2026年4月7日火曜日

ミス・マープルの世界<ジグソーパズル>(The World of Miss Marple )- その23A

英国の Orion Publishing Group Ltd. から2024年に発行されている「ミス・マープルの世界(The World of Miss Marple)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているミス・ジェーン・マープル(Miss Jane Marple)シリーズの登場人物や各作品に関連した68個の手掛かりについて、前回に引き続き、順番に紹介していきたい。

今回も、ミス・マープルが登場する作品に関連する手掛かりの紹介となる。


(66)ベーコン用豚肉(gammon)



ベーコン用豚肉が、ミス・マープルの甥であるレイモンド・ウェスト(Raymond West → 2024年8月12日付ブログで紹介済)が座るテラス用の椅子の左側にあるテーブルのi一番左端に置かれている。


(67)巻尺(tape measure)



ジズソーパズルの右上に建つ家の一番右端の壁に設置されているヒューズボックス(fuse box)の下に、巻尺が落ちている。


(68)ハッカ入りキャンディー棒(peppermint stick)



ハッカ入りキャンディー棒が、ジズソーパズルの右上に建つヘイドック医師(Dr. Haydock / 左側の人物 → 2024年8月18日付ブログで紹介済)とスラック警部(Inspector Slack / 右側の人物 → 2024年8月20日付ブログで紹介済)の横に設置されたテーブルの右下端(カクテル用水差し(cocktail jug)の右側)に置かれている。


ジグソーパズル「ミス・マープルの世界」の完成形
<筆者撮影>

これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が亡くなった後の1979年に英国で出版された短編集「ミス・マープル最後の事件簿(Miss Marple’s Final Cases)」である。

「ミス・マープル最後の事件簿」は、ミス・ジェーン・マープルが登場する短編6作とその他の短編2作の合計8作が収録された。

なお、米国において、本短編集に収録された作品のほとんどが雑誌に掲載済だったこともあり、当初、本短編集は、米国では出版されなかった。

ビル・ブラッグ氏(Mr. Bill Bragg)が描く
ミス・マープルシリーズの短編集「ミス・マープル最後の事件簿」の一場面

ビル・ブラッグ氏によるイラストには、

「ミス・マープルの思い出話 / ミス・マープルは語る(Miss Marple Tells a Story)」における

一場面が描かれている。

ベッドの上で刺殺されているのは、

バーンチェスター村(Barnchester)のクラウンホテル(Crown Hotel)に宿泊していた

ローズ夫人(Mrs. Rhodes)である。

Harper Collins Publishers 社から出版されている

「ミス・マープル最後の事件簿」のペーパーバック版の表紙には、

ビル・ブラッグ氏によるイラストが、

ジグソーパズルの形に切り取られているものが使用されている。


1954年11月、アガサ・クリスティーは、自分の生まれ故郷であるデヴォン州(Devon)のチャーストン フェラーズ(Churston Ferrers)にあるセントメアリー聖母教会(St. Mary the Virgin Church)に寄付をするため、ある中編を執筆して、その印税収入を充てようとした。そこで、彼女は自分の住まいがあるグリーンウェイ(Greenway)を小説の舞台にした。それが「エルキュール・ポワロとグリーンショア屋敷の阿房宮(Hercule Poirot and the Greenshore Folly → 2014年9月27日付ブログで紹介済)」で、60年の歳月を経て、2014年に初めて出版された。殺人事件が発生する小説の舞台に実在の場所である「グリーンウェイ」をそのまま使用できないので、「グリーンショア」と変更したものと思われる。なお、この中編は、雑誌掲載には難しい長さであったため、残念ながら、未発表のままに終わっている。

上記の中編の代わりに、アガサ・クリスティーは、ミス・マープルを主人公とした短編「グリーンショウ氏の阿房宮(Greenshaw's Folly)」を教会に寄付している。

アガサ・クリスティーは、この中編を長編にして、2年後の1956年に「死者のあやまち(Dead Man's Folly)」を発表している。


上記を受けて、現在、「ミス・マープル最後の事件簿」には、エルキュール・ポワロを探偵役とした中編 / 長編からミス・マープルを主人公に変更した短編「グリーンショウ氏の阿房宮」を含めた9編が収録されている。


