(1952年)-
自宅の客間の床の上で、マギンティー夫人が殺害されているのを発見され、
警察が彼女の庭を捜索している場面が描かれている。

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の作品を出版している英国の HarperCollinsPublishers 社から、2026年オフィシャルカレンダーが出ているので、前回に引き続き、順番に紹介したい。


2026年カレンダーの場合、カレンダー用に新たに描き起こされたエルキュール・ポワロシリーズのイラストが使用されており、デザインについては、Diahann Sturge-Cambell が、また、イラストに関しては、Mr. Stephen Millership / Central Illustration Agency が担当している。


12番目は、2026年11月のカレンダーに該る「マギンティー夫人は死んだ(Mrs. McGinty’s Dead)」(1952年)である。


アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第42作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第24作目に該っている。


なお、当初、米国のシカゴトリビューン紙(Chicago Tribune)の日曜日版に、1951年10月7日から同年12月30日にかけて、13回の掲載が行われた際、「Blood Will Tell」と言うタイトルが使用されている。


エルキュール・ポワロは、
英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている
「エルキュール・ポワロの世界」と言うジグソーパズルの中央に立っている。
<筆者撮影>


キルチェスター警察に勤務し、間もなく定年を迎えるスペンス警視(Superintendent Spence)は、友人であるエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)の元を訪れる。

スペンス警視は、ポワロに対して、「僅か30ポンドのために、家主であるマギンティー夫人(Mrs. McGinty)を殺害した罪状により、死刑判決を受けた間借り人のジェイムズ・ゴードン・ベントリー(James Gordon Bentley)が真犯人だと思えないので、事件の再調査をしてほしい。」と依頼するのであった。


スペンス警視は、事件の詳細について、ポワロに説明する。


雑益婦 / 掃除婦(charwoman)として、いくつもの家に通っていたマギンティー夫人は、自宅の客間の床の上で死んでいるのを発見された。マギンティー夫人の家内は、家探しされており、寝室の床板の下に隠してあった30ポンドの現金が紛失していた。マギンティー夫人を殺害した凶器は見つかっておらず、押し入れられた形跡もなかった。


マギンティー夫人の間借り人であるジェイムズ・ベントリーは、上着の袖口に血がついていたにもかかわらず、マギンティー夫人が殺害された前夜以来、彼女の顔を見ていないと主張した。

また、マギンティー夫人の寝室の床板の下から紛失した30ポンドの現金は、後に家の外に隠してあるのが見つかる。


当然のことのように、間借り人のジェイムズ・ベントリーは、マギンティー夫人殺害の罪で逮捕され、事件が公判に付されると、彼はあっさりと有罪となり、死刑が確定し、死刑を待つ身となった。

あらゆる証拠がジェイムズ・ベントリーを指しているものの、スペンス警視は「事件があまりにも単純過ぎる。」と懸念を示すと、彼の話を聞いていたポワロも、彼のコメントに同意する。


スペンス警視からの依頼を受けたポワロは、事件が起きたブローディニー村(Broadhinny village)へと向かった。

ブローディニー村の隣町にある唯一の宿屋で、サマーヘイズ夫妻(Summerhayes)が営むゲストハウスに滞在したポワロは、早速、事件の調査を開始する。


ポワロが調査したところ、マギンティー夫人は、殺される3日前に、


(1)タブロイド紙に掲載された昔の事件に関係して、その後、行方不明になった4人の女性達の写真を切り取っていたこと


(2)そのうちの誰かがブローディニー村に居ると手紙に認めて、新聞社宛に送っていたこ


を突き止める。


ブローディニー村の住民達の年齢を考慮して、ポワロは、4人の女性達のうち、


*僅か12歳で肉切り包丁によりおばを殺害したリリー・ガンボル(Lily Gamboll)- 釈放後、アイルランドへ転居


もしくは、


*雇い主であるクレイグ氏(Mr. Craig)と不倫関係にあり、クレイグ夫人(Mrs. Craig)の殺害を疑われた家庭教師(governess)のエヴァ・ケイン(Eva Kane)- オーストラリアへ逃亡 / イヴリン(Evelyn)と言う名前の子供が居たらしい。


のどちらかだと推理する。


アリアドニ・オリヴァー(Ariadne Oliver)は、
英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている
「エルキュール・ポワロの世界」と言うジグソーパズルの中央に立
エルキュール・ポワロのすぐ右側に居て、

肘掛け椅子に座っている。

<筆者撮影>


果たして、ジェイムズ・ベントリーの死刑が執行されるまでに、ポワロは、真犯人を見つけることができるのか?


