2023年6月30日金曜日

アガサ・クリスティーの世界<ジグソーパズル>(The World of Agatha Christie )- その24

英国の Orion Publishing Group Ltd. から出ている「アガサ・クリスティーの世界(The World of Agatha Christie)」と言うジグソーパズル内に散りばめられているアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の生涯や彼女が執筆した作品等に関連した90個の手掛かりについて、前回に続き、紹介していきたい。


今回も、アガサ・クリスティーが執筆した作品に関連する手掛かりの紹介となる。


(69)牡蠣の貝殻(Oyster shell)


アガサ・クリスティーが腰掛けている椅子の後ろにある机と一体になった右側の鏡の上部を見上げてみると、
ピラミッド / スフィンクスが写った写真立てとウクレレの間に、
牡蠣の貝殻が1つ置かれている。


本ジグソーパズル内において、アガサ・クリスティーが腰掛けている椅子の後ろにある机と一体になった右側の鏡の上部に、牡蠣の貝殻が1つ置かれている。

これから連想されるのは、アガサ・クリスティーが1939年に発表した短編集「レガッタデーの事件(The Regatta Mystery)」に収録されている「あなたの庭はどんな庭?(How Does Your Garden Grow ?)」1935年)で、エルキュール・ポワロが登場する短編である。


英国の HarperCollinsPublishers 社から
2008年に出版されている
エルキュール・ポワロの全短編が収められた
「Hercule Poirot - The Complete Short Stories」の表紙
(Cover by www.juliejenkinsdesign,com)

ある年の3月、エルキュール・ポワロの事務所に、バッキンガムシャー州(Buckinghamshire)チャーマンズグリーン(Charman’s Green)のローズバンク(Rosebank)に住むアメリア・バロウビー(Amelia Barrowby)という独身の老婦人から依頼の手紙(3月21日付)が届くところから、物語の幕が上がる。

彼女から来た手紙に書かれている依頼の内容は、「自分の身を案じているので、自宅に来てほしい。」という非常に曖昧なものであった。この奇妙な依頼の手紙に興味を持ったポワロは、秘書のミス・レモン(Miss Lemon)に指示して、「いつでも相談に応じる。(I will do myself the honour to call upon you at any time you suggest.)」と返信をするが、その後、彼女からは何も音信もなかった。


英国の HarperCollinsPublishers 社から
2008年に出版されている
エルキュール・ポワロの全短編が収められた
「Hercule Poirot - The Complete Short Stories」の裏表紙
(Cover by www.juliejenkinsdesign,com)

3月27日の朝、ミス・レモンは、手紙の差出人であるアメリア・バロウビー(73歳)が昨晩(3月26日)に死亡したことを新聞記事で偶然見つけ、ポワロに知らせる。

アメリア・バロウビーが亡くなった際、姪のデラフォンテーン夫妻(Mr. and Mrs. Delafontaine)と一緒に食事をしていたのだが、(1)アーティチョークのスープ(artichoke soup)、(2)魚のパイ(fish pie)と(3)アップルタルト(apple tart)以外、何も口にしていなかった。ところが、彼女の遺体からは、ストリキニーネが発見されたのである。

ストリキニーネはとても苦い味がするため、アーティチョークのスープ、魚のパイやアップルタルトに混入されていたとは思えなかった。また、彼女は珈琲も飲まず、水だけを飲んでいた。

ストリキニーネが混入したと考えられるのは、彼女が飲んでいた持病用のカプセル薬だけだった。そのカプセル薬に触れたのは、ロシア人の話相手(コンパニオン)のカトリーナ・リーガー(Katrina Reiger)のみだったため、彼女へ疑いの目が向けられた。


アメリア・バロウビーの死に疑問を感じたポワロは現地へ赴き、調査を始める。

そして、ポワロは、亡くなったアメリア・バロウビーの庭の一部を縁取るように、牡蠣の貝殻が埋められているのに気付くと、事件の真相に到達するのであった。


2023年6月29日木曜日

コナン・ドイル作「ライオンのたてがみ」<小説版>(The Lion’s Mane by Conan Doyle ) - その1

英国で出版された「ストランドマガジン」
1926年12月号に掲載された挿絵(その1) -
シャーロック・ホームズは、諮問探偵業から引退して、ロンドンを去り、
サセックス州のサウスダウンズにある海辺の一軒家において、
静かな生活を送っていた。
1907年7月末、暴風雨が去った翌朝、
ホームズが散歩をしていると、
知り合いのハロルド・スタックハーストに出会う。
ホームズ達が海岸へと着くと、

フィッツロイ・マクファースンが、酔っ払いのようによろめきながら歩いて来て、

地面にばったりと倒れた。

ホームズ達は、フィッツロイ・マクファースンの元に駆け寄ると、

彼は、既に瀕死の状態で、「ライオンのたてがみ」と言う謎の言葉を発した後、

息を引き取る。

ホームズ達が調べてみると、フィッツロイ・マクファースンの背中には、

細い針金の鞭で強く打たれたようなみみず腫れの跡が残っていた。

挿絵:
ハワード・ケッピー・エルコック
(Howard Keppie Elcock:1886年ー1952年)

「ライオンのたてがみ(The Linon’s Mane)」は、シャーロック・ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、53番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(Strand Magazine)」の1926年12月号に、また、米国では、「リバティー(Liberty)」の1926年11月27日号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿(The Case-Book of Sherlock Holmes)」(1927年)に収録された。


ホームズシリーズの長編小説4作 / 短編小説56作の中で、「白面の兵士(The Blanched Soldier → 2022年9月3日 / 9月6日 / 9月21日付ブログで紹介済)」と本作「ライオンのたてがみ」の2作のみが、ホームズによる一人称で書かれており、彼の相棒であるジョン・H・ワトスンは登場しない。


なお、「白面の兵士」は、ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、52番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン」の1926年11月号に、米国では、「リバティー」の1926年10月16日号に掲載された。そして、「ライオンのたてがみ」と同様に、ホームズシリーズの第5短編集である「シャーロック・ホームズの事件簿」(1927年)に収録された。


