![]() |
| ベルグレイヴィア地区を開発した 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像(その1)- 現在、ベルグレイヴスクエアの北側に建っている。 <筆者撮影> |
![]() |
| ベルグレイヴィア地区を開発した 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像(その2) <筆者撮影> |
![]() |
| 2015年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された アガサ・クリスティー作「秘密機関」の ペーパーバック版の表紙 (Cover design : HarperCollinsPublishers Ltd. / Agatha Christie Ltd. 2015) |
第一次世界大戦(1914年ー1918年)が終わり、世界が復興へと向かう中、ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅(Dover Street Tube Station → 2025年7月30日 / 8月5日付ブログで紹介済)のドーヴァーストリート(Dover Street → 2025年7月28日 / 7月29日付ブログで紹介済)出口において、昔馴染みのトミーとタペンスは、偶然出くわした。
![]() |
| ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅のドーヴァーストリート出口があった ドーヴァーストリート5−7番地(5-7 Dover Street → 2025年8月5日付ブログで紹介済)の建物外観 <筆者撮影> |
二人は、お互いに戦後の就職難に悩まされていた。トミーの方は、大戦中の1916年に負傷しており、一方、タペンスの方は、大戦中ずーっと、ボランティアとして、様々な形で働いていたのである。
久々の再会を果たしたトミーとタペンスは、ドーヴァーストリートを下って、ピカデリー通り(Piccadilly → 2025年7月31日付ブログで紹介済)へと向かう。
![]() |
| ピカデリー通り - 画面中央奥に見える建物が、ホテル「リッツ ロンドン」。 <筆者撮影> |
カフェ「リオンズ(Lyons)」に腰を落ち着けた2人は、お互いの近況を語り合う。
日々のお金に困っていたトミーとタペンスは、「青年冒険家商会(The Young Adventurers, Ltd.)」を設立して、2人で報酬を獲得する術を話し合った。
その際、トミーは、タペンスに対して、「今日、通りで2人の男性がジェーン・フィン(Jane Finn)について話しているのを耳にした。」と言う少し変わったことを告げる。
![]() |
| 地下鉄ピカデリーサーカス駅の ベイカールーラインが停まるプラットフォームの壁にある駅表示 <筆者撮影> |
翌日の昼12時に、地下鉄ピカデリー駅(Piccadilly Tube Station → 2026年8月12日 / 8月23日付ブログで紹介済)で待ち合わせて、「青年冒険家商会」の内容を更に詰めることを約束した2人は、カフェ「リオンズ」を出る。
トミーは、ホテル「リッツ ロンドン(The Ritz London → 2025年7月2日 / 7月14日付ブログで紹介済)」辺りまで、ブラブラと散策するつもりだった。一方、タペンスの方は、サザンベルグレイヴィア(Southern Belgravia)の寄宿寮(hostel)へ真っ直ぐに帰ることにした。
![]() |
| タペンスと別れた後、トミーが散策する予定だったホテル「リッツ ロンドン」 - ピカデリー通りを間に挟んで、通りの反対側から見上げたところ。 <筆者撮影> |
タペンスが住む寄宿寮が所在したサザンベルグレイヴィアは、ロンドンの中心部であるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級住宅街ベルグレイヴィア地区(Belgravia)の南側に該る。
![]() |
| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ベルグレイヴィア地区近辺の地図を抜粋。 |
ベルグレイヴィア地区は、中世(Middle Ages)時代、ファイヴフィールズ(Five Fields)と呼ばれており、日中は、市場等で賑わっていたが、夜間は、追い剥ぎや強盗が出没する非常に危険なエリアであった。また、貴族の決闘場所としても、よく知られていた。
![]() |
| 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像のアップ(その1) <筆者撮影> |
![]() |
| 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像のアップ(その2) <筆者撮影> |
![]() |
| 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像の台座正面 <筆者撮影> |
1820年代、初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナー(Sir Robert Grosvenor, 1st Marquess of Westminster:1767年ー1845年)は、建設業者/不動産開発業者であるトマス・キュービット(Thomas Cubitt:1788年ー1855年)に対して、ウェストミンスター侯爵家が所有する同地区の開発を依頼。
![]() |
| シティー・オブ・ウェストミンスター区のピムリコ地区内の Denbigh Street 沿いに設置されている トマス・キュービット像 (Sculptor : William Fawkes / Bronze / 1995) <筆者撮影> |
トマス・キュービットは、30年以上の歳月をかけて、ベルグレイヴィア地区やピムリコ地区(Pimlico)等を開発。
依頼主である初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーは、両地区の開発完了を目にすることができなかったが、彼の長男である第2代ウェストミンスター侯爵リチャード・グローヴナー(Richard Grosvenor, 2nd Marquess of Westminster:1795年ー1869年)が、父親の事業を引き継ぎ、両地区の開発完了まで漕ぎ着けた。
なお、トマス・キュービットは、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内に所在するゴードンスクエア(Gordon Square → 2026年6月1日付ブログで紹介済)と隣接するタヴィストックスクエア(Tavistock Square → 2026年9月2日 / 9月6日付ブログで紹介済)を開発したことでも知られている。
![]() |
| 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像の台座側面(その1) <筆者撮影> |
![]() |
| 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像の台座側面(その2) <筆者撮影> |
![]() |
| 初代ウェストミンスター侯爵サー・ロバート・グローヴナーのブロンズ像の台座側面(その3) <筆者撮影> |
なお、ベルグレイヴ子爵の「ベルグレイヴ」は、ウェストミンスター侯爵家の本拠地であるイートンホール(Eaton Hall)の近くにあるチェシャー州(Cheshire)のベルグレイヴ村(Belgrave)に起因している。
| ベルグレイヴィア地区のノーザングレイヴィアとサザングレイヴィアの境にある イートンスクエアガーデンズ(Eaton Square Gardens) <筆者撮影> |
トマス・キュービットがテラスハウスを数多く建設したエリアは、ウェストミンスター侯爵家に因んで、「ベルグレイヴスクエア(Belgrave Square)」や「イートンスクエア(Eaton Square)」等と呼ばれるようになったのである。
























