2026年2月10日火曜日

ロンドン メイダヴェール地区(Maida Vale)- その2

エルギンアベニュー(Elgin Avenue)と
ランドルフアベニュー(Randolph Avenue)が交差する南東の角にある
地下鉄メイダヴェール駅
<筆者撮影>

米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が、カーター・ディクスン(Carter Dickson)という別名義で1944年に発表した推理小説で、ヘンリー・メリヴェール卿(Sir Henry Merrivale)シリーズの長編第14作目に該る「爬虫類館の殺人He Wouldn’t Kill Patience → 2025年11月17日 / 11月19日付ブログで紹介済)」の舞台は、第2次世界大戦(1939年-1945年)下の首都ロンドンである。


京創元社が発行する創元推理文庫「爬虫類館の殺人」の表紙
    カバーイラスト:ヤマモト マサアキ
カバーデザイン:折原 若緒
  カバーフォーマット:本山 木犀


ケンジントンガーデンズ(Kensington Gardens → 2026年1月31日付ブログで紹介済)内にあるロイヤルアルバート動物園(Royal Albert Zoological Gardens)は、世界の蛇、蜥蜴や毒蜘蛛等を集めた爬虫類館で人気を集めていた。ところが、ドイツ軍の爆撃による空襲の脅威下、国家安全保証省(Department of Home Secuirty)からの要請により、閉園の危機を迎える。

園長のエドワード・ベントン(Edward Benton)は、なんとかして、ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を乗り越えようといろいろと手を尽くしたものの、閉園の撤回は非常に難しい状況だった。



ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を迎えて、気落ちする父エドワード・ベントンを元気づけるため、娘のルイーズ・ベントンは、曾祖父の代から対立している2つの奇術師一家の若き後継者であるケアリー・クイント(Carey Quint - 奇術師の青年)とマッジ・パリサー(Madge Palliser - 奇術師の女性)の2人に手品を披露してもらうべく、1940年9月6日(金)の夕食会に招待した。また、陸軍省の御意見番で、手品を得意とするヘンリー・メリヴェール卿も、同じく招待されたのである。


メイダヴェール通り(Maida Vale)からエルギンアベニューを西側へ向かうところ -
画面奥の建物は、エルギンアベニューとラナークロード(Lanark Road)が交差する
南西の角に建つフラット群
<筆者撮影>


空襲警報が鳴り響く中、ケアリー・クイント、マッジ・パリサーとヘンリー・メリヴェール卿の3人は、午後8時半頃、ロイヤルアルバート動物園内にある園長の家に到着。

玄関のドアには、鍵がかかっておらず、廊下の突き当たりにある園長エドワード・ベントンの書斎のドアには、「入室無用」の札が掛かっていた。また、ドアは閉じたままで、その下から光は漏れていなかった。

ヘンリー・メリヴェール卿達は、廊下の突き当たりにある園長の書斎のドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。また、中から鍵穴に何かが貼り付けてあるようだった。


メイダヴェール通りからエルギンアベニューを西側へ向かうところ -
画面奥の建物は、エルギンアベニューとラナークロードが交差する
北西の角に建つパブ「エルギン(Elgin)」
<筆者撮影>


廊下に面したドアは、全て、同じ鍵を使っていることを知っているジャック・リヴァーズ(セントバーソロミュー病院(St. Bartholomew's Hospital → 2014年6月14日付ブログで紹介済)の医師で、ルイーズ・ベントンの恋人)は、食堂のドアから鍵を抜くと、ヘンリー・メリヴェール卿に手渡した。

ヘンリー・メリヴェール卿が書斎の鍵を解錠して、ドアを開けると、園長のエドワード・ベントンが、一匹の蛇と一緒に、ガス中毒により死亡しているのを発見する。

書斎のドアと窓の全てが内側から厳重に目張りされた「密室(sealed room)」状態で、状況的には、ロイヤルアルバート動物園の閉園を苦にしての自殺としか思えなかった。


