2026年7月29日水曜日

ロンドン リッチモンド宮殿(Richmond Palace)- その4

リッチモンド宮殿の跡地(東側)と Old Deer Park(西側)の間を
南北に延びるオールドパレスレーン(Old Palace Lane)沿いに建つ
パブ「ザ・ホワイト・スワン(The White Swan)」
<筆者撮影>

英国のファンタジー / SF / 推理作家であるフィリップ・パーサー=ハラード(Philip Purser-Hallard:1971年ー)が、Titan Publishing Group Ltd. から、「シャーロック・ホームズの更なる冒険(The further adventures of Sherlock Holmes)」シリーズとは別シリーズの「シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)」シリーズの一つとして、2019年に発表した「人間消失(The Vanishing Man → 2026年6月7日 / 6月15日 / 6月21日 / 7月3日付ブログで紹介済)」の場合、1896年9月14日(月)から9月15日(火)にかけて、トマス・ケルウェイ(Thomas Kellway)と名乗る人物が「テレキネシス(Telekinesis)」を使って、物体を移動する実験を、リッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)にあるサー・ニューナム・スペイト(Sir Newham Speight - The Society for the Scientific Investigation of Psychical Phenomena の会長(Chairman))の自宅 Parapluvium House 内に設けれらた実験室で実施した際、衆人環視の中、トマス・ケルウェイが隔離された室内から姿を消してしまうと言う非常に不可思議な事件が発生したため、サー・ニューナム・スペイトは、シャーロック・ホームズに対して、助けを求める。


英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2019年に出版された
フィリップ・パーサー=ハラード作
「シャーロック・ホームズ:人間消失」の表紙
(Images : Shutterstock)


サー・ニューナム・スペイトの自宅である Parapluvium House が所在したリッチモンドは、ロンドンの特別区の一つで、ロンドン南西部郊外のリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)内にあり、テムズ河の中流域に位置して、テムズ河の東岸に広がる高級住宅地である。


リッチモンドの周辺地図 -
Google Maps から抜粋。


リッチモンドに嘗てあったリッチモンド宮殿(Richmond Palace)は、薔薇戦争(Wars of the Roses → 2024年6月18日 / 6月24日 / 6月28日 / 7月2日付ブログで紹介済)の第三次内乱(1485年)に該り、1485年8月22日に行われたボズワースの戦い(Battle of Bosworth)において、ヨーク朝(House of York)の第3代イングランド王であるリチャード3世(Richard III:1452年-1485年 在位期間 1483年ー1485年 → 2023年10月9日 / 2024年6月14日付ブログで紹介済)を破り、テューダー朝(House of Tudor)の初代イングランド王として即位したヘンリー7世(Henry VII:1457年ー1509年 在位期間:1485年ー1509年 → 2024年7月5日付ブログで紹介済)が、同地にあった宮殿(大半が木造建築)が1497年12月23日の火災により焼失したため、翌年の1498年から1501年にかけて建設。


ナショナルポートレイトギャラリー(National Portrait Gallery)で販売されている
ヘンリー7世の肖像画の葉書
(Unknown Netherlandish artist / 1505年 / Oil on panel
425 mm x 305 mm) 


ヘンリー7世は、王位継承前、リッチモンド伯(Earl of Richmond)として知られていたので、それに因んで、新宮殿を「リッチモンド宮殿」と名付けられた。


ナショナルポートレイトギャラリーで所蔵 / 展示されている
ジェイムズ1世の肖像画
(By Daniel Mytens
 / Oil on canvas / 1621年)
<筆者撮影>


テューダー朝の第5代かつ最後のイングランド王エリザベス1世(Elizabeth I:1533年ー1603年 在位期間:1558年-1603年 → 2023年6月24日 / 7月2日付ブログで紹介済)が、1603年3月24日、リッチモンド宮殿において亡くなった後、ステュアート朝(House of Stuart)の初代国王であるジェイムズ1世(James I:1566年ー1625年 在位期間:1603年-1625年)が即位。

