2026年11月1日日曜日

サラ・シドンズ(Sarah Siddons)- その1



サラ・シドンズ(Sarah Siddens:1755年ー1831年)は、英国の舞台女優で、18世を代表する悲劇女優として有名である。


2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャー(通称:マイク)と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン(通称:エリー)の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックスに依頼して、

キングストンビショップ村にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表した長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night → 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)」において、バリントンマナーハウス(Barrington Manor)で開催されたオークションに出品された絵画の作者のうちの1人であるジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds:1723年ー1792年)と彼と同時代に活躍したトマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough:1727年ー1788年)の2人によって、彼女の肖像画が描かれている。


サラ・シドンズは、1755年7月5日、家族中心の旅まわり演劇一座(touring Theatre company)Warwickshire Company of Comedians のマネージャーであるロジャー・ケンブル(Roger Kemble:1721年ー1802年)とサラ・ウォード(Sarah Ward)の長女(本名:サラ・ケンブル(Sarah Kemble))として、ウェールズ(Wales)ブレックノックシャー州(Brecknockshire)のブレコン(Brecon)に出生。


サラ・ケンブルの父ロジャー・ケンブルはローマンカトリック教徒で、母のサラ・ウォードはプロテスタント(新教徒)だったため、彼女の弟3人は、父ロジャー・ケンブルの宗派で育てられた。


(1)長男:ジョン・フィリップ・ケンブル(John Philip Kemble:1757年ー1823年)→ 後に、舞台俳優になる。

(2)次男:ジョージ・スティーヴン・ケンブル(George Stephen Kemble:1758年ー1822年)→ 後に、劇団のマネージャー / 舞台俳優 / 劇作家になる。

(3)三男:チャールズ・ケンブル(Charles Kemble:1775年ー1854年)→ 後に、舞台俳優になる。


一方、サラ・ケンブルと彼女の妹2人は、母サラ・ウォードの宗派で育てられた。


(4)次女:エリザベス・ウィットロック(旧姓:ケンブル)(Elizabeth Whitlock:1761年ー1836年)→  後に、舞台女優になる。

(5)三女:アン・ジュリア・ハットン(旧姓:ケンブル)(Ann Julia Hatton:1764年ー1838年)→  後に、小説家になる。


サラ・ケンブルの両親は、当初、彼女に対して、舞台女優になるよう、諭した。何故ならば、当時、演劇、つまり、舞台女優になることが、女性にとって、唯一尊敬を受けられる職業だったからである。


ところが、サラ・ケンブルは、1770年から1773年までの間、ウォーリックシャー州(Warwickshire)の州都ウォーリック(Warwick)近郊において、レディー・ メアリー・バーティー・グレイトヘッド(Lady Mary Bertie Greathead)のメイド兼コンパニオンとして 働いていたが、18歳になった1773年に、舞台俳優であるウィリアム・シドンズ(William Siddons:1745年ー1808年)と結婚。

サラ・シドンズとなった彼女は、夫ウィリアム・シドンズとの間に、7人の子を成した(成人したのは、5人のみ)が、婚姻生活は次第に不自然なものとなり、最終的に、離婚はしないものの、別居生活を最後まで通したのである。


2026年10月31日土曜日

ブルース・ルール作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 初仕事の探偵」(The Further Adventures of Sherlock Holmes: The Debutante Detective by Bruce Rule) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2026年に出版された
ブルース・ルール作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 初仕事の探偵」の裏表紙


米国の作家であるブルース・ルール(Bruce Rule)が、Titan Publishing Group Ltd. から、「シャーロック・ホームズの更なる冒険(The Further Adventures of Sherlock Holmes)」シリーズの一つとして、今年(2026年7月)に発表した作品である「初仕事の探偵(The Debutante Detective)」の場合、1905年4月8日の午後遅く、ジョン・H・ワトスンが、久し振りにベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)を訪れるところから、物語が始まる。シャーロック・ホームズは、既に諮問探偵業から引退して、ロンドンを離れ、サセックス州(Sussex)のコテージで日々を過ごしていた。


ワトスンがベイカーストリート221B に入ると、ハドスン夫人(Mrs. Hudson)は居らず、何故か、上の部屋には、ホームズが居た。ホームズは、諮問探偵業から引退していたが、ロンドンに戻る用事がある場合に備え、ハドスン夫人に依頼して、部屋をそのままに管理してもらっていたのである。


