2026年8月31日月曜日

ロンドン ケンサルグリーン墓地(Kensal Green Cemetery)- その4


英国国教徒用の礼拝堂正面を東側から眺めたところ(その1)-
ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世と
王妃であるソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツの第6王子に該る
初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓は、
画面右手奥にある。
<筆者撮影>


ケンサルグリーン墓地(Kensal Green Cemetery → 2023年12月15日付ブログで紹介済)の場合、その大部分がロンドンの特別区の一つであるケンジント&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)のノースケンジントン地区(North Kensington)の北端ケンサルグリーン(Kensal Green)内にあり、西側の一部がロンドンの特別区の一つであるハマースミス&フラム区(London Borough of Hammersmith and Fulham)内にある。

ケンサルグリーン墓地は、北側のハーロウロード(Harrow Road)と南側のグランドユニオンカナル(Grand Union Canal)と言う運河に挟まれたエリア内にある広大な共同墓地(約29ヘクタール)である。


「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
ケンサルグリーン墓地周辺の地図を抜粋。-
ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世と
王妃であるソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツの第6王子に該る
初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓は、
画面左上の星マークの辺りにある。


ケンサルグリーン墓地は、英国の弁護士、雑誌編集者で、実業家でもあったジョージ・フレデリック・カーデン(George Frederick Carden:1798年ー1874年)が出資者となり、1833年にオープンした。


ケンサルグリーン墓地は、ハイゲイト墓地(Highgate Cemetery:1839年にオープン → 2018年11月4日 / 11月11日付ブログで紹介済)やブロンプトン墓地(Brompton Cemetery :1840年にオープン → 2015年9月6日付ブログで紹介済)と同じように、ロンドンの「7大墓地(Magnificent Seven)」の一つであるが、7大墓地の中で、一番最初に出来た共同墓地である。


初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓を
センターアヴェニューから見たところ

<筆者撮影>


ケンサルグリーン墓地内に埋葬されている故人の中で、最も地位が高いのは、以下の3人である。


(1)初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子(Prince Augustus Frederick, 1st Duke of Sussex:1773年ー1843年)- ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)と王妃であるソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ(Sophia Charlotte of Mecklenburg- Strelitz:1744年ー1818年)の第6王子 / ケンジントン宮殿(Kensington Palace)で逝去。


ナショナルポートレイトギャラリー(National Portrait Gallery)内で所蔵 / 展示されている
ハノーヴァー朝の第3代英国王であるジョージ3世の肖像画
(By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas /
based on a portrait of 1761 - 1762)
<筆者撮影>


ナショナルポートレイトギャラリー内で所蔵 / 展示されている
ジョージ3世の王妃である
ソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ
(1744年ー1818年)の肖像画

(By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas /
based on a portrait of 1761 - 1762)
<筆者撮影>


(2)ソフィア・オブ・ザ・ユナイテッド・キングダム(Princess Sophia Mathilda of the United Kingdom:1777年ー1848年)- ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世と王妃であるソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツの第5女 / ケンジントン宮殿で逝去、亡き兄初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の近くに埋葬された。


(3)インヴァネス女公爵・アンダーウッド(Cecilia Underwood, Duchess of Inverness:1789年ー1873年)- 初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の妻 / ケンジントン宮殿で逝去、亡き夫の隣りに埋葬された。


初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓を
英国国教徒用の礼拝堂正面から見たところ
<筆者撮影>


彼らがケンサルグリーン墓地(共同墓地)を自分達の埋葬地に選んだことにより、貴族や富裕層の間に共通認識として広まっていた「共同墓地を埋葬地に選ぶなんて…」と言う忌避感を払拭させることに繋がったと言われている。


アルマプレイスにあるウェストゲイト(その1)
<筆者撮影>


ケンサルグリーン墓地には、2つの出入口があり、東側は、ハーロウロードとラドブロークグローヴ通り(Ladbroke Grove)が交差する辺りにあり、こちらがメインゲイト(Main (East) Gate)となっている。

一方、西側は、ケンサルグリーン駅(Kensal Green Station)を出て、ハーロウロード沿いに少し西へ進んだところにあるアルマプレイス(Alma Place)から、墓地内へ入ることができ、こちらがウェストゲイト(West Gate)となっている。