ジェイムズ1世自身は、リッチモンド宮殿よりも、ロンドン市内のホワイトホール宮殿(Whitehall Palace)を好んだ。


リッチモンド宮殿の跡地(東側)と Old Deer Park(西側)の間を
南北に延びるオールドパレスレーン沿いに建つ住居(その1)
<筆者撮影>

リッチモンド宮殿の跡地(東側)と Old Deer Park(西側)の間を
南北に延びるオールドパレスレーン沿いに建つ住居(その2)
<筆者撮影>


ジェイムズ1世の長男であるヘンリー王子(Prince Henry - 正式名:ヘンリー・フレデリック / ウェールズ公(Henry Frederick, Prince of Wales:1594年ー1612年))が、自分が亡くなる直前の1612年、フランスの技師 / 建築家であるサロモン・ド・コース(Salomon de Caus:1576年ー1626年)とイタリアの画家 / 彫刻家 / 庭園設計家 / 建築家であるコスタンティーニ・デ・セルヴィ(Costantini de’Servi:1554年ー1622年)に対して、リッチモンド宮殿の庭園における水景物の設計を依頼。


ナショナルポートレイトギャラリーで販売されている
チャールズ1世の肖像画の葉書
(Daniel Mytens
 / 1631年 / Oil on canvas
2159 mm x 1346 mm) 


ジェイムズ1世の次男で、ステュアート朝の第2代国王であるチャールズ1世(Charles Ⅰ:1600年ー1649年 在位期間:1625年ー1649年 → 2017年4月29日付ブログで紹介済)は、即位前からリッチモンド宮殿を所有して、美術品の収集に注力。


テムズ河(River Thames)沿いに設置されている
Old Deer Park の沿革を示す説明板
<筆者撮影>


また、エリザベス1世と同じように、チャールズ1世も、鹿狩りを好み、1637年に鹿狩りのための狩猟区を新設。これが、エリザベス1世が「新しいリッチモンドパーク(Newe Parke of Richmonde → 現在の Old Deer Park)」と呼んでいた場所で、チャールズ1世は、「リッチモンドパーク(Richmond Park)」へ改名した。


チジックハウス(Chiswick House → 2016年7月23日付ブログで紹介済)で
所蔵 / 展示されているアンソニー・ヴァン・ダイク
(Anthony van Dyck / バロック期のフランドルの画家:1599年ー1641年
→ 2025年9月27日 / 10月4日 / 10月8日 / 10月13日付ブログで紹介済)

「英国王チャールズ1世と家族の肖像画」(1632年)―
正式な名前は、「チャールズ1世、ヘンリエッタ・マリアと
二人の子供(チャールズ王子とメアリー王女)」
(Charles I and Henrietta Maria with their two eldest children,
Prince Charles and Princess Mary)。
<筆者撮影>


ナショナルポートレイトギャラリーで販売されている
アンソニー・ヴァン・ダイクの肖像画の葉書
(Sir 
Anthony van Dyck / 1640年頃 / Oil on panel
560 mm x 460 mm) 


チャールズ1世は、1626年頃、王妃ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス(Henrietta Maria of France:1609年-1669年)に対して、リッチモンド宮殿と荘園を与えたので、リッチモンド宮殿が、英国王室子息の住まいとなった。


2026年7月28日火曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その39B

英国の HarperCollinsPublishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作「ヒッコリーロードの殺人」の
ペーパーバック版の表紙 -
今回の事件の舞台となるヒッコリーロード26番地にある学生寮の建物が、
ネズミの形に切り取られている。

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1955年に発表した「ヒッコリーロードの殺人(Hickory Dickory Dock)」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第47作目に該り、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第26作目に該っている。


ミス・フェリシティー・レモンは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立つ
エルキュール・ポワロの左斜め下に居る。

<筆者撮影>


「ヒッコリーロードの殺人」の場合、有能な秘書フェリシティー・レモン(Miss Felicity Lemon → 2025年10月15日付ブログで紹介済)がタイプした手紙に、エルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)が誤字を3つも見つけるところから、その物語が始まる。


エルキュール・ポワロは、
ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の中央に立っている。
<筆者撮影>


