アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表したノンシリーズ作品である長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night)」のタイトルは、英国の詩人、画家で、銅版画職人でもあったウィリアム・ブレイク(William Blake:1757年ー1827年 → 2023年5月15日付ブログで紹介済)による詩「無垢の予兆(Auguries of Innocence)」の一節である「Some are born to Endless Night.」から採られている。
ウィリアム・ブレイクは、1757年11月28日、ロンドンのソーホー地区(Soho)内に所在するブロードウィックストリート28番地(28 Broadwick Street)に、靴下商人である父ジェイムズ・ブレイク(James Blake)と母キャサリン・ブレイク(Catherine Blake)の第3子として出生し、同年12月11日に、ピカデリー地区(Piccadilly)内に所在するセントジェイムズ教会(St. James’s Church → 2018年10月13日付ブログで紹介済)において、洗礼を受けた。
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| ピカデリー通り(Piccadilly → 2025年7月31日付ブログで紹介済)の北側から見た セントジェイムズ教会 <筆者撮影> |
ウィリアム・ブレイクは、幼少期から絵の才能を開花し、絵画の学校に入学。また、1772年に、彫刻家であるジェイムズ・バサイア(James Basire:1730年-1802年)に弟子入り。
長じると、彼は、銅版画家、そして、挿絵画家として、生計を立てた。
1787年頃、ウィリアム・ブレイクは、新しいレリーフ・エッチングの手法を発明し、言語テクストと視覚テクストを同列に表現できるようにしたことに加えて、出版者に頼らず、自分の印刷機を使って、自分の本を印刷できるようになった。
上記の通り、ウィリアム・ブレイクは、後の出版印刷業界に対して、大きな影響を与えることになったものの、実際には、世に殆ど認知されないまま、極貧の生活を辿り、1827年8月12日に亡くなり、シティー(City → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)のバンヒルフィールズ(Bunhill Fields)に埋葬された。
ウィリアム・ブレイクによる詩「無垢の予兆」は、132行に及ぶが、アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れつく」の冒頭には、119行目から124行目までの6行分が引用されている。
Every Night and every Morn
Some to Misery are born.
Every Morn and every Night
Some are born to Sweet Delight,
Some are born to Sweet Delight,
Some are born to Endless Night,
ありとあらゆる夜と朝に、
不幸に生まれる者が居る。
ありとあらゆる朝と夜に、
甘美なる喜びに生まれる者が居る。
ある者は、甘美なる喜びに生まれる。
ある者は、終りなき夜に生れつく。
<筆者訳>




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