地下鉄メイダヴェール駅の反対側のエルギンアベニュー(北側)から東側を見たところ
<筆者撮影>

ロイヤルアルバート動物園内にある家において、「密室」状態で亡くなったエドワード・ベントン園長の弟であるホーレス・ベントン(Horace Benton)が住んでいるメイダヴェール地区(Maida Vale)は、ロンドンの中心部であるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)内に所在する地区の一つである。


地下鉄メイダヴェール駅前の環状交差点(roundabout)から
ランドルフアベニュー(南側)を見たところ
<筆者撮影>


ナポレオン戦争(Napoleonic Wars:1803年ー1815年 / フランスの第一執政期と第一帝政期における一連の戦争の総称)のうち、1806年に南イタリアで行われたメイダの戦い(Battle of Maida)に勝利を収めた英国陸軍の中将(Lieutenant-General)だったサー・ジョン・ステュアート(Sir John Stuart:1759年ー1815年)は、メイダ伯爵(Count of Maida)に叙せられた。


地下鉄メイダヴェール駅前の環状交差点から
西進するエルギンアベニューを見たところ(その1)
<筆者撮影>


メイダの戦いに勝利したサー・ジョン・ステュアートを讃えるパブ「The Hero of Maida」が、現在のメイダヴェール地区の東南の角に位置するリージェンツ運河(Rengent’s Canal)近くのエッジウェアロード(Edgware Road → 2016年1月30日付ブログで紹介済)沿いで営業しており、このことから、この辺りは「メイダヴェール」と呼ばれるようになった。そして、1860年代後半には、正式に、「メイダヴェール地区」と命名された。

なお、このパブは、1992年に閉店している。


地下鉄メイダヴェール駅前の環状交差点から
西進するエルギンアベニューを見たところ(その2)
<筆者撮影>


メイダヴェール地区内には、ヴィクトリア朝時代やエドワード朝時代に建てられた邸宅が並び、現在は、フラット群と化している。

メイダヴェール地区の東側が、高級住宅街の一つであるセントジョンズウッド地区(St. John’s Wood → 2014年8月17日付ブログで紹介済)と接していることもあって、特に、同地区の東側と南側(リージェンツ運河沿い近辺)は高級住宅街となっている。


画面奥の建物は、エルギンアベニューとランドルフアベニューが交差する
北東の角に建つベイカリー&カフェ「ゲイルズ( Gail's)」
<筆者撮影>


メイダヴェール地区内には、地下鉄のベイカールーライン(Bakerloo Line)が延伸しており、同地区の東側には、地下鉄メイダヴェール(Maida Vale Tube Station)が、また、同地区の南西側には、地下鉄ウォーリックアベニュー駅(Warwick Avenue Tube Station)があり、あまり広くない地区内に、2つの地下鉄の駅が設けられている。


2026年2月9日月曜日

アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー(Agatha Christie Official Calendar 2026)- その12

2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー」のうち、
2026年10月のカレンダーに描かれている
エルキュール・ポワロシリーズの長編第31作目「ハロウィーンパーティー」(1969年)-

ロンドンから30ー40マイル程離れた町ウッドリーコモンの中心的な存在である

ロウィーナ・ドレイク夫人の自宅「リンゴの木荘」において、

学校の生徒達のために開催されるハロウィーンパーティー用に準備された

カボチャやリンゴが描かれている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の作品を出版している英国の HarperCollinsPublishers 社から、2026年オフィシャルカレンダーが出ているので、前回に引き続き、順番に紹介したい。


2026年カレンダーの場合、カレンダー用に新たに描き起こされたエルキュール・ポワロシリーズのイラストが使用されており、デザインについては、Diahann Sturge-Cambell が、また、イラストに関しては、Mr. Stephen Millership / Central Illustration Agency が担当している。


2023年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by Sarah Foster / HarperCollinsPublishers Ltd.
Cover images by Shutterstock.com) 


11番目は、2026年10月のカレンダーに該る「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party)」(1969年)である。


アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第60作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第31作目に該っている。


アリアドニ・オリヴァーは、
英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている
「エルキュール・ポワロの世界」と言うジグソーパズルの中央に立
エルキュール・ポワロのすぐ右側に居て、

