2026年4月4日土曜日

ロンドン ラッセルスクエア(Russell Square)- その1

ラッセルスクエア内から見た Kimpton Fitzroy London ホテル
<筆者撮影>

アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1931年に発表した「シタフォードの謎(東京創元社)/ シタフォードの秘密(早川書房)(The Sittaford Mystery → 2026年3月19日 / 3月22日 / 3月30日付ブログで紹介済)」は、彼女が執筆した長編としては、第11作目に該り、エルキュール・ポワロやミス・ジェーン・マープル等が登場しないノンシリーズ作品である。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Toby James / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村の
ヘイゼルムーア荘を訪れる場面が描かれている。


海軍のジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐(Captain Joseph Arthur Trevelyan)は、10年前に退役した後、デヴォン州(Devon)ダートムーア(Dartmoor)の周辺部に所在するシタフォード(Sittaford)と言う小さな村に退き、シタフォード荘(Sittaford House)と言う屋敷を建てて、そこに住んでいたが、ある年の10月の終わり頃、不動産エージェント経由、冬の間、シタフォード荘を借りたいと言う依頼があり、先方が提示した家賃の額も非常に良かったため、彼はシタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン(Exhampton)と言う村に所在するヘイゼルムーア荘(Hazelmoor)を借りて、転居した。

そして、南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人(Mrs. Willett)と娘のヴァイオレット・ウィレット(Miss Violet Willett)の2人がシタフォード荘に入居して、約2ヶ月が経過する。



12月のある金曜日の午後(午後3時半)、ウィレット母娘の2人は、シタフォード荘の周りに住む


*1号コテージ:ジョン・バーナビー少佐(Major John Edward Burnaby - ジョーゼフ・アーサー・トリヴェリアン大佐の友人)

*3号コテージ:ライクロフト氏(Mr. Rycroft - 心霊研究会(Psychical Research Society)会員)

*4号コテージ:ロナルド・ガーフィールド(Ronald Garfield - キャロライン・パーシハウス(Miss Caroline Percehouse - 未婚の婦人)の甥 / 愛称:ロニー(Ronnie))

*6号コテージ:デューク氏(Mr. Duke - 最近、シタフォード村に越して来た人物)


の4人をシタフォード荘のお茶会に招待する。4日間にわたって、雪が英国中で降り続き、シタフォード村でも、数フィートの雪が積もっていた。


ラッセルスクエア内の案内図
<筆者撮影>


お茶会の後、ロナルド・ガーフィールドが、他の5人に対して、テーブルターニング(table-turning / 降霊術会)を提案する。

テーブルターニングの最中、驚くことに、霊が「トリヴェリアン大佐が死んだ(Trevelyan Dead)」と告げた。霊のお告げを見たジョン・バーナビー少佐は、長年の友人であるジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を気遣う。

残念なことに、シタフォード荘には、電話がなく、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に連絡をとることができない。また、今日までの降雪のため、道路は車が通れない状況だった。更に、これから大雪になると言う予報がが出ていた。

ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の安否を心配するジョン・バーナビー少佐は、シタフォード村から6マイル離れたエクスハンプトン村まで歩いて行くことを宣言すると、シタフォード荘を出て行った。


2025年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「シタフォードの謎」の愛蔵版(ハードカバー版)の内扉 
-
南アフリカから英国へとやって来たウィレット夫人と
娘のヴァイオレット・ウィレットが借りている
シタフォード荘において催され降霊術会で
霊が「
トリヴェリアン大佐が死んだ」と告げたため、
大佐の友人で、彼の安否を気遣った
ジョン・エドワード・バーナビー少佐が、
吹雪の中、大佐が住む
エクスハンプトン村(シタフォード村から6マイル離れている)の
ヘイゼルムーア荘を訪れるが、
地面に降り積もった雪の上に残された
ジョン・エドワード・バーナビー少佐の足跡が、
内扉にデザインされているものと思われる。


そして、2時間半後(午後8時前)、吹雪の中、ジョン・バーナビー少佐は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が住むヘイゼルムーア荘に到着。