シャーロック・ホームズは、諮問探偵業から引退して、喧騒のロンドンを後にした。そして、サセックス州(Sussex)のサウスダウンズ(South Downs)、英仏海峡(Channel)を望むことができる海辺の一軒家に居を構えた。ホームズは、老齢の家政婦(ハドスン夫人と言う説あり)、飼っている蜜蜂と書物に囲まれて、静かで、かつ、快適な生活を送っていた。


2021年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された
記念切手「国定公園(National Parks)」の1枚である
「サウスダウンズ国定公園」


1907年7月末、暴風雨(severe gale)が去った翌朝、ホームズが散歩をしていると、ホームズの一軒家から半マイル程離れた場所において、「ザ・ゲイブルズ(The Gables)」と言う職業訓練学校を経営しているハロルド・スタックハースト(Harold Stackhurst)と出会う。

ハロルド・スタックハーストは、「近くの海岸へ泳ぎに行くところだ。」と、ホームズに話すと、「フィッツロイ・マクファースン(Fitzroy McPherson)が先に泳ぎに行っている筈だ。」と付け加えた。

フィッツロイ・マクファースンは、理学修士(science master)を取得した青年だが、リューマチ熱(rheumatic fever)とそれに続く心臓疾患(heart trouble)に見舞われていた。


ホームズとハロルド・スタックハーストの2人が海岸に着くと、フィッツロイ・マクファースンが、酔っ払いのようによろめきながら歩いて来て、地面にばったりと倒れてしまった。

ホームズ達は、フィッツロイ・マクファースンの元に駆け寄ると、彼を仰向けにした。フィッツロイ・マクファースンは、既に瀕死の状態で、「ライオンのたてがみ(the lion’s mane)」と言う謎の言葉を発する。そして、彼は、地面から立ち上がり、腕を振り上げ、脇腹を下にして、前に倒れ込むと、息を引き取ったのである。

ホームズ達が調べてみると、フィッツロイ・マクファースンの背中には、細い針金の鞭で強く打たれたようなみみず腫れの跡が残っていた。


ホームズがフィッツロイ・マクファースンの死体の側にひざまづき、ハロルド・スタックハーストが立ち竦んでいるところへ、ハロルド・スタックハーストが経営している職業訓練学校の数学講師であるイアン・マードック(Ian Murdoch)が姿を現す。

ホームズは、イアン・マードックに対して、フルワース(Fulworth)の警察署へ通報するよう、頼んだ。ホームズからの依頼を受けたイアン・マードックは、返事もせず、全速力で走り去ったのである。


2023年6月28日水曜日

アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」<英国 TV ドラマ版>(Hallowe’en Party by Agatha Christie )- その4

第63話「ハロウィーンパーティー」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 8 個別ケースの裏表紙 -
「ハロウィーンパーティー」のパートの中で、
右側の写真が、Zoe Wanamaker が演じる探偵作家のアリアドニ・オリヴァー。
また、左側の写真が、
サー・デイヴィッド・スーシェ(Sir David Suchet)が演じるエルキュール・ポワロと
Eric Sykes が演じるジェレミー・フラートン(Jeremy Fullerton -
ルウェリン=スマイス夫人
(Mrs. Llewellyn-Smythe - 富豪の未亡人)の
顧問弁護士)の2人。


英国の TV 会社 ITV 社が制作したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party)」(1969年)の TV ドラマ版である「Agatha Christie’s Poirot」の第63話(第12シリーズ)「ハロウィーンパーティー」の場合、アガサ・クリスティーの原作に比べると、物語の終盤も、以下の違いが見受けられる。


(17)

<原作>

エルキュール・ポワロは、殺人を目撃したのは、本当は、ジョイス・レイノルズ(Joyce Reynolds)ではなく、ミランダ・バトラー(Miranda Butler)だと推理する。そして、ポワロは、アリアドニ・オリヴァー(Ariadne Oliver)に連絡をとり、「ミランダ・バトラーと母親のジュディス・バトラー(Judith Butler)の身に危険が迫っている。」と説明して、直ぐに2人をウッドリーコモン(Woodleigh Common)からロンドンへと避難させるように依頼した。ところが、ロンドンへと向かう途中、アリアドニ・オリヴァー達3人が、昼食のために立ち寄った場所から、ミランダ・バトラーが、突然、姿を消してしまう。彼女達の後を追って来た造園師のマイケル・ガーフィールド(Michael Garfield)によって、ミランダ・バトラーは、連れ出されてしまったのである。

<TV ドラマ版>

エルキュール・ポワロは、殺人を目撃したのは、本当は、ジョイス・レイノルズではなく、ミランダ・バトラーだと推理する。そして、ミランダのことを心配した母親のジュディス・バトラーが、ミランダの部屋の様子を見に行くと、部屋はもぬけの殻で、ミランダの姿は、どこにもなかった。TV ドラマ版の場合、ミランダ・バトラーは、マイケル・ガーフィールドによって連れ出された訳ではなく、自らの意思で、家を抜け出して、マイケル・ガーフィールドに会いに出かけたのである。


(18)

<原作>

マイケル・ガーフィールドが、ミランダ・バトラーに毒杯を飲ませようとした際、ポワロが雇った2人の青年達が、彼女を救出する。

<TV ドラマ版>

マイケル・ガーフィールドが、ミランダ・バトラーに毒杯を飲ませようとした際、ポワロが駆け付けて来て、ステッキでマイケル・ガーフィールドを殴り、彼女を救出する。


(19)

<原作>

マイケル・ガーフィールドは、ミランダ・バトラーに毒杯を飲ませることが阻止されると、自らその毒杯を呷って、自殺を遂げる。

<TV ドラマ版>

マイケル・ガーフィールドは、ミランダ・バトラーに毒杯を飲ませることが阻止された後、そのまま警察に逮捕され、自殺を遂げることはない。



(20)