肘掛け椅子に座っている。

<筆者撮影>


女性推理作家として有名なアリアドニ・オリヴァー夫人(Mrs. Ariadne Oliver)は、ロンドンから30ー40マイル程離れた町ウッドリーコモン(Woodleigh Common)に住む友人のジュディス・バトラー(Judith Butler)宅に滞在していた。

ウッドリーコモンの中心的な存在であるロウィーナ・ドレイク夫人(Mrs. Rowena Drake)が、学校の生徒達のために、ハロウィーンパーティーを主催することになり、オリヴァー夫人やジュディス・バトラーも、準備作業を含めて、参加する運びとなった。


ハロウィーンパーティーを晩に控えた午後、ドレイク夫人宅「リンゴの木荘(Apple Trees House)」において、学校の生徒達が準備の手伝いをしていた。その際、生徒の一人である13歳のジョイス・レイノルズ(Joyce Reynolds)が、突然、「ずっと前に殺人を目撃したことがある。ただ、当時は、それが殺人だと判らなかった。(I witnessed a murder once, when I was little. I didn’t understand what was going on at the time.)」と言い出したのである。

ジョイス・レイノルズの話を聞いた他の生徒達は、日頃から彼女が人の関心を惹くために、いろいろと嘘をつくので、彼女を全く相手にしない。ドレイク夫人宅に準備の手伝いに来ていたオリヴァー夫人も、ジョイスが推理作家である自分の気を引こうとしているものと思い、彼女の話を本気にしなかった。


エルキュール・ポワロは、
英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている
「エルキュール・ポワロの世界」と言うジグソーパズルの中央に立っている。
<筆者撮影>


ドレイク夫人宅において、ハロウィーンパーティーが行われた日の翌日の晩、オリヴァー夫人が、ロンドンのエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)のフラットに電話をかけてきた後、慌ててやって来る。オリヴァー夫人は、ポワロに対して、ヒステリー気味に話を始めた。

ハロウィーンパーティーが終わった後、以前殺人を目撃したことがあると言っていたジョイス・レイノルズが、ドレイク夫人宅の図書室において、リンゴが浮かぶブリキのバケツに頭を押し込まれて、溺死しているのが見つかったのである。


オリヴァー夫人から話を聞いて、ハロウィーンパーティー前の発言のために、ジョイス・レイノルズが口封じされたものと考えたポワロは、早速、行動に移った。

ポワロは、古い友人であるバート・スペンス元警視(ex Superintendent Bart Spence)の元を訪れる。偶然にも、スペンス元警視は、引退後、夫を亡くした妹のエルスペス・マッケイ(Elspeth McKay)と一緒に、ジョイス・レイノルズが殺害された町ウッドリーコモンに住んでいたのである。


スペンス元警視の場合、ウッドリーコモンに住み始めて、それ程長くはないものの、彼の妹であるエルスペス・マッケイは、彼よりも長く、ウッドリーコモンに住んでいるので、ポワロは、2人の協力を得て、過去数年間にウッドリーコモン周辺で殺された人物、あるいは、殺害された可能性のある人物のリストを作成してもらい、一つ一つ捜査を進める。


(1)ルウェリン=スマイス夫人(Mrs. Llewellyn-Smythe):

富豪の未亡人である彼女(ロウィーナ・ドレイク夫人の夫が、彼女の甥に該る)が突然亡くなり、彼女の遺言書(codicil)により、彼女の屋敷で働いていたオルガ・セミノフ(Olga Seminoff - ヘルツェゴヴィナ(Herzegovina)出身 / 外国語の勉強を目的として、家事手伝いをしながら、外国の家庭に住まわせてもらう制度を利用していた女性(au pair girl))が彼女の遺産相続人として指定される。ところが、後に、その遺言書が偽造と判明し、オルガ・セミノフも失踪して、行方不明となる。


(2)レスリー・フェリアー(Leslie Ferrier):

ルウェリン=スマイス夫人の顧問弁護士であるジェレミー・フラートン(Jeremy Fullerton)が経営する法律事務所(Fullerrton, Harrison and Leadbetter)の事務員として働いていたが、ある夜、パブ(The Green Swan)からの帰り道、何者かに背中を刺されて死亡(当時28歳)。当時、彼は、パブの経営者の妻と不倫関係にある上に、他の女性との関係も噂されていた。


(3)シャーロット・ベンフィールド(Charlotte Benfield):

