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| ブランスウィックスクエアの北東の角から ヴァージニア・ウルフが住んでいた家の跡地に建つ ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の校舎を見上げたところ <筆者撮影> |
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| ナショナルポートレイトギャラリー (National Portrait Gallery)で販売されている ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書 (by George Charles Beresford / 1902年7月 / platinum print / 152 mm x 108 mm) |
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| ヴァージニア・ウルフが生まれた ハイドパークゲイト通り22番地の建物全景 <筆者撮影> |
父サー・レスリー・スティーヴンが1904年2月22日に72歳で死去したことに伴い、2度目の神経衰弱に陥ったヴァージニア・ウルフは、姉のヴァネッサ(Vanessa Bell:1879年ー1961年 → 後に英国の画家 / インテリアデザイナーとなる)、長男のトビー(Thoby:1880年ー1906年)と次男のエイドリアン(Adrian:1883年ー1948年)と一緒に、それまで住んでいたハイドパークゲイト通り22番地の家を売却して、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内に所在するゴードンスクエア46番地(46 Gordon Square → 2026年5月22日 / 5月27日付ブログで紹介済)に家を購入した。
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| 英国の著名な批評家 / 歴史家である父サー・レスリー・スティーヴンが 1904年2月22日に亡くなった後、 ハイドパークゲイト通り22番地の家を売却して、 ヴァージニア・ウルフ達が引っ越したゴードンスクエア46番地の建物全景 <筆者撮影> |
1906年の秋、兄のトビー達がギリシア / トルコ旅行へ出かけた際、トビーが腸チフス(typhoid fever)に罹患し、同年11月20日に、26歳の若さで急死してしまう。
また、トビーが亡くなった2日後、姉のヴァネッサがアーサー・クライヴ・へワード・ベル(Arthur Clive Heward Bell:1881年-1964年 → 後に英国の芸術批評家となる)からの求婚を受け、2人は1907年に結婚。
上記の結果、2人となったヴァージニア・ウルフと弟のエイドリアンは、1907年8月、ゴードンスクエア46番地の家から、ロンドンの中心部にあるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のフィッツロヴィア地区(Fitzrovia)内に所在するフィッツロヴィア(Fitzrovia)の端正なフィッツロイスクエア29番地(29 Fitzroy Square → 2026年6月6日 / 6月11日付ブログで紹介済)の家へ引っ越して、倹しく生活を送った。
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| 兄トビーの急死(1906年)と姉ヴァネッサの結婚(1907年)に伴い、 ヴァージニア・ウルフが弟エイドリアンと一緒に引っ越した先の フィッツロイスクエア29番地の建物全景 <筆者撮影> |
ゴードンスクエア46番地の家で4年程暮らした後、ヴァージニア・ウルフと弟のエイドリアンの2人は、1911年11月、より広い家を求めて、カムデン区のブルームズベリー地区内に所在するブランスウィックスクエア(Brunswick Square)の家へ引っ越した。
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ブルームズベリー地区近辺の地図を抜粋。 |
引越後、ヴァージニア・ウルフと弟のエイドリアンの2人は、著述家や芸術家の知的サークルである「ブルームズベリーグループ(Bloomsbury Group)」のメンバーのうち、
*ダンカン・ジェイムズ・コロウ・グラント(Duncan James Corrowr Grant:1885年ー1978年)- 英国の画家 / 織物・陶芸・舞台美術・服飾デザイナー
*レナード・シドニー・ウルフ(Leonard Sidney Woolf:1880年ー1969年)- 英国の作家 / 出版業者 / 公務員
*初代ケインズ男爵ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1st Baron Keynes:1883年ー1946年)- 英国の経済学者
の3人を下宿人 / 間借り人として招き、同居している。
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| ヴァージニア・ウルフが住んでいた家の跡地には、現在、 ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の校舎が立っている。 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフは、レナード・シドニー・ウルフと結婚する1912年までの間、ブランスウィックスクエアの家に住んでいた。
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| ヴァージニア・ウルフが住んでいた家は、 ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の校舎の非常口の辺りに建っていたと思われる。 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフが住んでいたブランスウィックスクエアの家は現存せず、現在は、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン(University College London → 2015年8月16日付ブログで紹介済)薬学部(School of Pharmacy - 住所:ブランスウィックスクエア29-39番地)の校舎が、その場所に建っている。
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| ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の校舎の非常口の右側の外壁に、 1911年から1912年にかけて、ヴァージニア・ウルフ達がここに住んでいたことを示す プラークが掛けられている。 <筆者撮影> |
ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン薬学部の非常口の右側の外壁に、「ブルームズベリーグループのメンバーであるヴァージニア・ウルフ、ダンカン・グラント、エイドリアン・スティーヴン、レナード・ウルフとジョン・メイナード・ケインズが、1911年から1912年までの間、ここに住んでいた」ことを示す Marchmont Association / UCL School of Pharmacy のプラークが掛けられている。








