<原作>

オルガ・セミノフ(Olga Seminoff - ヘルツェゴヴィナ(Herzegovina)出身 / 外国語の勉強を目的として、家事手伝いをしながら、外国の家庭に住まわせてもらう制度を利用していた女性(au pair girl))の死体は、一連の殺人事件の共犯者であるマイケル・ガーフィールドとロウィーナ・ドレイク(Rowena Drake)が逮捕される前に、ポワロの助言を受けた警察によって、発見される。場所は、元採掘場の近くの森の中にあった打ち捨てられた井戸の底からだった。オルガ・セミノフの殺害に使用されたナイフも、彼女の死体と一緒に、見つかっている。

<TV ドラマ版>

オルガ・セミノフの死体は、一連の殺人事件の共犯者であるマイケル・ガーフィールドとロウィーナ・ドレイクが逮捕される後に、ポワロの助言を受けた警察によって、発見される。場所は、マイケル・ガーフィールドが造園した庭園からであるが、具体的な場所については、言及されていない。オルガ・セミノフの殺害に使用されたナイフは、彼女の死体と一緒には、見つかっていない。


(21)

<原作>

マイケル・ガーフィールドは、ロウィーナ・ドレイクの夫であるドレイク氏(Mr. Drake)がまだ存命中の頃から、ロウィーナ・ドレイクと愛人関係があった一方、オルガ・セミノフの恋人でもあった。

<TV ドラマ版>

マイケル・ガーフィールドが、ロウィーナ・ドレイクと愛人関係があったことに加えて、オルガ・セミノフの恋人でもあったと言う言及は為されていない。


(22)

<原作>

ロウィーナ・ドレイクの夫であるドレイク氏は、数年前に、車に轢かれて、亡くなっているが、誰がその犯人なのか、明らかにされないまま、物語は終わりを迎える。

<TV ドラマ版>

ロウィーナ・ドレイクの夫であるドレイク氏は、彼女と愛人関係にあったマイケル・ガーフィールドが運転する車に轢き殺されている。


(23)

<原作>

オルガ・セミノフの死体は、マイケル・ガーフィールドとロウィーナ・ドレイクの2人によって、元採掘場の近くの森の中にあった打ち捨てられた井戸へと運ばれて、処分されている。その現場を、ミランダ・バトラーが目撃。

<TV ドラマ版>

オルガ・セミノフの死体は、マイケル・ガーフィールドが単独で、自分が造園した庭園へと運び、地面に穴をほって、埋めている。その現場を、ミランダ・バトラーが目撃。


(24)

<TV ドラマ版>

TV ドラマ版における各実行犯は、以下の通り。

*ドレイク氏: マイケル・ガーフィールドが運転する車で轢殺。

*オルガ・セミノフ: ロウィーナ・ドレイクがナイフで刺殺。

*レスリー・フェリアー(Leslie Ferrier - 法律事務所の事務員): マイケル・ガーフィールドがナイフで刺殺。

*ジョイス・レイノルズ: ロウィーナ・ドレイクによって、溺死。

*レオポルド・レイノルズ(Leopold Reynolds): マイケル・ガーフィールドによって、溺死。

<原作>

ドレイク氏(犯人が誰だったのかは、最後まで不明のまま)とジョイス・レイノルズ(ロウィーナ・ドレイクによって、溺死)を除くと、マイケル・ガーフィールドとロウィーナ・ドレイクのどちらが実行犯だったのかについては、明確にはされていない。


(25)

<原作>

マイケル・ガーフィールドは、新しい庭園を造園することにしか、興味がなく、愛人関係にあったロウィーナ・ドレイクのお金で、ギリシアの島を手に入れていた。そして、彼は、その島に完璧な庭園を造園するために、ウッドリーコモンを去ろうと考えており、ロウィーナ・ドレイクのことを、最早、必要とはしていなかった。ただし、マイケル・ガーフィールドは、毒杯を呷って、自殺を遂げていたので、ロウィーナ・ドレイク本人に対して、その事実が告げられることはなかった。

<TV ドラマ版>

ポワロは、アリアドニ・オリヴァー、ジュディス・バトラー、ミランダ・バトラー、ロウィーナ・ドレイク、フランセス・ドレイク(Frances Drake - ロウィーナ・ドレイクの娘)とエドマンド・ドレイク(Edmund Drake - ロウィーナ・ドレイクの息子)の6名を前にして、ロウィーナ・ドレイクがマイケル・ガーフィールドの共犯者であることを明らかにした際、既に逮捕されていたマイケル・ガーフィールドが、警察によって、連れて来られた。そして、マイケル・ガーフィールドは、ロウィーナ・ドレイクに対して、自分の興味があったのは、彼女のお金と新しい庭園を造園することだけで、彼女のことは全く愛していないと、明らかにする。マイケル・ガーフィールドによる告白を聞いたロウィーナ・ドレイクは、非常に激怒して、暴れ回るのであった。


事件が全て片付いた後、ポワロは、アリアドニ・オリヴァーに対して、「Hallowe’en is not a time for the telling of the stories macabre, but to light the candles for the dead. (ハロウィーンとは、恐ろしい話をするのではなく、亡くなった人達のことを思い、彼らのために、蝋燭を灯す時節だ。)」と語り、ウッドリーコモンを後にするところで、物語は終わりを迎える。


2023年6月27日火曜日

サイモン・ゲリエ作「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 大いなる戦争」(The further adventures of Sherlock Holmes / The Great War by Simon Guerrier) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2021年に出版された
サイモン・ゲリエ作
「シャーロック・ホームズの更なる冒険 / 大いなる戦争」の表紙(一部)


1917年12月第1週の深夜、英国軍を含む連合国側と同盟国側が相対する東部戦線(East Front)、つまり、フランスのレベック(Rebecq - 現在のベルギーのワロン地域にある場所)から2 - 3マイル離れた野戦病院において、救急看護奉仕隊(VAD - Voluntary Aid Detachment)として勤務していたオーガスタ・ワトスン(Miss Augusta Watson)の前に、60歳代後半の男性が来客として現れた。それは、シャーロック・ホームズだった。