2026年4月6日月曜日

ウィリアム・シェイクスピア作戯曲「マクベス」(’Macbeth’ by William Shakespeare)

ウィリアム・シェイクスピア 作「マクベス」に登場する3人の魔女は、
グラミスの領主で、
スコットランドの将軍であるマクベスに対して、
「コーダーの領主」、そして、「いずれ、王となるお方」と呼びかける一方、
同じく、スコットランドの将軍であるバンクォーに対しては、
「あなたは王にはなれないが、あなたの子孫が王になる。」と予言すると、姿を消すのであった。
(英国の The Orion Publishing Group Ltd. より2020年に発売されたジグソーパズル
「シェイクスピアの世界(The World of Shakespeare)」から抜粋。)
<筆者撮影>


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1938年に発表した「ポワロのクリスマス(Hercule Poirot’s Christmas - 彼女が執筆した長編としては、第24作目に、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第17作目に該る)」の場合、序文に彼女から義兄のジェイムズ(James)に対する献辞があるが、イングランドの劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564年ー1616年 → 2023年5月19日付ブログで紹介済)による戯曲「マクベス(Macbeth)」の有名なセリフである


“Yet who would have thought the old man to have had so much blood in him?”

「あの老人にこんなにたくさんの血があったなどと、誰が考えたことでしょう?」


が、その序文の前に掲げられている。


このように、有名な文章や詩作を引用して、小説の最初に掲げたものを「エピグラフ(epigraph)」と呼び、通常、物語の内容を暗示したり、あるいは、物語のテーマに繋がるような文章や詩作が使用されている。


英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「ポワロのクリスマス」ペーパーバック版の表紙 -
ゴーストンホールの2階の「密室」状態の自室において、
喉を切り裂かれて惨殺された当主のシメオン・リーを暗示するように、
彼の部屋のドアが表紙に描かれている。


アドルスフィールドのロングデイルにある屋敷ゴーストンホールの当主で、大富豪の老人であるシメオン・リー( Simeon Lee - 冷酷で横暴な性格)が、クリスマスに、不仲となって、方々に住んでいる自分の家族全員をゴーストンホールに呼び集めた上、彼らを色々と動揺させて楽しむと言う新しい気晴らしを思い付く。

ところが、クリスマスイヴの日(12月24日)に、自室において、自分が惨殺されてしまう。

シメオン・リーの惨殺死体を発見した家族の一人であるリディア・リー(Lydia Lee - シメオン・リーの長男アルフレッド・リー(Alfred Lee)の妻)が、その場において、思わず、この有名なセリフを口走るのである。


ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
ウィリアム・シェイクスピアの肖像画の葉書
(Associated with John Taylor
 / 1610年頃 / Oil on panel
552 mm x 438 mm)


ウィリアム・シェイクスピア作の悲劇「マクベス」(1606年)は、全5幕で構成されている。

「マクベス」は、実在したスコットランド王のマクベス(Macbeth 在位期間:1040年-1057年)をモデルにしていると考えられている。


「マクベス」は、「ハムレット(Hamlet)」(1600年ー1601年)、「オセロー(Othello)」(1603年ー1604年)、そして、「リア王(King Lear)」(1605年ー1606年)と並ぶウィリアム・シェイクスピアの四大悲劇の一つで、その中では最も短い作品である。


「マクベス」については、1611年4月にグローブ座(Globe Theatre → 2023年5月8日付ブログで紹介済)で上演されたのが、現存する最古の記録となっている。


ジグソーパズルの左下の部分に、「グローブ座」が描かれている。
なお、このグローブ座は、現代に復元された「シェイクスピアズ グローブ」で、
ウィリアム・シェイクスピアが座付き劇作家として在籍していた
劇団「宮内大臣一座」が1599年に建てた「グローブ座」の姿とは、異なっている。
(英国の The Orion Publishing Group Ltd. より2020年に発売されたジグソーパズル
「シェイクスピアの世界」から抜粋。)
<筆者撮影>