ポワロがミス・レモンに尋ねると、彼女のタイプミスの原因が、彼女の姉で、今はヒッコリーロード26番地(26 Hickory Road)にある学生寮で寮母をしている未亡人のハバード夫人(Mrs. Hubbard)から彼女が相談を受けていたたためであることが判明する。


ミス・レモンによると、姉のハバード夫人が寮母を務めている学生寮では、非常に奇妙なことが連続して発生していたのである。

夜会靴、ブレスレット、聴診器、電球、古いフランネルのズボン、チョコレートが入った箱、硼酸の粉末、浴用塩、料理の本やダイヤモンドの指輪(後に、食事中のスープ皿の中から見つかった)等、全く関連性がないものが次々と紛失していた。更に、それに加えて、ズタズタに切り裂かれた絹のスカーフ、切り刻まれたリュックサック、そして、緑のインクで台無しになった学校のノート等が見つかり、盗難行為だけではなく、野蛮かつ不可解な行為も横行していたのだ。


ここのところ、興味を引く事件がなくて退屈気味だったポワロは、これ以上、ミス・レモンのタイプミスが続くことを避けるべく、彼女への手助けを申し出る。

ポワロは、まずハバード夫人に自分の事務所に来てもらい、更に詳しい事情を尋ねるとともに、学生寮に現在住んでいる学生達の情報についても、彼女からヒアリングする。

ポワロの灰色の脳細胞が、一見平和そうに見える学生寮の内で何か良からぬ企みが秘かに進行していると彼に告げる。そこで、ポワロはハバード夫人と再度話をして、学生寮に住む面々に犯罪捜査にかかる講演を行うという名目で、ヒッコリーロード26番地を訪ねることに決めた。


何ら脈絡がないと思えた盗難事件であったが、学生寮内での恐ろしい連続殺人事件へと発展するのであった。


(90)リュックサックの底に隠されて密輸された宝石等(valuables smuggled in rucksacks)



ポワロの秘書フェリシティー・レモンの姉であるハバード夫人が寮母を務めているヒッコリーロード26番地(26 Hickory Road)にある学生寮に住むある人物が、リュックサックの底にある細工を施す。リュックサックの底は、割合簡単に剥がせるようにできていて、しかも厚みがあった。波状の板紙の間に、細長く巻いた宝石や麻薬の粉末を隠せる構造になっていた。その人物は、細工を施したリュックサックをそのことを知らない学生達に渡して、海外から英国へ宝石や麻薬の粉末を密輸していたのである。


(91)ダイヤモンドの指輪が入ったスープ皿(bowl of soup with a ring in it)



ミス・レモンによると、姉のハバード夫人が寮母を務めている学生寮では、非常に奇妙なことが連続して発生していた。

その一環として、考古学(archaeology)を専攻する学生のパトリシア・レイン(Patricia Lane)が紛失したダイヤモンドの指輪が、後に、食事中のスープ皿の中から見つかったのである。


(92)ルシェルンのライオンの形をした大理石の文鎮(Lion of Lucerne paperweight)



ある日の夕方、警察に居たナイジェル・チャップマン(Nigel Chapman - 石器時代(Bronze Age)と中世(medieval)の歴史 / イタリア語を専攻するロンドン大学(University of London)の学生)のところに、パトリシア・レインから電話がかかってくる。

電話を受けたナイジェル・チャップマンが、シャープ警部(Inspector Sharpe)と一緒に、ヒッコリーロード26番地の学生寮に戻ってみると、パトリシア・レインが自室で殺害されていた。ごく簡単な凶器で、大理石の文鎮が毛糸の靴下の中に入っていた。それで、彼女は、背後から頭部を殴りつけられたのである。毛糸の靴下は、ナイジェル・チャップマンのもので、大理石の文鎮は、ルシェルンのライオンの形をしていた。


2026年7月27日月曜日

ロンドン リッチモンド劇場(Richmond Theatre)- その2

リトルグリーン越しに
リッチモンド劇場を臨む。
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1963年に発表した「複数の時計(The Clocks)」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第54作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第29作目に該っている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から現在出版されている
アガサ・クリスティー作「複数の時計」の
ペーパーバック版の表紙


