2021年11月14日日曜日

英国における女性参政権運動(Suffragette / Suffragist) - その1


英国リンカンシャー州(Lincolnshire)出身の作家であるジョージ・マン(George Mann:1978年ー)が2014年に発表した「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」(Sherlock Holmes / The Spirit Box → 2021年10月24日 / 11月6日 / 11月13日付ブログで紹介済)」では、、1915年の夏、第一次世界大戦(1914年ー1918年)が始まり、ロンドンがドイツ軍の飛行船ツェッペリン(Zeppelin)による爆撃の脅威に曝されている最中、シャーロック・ホームズは、兄であるマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)によって、引退先の南イングランドからロンドンへと呼び戻され、相棒のジョン・H・ワトスンと一緒に、3つのケースを調査するよう、指示を受ける。

その中には、有名な女性参政権論者のメアリー・テンプル(Mary Temple - 架空の人物)が、ドイツ軍との戦争を断念するよう、タイムズ紙(The Times)に寄稿した翌日、地下鉄の駅構内で列車の前に転落したケース(列車に右足付け根を轢かれて死亡)が含まれていた。


英国では、当初、男性のみに「参政権」が認められていたが、他の国に遅れたものの、1918年になって、一部の女性(財産に関する一定の条件を充足する英国女性)に「投票権」が認められた。その後、1928年には、21歳以上の全ての女性に対して、参政権が拡大された。


英国のロイヤルメール(Royal Mail)は、2018年に、(一部の)女性に対して「投票権」が認められた1918年からの100周年を記念して、「Votes for Women」というタイトルで、8種類の記念切手が発行されているので、併せて紹介したい。


1776年に英国から独立した米国では、


ワイオミング州西部: 1869年 - 21歳以上の白人女性が投票権を獲得

ユタ州: 1870年 - 21歳以上の白人女性が投票権を獲得


という流れが起きていた。


一方、英国連邦内では、


マン島: 1881年 - 財産を有する女性が投票権を獲得

ニュージーランド: 1893年 - 21歳以上の女性が投票権を獲得(なお、被選挙権については、1919年から)

南オーストラリア: 1895年 - 投票権だけではなく、被選挙権についても、女性に認められた


となっていたが、英国本体において、女性の参政権は、まだ全く認められていなかったのである。


19世末から20世紀初頭にかけて、英国のみならず、全世界的に、「参政権(Suffrage)」、つまり、「選挙において、投票する権利」を、女性に対しても認めるよう、主張する運動が盛んになっていくが、この運動を主導した女性団体のメンバーのことを「サフラジェット(Suffragette)」と言う。
英国の場合、女性参政権運動家のエメリン・パンクハースト(Emmeline Pankhurst:1858年ー1928年)と彼女の長女で、彼女の遺志を継いだクリスタベル・パンクハースト(Christabel Pankhurst:1880年ー1958年)によって率いられた「女性政治社会連合(Women’s Social and Political Union : WSPU)」に属する活動家を指すことが多い。「WSPU」は、器物損壊やハンガーストライキ等、好戦的な活動を展開した後、最終的には、爆弾テロ等、過激な行動へ向かって行ったため、合法的な政治活動により女性参政権の獲得を目指していた人々からの支持を受けることはなかった。

「サフラジェット」に比して、より一般的に女性参政権運動を行ったメンバーのことを、「サフラジスト(Suffragist)」と呼んでいる。


2021年11月13日土曜日

ジョージ・マン作「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」(Sherlock Holmes : The Spirit Box by George Mann) - その3

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2014年に出版された
ジョージ・マン作「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」の表紙
(Images : Dreamstime / Shutterstock / funnylittlefish)


読後の私的評価(満点=5.0)


(1)事件や背景の設定について ☆☆☆(3.0)


物語の基本路線は、第一次世界対戦(1914年-1918年)中、英国の情報、特に軍事情報を秘密裏に入手して、ドイツ側へ渡そうとするスパイとその協力者との戦いである。そういった意味では、サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年-1930年)の原作「最後の挨拶(His Last Bow → 2021年6月3日付ブログで紹介済)」と、設定は似通っている(事件の発生年月が、「最後の挨拶」の場合、第一次世界大戦の前夜である1914年8月で、本作品の場合、1915年の夏と異なっているが)。個人的には、国家と国家の利害が衝突するスパイ戦ではなく、もっと推理小説に近い事件でのシャーロック・ホームズ達の活躍を読みたかった。