そこへ、男装の女性が、ホームズの元を相談に訪れる。彼女は、「自分は、リリアン・ジョンスン(Mrs. Lillian Johnson)で、アリス・リー・ルーズヴェルト(Alice Lee Roosevelt:21歳)の秘書である。」と名乗った。

アリス・リー・ルーズヴェルトは、米国の軍人 / 政治家で、第25代副大統領、そして、ウィリアム・マッキンリー大統領の暗殺に伴い、第26代大統領に就任したセオドア・ルーズヴェルト(Theodore Roosevelt:1858年ー1919年 → 2022年10月21日 / 10月26日付ブログで紹介済)の娘で、現在、ロンドンに滞在していた。


国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2010年に出版された
H・ポール・ジェファーズ(H. Paul Jeffers:1934年ー2009年)作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 不屈の仲間
(The Stalwart Companions → 2022年10月2日 / 10月4日 / 10月17日付ブログで紹介済)」
(1978年)の表紙(部分)に描かれているセオドア・ルーズヴェルト大統領


リリアン・ジョンスンによると、アリス・リー・ルーズヴェルトが米国の駐英大使であるジョーゼフ・ホッジス・チョート氏(Mr. Joseph Hodges Choate)と昼の会食をしている間、ホテルの部屋(アリス・リー・ルーズヴェルト用)に一人で居た、とのこと。

その時、部屋のドアがノックされたので、彼女はホテルの従業員だと思い、ドアを開けた。アリス・リー・ルーズヴェルトは、リリアン・ジョンスンに対して、「事前の約束がない訪問者は、 部屋に入れないこと。」と言い渡していた。リリアン・ジョンスンがドアを開けたところ、そこには、ホテルの従業員ではなく、英国人の紳士が立っていたのである。 驚いたリリアン・ジョンスンがホテルの従業員を呼んでいる間に、ホテルの部屋のテーブルの上に置かれていたある重要な書類が紛失していたのである。 


それは、セオドア・ルーズヴェルト大統領の指示に基づいて、アリス・リー・ルーズヴェルトがロンドンに持参した日露戦争(1904年ー1905年)にかかる大日本帝国とロシア帝国の間の講和条約に関する書類だったのだ。


リリアン・ジョンスンの話を聞いたホームズは、悪党のフィッツロイ(Mr. Fitzroy)による仕業で、彼女が呼んだホテルの従業員は、フィッツロイの共犯者であると考えた。ホームズは、リリアン・ジョンスンに対して、「明日、アリス・リー・ルーズヴェルトとの面談をアレンジしてほしい。」と依頼。


翌日の午前中、ワトスンは診察で多忙だったが、昼頃、ホームズからの連絡があり、今日の午後6時に米国大使館に集合するよう、指示を受けた。

ホームズの指示通り、ワトスンが馬車で米国大使館に到着すると、米国の駐英大使ジョーゼフ・ホッジス・チョート氏の出迎えを受ける。ワトスンが大使館の中に入ると、ホームズが既に待っていた。

そして、ホームズ / ワトスンとアリス・リー・ルーズヴェルトの面談が始まった。


ホームズの説明によると、


*米国大使館は、スイスの国境に近いフランスの村からの電報を受け取った。その電報は、ホームズが、明日の午後遅くに、ロンドンへ戻る予定と言う内容だった。

*英国政府との間に裏のパイプを持つフィッツロイに、この電報の内容は既に漏れていると考えられる。

*従って、フィッツロイは、ホームズがロンドンに戻る前に、日露戦争にかかる大日本帝国とロシア帝国の間の講和条約に関する書類を、大日本帝国とロシア帝国のどちらかに売りさばく可能性が非常に高い。

*実際、フィッツロイは、大日本帝国とロシア帝国の政府関係者達に、明日の午前10時に自分の邸宅に来るよう、既に連絡をしている。大日本帝国とロシア帝国のうち、購入価格を高く提示した方へ書類を売る筈。


とのことだった。


翌朝、ホームズによるメイクアップを受けて、庭師に変装したワトスンは、スコットランドヤードのレストレイド警部(Inspector Lestrade)と一緒に出発、フィッツロイの邸宅へと向かった。


2026年10月30日金曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その44B

英国の HarperCollinsPublishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー 」のペーパーバック版の表紙 -
ハロウィーンに使われるカボチャの山が、猫の形に切り取られている。


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1969年に発表した「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party → 2023年10月6日 / 10月11日付ブログで 紹介済)」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第60作目に該り、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第31作目に該っている。