英国の TV 会社 ITV1 で放映されたエルキュール・ポワロシリーズ「Agatha Christie’s Poirot」の第12シリーズ / 第65話「複数の時計」(放映日:2011年12月26日)において、物語の舞台が、原作上のサセックス州(Sussexウディーン(Crowdean)からケント州(Kent)ドーヴァー(Dover)へと変更されている。


リトルグリーン通り(Little Green)の対岸から
リッチモンド劇場を見上げたところ
<筆者撮影>


そして、物語の冒頭、物語の冒頭、友人のアリアドニ・オリヴァー(Ariadne Oliver)作の芝居「善きサマリア人(The good Samaritan)」を観劇していたエルキュール・ポワロは、その幕間、年若き友人のコリン・レイス大尉(Lieutenant Colin Race)から声をかけられる。

アガサ・クリスティーの原作では、警察の公安部(Special Branch)に勤務するコリン・ラム(Colin Lamb)と言う設定になっているが、TV 版では、MI6 の秘密情報部員(intelligence officer)であるコリン・レイス大尉と言う設定に、名前と共に変更されている。

コリン・レイス大尉は、ドーヴァーのウィルブラームクレッセント19番地(19 Wilbraham Crescent)の居間で死体となって見つかった身元不明の男性について、ポワロに助言を請うために、劇場までわざわざやって来たのである。

この場面は、リッチモンド劇場(Richmond Theatre)で撮影されている。


リッチモンドの周辺地図 -
Google Maps から抜粋。
画面中央から左側にある大きな緑地帯が「リッチモンドグリーン」で、
その北側にある小さな緑地帯が「リトルグリーン(Little Green)」。


リッチモンド劇場は、ロンドンの特別区の一つで、ロンドン南西部郊外のリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)のリッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)内に所在し、リッチモンドグリーン(Richmond Green → 2026年7月24日付ブログで紹介済)と呼ばれる大きな緑地帯の北側にあるリトルグリーン(Little Green)に面して建っている。


ナショナルポートレイトギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
ウィリアム・シェイクスピアの肖像画の葉書
(Associated with John Taylor
 / 1610年頃 / Oil on panel
552 mm x 438 mm)


リッチモンド劇場は、劇場の建設やデザインを専門とする英国の建築家であるフランク・マッチャム(Frank Matcham:1854年ー1920年)によって建設され、1899年9月18日、リッチモンド劇場&オペラハウス(Richmond Theatre and Opera House)として、イングランドの劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564年ー1616年 → 2023年5月19日付ブログで紹介済)作「お気に召すまま(As You Like It)」(1599年)で開演を迎えた。


リッチモンド劇場の入口右側の外壁に、
同劇場を建設したフランク・マッチャムのプラークが、
Frank Matcham Society によって掛けられている。
<筆者撮影>


リッチモンド劇場の建物は、1972年に「グレード II(Grade II)」の指定を受けている。


リッチモンド劇場の入口左側には、
身障者用の入口がが設けられている。

<筆者撮影>


1990年に英国の舞台美術デザイナー(set and costume designer)であるカール・トムズ(Carl Toms:1927年ー1999年)がリッチモンド劇場の大改修を引き受け、客席の増設を含む拡張工事が行われ、1991年に竣工、現在の収容人数は約900名となっている。


リッチモンド劇場の左隣りの建物には、
リッチモンド図書館(Richmond Lending Library)が入っている。
<筆者撮影>


リッチモンド劇場の場合、ポワロシリーズの他にも、その外装や内装が映画や TV ドラマ等の撮影に多く使用されている。


2026年7月26日日曜日

ロンドン コートールドギャラリー(Courtauld Gallery)- その6


ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)のストランド地区(Strand)にあり、テムズ河(River Thames)を見下ろす絶好のロケーションに建つサマセットハウス(Somerset House → 2016年7月17日)内に設けられているコートールドギャラリー(Courtauld Gallery)の4階(Floor 3)にある「Denise Coates Exhibition Galleries」において、2026年6月12日から同年9月6日まで、「Hepworth in Colour」と言う英国の芸術家 / 彫刻家であるジョスリン・バーバラ・ヘップワース(JocelynBarbara Hepworth:1903年ー1975年 → 2024年10月1日 / 10月31日 / 11月2日付ブログで紹介済)の特別展が行われているので、展示されている主な彫刻を紹介したい。


