サセックス州(Sussex)バールストン(Birlstone)のバールストン館(Birlstone House)において、館の主人であるジョン・ダグラス(John Douglas)らしき男性が、銃身が切り詰められた散弾銃で至近距離から射殺された事件について、シャーロック・ホームズ、スコットランドヤードのアレック・マクドナルド警部(Inspector Alec MacDonald)とサセックス州刑事部長(chief Sussex detective)のホワイト・メイスン(White Mason)の3人には、調べることがまだ山程あった。そこで、ジョン・H・ワトスンは、ホームズ達3人をバールストン館に残して、宿泊する予定の宿屋「ウェストヴィル アームズ(Westville Arms)」へ徒歩で帰った。
ワトスンが、バールストン館の庭を取り巻くイチイ並木の生垣まで歩いて来た時、生垣の反対側にある石でできたベンチの方から、男性の低い声と女性の笑い声が聞こえてきた。
そして、ベンチで談笑しているジョン・ダグラスの友人であるセシル・ジェイムズ・バーカー(Cecil James Barker)とダグラス夫人(Mrs. Douglas)の姿が、ワトスンの目に入った。セシル・バーカーの話を聴いて、愉快そうに笑うダグラス夫人は、夫が惨殺されたことを全く気にしていないようだった。
ワトスンの姿を認めたセシル・バーカーとダグラス夫人の2人は、慌てて厳粛な仮面を纏った。
ダグラス夫人の美しさに感嘆するマクドナルド警部は、彼女に横恋慕したセシル・ベーカーが、彼の友人でもあるジョン・ダグラスを殺害したのではないかと推測しているようだったが、庭で談笑するセシル・バーカーとダグラス夫人の姿を見たワトスンも、同じ疑惑を深めざるを得なかった。
ホームズは、その日の午後一杯、バールストン館に居て、午後5時頃、やっと宿屋へと戻って来た。
ホームズが戻って来ると、早速、ワトスンは、彼に対して、庭で談笑するセシル・バーカーとダグラス夫人のことを報告する。ワトスンの話を聞いたホームズは、「セシル・バーカーとダグラス夫人の2人は、殺人犯について、何か真実を知っていて、それを隠すために、共謀して嘘をついているんだ。」と返答した。
ホームズが今一番気になっているのは、殺人が発生した書斎内にあるサイドテーブルの下に、ダンベル(鉄亜鈴)が一つしかなかったこと、つまり、もう一つのダンベルの行方だった。
ホームズは、ワトスンから大きな傘を借りると、「あの書斎で、一晩、一人で過ごせば、非常に得るものが多い。」と言うと、バールストン館へと戻って行った。ホームズは、何かを探そうとしているようだった。
ホームズが宿屋へ戻って来たのは、夜遅くだった。ワトスンは、既に寝ていたが、ぼんやりと目を覚ました。
蝋燭を片手に持って、黙って側に立っているホームズに対して、ワトスンは、「何か見つかったのか?」と尋ねたが、ホームズは、その夜、何も話してくれなかった。
ホームズは、探していたものを既に見つけていた。事件の解決は、まもなくだった。
サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)によるシャーロック・ホームズシリーズの長編第4作目である「恐怖の谷(The Valley of Fear)」は、第1長編「緋色の研究(A Study in Scarlet → 2016年7月30日付ブログで紹介済)」(1887年)や第2長編「四つの署名(The Sign of the Four → 2017年8月12日付ブログで紹介済)」(1890年)と同様に、2部構成を採っており、第1部では、バールストン館の主人であるジョン・ダグラスと思われる男性が、銃身を切り落として短くした散弾銃によって、至近距離から頭を撃ち抜かれて、惨殺された事件の発生から、ホームズの推理により、事件の解決に至るまでが描かれる。そして、第2部では、その事件の背景となった「恐怖の谷」と呼ばれる米国ペンシルヴァニア州ヴァーミッサ峡谷(Vermissa Valley)にある炭鉱街で発生した事件が語られている。第1部と第2部の分量は、大体同じ位である。
第1部において発生した事件の黒幕として、ホームズの終生のライヴァルで、「犯罪界のナポレオン(Napoleon of crime)」と呼ばれるジェイムズ・モリアーティー教授(Professor James Moriarty)が暗躍する。
また、本作品のエピローグにおいて、モリアーティー教授は、ホームズ達に対して、更に、彼の恐ろしさを見せ付けるのであった。
第2部において語られる事件について、コナン・ドイルは、米国ペンシルヴァニア州の炭鉱で起きた労働闘争とピンカートン探偵社(Pinkerton agent)の活躍を描いた「モリー・マグワイヤーズと探偵達(The Mollie Maguires abd the Detectives)」(1877年)を題材にしている可能性が高いと言われている。
第1部 / 第2部ともに、人物の入れ替わりトリックが鍵となるが、本作品がベースとなり、人物の入れ替わりトリックは、ミステリー用語として、「バールストン ギャンビット(Birlstone Gambit)」と呼ばれるようになった。
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