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| ゴードンスクエアガーデンの沿革を示す立て看板 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf / 本名:アデリーン・ヴァージニア・スティーブン(Adeline Virginia Stephen):1882年ー1941年)は、1882年1月25日、英国の著名な批評家 / 歴史家である父サー・レスリー・スティーヴン(Leslie Stephen:1832年ー1904年)と初代准男爵サー・エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ(Sir Edward Coley Burne-Jones, 1st Baronet:1833年ー1898年 → 2018年6月3日 / 6月10日 / 6月17日付ブログで紹介済)等の「ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)」(正確には、「ラファエロ以前兄弟団」)のモデルとして知られている母ジュリア・プリンセップ・ジャクスン(Julia Prinsep Jackson:1846年ー1895年)の次女として、ロンドンの中心部にあるケンジントン&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)のブロンプトン地区(Brompton)内の高級住宅街に所在するハイドパークゲイト通り22番地(22 Hyde Park Gate → 2026年5月12日 / 5月17日付ブログで紹介済)に出生。
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| ヴァージニア・ウルフが生まれた ハイドパークゲイト通り22番地の建物全景 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフが13歳になった1895年に、母親のジュリアが48歳で急死し、ヴァージニア・ウルフが15歳になった1897年に、異父姉ステラ(Stella:1869年ー1897年)が亡くなったことに伴い、彼女は神経衰弱を発病した。
更に、不幸は続き、父親のレスリーが1904年に72歳で亡くなり、ヴァージニア・ウルフは、2度目の神経衰弱に陥った。
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| ナショナルポートレイトギャラリー (National Portrait Gallery)で販売されている ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書 (by George Charles Beresford / 1902年7月 / platinum print / 152 mm x 108 mm) |
父親の死去に伴い、姉のヴァネッサ(Vanessa Bell:1879年ー1961年 → 後に英国の画家 / インテリアデザイナーとなる)、長男のトビー(Thoby:1880年ー1906年)と次男のエイドリアン(Adrian:1883年ー1948年)は、ハイドパークゲイト通り22番地の家を売却して、ゴードンスクエア46番地(46 Gordon Square → 2026年5月22日 / 5月27日付ブログで紹介済)に家を購入した。
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| 英国の著名な批評家 / 歴史家である父サー・レスリー・スティーヴンが 1904年2月22日に亡くなった後、 ハイドパークゲイト通り22番地の家を売却して、 ヴァージニア・ウルフ達が引っ越したゴードンスクエア46番地の建物全景 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフが神経衰弱の療養からゴードンスクエア46番地の家へ戻り、落ち着いた翌年の1905年3月頃から、長男のトビーがケンブリッジ大学(University of Cambridge)において知り合った才気溢れる青年達が、ゴードンスクエア46番地の家に集まるようになった。
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| ゴードンスクエアガーデンの南側入口から西方面を見たところ <筆者撮影> |
ゴードンスクエア46番地の家に集まるようになった青年達の中には、
*ロジャー・エリオット・フライ(Roger Eliot Fry:1866年ー1934年)- 英国の画家 / 芸術批評家
*エドワード・モーガン・フォースター(Edward Morgan Forster:1879年ー1970年)- 英国の作家
*リットン・ストレイチー(Lytton Strachey:1880年-1932年)- 英国の伝記作家 / 批評家
*サクソン・アーノル・シドニー=ターナー(Saxon Arnoll Sydney-Turner:1880年ー1962年)- 英国の公務員
*レナード・シドニー・ウルフ(Leonard Sidney Woolf:1880年ー1969年)- 英国の作家 / 出版業者 / 公務員
*アーサー・クライヴ・へワード・ベル(Arthur Clive Heward Bell:1881年-1964年)- 英国の芸術批評家
*初代ケインズ男爵ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1st Baron Keynes:1883年ー1946年)- 英国の経済学者
*ダンカン・ジェイムズ・コロウ・グラント(Duncan James Corrowr Grant:1885年ー1978年)- 英国の画家 / 織物・陶芸・舞台美術・服飾デザイナー
*ルパート・ショーナー・ブルック(Rupert Chawner Brooke:1887年ー1915年)- 英国の詩人
*デイヴィッド・ガーネット(David Garnett:1892年ー1981年)- 英国の作家 / 出版業者
等が居た。
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| ゴードンスクエアガーデンの南側入口から北方面を見たところ <筆者撮影> |
彼らの集まりは、当初、「Thursday evenings」と呼ばれていたが、後に「ブルームズベリーグループ(Bloomsbury Group)」と言う著述家や芸術家の知的サークルへとなる。
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ブルームズベリー地区近辺の地図を抜粋。 |
ゴードンスクエア46番地は、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内に所在している。
位置的には、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン(University College London → 2015年8月16日付ブログで紹介済)の東側で、ロンドン大学(University of London → 2016年8月6日付ブログで紹介済)の北側に該り、タヴィトンストリート(Taviton Street)とゴードンストリート(Gordon Street)に東西を挟まれている。
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| シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の ピムリコ地区内の Denbigh Street 沿いに設置されている トマス・キュービット像 <筆者撮影> |
ゴードンスクエア46番地が建つゴードンスクエア(Gordon Square)は、隣接するタヴィストックスクエア(Tavistock Square)と一緒に、建設業者/不動産開発業者であるトマス・キュービット(Thomas Cubitt:1788年ー1855年)によって、1820年代に開発された。
なお、トマス・キュービットは、ベルグレーヴィア地区(Belgravia)やピムリコ地区(Pimlico)等を開発したことで有名である。
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| ゴードンスクエアガーデンの南側入口から東方面を見たところ - 画面右手奥に、飲み物や軽食の売店がある。 <筆者撮影> |
開発後、第4代ゴードン公爵アレクサンダー・ゴードン(Alexander Gordon, 4th Duke of Gordon:1743年ー1827年)の娘で、第6代ベッドフォード公爵ジョン・ラッセル(John Russell, 6th Duke of Bedford:1766年ー1839年)の2番目の夫人であるレディー・ジョージアーナ・ゴードン(Lady Georgiana Gordon)の名前を採って、ゴードンスクエアと名付けられた。
| ゴードンスクエアガーデンの西側にあるラビンドラナート・タゴール (Rabindranath Tagore:1861年―1941年)のメモリアル像 - インドの詩人・思想家で、1913年にノーベル文学賞を受賞(アジア人初のノーベル賞)。 すぐ近くに王立哲学協会が入居している建物があるため、ここに設置されたものと思われる。 <筆者撮影> |
ロンドン市内の他のスクエアと同様に、ゴードンスクエアの真ん中にある中庭ゴードンスクエアガーデンは、当初、スクエアを囲む建物の住民のみが使用可能であったが、現在はロンドン大学の所有下にあり、一般に開放されている。
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| ゴードンスクエアガーデンの沿革を示す立て看板には、 「ブルームズベリーグループ」を立ち上げた ヴァージニア・ウルフ達の写真が使用されている。 <筆者撮影> |
「ブルームズベリーグループ」と言う著述家や芸術家の知的サークルがゴードンスクエアにおいて創設されたため、ゴードンスクエアガーデン内には、同グループにかかる説明板が設置されている。
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