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| ブランズウィックスクエアガーデンズ内の案内板 <筆者撮影> |
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| ナショナルポートレイトギャラリー (National Portrait Gallery)で販売されている ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書 (by George Charles Beresford / 1902年7月 / platinum print / 152 mm x 108 mm) |
引越後、ヴァージニア・ウルフと弟のエイドリアンの2人は、著述家や芸術家の知的サークルである「ブルームズベリーグループ(Bloomsbury Group)」のメンバーのうち、
*ダンカン・ジェイムズ・コロウ・グラント(Duncan James Corrowr Grant:1885年ー1978年)- 英国の画家 / 織物・陶芸・舞台美術・服飾デザイナー
*レナード・シドニー・ウルフ(Leonard Sidney Woolf:1880年ー1969年)- 英国の作家 / 出版業者 / 公務員
*初代ケインズ男爵ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1st Baron Keynes:1883年ー1946年)- 英国の経済学者
の3人を下宿人 / 間借り人として招き、同居している。
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| ヴァージニア・ウルフが住んでいた家は、 ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の校舎の非常口の辺りに建っていたと思われる。 <筆者撮影> |
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| ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の校舎の非常口の右側の外壁に、 1911年から1912年にかけて、ヴァージニア・ウルフ達がここに住んでいたことを示す プラークが掛けられている。 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフは、レナード・シドニー・ウルフと結婚する1912年までの間、ブランズウィックスクエアの家に住んでいた。
ヴァージニア・ウルフが住んでいたブランズウィックスクエアの家は現存せず、現在は、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン(University College London → 2015年8月16日付ブログで紹介済)薬学部(School of Pharmacy - 住所:ブランズウィックスクエア29-39番地)の校舎が、その場所に建っている。
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| ヴァージニア・ウルフが住んでいた家の跡地には、現在、 ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の校舎が立っている。 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフが住んでいたブランズウィックスクエアの家は、ブランズウィックスクエアガーデンズ(Brunswick Square Gardens)に面している。
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ブルームズベリー地区近辺の地図を抜粋。 |
ブランズウィックスクエアガーデンズは、元々、英国の船長(sea captain)から慈善家(philanthropist)へ転じたトマス・コラム(Thomas Coram:1668年-1751年)が1739年に設立した孤児院(Foundling Hospital)に属する土地だった。
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| ブランズウィックスクエアの西側から ブランズウィックスクエアガーデンズを見たところ(その1) <筆者撮影> |
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| ブランズウィックスクエアの西側から ブランズウィックスクエアガーデンズを見たところ(その2) <筆者撮影> |
孤児院運営用の資金調達のため、後にブランズウィックスクエアガーデンズとメクレンバーグスクエア(Mecklenburgh Square - 東側に隣接)となる土地が1790年に貸し出され、英国の不動産開発業者(property developer)であるジェイムズ・バートン(James Burton:1761年ー1837年)が、1795年から1802年にかけて、周辺の住宅街を建設。
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| ナショナルポートレイトギャラリー内で所蔵 / 展示されている ハノーヴァー朝の第3代英国王であるジョージ3世の肖像画 (By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas / based on a portrait of 1761 - 1762) <筆者撮影> |
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| ナショナルポートレイトギャラリー内で所蔵 / 展示されている ジョージ3世の王妃である ソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ (1744年ー1818年)の肖像画 (By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas / based on a portrait of 1761 - 1762) <筆者撮影> |
西側の区画は、ハノーヴァー朝(House of Hanover)第4代英国王のジョージ4世(George IV:1762年ー1830年 在位期間:1820年ー1830年)の王妃であるキャロライン・アメリア・エリザベス・オブ・ブランズウィック=ウォルフェンビュッテル(Caroline Amelia Elizabeth of Brunswick-Wolfenbuttel:1768年ー1821年)に因んで、「ブランズウィックスクエア」と、また、東側の区画は、ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)の王妃であるソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ(Sophia Charlotte of Mecklenburg- Strelitz:1744年ー1818年)に因んで、「メクレンバーグスクエア」と名付けられた。
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| ナショナルポートレイトギャラリー内で所蔵 / 展示されている ハノーヴァー朝の第4代英国王であるジョージ4世の肖像画 (By Sir Thomas Lawrence / Oil on canvas / 1814年頃) <筆者撮影> |
なお、ジェイムズ・バートンが当時開発した住宅街は、残念ながら、一軒も現存していない。
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| ブランズウィックスクエアの北東の角に建つ孤児院博物館 <筆者撮影> |
現在、「ブランズウィックスクエア」の北側には、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドンの薬学部、孤児院の歴史を紹介する孤児院博物館(Foundling Museum)や孤児院を設立したトマス・コラムのブロンズ像が建っている。
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| ブランズウィックスクエアの北東の角に設置されている 慈善家で、1739年に孤児院を設立した トマス・コラムのブロンズ像 <筆者撮影> |
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| 慈善家で、1739年に孤児院を設立した トマス・コラムの説明プレート <筆者撮影> |
「ブランズウィックスクエア」の東側には、サッカー競技場と「コラムフィールズ(Coram’s Fields - 大人は、子供を伴っている場合のみ、入園可能)」が広がっている。
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| ブランズウィックスクエアガーデンズの内部(その1) <筆者撮影> |
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| ブランズウィックスクエアガーデンズの内部(その2) <筆者撮影> |
「ブランズウィックスクエア」の南側には、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドンの学生寮(International Hall)が建っている。
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| ブランズウィックスクエアガーデンズの内部(その3) <筆者撮影> |
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| ブランズウィックスクエアガーデンズの内部(その4) <筆者撮影> |
最後に、「ブランズウィックスクエア」の西側には、「ブランズウィックセンター(Brunswick Centre)」と呼ばれるカムデン区が管理する低所得者用住居(カウンシルフラット)とショッピングセンターが入っている。
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| ブランズウィックスクエアガーデンズの内部(その5) <筆者撮影> |
「ブランズウィックスクエア」、「メクレンバーグスクエア」と「コラムフィールズ」は、歴史がある公園 / 庭園(Historic Parks and Gardens)として、listed Grade II に指定されている。
















