店員として働いていたが、採掘場(quarry)近くの森の小道において、頭部に複数の傷を負って、死亡しているのが発見される(当時16歳)。2人の男性が容疑者として疑われたものの、決定的な証拠が挙がらなかった。


(4)ジェネット・ホワイト(Janet White):

エルムズ学校(Elms school)の教師として働いていたが、学校から自宅への帰り道において、何者かに首を絞められて死亡。彼女と同居していた同じく教師のノーラ・アンブローズ(Nora Ambrose)によると、ジェネット・ホワイトは、1年程前に、交際していた男性と別れたが、その男性が、彼女に対して、しつこく脅迫の手紙を送ってくることに悩んでいた、とのこと。ただし、残念ながら、その男性が誰なのかについては、ハッキリしなかった。


果たして、この中に、ジョイス・レイノルズが目撃したと言う殺人事件が含まれているのだろうか?


次に、ポワロは、エルムズ学校を訪ねて、ハロウィーンパーティーに参加していた教師であるエリザベス・ウィッテカー(Elizabeth Whittaker)に面会した。

エリザベス・ウィッテカーによると、パーティーの途中、廊下に出た際、階段の一番上に居たドレイク夫人が、手に抱えていた花瓶を突然落として割ってしまう現場を目撃した、とのこと。手に抱えていた花瓶を落として割ってしまった際、ドレイク夫人は、階段の上から図書室(ジョイス・レイノルズが殺害された部屋)の方へ視線を向けており、エリザベス・ウィッテカーとしては、「ドレイク夫人は、図書室を出入りした誰かを目撃したのではないか?」と答えた。残念ながら、エリザベス・ウィッテカーが居た場所から、図書室の方を見ることはできなかったのである。


ポワロが、ルウェリン=スマイス夫人が住んでいた屋敷の様子を見に出かけた際、造園師である美青年のマイケル・ガーフィールド(Michael Garfield)に出会う。彼は、亡くなる前のルウェリン=スマイス夫人からの依頼を受けて、彼女が所有していた元の採掘場(quarry)を非常に美しい庭園へと造園していた。


エリザベス・ウィッテカーの話に基づいて、ポワロは、ドレイク夫人に対して、「図書室を出入りした誰かを見たのか?」と尋ねるが、ドレイク夫人は、「何も見ていない。」と答えるのみであった。


その後、ジョイス・レイノルズの弟で、ここのところ、妙に金まわりがよくなったレオポルド・レイノルズ(Leopold Reynolds)が、小川において、溺死体で発見される。

レオポルド・レイノルズの溺死体を発見された後、ドレイク夫人がやって来て、ポワロに対して、突然、花瓶を落とした理由について、「図書室から出て来たレオポルド・レイノルズを見かけたからだ。」と告白するのであった。


果たして、ジョイス・レイノルズと彼女の弟であるレオポルド・レイノルズの2人を殺害した犯人は、一体、誰なのか?

また、これらの殺人は、過去に発生したルウェリン=スマイス夫人、レスリー・フェリアー、シャーロット・ベンフィールド、そして、ジェネット・ホワイトのうち、いずれの事件と関連しているのだろうか?


2026年2月8日日曜日

ロンドン メイダヴェール地区(Maida Vale)- その1

メイダヴェール地区の東端を南北に延びるメイダヴェール通り -
画面左奥に見えるのが、アバコーンプレイス通り(Abercorn Place)で、
セントジョンズウッド地区へと入る。
<筆者撮影>

米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が、カーター・ディクスン(Carter Dickson)という別名義で1944年に発表した推理小説で、ヘンリー・メリヴェール卿(Sir Henry Merrivale)シリーズの長編第14作目に該る「爬虫類館の殺人He Wouldn’t Kill Patience → 2025年11月17日 / 11月19日付ブログで紹介済)」の舞台は、第2次世界大戦(1939年-1945年)下の首都ロンドンである。


京創元社が発行する創元推理文庫「爬虫類館の殺人」の表紙
    カバーイラスト:ヤマモト マサアキ
カバーデザイン:折原 若緒
  カバーフォーマット:本山 木犀