アリアドニ・オリヴァーは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立つ
エルキュール・ポワロ
のすぐ右側に居て、

肘掛け椅子に座っている。

<筆者撮影>


「ハロウィーンパーティー」の場合、女性推理作家として有名なアリアドニ・オリヴァー夫人(Mrs. Ariadne Oliver → 2025年10月26日付ブログで紹介済)が、ロンドンから30ー40マイル程離れた町ウッドリーコモン(Woodleigh Common)に住む友人のジュディス・バトラー(Judith Butler)宅に滞在していルところから、物語が始まる。

ウッドリーコモンの中心的な存在であるロウィーナ・ドレイク夫人(Mrs. Rowena Drake)が、学校の生徒達のために、ハロウィーンパーティーを主催することになり、オリヴァー夫人やジュディス・バトラーも、準備作業を含めて、参加する運びとなった。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー」のうち、
2026年10月のカレンダーに描かれている
エルキュール・ポワロシリーズの長編第31作目
「ハロウィーンパーティー(→ 2026年2月9日付ブログで紹介済)」(1969年)-

ロンドンから30ー40マイル程離れた町ウッドリーコモンの中心的な存在である

ロウィーナ・ドレイク夫人の自宅「リンゴの木荘」において、

学校の生徒達のために開催されるハロウィーンパーティー用に準備された

カボチャやリンゴが描かれている。

<筆者撮影>


ハロウィーンパーティーを晩に控えた午後、ドレイク夫人宅「リンゴの木荘(Apple Trees House)」において、学校の生徒達が準備の手伝いをしていた。その際、生徒の一人である13歳のジョイス・レノルズ(Joyce Reynolds)が、突然、「ずっと前に殺人を目撃したことがある。ただ、当時は、それが殺人だと判らなかった。(I witnessed a murder once, when I was little. I didn’t understand what was going on at the time.)」と言い出したのである。

ジョイス・レノルズの話を聞いた他の生徒達は、日頃から彼女が人の関心を惹くために、いろいろと嘘をつくので、彼女を全く相手にしない。ドレイク夫人宅に準備の手伝いに来ていたオリヴァー夫人も、ジョイスが推理作家である自分の気を引こうとしているものと思い、彼女の話を本気にしなかった。


エルキュール・ポワロは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立っている。
<筆者撮影>


ドレイク夫人宅において、ハロウィーンパーティーが行われた日の翌日の晩、オリヴァー夫人が、ロンドンのエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)のフラットに電話をかけてきた後、慌ててやって来る。オリヴァー夫人は、ポワロに対して、ヒステリー気味に話を始めた。

ハロウィーンパーティーが終わった後、以前殺人を目撃したことがあると言っていたジョイス・レノルズが、ドレイク夫人宅の図書室において、リンゴが浮かぶブリキのバケツに頭を押し込まれて、溺死しているのが見つかったのである。


オリヴァー夫人から話を聞いて、ハロウィーンパーティー前の発言のために、ジョイス・レノルズが口封じされたものと考えたポワロは、早速、行動に移った。

ポワロは、古い友人であるバート・スペンス元警視(ex Superintendent Bart Spence)の元を訪れる。偶然にも、スペンス元警視は、引退後、夫を亡くした妹のエルスペス・マッケイ(Elspeth McKay)と一緒に、ジョイス・レノルズが殺害された町ウッドリーコモンに住んでいたのである。


スペンス元警視の場合、ウッドリーコモンに住み始めて、それ程長くはないものの、彼の妹であるエルスペス・マッケイは、彼よりも長く、ウッドリーコモンに住んでいるので、ポワロは、2人の協力を得て、過去数年間にウッドリーコモン周辺で殺された人物、あるいは、殺害された可能性のある人物のリストを作成してもらい、一つ一つ捜査を進める。


*ルウェリン=スマイス夫人(Mrs. Llewellyn-Smythe):

富豪の未亡人である彼女(ロウィーナ・ドレイク夫人の夫が、彼女の甥に該る)が突然亡くなり、彼女の遺言書(codicil)により、彼女の屋敷で働いていたオルガ・セミノフ(Olga Seminoff - ヘルツェゴヴィナ(Herzegovina)出身 / 外国語の勉強を目的として、家事手伝いをしながら、外国の家庭に住まわせてもらう制度を利用していた女性(au pair girl))が彼女の遺産相続人として指定される。ところが、後に、その遺言書が偽造と判明し、オルガ・セミノフも失踪して、行方不明となる。


