2026年10月1日木曜日

ロンドン ハックニーエンパイア劇場(Hackney Empire Theatre)- その2

ハックニーエンパイア劇場のエントランスホール
<筆者撮影>

ハックニーエンパイア劇場のエントランスホール内の左階段 -
上階の Dress Circle 席へと至る。
<筆者撮影>

ハックニーエンパイア劇場のエントランスホール内の右階段 -
上階の Dress Circle 席へと至る。
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「スペイン櫃の謎(The Mystery of the Spanish Chest)」(1960年)は、1932年に発表された短編「バグダッドの大櫃の謎(The Mystery of the Baghdad Chest)」を改稿した中編で、短編集「クリスマスプディングの冒険(The Adventure of the Christmas Pudding)」(1960年)に収録されている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作短編集「クリスマスプディングの冒険」の
ペーパーバック版の表紙 -
中編「スペイン櫃の謎」が収録されている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作短編集「クリスマスプディングの冒険」の
ペーパーバック版の表紙 -
中編「スペイン櫃の謎」が収録されている。


アガサ・クリスティー作「スペイン櫃の謎」の TV ドラマ版が、英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、1991年2月17日に放映された「Agatha Christie’s Poirot」の第27話(第3シリーズ)において、物語の冒頭、英国の俳優であるサー・デヴィッド・スーシェ(Sir David Suchet:1946年ー)が演じる名探偵エルキュール・ポワロが、アーサー・ヘイスティングス大尉(Captain Arthur Hastings)と一緒に、オペラ「リゴレット(Rigoletto - ヴィクトル・ユーゴーの戯曲「王様はお楽しみ」を原作にしたヴェルディ(Verdi)による歌劇)」を観劇した劇場として、ハックニーエンパイア劇場(Hackney Empire Theatre)の内部が撮影に使用されている。


第27話「スペイン櫃の謎」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 3 の表紙


ハックニーエンパイア劇場は、ロンドンの特別区の一つであるハックニー区(London Borough of Hackney)ハックニー地区(Hackney)内に所在しており、南北に延びるメアストリート(Mare Street)の西側に建っている。


ハックニーエンパイア劇場の周辺地図(Google Maps から抜粋)


ハックニーエンパイア劇場は、劇場の建設やデザインを専門とする英国の建築家であるフランク・マッチャム(Frank Matcham:1854年ー1920年)による設計に基づいて、1901年にミュージックホールとして建てられた。


ハックニーエンパイア劇場の歴史を案内する説明板(その1)
<筆者撮影>


その際、劇場の屋根の上にギリシア神話における喜劇の神(Greek muse of comedy)である「タレイア(Thalia)」の像が設置。


メアストリートの対岸から
ハックニーエンパイア劇場の正面上部を見たところ -
屋根の上に、ギリシア神話における喜劇の神「タレイア」の像が設置されている。
<筆者撮影>


ハックニーエンパイア劇場は、1901年12月9日にミュージックホールとしてオープン。

ミュージックホール時代、「黄金狂時代」、「街の灯」、「モダンタイムス」や「ライムライト」等で知られる英国の映画俳優/映画監督であるチャールズ・スペンサー・”チャーリー”・チャップリン("Charlie" Chaplin:1889年ー1977年)も出演している。


レスタースクエア(Leicester Square)に設置されている
チャーリー・チャップリンのブロンズ像 -
同像を制作したのは、
地下鉄ベイカーストリート駅(Baker Street Tube Station)前の
シャーロック・ホームズ像の作者でもある
ジョン・ダブルデイ(John Doubleday)。
<筆者撮影>


ミュージックホールとしてオープンしたハックニーエンパイア劇場は、1956年から1962年までの間、TV スタジオとして使用された後、1963年から1984年までの間、ビンゴホールとして使用されると言う変遷を経る。


ハックニーエンパイア劇場の歴史を案内する説明板(その2)
<筆者撮影>

ハックニーエンパイア劇場の歴史を案内する説明板(その3)
<筆者撮影>


その間、ハックニーエンパイア劇場は、1972年6月28日に「Grade II listed building」に指定。

1979年には、劇場の屋根に設置されていた「タレイア」の像が撤去される(後に、元に戻される)。


ハックニーエンパイア劇場のエントランスホール内の天井
<筆者撮影>

ハックニーエンパイア劇場のエントランスホール内の壁(左側)
<筆者撮影>

ハックニーエンパイア劇場のエントランスホール内の壁(右側)
<筆者撮影>


ビンゴホールの運営会社がハックニーエンパイア劇場の維持管理費用の捻出が困難となったため、1984年、ハックニーエンパイア劇場は、取り壊しの危機を迎えた。

その際、英国の俳優 / 劇作家であるローランド・マルドゥーン(Roland Muldoon:1941年ー)が主催する「Cartoon Archetypical Slogan Theatre (CAST)」に対して、ビンゴホールの運営会社から接触があった。「CAST」は、当時、英国の地方を巡業する劇団で、ロンドンにおける拠点を必要としていたのである。

