2026年10月25日日曜日

ロンドン 王立芸術院(Royal Academy of Arts)- その2

1769年に開校した王立芸術院の250周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2019年にが発行した記念切手(その4)


会員間(有力な建築家であるジェイムズ・ペイン(James Paine:1717年ー1789年)とサー・ウィリアム・チェンバーズ(Sir William Chambers:1723年ー1796年)の間で勃発した派閥争いに伴い、サー・ウィリアム・チェンバーズやジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds:1723年ー1792年)達は、大英芸術家協会(Society of Artists of Great Britain - 1760年に設立)を脱退すると、新しい芸術家の団体として、王立芸術院(Royal Academy of Arts)を1768年に設立。そして、ジョシュア・レノルズが初代会長に選任された。


1769年に開校した王立芸術院の250周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2019年に発行した記念切手(その5)


王立芸術院は、設立当初(1768年)、パル・マル通り(Pall Mall → 2016年4月30日付ブログで紹介済)に置かれた。



夕暮れが迫るパル・マル通り
<筆者撮影>


その後、王立芸術院は、1771年に初代サマセットハウス(Somerset House → 2016年7月17日付ブログで紹介済)に、1780年に2代目サマセットハウスへ移った。


サマセットハウスの中庭 - 奥に南ウィングが見える。
画面右手前に建つのは、
ハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世
(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)のブロンズ像
(Sculptor : John Bacon the Elder / Bronze / 1780年)
<筆者撮影>


1539年にハートフォード伯爵エドワード・シーモア(Edward Seymour, Earl of Hertford:1500年ー1552年)が、 時の英国王ヘンリー8世(Henry III:1491年ー1547年 在位期間:1509年ー1547年)からこの地を譲り受け、自分の邸宅を建設したのが、(初代)サマセットハウスのそもそもの始まりである。ちなみに、彼は、ヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモア(Jane Seymour:1509年ー1537年)の兄である。

ヘンリー8世の子供のエドワード6世(Edward VI:1537年ー1553年 在位期間:1547年ー1553年)が1547年に即位したことに伴い、ハートフォード伯爵エドワード・シーモアは初代サマセット公爵(Duke of Somerset)かつ護国卿/摂政(Lord Protector)に叙せられたことに伴い、彼の邸宅は「サマセットハウス」と呼ばれるようになった。しかし、邸宅の完成前に、彼は反逆罪に問われ、処刑されてしまったため、邸宅は未完成のまま取り残され、この地は英国王の所有地へ戻されることとなった。

その後、サマセットハウスは英国王家で使用され、1685年には英国の建築家サー・クリストファー・レン(Sir Christopher Wren:1632年ー1723年)による改修も実施されたが、1688年の名誉革命(Glourious Revolution)以降、建物の維持費が次第に捻出できなくなり、次第に劣化するようになる。18世紀に入ると、倉庫や軍の兵舎等として使用されたものの、1775年には取り壊しの憂き目に会う。

同年の1775年、新サマセットハウスの設計者として、前述のサー・ウィリアム・チェンバーズが任命され、1776年から建設工事が開始された。彼の新古典主義建築に基づいて、ストランド通り(Strand → 2015年3月29日付ブログで紹介済)に面した北ウィング部分が最初に完成。1782年に彼は建築総監に就任し、建設計画を進めるものの、残念ながら、1796年に死去。


サマセットハウスの北ウィング部分を
ストランド通り側から見たところ
<筆者撮影>


彼の後を継いだ英国の建築家ジェイムズ・ワイアット(James Wyatt:1746年ー1813年)によって、同年の1796年、大部分の建物が完成を迎えた。建物が竣工した時期は不明で、1800年代に入っても、工事はまだ残っていたようである。


中庭側から見たサマセットハウスの西ウィング部分
<筆者撮影>


その後、サー・ウィリアム・チェンバーズが計画していたものの、彼の存命中には成し得なかった東ウィングと西ウィングが19世紀中に増築され、中庭を東西南北のウィングが囲む現在の建物が完成。


バーリントンハウス内の中庭 -
反対側に見える建物に、王立芸術院が入居している。
<筆者撮影>


王立芸術院は、続いて、1837年にトラファルガースクエア(Trafalgar Square)の北側に新たに建設された建物(現在のナショナルギャラリー(National Gallery)の東棟)へ移り、更に、1869年にロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)の高級住宅街メイフェア地区(Mayfair)内に所在しているバーリントンハウス(Burlington House)へ移転して、現在に至っている。


現在、王立芸術院が入っている
バーリントンハウスの中庭に建つ
王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像
Sculptor : Alfred Drury / Bronze / 1931年
<筆者撮影>


また、バーリントンハウスの中庭には、王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像が建っている。


1769年に開校した王立芸術院の250周年を記念して、
英国のロイヤルメールが2019年に発行した記念切手(その6)


王立芸術院は、 現在、国立美術学校(Royal Academy Schools)や美術館が併設されており、ナショナルギャラリーやテイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)に匹敵する存在として存続しているが、一方、サー・ウィリアム・チェンバーズやジョシュア・レノルズ達が脱退してしまった大英芸術家協会は、1791年まで展覧会を開催した後、解散の憂き目に遭っている。


0 件のコメント:

コメントを投稿