ジョン・バーナビー少佐はヘイゼルムーア荘のベルを鳴らしたが、不思議なことに、屋内からは誰の応答もなかった。

不測の事態に困ったジョン・バーナビー少佐は、ヘイゼルムーア荘の近くにある派出所のグレイヴス巡査(Constable Graves)と派出所の直ぐ隣に住んでいるウォーレン医師(Dr. Warren)を呼んで、ヘイゼルムーア荘へと戻る。

そして、3人がヘイゼルムーア荘の書斎の窓から家の中に入ったところ、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐が床の上に横たわっているのを発見する。残念ながら、彼は既に死亡していた。

ウォーレン医師がジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の死体を調べた結果、頭蓋骨の骨折が死因であり、凶器は死体の傍らに落ちていた砂が入った緑色の袋だった。


ラッセルスクエア内の植栽を撮影(その1)
<筆者撮影>


ジョン・バーナビー少佐が懸念していた通り、シタフォード荘で催されたテーブルターニングの最中、霊が告げた内容が本当のことになったのである。


ラッセルスクエア内の植栽を撮影(その2)
<筆者撮影>


エクスハンプトン村から汽車で30分の場所にあるエクセター(Exeter)のナラコット警部(Inspector Narracott)が、捜査を担当する。

ウォルターズ&カークウッド(Walters & Kirkwood)弁護士事務所の弁護士フレデリック・カークウッド(Frederick Kirkwood)によると、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の遺言に基づき、大佐の財産は、


(1)ジェニファー・ガードナー(Jennifer Gardner)- 大佐の妹 / エクセターのローレル荘(The Laurels)に在住 / 夫のロバート・ガードナー(Robert Gardner)は、戦争の後遺症のため、寝たきりの状態。


大佐のもう一人の妹であるメアリー・ピアスン(Mary Pearson)は既に死去していた関係上、


(2)ジェイムズ・ピアスン(James Pearson:28歳)- メアリーの長男(大佐の甥)/ ロンドンの保険会社に勤務

(3)シルヴィア・デリング(Sylvia Dering:25歳)- メアリーの長女(大佐の姪)/ ウィンブルドン(Wimbledon)のヌック荘(The Nook)に在住 / 夫のウィリアム・マーティン・デリング(William Martin Dering)は小説家

(4)ブライアン・ピアスン(Brian Pearson)- メアリーの次男(大佐の甥)/ オーストラリア(Australia)のニューサウスウェールズ(New South Wales)に在住


の4人で等分することになっていた。


ラッセルスクエアの東側に建つ Morton Hotel
<筆者撮影>


エクセターのローレル荘に住むジェニファー・ガードナーの元を訪れたナラコット警部は、ジョーゼフ・トリヴェリアン大佐の親族のことを尋ねる。


‘And the youngest is Brian - but he is out in Australia. I am afraid I don’t know his address, but either his brother or sister would know.’(ジェニファー・ガードナー談)


ラッセルスクエアの東側に建つ Kimpton Fitzroy London ホテル
<筆者撮影>


ところが、ジェニファー・ガードナーの妹メアリー・ピアスンの次男であるブライアン・ピアスンは、オーストラリアのニューサウスウェールズに居らず、現在、英国に居て、その上、ヴァイオレット・ウィレットと恋仲であることも判明した。


’There’s the other Pearson - Brian. Feeling that we had no further to look I accepted the statement that he was in Australia. Now, it turns out that he was in England all the time. It seems he arrived back in England two months ago - travelled on the same boat as these Willetts apparently. Looks as though he had got sweet on the girl on the voyage. Anyway, for whatever reason he didn’t communicate with any of his family. Neither his sister nor his brother had any idea he was in England. On Thursday of last week he left he Ormsby Hotel in Russell Square and drove to Paddington. From there until Tuesday night, when Enderby ran across him, he refuses to account for his movements in any way.’(ナラコット警部の報告)


ラッセルスクエアの東側に建つ Imperial Hotel
<筆者撮影>


ブライアン・ピアスンが宿泊していたホテルが所在するラッセルスクエア(Russell Square)は、ロンドンの特別区の一つであるカムデン区(London Borough of Camden)のブルームズベリー地区(Bloomsbury)内にある正方形の広場で、ロンドンで2番目に大きい。

なお、ブライアン・ピアスンが滞在していたOrmsby Hotel は、現在、ラッセルスクエア周辺にはなく、架空のホテルと思われる。


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