アルマプレイスにあるウェストゲイト(その2)
<筆者撮影>


初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓は、ウェストゲイト側からケンサルグリーン墓地へと入り、真っ直ぐに南下して、ウェストセンターアヴェニュー(West Centre Avenue)に至ったところで左折。ケンサルグリーン墓地の中央に建つ英国国教徒用の礼拝堂(Anglican Chapel)へと向かって、ウェストセンターアヴェニューを東進。


英国国教徒用の礼拝堂正面を東側から眺めたところ(その2)
<筆者撮影>



英国国教徒用の礼拝堂正面から
東方面へと延びるセンターアヴェニューを眺めたところ -
初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓は、画面左手にある。
<筆者撮影>


北側、あるいは、南側から英国国教徒用の礼拝堂の正面へと回り込んだ後、センターアヴェニュー(Centre Avenue)をほんの少し東へ進んだ進行方向左手に、初代サセックス公爵オーガスタス・フレデリック王子の墓は所在している。
 

        

2026年8月30日日曜日

アガサ・クリスティー作「スペイン櫃の謎」<英国 TV ドラマ版>(The Mystery of the Spanish Chest by Agatha Christie )- その3

第27話「スペイン櫃の謎」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 3 ケースの表紙 -
第32話「大空の死(Death in the Clouds)」において、

サー・デイヴィッド・スーシェ(Sir David Suchet)が
演じるエルキュール・ポワロ(画面左側)と
Sarah Woodward が演じるジェーン・グレイ(Jane Grey:画面右側)の二人が、
パリの街角を歩いているシーンが使用されている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「スペイン櫃の謎(The Mystery of the Spanish Chest)」(1960年)は、1932年に発表された短編「バグダッドの大櫃の謎(The Mystery of the Baghdad Chest)」を改稿した中編で、短編集「クリスマスプディングの冒険(The Adventure of the Christmas Pudding)」(1960年)に収録されている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作短編集「クリスマスプディングの冒険」の
ペーパーバック版の表紙 -
中編「スペイン櫃の謎」が収録されている。


アガサ・クリスティー作「スペイン櫃の謎」の TV ドラマ版が、英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Poirot」の第27話(第3シリーズ)として、1991年2月17日に放映されている。英国の俳優であるサー・デヴィッド・スーシェ(Sir David Suchet:1946年ー)が、名探偵エルキュール・ポワロを演じている。


アガサ・クリスティー作「スペイン櫃の謎」の TV ドラマ版の場合、原作対比、以下のような差異が引き続き見受けられる。


<原作>

ある日の朝、エルキュール・ポワロが秘書フェリシティー・レモン(Miss Felicity Lemon)にその日の仕事を指示する際、持参した朝刊の見出しにある記事「スペイン櫃の謎(SPANISH CHEST MYSTERY)」に興味を持ち、彼女に対して、事件の詳細を調べるよう、頼むところから、物語が始まる。つまり、物語の冒頭、事件は発生しており、ポワロは事後に事件に関与する形を採っている。


<英国 TV ドラマ版>

英国 TV ドラマ版の場合、原作とは異なり、ポワロは事件の発生前から関係者達に出会い、物語の中盤に事件が発生して、ポワロが事件の調査を行うと言う形へ変更されている。


エドワード・クレイトン(Edward Clayton - 原作のアーノルド・クレイトン(Arnold Clayton)に相当)が、ジョン・リッチ(陸軍)少佐(Major John Rich - 原作のチャールズ・リッチ(陸軍)少佐(Major Charles Rich)に相当)の自宅の居間に置かれた「スペイン櫃(Spanish Chest)」内で刺殺された経緯は、 英国 TV ドラマ版と原作の間で、異なっている。


(4)


<英国 TV ドラマ版>

帰宅したエドワード・クレイトンは、妻のマーガリート・クレイトン(Marguerite Clayton - 原作のマーガリータ・クレイトン(Margharita Clayton)に相当)に対して、「今夜、急用でエディンバラ(Edinburgh)へ出かけることになった。ジョン・リッチ少佐のパーティーには出席できなくなったので、一人で出かけてほしい。エディンバラへ出かける前、午後4時まではクラブに居る予定。」と告げる。


