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| ドイツの詩人であるハインリヒ・ハイネが住んでいた クレイヴンストリート32番地の建物全景 <筆者撮影> |
印刷業で成功を収めた後、政界へ進出したベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin:1706年ー1790年 / 米国の政治家 / 外交官 / 著述家 / 物理学者 / 気象学者 → 2026年2月20日 / 2月26日付ブログで紹介済)は、英国領北米植民地における待遇改善を要求するため、1757年に、ペンシルヴェニア植民地(Pennsylvania Assembly)により、英国へと派遣される。
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| クレイヴンストリート32番地の建物を見上げたところ <筆者撮影> |
チャリングクロス駅(Charing Cross Station → 2014年9月20日付ブログで紹介済)の前を通って東西に延びるストランド通り(Stand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)からテムズ河(River Thames)へ向かい、クレイヴンストリート(Craven Street → 2014年8月3日付ブログで紹介済)が南北に延びている。
クレイヴンストリート36番地の建物は、クレイヴンストリートの東側に、チャリングクロス駅に隣接するように建っている。
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| クレイヴンストリート32番地の建物入口(その1) <筆者撮影> |
クレイヴンストリートには、ベンジャミン・フランクリン以外にも、著名人が住んでいた建物がある。
それは、クレイヴンストリート32番地(32 Craven Street)の建物で、ベンジャミン・フランクリンが住んでいたクレイヴンストリート36番地と同じ側(=クレイヴンストリートの東側)に建っている。
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| クレイヴンストリート32番地の建物入口(その2) <筆者撮影> |
クレイヴンストリート32番地の建物には、ドイツの詩人 / 文芸評論家 / エッセイスト / ジャーナリストであるクリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ(Christian Johann Henrich Heine:1797年ー1856年)が一時住んでいた。
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| クレイヴンストリート32番地の建物外壁には、 ハインリヒ・ハイネがここに住んでいたことを示す LCC (London City Council) のプラークが掛けられている。 <筆者撮影> |
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| クレイヴンストリート32番地の建物外壁に掛けられている ハインリヒ・ハイネがここに住んでいたことを示すプラークのアップ <筆者撮影> |
つまり、1827年に英国を訪れた際、ハインリヒ・ハイネは、一時、クレイヴンストリート32番地の建物に滞在していた訳である。
彼の旅行体験は、「旅の絵(Reisebilder)」(1826年-1831年)や「イギリス断章(Englische Fragmente)」(1827年)等の作品に結実することになる。








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