米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家で、「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)が、カーター・ディクスン(Carter Dickson)名義で、1942年に発表したヘンリー・メルヴェール卿(Sir Henry Merrivale)を探偵役とするシリーズ長編第13作目に該る「仮面荘の怪事件(東京創元社)/ メッキの神像(早川書房)(The Gilded Man → 2026年2月23日 / 3月10日付ブログで紹介済)」の場合、1938年12月29日(木)、ケント州(Kent)のロイヤルタンブリッジウェルズ(Royal Tunbridge Wells → 2023年6月18日付ブログで紹介済)近くにある「仮面荘(Mask House)」と呼ばれるワルドミア荘(Waldemere)が、事件の舞台となる。
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| 東京創元社から、創元推理文庫の一冊として出版されている カーター・ディクスン作「仮面荘の怪事件」の表紙 (カバー : 村山 潤一) - 「仮面荘」と呼ばれる富豪ドワイト・スタンホープの 別邸ワルドミア荘内に陳列されている名画を盗むために 侵入した覆面の泥棒が描かれている。 |
「仮面荘」と呼ばれる広壮な屋敷ワルドミア荘は、美術評論家 / 名画蒐集家である富豪のドワイト・スタンホープ(Dwight Stanhope)の別邸で、後妻のクリスタベル(Christabel / 元女優)、先妻との娘であるエリナー(Eleanor)と後妻との娘であるベティー(Betty)と一緒に住んでいた。
屋敷内に、ドワイト・スタンホープは、
(a)エル・グレコ(El Greco:1541年ー1614年 / 現在のギリシア領クレタ島出身の画家で、スペインで活動)作「池」
(b)ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルヴァ・イ・ヴェラスケス(Diego Rodriguez de Silva y Velazquez:1599年ー1660年 / バロック期のスペインの画家)作「チャールズ4世」
(c)バルトロイ・エステバン・ペレス・ムリーリョ(Bartolome Esteban Perez Murillo:1617年ー1682年 / バロック期のスペインの画家)作「ゴルゴダの丘」
(d)フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(Francisco Jose de Goya y Lucientes:1746年ー1828年 / スペインの画家)作「若い魔女」
の絵画を所蔵しており、これら4枚は、莫大な値打ちを持つ名画だった。
ドワイト・スタンホープは、元々、これら4枚の名画を盗難避けの警報装置付きのギャラリーに保管していたが、何故か、階下の庭に面した食堂の壁に移動させたのである。食堂から、フランス窓経由、容易に庭へ出ることができた。
更に、不思議なことに、ドワイト・スタンホープは、これら4枚の名画に対して掛けていた保険をキャンセルしてしまった。
まるで、ドワイト・スタンホープは、盗みに入られることを待っているかのようだった。
にもかかわらず、ドワイト・スタンホープは、友人である副総監経由、スコットランドヤードに依頼して、内々で犯罪捜査部(C. I. D.)のニコラス・ウッド警部(Inspector Nicholas Wood) を派遣してもらい、新年パーティーの招待客の一人として、ワルドミア荘内に張り込ませていた。
上記の通り、ドワイト・スタンホープの行動には、全く一貫性がなかった。果たして、彼は何を考えているのか?
そして、12月30日(金))の真夜中、正確に言うと、12月31日(土)の午前3時過ぎ、夜盗が現れた。フランス窓のガラスを切り取り、開けると、食堂へと侵入。壁に掛かった額縁からエル・グレコ作「池」を外すと、持参したペンナイフでキャンバスからフレームを切り離しにかかった。その作業に熱中するあまり、夜盗は、室内にもう一人の人物が居ることに少しも気付かなかった。
金属製の物体が転げ落ちる音を聞いた皆が2階から階下の食堂へ駆け付けると、銀の食器類が散乱する中、食器棚(サイドボード)の側に、夜盗が仰向けに倒れていた。食器棚の中にあった果物鉢の果物ナイフで、胸の辺りを刺されて、瀕死の状態だった。凶器の果物ナイフは、夜盗の左足の近くの絨毯の上に放り出されていた。
ニコラス・ウッド警部が夜盗の側へ歩み寄り、鳥打ち帽を脱がせ、冠っていた黒布のマスクを外したところ、なんと、夜盗の正体は、ワルドミア荘の主人であるドワイト・スタンホープだった。彼自身の別邸に所蔵されている名画を盗み出す最中に、胸を刺されて瀕死の状態と言う奇怪な様相を呈していた。
物語中、ドワイト・スタンホープの後妻クリスタベルとヘンリー・メルヴェール卿の間で、以下のような会話が為される。
「ドワイト本人と話ができればいいんですが!」クリスタベルが無念そうにいった。「いつ、そうできるようになるかしら?」
H・Mは背をかがめた。「わからんな、マダム。明日かもしれん。目下、鎮静剤がきいているのでな。ドクター・クレメンツから話があっただろうが、こういう内出血の症状はむずかしい。検死解剖をちゃんとやれば、そのものずばりの診断ができるだろう。しかし、あの気の毒な男を生かしておきたければ、とてもそうするわけにはいかん」
「そして明日までには」とクリスタベルが皮肉った。「ドワイトがチャールズ・ピースかブロディー助祭(エディンバラの市会議員でもあったが、陰では盗賊団の首領だった)か<唇のねじれた男>かだという噂がそこらじゅうに広がるでしょう」
<厚木 淳 訳>
ドワイト・スタンホープの後妻クリスタベルが言及した「唇のねじれた男(The Man with the Twisted Lip)」は、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)が発表したシャーロック・ホームズシリーズの短編小説56作のうち、6番目に発表された作品で、英国の「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1891年12月号に掲載された。
同作品は、ホームズシリーズの第1短編集である「シャーロック・ホームズの冒険(The Adventures of Sherlock Holmes)」(1892年)に収録されている。
「唇のねじれた男」の場合、1889年6月のある夜、(結婚して、妻と暮らしている)ジョン・H・ワトスンの元を、妻の友人であるケイト・ホイットニー(Kate Whitney)が訪れるところから、その物語が始まる。
彼女は、ワトスンに対して、「夫のアイザ・ホイットニー(Isa Whitney)が、2日前にアヘン窟(opium den)へ行ったきり、戻って来ていない。彼をなんとか連れ帰ってほしい。」と懇願した。
悲嘆に暮れた彼女の依頼を応じて、アイザ・ホイットニーを連れ戻すべく、ワトスンは単身でアヘン窟へと向かうのであった。



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