コートールドギャラリーの
4階(Floor 3)のレイアウト図

テイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)で購入した
ジョスリン・バーバラ・ヘップワースの写真
「Barbara Hepworth standing alongside Corinthos
in the carving studio at Trewyn Studio」(1955)
Hepworth Photography Collection /
Bowness, Hepworth Estate

Sculpture with Colour
(Oval Form) Pale Blue and Red
1943年 / Wood, paint and strings
<筆者撮影>

(左側)Sculpture with Colour (Deep Blue and Red)
1940年 / Plaster, paint and strings
(右側)Sculpture with Colour (Deep Blue and Red)
1940年 / Plaster, paint and strings
<筆者撮影>

(左側)Sculpture with Colour (Deep Blue and Red)
1940年 / Plaster, paint and strings
(中央)Sculpture with Colour (Deep Blue and Red)
1940年 / Plaster, paint and strings
(右側)Sculpture with Colour (Deep Blue and Red)
1941年 / Plaster, paint and strings
<筆者撮影>

Sculpture with Colour (Deep Blue and Red)
1943年 / Wood, paint and strings
<筆者撮影>

Wave
1943年−1944年 / Wood, paint and strings
<筆者撮影>

Pelagos
1946年 / Elm, paint and strings
<筆者撮影>

Tides II
1946年 / plane wood and paint
<筆者撮影>

Curved Stone with Yellow
1946年 / Stone and paint
<筆者撮影>

Eidos
1947年 / Portland stone and paint
<筆者撮影>

Sculpture with Colour (Eos)
1946年 / Hopton wood stone and paint
<筆者撮影>

Sea Form (Porthmeor)
1958年 / Bronze
<筆者撮影>


Single Form
1937年ー1938年(painted around 1963)/ Plaster and paint 
<筆者撮影>

Oval with Black and White
1965年 / Swedish marble and paint
<筆者撮影>

Two Opposing Forms (Grey and Green)
1969年 / Irish marble and paint
<筆者撮影>

Sphere with Inside and Outside Colour
1967年 / Aluminium and paint
<筆者撮影>

          

2026年7月25日土曜日

ロンドン リッチモンド劇場(Richmond Theatre)- その1

リトルグリーン通り(Little Green)の対岸から
リッチモンド劇場を見たところ
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1963年に発表した「複数の時計(The Clocks)」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第54作目に該り、エルキュール・ポワロシリーズの長編のうち、第29作目に該っている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「複数の時計」ペーパーバック版の表紙


「複数の時計(The Clocks)」の場合、エルキュール・ポワロ自身、は殺人事件の現場へは赴かず、また、殺人事件の容疑者や証人への尋問も直接は行わないで、ロンドンにある自分のフラットに居ながらにして(=完全な安楽椅子探偵として)、事件の謎を解決するのである。


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に出ている
「アガサ・クリスティーのトランプ」の1枚である

1 ♠️「エルキュール・ポワロ」


キャサリン・マーティンデール(Miss Katherine Martindale)が所長を勤めるキャヴェンディッシュ秘書紹介所(Cavendish Secretarial Bureau)から派遣された速記タイピストのシーラ・ウェッブ(Sheila Webb)は、ウィルブラームクレッセント通り19番地(19 Wilbraham Crescent)へと急いでいた。

シーラ・ウェッブが電話で指示された部屋(居間)へ入ると、彼女はそこで身なりの立派な男性の死体を発見する。男性の死体の周囲には、6つの時計が置かれており、そのうちの4つが何故か午後4時13分を指していた。

鳩時計が午後3時を告げた時、ウィルブラームクレッセント19番地の住人で、目の不自由な女教師ミリセント・ペブマーシュ(Miss Millicent Pebmarsh)が帰宅する。自宅内の異変を感じたミリセント・ペブマーシュが男性の死体へと近づこうとした際、シーラ・ウェッブは悲鳴を上げながら、表へと飛び出した。そして、彼女は、ちょうどそこに通りかかった青年コリン・ラム(Colin Lamb)の腕の中に飛び込むことになった。