*レスリー・フェリアー(Leslie Ferrier):

ルウェリン=スマイス夫人の顧問弁護士であるジェレミー・フラートン(Jeremy Fullerton)が経営する法律事務所(Fullerrton, Harrison and Leadbetter)の事務員として働いていたが、ある夜、パブ(The Green Swan)からの帰り道、何者かに背中を刺されて死亡(当時28歳)。当時、彼は、パブの経営者の妻と不倫関係にある上に、他の女性との関係も噂されていた。


*シャーロット・ベンフィールド(Charlotte Benfield):

店員として働いていたが、採掘場(quarry)近くの森の小道において、頭部に複数の傷を負って、死亡しているのが発見される(当時16歳)。2人の男性が容疑者として疑われたものの、決定的な証拠が挙がらなかった。


*ジェネット・ホワイト(Janet White):

エルムズ学校(Elms school)の教師として働いていたが、学校から自宅への帰り道において、何者かに首を絞められて死亡。彼女と同居していた同じく教師のノーラ・アンブローズ(Nora Ambrose)によると、ジェネット・ホワイトは、1年程前に、交際していた男性と別れたが、その男性が、彼女に対して、しつこく脅迫の手紙を送ってくることに悩んでいた、とのこと。ただし、残念ながら、その男性が誰なのかについては、ハッキリしなかった。


果たして、この中に、ジョイス・レノルズが目撃したと言う殺人事件が含まれているのだろうか?


次に、ポワロは、エルムズ学校を訪ねて、ハロウィーンパーティーに参加していた教師であるエリザベス・ウィッテカー(Elizabeth Whittaker)に面会した。

エリザベス・ウィッテカーによると、パーティーの途中、廊下に出た際、階段の一番上に居たドレイク夫人が、手に抱えていた花瓶を突然落として割ってしまう現場を目撃した、とのこと。手に抱えていた花瓶を落として割ってしまった際、ドレイク夫人は、階段の上から図書室(ジョイス・レノルズが殺害された部屋)の方へ視線を向けており、エリザベス・ウィッテカーとしては、「ドレイク夫人は、図書室を出入りした誰かを目撃したのではないか?」と答えた。残念ながら、エリザベス・ウィッテカーが居た場所から、図書室の方を見ることはできなかったのである。


ポワロが、ルウェリン=スマイス夫人が住んでいた屋敷の様子を見に出かけた際、造園師である美青年のマイケル・ガーフィールド(Michael Garfield)に出会う。彼は、亡くなる前のルウェリン=スマイス夫人からの依頼を受けて、彼女が所有していた元の採掘場(quarry)を非常に美しい庭園へと造園していた。


エリザベス・ウィッテカーの話に基づいて、ポワロは、ドレイク夫人に対して、「図書室を出入りした誰かを見たのか?」と尋ねるが、ドレイク夫人は、「何も見ていない。」と答えるのみであった。


その後、ジョイス・レノルズの弟で、ここのところ、妙に金まわりがよくなったレオポルド・レノルズ(Leopold Reynolds)が、小川において、溺死体で発見される。

レオポルド・レノルズの溺死体を発見された後、ドレイク夫人がやって来て、ポワロに対して、突然、花瓶を落とした理由について、「図書室から出て来たレオポルド・レノルズを見かけたからだ。」と告白するのであった。


果たして、ジョイス・レノルズと彼女の弟であるレオポルド・レノルズの2人を殺害した犯人は、一体、誰なのか?

また、これらの殺人は、過去に発生したルウェリン=スマイス夫人、レスリー・フェリアー、シャーロット・ベンフィールド、そして、ジェネット・ホワイトのうち、いずれの事件と関連しているのだろうか?


(104)口で咥えるゲーム用に、水に浮かべたリンゴが入ったバケツ(apple-bobbing bucket)



ハロウィーンパーティーを晩に控えた午後、ロウィーナ・ドレイク夫人宅「リンゴの木荘」において、学校の生徒達が準備の手伝いをしていた際、生徒の一人である13歳のジョイス・レノルズが、突然、「ずっと前に殺人を目撃したことがある。」と言い出す。

ドレイク夫人宅に準備の手伝いに来ていたオリヴァー夫人は、ジョイスが推理作家である自分の気を引こうとしているものと思い、彼女の話を本気にしなかったが、ハロウィーンパーティーが終わった後、ジョイスが、ドレイク夫人宅の図書室において、リンゴが浮かぶブリキのバケツに頭を押し込まれて、溺死しているのが見つかったのである。


