2026年10月18日日曜日

<第2300回> ジョシュア・レノルズ(Joshua Reynolds)- その5

バーリントンハウスの中庭に建つ
王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像(その1)
Sculptor : Aalfred Drury / Bronze / 1931年
<筆者撮影>


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)が1967年に発表した長編「終りなき夜に生れつく(Endless Night → 2026年4月13日 / 4月30日付ブログで紹介済)」において、バリントンマナーハウス(Barrington Manor)で開催されたオークションに出品された絵画の作者のうちの1人であるジョシュア・レノルズ(Sir Joshua Reynolds:1723年ー1792年)は英国の画家で、同時代に活躍したジョージ・ロムニー(George Romney:1734年ー1802年 → 2026年5月16日 / 5月21日 / 5月26日 / 5月31日付ブログで紹介済)やトマス・ゲインズバラ(Thomas Gainsborough:1727年ー1788年)と並び称された著名な画家である。


2026年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「終りなき夜に生れてつく」の
愛蔵版(ハードカバー版)の表紙
(Cover design and 
illustration
by Sarah Foster / 
HarperCollinsPublishers Ltd. ) -
ドライバー等の職業を転々とするその日暮らしの風来坊であるマイケル・ロジャー(通称:マイク)と

米国の大富豪(石油王)の娘で、裕福な相続人であるフェニラ・グットマン(通称:エリー)の2人は、

マイクがドライバーとして働いていた頃に知り合った芸術家気質の著名な建築家で、

余命いくばくもないルドルフ・サントニックスに依頼して、

キングストンビショップ村にある

海を臨むことができる美しい眺望の景勝地「ジプシーが丘」に

自分達の夢の邸宅を建ててもらった場面が描かれている。


ロンドンには、共同で展覧会を開催するための芸術家の団体として、大英芸術家協会(Society of Artists of Great Britain)が1760年に設立され、当初、ジョシュア・レノルズは、同協会の創設メンバーの一人だった。

大英芸術家協会は、1760年4月に最初の展覧会を開催し、1765年にハノーヴァー朝の第3代国王であるジョージ3世(George III:1683年ー1820年 在位期間:1760年ー1820年)の勅許を受け、同年、会員数は211人に達する。


ナショナルポートレイトギャラリー(National Portrait Gallery)に所蔵 / 展示されている
ハノーヴァー朝の第3代英国王であるジョージ3世の肖像画
(By the studio of Allan Ramsay / Oil on canvas /
based on a portrait of 1761 - 1762)
<筆者撮影>


ところが、1767年に入ると、会員のうち、有力な建築家であるジェイムズ・ペイン(James Paine:1717年ー1789年)とサー・ウィリアム・チェンバーズ(Sir William Chambers:1723年ー1796年)の間で派閥争いが勃発したことに伴い、サー・ウィリアム・チェンバーズやジョシュア・レノルズ達は、大英芸術家協会を脱退。

彼らは、新しい芸術家の団体として、王立芸術院(Royal Academy of Arts)を1768年に設立して、ジョシュア・レノルズが初代会長に選任され、1792年に亡くなるまで、会長職を務めた。


バーリントンハウスの中庭に建つ
王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像(その2)
<筆者撮影>


1768年12月10日にジョージ3世が署名した王立芸術院設立に関する協定書(instrument of foundation)上、会員総数は40名と定められていたが、実際には、34名が創設会員に名を連ねた。トマス・ゲインズバラも、その一人である。

1769年に、2人が会員に追加され、総勢出36名となった。


バーリントンハウスの中庭に建つ
王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像(その3)
<筆者撮影>


王立芸術院は、全ての芸術家に対して門戸を開くことを旨として、1769年4月25日から同年5月27日まで、最初の展覧会を開催。

この展覧会は、「王立芸術院サマーエキシビション(RA Summer Exhibition)」として、一般に認知されるようになり、現在も、毎年開催されている。


バーリントンハウス内の中庭 -
反対側に見える建物に、王立芸術院が入居している。
<筆者撮影>


王立芸術院は、創立当初から、いくつか場所を点々としたが、現在は、英国政府が所有しているバーリントンハウス(Burlington House)に本拠地を構えている。

また、バーリントンハウスの中庭には、王立芸術院の初代会長を務めたジョシュア・レノルズのブロンズ像が建っている。



ナショナルギャラリーの建物正面を下から見上げたところ 
<筆者撮影>


テイト・ブリテン美術館の建物正面を階段下から見上げたところ 
<筆者撮影>


このように、王立芸術院は、ナショナルギャラリー(National Gallery)やテイト・ブリテン美術館(Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)に匹敵する存在として、現在も存続しているが、一方、サー・ウィリアム・チェンバーズやジョシュア・レノルズ達が脱退してしまった大英芸術家協会は、1791年まで展覧会を開催した後、解散の憂き目に遭っている。 


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