2026年4月17日金曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その29B

英国の HarperCollinsPublishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作「ポワロのクリスマス」の
ペーパーバック版の表紙 -

雪が降る空を背景にした表紙が、

柊(ヒイラギ)の葉の形に切り取られている。


アドルスフィールドのロングデイルにある屋敷ゴーストンホールの当主シメオン・リー( Simeon Lee)は、英国上流階級に属する大富豪の老人で、若い頃、南アフリカでダイヤモンドを採掘して、ひと財産を築いた。そして、今でも、自室の金庫に保管しているダイヤモンドの原石を取り出して、手に取っては、過去を懐かしんでいた。

シメオン・リーは若い頃から残酷な仕打ちと絶え間無い女遊びを続けたため、彼の妻は心を病んだ結果、既に亡くなっており、現在は寡暮らしだった。そのため、シドニー・ホーベリー(Sydney Horbury)と言う従者 / 付き人が、彼の身の回りの世話を行っていた。


シメオン・リーは、冷酷で横暴な性格で、弱さを非常に嫌悪していた。また、彼は、力と勇気を讃え、金銭的には気前がよかったものの、彼が好んで発するユーモアには、サディスティックな傾向が強かった。更に、他人の貪欲さや欲望等につけ込んで、人の感情を掻き回すことが大好きだったのである。


クリスマスが間近に迫る中、シメオン・リーは、最も新しい気晴らしをを思い付いた。

それは、クリスマスに、方々に住んでいる自分の家族全員をゴーストンホールに呼び集めた上、彼らを色々と動揺させて楽しむと言う遊びだった。


シメオン・リーによってゴーストンホールに呼び集めた家族は、以下の通り。


*アルフレッド・リー(Alfred Lee):シメオン・リーの長男で、父親と同居

*リディア・リー(Lydia Lee):アルフレッド・リーの妻

*ハリー・リー(Harry Lee):シメオン・リーの次男で、放蕩息子(prodigal son)

*ジョージ・リー(George Lee):シメオン・リーの三男で、英国下院議員

*マグダリーン・リー(Magdalene Lee):ジョージ・リーの妻

*ディヴィッド・リー(David Lee):シメオン・リーの四男で、画家

*ヒルダ・リー(Hilda Lee):ディヴィッド・リーの妻

*ピラール・エストラバドス(Pilar Estravados):シメオン・リーの長女ジェニファー(Jennifer - 故人)の娘


また、シメオン・リーの旧友の息子であるスティーヴン・ファー(Stephen Farr)が、思い掛け無い飛び入りゲストとして、上記のメンバーに加わった。


軍に入隊していたにもかかわらず、父シメオン・リーに呼び戻されて、ゴーストンホールでの同居を強いられている長男アルフレッド、父シメオン・リーの金を着服した後、行方をくらましたにもかかわらず、その後も何度も不始末を仕出かしては、父に金をせびる次男ハリー。本来であれば、次男のハリーが父シメオン・リーの後を継ぐ予定だったが、次男ハリーの放蕩ぶりのため、ゴーストンホールに呼び戻された長男アルフレッドは、次男ハリーの帰還のことを快く思っていなかった。そのため、再会早々に不仲となる長男アルフレッドと次男ハリー。

妻マグダリーンによる浪費と議員活動のために、金が必要な三男ジョージ。

不遇の中、早世した母親のために、父シメオン・リーに対して長年の恨みを募らせる四男ディヴィッド。

その上、彼らの感情を更に煽るかのように、シメオン・リーは、家族全員の前で、「遺言状を書き換える」旨の発言を行い、ゴーストンホールは、不穏な空気に包まれる。


自分に対して絶対的な自信を有するシメオン・リーであったが、今度ばかりは、お遊びの度が過ぎていた。

そして、地元警察のサグデン警視(Superintendent Sugden)が、警察孤児院への寄付の集金のため、シメオン・リーの元を訪れたクリスマスイヴの日(12月24日)の夜、事件は発生する。

サグデン警視がゴーストンホールを辞去した後、シメオン・リーの部屋から、凄まじい物音と叫び声が聞こえてきたのである。それを聞いて、家族全員が鍵のかかったドアを壊して、部屋の中に入ると、そこには、メチャクチャになった家具とシメオン・リーの惨殺死体が転がっていたのである。


エルキュール・ポワロは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立っている。
<筆者撮影>


シメオン・リーの惨殺死体を発見したアルフレッド・リー達が警察に連絡しようとしたところ、サグデン警視が丁度ゴーストンホールに戻って来たところで、サグデン警視が事件の捜査を担当することとなった。