2日後の朝、オーガスタ・ワトスンは、看護師長(Matron)のシスター グロリア(Sister Gloria)に呼び出される。

シスター グロリアによると、ホームズは、前戦の視察を希望しており、レイナー・フィッツジェラルド将軍(General Rayner Fitzgerald)が現在手配中、とのこと。シスター グロリアは、オーガスタ・ワトスンに対して、ホームズの運転手を務めるように指示するとともに、将軍と自分のスパイになるように依頼した。

行き先は、東部戦線の前戦だった。


前戦に着いたホームズは、まず最初に、亡くなったフィリップ・オグル=トンプソン大尉(Captain Philip Ogle-Thompson)の後任の将校であるボイス大尉(Captain Boyce)と面談した後、彼の部下達(=フィリップ・オグル=トンプソン大尉の元部下達)にもヒアリングを行った。

フィリップ・オグル=トンプソン大尉は、皆から嫌われていたようだった。また、フィリップ・オグル=トンプソン大尉の元部下でもあったウィリアム・マレー・ダットン上等兵(Private William Murray Dutton)は、3日前に戦死した(killed in action)と言う情報も得られた。


前線から戻る途中、オーガスタ・ワトスンは、ホームズに対して、「2番目の手紙は、戦場から送られたと考えているのか?」と尋ねると、ホームズは、「前線にも、タイプライターや紙はあった。」と答える。

ホームズは、車から降りる際、オーガスタ・ワトスンに対して、「前線までの道をよく知っている兵士(男性)のドライバーは一杯居るにもかかわらず、君をドライバーとして付けてもらって、非常に助かった。」と、声を掛けた。どうやら、ホームズは、全ての事情を知っているようだ。


野戦病院へと戻ったオーガスタ・ワトスンは、レイナー・フィッツジェラルド将軍に対して、次のように報告する。


(1)2番目の手紙は、フィリップ・オグル=トンプソン大尉の元部下だったウィリアム・マレー・ダットン上等兵が書いたものだと思われる。なお、彼は、2-3日前に戦死している。

(2)フィリップ・オグル=トンプソン大尉は、非常に厳格だったので、彼の部下からは、あまり好かれていないようだった。


丁度そこへ、将軍の秘書であるモンタギュー(Montagu)が、ホームズの来訪を告げる。やって来たホームズは、オーガスタ・ワトスンの同席を希望した。


ホームズは、ボイス大尉との面談中、彼のポケットから落ちた紙のメモを、将軍に見せる。そこには、「66/1  76/1  66/1  89/1  54/1  83/1  90/1」と、賭けの倍率のようなものが書かれていた。


フランスへとやって来る前に、ホームズがフィリップ・オグル=トンプソン大尉の両親を訪ねた際、見せたもらった彼の私物の中に、婚約者の写真が入ったフレームがあった。ホームズがフレームの裏を外すと、そこには、


  71/1     66/1

  44/1     76/1

  64/1     66/1

  58/1     89/1

  63/1     54/1

101/1     83/1

  65/1     90/1


と書かれたメモが残されていたのである。


ホームズからの話を聞いたレイナー・フィッツジェラルド将軍は、ホームズとオーガスタ・ワトスンの2人を、秘密の階段へと案内する。

防音が施された部屋で、将軍は、机の上に置かれた本の間に挟まれていた紙を、2人に見せる。そこにも、


11.10     12/1

12.10       9/1

13.10     63/1

14.10     24/1

15.10       8/1

16.10     11/1


と、謎のメモが書かれていた。

将軍によると、この部屋には、自分を含めて、4人しかアクセスできない、とのことだった。


オーガスタ・ワトスンは、亡くなったフィリップ・オグル=トンプソン大尉と彼の後任であるボイス大尉の2人には、これらのメモの意味を判っていたに違いないと断言するのであった。


果たして、東部戦線において、同盟国側と相対する英国軍を含む連合国側の中で、一体、何か良からぬ計画が進行しているのだろうか?


2023年6月26日月曜日

アガサ・クリスティー作「ハロウィーンパーティー」<英国 TV ドラマ版>(Hallowe’en Party by Agatha Christie )- その3

第63話「ハロウィーンパーティー」が収録された
エルキュール・ポワロシリーズの DVD コレクション No. 8 個別ケースの表紙 -
下段の右側から2番目の人物が、「ハロウィーンパーティー」に登場する
Zoe Wanamaker が演じる探偵作家のアリアドニ・オリヴァー。
また、下段の一番右側の人物が、同じく、「ハロウィーンパーティー」に登場する
Timothy West が演じるコットレル牧師(Reverend Cottrell -
英国 TV 版用に設けられたキャラクターで、
アガサ・クリスティーの原作には登場しない。
厳密に言うと、原作上、ハロウィーンパーティーの準備を行った人物の一人として、
「チャールズ・コットレル牧師(Reverend Charles Cotterell)」と言う名前だけは出てくる。) 


英国の TV 会社 ITV 社が制作したアガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「ハロウィーンパーティー(Hallowe’en Party)」(1969年)の TV ドラマ版である「Agatha Christie’s Poirot」の第63話(第12シリーズ)「ハロウィーンパーティー」の場合、アガサ・クリスティーの原作に比べると、物語の展開上、以下の違いが見受けられる。


(9)

<原作>

造園師であるマイケル・ガーフィールド(Michael Garfield)は、元の採掘場(quarry)を庭園へと造園している。

<TV ドラマ版>

マイケル・ガーフィールドは、亡くなったルウェリン=スマイス夫人(Mrs. Llewellyn-Smythe)からロウィーナ・ドレイク(Rowena Drake - ルウェリン=スマイス夫人の姪)が相続した土地の一部を庭園へと造園している。


(10)