<第1幕>

スコットランド軍は、反乱軍とノルウェー軍の連合軍を打ち破り、大勝利を挙げる。

スコットランドの将軍であるマクベス(Macbeth - グラミスの領主(Thane of Glamis))とバンクォー(Banquo)が、スコットランド国王ダンカン(Duncan)の陣営へと戻る途中、荒野において、3人の魔女(Three Witches)に出会う。魔女達は、マクベスに対して、「コーダーの領主(Thane of Cawdor)」、そして、「いずれ、王となるお方」と呼びかける一方、バンクォーに対しては、「あなたは王にはなれないが、あなたの子孫が王になる。」と予言すると、姿を消す。


コーダー城(Cawdor Castle → 2023年11月17日付ブログで紹介済)の外観 -

コーダー城は、実在する城で、

スコットランド(Scotland)ハイランド州(Highland)のインヴァネス(Inverness)近郊に位置する

コーダー村(Cawdor)内に所在している。

しかし、史実は、ウィリアム・シェイクスピア作「マクベス」とは異なり、

同戯曲がモデルにしたスコットランド王のマクベスが実在した11世紀時点で、

コーダー城は、まだ建設されていなかった。

コーダー城が実際に建設されたのは、15世紀で、

コーダーの領主であるカルダー家(Calder Family)によってである。

<筆者撮影>


すると、そこにダンカン国王の使者が到着して、武勲により、マクベスがコーダーの領主に任ぜられたことを伝えた。マクベスとバンクォーの2人は、魔女の予言通りになったことに驚く。そして、マクベスは、心の中で、王となると言う予言も現実となるのではないかと、秘かに希望を膨らませる。

陣営へと戻ったマクベスとバンクォーに対して、ダンカン国王は、2人の功績を讃えるが、自分の長男である王子マルカム(Malcolm)を王位継承者に定める。それを聞いたマクベスは、魔女達の予言の実現を危ぶみ、ある決意をするのであった。


<第2幕>

夫から魔女達の予言の話を聞いたマクベス夫人(Lady Macbeth)に唆されたマクベスは、ダンカン国王の暗殺を企てる。

マクベス夫人が、ダンカン国王の部屋付きの従者達に対して、薬を入れた酒を飲ませて、眠らせた後、マクベスが、ダンカン国王を短剣で殺害する。

翌朝、ダンカン国王の死体が発見されると、その混乱に乗じて、マクベスは、部屋付きの従者達を斬殺し、その口を封じた上で、彼らをダンカン国王の殺害犯だと報告した。

父王を殺されて、自分の命も危ういと恐れた長男のマルカム王子はイングランドへ、そして、次男のドナルベイン王子(Dobalbain)はアイルランドへと逃亡する。その結果、ダンカン国王を殺害した真の犯人の嫌疑が逃亡した2人の王子にふりかかることになり、マクベスが次のスコットランド国王に指名されるのであった。


<第3幕>

魔女達の予言通り、スコットランド国王の座に就いたマクベスであったが、魔女達がバンクォーに告げた予言が実現することを恐れ、バンクォーと彼の息子であるフリーアンス(Fleance)に対して、暗殺者を放った。バンクォーは暗殺できたものの、フリーアンスは取り逃がしてしまう。

貴族達との宴会の席において、その報告を聞いたマクベスは、ふと見ると、バンクォーの亡霊も宴会に列席していることに気付き、恐怖する。そして、夫を唆して、ダンカン国王を殺害させたマクベス夫人も、次第に不安に苛まれて行くのであった。


こうして、グラミスの領主で、将軍のマクベスが、妻と謀り、主君であるダンカン国王を暗殺して、王位に就いたものの、魔女達による予言の内容を恐れ、次第に錯乱して、暴君化する。

そして、最後は、マクベスは、イングランドへと亡命したために、妻子を殺害されたファイフの領主(Thane of Fife)であるマクダフ(Macduff)と父王を殺害されたマルカム王子による復讐劇により、命を失うのである。


