2026年3月11日水曜日

オスカー・ワイルド作戯曲「サロメ」(Salome by Oscar Wilde)- その1

オスカー・ワイルド作戯曲「サロメ」の英訳版に付されている
オードリー・ビアズリーによる挿画(その1)- タイトルページ


米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が、カーター・ディクスン(Carter Dickson)名義で、1942年に発表したヘンリー・メルヴェール卿(Sir Henry Merrivale)を探偵役とするシリーズ長編第13作目に該る仮面荘の怪事件(東京創元社)/ メッキの神像(早川書房)(The Gilded Man)」の場合、ケント州(Kent)のロイヤルタンブリッジウェルズ(Royal Tunbridge Wells → 2023年6月18日付ブログで紹介済)にある「仮面荘(Mask House)」と呼ばれるワルドミア荘(Waldemere - 美術評論家 / 名画蒐集家である富豪のドワイト・スタンホープ(Dwight Stanhope)の別邸)が、事件の舞台となる。


東京創元社から、創元推理文庫の一冊として出版されている
カーター・ディクスン作「仮面荘の怪事件」の表紙
(カバー : 村山 潤一) -
「仮面荘」と呼ばれる富豪ドワイト・スタンホープの
別邸ワルドミア荘内に陳列されている名画を盗むために
侵入した覆面の泥棒が描かれている。


ワルドミア荘は、元々、ヴィクトリア朝時代の女優であるフレヴィア・ヴェナー(Flavia Venner - 架空の人物)が建てたもので、屋敷内には小劇場が設けられていた。


オスカー・ワイルド作戯曲「サロメ」の英訳版のための
オードリー・ビアズリーによるカバーデザイン


彼女(ベティー・スタンホープ(Betty  Stanhope)- ドワイト・スタンホープと後妻のクリスタベル(Christabel / 元女優)の娘)はじみな黒の夜会服に宝石もつけていない姿で個人劇場の中央に立ち、すべてがきちんとしているのを見て満足したようにひとりでうなずいた。

「とにかく、バーがあるんですから、何かお飲みになりません?」ベティが微笑した。

「ありがとう」

ベティはカウンターのはね板をあげ、仕切りの中へ滑りこんだ。バーの上方にある円錐形の電灯はこの薄暗い部屋でいちばんあかるい照明だったが、その光が金色を帯びた褐色の髪を照らしだした。ニック(ニコラス・ウッド(Nicholas Wood - スコットランドヤード犯罪捜査部(C. I. D.)の警部)はカウンターの下の壁に彫り込んだ<F・V>という金色の頭文字をしげしげと眺めた。

「<フレヴィア・ヴェナー>か。彼女はここで死んだといわれるのですね?」 

「ええ。<サロメ>の上演中に急死しましたの」

「<サロメ>ですって?」

「そうですわ。あれは彼女のために特に書かれた劇で、作者は -」とベティはヴィクトリア時代のある詩人の名をあげた。その名前は、当人が埋葬されているウェストミンスター大寺院と同じように有名なものだった。

<厚木 淳訳>


米国ニューヨークに所在する
Hartsdale House Publishers から出版された
オスカー・ワイルド作戯曲「サロメ」の表紙


戯曲「サロメ(Salome)」は、アイルランド出身の詩人 / 作家 / 劇作家で、シャーロック・ホームズシリーズの作者サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の友人でもあったオスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド(Oscar Fingal O’Flahertie Wills Wilde:1854年ー1900年)による一幕物の悲劇で、新約聖書を元にしている。


ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
オスカー・ワイルドの写真の葉書
(Napoleon Sarony / 1882年 / Albumen panel card
305 mm x 184 mm) 


戯曲「サロメ」は、1891年にフランス語で執筆されて、1893年にパリで出版された。

同戯曲の英訳版は、1894年に出版されているが、当時、オスカー・ワイルドの同性の恋人だった第9代クイーンズベリー侯爵ジョン・ショルト・ダグラス(John Sholto Douglas, 9th Marquess of Queensberry:1844年ー1900年)の三男で、作家 / 詩人 / 翻訳家のロード・アルフレッド・ブルース・ダグラス(Lord Alfred Bruce Douglas:1870年ー1945年)が英訳を行ったものの、出来が悪かったため、オスカー・ワイルド自身が、その英訳を修正している。同戯曲の英訳版には、英国のイラストレーター / 詩人 / 小説家であるオーブリー・ヴィンセント・ビアズリー(Aubrey Vincent Beardsley:1872年ー1898年)による挿画が使用されている。


オスカー・ワイルド作戯曲「サロメ」の英訳版に付されている
オードリー・ビアズリーによる挿画(その2)


オスカー・ワイルド作戯曲「サロメ」は、1896年にパリで上演されたが、英国では、内容の背徳性を踏まえて、上演禁止令が出されたため、1931年まで上演が叶わなかった。


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