<原作>

この庭園において、ポワロは、初めて、マイケル・ガーフィールドに会う。

<TV ドラマ版>

ジュディス・バトラー(Judith Butler - アリアドニ・オリヴァーの友人)が、ミランダ・バトラー(Miranda Butler - ジュディス・バトラーの娘)と一緒に、ポワロをこの庭園へと案内する。その途中、ポワロは、マイケル・ガーフィールドに会うが、物語上、ポワロがマイケル・ガーフィールドに会うのは、2回目となる。


(11)

<原作>

エルキュール・ポワロは、ウッドリーコモン(Woodleigh Common)において、近年に発生した事件の情報を収集するが、それらは、以下の通り。


*ルウェリン=スマイス夫人:彼女が突然亡くなり、彼女の遺言書(codicil)により、彼女の屋敷で働いていたオルガ・セミノフ(Olga Seminoff - ヘルツェゴヴィナ(Herzegovina)出身 / 外国語の勉強を目的として、家事手伝いをしながら、外国の家庭に住まわせてもらう制度を利用していた女性(au pair girl))が彼女の遺産相続人として指定される。ところが、後に、その遺言書が偽造と判明し、オルガ・セミノフも失踪。

*レスリー・フェリアー(Leslie Ferrier):法律事務所の事務員として働いていたが、何者かに背中を刺されて死亡(当時28歳)。

*シャーロット・ベンフィールド(Charlotte Benfield):店員として働いていたが、頭部に複数の傷を負って、死亡しているのが発見される(当時16歳)。

*ジェネット・ホワイト(Janet White):エルムズ学校(Elms school)の教師として働いていたが、何者かに首を絞められて死亡。


<TV ドラマ版>

エルキュール・ポワロは、ウッドリーコモンにおいて、近年に発生した事件の情報を収集するが、それらは、


*ルウェリン=スマイス夫人

*レスリー・フェリアー

*ベアトリス・ホワイト(Beatrice White)


の3つだけで、「シャーロット・ベンフィールド」の事件は割愛されている。


なお、レスリー・フェリアーは、レイノルズ夫人(Mrs. Reynolds - 殺害されたジョイス・レイノルズ(Joyce Reynolds)とレオポルド・レイノルズ(Leopold Reynolds)の母親)の家に下宿しており、女誑しで、フランセス・ドレイク(Frances Drake - ロウィーナ・ドレイクの娘)と付き合っていたと言う設定が追加されている。

また、原作では、ジェネット・ホワイトとなっていた名前が、ベアトリス・ホワイトへと変更されている。更に、彼女は、エルムズ学校において、ジョイス・レイノルズの先生で、ウッドリーコモンにある湖で溺死しているのが発見されると言う設定に変えられている。


(12)

<原作>

ポワロが上記4つの事件の情報を得たのは、主に、バート・スペンス(Bart Spence - 元警視(Superintendent))とエルスペス・マッケイ(Elspeth McKay - スペンス元警視の妹)の2人からである。

<TV ドラマ版>

ポワロが上記3つの事件の情報を得たのは、バート・スペンスとエルスペス・マッケイが登場しない関係上、グッドボディー夫人(Mrs. Goodbody - ウッドリーコモンにおいて、「魔女(witch)」と呼ばれている女性)からである。原作に比べると、TV ドラマ版の場合、グッドボディー夫人の登場場面が多い。



(13)

<原作>

亡くなったルウェリン=スマイス夫人が残した本当の遺言書は、物語の終盤まで発見されない。

<TV ドラマ版>

物語の中盤、ポワロは、ティモシー・ラグラン警部(Inspector Timothy Raglan)の了解を得て、レスリー・フェリアーの遺品を調べると、その中に、フランセス・ドレイクの写真立てを見つける。そして、ポワロは、その写真立ての裏側に、亡くなったルウェリン=スマイス夫人が残した本当の遺言書が隠されているのを発見する。


(14)

<原作>

レオポルド・レイノルズが、小川において、溺死体で発見されるが、誰が発見したのかについては、言及されていない。また、ポワロは、レオポルド・レイノルズが溺死体で発見された現場を訪れていない。

<TV ドラマ版>

朝、湖へ散歩に来たエリザベス・ウィッテカー(Elizabeth Whittaker - エルムズ学校の教師)が、レオポルド・レイノルズの溺死体を発見する。また、その知らせを聞いたポワロは、現場を訪れている。


(15)

<原作>

エルムズ学校の教師として働いていたジェネット・ホワイトが、何者かに絞殺された事件の真相については、最終的に、明らかにされないまま、終わる。

<TV ドラマ版>

レオポルド・レイノルズの溺死体を発見された湖を訪れたポワロに対して、エリザベス・ウィッテカーが、同僚だったベアトリス・ホワイトの死の真相を明らかにする。エリザベス・ウィッテカーとベアトリス・ホワイトは同性愛者で、お互いに愛し合っていたが、ベアトリス・ホワイトは、このことが他の第三者に知られることを非常に気にかけており、次第にそれが苦になって、最終的には、湖に身を投げて、自殺したのである。ベアトリス・ホワイトは、エリザベス・ウィッテカー宛に自殺の経緯を綴った手紙を残していたが、彼女のことを考えて、エリザベス・ウィッテカーは、彼女の手紙を公にすることを控えていた、とのこと。


(16)

<原作>

レオポルド・レイノルズの溺死体を発見された後、ロウィーナ・ドレイクは、ポワロに対して、ジョイス・レイノルズが殺された図書室の前で花瓶を落とした理由について、「図書室から出て来たレオポルド・レイノルズを見かけたからだ。」と告白する。

<TV ドラマ版>

ポアロは、ロウィーナ・ドレイクに対して、ジョイス・レイノルズが殺された図書室の前で花瓶を落とした理由を尋ねるが、彼女は、言葉を濁して、ハッキリした回答をしなかった。そして、翌朝、レオポルド・レイノルズの溺死体を発見された後、ロウィーナ・ドレイクは、ジュディス・バトラーの家に滞在してしているポワロの元を訪れて、「事件当夜、図書室から出て来たのは、レオポルド・レイノルズだ。」と告白し、原作とは異なり、ポワロの質問とロウィーナ・ドレイクの回答には、時間的な差が存在している。


