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| バーリントンハウスの中庭に建つ 王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像(その1) Sculptor : Aalfred Drury / Bronze / 1931年 <筆者撮影> |
アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表した長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night → 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)」において、バリントンマナーハウス(Barrington Manor)で開催されたオークションに出品された絵画の作者のうちの1人であるジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds:1723年ー1792年)は英国の画家で、同時代に活躍したジョージ・ロムニー(George Romney:1734年ー1802年 → 2026年5月16日 / 5月21日 / 5月26日 / 5月31日付ブログで紹介済)やトマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough:1727年ー1788年)と並び称された著名な画家である。
ロンドンには、共同で展覧会を開催するための芸術家の団体として、大英芸術家協会(Society of Artists of Great Britain)が1760年に設立され、当初、ジョシュア・レノルズは、同協会の創設メンバーの一人だった。
大英芸術家協会は、1760年4月に最初の展覧会を開催し、1765年にハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)の勅許を受け、同年、会員数は211人に達する。
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| ナショナルポートレイトギャラリー(National Portrait Gallery)に所蔵 / 展示されている ハノーヴァー朝の第3代英国王であるジョージ3世の肖像画 (By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas / based on a portrait of 1761 - 1762) <筆者撮影> |
ところが、1767年に入ると、会員のうち、有力な建築家であるジェイムズ・ペイン(James Paine:1717年ー1789年)とサー・ウィリアム・チェンバーズ(Sir William Chambers:1723年ー1796年)の間で派閥争いが勃発したことに伴い、サー・ウィリアム・チェンバーズやジョシュア・レノルズ達は、大英芸術家協会を脱退。
彼らは、新しい芸術家の団体として、王立芸術院(Royal Academy of Arts)を1768年に設立して、ジョシュア・レノルズが初代会長に選任され、1792年に亡くなるまで、会長職を務めた。
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| バーリントンハウスの中庭に建つ 王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像(その2) <筆者撮影> |
1768年12月10日にジョージ3世が署名した王立芸術院設立に関する協定書(instrument of foundation)上、会員総数は40名と定められていたが、実際には、34名が創設会員に名を連ねた。トマス・ゲインズバラも、その一人である。
1769年に、2人が会員に追加され、総勢出36名となった。
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| バーリントンハウスの中庭に建つ 王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像(その3) <筆者撮影> |
王立芸術院は、全ての芸術家に対して門戸を開くことを旨として、1769年4月25日から同年5月27日まで、最初の展覧会を開催。
この展覧会は、「王立芸術院サマーエキシビション(RA Summer Exhibition)」として、一般に認知されるようになり、現在も、毎年開催されている。
| バーリントンハウス内の中庭 - 反対側に見える建物に、王立芸術院が入居している。 <筆者撮影> |
王立芸術院は、創立当初から、いくつか場所を点々としたが、現在は、英国政府が所有しているバーリントンハウス(Burlington House)に本拠地を構えている。
また、バーリントンハウスの中庭には、王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像が建っている。
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| ナショナルギャラリーの建物正面を下から見上げたところ <筆者撮影> |
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| テイト・ブリテン美術館の建物正面を階段下から見上げたところ <筆者撮影> |
このように、王立芸術院は、ナショナルギャラリー(National Gallery)やテイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)に匹敵する存在として、現在も存続しているが、一方、サー・ウィリアム・チェンバーズやジョシュア・レノルズ達が脱退してしまった大英芸術家協会は、1791年まで展覧会を開催した後、解散の憂き目に遭っている。











