エドワード・クレイトンの帰宅時間は不明だが、妻マーガリートとの会話から、クラブへの移動時間を考慮すると、遅くても午後3時以前だと思われる。

また、エドワード・クレイトンの職業については、明確に言及されていないが、物語におけるセリフから推測すると、弁護士のように思われる。エディンバラへ出かける要因になった急用が、公用なのか、私用なのか、ハッキリしないものの、おそらく、公用だと推測される。


英国 TV ドラマ版の場合、クレイトン夫妻の家として、ロンドンの特別区の一つで、ロンドン南西部郊外のリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)のリッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)内に所在するリッチモンドグリーン(Richmond Green → 2026年7月24日付ブログで紹介済)と呼ばれる大きな緑地帯の南側、南北に延びるオールドパレステラス通り(Old Palace Terrace)と東西に延びるキングストリート(King Street)が交差する場所に建つキングストリート18番地(18 King Street)の「オークハウス(Oak House → 2026年8月7日 / 8月13日付ブログで紹介済)」の建物外観が、撮影に使用されている。


キングストリート18番地に建つ「オークハウス」
<筆者撮影>



<原作>

帰宅したアーノルド・クレイトンは、妻のマーガリータ・クレイトンに対して、「自分が所有する不動産の件で、今夜、急用でスコットランド(Scotland)へ出かけることになった。チャールズ・リッチ少佐のパーティーには出席できなくなったので、一人で出かけてほしい。」と告げる。行き先として、スコットランドとのみ言及されており、エディンバラとまでは特定されていない。


アーノルド・クレイトンの帰宅時間は、妻マーガリータによると、「午後6時過ぎ」とのこと。

また、アーノルド・クレイトンの職業は、英国の大蔵省(Treasury)勤務で、スコットランドへ出かける要因になった急用は、自分が所有する不動産の件なので、私用である。


クレイトン夫妻の家は、ルーメインガーデンズ(Roumaine Gardens - 架空の場所)にあると言う設定になっている。


(5)


<英国 TV ドラマ版>

自宅を出たエドワード・クレイトンは、クラブに寄り、そこで友人のカーティス(陸軍)大佐(Colonel Curtiss - 原作のジョック・マクラーレン(海軍)中佐(Commander Jock McLaren)に相当)と一緒に、お酒を飲みながら、相談事(妻のマーガリートが、ジョン・リッチ少佐と不倫しているのではないか?)をしている。


<原作>

自宅を出たアーノルド・クレイトンは、クラブに寄り、そこで友人のジョック・マクラーレン中佐と一緒に、お酒を飲みながら、「自分が所有する不動産の件で、今夜、急用でスコットランドへ出かけることになったので、チャールズ・リッチ少佐のパーティーには出席できなくなった」旨を告げている。


(6)


<英国 TV ドラマ版>

クラブを出たエドワード・クレイトンは、キングスクロス駅(King’s Cross Station)へ行く前に、ジョン・リッチ少佐の自宅に寄り、リッチ少佐の執事であるウィリアム・バージェス(William Burgess)に会い、パーティーに出席できなくなった旨を告げる。

エドワード・クレイトンがジョン・リッチ少佐の自宅を訪れたのは、午後6時過ぎ。


<原作>

クラブを出たアーノルド・クレイトンは、キングスクロス駅(King’s Cross Station)へ行く前に、チャールズ・リッチ少佐の自宅に寄り、リッチ少佐の執事であるバーゴイン(Burgoyne)に会い、パーティーに出席できなくなった旨を告げる。

アーノルド・クレイトンがチャールズ・リッチ少佐の自宅を訪れたのは、午後7時55分頃。


(7)


<英国 TV ドラマ版>

クラブにおいて、カーティス大佐が、ジョン・リッチ少佐の元へ行き、エドワード・クレイトンから聞かされた相談事を踏まえて、警告を告げる。

つまり、エドワード・クレイトン、カーティス大佐とジョン・リッチ少佐の3人は、同じクラブの会員だと言うことが判る。


<原作>

原作では、このような場面はない。

原作の場合、エドワード・クレイトンとカーティス大佐の2人は、同じクラブの会員だと言うことが言及されているのみ。


(8)