2023年6月25日日曜日

ハートフォードシャー州(Hertfordshire) ハットフィールドハウス(Hatfield Hose)

Hatfield House and gardens by Marcus May (1995年頃)
庭園歴史博物館(Museum of Garden History)で購入した絵葉書 -
中央に建つ建物が、17世紀初めに
初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシルが建設した主館で、
左後方に建つ建物が、
15世紀末に高位聖職者の邸宅として建設されたビショップ館、
そして、両方の館を取り巻く広大な庭園が描かれている。

後にテューダー朝(House of Tudor)の第5代かつ最後のイングランド王エリザベス1世(Elizabeth I:1533年ー1603年 在位期間:1558年-1603年)として即位するエリザベスが、異母姉で、「血まみれのメアリー(Bloody Mary)」と呼ばれたテューダー朝の第4代イングランド王メアリー1世(Mary I:1516年ー1558年 在位期間:1553年-1558年)の崩御(1558年11月17日にセントジェイムズ宮殿(St. James’s Palace)において崩御)を知らされたハットフィールドハウス(Hatfield House)は、ハートフォードシャー州(Hertfordshire)の町ハットフィールド(Hatfield)に所在する中世のカントリーハウス(貴族の館)である。


17世紀初めに初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシルが建設した主館(その1)


15世紀末に高位聖職者の邸宅として建設されたが、テューダー朝の第2代イングランド王であるヘンリー8世(Henry VIII:1491年ー1547年 在位期間:1509年-1547年)による宗教改革の際に没収された後、英国王室の宮殿の一つとして使用された。


ヘンリー8世は、1533年から1536年にかけて、彼の長女であるメアリー王女(Princess Mary - 後のメアリー1世)を住まわせていたが、侍女であるエリザベス王女(Princess Elizabeth - 後のエリザベス1世)や長男であるエドワード王子(Prince Edward - 後のエドワード6世(Edward VI:1537年ー1553年 在位期間:1547年ー1553年))も暮らし始める。


ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
メアリー1世の肖像画の葉書
(Master John / 1544年 / Oil on panel
711 mm x 508 mm) 


1549年、当時のエドワード6世から初代ノーサンバーランド公爵ジョン・ダドリー(John Dudley, 1st Duke of Northumberland:1502年ー1553年)に譲られたが、エリザベス王女が反対したため、英国王室へと戻され、メアリー1世の崩御に伴い、自らが即位する1558年まで、エリザベス王女は、ここで暮らし、即位後も、ここを度々訪れた。


17世紀初めに初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシルが建設した主館(その2)


エリザベス1世の死後、ステュアート朝(House of Stuart)の初代イングランド王となったジェイムズ1世(James I:1566年ー1625年 在位期間:1603年ー1625年)の王妃であるアン・オブ・デンマーク(Anne of Denmark:1574年ー1619年)の所有となった。

1607年にジェイムズ1世が、初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシル(Robert Cecil, 1st Earl of Salisbury:1563年ー1612年)との間で、ハットフィールドハウスとロバート・セシル邸を交換した結果、ハットフィールドハウスは、セシル家の所有となる。


初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシルは、ヘンリー8世の子供達が暮らした古い館を取り壊した。取り壊しを免れた厩と門楼は、「ビショップ館」と呼ばれ、現在、レストラン等に使用されている。

続いて、彼は、1607年から1612年にかけて、3階建て煉瓦造りのカントリーハウスを新たに建設した。こちらは「主館」と呼ばれ、17世紀のイングランド建築を代表する建物であるが、1835年に西翼が火災で焼失した。


17世紀初めに初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシルが建設した主館(その3)


その後、ハットフィールドハウスは、大物政治家を多数輩出したセシル家の人脈が出入りする政界サロンとして有名となる。


現在の所有者は、子孫である第7代ソールズベリー侯爵ロバート・マイケル・ジェイムズ・ガスコイン=セシル(Robert Michael James Gascoyne-Cecil, 7th Marquess of Salisbury:1946年ー)であるが、一般公開されている。

ハットフィールドハウスは、(1)初代ソールズベリー伯爵ロバート・セシルが建設した主館、(2)高位聖職者の邸宅だったビショップ館(現在、一部のみが残っている)、そして、(3)7500m2にも及ぶハットフィールド公園から成る。

なお、ハットフィールドハウスは、多くの映画や TV ドラマ等の撮影地として使用されている。


2023年6月24日土曜日

シェイクスピアの世界<ジグソーパズル>(The World of Shakespeare )- その12

英国の Laurence King Publishing Group Ltd. より、2020年に発売されたジグソーパズル「シェイクスピアの世界(The World of Shakespeare)」には、のイラスト内には、イングランドの劇作家 / 詩人であるウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare:1564年ー1616年 → 2023年5月19日付ブログで紹介済)や彼が生きた時代の人物、彼の劇が上演されたグローブ座、そして、彼が発表した史劇、悲劇や喜劇に登場するキャラクター等が散りばめられているので、前回に続き、順番に紹介していきたい。


今回紹介するのは、ウィリアム・シェイクスピアが劇作家 / 詩人として活躍した時期のイングランド女王である。


<エリザベス1世(Elizabeth I:1533年ー1603年 在位期間:1558年-1603年)>


テューダー朝の第5代君主であるエリザベス1世を乗せた船が、
テムズ河の下流へと向かって、進んで行く。

エリザベス1世は、イングランドとアイルランドの女王で、テューダー朝(House of Tudor)の第5代かつ最後の君主である。


テューダー朝の第2代イングランド王であるヘンリー8世(Henry VIII:1491年ー1547年 在位期間:1509年-1547年)は、1509年にキャサリン・オブ・アラゴン(Catherine of Aragon:1487年ー1536年 / カスティーリャ女王イザベル1世とアラゴン王フェルナンド2世の娘)と結婚したが、キャサリン王妃は、死産、王子を産んだが夭折、そして、流産を繰り返した後、後にテューダー朝の第4代イングランド王メアリー1世(Mary I:1516年ー1558年 在位期間:1553年-1558年)として即位するメアリー王女を1516年に出産するものの、世継ぎとなる嫡出の王子には恵まれなかった。


