2026年5月28日木曜日

ロンドン セントメアリー教会バタシー(St. Mary’s Church, Battersea)- その2

ウィリアム・ブレイクとキャサリン・ソフィア・ブーシェの2人が
1782年8月18日に結婚式を挙げたセントメアリー教会バタシーの建物全景(その1)
<筆者撮影>

1827年8月12日に亡くなり、バンヒルフィールズ(Bunhill Fields → 2026年5月1日 / 5月7日 / 5月14日付で紹介済)に埋葬されている英国の詩人、画家で、銅版画職人でもあったウィリアム・ブレイク(William Blake:1757年ー1827年 → 2023年5月15日付ブログで紹介済)は、1781年に出会ったキャサリン・ソフィア・ブーシェ(Catherine Sophia Boucher:1762年ー1831年)と、1782年8月18日にセントメアリー教会バタシー(St. Mary’s Church, Battersea)において結婚している。

ウィリアム・ブレイクは1757年11月28日生まれなので、この時、24歳で、キャサリン・ソフィア・ブーシェは1762年4月25日生まれなので、この時、20歳だった。


バンヒルフィールズ内にある
ウィリアム・ブレイクのお墓
<筆者撮影>


セントメアリー教会バタシーは、ロンドンの特別区の一つであるワンズワース区(London Borough of Wandsworth)バタシー地区(Battersea)にあるバタシーパーク(Battersea Park → 2016年7月10日付ブログで紹介済)近くに所在している。


Google Maps からバタシー地区近辺の地図を抜粋。


セントメアリー教会バタシーは、ワンズワース区バタシー地区内にある教会の中では、もっとも最古の教会で、元々の建物は、800年頃に建てられた、とのこと。

現存する教会は、1777年に地元の建築家であるジョーゼフ・ディクスン(Joseph Dixon)によって建設されたもので、現在、 Grade I Listed building の指定を受けて、保存されている。


ウィリアム・ブレイクとキャサリン・ソフィア・ブーシェの2人が
1782年8月18日に結婚式を挙げたセントメアリー教会バタシーの建物全景(その2)
<筆者撮影>


英国のステンドグラス(stained glass)芸術で知られているジョン・ヘイワード(John Hayward:1929年-2007年)が、1976年から1982年にかけて、セントメアリー教会バタシーに関連する4人の著名人をテーマにしたステンドグラスを制作の上、同教会の窓に設置している。


(1)ブレイク窓(The Blake Window)


2020年に英国のロイヤルメール(Royal Mail)から発行された
英国の詩人を特集した切手10種類の一人として、
ウィリアム・ブレイクが作詞した「無垢の予兆」が選ばれた。
132行に及ぶ「無垢の予兆」のうち、最初の2行が抜粋されている。
「To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower」
「一粒の砂にも、世界を見
一輪の野の花にも、天国を見」(筆者訳)


ウィリアム・シェイクスピア作の喜劇「夏の夜の夢」を題材にして、
英国の詩人 / 画家 / 銅版画職人であるウィリアム・ブレイクが、
水彩画「オーベロン、ティターニア、パックと妖精の踊り
(Oberon, Titania and Puck with Fairies Dancing)」(1786年頃)を描いている。
画面左側から、「
妖精の王オーベロン」、「妖精の女王ティターニア」、

「悪戯好きの妖精パック」、「蛾の羽の妖精」、「芥子の種の妖精」、

蜘蛛の巣の妖精」、そして、「豆の花の妖精」が登場している。

この水彩画を所蔵 / 展示しているテイト・ブリテン美術館

Tate Britain → 2018年2月18日付ブログで紹介済)で購入した絵葉書から抜粋。


英国の詩人、画家で、銅版画職人でもあったウィリアム・ブレイクは、1782年8月18日に、この教会において、キャサリン・ソフィア・ブーシェと結婚式を挙げている。


(2)ターナー窓(The Tuner Window)


テイト・ブリテン美術館に所蔵 / 展示されている
ジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーによる「自画像」(1799年)
<筆者撮影>


一般的には、「J・M・W・ターナー(J. M. W. Turner)」として知られている英国のロマン主義の画家であるジョーゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner:1775年ー1851年  → 2018年7月1日 / 7月8日 / 7月15日付ブログで紹介済)は、当時、チェルシー地区(Chelsea)に住んでおり、セントメアリー教会バタシーからテムズ河(River Thames)を描いた。


(3)カーティス窓(The Curtis Window)


セントメアリー教会バタシーに隣接する墓地(その1)
<筆者撮影>

セントメアリー教会バタシーに隣接する墓地(その2)
<筆者撮影>


英国の植物学者(botanist)/ 昆虫学者(entomologist)であるウィリアム・カーティス(William Curtis:1746年ー1799年)は、1799年7月7日に亡くなった後、セントメアリー教会バタシーに埋葬された。


(4)アーノルド窓(The Arnold Window)


セントメアリー教会バタシーに隣接する墓地(その3)
<筆者撮影>

セントメアリー教会バタシーに隣接する墓地(その4)
<筆者撮影>


米国生まれの英国の軍人で、米国独立戦争(American Revolutionary War:1775年ー1783年)に出兵したベネディクト・アーノルド(Benedict Arnold:1741年-1801年)は、1801年6月14日に亡くなった後、セントメアリー教会バタシーに埋葬されている。


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