クリスマス休暇を過ごすために、ミドルシャー州の警察部長であるジョンスン大佐(Colonel Johnson)の家を訪れていたエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)は、ジョンスン大佐からの依頼を受けて、サグデン警視による事件捜査に協力することになる。

事件捜査を担当するサグデン警視は、上司であるジョンスン大佐とポワロに対して、「ゴーストンホールのシメオン・リーの元を訪れたが、警察孤児院への寄付の集金と言うのは、表向きのの理由で、実際には、シメオン・リーから「金庫に保管していたダイヤモンドの原石が盗まれたので、盗んだ犯人を捕まえてほしい。」と言う依頼を受けたからだ。」と説明するのであった。


(67)研磨していないダイヤモンド / ダイヤモンドの原石(uncut diamonds)



ゴーストンホールの当主シメオン・リーは、英国上流階級に属する大富豪の老人で、若い頃、南アフリカでダイヤモンドを採掘して、ひと財産を築いた。そして、今でも、自室の金庫に保管しているダイヤモンドの原石を取り出して、手に取っては、過去を懐かしんでいた。


(68)クリスマスツリー(Christmas tree)



シメオン・リーは、冷酷で横暴な性格で、他人の貪欲さや欲望等につけ込んで、人の感情を掻き回すことが大好きだった。

クリスマスが間近に迫る中、シメオン・リーは、クリスマスに、方々に住んでいる自分の家族全員をゴーストンホールに呼び集めた上、彼らを色々と動揺させて楽しむと言う新しい気晴らしを思い付いた。


2026年4月16日木曜日

ウィリアム・ブレイク作詩「無垢の予兆」(Auguries of Innocence by William Blake)

2020年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された
英国の詩人を特集した切手10種類の一人として、
ウィリアム・ブレイクが作詞した「無垢の予兆」が選ばれた。
132行に及ぶ「無垢の予兆」のうち、最初の2行が抜粋されている。
To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower
一粒の砂にも、世界を見
一輪の野の花にも、天国を見


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表したノンシリーズ作品である長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night)」のタイトルは、英国の詩人、画家で、銅版画職人でもあったウィリアム・ブレイク(William Blake:1757年ー1827年 → 2023年5月15日付ブログで紹介済)による詩「無垢の予兆(Auguries of Innocence)」の一節である「Some are born to Endless Night.」から採られている。


2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャース
(Michael Rogers - 通称:マイク(Mike))と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン

(Fenella Guteman - 通称:エリー(Ellie))の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックス(Rudolf Santonix)に依頼して、

キングストンビショップ村(Kingston Bishop)にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘(Gipsy’s Acre)」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


ウィリアム・ブレイクは、1757年11月28日、ロンドンのソーホー地区(Soho)内に所在するブロードウィックストリート28番地(28 Broadwick Street)に、靴下商人である父ジェイムズ・ブレイク(James Blake)と母キャサリン・ブレイク(Catherine Blake)の第3子として出生し、同年12月11日に、ピカデリー地区(Piccadilly)内に所在するセントジェイムズ教会(St. James’s Church → 2018年10月13日付ブログで紹介済)において、洗礼を受けた。


ピカデリー通り(Piccadilly → 2025年7月31日付ブログで紹介済)の北側から見た
セントジェイムズ教会
<筆者撮影>


ウィリアム・ブレイクは、幼少期から絵の才能を開花し、絵画の学校に入学。また、1772年に、彫刻家であるジェイムズ・バサイア(James Basire:1730年-1802年)に弟子入り。

長じると、彼は、銅版画家、そして、挿絵画家として、生計を立てた。


イングランドの劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア
(William Shakespeare:1564年ー1616年)作の喜劇
「夏の夜の夢(A Midsummer Night’s Dream)」(1595年ー1596年)を題材にして、
ウィリアム・ブレイクが描いた
水彩画「オーベロン、ティターニア、パックと妖精の踊り
(Oberon, Titania and Puck with Fairies Dancing)」(1786年頃)-
画面左側から、「妖精の王オーベロン(Oberon)」、