ケンジントンガーデンズ(Kensington Gardens → 2026年1月31日付ブログで紹介済)内にあるロイヤルアルバート動物園(Royal Albert Zoological Gardens)は、世界の蛇、蜥蜴や毒蜘蛛等を集めた爬虫類館で人気を集めていた。ところが、ドイツ軍の爆撃による空襲の脅威下、国家安全保証省(Department of Home Secuirty)からの要請により、閉園の危機を迎える。

園長のエドワード・ベントン(Edward Benton)は、なんとかして、ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を乗り越えようといろいろと手を尽くしたものの、閉園の撤回は非常に難しい状況だった。



ロイヤルアルバート動物園閉園の危機を迎えて、気落ちする父エドワード・ベントンを元気づけるため、娘のルイーズ・ベントンは、曾祖父の代から対立している2つの奇術師一家の若き後継者であるケアリー・クイント(Carey Quint - 奇術師の青年)とマッジ・パリサー(Madge Palliser - 奇術師の女性)の2人に手品を披露してもらうべく、1940年9月6日(金)の夕食会に招待した。また、陸軍省の御意見番で、手品を得意とするヘンリー・メリヴェール卿も、同じく招待されたのである。


メイダヴェール通りの南側から北方面を見たところ
<筆者撮影>

空襲警報が鳴り響く中、ケアリー・クイント、マッジ・パリサーとヘンリー・メリヴェール卿の3人は、午後8時半頃、ロイヤルアルバート動物園内にある園長の家に到着。

玄関のドアには、鍵がかかっておらず、廊下の突き当たりにある園長エドワード・ベントンの書斎のドアには、「入室無用」の札が掛かっていた。また、ドアは閉じたままで、その下から光は漏れていなかった。

廊下の突き当たりにある園長の書斎を除くと、右の部屋も左の部屋も、ドアが開けっ放しで、夕食会の用意が為されていたものの、誰もいなかった。

ヘンリー・メリヴェール卿とマッジ・パリサーが、夕食を焦がしている臭いを嗅ぎつけると、3人は食堂へと急いだ。食堂内の閉じたオーブンの中では、ロースト料理が焦げていた。誰かが、全部のガスを全開にしていたのである。

慌ててオーブンのスイッチを切る3人であったが、何故か、食堂から廊下へ通じるドアに、鍵がかかっていた。3人以外に、園長の家内に居る誰かに、彼らは食堂内に閉じ込められてしまったのだ。


メイダヴェール通りの南側からアバコーンプレイス通りを見たところ
<筆者撮影>

ケアリー・クイントが奇術用の小道具を使い、ドアの鍵を解錠して、廊下へ出ると、丁度、飼育員のマイク・パーソンズとセントバーソロミュー病院(St. Bartholomew's Hospital → 2014年6月14日付ブログで紹介済)の医師で、ルイーズ・ベントンの恋人のジャック・リヴァーズが玄関のドアから入って来た。

ジャック・リヴァーズによると、午後7時に、園長のエドワード・ベントン本人から、「夕食会は中止になった」旨の電話連絡があった、とのこと。園長の声の様子に不自然さを感じたジャック・リヴァーズは、病院から駆け付けたのであった。


メイダヴェール通りの横断歩道の中間点から北方面を見たところ
<筆者撮影>

ヘンリー・メリヴェール卿を含めた5人は、廊下の突き当たりにある園長の書斎のドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。また、中から鍵穴に何かが貼り付けてあるようだった。


メイダヴェール通りの北側からエルギンアベニュー(Elgin Avenue)を見たところ -
エルギンアベニューは、メイダヴェール地区内を横断して、
西側のメイダヒル地区まで延びている。
<筆者撮影>

廊下に面したドアは、全て、同じ鍵を使っていることを知っているジャック・リヴァーズは、食堂のドアから鍵を抜くと、ヘンリー・メリヴェール卿に手渡した。

ヘンリー・メリヴェール卿が書斎の鍵を解錠して、ドアを開けると、園長のエドワード・ベントンが、一匹の蛇と一緒に、ガス中毒により死亡しているのを発見する。

書斎のドアと窓の全てが内側から厳重に目張りされた「密室(sealed room)」状態で、状況的には、ロイヤルアルバート動物園の閉園を苦にしての自殺としか思えなかった。