テイト・ブリテン美術館
(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)で購入した

19世紀後半から20世紀前半にかけて、
主にパリとロンドンで活動した米国人の画家である
ジョン・シンガー・サージェント
(John Singer Sargent:1856年ー1925年
→ 2023年7月28日 / 8月12日付ブログで紹介済)作
「マクベス夫人を演じるエレン・テリー
(Ellen Terry as Lady Macbeth
→ 2023年7月31日 / 8月3日付ブログで紹介済)」

(1889年)
Oil paint on canvas
221 cm x 114.3 cm
Purchased by Sir Joseph Duveen in 1906


「マクベス」において、「あの老人にこんなにたくさんの血があったなどと、誰が考えたことでしょう?」と言う有名なセリフは、マクベス夫人が発しているため、「ポワロのクリスマス」においても、女性であるリディア・リー(シメオン・リーの長男アルフレッド・リーの妻)に割り振られたものと思われる。


2026年4月5日日曜日

エルキュール・ポワロの世界 <ジグソーパズル>(The World of Hercule Poirot )- その29A

英国の HarperCollinsPublishers 社から以前に出版されていた
アガサ・クリスティー作「ポワロのクリスマス」ペーパーバック版の表紙 -
ゴーストンホールの2階の「密室」状態の自室において、
喉を切り裂かれて惨殺された当主のシメオン・リーを暗示するように、
彼の部屋のドアが表紙に描かれている。

英国の Orion Publishing Group Ltd. から2023年に発行されている「エルキュール・ポワロの世界(The World of Hercule Poirot)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているエルキュール・ポワロシリーズの登場人物や各作品に関連した112個の手掛かりについて、引き続き、紹介したい。

前回に引き続き、各作品に出てくる登場人物、建物や手掛かり等が、その対象となる。


ジグソーパズル「エルキュール・ポワロの世界」の完成形
<筆者撮影>


(67)研磨していないダイヤモンド / ダイヤモンドの原石(uncut diamonds)



ジグソーパズルの中央のやや左側にある暖炉の一番左側にある柱の上に、研磨していないダイヤモンド / ダイヤモンドの原石が置かれている。


(68)クリスマスツリー(Christmas tree)



ジグソーパズル中央に立つエルキュール・ポワロ(Hercule Poirot → 2025年10月11日付ブログで紹介済)の右斜め後ろの位置に立っているジェイムズ・ハロルド・ジャップ警部(Inspector James Harold Japp / 後に主任警部(Chief Inspector)に昇進 → 2025年10月24日付ブログで紹介済)の背後にある柱の右側に、クリスマスツリー設置されている。


これらから連想されるのは、アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1938年に発表した「ポワロのクリスマス(Hercule Poirot’s Christmas)」である。

「ポワロのクリスマス」は、アガサ・クリスティーが執筆した長編としては、第24作目に、そして、エルキュール・ポワロシリーズの長編としては、第17作目に該っている。

なお、「ポワロのクリスマス」の場合、1939年に出版された米国版のタイトルは、「Murder for Christmas」が使用されている。その後、1947年には、「A Holiday for Murder」へと改題された。


序文において、アガサ・クリスティーは、義兄のジェイムズ(James)から、


*「自分の最近の作品が洗練され過ぎて、貧血症気味になってきた。」と言う指摘を受けたこと

*「もっと血にまみれて、思い切り凶暴な殺人を読みたい。」と言う要望があったこと


に応えて、「ポワロのクリスマス」を執筆した旨を記している。


また、「ポワロのクリスマス」は、アガサ・クリスティーによる長編の中で、「密室殺人」を扱った唯一の作品である。


アドルスフィールドのロングデイルにある屋敷ゴーストンホールの当主シメオン・リー( Simeon Lee)は、英国上流階級に属する大富豪の老人で、若い頃、南アフリカでダイヤモンドを採掘して、ひと財産を築いた。そして、今でも、自室の金庫に保管しているダイヤモンドの原石を取り出して、手に取っては、過去を懐かしんでいた。