「妖精の女王ティターニア(Titania)」と「悪戯好きの妖精パック(Puck)」が居て、

「蛾の羽(Moth)の妖精」、「芥子の種(Mustardseed)の妖精」、

「蜘蛛の巣(Cobweb)の妖精」、そして、「豆の花(Peaseblossom)の妖精」の4人は、

両手を繋ぎ、輪になって踊っている

この水彩画を所蔵しているテイト・ブリテン美術館

(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)で購入した絵葉書から抜粋。


1787年頃、ウィリアム・ブレイクは、新しいレリーフ・エッチングの手法を発明し、言語テクストと視覚テクストを同列に表現できるようにしたことに加えて、出版者に頼らず、自分の印刷機を使って、自分の本を印刷できるようになった。


上記の通り、ウィリアム・ブレイクは、後の出版印刷業界に対して、大きな影響を与えることになったものの、実際には、世に殆ど認知されないまま、極貧の生活を辿り、1827年8月12日に亡くなり、シティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)のバンヒルフィールズ(Bunhill Fields)に埋葬された。


ウィリアム・ブレイクによる詩「無垢の予兆」は、132行に及ぶが、アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れつく」の冒頭には、119行目から124行目までの6行分が引用されている。


Every Night and every Morn

Some to Misery are born.

Every Morn and every Night

Some are born to Sweet Delight,


Some are born to Sweet Delight,

Some are born to Endless Night,


ありとあらゆる夜と朝に、

不幸に生まれる者が居る。

ありとあらゆる朝と夜に、

甘美なる喜びに生まれる者が居る。


ある者は、甘美なる喜びに生まれる。

ある者は、終りなき夜に生れつく。

<筆者訳>


2026年4月15日水曜日

ロンドン ラッセルスクエア(Russell Square)- その3

カフェ越しに、ラッセルスクエア内から見た Kimpton Fitzroy London ホテル
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1931年に発表したノンシリーズ長編「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)」の場合、10年前に海軍を退役して、デヴォン州(Devon)ダートムーア(Dartmoor)の周辺部に所在するシタフォード村(Sittaford)のシタフォード荘(Sittaford House)に住んでいたジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐(Captain Joseph Arthur Trevelyan)が、南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)の2人に対して、シタフォード荘を賃貸するために、シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村(Exhampton)に所在するヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を借りて転居するところから、物語は始まる。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村の
ヘイゼルムーア荘を訪れる場面が描かれている。


12月のある金曜日の午後、ウィレット母娘の2人やお茶会に招待されたシタフォード荘の周りに住む4人が行ったテーブルターニング(table-turning / 降霊術会)での霊のお告げ通り、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を気遣ったジョン・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby)が、2時間半後(午後8時前)、吹雪の中、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に到着したところ、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐は、砂が入った緑色の袋で頭部を殴打されて、殺害されていたのである。


ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の遺産の相続人の一人で、彼の妹メアリー・ピアスン(Mary Pearson - 故人)の次男ブライアン・ピアスン(Brian Pearson)は、オーストラリア(Australia)のニューサウスウェールズ(New South Wales)に在住しているとのことだったが、実際には、英国に居て、その上、ヴァイオレット・ウィレットと恋仲であることも判明した。

そして、ブライアン・ピアスンは、ロンドン市内のラッセルスクエア(Russell Square)にある Ormsby Hotel に宿泊していたのだった。


ラッセルスクエア内の植栽(その1)
<筆者撮影>

ラッセルスクエア内の植栽(その2)
<筆者撮影>


ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にあるラッセルスクエアとその周辺を開発したのは、英国の貴族で、ホイッグ党(Whig)の政治家でもあった第5代ベッドフォード公爵フランシス・ラッセル(Francis Russell, 5th Duke of Bedford:1765年ー1802年)で、自身が所有するベッドフォードハウス(Bedford House)を取り壊すと、英国の不動産開発業者であるジェイムズ・バートン(James Burton:1761年ー1837年)に依頼して、住宅の建設を進めた。また、英国の造園師であるハンフリー・レプトン(Humphry Repton:1752年ー1818年)に依頼して、ラッセルスクエアの設計を行った。


ラッセルスクエアの南側に建つ
第5代ベッドフォード公爵フランシス・ラッセル像のアップ
<筆者撮影>


ラッセルスクエアは、1801年から1805年までの建設期間を経て、完成。生憎と、第5代ベッドフォード公爵フランシス・ラッセルは、ラッセルスクエアの完成を見ないまま、1802年に亡くなったが、完成後、ベッドフォード公爵家の姓に因んで、「ラッセルスクエア」と命名される。