(105)魔除けのガラス玉と手鏡(witch ball and hand mirror)



魔除けのガラス玉と手鏡は、ロウィーナ・ドレイク夫人宅「リンゴの木荘」において開催されるハロウィーンパーティーで使われるもので、特に手鏡は、女生徒に将来の夫が映る道具として使用された。


2026年10月29日木曜日

ロンドン バーリントンハウス(Burlington House)- その1

バーリントンハウス内の中庭 -
反対側に見える建物に、王立芸術院が入居している。
<筆者撮影>


ロンドンには、共同で展覧会を開催するための芸術家の団体として、大英芸術家協会(Society of Artists of Great Britain)が1760年に設立され、英国の画家で、同時代に活躍したジョージ・ロムニー(George Romney:1734年ー1802年 → 2026年5月16日 / 5月21日 / 5月26日 / 5月31日付ブログで紹介済)やトマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough:1727年ー1788年)と並び称された著名な画家であるジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds:1723年ー1792年)も、当初は、同協会の創設メンバーの一人だった。


ナショナルポートレイトギャラリー(Naitional Portrait Gallery)に所蔵 / 展示されている
ジョシュア・レノルズ作「Self-Portrait(自画像)」
(1747年ー1749年頃)
<筆者撮影>


ところが、1767年に入ると、会員のうち、有力な建築家であるジェイムズ・ペイン(James Paine:1717年ー1789年)とサー・ウィリアム・チェンバーズ(Sir William Chambers:1723年ー1796年)の間で派閥争いが勃発したことに伴い、サー・ウィリアム・チェンバーズやジョシュア・レノルズ達は、大英芸術家協会を脱退。

彼らは、新しい芸術家の団体として、王立芸術院(Royal Academy of Arts → 2026年10月24日 / 10月25日付ブログで紹介済)を1768年に設立して、ジョシュア・レノルズが初代会長に選任され、1792年に亡くなるまで、会長職を務めた。


現在、王立芸術院が入っている
バーリントンハウスの中庭に建つ
王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像
Sculptor : Alfred Drury / Bronze / 1931年
<筆者撮影>


設立当初(1768年)、パル・マル通り(Pall Mall → 2016年4月30日付ブログで紹介済)に置かれた王立芸術院は、


1771年:初代サマセットハウス(Somerset House → 2016年7月17日付ブログで紹介済)

1780年:2代目サマセットハウス

1837年:トラファルガースクエア(Trafalgar Square)の北側に新たに建設された建物(現在のナショナルギャラリー(National Gallery)の東棟)


と言う変遷を辿り、1869年にロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級住宅街メイフェア地区(Mayfair)内に所在しているバーリントンハウス(Burlington House)へ移転して、現在に至っている。


バーリントンハウスの中庭に建つ
王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像(その2)
<筆者撮影>


1664年頃、英国の詩人で、廷臣でもあったサー・ジョン・デナム(Sir John Denham:1614年ー1669年)が、ピカデリー通り(Piccadilly → 2025年7月31日付ブログで紹介済)の北側に建設を始めた大規模な民間住宅の一つが、バーリントンハウスの始まりである。ただし、この時点では、建物の外観は、赤煉瓦で建てられた。

なお、サー・ジョン・デナムは、工事監督官(Surveyor of the King’s Works)も務めている。


1667年に、建設途上の建物は、サー・ジョン・デナムから初代バーリントン伯爵リチャード・ボイル(Richard Boyle, 1st Earl of Burlington:1612年ー1698年)へ売却された。

初代バーリントン伯爵リチャード・ボイルは、王政復古期(Restoration)に活躍した英国の建築家であるヒュー・メイ(Hugh May:1621年ー1684年)の関与を経て、建物を完成させた。そして、完成した建物は、所有者である初代バーリントン伯爵リチャード・ボイルに因んで、「バーリントンハウス 」と呼ばれるようになった。


1704年に、「バーリントンハウス」は、当時まだ10歳だった第3代バーリントン伯爵リチャード・ボイル(Richard Boyle, 3rd Earl of Burlington:1694年ー1753年)に譲られた。後に、第3代バーリントン伯爵リチャード・ボイルは、政治家に加えて、建築家となり、現在の「バーリントンハウス」の建築様式である「パラディオ式建築(Palladian architecture)」を、  18世紀の英国において推進していく中心的な存在となるのである。


 