シメオン・リーは若い頃から残酷な仕打ちと絶え間無い女遊びを続けたため、彼の妻は心を病んだ結果、既に亡くなっており、現在は寡暮らしだった。そのため、シドニー・ホーベリー(Sydney Horbury)と言う従者 / 付き人が、彼の身の回りの世話を行っていた。


シメオン・リーは、冷酷で横暴な性格で、弱さを非常に嫌悪していた。また、彼は、力と勇気を讃え、金銭的には気前がよかったものの、彼が好んで発するユーモアには、サディスティックな傾向が強かった。更に、他人の貪欲さや欲望等につけ込んで、人の感情を掻き回すことが大好きだったのである。


クリスマスが間近に迫る中、シメオン・リーは、最も新しい気晴らしをを思い付いた。

それは、クリスマスに、方々に住んでいる自分の家族全員をゴーストンホールに呼び集めた上、彼らを色々と動揺させて楽しむと言う遊びだった。


自分に対して絶対的な自信を有するシメオン・リーであったが、今度ばかりは、お遊びの度が過ぎていた。

まさか、クリスマスイヴの日(12月24日)に、自分が惨殺されるとは、露程も思っていなかったのである。


2026年4月4日土曜日

ロンドン ラッセルスクエア(Russell Square)- その1

ラッセルスクエア内から見た Kimpton Fitzroy London ホテル
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1931年に発表した「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)」は、彼女が執筆した長編としては、第11作目に該り、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村の
ヘイゼルムーア荘を訪れる場面が描かれている。


海軍のジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐(Captain Joseph Arthur Trevelyan)は、10年前に退役した後、デヴォン州(Devon)ダートムーア(Dartmoor)の周辺部に所在するシタフォード(Sittaford)と言う小さな村に退き、シタフォード荘(Sittaford House)と言う屋敷を建てて、そこに住んでいたが、ある年の10月の終わり頃、不動産エージェント経由、冬の間、シタフォード荘を借りたいと言う依頼があり、先方が提示した家賃の額も非常に良かったため、彼はシタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン(Exhampton)と言う村に所在するヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を借りて、転居した。

そして、南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)の2人がシタフォード荘に入居して、約2ヶ月が経過する。



12月のある金曜日の午後(午後3時半)、ウィレット母娘の2人は、シタフォード荘の周りに住む


*1号コテージ:ジョン・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby - ジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐の友人)

*3号コテージ:ライクロフト氏(Mr. Rycroft - 心霊研究会(Psychical Research Society)会員)

*4号コテージ:ロナルド・ガーフィールド(Ronald Garfield - キャロライン・パーシハウス(Miss Caroline Percehouse - 未婚の婦人)の甥 / 愛称:ロニー(Ronnie))

*6号コテージ:デューク氏(Mr. Duke - 最近、シタフォード村に越して来た人物)


の4人をシタフォード荘のお茶会に招待する。4日間にわたって、雪が英国中で降り続き、シタフォード村でも、数フィートの雪が積もっていた。


ラッセルスクエア内の案内図
<筆者撮影>


お茶会の後、ロナルド・ガーフィールドが、他の5人に対して、テーブルターニング(table-turning / 降霊術会)を提案する。

テーブルターニングの最中、驚くことに、霊が「トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げた。霊のお告げを見たジョン・バーナビー少佐は、長年の友人であるジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を気遣う。

残念なことに、シタフォード荘には、電話がなく、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に連絡をとることができない。また、今日までの降雪のため、道路は車が通れない状況だった。更に、これから大雪になると言う予報がが出ていた。

ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を心配するジョン・バーナビー少佐は、シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村まで歩いて行くことを宣言すると、シタフォード荘を出て行った。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の愛蔵版(ハードカバー版)の内扉 
-
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
エクスハンプトン村(シタフォード村から6マイル離れている)の
ヘイゼルムーア荘を訪れるが、
地面に降り積もった雪の上に残された
ジョン・エドワード・バーナビー少佐の足跡が、
内扉にデザインされているものと思われる。