(2)物語の展開について ☆☆☆半(3.5)


当時の時代背景があったかもしれないが、エクトプラズムの話が出てきた際、一瞬、オカルトっぽい流れになってしまうのではないかという懸念が生じたものの、一応、最終的には、現実路線での決着が為されて、一安心した。

本作品は、同じ著者による他の作品と同様に、読みやすかったが、共通して言えるのは、物語の筋として手堅いものの、全体的に物語が淡々と進み、大きな盛り上がりに欠ける感じがする。著者のテクニックの問題なのか、それとも、事件自体が結局のところ普通であったためなのか、判らないが。


(3)ホームズ / ワトスンの活躍について ☆☆☆(3.0)


同じ著者による「死者の遺言書(The Will of the Dead → 2015年4月19日付ブログで紹介済)」では、犯人を炙り出すために、ホームズがやや禁じ手に近い手法を採っているが、本作品の場合、ホームズは、正攻法の捜査により、国会議員のハーバート・グランジ(Herbert Grange)から英国の情報を入手しようとしていた犯人に辿り着く。ただ、ハーバート・グランジが聴取していたドイツ人3名のルートを辿ることで、ホームズは単純かつ普通に犯人に行き着いてしまい、今一つ盛り上がらないのが難点。


(4)総合評価 ☆☆☆(3.0)


ストーリー自体は読みやすく、物語の筋としても手堅いが、全体を通して、単調なきらいを否めず、物語の終盤へ向けての大きな盛り上がりがないのが、残念である。

コナン・ドイルによる「最後の挨拶」(初出:1917年8月)のように、時節柄已むを得ないかとは思うが、スパイとの対決ではなく、本来の推理小説に出てくる知能的な犯人と対決するホームズであって欲しかった。



2021年11月7日日曜日

ジョン・ディクスン・カー作「カー短編全集4 幽霊射手」(The Door to Doom and Other Detections by John Dickson Carr)

東京創元社から、創元推理文庫の一冊として出版されている
ジョン・ディクスン・カー作
「カー短編全集4 幽霊射手」の表紙
(カバー : アトリエ絵夢 志村 敏子氏) -
表紙に描かれているのは、
ラジオドラマ「幽霊射手」に登場する鸚鵡(オウム)のシーザー


「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家である。彼は、シャーロック・ホームズシリーズで有名なサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の伝記を執筆するとともに、コナン・ドイルの息子であるエイドリアン・コナン・ドイル(Adrian Conan Doyle:1910年ー1970年)と一緒に、ホームズシリーズにおける「語られざる事件」をテーマにした短編集「シャーロック・ホームズの功績(The Exploits of Sherlock Holmes)」(1954年)を発表している。


彼が、ジョン・ディクスン・カー名義で発表した作品では、当初、パリの予審判事のアンリ・バンコラン(Henri Bencolin)が探偵役を務めたが、その後、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が探偵役として活躍した。彼は、カーター・ディクスン(Carter Dickson)というペンネームでも推理小説を執筆しており、カーター・ディクスン名義の作品では、ヘンリー・メルヴェール卿(Sir Henry Merrivale)が探偵役として活躍している。


日本の出版社である東京創元社から、創元推理文庫の一冊として、「カー短編全集4 幽霊射手」が1982年に出版されているが、これは、ジョン・ディクスン・カーの死後、ダグラス・G・グリーンが編集して、1980年に米国の Harper & Row 社からジョン・ディクスン・カー名義で出版された作品集「The Door to Doom and Other Detections」がベースとなっている。なお、The Door to Doom and Other Detections」は、「カー短編全集4 幽霊射手」と「カー短編全集5 黒い塔の恐怖」の2冊に分かれている。


「カー短編全集4 幽霊射手」には、以下の作品が収録されている。


<短編>

(1)「死者を飲むかのように…(As Drink the Dead …)」(1926年)

   ジョン・ディクスン・カーの処女作で、「ハヴァフォーディアン(The Haverfordian)」誌の1926年3月号に発表。

(2)「山羊の影(The Shadow of the Goat)」(1926年)

(3)「第四の容疑者(The Fourth Suspect)」(1927年)

(4)「正義の果て(The Ends of Justice)」(1927年)

(5)「四号車室の殺人(The Murder in Number Four)」(1928年)