ラッセルスクエア内の植栽(その3)
<筆者撮影>

ラッセルスクエア内の植栽(その4)
<筆者撮影>


英国の詩人 / 劇作家 / 文芸批評家で、1948年にノーベル文学賞を受賞したトマス・スターンズ・エリオット(Thomas Stearns Eliot:1888年ー1965年 → 2017年6月25日付uログで紹介済)は、1888年9月26日に米国ミズーリ州セントルイスに誕生し、ハーバード大学を卒業した後、ソルボンヌ大学(フランス)、フィリップ大学マールブルク(ドイツ)やオックスフォード大学(英国)にも通った。彼は1917年から1925年までロイズ銀行の渉外部門で働いた後、1927年に英国に帰化し、英国国教会に入信。

その後、T.S.エリオットは、出版社 Faber & Faber Limited でも編集者として働いており、Faber and Faber 社が当時入居していた建物(Faber Building)が、ラッセルスクエア沿いに建っている。


ラッセルスクエア沿いにあった出版社 Faber & Faber Limited で
編集者として働いていた 
T.S.エリオットを記念して整備された
ラッセルスクエアガーデンズ(Russell Square Gardens)(その1)
<筆者撮影>

ラッセルスクエア沿いにあった出版社 Faber & Faber Limited で
編集者として働いていた 
T.S.エリオットを記念して整備された
ラッセルスクエアガーデンズ(その2)
<筆者撮影>


ラッセルスクエア周辺は、第二次世界大戦(1939年ー1945年)中、ドイツ軍の爆撃により甚大な被害を受けたが、戦後に再開発された。

ラッセルスクエアは、現在、Grade II listing の指定を受けている。

ラッセルスクエア周辺の建物のうち、北側と西側の多くが、ロンドン大学(University of London → 2016年8月6日付ブログで紹介済)関連の施設となっている。


ラッセルスクエア内に生息する昆虫や鳥用の巣箱 -
ラッセルスクエアの東側に建つ 
Kimpton Fitzroy London ホテルに因んで、
その名前が付けられている。
<筆者撮影>

ラッセルスクエア内に生息する昆虫や鳥の説明板
<筆者撮影>


推理小説で言うと、ラッセルスクエアは、


(1)米国ペンシルヴェニア州生まれで、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)作のギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)シリーズ第6作目長編「三つの棺(The Three Coffins 英題: The Hollow Man → 2020年5月3日 / 5月16日 / 5月23日 / 6月13日付ブログで紹介済)」(1935年)


英国の Orion Books 社から出版されている
ジョン・ディクスン・カー作「三つの棺」の表紙
(Cover design & illustration : obroberts)



(2)ベルギーの小説家であるスタニスラス=アンドレ・ステーマン(Stanislas-Andre Steeman:1908年ー1970年)作「殺人者は21番地に住む(L'Assasin habite au 21 → 2016年11月6日付ブログで紹介済)」(1939年)


東京創元社の創元推理文庫から出版されている
スタニスラス=アンドレ・ステーマン作「殺人者は21番地に住む」
(カバー画:安田忠幸)


において、事件の主要な舞台となっている。


2026年4月14日火曜日

ロンドン セシルコート11番地(11 Cecil Court)

モーツァルト一家がロンドンで最初に滞在した
セシルコート11番地の建物を正面から見たところ
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1938年に発表した「ポワロのクリスマス(Hercule Poirot’s Christmas)」において、アドルスフィールドのロングデイルにある屋敷ゴーストンホールの当主シメオン・リー( Simeon Lee)がクリスマスに呼び集められた彼の四男で芸術家のデイヴィッド・リー(David Lee)に対して、妻のヒルダ・リー(Hilda Lee)がリクエストしたピアノ曲の作曲者は、主にオーストリアを活動拠点とした音楽家のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart:1756年ー1791年)である。


英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「ポワロのクリスマス」ペーパーバック版の表紙 -
ゴーストンホールの2階の「密室」状態の自室において、
喉を切り裂かれて惨殺された当主のシメオン・リーを暗示するように、
彼の部屋のドアが表紙に描かれている。


ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、8歳の時(1764年)、父親のヨーハン・ゲオルク・レオポルト・モーツァルト(Johann Georg Leopold Mozart:1719年ー1787年)と一緒に、ロンドンを訪れて、約15ヶ月間滞在している。


ナショナルポートレートギャラリー(National Portrait Gallery)内で所蔵 / 展示されている
ハノーヴァー朝の第3代英国王であるジョージ3世の肖像画
(By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas /
based on a portrait of 1761 - 1762)
<筆者撮影>