そして、2時間半後(午後8時前)、吹雪の中、ジョン・バーナビー少佐は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に到着。

ジョン・バーナビー少佐はヘイゼルムーア荘のベルを鳴らしたが、不思議なことに、屋内からは誰の応答もなかった。

不測の事態に困ったジョン・バーナビー少佐は、ヘイゼルムーア荘の近くにある派出所のグレイヴス巡査(Constable Graves)と派出所の直ぐ隣に住んでいるウォーレン医師(Dr. Warren)を呼んで、ヘイゼルムーア荘へと戻る。

そして、3人がヘイゼルムーア荘の書斎の窓から家の中に入ったところ、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が床の上に横たわっているのを発見する。残念ながら、彼は既に死亡していた。

ウォーレン医師がジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の死体を調べた結果、頭蓋骨の骨折が死因であり、凶器は死体の傍らに落ちていた砂が入った緑色の袋だった。


ラッセルスクエア内の植栽を撮影(その1)
<筆者撮影>


ジョン・バーナビー少佐が懸念していた通り、シタフォード荘で催されたテーブルターニングの最中、霊が告げた内容が本当のことになったのである。


ラッセルスクエア内の植栽を撮影(その2)
<筆者撮影>


エクスハンプトン村から汽車で30分の場所にあるエクセター(Exeter)のナラコット警部(Inspector Narracott)が、捜査を担当する。

ウォルターズ&カークウッド(Walters & Kirkwood)弁護士事務所の弁護士フレデリック・カークウッド(Frederick Kirkwood)によると、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の遺言に基づき、大佐の財産は、


(1)ジェニファー・ガードナー(Jennifer Gardner)- 大佐の妹 / エクセターのローレル荘(The Laurels)に在住 / 夫のロバート・ガードナー(Robert Gardner)は、戦争の後遺症のため、寝たきりの状態。


大佐のもう一人の妹であるメアリー・ピアスン(Mary Pearson)は既に死去していた関係上、


(2)ジェイムズ・ピアスン(James Pearson:28歳)- メアリーの長男(大佐の甥)/ ロンドンの保険会社に勤務

(3)シルヴィア・デリング(Sylvia Dering:25歳)- メアリーの長女(大佐の姪)/ ウィンブルドン(Wimbledon)のヌック荘(The Nook)に在住 / 夫のウィリアム・マーティン・デリング(William Martin Dering)は小説家

(4)ブライアン・ピアスン(Brian Pearson)- メアリーの次男(大佐の甥)/ オーストラリア(Australia)のニューサウスウェールズ(New South Wales)に在住


の4人で等分することになっていた。


ラッセルスクエアの東側に建つ Morton Hotel
<筆者撮影>


エクセターのローレル荘に住むジェニファー・ガードナーの元を訪れたナラコット警部は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の親族のことを尋ねる。


‘And the youngest is Brian - but he is out in Australia. I am afraid I don’t know his address, but either his brother or sister would know.’(ジェニファー・ガードナー談)


ラッセルスクエアの東側に建つ Kimpton Fitzroy London ホテル
<筆者撮影>


ところが、ジェニファー・ガードナーの妹メアリー・ピアスンの次男であるブライアン・ピアスンは、オーストラリアのニューサウスウェールズに居らず、現在、英国に居て、その上、ヴァイオレット・ウィレットと恋仲であることも判明した。


’There’s the other Pearson - Brian. Feeling that we had no further to look I accepted the statement that he was in Australia. Now, it turns out that he was in England all the time. It seems he arrived back in England two months ago - travelled on the same boat as these Willetts apparently. Looks as though he had got sweet on the girl on the voyage. Anyway, for whatever reason he didn’t communicate with any of his family. Neither his sister nor his brother had any idea he was in England. On Thursday of last week he left he Ormsby Hotel in Russell Square and drove to Paddington. From there until Tuesday night, when Enderby ran across him, he refuses to account for his movements in any way.’(ナラコット警部の報告)


ラッセルスクエアの東側に建つ Imperial Hotel
<筆者撮影>


ブライアン・ピアスンが宿泊していたホテルが所在するラッセルスクエア(Russell Square)は、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にある正方形の広場で、ロンドンで2番目に大きい。