そこで、ローランド・マルドゥーンがハックニーエンパイア劇場の支配人(theatre director)に就任し、改修工事を経て、85周年に該る1986年12月9日、ハックニーエンパイア劇場は、劇場として再オープン。

約1300席の収容人数を有する劇場として生まれ変わったハックニーエンパイア劇場は、英国における喜劇上演劇場として、次第に知名度を上げていった。


2026年9月30日水曜日

初代テニスン男爵アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson, 1st Baron Tennyson)- その2

シティー・オブ・ロンドン(City of London
→ 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)内の
ギルドホールアートギャラリー(Guildhall Art Gallery
→ 2025年5月13日 / 5月18日 / 5月23日 / 5月28日付ブログで紹介済)に
所蔵 / 展示されている
初代テニスン男爵アルフレッド・テニスンの胸像
<筆者撮影>


初代テニスン男爵アルフレッド・テニスンの胸像を制作したのは、
英国の肖像彫刻家であるフランシス・ジョン・ウィリアムスン
(Francis John Williamson:1833年ー1920年)。
<筆者撮影>


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1962年に発表したミス・マープルシリーズ作品の長編第8作目「鏡は横にひび割れて(Mirror Crack’d from Side to Side)」の題名は、初代テニスン男爵アルフレッド・テニスン(Alfred Tennyson, 1st Baron Tennyson:1809年ー1892年)による詩「シャロット姫(The Lady of Shalott)」(1833年)をベースにしている。


英国の Harper Collins Publishers 社から出版されている
アガサ・クリスティー作ミス・マープルシリーズ
「鏡は横にひび割れて」のペーパーバック版の表紙
<イラスト:ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)>


Out flew the web and floated wide -

The mirror crack’d from side to side;

“The curse is come upon me,” cried

The Lady of Shalott.


横にひび割れた鏡 -
ジグソーパズル「アガサ・クリスティーの世界(The World of Agatha Christie)」の一部
<筆者撮影>


織物はとびちり、ひろがれり

鏡は横にひび割れぬ

「ああ、呪いがわが身に」と、

シャロット姫は叫べり。

(橋本福夫訳)


テイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)で購入した
英国の画家であるジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
(John William Waterhouse:1849年ー1917年)
作
「シャロット姫(The Lady of Shalott → 2024年9月28日付ブログで紹介済)」
(1888年)の絵葉書
Oil paint on canvas
153 cm x 200 cm
Presented by Sir Henry Tate in 1894


1809年8月6日、英国国教会の牧師である父ジョージ・クレイトン・テニスン(George Clayton Tennyson)と母エリザベス(Elizabeth - 旧姓:Fytche)の三男として、リンカンシャー州(Lincolnshire)サマズビー(Somersby)に出生したアルフレッド・テニスンは、かなり裕福な家で育ち、少年時代、英国のロマン派詩人である第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron, 6th Baron Byron:1788年ー1824年 → 2021年5月9日+2024年8月24日 / 8月30日付ブログで紹介済)の詩作に非常に魅了された。


ナショナルポートレイトギャラリーで販売されている
第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロンの肖像画の葉書
(Richard Westall
 / 1813年 / Oil on canvas
914 mm x 711 mm) 


2020年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された
英国の詩人を特集した切手10種類の一人として、
第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(=バイロン卿)が選ばれている。


1827年にケンブリッジ(Cambridge)のトリニティーカレッジ(Trinity College)に入学した彼は、同年、兄であるフレデリック・テニスン(長男 / Frederick Tennyson:1807年ー1898年)やチャールズ・テニスン・ターナー(次男 / Charles Tennyson Turner:1808年ー1879年)と一緒に、最初の詩集「Poems by Two Brothers」を出版。

続いて、彼は、1830年、単独の詩集となる「Poems Chiefly Lyrica」を出版した。


1831年2月、父ジョージ・クレイトン・テニスンが亡くなり、学費を払えなくなったアルフレッド・テニスンは、学位を取得する前に、ケンブリッジから故郷のリンカンシャー州サマズビーへと戻った。

翌年の1832年2月、ケンブリッジ時代の学友で、英国の詩人であるアーサー・ヘンリー・ハーラム(Arthur Henry Hallam:1811年ー1833年)がアルフレッド・テニスンの元を訪れ、彼の家に滞在。そして、アーサー・ヘンリー・ハーラムは、アルフレッド・テニスンの妹エミリア・テニスン(Emilia Tennyson:1811年ー1887年)と婚約する。