実は、コリン・ラム青年は、警察の公安部員(Special Branch agent)で、何者かに殺された同僚のポケット内にあったメモ用紙に書かれていた「M」という文字、「61」という数字、そして、「三日月」の絵から、ウィルブラームクレッセント19番地が何か関係して入るものと考え、付近を調査していたのである。

「M」を逆さまにすると、「W」になり、「ウィルブラーム」の頭文字になる。「三日月」は「クレッセント」であり、「61」を逆さまにすると、「19」となる。3つを繋げると、「ウィルブラームクレッセント通り19番地」を意味する。



クローディン警察署のディック・ハードキャッスル警部(Inspector Dick Hardcastle)が本事件を担当することになった。

シーラ・ウェッブは、ミリセント・ペブマーシュの家へ今までに一度も行ったことがないと言う。また、ミリセント・ペブマーシュは、キャヴェンディッシュ秘書紹介所に対して、シーラ・ウェッブを名指しで仕事を依頼する電話をかけた覚えはないと答える。更に、シーラ・ウェッブとミリセント・ペブマーシュの二人は、ウィルブラームクレッセント通り19番地の居間で死体となって発見された男性について、全く覚えがないと証言するのであった。


リッチモンド劇場を下から見上げたところ
<筆者撮影>


ミリセント・ペブマーシュの居間においてキッチンナイフで刺されて見つかった身元不明の死体は「R.・H・カリイ(R. H. Curry)」とされたが、スコットランドヤードの捜査の結果、全くの偽名であることが判明し、身元不明へと逆戻りする。彼が目の不自由な老婦人の居間で刺殺される理由について、スコットランドヤードも、そして、コリン・ラムも、皆目見当がつかなかった。

途方に暮れたコリン・ラムは、ポワロに助けを求める。年若き友人からの頼みを受けて、ポワロの灰色の脳細胞が事件の真相を解き明かす。


リッチモンド劇場の入口
<筆者撮影>


英国の TV 会社 ITV1 で放映されたエルキュール・ポワロシリーズ「Agatha Christie’s Poirot」の第12シリーズ / 第65話「複数の時計」(放映日:2011年12月26日)において、物語の舞台が、原作上のサセックス州(Sussexウディーン(Crowdean)からケント州(Kent)ドーヴァー(Dover)へと変更されている。


英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に出ている
「アガサ・クリスティーのトランプ」の1枚である

7 ♠️「アリアドニ・オリヴァー」


そして、物語の冒頭、友人のアリアドニ・オリヴァー(Ariadne Oliver)作の芝居「善きサマリア人(The good Samaritan)」を観劇していたポワロは、その幕間、年若き友人のコリン・レイス大尉(Lieutenant Colin Race)から声をかけられる。

アガサ・クリスティーの原作では、警察の公安部に勤務するコリン・ラムと言う設定になっているが、TV 版では、MI6 の秘密情報部員(intelligence officer)であるコリン・レイス大尉と言う設定に、名前と共に変更されている。

コリン・レイス大尉は、ドーヴァーのウィルブラームクレッセント19番地の居間で死体となって見つかった身元不明の男性について、ポワロに助言を請うために、劇場までわざわざやって来たのである。

この場面は、リッチモンド劇場(Richmond Theatre)で撮影されている。


リッチモンドの周辺地図 -
Google Maps から抜粋。
画面中央から左側にある大きな緑地帯が「リッチモンドグリーン」で、
その北側にある小さな緑地帯が「リトルグリーン(Little Green)」。


リッチモンド劇場は、ロンドンの特別区の一つで、ロンドン南西部郊外のリッチモンド・アポン・テムズ区(London Borough of Richmond upon Thames)のリッチモンド(Richmond → 2018年3月17日 / 3月24日付ブログで紹介済)内に所在し、リッチモンドグリーン(Richmond Green → 2026年7月24日付ブログで紹介済)と呼ばれる大きな緑地帯の北側にあるリトルグリーン(Little Green)に面して建っている。