![]() |
| ウォレスコレクション(Wallace Coolection → 2014年6月15日付ブログで紹介済)の 1F Boudoir 内に展示されている ジョシュア・レノルズ作「Miss Jane Bowles」(1775年−1776年) <筆者撮影> |
アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表した長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night → 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)」において、バリントンマナーハウス(Barrington Manor)で開催されたオークションに出品された絵画の作者のうちの1人であるジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds:1723年ー1792年)は英国の画家で、同時代に活躍したジョージ・ロムニー(George Romney:1734年ー1802年 → 2026年5月16日 / 5月21日 / 5月26日 / 5月31日付ブログで紹介済)やトマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough:1727年ー1788年)と並び称された著名な画家である。
1723年7月16日、サミュエル・レノルズ牧師(Reverend Samuel Reynolds)の三男(第7子)として、デヴォン州(Devon)プリンプトン(Plympton)に出生したジョシュア・レノルズは、少年の頃から絵画に興味を抱いており、1740年、英国の肖像画家で、同じデヴォン州生まれのトマス・ハドスン(Thomas Hudson:1701年ー1779年)に弟子入りして、修行を始める。
![]() |
| ウォレスコレクションの 2階(1st Floor)レイアウト図 |
![]() |
| ウォレスコレクションの 1F Boudoir 内に展示されている ジョシュア・レノルズ作「The Strawberry Girl」(1772年−1773年) <筆者撮影> |
1749年5月に英国海軍の代将に任ぜられた初代ケッペル子爵オーガスタス・ケッペル(Augustus Keppel, 1st Viscount Keppel:1725年ー1786年) が、海賊対策のため、地中海へ向けて出航した際、ジョシュア・レノルズは、戦列艦「セチュリオン(HMS Centurion)」に便乗して、地中海西部のメノルカ島(Menorca)まで一緒に行き、そこからイタリアへ渡り、約2年間、ローマ(Roma)に滞在して、ルネサンスを代表するイタリアの画家であるラファエロ・サンティ(Raffaello Santi:1483年ー1520年)等の古典作品を熱心に研究した。
ローマ滞在中に、ジョシュア・レノルズは、酷い風邪に罹患して、回復したものの、聴覚の一部を失ってしまう。その結果、彼は補聴器を持ち歩くようになる。
![]() |
| ウォレスコレクションの 1F West Room 内に展示されている ジョシュア・レノルズ作「Miss Nelly O'Brien」(1762年−1764年頃) <筆者撮影> |
![]() |
| ウォレスコレクションの 1F West Room 内に展示されている ジョシュア・レノルズ作「Mrs. Elizabeth Carnac」(1775年頃) <筆者撮影> |
約2年間のローマ滞在を終えて、1752年10月に英国に戻ったジョシュア・レノルズは、デヴォン州(Devon)で3ヶ月程過ごした後、1753年にロンドンへ出て来ると、驚くべき速さで、肖像画家としての成功を手にしていく。
売れっ子の肖像画家となったジョシュア・レノルズは、彼の作品を展示する場所や彼のアシスタント達が住む場所等を含めて、より広いスペースが必要となったため、1760年、レスターフィールズ(Leicester Fields - 現在のレスタースクエア(Leicester Square))の西側に建つレスタースクエア47番地(47 Leicester Square)の建物へと引っ越した。
多忙となり、滅多に休みをとれないジョシュア・レノルズは、肖像画のモデルの衣服については、ジュゼッペ・フィリッポ・リベラティ・マルチ(Giuseppe Filippo Liberati Marchi:1735年ー1808年)を初めとするアシスタント達に任せるようになる。
![]() |
| ウォレスコレクションの 1F West Room 内に展示されている ジョシュア・レノルズ作「Mrs. Susanna Hoare and Child」 (1763年ー1764年) <筆者撮影> |
![]() |
| ウォレスコレクションの 1F West Room 内に展示されている ジョシュア・レノルズ作「Mrs. Mary Nisbitt」(1781年) <筆者撮影> |
ジョシュア・レノルズは、18世紀の英国において、小説家、詩人、評論家、道徳家、文芸評論家、伝記作家、編集者、そして、辞書編纂者として多岐にわたり、英国の文学界に多大な貢献をした人物であるサミュエル・ジョンスン(Samuel Johnson:1709年ー1784年 → 2017年4月23日付ブログで紹介済)と親交を深め、1764年2月、ロンドンの中心部シティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)ソーホー地区(Soho)内にある食堂「Turks Head」(住所:ジェラルドストリート9番地(9 Gerrard Street))の2階(1F)に、サミュエル・ジョンスンを中心メンバーにして、「ザ・クラブ(The Club)」を創設。そして、毎週月曜日の夜7時に集まり、夜が更けるまで、議論を交わした。最終的に、「ザ・クラブ」のメンバーは、35人までになった。
![]() |
| トラファルガースクエア(Trafalgar Square)から シティー・オブ・ロンドン(City of London → 2018年8月4日 / 8月11日付ブログで紹介済)へ向かって東に延びる ストランド通り(Strandー2015年3月29日付ブログで紹介済)の中州に建つ セントクレメントディンズ教会(St. Clement Danes)の裏手に建つ サミュエル・ジョンスン像 <筆者撮影> |
1783年に、食堂「Turks Head」の店主が亡くなり、店舗が売られたため、「ザ・クラブ」は、ジェラルドストリートからサックヴィルストリート(Sackville Street)へと移った。
![]() |
| ウォレスコレクションの 1F Great Gallery 内に展示されている ジョシュア・レノルズ作「Saint John the Baptist in the Wilderness」(1776年頃) <筆者撮影> |











0 件のコメント:
コメントを投稿