なお、ブライアン・ピアスンが滞在していたOrmsby Hotel は、現在、ラッセルスクエア周辺にはなく、架空のホテルと思われる。


2026年4月3日金曜日

ロンドン クロムウェルストリート21番地(21 Cromwell Street)

クロムウェルロードの北側に建つ自然史博物館を囲む柵のアップ
<筆者撮影>


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1931年に発表した「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)」は、彼女が執筆した長編としては、第11作目に該り、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村の
ヘイゼルムーア荘を訪れる場面が描かれている。


海軍のジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐(Captain Joseph Arthur Trevelyan)は、10年前に退役した後、デヴォン州(Devon)ダートムーア(Dartmoor)の周辺部に所在するシタフォード(Sittaford)と言う小さな村に退き、シタフォード荘(Sittaford House)と言う屋敷を建てて、そこに住んでいたが、ある年の10月の終わり頃、不動産エージェント経由、冬の間、シタフォード荘を借りたいと言う依頼があり、先方が提示した家賃の額も非常に良かったため、彼はシタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン(Exhampton)と言う村に所在するヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を借りて、転居した。

そして、南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)の2人がシタフォード荘に入居して、約2ヶ月が経過する。



12月のある金曜日の午後(午後3時半)、ウィレット母娘の2人は、シタフォード荘の周りに住む


*1号コテージ:ジョン・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby - ジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐の友人)

*3号コテージ:ライクロフト氏(Mr. Rycroft - 心霊研究会(Psychical Research Society)会員)

*4号コテージ:ロナルド・ガーフィールド(Ronald Garfield - キャロライン・パーシハウス(Miss Caroline Percehouse - 未婚の婦人)の甥 / 愛称:ロニー(Ronnie))

*6号コテージ:デューク氏(Mr. Duke - 最近、シタフォード村に越して来た人物)


の4人をシタフォード荘のお茶会に招待する。4日間にわたって、雪が英国中で降り続き、シタフォード村でも、数フィートの雪が積もっていた。


クロムウェルロードの北側(その1)-
自然史博物館の建物をを見上げたところ
<筆者撮影>

お茶会の後、ロナルド・ガーフィールドが、他の5人に対して、テーブルターニング(table-turning / 降霊術会)を提案する。

テーブルターニングの最中、驚くことに、霊が「トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げた。霊のお告げを見たジョン・バーナビー少佐は、長年の友人であるジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を気遣う。

残念なことに、シタフォード荘には、電話がなく、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に連絡をとることができない。また、今日までの降雪のため、道路は車が通れない状況だった。更に、これから大雪になると言う予報がが出ていた。

ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を心配するジョン・バーナビー少佐は、シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村まで歩いて行くことを宣言すると、シタフォード荘を出て行った。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の愛蔵版(ハードカバー版)の内扉 
-
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
エクスハンプトン村(シタフォード村から6マイル離れている)の
ヘイゼルムーア荘を訪れるが、
地面に降り積もった雪の上に残された
ジョン・エドワード・バーナビー少佐の足跡が、
内扉にデザインされているものと思われる。


そして、2時間半後(午後8時前)、吹雪の中、ジョン・バーナビー少佐は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に到着。

ジョン・バーナビー少佐はヘイゼルムーア荘のベルを鳴らしたが、不思議なことに、屋内からは誰の応答もなかった。

不測の事態に困ったジョン・バーナビー少佐は、ヘイゼルムーア荘の近くにある派出所のグレイヴス巡査(Constable Graves)と派出所の直ぐ隣に住んでいるウォーレン医師(Dr. Warren)を呼んで、ヘイゼルムーア荘へと戻る。

そして、3人がヘイゼルムーア荘の書斎の窓から家の中に入ったところ、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が床の上に横たわっているのを発見する。残念ながら、彼は既に死亡していた。

ウォーレン医師がジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の死体を調べた結果、頭蓋骨の骨折が死因であり、凶器は死体の傍らに落ちていた砂が入った緑色の袋だった。