2026年10月28日水曜日

エセル・リナ・ホワイト作「消えた女性」<小説版>(The Lady Vanishes by Ethel Lina White )- その2

2024年に英国の Pushkin Press 社から出版された
エセル・リナ・ホワイト作「消えた女性」のペーパーバック版の表紙
(Cover design by Jo Walker / Photo by SSPL + Getty Images /
Photo by Found Image Holdings + Corbis via Getty Images) 

英国ウェールズ地方(Wales)モンマスシャー(Monmouthshire)生まれの女性推理作家で、1930ー1940年代を代表する推理作家の一人と言われているエセル・リナ・ホワイト(Ethel Lina White:1876年ー1944年)が1936年に発表した長編第9作目に該る「消えた女性(The Lady Vanishes - 原題:「車輪の空転(The Wheel Spins)」)の場合、社交界の名士(名花)であるアイリス・カー(Iris Carr)が、欧州大陸で夏の休暇を過ごした後、アドリア海に臨むイタリア北東部の港市トリエステ(Trieste)から英国へ戻るところから、物語が始まる。

駅のプラットフォームにおいて、2人の男性が裁判の証人のことで議論しているのを見ていたアイリス・カーは、突然、気を失ってしまう。暫くして気が付くと、彼女は、待合室のベンチで横になっていた。スーツケースと帽子は近くにあったが、お金、切符やパスポート等が入った鞄が手元になかった。周囲で見守っていたポーターが、彼女に鞄を手渡す。幸いにして、鞄の中に、お金、切符やパスポート等は入っていた。ホテルの領収書も、一緒に入っていた。

アイリス・カーは、鞄の中から取り出した切符をポーターに見せると、ポーターは、彼女の手をとり、プラットフォームへ向かって、駆け出す。そして、ポーターは、 動き出した列車の一番近い車輌のドアを開けると、アイリス・カーのスーツケースを車輌内へ放り込んだ後、乗客の女性の手助けを得て、アイリス・カーもなんとか車輌に無事乗せることができた。

アイリス・カーがなんとか列車に乗ることを手助けした乗客の女性は、英国人の教師(English governess)であるウィニフレッド・フォイ(Winifred Foy - 愛称:ウィニー(Winnie))で、休暇のため、英国へと戻る途中だった。ウィニフレッド・フォイは、落ち着いたアイリス・カーを、食堂車でのお茶へと誘う。

食堂車へ行く前に、ウィニフレッド・フォイは、アイリス・カーに対して、自分の両親等のことを話し始める。

*父親(シオドア(Theodore):77歳)- 65歳で引退して、70歳からヘブライ語(Hebrew)を学び始めた。

*母親(80歳)- 小説好きで、毎週、長距離バスに乗って、本を借りに行く。 

*犬(ソック(Sock))


ウィニフレッド・フォイの話を聞いている途中、アイリス・カーは、酷い頭痛がして、気分が悪くなってきた。目を閉じたアイリス・カーのことを心配したウィニフレッド・フォイは、アイリス・カーが食べられそうなものを買いに、食堂車へ一人で向かった。

暫くして、アイリス・カーが目を覚ますと、ウィニフレッド・フォイの席は空いたままで、食堂車からまだ戻って来ていなかった。


アイリス・カーが、別のコンパートメントに居る牧師のケネス・バーンズ(Kenneth Barnes)と妻のエドナ・バーンズ(Edna Barnes)に、ウィニフレッド・フォイのことを尋ねるが、2人からは、「彼女(ウィニフレッド・フォイ)のことは見ていない。」と言う答えが返ってきた。


ウィニフレッド・フォイが食堂車から戻ってこないことを心配するアイリス・カーに、山岳地帯でダム建設に従事する技師のマクシミリアン・ヘア(Maximilian Hare)とトッドハンター教授(Professor Todhunter)が協力する。

ウィニフレッド・フォイとアイリス・カーが居たコンパートメントの乗客達にヒアリングするものの、皆、「そういった女性のことは知らない。」と答えるのであった。


アイリス・カーは、マクシミリアン・ヘアと一緒に、食堂車へ赴くものの、残念ながら、何の情報も得られなかった。そこへ、トッドハンター教授が「ウィニフレッド・フォイは、自分の席に戻った。」と告げに来た。


アイリス・カーとマクシミリアン・ヘアが元のコンパートメントへ戻ってみると、確かに、その席に女性が座っていたが、ウィニフレッド・フォイとは全く別人だった。その女性は、クマー夫人(Frau Kummer)だと名乗り、食堂車でアイリス・カーとお茶したことも付け加えたのだ。

その話を聞いたアイリス・カーは、思わず、「そんなのは嘘です。私は、貴女とお茶などしていません。私は、今までに貴女に会ったことはありません。(That’s a lie. I never had tea with you. You’re a complete stranger to me.)」と叫んだ。


ウィニフレッド・フォイは、一体、何処へ姿を消してしまったのか?それとも、彼女は、アイリス・カーが見た幻なのか?