          「山羊の影」は、「ハヴァフォーディアン」誌の1926年11月号 / 12月号に、「第四の容疑者」は、同誌の1927年1月号に、「正義の果て」は、同誌の1927年5月号に、そして、「四号車室の殺人」は、同誌の1928年6月号に掲載。これらの短編には、若き日のアンリ・バンコランが登場して、不可能犯罪を解決する。当時の彼は、フランス国内に86ある警察署の署長に過ぎなかったが、ジョン・ディクスン・カーが有名となる最初の長編で、アンリ・バンコランシリーズの第1長編でもある「夜歩く(It Walks by Night)」(1930年)では、パリの予審判事にまで昇進している。


<ラジオドラマ>

(6)「B13号船室(Cabin B-13)」(1943年)

(7)「絞首人は待ってくれない(The Hangman Won’t Wait)」(1943年)

   ギディオン・フェル博士が探偵役を務める。

(8)「幽霊射手(The Phantom Archer)」(1943年)

(9)「花嫁消失(The Bride Vanishes)」(1942年)


「カー短編全集4 幽霊射手」において、特にお薦めは、「B13号船室」で、名作である。


10月の温暖な夜、ホワイト・プラネット船舶会社のモーレヴァニア号(2万5千トン)が、ニューヨーク市西22丁目の大桟橋を離れ、ヨーロッパへと向かって出航した。

モーレヴァニア号には、新婚のリチャード・ブルースター(35歳)とアン・ブルースター(30少し前)も、ヨーロッパへの新婚旅行のため、乗船した。結婚して、まだ間もない関係上、パスポートの手続が間に合わず、アンは、旧姓である「アン・ソーントン」のパスポートを所持していた。彼らの船室は、BデッキのB13号室になっており、リチャードによると、彼らの荷物は、B13号室に既に運び込まれている筈とのことだった。


アンから預かった彼女のお金2万ドルについては、「用心のため、事前に事務長の部屋に預けておく。」と言うリチャードに促されたアンは、一人、甲板へと出て、出航の光景を楽しんでいた。彼女は、そこで船医のポール・ハードウィックと知り合いになるが、彼によると、「B13号室は、モーレヴァニア号内には存在していない。」と言う。

驚いたアンがBデッキへ向かうと、担当のステュワーデスによると、「彼女の船室は、B13号ではなく、B16号室で、彼女の荷物(スーツケース2個+小型トランク1個)だけを預かっており、男性の荷物はない。」とのことだった。

状況が理解できないアンは、リチャードと一緒に、モーレヴァニア号に乗船した際、側に居た二等航海士のマーシャルを呼んでもらう。呼ばれてやって来たマーシャル二等航海士は、ハードウィック船医の問い掛けに、次のように答えるのであった。

「いいですか、先生。この御婦人は一番最後に乗船なさったので、私の記憶は絶対に確かです。聖書に誓ってでも言えますよ。連れのお客は居なかった。前にも後にも、とね。」


果たして、アンと結婚したリチャード・ブルースターは、一体、どこに姿を消してしまったのか?何故、Bデッキ担当のステュワーデスやマーシャル二等航海士は、「アンは、一人旅行で、連れのお客は居ない。」という主張を繰り返すのだろうか?


なお、2021年11月現在、東京創元社の公式サイト上、「カー短編全集4 幽霊射手」は、「在庫なし」となっている。


2021年11月6日土曜日

ジョージ・マン作「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」(Sherlock Holmes : The Spirit Box by George Mann) - その2

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2014年に出版された
ジョージ・マン作
「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」の裏表紙
(Images : Dreamstime / Shutterstock / funnylittlefish)


陸軍省(War Officeー1684年から1964年までの間に存在した英国陸軍を統括する英国の行政機関)に到着したシャーロック・ホームズ達は、ジョン・ベイツ曹長(Sergeant John Bates)の出迎えを受け、テムズ河(River Thames)で溺死した国会議員ハーバート・グランジ(Herbert Grange)の秘書だったミリセント・ブラウン(Millicent Brown)のところへ案内された。


彼女に会った途端、ホームズは、彼女に対して、「ハーバート・グランジ氏とは、どの位の間、親密だったのか?」と尋ねて、相棒のジョン・H・ワトスンをいきなり驚かせる。ホームズは、(1)彼女の机の上に置かれた「M.B.」と刻印された高価なペン(通常、秘書の給与では購入できない位のもの)、(2)彼女の右手にはめられた追悼用の指輪、そして、(3)彼女の憔悴した様子から推測したと告げる。ブラウン嬢は、ホームズの推理通り、「1年程、グランジ氏と親しくしており、戦争が終わり次第、結婚しようと考えていた。」と答える。