クロムウェルロードの南側(その1)-
画面奥に見えるのは、フランス人学校の建物。
<筆者撮影>


ジョン・バーナビー少佐が懸念していた通り、シタフォード荘で催されたテーブルターニングの最中、霊が告げた内容が本当のことになったのである。


クロムウェルロードの南側(その2)
<筆者撮影>


エクスハンプトン村から汽車で30分の場所にあるエクセター(Exeter)のナラコット警部(Inspector Narracott)が、捜査を担当する。

ウォルターズ&カークウッド(Walters & Kirkwood)弁護士事務所の弁護士フレデリック・カークウッド(Frederick Kirkwood)によると、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の遺言に基づき、大佐の財産は、


(1)ジェニファー・ガードナー(Jennifer Gardner)- 大佐の妹 / エクセターのローレル荘(The Laurels)に在住 / 夫のロバート・ガードナー(Robert Gardner)は、戦争の後遺症のため、寝たきりの状態。


大佐のもう一人の妹であるメアリー・ピアスン(Mary Pearson)は既に死去していた関係上、


(2)ジェイムズ・ピアスン(James Pearson:28歳)- メアリーの長男(大佐の甥)/ ロンドンの保険会社に勤務

(3)シルヴィア・デリング(Sylvia Dering:25歳)- メアリーの長女(大佐の姪)/ ウィンブルドン(Wimbledon)のヌック荘(The Nook)に在住 / 夫のウィリアム・マーティン・デリング(William Martin Dering)は小説家

(4)ブライアン・ピアスン(Brian Pearson)- メアリーの次男(大佐の甥)/ オーストラリア(Australia)のニューサウスウェールズ(New South Wales)に在住


の4人で等分することになっていた。


クロムウェルロードの北側(その2)-
自然史博物館の建物をを振り返って見たところ
<筆者撮影>


エクセターのローレル荘に住むジェニファー・ガードナーの元を訪れたナラコット警部は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の親族のことを尋ねる。


‘Do you know how many relatives living your brother has besides yourself?’

‘Of near relation, only the Pearsons. My sister Mary’s children.’

‘And they are?’

‘James, Sylvia and Brian.’

‘James?’

‘He is the eldest. He works in an insurance office.’

‘What age is he?’

‘Twenty-eight.’

‘Is he married?’

‘No, but he is engaged - to a very nice girl, I believe. I’ve not yet met her.’

‘And his address?’

’21 Cromwell Street, S.W.3.’

The inspector noted it down.


クロムウェルロードの南側(その3)
<筆者撮影>


ジェニファー・ガードナーの妹メアリー・ピアスンの長男であるジェイムズ・ピアスンの住所は、「クロムウェルストリート21番地」となっているが、現在の住所表記上、ポストコード(日本の郵便番号に該当)「SW3(ロンドンの特別区の一つである「ケンジントン&チェルシー王立区(Royal Borough of Kensington and Chelsea)」のチェルシー地区(Chelsea))」内に、クロムウェルストリートは存在していない。

従って、ジェイムズ・ピアスンの住所「クロムウェルストリート21番地」は、架空の住所だと言える。


クロムウェルロードの東側から西方面を見たところ
<筆者撮影>


「ケンジントン&チェルシー王立区」内に、クロムウェルストリート」ではなく、「クロムウェルロード(Cromwell Road)」は存在している。

クロムウェルロードは、ポストコード「SW7」のブロンプトン地区(Brompton)内にある自然史博物館(National History Museum)の前から西の方へ延びる通りで、ポストコード「SW5」のアールズコート地区(Earl’s Court)内にある地下鉄アールズコート駅(Earl’s Court Tube Station)の前を南北に延びるアールズコートロード(Earl’s Court Road)と交差すると、ウェストクロムウェルロード(West Cromwell Road)へと名前を変え、更に西進する。

クロムウェルロード / ウェストクロムウェルロードは、ヒースロー空港(Heathrow Airport)へと至る幹線道路なので、昼夜を問わず、車の往来は激しい。