2024年5月16日木曜日

ロバート・J・ハリス作「深紅色の研究」(A Study in Crimson by Robert. J. Harris)- その3

英国の Birlinn Ltd から、Polygon Book として
2022年に刊行されている
 ロバート・J・ハリス
作「深紅色の研究」の
ペーパーバック版表紙(部分)

Cover design by Abigail Salvesen


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆半(3.5)


本作品の場合、第二次世界大戦(1939年ー1945年)中の1942年9月から10月にかけて、ロンドンにおける「血塗れジャック(Crimson Jack)」による女性惨殺事件が描かれる。

これらの事件は、ヴィクトリア朝時代の1888年8月から11月にかけて、ロンドン東部のホワイトチャペル地区(Whitechapel)内で発生した「切り裂きジャック(Jack the Ripper)」事件の再来と思わせ、シャーロック・ホームズ対「切り裂きジャック」の再来である「血塗れジャック」と言う図式であり、読者側の期待を非常に高まらせる。


(2)物語の展開について ☆☆半(2.5)


物語の冒頭、ホームズとジョン・H・ワトスンの2人は、陸軍省(War Office)からの依頼に基づき、秘密裡に軍事開発を行っていたスコットランド内のある城へと赴き、そこで新しい空雷(aerial torpedo)の研究をしていた女性科学者のエルスペス・マックレディー博士(Dr. Elspeth Mac Ready)が行方不明になった事件を捜査する。この事件について、ホームズはあっさりと解決してしまうが、物語全体で約300ページのうち、約40ページを費やしてしまう。この事件が、後の「血塗れジャック」事件に関連するのかと思ったが、実際には、そんなことはなく、残念ながら、あくまでも、前振りの事件に過ぎず、ホームズの諮問探偵としての優秀さを読者に対して印象付けるだけだった。著者としては、いきなり「血塗れジャック」事件から物語を始めるのではなく、前振りの事件を以って、ホームズの凄さを見せたかったのかもしれないが、物語全体の15%近くを使ってしまい、肝心な話である「血塗れジャック」事件に割けるページ数がかなり少なくなってしまったことが難点と言える。

また、「血塗れジャック」事件が始まってから、「切り裂きジャック」事件における有力な容疑者だった医師(実名から仮名に変更されている)の甥や不自然な行動をとる画家等が、容疑者として登場するものの、著者の筆があまりのっていないためなのか、読者に対して、単なる煙幕を張っているだけにしか、思えない。

途中から、ホームズとワトスンの協力者として、米国の女性ラジオジャーナリストであるゲイル・プレストン(Gail Preston)やマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)から派遣されたフィリップ・レイナー中佐(Command Philip Rayner)も登場するが、「血塗れジャック」事件とは関係のない前振りの事件でページ数を少なくされた残りのページ数の中では、残念なことに、読者に印象付けるだけの活躍はできていない。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆半(2.5)


1942年と言えば、ホームズとワトスンの両名は、かなりの高齢に達している筈なので、仕方ないことではあるものの、スコットランドから戻って来て、「血塗れジャック」事件に取り組み始めた途端、何故か、ホームズは活動的ではなくなり、基本的に、ベイカーストリート221B(221B Baker Street → 2014年6月22日 / 6月29日付ブログで紹介済)内に閉じ籠って、思索に耽ってしまい、ワトスン、ゲイル・プレストンやフィリップ・レイナー中佐等に対して、指示を出すだけにとどまっている。最終的には、ホームズ自身が「血塗れジャック」事件を解決してはいるが、前振りの事件では、スコットランドまでわざわざ赴いているにもかかわらず、本作品のメインとなる「血塗れジャック」事件になると、急に表立った捜査をしなくなるのは、なんとも納得がいかない。

一方、ワトスンも、ホームズと同じく、かなりの高齢の筈であるが、ホームズの指示に基づいて、ゲイル・プレストンとペアを組んで、容疑者達を訪れて、いろいろと捜査を進めているので、ホームズ対比、遥かに活動的である。そう言った意味では、ワトスンとゲイル・プレストンのペアによる捜査が物語の主要な部分を占めて、ホームズの出番は、あまりなく、前振りの事件を除くと、活躍の場面は少ない。


(4)総合評価 ☆☆半(2.5)


本作品における「血塗れジャック(Crimson Jack)」事件は、「切り裂きジャック(Jack the Ripper)」事件の再来と思わせつつ、物語は進んでいくが、実は、その真相は・・・、と言う展開である。

本作品の場合、第二次世界大戦中の現実的な展開であり、正直ベース、推理小説としては、あまり面白味がない。個人的には、「血塗れジャック」事件は「切り裂きジャック」事件の再来と言う方向性のままで、物語を決着させてほしかった。

ただし、前述の通り、結果的に、「血塗れジャック」事件とは関係のない前振りの事件を以って、物語全体の15%近くを使ってしまい、肝心な話である「血塗れジャック」事件に割けるページ数がかなり少なくなってしまっているため、残りのページ数では、「切り裂きジャック」事件の再来と言う方向性のまま、物語を進めていくには、かなり難しかったと言える。



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