地下鉄チャリングクロス駅(Charing Cross Tube Station)の
ベーカルーライン(Bakerloo Line)のプラットフォームにある壁画 -
一番右手の人物が、姦通罪等を理由にして、
ロンドン塔において、2番目の王妃であるアン・ブーリンを斬首刑に処したヘンリー8世。
(なお、画面中央の人物は、メアリー1世である。)


それもあって、ヘンリー8世は、キャサリン王妃の侍女であるメアリー・ブーリン(Mary Boleyn:1499年 / 1500年頃ー1543年)と関係を持っていた。更に、ヘンリー8世は、彼女の妹(諸説あり)であるアン・ブーリン(Anne Boleyn:1501年頃ー1536年)を求めるようになったが、アン・ブーリンは、姉(諸説あり)のメアリーとは異なり、愛人となることを拒み、正式な結婚を望んだ。

そこで、ヘンリー8世は、世継ぎとなる嫡出の王子を望めないキャサリン王妃を宮廷から追放すると、1533年、アン・ブーリンと結婚して、2番目の王妃として迎えた。そして、同年9月7日、アン・ブーリンは、グリニッジ宮殿(Greenwich Palace)において、後のエリザベス1世として即位するエリザベス王女を出産した。彼女の名前は、祖母に該るエリザベス・オブ・ヨーク(Elizabeth of York)とエリザベス・ハワード(Elizabeth Howard)に因んで、名付けられた。

最初の王妃であったキャサリンは、以前、ヘンリー8世の兄であるアーサーと結婚していたため、宮廷から追放された彼女は、故王太子の未亡人と言う地位に格下げされ、第一継承法に基づいて、エリザベス王女がヘンリー8世の世継ぎとなり、逆に、キャサリンの娘であるメアリー王女は、庶子の身分へ格下げとなった。つまり、王位継承順位で言うと、メアリー王女は、エリザベス王女の次位に下げられ、エリザベスの侍女となった。


地下鉄チャリングクロス駅の
ベーカルーラインのプラットフォームにある壁画 -
一番左手の人物が、今でもロンドン塔内に
首のない亡霊として現れると噂されているヘンリー8世の2番目の王妃であるアン・ブーリン。
(なお、画面中央の人物は、メアリー1世である。)

ナショナルポートレートギャラリーで販売されている
アン・ブーリンの肖像画の葉書
(Unknown artist / 1535 - 1536年頃 / Oil on panel
543 mm x 416 mm) 


ヘンリー8世の2番目の王妃となったアン・ブーリンは、エリザベス王女を出産した後、流産や想像妊娠を経るものの、世継ぎとなる嫡出の王子と言う期待に答えることができなかった。その一方で、アン・ブーリンは、その強い性格と優れた知性を以って、政治へと介入して、多くの政敵をつくった。

1536年、アン・ブーリンは、再び流産すると、世継ぎとなる嫡出の王子を望めないと悟ったヘンリー8世は、彼女の実弟に該るジョージ・ブーリン(George Boleyn:1504年頃ー1536年)を含む5人の男を王妃との姦通罪で逮捕するとともに、アン・ブーリンも姦通罪、近親相姦罪および魔術を用いた罪で逮捕の上、処刑した。

当時、2歳8ヶ月だったエリザベス王女は、庶子の身分へと格下げされるとともに、王女の称号も剥奪されたのである。


1543年にヘンリー8世の6番目かつ最後の王妃となったキャサリン・パー(Katherine Parr:1512年-1548年)による説得により、同年、第三継承法が発令され、メアリーとエリザベスは庶子の身分のままであるが、王位継承権が復活された。

ところが、メアリーとエリザベスの異母弟で、ヘンリー8世の跡を継ぎ、テューダー朝の第3代イングランド王として即位したエドワード6世(Edward VI:1537年ー1553年 在位期間:1547年ー1553年)は、家臣からの進言を受け、カトリック教徒であるメアリーが王位を継ぐことを恐れて、第三継承法を退けて、メアリーとエリザベスの王位位継承権を剥奪すると、ヘンリー8世の妹メアリー・テューダー(Mary Tudor:1496年ー1533年)の孫に該るジェーン・グレイ(Jane Grey:1537年ー1554年 在位期間:1553年7月10日ー同年7月19日)を王位継承者とした。


僅か9日間で、ジェーン・グレイの在位が廃位されると、メアリーがメアリー1世として即位する。


ナショナルポートレートギャラリー
(National Portrait Gallery)で販売されている
メアリー1世の肖像画の葉書
(Master John / 1544年 / Oil on panel
711 mm x 508 mm) 

妹エリザベスが生きている限り、自分の王位は安泰ではないと考えたメアリー1世は、同じカトリック教徒であるスペイン王子と結婚することに対する宗教的反発として、1554年に勃発したトマス・ワイアット(Sir Thomas wyatt:1521年ー1554年)によるワイアットの乱を使い、エリザベスによる同反乱への加担を疑い、同年3月18日にロンドン塔(Tower of London → 2018年4月8日 / 4月15日 / 4月22日付ブログで紹介済)に投獄し、その後も、1年近く、彼女を幽閉状態に置いた。


雨上がりの夕闇の中に照らされるロンドン塔


プロテスタントに対する過酷な弾圧を行い、「血まみれのメアリー(Bloody Mary)」と呼ばれたメアリー1世が、1558年11月17日にセントジェイムズ宮殿(St. James’s Palace)において崩御すると、エリザベスは、テューダー朝の第5代イングランド王エリザベス1世として即位した(戴冠式は、1559年1月15日に行われた)。

なお、エリザベスは、ハットフィールドハウス(Hatfield House)において、姉の崩御を知らされている。


2023年6月23日金曜日

アガサ・クリスティー作「牧師館の殺人」<英国 TV ドラマ版>(The Murder at the Vicarage by Agatha Christie )- その1