2026年10月27日火曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その44A

英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」のペーパーバック版の表紙


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている「エルキュール・ポワロの世界(The World of Hercule Poirot)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているエルキュール・ポワロシリーズの登場人物や各作品に関連した112個の手掛かりについて、引き続き、紹介したい。

前回に引き続き、各作品に出てくる登場人物、建物や手掛かり等が、その対象となる。


ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の完成形
<筆者撮影>


(104)口で咥えるゲーム用に、水に浮かべたリンゴが入ったバケツ(apple-bobbing bucket)



ジグソーパズルの上段中央のやや右手にあるフランス窓の外に、水に浮かべたリンゴが入ったバケツが置かれている。


(105)魔除けのガラス玉と手鏡(witch ball and hand mirror)



ジグソーパズルの中段の一番左手にあるテーブルの上の左端に、魔除けのガラス玉と手鏡に置かれている。


これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1969年に発表した「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party → 2023年10月6日 / 10月11日付ブログで 紹介済)」である。

「ハロウィーンパーティー」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第60作目に該り、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第31作目に該っている。


アリアドニ・オリヴァーは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立つ
エルキュール・ポワロ
のすぐ右側に居て、

肘掛け椅子に座っている。

<筆者撮影>


女性推理作家として有名なアリアドニ・オリヴァー夫人(Mrs. Ariadne Oliver → 2025年10月26日付ブログで紹介済)は、ロンドンから30ー40マイル程離れた町ウッドリーコモン(Woodleigh Common)に住む友人のジュディス・バトラー(Judith Butler)宅に滞在していた。

ウッドリーコモンの中心的な存在であるロウィーナ・ドレイク夫人(Mrs. Rowena Drake)が、学校の生徒達のために、ハロウィーンパーティーを主催することになり、オリヴァー夫人やジュディス・バトラーも、準備作業を含めて、参加する運びとなった。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
「アガサ・クリスティー 2026年オフィシャルカレンダー」のうち、
2026年10月のカレンダーに描かれている
エルキュール・ポワロシリーズの長編第31作目
「ハロウィーンパーティー(→ 2026年2月9日付ブログで紹介済)」(1969年)-

ロンドンから30ー40マイル程離れた町ウッドリーコモンの中心的な存在である

ロウィーナ・ドレイク夫人の自宅「リンゴの木荘」において、

学校の生徒達のために開催されるハロウィーンパーティー用に準備された

カボチャやリンゴが描かれている。

<筆者撮影>


ハロウィーンパーティーを晩に控えた午後、ドレイク夫人宅「リンゴの木荘(Apple Trees House)」において、学校の生徒達が準備の手伝いをしていた。その際、生徒の一人である13歳のジョイス・レノルズ(Joyce Reynolds)が、突然、「ずっと前に殺人を目撃したことがある。ただ、当時は、それが殺人だと判らなかった。(I witnessed a murder once, when I was little. I didn’t understand what was going on at the time.)」と言い出したのである。

ジョイス・レノルズの話を聞いた他の生徒達は、日頃から彼女が人の関心を惹くために、いろいろと嘘をつくので、彼女を全く相手にしない。ドレイク夫人宅に準備の手伝いに来ていたオリヴァー夫人も、ジョイスが推理作家である自分の気を引こうとしているものと思い、彼女の話を本気にしなかった。


エルキュール・ポワロは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立っている。
<筆者撮影>


ドレイク夫人宅において、ハロウィーンパーティーが行われた日の翌日の晩、オリヴァー夫人が、ロンドンのエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)のフラットに電話をかけてきた後、慌ててやって来る。オリヴァー夫人は、ポワロに対して、ヒステリー気味に話を始めた。

ハロウィーンパーティーが終わった後、以前殺人を目撃したことがあると言っていたジョイス・レノルズが、ドレイク夫人宅の図書室において、リンゴが浮かぶブリキのバケツに頭を押し込まれて、溺死しているのが見つかったのである。