ブラウン嬢は、ホームズに対して、「グランジ氏がテムズ河に身投げしたのは、全く、彼らしくない。」と話す。ブラウン嬢によると、その日、グランジ氏は、午前8時半頃オフィスに着くと、英国籍を有する3人のドイツ人(ドイツ人の両親の下、英国で出生)の聴取を行ったが、彼女の記憶では、それらの聴取において、不審な点は特になかったと言う。

3人のドイツ人への聴取が終わり、オフィスに戻って来たグランジ氏は、ブラウン嬢を昼食に誘う。ただ、ブラウン嬢には、午後処理すべき仕事がいろいろとあったため、「持参したサンドウィッチとリンゴを自席で食べるつもり。」と答えると、グランジ氏は、「一緒に昼食を外で食べるのは、次回にしよう。」と言って、オフィスの窓際へ行き、外で降る雨を眺めた。すると、グランジ氏は、突然、パニックに襲われたようになった。

グランジ氏の身を案じて、彼の元に駆け寄ったブラウン嬢を振り払うようにして、グランジ氏は、「精神の箱(The Spirit Box)」という謎の言葉を残して、コートも着ないまま、急いでオフィスを出て行ってしまった。それが、ブラウン嬢が見たグランジ氏の最後の姿であった。

果たして、グランジ氏がブラウン嬢の前で呟いた「精神の箱」とは、何なのか?


ホームズとワトスンの二人は、マイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)が遣わしたカーター(Carter)が運転する車で、次にグランジ氏の自宅へと向かった。

そこで待ち合わせたスコットランドヤードのギディオン・フォルクス警部(Inspector Gideon Foulkes)と一緒に、ホームズ達は、グランジ氏の自宅を捜索する。部屋に飾ってあった複数の写真を見たホームズ達は、鮮明に写っているグランジ氏の周囲を、何かガスやオーラにようなものが取り巻いていることを、そこに見い出す。

これは、エクトプラズム(心霊体)なのか?グランジ氏は、こういった実験に興味があったのか?


突然、グランジ氏の自宅が、激しく揺れ動く。ドイツ軍の飛行船による爆撃が、また始まったのだ。

ホームズ達は、無事逃れることができるのだろうか?そして、グランジ氏の自宅前で待つ運転手のカーターの運命は、如何に?


2021年10月30日土曜日

カティーサーク号(Cutty Sark) - その1

ロンドン近郊のグリニッジにおいて保存展示されている
快走帆船のカティーサーク号を前方から見上げたところ

「グロリア・スコット号事件(The Gloria Scott))」は、シャーロック・ホームズシリーズの56ある短編小説のうち、17番目に発表された作品で、英国では、「ストランドマガジン(The Strand Magazine)」の1893年4月号に、また、米国でも、「ハーパーズ ウィークリー(Harper’s Weekly)」の1893年4月15日号に掲載された。そして、ホームズシリーズの第2短編集である「シャーロック・ホームズの回想(The Memoirs of Sherlock Holmes)」(1893年)に収録された。


「グロリア・スコット号事件」の後半、シャーロック・ホームズの大学時代の親友であるヴィクター・トレヴァー(Victor Trevor)の父親で、ノーフォーク州(Norfolk)のドニソープ(Donnithorpe)の地主であるトレヴァー治安判事(the Justice of the Peace Trevor)が、死後、息子であるヴィクターに対して、驚くべき過去の罪を告白する手紙を残していることが判った。

カティーサーク号の上甲板

‘These are the very papers, Watson, which he handed to me, and I will read them to you, as I read them in the old study that night to him. They are endorsed outside, as you see, “Some particulars of the voyage of the bark Gloria Scott, from her leaving Falmouth on the 8th October, 1855, to her destruction in N. Lat. 15° 20’, W. Long. 25° 14’ on November 6th.’ It is in the form of a letter and runs in this way.