同年7月、アルフレッド・テニスンとアーサー・ヘンリー・ハーラムの2人は、欧州大陸(ライン河流域)を旅行。

更に、その翌年の1833年8月、アーサー・ヘンリー・ハーラムは、父親と一緒に、欧州大陸へ出かけたが、同年9月15日、ウィーン(Vienna)で急死してしまう。

ケンブリッジ時代の学友で、妹エミリアの婚約者でもあったアーサー・ヘンリー・ハーラムの急死に強い衝撃を受けたアルフレッド・テニスンは、彼を弔う長詩「イン・メモリアム(In Memoriam A.H.H.)」を書き始め、その後の自己の成長を織り込んで、1849年に完成させた。


アルフレッド・テニスンは、1833年に詩「シャロット姫」を発表するも、酷評の憂き目に遭い、以降、約10年間沈黙してしまう。

アルフレッド・テニスンと家族は、1837年頃、故郷のリンカンシャー州サマズビーからエセックス州(Essex)エッピングフォレスト(Epping Forest)へ移住。


ロンドンのチェルシー地区(Chelsea)チェイニーウォーク(Cheyne Walk)沿いの
広場内に設置されているトマス・カーライル像
<筆者撮影>


彼は、1839年頃、スコットランド出身で、ヴィクトリア朝時代の大英帝国を代表する歴史家で、評論家でもあるトマス・カーライル(Thomas Carlyle:1795年ー1881年 → 2016年10月15日付ブログで紹介済)と知り合い、以後、生涯にわたり、親交を深める。

そして、アルフレッド・テニスンは、1840年、ロンドンへと引っ越した。 


2026年9月29日火曜日

ロンドン キューガーデンズ / ヘンリー・ムーア展(Kew Gardens / Henry Moore)- その6

Kew Gardens - Palm House
<筆者撮影>

Kew Gardens - The Campanile
<筆者撮影>


ロンドンの特別区の一つで、ロンドン南西部郊外のリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)のリッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)内に所在するキューガーデンズ(Kew Gardens)において、20世紀の英国を代表する芸術家 / 彫刻家であるヘンリー・スペンサー・ムーア(Henry Spencer Moore:1898年ー1986年)の展覧会「Henry Moore : Monumental Nature」が、2027年1月31日まで開催されている。


ヘンリー・スペンサー・ムーアによる彫刻作品30点が、キューガーデンズ内の野外(正確に言うと、2点だけは屋内)に展示されている。


今回は6回目(最後)で、26番目から30番目までの彫刻を紹介したい。


(26)「Upright Motive No. 5」




制作年:1955年ー1956年

LH 383 / Cast g

Bronze 

Henry Moore Foundation : Gift of the artist in 1977


(27)「Upright Motive No. 9」




制作年:1979年

LH 586a / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1986


(28)「Locking Piece」




制作年:1962年-1963年

LH 515 / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1987


(29)「Large Standing Figure : Knife Edge」




制作年:1961年

LH 482a / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1986


(30)「Reclining Figure : Arch Leg」




制作年:1969年ー1970年

LH 610 / Cast 0

Bronze

Henry Moore Foundation : Acquired in 1987


2026年9月28日月曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<小説版(愛蔵版)>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その1

2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Poppy Loughtman / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ロンドン郊外のセントメアリーミード村にある教会が、
表紙に描かれている。
なお、レナード・クレメント牧師が、
司祭を務めている。

事件の舞台となる牧師館の GF 平面図 -
2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の
愛蔵版(ハードカバー版)から抜粋。
なお、教会と牧師館は隣接しておらず、
離れた場所に建っている。

英国の HarperCollinsPublishers 社から、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が生まれたトーキー(Torquay → 2023年9月1日 / 9月4日付ブログで紹介済)が所在するデヴォン州(Devon)が舞台となったエルキュール・ポワロシリーズの長編作品のうち、「死者のあやまち(Dead Man’s Folly)」(1956年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年8月18日 / 8月22日付ブログで紹介済)と「五匹の子豚(Five Little Pigs)」(1942年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年11月9日 / 11月13日付ブログで紹介済)が2023年に、更に、「白昼の悪魔(Evil Under the Sun)」(1941年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2024年6月8日 / 6月12日付ブログで紹介済)が刊行されてい「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2024年7月13日 / 7月21日 / 7月25日付ブログで紹介済)が2024年に出版されている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「死者のあやまち」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by HarperCollinsPublishers Ltd. /
Cover illustration by Becky Bettesworth) -
アガサ・クリスティーの夏期の住まいである
デヴォン州のグリーンウェイ(Greenway)が、ナス屋敷として描かれている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「五匹の子豚」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by HarperCollinsPublishers Ltd. /
Cover illustration by Becky Bettesworth) -
英国の有名な画家であるアミアス・クレイル(Amyas Crale)が
毒殺される事件現場になった砲台庭園が描かれている。