<英国 TV ドラマ版>

ジョン・リッチ少佐の自宅で開催されたパーティーへの出席者は、以下の通り。

(主催者)

*ジョン・リッチ少佐

(招待客)

*エルキュール・ポワロ

*レディー・キャロライン・チャタートン(Lady Caroline Chatterton - マーガリートの友人 / ポワロの知人)

*エドワード・クレイトン → 欠席

*マーガリート・クレイトン

*カーティス大佐

*その他、大勢が出席


なお、ジョン・リッチ少佐の自宅として、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のホルボーン地区(Holborn → 2016年9月24日 / 2025年4月22日付ブログで紹介済)内にあるリンカーンズ・イン・フィールズ(Lincoln's Inn Fields → 2016年7月3日付ブログで紹介済)に面して建つリンカーンズ・イン・フィールズ29番地(29 Lincoln's Inn Fields → 2017年4月2日付ブログで紹介済)の建物外観が、撮影に使用されている。


リンカーンズ・イン・フィールズ29番地の建物の正面全景
<筆者撮影>


<原作>

チャールズ・リッチ少佐の自宅で開催されたパーティーへの出席者は、以下の通り。

(主催者)

*チャールズ・リッチ少佐

(招待客)

*アーノルド・クレイトン → 欠席

*マーガリート・クレイトン

*ジョック・マクラーレン中佐

*ジェレミー・スペンス(Jeremy Spence - リンダの夫)

*リンダ・スペンス(Linda Spence - ジェレミーの妻)

の4名のみ。


なお、チャールズ・リッチ少佐の自宅は、ロンドン中心部のシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級住宅街ベルグレイヴィア地区内にあると述べられている。


「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
ベルグレイヴィア地区の南側の地図を抜粋。


(9)


<英国 TV ドラマ版>

翌朝、ジョン・リッチ少佐の執事であるウィリアム・バージェスが、居間に置かれた「スペイン櫃」内で、エドワード・クレイトンの刺殺体を発見。


<原作> 

翌朝、チャールズ・リッチ少佐の執事であるバーゴインが、居間に置かれた「スペイン櫃」内で、アーノルド・クレイトンの刺殺体を発見。 


2026年8月29日土曜日

ロンドン サザンベルグレイヴィア(Southern Belgravia)- その1

ベルグレイヴィア地区のノーザングレイヴィアとサザングレイヴィアの境にある
イートンスクエアガーデンズ(Eaton Square Gardens)(その1)
<筆者撮影>


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の長編第2作目で、かつ、トマス・ベレズフォード(Thomas Beresford - 愛称:トミー(Tommy))とプルーデンス・カウリー(Prudence Cowley - 愛称:タペンス(Tuppence))の記念すべきシリーズ第1作目に該る「秘密機関(The Secret Adversary → 2025年7月20日 / 10月1日付ブログで紹介済)」(1922年)は、英国の海運会社であるキュナードライン(Cunard Line)が所有する当時世界最大の旅客船で、米国ニューヨーク(New York)から英国リヴァプール(Liverpool)へと向かっていたルシタニア号(RMS Lusitania → 2025年7月22日 / 7月23日付ブログで紹介済)が、1915年5月7日の午後2時、アイルランド(Ireland)沖15㎞ の地点で、ドイツ帝国海軍(Imperial Germany Navy)の潜水艦 Uボート(U-boat)から2発の魚雷攻撃を受けて、沈没したところから、その物語が始まる。


2015年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「秘密機関」の
ペーパーバック版の表紙
(Cover design : 
HarperCollinsPublishers Ltd. /
Agatha Christie Ltd. 2015
)


第一次世界大戦(1914年ー1918年)が終わり、世界が復興へと向かう中、ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅(Dover Street Tube Station → 2025年7月30日 / 8月5日付ブログで紹介済)のドーヴァーストリート(Dover Street → 2025年7月28日 / 7月29日付ブログで紹介済)出口において、昔馴染みのトミーとタペンスは、偶然出くわした。


ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅のドーヴァーストリート出口があった
ドーヴァーストリート5−7番地(5-7 Dover Street
→ 2025年8月5日付ブログで紹介済)の建物外観
<筆者撮影>


二人は、お互いに戦後の就職難に悩まされていた。トミーの方は、大戦中の1916年に負傷しており、一方、タペンスの方は、大戦中ずーっと、ボランティアとして、様々な形で働いていたのである。


HarperCollins Publishers 社から2008年に出ている
アガサ・クリスティー作「秘密機関」のグラフィックノベル版
(→ 2023年8月1日 / 8月14日 / 8月16日 / 8月21日付ブログで紹介済)
-
第一次世界大戦後、タペンスこと、プルーデンス・カウリーと
トミーこと、トマス・ベレズフォードの2人は、
ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅のドーヴァーストリート出口において、数年ぶりに再会する。


久々の再会を果たしたトミーとタペンスは、ドーヴァーストリートを下って、ピカデリー通り(Piccadilly → 2025年7月31日付ブログで紹介済)へと向かう。



ドーヴァーストリート5−7番地の建物の右側には、現在、パブが建っている。
画面奥で左右に延びる通りが、ピカデリー通り。
<筆者撮影>


ピカデリー通り -
画面中央奥に見える建物が、ホテル「リッツ ロンドン」。
<筆者撮影>


カフェ「リオンズ(Lyons)」に腰を落ち着けた2人は、お互いの近況を語り合う。

日々のお金に困っていたトミーとタペンスは、「青年冒険家商会(The Young Adventurers, Ltd.)」を設立して、2人で報酬を獲得する術を話し合った。

その際、トミーは、タペンスに対して、「今日、通りで2人の男性がジェーン・フィン(Jane Finn)について話しているのを耳にした。」と言う少し変わったことを告げる。


地下鉄ピカデリーサーカス駅の
ベイカールーラインが停まるプラットフォームの壁にある駅表示
<筆者撮影>


翌日の昼12時に、地下鉄ピカデリーサーカス駅(Piccadilly Circus Tube Station → 2026年8月12日 / 8月23日付ブログで紹介済)で待ち合わせて、「青年冒険家商会」の内容を更に詰めることを約束した2人は、カフェ「リオンズ」を出る。


タペンスと別れた後、トミーが散策する予定だったホテル「リッツ ロンドン」 -
ピカデリー通りを間に挟んで、通りの反対側から見上げたところ。
<筆者撮影>


トミーは、ホテル「リッツ ロンドン(The Ritz London → 2025年7月2日 / 7月14日付ブログで紹介済)」辺りまで、ブラブラと散策するつもりだった。一方、タペンスの方は、サザンベルグレイヴィア(Southern Belgravia)の寄宿寮(hostel)へ真っ直ぐに帰ることにした。


ベルグレイヴィア地区のノーザングレイヴィアとサザングレイヴィアの境にある
イートンスクエアガーデンズ(その2)
<筆者撮影>


The two young people went off in opposite directions. Tuppence’s hostel was situated in what was charitably called Southern Belgravia. For reasons of economy she did no take a bus.


二人は別れて反対方向に歩きだした。タペンスが泊まっているユースホステルは、ロンドン市内の高級住宅地であるサザン・ベルグレーヴィアにあった。倹約するために、バスに乗らないことにする。

(嵯峨 静江訳)


ベルグレイヴィア地区のサザングレイヴィア内にある
チェスタースクエアガーデンズ(Chester Square Gardens)(その1)
<筆者撮影>


タペンスが住む寄宿寮が所在したサザンベルグレイヴィアは、ロンドンの中心部であるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級住宅街ベルグレイヴィア地区(Belgravia)の南側に該る。


ベルグレイヴィア地区のサザングレイヴィア内にある
チェスタースクエアガーデンズ(その2)
<筆者撮影>


ベルグレイヴィア地区は、以下の通りに囲まれている。


*北側:ナイツブリッジ通り(Knightsbridge)- 東側の地下鉄ハイドパークコーナー駅(Hyde Park Corner Tube Station → 2015年6月14日付ブログで紹介済)と西側の地下鉄ナイツブリッジ駅(Knightsbridge Tube Station)を結ぶ通り