ナショナルポートレートギャラリー内で所蔵 / 展示されている
ジョージ3世の王妃である
ソフィア・シャーロット・オブ・メクレンバーグ=ストレリッツ
(1744年ー1818年)の肖像画

(By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas /
based on a portrait of 1761 - 1762)
<筆者撮影>


ロンドンに着いて、僅か4日後に、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、5歳年上の姉マリア・アンナ・モーツァルト(Maria Anna Walburga Ignatia Mozart:1751年ー1829年 - 愛称:ナンネル(Nannerl))と共に、ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)の前で演奏を披露している。


オレンジスクエア内に建つ「若きモーツァルト像」を正面から見たところ -
「若きモーツァルト像」の背後で左右に延びる通りが、エバリーストリート。
<筆者撮影>


オレンジスクエアの案内板 -
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのロンドン滞在のことが説明されている。
<筆者撮影>


ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを含むモーツァルト一家がロンドン訪問時に滞在していた
エバリーストリート180番地の建物全景
<筆者撮影>


エバリーストリート180番地の1階の外壁には、
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが、1764年にここで最初の交響曲を作曲した」ことを示す
プラークが掛けられている。
<筆者撮影>


モーツァルト一家は、オレンジスクエア(Orange Square → 2026年4月8日付ブログで紹介済)のすぐ近くにあるエバリーストリート180番地(180 Ebury Street → 2026年4月12日付ブログで紹介済)に滞在していたが、その前に、彼らはセシルコート(Cecil Court)に居た。


セシルコートの西端において、北側の建物を見上げたところ
<筆者撮影>

セシルコートの西側から東側を見たところ -
画面右側中央に見える赤い建物が、
モーツァルト一家がロンドンで最初に滞在した
セシルコート11番地。
<筆者撮影>


セシルコートは、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のストランド地区(Strand)内にある。

セシルコートは、トラファルガースクエア(Trafalgar Square)に面して建つナショナルギャラリー(National Gallery)から北上するセントマーティンズレーン( St. Martin’s Lane → 2015年12月20日 / 2026年1月28日付ブログで紹介済)とチャリングクロスロード(Charing Cross Road)を東西に結ぶ小道で、左右にはアンティークショップ等の小売店が軒を連ねている。


モーツァルト一家がロンドンで最初に滞在したセシルコート11番地に
近付いたところ(その1)
<筆者撮影>

モーツァルト一家がロンドンで最初に滞在したセシルコート11番地に
近付いたところ(その2)
<筆者撮影>


欧州大陸からロンドンへ演奏旅行にやって来たモーツァルト一家が最初に滞在した場所は、セシルコート9番地(9 Cecil Couty - 現在、Mark Sullivan & Son と言うアンティークショップが入居)とセシルコート11番地(11 Cecil Couty - 現在、Liberty Joy Archive と言う洋服屋が入居)のどちらかであるが、モーツァルト一家の滞在を示すプラークが、セシルコート9番地とセシルコート11番地の間の柱に掛けられているため、判りづらい。ただ、柱の位置関係から考慮すると、モーツァルト一家がロンドンで最初に滞在した場所は、「セシルコート11番地」の方だと思われる。


モーツァルト一家がロンドンで最初に滞在したセシルコート11番地の柱に掛けられた
プラークに近付いたところ(その1)
<筆者撮影>

モーツァルト一家がロンドンで最初に滞在したセシルコート11番地の柱に掛けられた
プラークに近付いたところ(その2)
<筆者撮影>


Cecil Court Traders Association が掛けたプラークによると、セシルコート11番地には、当時、John Cousin と言う理髪師が住んでおり、もしくは、理髪店を営んでおり、モーツァルト一家は、1764年の4月から8月までの間、ここに滞在していたようである。


2026年4月13日月曜日

アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れつく」<小説版(愛蔵版)>(Endless Night by Agatha Christie )- その1

2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャース
(Michael Rogers - 通称:マイク(Mike))と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン

(Fenella Guteman - 通称:エリー(Ellie))の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックス(Rudolf Santonix)に依頼して、

