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| 兄トビーの急死(1906年)と姉ヴァネッサの結婚(1907年)に伴い、 ヴァージニア・ウルフが弟エイドリアンと一緒に引っ越した先の フィッツロイスクエア29番地の建物全景 <筆者撮影> |
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| ナショナルポートレイトギャラリー (National Portrait Gallery)で販売されている ヴァージニア・ウルフの肖像写真の絵葉書 (by George Charles Beresford / 1902年7月 / platinum print / 152 mm x 108 mm) |
父親の死去に伴い、姉のヴァネッサ(Vanessa Bell:1879年ー1961年 → 後に英国の画家 / インテリアデザイナーとなる)、長男のトビー(Thoby:1880年ー1906年)と次男のエイドリアン(Adrian:1883年ー1948年)は、それまで住んでいたハイドパークゲイト通り22番地(22 Hyde Park Gate → 2026年5月12日 / 5月17日付ブログで紹介済)の家を売却して、ゴードンスクエア46番地(46 Gordon Square → 2026年5月22日 / 5月27日付ブログで紹介済)に家を購入した。
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| ヴァージニア・ウルフが生まれた ハイドパークゲイト通り22番地の建物全景 <筆者撮影> |
ヴァージニア・ウルフが神経衰弱の療養からゴードンスクエア46番地の家へ戻り、落ち着いた翌年の1905年3月頃から、兄のトビーがケンブリッジ大学(University of Cambridge)において知り合った才気溢れる青年達が、ゴードンスクエア46番地の家に集まるようになった。
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| 英国の著名な批評家 / 歴史家である父サー・レスリー・スティーヴンが 1904年2月22日に亡くなった後、 ハイドパークゲイト通り22番地の家を売却して、 ヴァージニア・ウルフ達が引っ越したゴードンスクエア46番地の建物全景 <筆者撮影> |
ゴードンスクエア46番地の家に集まるようになった青年達の中には、
*ロジャー・エリオット・フライ(Roger Eliot Fry:1866年ー1934年)- 英国の画家 / 芸術批評家
*エドワード・モーガン・フォースター(Edward Morgan Forster:1879年ー1970年)- 英国の作家
*リットン・ストレイチー(Lytton Strachey:1880年-1932年)- 英国の伝記作家 / 批評家
*サクソン・アーノル・シドニー=ターナー(Saxon Arnoll Sydney-Turner:1880年ー1962年)- 英国の公務員
*レナード・シドニー・ウルフ(Leonard Sidney Woolf:1880年ー1969年)- 英国の作家 / 出版業者 / 公務員
*アーサー・クライヴ・へワード・ベル(Arthur Clive Heward Bell:1881年-1964年)- 英国の芸術批評家
*初代ケインズ男爵ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1st Baron Keynes:1883年ー1946年)- 英国の経済学者
*ダンカン・ジェイムズ・コロウ・グラント(Duncan James Corrowr Grant:1885年ー1978年)- 英国の画家 / 織物・陶芸・舞台美術・服飾デザイナー
*ルパート・ショーナー・ブルック(Rupert Chawner Brooke:1887年ー1915年)- 英国の詩人
*デイヴィッド・ガーネット(David Garnett:1892年ー1981年)- 英国の作家 / 出版業者
等が居た。
彼らの集まりは、当初、「Thursday evenings」と呼ばれていたが、「ブルームズベリーグループ(Bloomsbury Group)」と言う著述家や芸術家の知的サークルへとなった。
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| フィッツロイスクエア内に整備されている庭園(その1) <筆者撮影> |
1906年の秋、兄のトビー達がギリシア / トルコ旅行へ出かけた際、トビーが腸チフス(typhoid fever)に罹患し、同年11月20日に、26歳の若さで急死してしまった。
また、トビーが亡くなった2日後、姉のヴァネッサがアーサー・クライヴ・へワード・ベルからの求婚を受け、2人は1907年に結婚。2人の前衛芸術への関心が、ヴァージニア・ウルフが後に執筆する作品に対して、重要な影響を与えた。
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| フィッツロイスクエア内に整備されている庭園(その2) <筆者撮影> |
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| フィッツロイスクエア内に整備されている庭園(その3) <筆者撮影> |
上記を踏まえて、ヴァージニア・ウルフと弟のエイドリアンの2人は、1907年8月、ゴードンスクエア46番地の家から、フィッツロヴィア(Fitzrovia)の端正なフィッツロイスクエア29番地(29 Fitzroy Square)の家へ引っ越した。
ヴァージニア・ウルフ達が引っ越したフィッツロイスクエア29番地には、アイルランド出身の文学者 / 脚本家 / 劇作家 / 評論家 / 政治家 / 教育家 / ジャーナリストであるジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw:1856年ー1950年)が、1887年から1898年までの間、住んでいた。
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| 「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から ブルームズベリー地区近辺の地図を抜粋。 |
フィッツロイスクエア29番地は、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内に所在している。位置的に言うと、ゴードンスクエア46番地は、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドン(University College London → 2015年8月16日付ブログで紹介済)の東側に所在しているが、フィッツロイスクエア29番地は、ユニヴァーシティー・カレッジ・ロンドンの西側に所在している。










