メイダヴェール通りの南側からエルギンアベニューを見たところ
<筆者撮影>

ホーレス・ベントン(Horace Benton / エドワード・ベントンの弟)が、理髪店でさっぱりした様子で、極上の葉巻を吸いながら、正面の芝生を歩いてきた。ずんぐりとした体は、今は上品な黒衣に包まれ、玄関ドアから朝日を遮っている。彼は陽気にあいさつしようとしたが、死者が出たことを思い出したらしく咳払いして、よりふさわしいおごそかな面持ちと、静かな足取りで近づいてきた。

「伝言があります」彼は告げた。「ふたりとも、爬虫類館へ来てほしいとのことです」


「爬虫類館?」マッジが繰り返した。「どうして爬虫類館へ?」

ホーレスは首を振った。

「それはいえないのです。だが、メリヴェールがいます。ジャック・リヴァーズも。それに」彼は口ごもった。「警察官も」

「ゆうべ来た、所轄の警部ですか?今朝、、全員にここへ来るようにいった?」

「それも取りやめになったのですよ」ホーレスは自分でも自信なげな、弱々しい笑みを浮かべていった。「来ているのは所轄の警部ではありません。新しい人です。首席警部ですよ。ロンドン警視庁の」

ケアリは口笛を吹いた。

「その人の名前は」彼は尋ねた。「マスターズ主席警部では?」

「そのような感じでしたな」ホーレスは認めた。

彼はかぐわしい葉巻の煙を吸い込んだが、前より楽しんではいなそうだった。首は興奮した七面鳥のように赤く、しわが寄っている。一瞬、苛立った巡回セールスマンのようだとケアリは思った。やがて、彼は大きな笑い声をあげ、ふたりを驚かせた。

「主席警部は」彼は続けた。「大胆にも、このわたしにあれこれ質問しましたよ。いつカナダから帰ったのか? 二か月前です。なぜ? 戦時の仕事のためです。カナダでの事業は成功していたのか? いいえ。人をすぐ信じてしまうものですから。ゆうべ八時半から九時の間に、何をしていた?」

またしてもホーレスは大笑いした。

「わたしは喜んで答えましたよ。ゆうべの八時半から九時の間は、メイダ・ヴェールの自分のフラット、ハンマースレイ・マンションにいました。数人がそれを証明してくれます。そんなところです。ではさようなら。幸運を祈ります、という具合にね」

煙が目に入り、まばたきしながら、ホーレスは快活に手を振って退散した様子を伝えた。それから前へ出て、ざっくばらんな兄のように、マッジの腕に軽く触れた。

「とにかく」彼はいった。「ふたりとも爬虫類館に来て、メリヴェールに会ってください。ルイーズは霊安室へ行っているので、わたしがここで目を光らせておくことにします」

(白須 清美訳)


メイダヴェール通り(画面右斜め奥から画面左手前に延びる通り)と
エルギンアベニュー(画面右側へ延びる通り)の交差点から
南方面を見たところ(その1)
<筆者撮影>

ロイヤルアルバート動物園内にある家において、「密室」状態で亡くなったエドワード・ベントン園長の弟であるホーレス・ベントンが住んでいるメイダヴェール地区(Maida Vale)は、ロンドンの中心部であるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)内に所在する地区の一つである。


メイダヴェール通り(画面右奥へ延びる通り)と
アバコーンプレイス通り(画面手前を左右に延びる通り)の交差点から
南方面を見たところ
<筆者撮影>

メイダヴェール地区は、


東側: メイダヴェール通り(Maida Vale)

南側: リージェンツ運河(Regent’s Canal)

西側: シルランドロード(Shirland Road)

北側: キルバーンパークロード(Kilburn Park Road)


に囲まれたあまりに広くない地区である。


メイダヴェール通りとエルギンアベニューの交差点から南方面を見たところ(その2)
<筆者撮影>

また、メイダヴェール地区は、


東側: セントジョンズウッド地区(St. John’s Wood → 2014年8月17日付ブログで紹介済)/ リッソングローヴ地区(Lisson Grove)

南側: パディントン地区(Paddington → 2015年1月4日付ブログで紹介済)

西側: メイダヒル地区(Maida Hill)

北側: サウスハムステッド地区(South Hampstead)


と隣り合っている。

なお、メイダヴェール地区と隣り合う東側、南側と西側は、シティー・オブ・ウェストミンスター区に属しているが、北側は、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)に属している。