*東側:グローヴナープレイス通り(Grosvenor Place)+ロウワーグローヴナープレイス通り(Lower Grosvenor Place)+バッキンガムパレスロード(Buckingham Palace Road)- 北側の地下鉄ハイドパークコーナー駅と南側の地下鉄ヴィクトリア駅(Victoria Tube Station → 2017年7月2日付ブログで紹介済)を結ぶ通り


*南側:ピムリコロード(Pimlico Road)


*西側:スローンストリート(Sloane Street)+ロウワースローンストリート(Lower Sloane Street)


「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
ベルグレイヴィア地区の南側の地図を抜粋。


ベルグレイヴィア地区の南側に該るサザンベルグレイヴィアは、以下の通りに囲まれた場所を指しているものと思われる。


*北側:クリーヴデンプレイス(Cliveden Place)+イートンゲイト(Eaton Gate)+イートンスクエア(Eaton Square)+ホウバートプレイス(Hobart Place)


*東側:ロウワーグローヴナープレイス通り+バッキンガムパレスロード


*南側:ピムリコロード


*西側:ロウワースローンストリート



2026年8月28日金曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その43A

英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「第三の女」ペーパーバック版の表紙 


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている「エルキュール・ポワロの世界(The World of Hercule Poirot)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているエルキュール・ポワロシリーズの登場人物や各作品に関連した112個の手掛かりについて、引き続き、紹介したい。

前回に引き続き、各作品に出てくる登場人物、建物や手掛かり等が、その対象となる。


ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の完成形
<筆者撮影>


(101)孔雀が描かれた絵画(painting of a peacock)



ジグソーパズル中央に立つエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)から右真横へ移動した位置に居る執事のジョージ(George → 2025年10月23日付ブログで紹介済)の左側にある柱の壁に、埠頭を描いた絵(painting of a pier → 2026年7月13日付ブログで紹介済)が掛けられている。そして、その上に、孔雀が描かれた絵画が掛けられている。


(102)アトリエが描かれた絵画(art studio)



ジグソーパズル中央に立つエルキュール・ポワロの右斜め後ろの位置に立っているスコットランドヤードのジェイムズ・ハロルド・ジャップ警部(Inspector James Harold Japp / 後に主任警部(Chief Inspector)に昇進 → 2025年10月24日付ブログで紹介済)の背後にある柱の壁に、アトリエが描かれた絵画が掛けられている。


(103)夫婦が描かれた肖像画(portrait of a husband and wife)



ジグソーパズル中央に立つエルキュール・ポワロの左斜め後ろで、両腕を胸の前で組んだアーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings → 2025年10月12日付ブログで紹介済)が凭れ掛かっている大理石の暖炉(marble fireplace → 2026年6月25日 / 6月30日付ブログで紹介済)の上に、夫婦が描かれた肖像画が掛けられている。


これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1966年に発表した「第三の女(Third Girl)」である。

「第三の女」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第57作目に該り、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第30作目に該っている。


「第三の女」の場合、エルキュール・ポワロが物語の最初から登場しており、後期のポワロシリーズ作品の中では非常に珍しいと言える。


エルキュール・ポワロは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立っている。
<筆者撮影>


ノーマ・レスタリック(Norma Restarick)と言う若い女性が、ポワロの元を訪れるところから、物語が始まる。

彼女曰く、「自分は殺人を犯したのかもしれない。」と言って、ポワロに助けを求めに来たのだが、実際にポワロ本人に面会すると、「あなたは年を取り過ぎている。」と告げると、何故か、急にその場から逃げ出してしまった。


アリアドニ・オリヴァーは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立つ
エルキュール・ポワロ
のすぐ右側に居て、

肘掛け椅子に座っている。

<筆者撮影>


人気推理作家で、昔なじみのアリアドニ・オリヴァー夫人(Mrs. Ariadne Oliver → 2025年10月26日付ブログで紹介済)がノーマ・レスタリックに対して自分のことを紹介したことを知ったポワロは、オリヴァー夫人と一緒に、ノーマ・レスタリックの実家や彼女が住むアパートを訪ねるのであった。