キングストンビショップ村(Kingston Bishop)にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘(Gipsy’s Acre)」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が生まれたトーキー(Torquay → 2023年9月1日 / 9月4日付ブログで紹介済)が所在するデヴォン州(Devon)が舞台となったエルキュール・ポワロシリーズの長編作品のうち、「死者のあやまち(Dead Man’s Folly)」(1956年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年8月18日 / 8月22日付ブログで紹介済)と「五匹の子豚(Five Little Pigs)」(1942年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年11月9日 / 11月13日付ブログで紹介済)が2023年に、更に、「白昼の悪魔(Evil Under the Sun)」(1941年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2024年6月8日 / 6月12日付ブログで紹介済)が刊行されてい「エンドハウスの怪事件(Peril at End House)」(1932年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2024年7月13日 / 7月21日 / 7月25日付ブログで紹介済)が2024年に出版されている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「死者のあやまち」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by HarperCollinsPublishers Ltd. /
Cover illustration by Becky Bettesworth) -
アガサ・クリスティーの夏期の住まいである
デヴォン州のグリーンウェイ(Greenway)が、ナス屋敷として描かれている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「五匹の子豚」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by HarperCollinsPublishers Ltd. /
Cover illustration by Becky Bettesworth) -
英国の有名な画家であるアミアス・クレイル(Amyas Crale)が
毒殺される事件現場になった砲台庭園が描かれている。


2024年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「白昼の悪魔」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -

名探偵エルキュール・ポワロは、デヴォン州の密輸業者島(Smugglers’ Island)にある

Jolly Roger Hotel に滞在して、静かな休暇を楽しんでいた。

同ホテルには、美貌の元女優で、実業家ケネス・マーシャル(Captain Kenneth Marshall)の後妻となった

アリーナ・ステュアート・マーシャル(Arlena Stuart Marshall)が、

この島で何者かによって殺害されることになる。


2024年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「エンドハウスの怪事件」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
「コーニッシュ リヴィエラ(Cornish Riviera)」と呼ばれる
コンウォール州(Cornwall)のセントルー村(St. Loo - 架空の場所)に近い
マジェスティックホテル(Majestic Hotel)において、
エルキュール・ポワロとアーサー・ヘイスティングス大尉は、優雅な休暇を楽しんでいた。
一方、新聞では、世界一周飛行に挑戦中の飛行家である
マイケル・シートン大尉(Captain Michael Seton)が、
太平洋上で行方不明になっていることを伝えていた。
テラスから庭へと通じる階段でポワロが足を踏み外したところ、
丁度運良くそこに通りかかったニック・バックリー(Nick Buckley -
本名:マグダラ・バックリー(Magdala Buckley))に助けられる。
彼女は、ホテルからほんの目と鼻の先にある岬の突端に立つ
やや古びた屋敷エンドハウス(End House)の若き女主人であった。


また、映画化に先立って、「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party)」(1969年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2023年10月6日 / 10月11日付ブログで紹介済)も、2023年に出ている。


2023年に英国の HarperCollins Publishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design by Sarah Foster / HarperCollinsPublishers Ltd.
Cover images by Shutterstock.com)


更に、2025年には、動物をテーマにした「もの言えぬ証人(Dumb Witness)」(1937年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2025年6月29日 / 7月3日付ブログで紹介済)と「鳩のなかの猫(Cat Among the Pigeons)」(1959年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2025年8月3日 / 8月4日付ブログで紹介済)が出版された。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「もの言えぬ証人」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
小緑荘(Littlegreen House)の女主人である
エミリー・アランデル(Emily Arundell)の
飼い犬であるボブ(Bob)と犬の遊び道具のボールが描かれている。
また、
エミリー・アランデルが転落して、
寝込む原因となった階段が、画面右手に描かれている。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「鳩のなかの猫」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
小説のタイトルの上に留まっている鳩達と
床の上に静かに座り、鳩達を狙っている猫が描かれている。


また、2025年の冬には、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery)」(1931年)の愛蔵版(ハードバック版 → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)も出版されている。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と
娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)が借りている
シタフォード荘(Sittaford House)において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby)が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村(Sittaford)から6マイル離れた
エクスハンプトン村(Exhampton)の
ヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を訪れる場面が描かれている。


今回は、今年(2026年)に出た「終りなき夜に生れつく(Endless Night)」(1967年)について、紹介したい。

本作品は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第58作目に該り、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である。


ちなみに、タイトルの「終りなき夜に生れつく(Endless Night)」は、英国の詩人、画家で、銅版画職人でもあったウィリアム・ブレイク(William Blake:1757年ー1827年 → 2023年5月15日付ブログで紹介済)による詩「無垢の予兆(Auguries of Innocence)」の一節である「Some are born to Endless Night.」から採られている。