2024年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「白昼の悪魔」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -

名探偵エルキュール・ポワロは、デヴォン州の密輸業者島(Smugglers’ Island)にある

Jolly Roger Hotel に滞在して、静かな休暇を楽しんでいた。

同ホテルには、美貌の元女優で、実業家ケネス・マーシャル(Captain Kenneth Marshall)の後妻となった

アリーナ・ステュアート・マーシャル(Arlena Stuart Marshall)が、

この島で何者かによって殺害されることになる。


2024年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
「コーニッシュ リヴィエラ(Cornish Riviera)」と呼ばれる
コンウォール州(Cornwall)のセントルー村(St. Loo - 架空の場所)に近い
マジェスティックホテル(Majestic Hotel)において、
エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉は、優雅な休暇を楽しんでいた。
一方、新聞では、世界一周飛行に挑戦中の飛行家である
マイケル・シートン大尉(Captain Michael Seton)が、
太平洋上で行方不明になっていることを伝えていた。
テラスから庭へと通じる階段でポワロが足を踏み外したところ、
丁度運良くそこに通りかかったニック・バックリー(Nick Buckley -
本名:マグダラ・バックリー(Magdala Buckley))に助けられる。
彼女は、ホテルからほんの目と鼻の先にある岬の突端に立つ
やや古びた屋敷エンドハウス(End House)の若き女主人であった。


また、映画化に先立って、「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party)」(1969年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年10月6日 / 10月11日付ブログで紹介済)も、2023年に出ている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by Sarah Foster / HarperCollinsPublishers Ltd.
Cover images by Shutterstock.com)


更に、2025年には、動物をテーマにした「もの言えぬ証人(Dumb Witness)」(1937年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2025年6月29日 / 7月3日付ブログで紹介済)と「鳩のなかの猫(Cat Among the Pigeons)」(1959年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2025年8月3日 / 8月4日付ブログで紹介済)が出版された。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「もの言えぬ証人」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
小緑荘(Littlegreen House)の女主人である
エミリー・アランデル(Emily Arundell)の
飼い犬であるボブ(Bob)と犬の遊び道具のボールが描かれている。
また、
エミリー・アランデルが転落して、
寝込む原因となった階段が、画面右手に描かれている。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「鳩のなかの猫」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
小説のタイトルの上に留まっている鳩達と
床の上に静かに座り、鳩達を狙っている猫が描かれている。


また、2025年の暮れから2026年の初めにかけて、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery)」(1931年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)と「終りなき夜に生れつく(Endless Night)」(1967年)の愛蔵版(ハードバック版→ 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)も出版されている。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と
娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)が借りている
シタフォード荘(Sittaford House)において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby)が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村(Sittaford)から6マイル離れた
エクスハンプトン村(Exhampton)の
ヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を訪れる場面が描かれている。

2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャース
(Michael Rogers - 通称:マイク(Mike))と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン

(Fenella Guteman - 通称:エリー(Ellie))の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックス(Rudolf Santonix)に依頼して、

キングストンビショップ村(Kingston Bishop)にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘(Gipsy’s Acre)」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


今回は、今年(2026年)に出た「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage → 2022年10月30日 / 10月31日付ブログで紹介済)」(1930年)の愛蔵版(ハードバック版)について、紹介したい。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第10作目に該り、ミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズに属する長編のうち、第1作目に該っている。


2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」の
愛蔵版(ハードカバー版)の見開き部分


なお、エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot)は、アガサ・クリスティーが執筆した長編第1作目の「スタイルズ荘の怪事件(The Mysterious Affair at Styles → 2023年12月3日 / 12月6日付ブログで紹介済)」(1920年)に、また、トマス・ベレズフォード(Thomas Beresford - 愛称:トミー(Tommy))とプルーデンス・カウリー(Prudence Cowley - 愛称:タペンス(Tuppence)のコンビは、アガサ・クリスティーが執筆した長編第2作目の「秘密機関(The Secret Adversary → 2025年7月20日 / 10月1日付ブログで紹介済)」(1922年)に既に登場済で、数年が経過しているので、ミス・マープルの初登場は、やや遅めと言える。


ジグソーパズル「ミス・マープルの世界」の完成形
<筆者撮影>


レナード・クレメント牧師は、
ジズソーパズル中央のやや右側の位置に居て、
ミス・マープルの右隣りにあるテラス用の椅子に座り、
右手に帽子を持っている。
<筆者撮影>


本作品の語り手を務めるのは、ロンドン郊外のセントメアリーミード(St. Mary Mead)という小さな村にある教会の司祭(vicar)であるレナード・クレメント牧師(Reverend Leonard Clement → 2024年8月18日付ブログで紹介済)である。