2026年8月23日日曜日

ロンドン 地下鉄ピカデリーサーカス駅(Piccadilly Circus Tube Station)- その2

ピカデリーサーカス(Piccadilly Circus)の地下にある
地下鉄ピカデリーサーカス駅の円形コンコースへ降りて行く階段

<筆者撮影>


アガサ・メアリー・クラリッサ・クリスティー(Agatha Mary Clarissa Christie:1890年ー1976年)の長編第2作目で、かつ、トマス・ベレズフォード(Thomas Beresford - 愛称:トミー(Tommy))とプルーデンス・カウリー(Prudence Cowley - 愛称:タペンス(Tuppence))の記念すべきシリーズ第1作目に該る「秘密機関(The Secret Adversary → 2025年7月20日 / 10月1日付ブログで紹介済)」(1922年)は、英国の海運会社であるキュナードライン(Cunard Line)が所有する当時世界最大の旅客船で、米国ニューヨーク(New York)から英国リヴァプール(Liverpool)へと向かっていたルシタニア号(RMS Lusitania → 2025年7月22日 / 7月23日付ブログで紹介済)が、1915年5月7日の午後2時、アイルランド(Ireland)沖15㎞ の地点で、ドイツ帝国海軍(Imperial Germany Navy)の潜水艦 Uボート(U-boat)から2発の魚雷攻撃を受けて、沈没したところから、その物語が始まる。


2015年に英国の HarperCollinsPublishers 社から出版された
アガサ・クリスティー作「秘密機関」の
ペーパーバック版の表紙
(Cover design : 
HarperCollinsPublishers Ltd. /
Agatha Christie Ltd. 2015
)


第一次世界大戦(1914年ー1918年)が終わり、世界が復興へと向かう中、ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅(Dover Street Tube Station → 2025年7月30日 / 8月5日付ブログで紹介済)のドーヴァーストリート(Dover Street → 2025年7月28日 / 7月29日付ブログで紹介済)出口において、昔馴染みのトミーとタペンスは、偶然出くわした。


HarperCollins Publishers 社から2008年に出ている
アガサ・クリスティー作「秘密機関」のグラフィックノベル版
(→ 2023年8月1日 / 8月14日 / 8月16日 / 8月21日付ブログで紹介済)
-
第一次世界大戦後、タペンスこと、プルーデンス・カウリーと
トミーこと、トマス・ベレズフォードの2人は、
ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅のドーヴァーストリート出口において、数年ぶりに再会する。


ロンドンの地下鉄ドーヴァーストリート駅のドーヴァーストリート出口があった
ドーヴァーストリート5−7番地(5-7 Dover Street
→ 2025年8月5日付ブログで紹介済)の建物外観
<筆者撮影>


二人は、お互いに戦後の就職難に悩まされていた。トミーの方は、大戦中の1916年に負傷しており、一方、タペンスの方は、大戦中ずーっと、ボランティアとして、様々な形で働いていたのである。

久々の再会を果たしたトミーとタペンスの2人は、自分達で「青年冒険家商会(The Young Adventurers, Ltd.)」を設立して、報酬を獲得するべく、話し合った。


「Nicholson - Super Scale - London Atlas」から
ソーホー地区の地図を抜粋。



そして、トミーとタペンスの2人が翌日の昼12時に会う約束をした地下鉄ピカデリーサーカス駅(Piccadilly Circus Tube Station)は、ロンドンの中心部にあるシティー・オブ・ウェストミンスター区(City of Westminster)内のソーホー地区(Soho)とセントジェイムズ地区(St. James’s)の境界線近辺に所在する駅で、ベイカールーライン(Bakerloo Line)とピカデリーライン(Piccadilly Line)の2線が乗り入れている。


地下鉄ピカデリーサーカス駅の
ベイカールーラインが停まるプラットフォームの壁にある駅表示
<筆者撮影>


地下鉄ピカデリーサーカス駅の場合、ロンドン内の地下鉄の駅を数多く設計した英国の建築家であるレスリー・ウィリアム・グリーン(Leslie William Green:1875年ー1908年)による設計に基づき、オックスブラッド色(oxblood)のタイルが象徴的な地上駅舎が建設され、1906年3月10日にオープンし、現在のベイカールーラインに該る Baker Street and Waterloo Railway の運行が開始。

現在のピカデリーラインに該る Great Northern, Piccadilly and Brompton Railway の運行は、それに遅れること、約9ヶ月後の同年12月15日に始まった。


地下鉄ピカデリーサーカス駅のベイカールーラインが停まるプラットフォーム
<筆者撮影>

地下鉄ピカデリーサーカス駅の利用客数は、第一次世界大戦前の1907年の場合、年間150万人だったが、第一次世界大戦後の1922年には、1800万人まで急増。

利用客数の急増に対応すべく、英国の建築家であるチャールズ・ヘンリー・ホールデン(Charles Henry Holden:1875年ー1960年)による設計に基づく大規模な地下改築が1925年2月に始まり、1928年に竣工、現在のアール・デコ様式の円形地下コンコースが完成した。オープン当初の低速エレベーターは、11機の最新式エスカレーターへ置き換えられた。

なお、チャールズ・ヘンリー・ホールデンは、ロンドン大学(University of London)内に建つセナトハウス(Senate House → 2017年1月15日付ブログで紹介済)を設計したことでも有名である。


ピカデリーサーカスの地下にある
地下鉄ピカデリーサーカス駅の改札口

<筆者撮影>


チャールズ・ヘンリー・ホールデン設計による円形地下コンコースが完成したことに伴い、レスリー・ウィリアム・グリーン設計による地上駅舎は不要となり、1929年7月21日に閉鎖。その後、周辺ビルの再開発に合わせて、1980年代に取り壊された。


地下鉄ピカデリーサーカス駅は、1984年に「二級建築文化財(Grade II listed buildings)」に指定されている。 


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