オリヴァー夫人から話を聞いて、ハロウィーンパーティー前の発言のために、ジョイス・レノルズが口封じされたものと考えたポワロは、早速、行動に移った。

ポワロは、古い友人であるバート・スペンス元警視(ex Superintendent Bart Spence)の元を訪れる。偶然にも、スペンス元警視は、引退後、夫を亡くした妹のエルスペス・マッケイ(Elspeth McKay)と一緒に、ジョイス・レノルズが殺害された町ウッドリーコモンに住んでいたのである。


2026年10月26日月曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その43B

英国の HarperCollinsPublishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作「第三の女」のペーパーバック版の表紙 -
樹木の枝にとまる鳥の絵が、孔雀の羽根の形に切り取られている。
欲を言えば、背景の絵として、
孔雀が使われていると、なおよかったのではないかと思われる。

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1966年に発表した「第三の女(Third Girl)」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第57作目に該り、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第30作目に該っている。


エルキュール・ポワロは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立っている。
<筆者撮影>


「第三の女」の場合、ノーマ・レスタリック(Norma Restarick)と言う若い女性が、エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)の元を訪れるところから、物語が始まる。

彼女曰く、「自分は殺人を犯したのかもしれない。」と言って、ポワロに助けを求めに来たのだが、実際に、ポワロ本人に面会すると、「あなたは年を取り過ぎている。」と告げると、何故か、急にその場から逃げ出してしまった。


アリアドニ・オリヴァーは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立つ
エルキュール・ポワロ
のすぐ右側に居て、

肘掛け椅子に座っている。

<筆者撮影>


人気推理作家で、昔なじみのアリアドニ・オリヴァー夫人(Mrs. Ariadne Oliver → 2025年10月26日付ブログで紹介済)がノーマ・レスタリックに対して自分のことを紹介したことを知ったポワロは、オリヴァー夫人と一緒に、ノーマ・レスタリックの実家や彼女が住むアパートを訪ねるのであった。

今回、ポワロとオリヴァー夫人の2人は、死体なき犯罪の行方を追うことになる。


ノーマ・レスタリックは、ロンドンのアパートにも実家にも居らず、行方不明になっていた。

数日後、ノーマ・レスタリックが恋人のディヴィッド・ベイカー(David Baker)と一緒にカフェに居るところを、偶然、オリヴァー夫人が発見。

カフェに残ったノーマ・レスタリックをポワロに任せると、オリヴァー夫人は、ディヴィッド・ベイカーを尾行する。

ポワロはノーマ・レスタリックに殺人のことを再度尋ねたものの、彼女は思い出すことができず、再び恐怖に駆られて、その場から立ち去ってしまった。

一方、ディヴィッド・ベイカーの尾行を開始したオリヴァー夫人は、狭い路地に入ったところで、彼に尾行を気付かれてしまう。なんとか話を繕って、その場を凌いだオリヴァー夫人であったが、ディヴィッド・ベイカーのアトリエを出たところで、何者かに背後から頭を殴られて、病院へと搬送される。


ポワロは、精神科医であるジョン・スティリングフリート(Dr. John Stillingfleet)に依頼して、ノーマ・レスタリックを尾行させた。

ジョン・スティリングフリート医師は、ノーマ・レスタリックが交通事故に遭う場から救い出すと、彼女の治療と安全確保のために、自分の家に連れて行くのであった。


果たして、ノーマ・レスタリックは、自分の記憶通り、殺人を犯しているのだろうか?


(101)孔雀が描かれた絵画(painting of a peacock)



ノーマ・レスタリックの恋人であるディヴィッド・ベイカーが派手な格好をしているため、オリヴァー夫人は、彼のことを孔雀に例えている。


(102)アトリエが描かれた絵画(art studio)



カフェからディヴィッド・ベイカーを尾行したオリヴァー夫人は、彼に尾行を気付かれてしまう。オリヴァー夫人は、なんとか話を繕って、その場を凌いだが、ディヴィッド・ベイカーのアトリエを出たところで、何者かに背後から頭を殴られて、病院へと搬送されてしまう。


(103)夫婦が描かれた肖像画(portrait of a husband and wife)



ノーマ・レスタリックの父親で、実業界の大物であるアンドリュー・レスタリック(Andrew Restarick)は、ノーマ・レスタリックの恋人であるディヴィッド・ベイカーに依頼して、20年前に流行した画家のスタイルで、自分と亡き妻グレース(Grace)の肖像画を描かせた。この肖像画が、後に、物語上、非常に重要な役割を果たすのである。