「ワトスン、ここにあるのが、ヴィクター・トレヴァーが僕(ホームズ)に手渡した文書だ。あの夜、古い書斎で彼のために読んだように、これから君のために読もう。見ての通り、表紙に注記が為されている。『バーク船(通例3本マストで、最初の2本は横帆、最後の1本は縦帆)グロリア・スコット号の航海における詳細。1855年10月8日にファルマスを出航して、同年11月6日に北緯15度20分、西経25度14分で沈没するまで』文書は、手紙の形式になっていて、このように書かれている。」


‘“My name, dear lad, is not Trevor. I was James Armitage in my younger days, and you can understand now the shock that it was to me a few weeks ago when your college friend addressed me in words which seemed to imply that he had surprised my secret. As Armitage it was that I entered a London banking-house, and as Armitage I was convicted of breaking my country’s laws, and was sentenced to transportation. Do not think very harshly of me, laddie. It was a debt of honour, so called, which I had to pay, and I used money which was not my own to do it, in the certainty that I could replace it before there could be any possibility of its being missed. But the most dreadful ill-luck pursed me. The money which I had reckoned upon never came to hand, and a premature examination of accounts exposed my deficit. The case might have been dealt leniently with, but the laws were more harshly administered thirty years ago than now, and on my twenty-third birthday I found myself chained as a felon with thirty-seven other convicts in the ’tween-decks of the bark Gloria Scott, bound for Australia.


「息子よ、私の名前は、トレヴァーではない。私は、若い頃、ジェイムズ・アーミティジという名前だった。数週間前、お前の大学の友人が、私の秘密をほのめかすような言葉を、私に投げかけた時、私がどんなにショックを受けたかを、お前にもこれで分かってもらえるだろう。アーミティジという名前で、私はロンドンの銀行に務め、そして、アーミティジとして、私はこの国の法律を犯し、国外追放となったのだ。息子よ、私のことを厳しく責めないでほしい。私は賭博の借金を支払わなければならなくなった。そのため、私は人様のお金に手を付けた。ただ、私は、それが見つかる前に、元の通りに穴埋めできると考えていた。しかし、非常に恐ろしい不運が、私を襲った。私が当てにしていたお金を入手できなかった上に、予定よりも早く行われた会計監査によって、私の欠損金が露見したのだ。私が犯した事件には、情状酌量の余地があったかもしれないが、30年前、法律の適用は、今よりも非常に厳格だったのだ。私は、23歳の誕生日、他の37人の受刑者と一緒に、オーストラリアへと向かうバーク船グロリア・スコット号の中甲板に、重罪人として鎖に繋がれていた。」


‘“It was the year 1855, when the Crimean war was at its height, and the old convict ships had been largely used as transports in the Black Sea. The government was compelled, therefore, to use smaller and less suitable vessels for sending out their prisoners. The Gloria Scott had been in the Chinese tea-trade, but she was an old-fashioned, heavy-bowed, broad-beamed craft, and the new clippers had cut her out. She was a five-hundred-ton boat; and besides her thirty-eight gaolbirds, she carried twenty-six of a crew, eighteen soldiers, a captain, three mates, a doctor, a chaplain, and four warders. Nearly a hundred souls were in her, all told, when we set sail from Falmouth.


「1855年、クリミア戦争が最高潮だった時で、かつての囚人輸送船の大部分は、黒海における輸送船に回されていた。そのため、政府は、已む無く、囚人を輸送するために、かつての囚人輸送船よりも小型で不適当な船を使わざるを得なかったのである。グロリア・スコット号は、中国との紅茶取引に使われた船だったが、この船は、旧式で、舳先が重く、船尾が大きかったため、快走帆船に役目を既に譲っていた。この船は、排水量500トンで、私を含む38人の囚人以外に、26人の船員、18人の兵士、船長、3人の助手、医者、従軍牧師、そして、4人の看守が乗船していた。つまり、グロリア・スコット号がファルマスから出航した際、全部で100人近い人間が、この船に乗船していたことになる。」

カティーサーク号の内部に展示されている
中国から英国へと輸送された紅茶が入った荷箱

中国から英国まで紅茶を輸送する「ティークリッパー(tea clipper)」として活躍した船で、現存しているのは、19世紀後半に建造された「カティーサーク号(Cutty Sark)」と呼ばれる快走帆船で、現在、ロンドン近郊のグリニッジ(Greenwich)において保存展示されている。


2021年10月29日金曜日

ジョン・ディクスン・カー作「カー短編全集1 不可能犯罪捜査課」(The Department of Queer Complaints by John Dickson Carr)