筆者が購入した「アガサ・クリスティー マープル 2023年カレンダー」から抜粋


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)作「牧師館の殺人(The Murder at the Vicarage → 2022年10月30日 / 10月31日 / 11月26日付ブログで紹介済)」(1930年)の TV ドラマ版が、英国の TV 会社 ITV 社による制作の下、「Agatha Christie’s Miss Marple」の第2話(第1シリーズ)として、2004年に放映されている。英国の女優であるジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan:1932年ー2015年)が、ミス・ジェイン・マープルを演じている。


ミス・マープルシリーズの長編第1作目は、「牧師館の殺人」であるが、長編第2作目に該る「書斎の死体(The Body in the Library → 2022年11月22日付ブログで紹介済)」(1942年)の方が先に TV ドラマ版として制作され、第1話(第1シリーズ → 2023年6月10日 / 6月14日 / 6月22日付ブログで紹介済)として放映されている。



英国 TV ドラマ版における主な登場人物(ミス・マープルを除く)と出演者は、以下の通り。


<事件の関係者>

(1)レナード・クレメント(Leonard Clement - セントメアリーミード村(St. Mary Mead)の牧師):Tim McInnerny

(2)グリゼルダ・クレメント(Griselda Clement - レナード・クレメントの妻):Rachel Sterling

(3)デニス・クレメント(Dennis Clement - レナード・クレメントの甥):Julian Morris

(4)ロナルド・ホーズ(Ronald Haws - 牧師補):Mark Gatiss

(5)メアリー・ヒル(Mary Hill - 牧師館の女中):Siobhan Hayes

(6)ルシアス・プロセロウ大佐(Colonel Lucius Protheroe - 治安判事 / 教区委員):Derek Jacob

(7)アン・プロセロウ(Anne Protheroe - ルシアス・プロセロウ大佐の後妻):Janet McTeer

(8)レティス・プロセロウ(Lettice Protheroe - ルシアス・プロセロウ大佐の娘で、アン・プロセロウの義理の娘):Christina Cole

(9)ヘイドック医師(Dr. Haydock - セントメアリーミード村の医師)

(10)アマンダ・ハートネル(Miss Amanda Hartnell - セントメアリーミード村に住む独身女性):Angela Pleasence

(11)マーサ・プライス=リドリー(Mrs. Martha Price-Ridley - セントメアリーミード村に住む未亡人):Miriam Margolyes

(12)シルヴィア・レスター(Sylvia Lester - 最近、セントメアリーミード村に引っ越して来たばかりの謎めいた婦人):Jane asher

(13)ローレンス・レディング(Laurence Redding - 画家):Jason Flemyng

(14)オーグスティン・デュフォス(Ausgustin Dufosse - ルシアス・プロセロウ大佐の屋敷に滞在して、建築や室内装飾等を調査するフランス人):Herbert Lom

(15)ヘレン・デュフォス(Helene Dufosse - オーグスティン・デュフォスの孫娘):Emily Bruni

(16)フランク・タラント(Frank Tarrant - 治安判事を務めるルシアス・プロセロウ大佐の厄介に度々なっている人物):Paul Hawkyard

(17)タラント夫人(Mrs. Tarrant - フランク・タラントの母親):Ruth Sheen


<警察関係者>

(18)スラック警部(Inspector Slack - セントメアリーミード村を管轄する警察の警部):Stephen Tompkinson



アガサ・クリスティーの原作に比べると、英国 TV ドラマ版における登場人物には、以下の違いが見受けられる。


*原作の場合、デニス・クレメントは、10代の少年で、確か、彼とレティス・プロセロウの関係性については、特に言及されていないが、英国 TV ドラマ版の場合、デニス・クレメントは、バイク好きで、ローレンス・レディングが水着姿のレティス・プロセロウを描くのを非常に気にかけたり、また、彼女とテニスを楽しむ等、彼女に対して、好意を抱いている様子が追加されている。


*原作の場合、牧師館の女中の名前は、メアリー・アダムズ(Mary Adams)になっているが、英国 TV ドラマ版の場合、メアリー・ヒルと言う名前に変更されている。彼女の料理の腕があまり良くないと言う設定は、原作と英国 TV ドラマ版を共通して、同じである。


*原作の場合、密猟のため、治安判事を務めるルシアス・プロセロウ大佐の厄介に度々なっている人物の名前は、ビル・アーチャー(Bill Archer)であるが、英国 TV ドラマ版の場合、フランク・タラントに変更されており、牧師館のメイドであるメアリー・ヒルの恋人と言う設定になっている。また、彼の母親であるタラント夫人も登場する。


*原作の場合、セントメアリーミード村の住民として、他に、キャロライン・ウェザビー(Miss Caroline Wetherby)と言う独身女性も登場するが、英国 TV ドラマ版の場合、割愛されている。


*原作の場合、最近、セントメアリーミード村に引っ越して来たばかりの謎めいた婦人の名前は、エステル・レストレンジ夫人(Mrs. Estelle Lestrange)になっているが、英国 TV ドラマ版の場合、シルヴィア・レスターと言う名前に変更されている。


*原作の場合、ルシアス・プロセロウ大佐の所有地において、考古学の発掘調査を行うストーン博士(Dr. Stone)と彼の若い助手であるグラディス・クラム(Miss Gladys Cram)が登場するが、英国 TV ドラマ版の場合、彼らは登場せず、代わりに、ルシアス・プロセロウ大佐の屋敷に滞在して、建築や室内装飾等を調査する人物として、フランス人のオーグスティン・デュフォス(祖父)とヘレン・デュフォス(孫娘)が代わりに登場している。


*原作の場合、警察関係者として、メルチェット大佐(Colonel Melchett - セントメアリーミード村を管轄する警察の本部長(Chief Constable))も登場するが、英国 TV ドラマ版の場合、メルチェット大佐は登場しない。