東京創元社から、創元推理文庫の一冊として出版されている
ジョン・ディクスン・カー作
「カー短編全集1 不可能犯罪捜査課」の表紙
(カバー : アトリエ絵夢 志村 敏子氏)


「不可能犯罪の巨匠」とも呼ばれているジョン・ディクスン・カー(John Dickson Carr:1906年ー1977年)は、米国のペンシルヴェニア州(Pennsylvania)に出生して、英国人のクラリス・クルーヴス(Clarice Cleaves)との結婚後、1932年から1946年にかけて英国のブリストル(Bristol)に居を構えていた米国の推理作家である。彼は、シャーロック・ホームズシリーズで有名なサー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle:1859年ー1930年)の伝記を執筆するとともに、コナン・ドイルの息子であるエイドリアン・コナン・ドイル(Adrian Conan Doyle:1910年ー1970年)と一緒に、ホームズシリーズにおける「語られざる事件」をテーマにした短編集「シャーロック・ホームズの功績(The Exploits of Sherlock Holmes)」(1954年)を発表している。


彼が、ジョン・ディクスン・カー名義で発表した作品では、当初、パリの予審判事のアンリ・バンコラン(Henri Bencolin)が探偵役を務めたが、その後、ギディオン・フェル博士(Dr. Gideon Fell)が探偵役として活躍した。彼は、カーター・ディクスン(Carter Dickson)というペンネームでも推理小説を執筆しており、カーター・ディクスン名義の作品では、ヘンリー・メルヴェール卿(Sir Henry Merrivale)が探偵役として活躍している。


日本の出版社である東京創元社から、創元推理文庫の一冊として、「カー短編全集1 不可能犯罪捜査課」が1970年に出版されているが、これは、1940年にカーター・ディクスン名義で出版された短編集「The Department of Queer Complaints」がベースとなっている。


「カー短編全集1 不可能犯罪捜査課」には、以下の短編が収録されている。


(1)「新透明人間(The New Invisible Man)」

(2)「空中の足跡(The Footprint in the Sky)」 → 原題「Clue in the Snow」

(3)「ホット・マネー(Hot Money)」 → 原題「The Hiding Place」

(4)「楽屋の死(Death in the Dressing-Room)」

(5)「銀色のカーテン(The Silver Curtain)」

(6)「暁の出来事(Error at Daybreak)」

(7)「もう一人の絞刑史(The Other Hangman)」

(8)「二つの死(New Murders for Old)」

(9)「目に見えぬ凶器(Persons or Things Unknown)」

(10)「めくら頭巾(Blind Man’s Hood)」


最初の6編は、奇妙な事前を専門に処理するため、ロンドン警視庁内に設置されたD三課の課長であるマーチ大佐が、推理眼を披露している。

「新透明人間」では、覗き趣味の紳士が、向かい側の部屋において、腕も身体もない手袋だけがピストルの引き金を引き、老人が殺害される現場を目撃したり、「空中の足跡」では、夢遊病癖がある女性と軋轢があった婦人が殺されるが、婦人の家の周囲に積もった雪の上には、当該女性の靴跡だけが残されていたため、彼女に殺人容疑がかけられたり、また、「銀色のカーテン」では、賭博で負けが込んだ男性が、ある場所に来るように指示されたが、彼がその場所に着いたところ、周囲に誰も居ない広場において、首の後ろを短剣で殺されたばかりの被害者を発見する等、不可能犯罪がメインで取り扱われている。

特に、上記の3編では、不可能状況が合理的に解決されており、お薦めである。「新透明人間」で取り扱われる事件には、非常に有名な奇術トリックが使われている。


厳密に言うと、短編集「The Department of Queer Complaints」には、「見知らぬ部屋の犯罪(The Crime in Nobody’s Room)」も収録されているが、当該作品は、東京創元社の創元推理文庫「世界短編傑作集5」に収録されているため、「カー短編全集1 不可能犯罪捜査課」からは割愛されている。


カー短編全集は、「カー短編全集1 不可能犯罪捜査課」から「カー短編全集6 ヴァンパイアの塔」(今後、紹介する予定)まで、6冊が出版されているが、文庫本のカバーについては、アトリエ絵夢の志村敏子氏が全て担当しており、どのカバーも非常に良い(特に「カー短編全集2」と「カー短編全集5」)ので、個人的には、購入する価値ありと思う。

ただし、2021年10月現在、東京創元社の公式サイト上、「カー短編全集1 不可能犯罪捜査課」は、「在庫なし」となっている。


2021年10月24日日曜日

ジョージ・マン作「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」(Sherlock Holmes : The Spirit Box by George Mann) - その1

英国の Titan Publishing Group Ltd. の Titan Books 部門から
2014年に出版された
ジョージ・マン作
「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」の表紙
(Images : Dreamstime / Shutterstock / funnylittlefish)


本作品「シャーロック・ホームズ / 精神の箱」(Sherlock Holmes / The Spirit Box)」は、英国リンカンシャー州(Lincolnshire)出身の作家であるジョージ・マン(George Mann:1978年ー)によって、2014年に発表された。

ジョージ・マンは、ヴィクトリア朝時代を舞台に、サー・モーリス・ニューベリー(Sir Maurice Newbury)とヴェロニカ・ホベス嬢(Miss Veronica Hobbes)が活躍する Newbury & Hobbes シリーズ(2008年ー2013年)や The Ghosts シリーズ(2010年ー2017年)等で、人気がある。


舞台は、1915年の夏のロンドン。第一次世界大戦(1914年ー1918年)が始まり、ロンドンは、ドイツ軍の飛行船ツェッペリン(Zeppelin)による爆撃の脅威に曝されていた。

ジョン・H・ワトスン(以下、ワトスン)は、ロンドンの戦火を逃れて、1ヶ月近く、田舎に疎開していた。一方で、彼は、ワトスン家で残された唯一の肉親である甥(ジョン・ワトスンの亡くなった兄の息子)のジョーゼフ・ワトスン(Joseph Watson)を、フランス戦線で亡くしていた。甥の戦死を知らせる電報を受け取った以降、1週間程、ワトスンは、何もする気力がなかった。


そんなある日、カーター(Carter)と名乗る若い男性が、ワトスンの家を訪ねて来る。シャーロック・ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズ(Mycroft Holmes)の使いでやって来たと言う。ワトスンは、カーターが運転する車に乗せられて、マイクロフトの指示に従い、ヴィクトリア駅(Victoria Station)へと向かった。

カーターの説明によると、ブライトン(Brighton)発で、午後2時にヴィクトリア駅に到着予定の列車に乗っているある人物を出迎える、とのこと。一等車から降りて来たのは、シャーロック・ホームズで、マイクロフトによって、引退先の南イングランドから呼び戻されたのである。


車中で、シャーロック・ホームズ(以下、ホームズ)は、ワトスンに対して、「マイクロフトから、次の3つのケースを調査するよう、指示を受けた。」と告げる。


(1)英国陸軍のジョン・カミンズ大尉(Captain John Cummins)が、ドイツへの降伏を頑強に力説した後、ロンドン動物園(London Zoo)の虎の檻の中に身を投げたケース(虎に喉を食い破られて死亡)

(2)有名な女性参政権論者のメアリー・テンプル(Mary Temple)が、ドイツ軍との戦争を断念するよう、タイムズ紙(The Times)に寄稿した翌日、地下鉄の駅構内で列車の前に転落したケース(列車に右足付け根を轢かれて死亡)

(3)国会議員のハーバート・グランジ(Herbert Grange)が、議会でドイツ側に肩入れする演説を行った後、テムズ河(River Thames)に投身したケース(テムズ河で溺死)


そして、ホームズとワトスンの二人を乗せた車は、死体安置所へと向かった。

死体安置所で、ホームズ達は、スコットランドヤードのギディオン・フォルクス警部(Inspector Gideon Foulkes)の出迎えを受ける。ホームズ達は、早速、問題の3人の死体を検分した。

3人が亡くなる前の事情について、フォルクス警部からの説明を受けたホームズは、「ジョン・カミンズ大尉は自殺、メアリー・テンプルは事故死。ただし、ハーバート・グランジ議員の場合は、殺人の疑いがある。これが、マイクロフトが自分に捜査してほしいと思っている件だ。」と告げる。フォルクス警部は、ホームズ達に対して、「ハーバート・グランジ議員は、テムズ河に投身する前に、陸軍省(War Office - 1684年から1964年までの間に存在した英国陸軍を統括する英国の行政機関)において、ロンドンに定住しているドイツ人達への聴取を行っていた。」と説明する。

これを聞いたホームズ達は、次に陸軍省へと向かった。